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後日談 黛先生の婚約者
(34)始まりの日(★)
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(33)話の翌日、元日のお話です。
※なろう版とは一部表現に変更があります。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
大晦日、二人で夜更かしした翌日。
黛がゆっくりと起き上がると隣で丸まっていた七海も目を覚ました。
「おはよ」
ベッドに寝転がったまま、彼女は大きく猫のように伸びをする。
「ん~~おはよ……あ、あけましておめでとうゴザイマス」
「昨日言ったのに」
黛は笑った。
年越し蕎麦を食べ終わるとすぐに時計の針が十二時を回った。その時お互いに元日の挨拶を交わして、改めて乾杯したのだった。
「なんとなく?」
七海も笑って首を傾げた。
その様子が愛らしくて、黛は口元に笑いを浮かべたまま顔を近づけ額に唇を落とした。
そして顔を離してから改めて言った。
「あけまして、おめでとう」
** ** **
龍一は既に帰宅していたが、寝室を覗いた黛が声を掛けると「寝る」と言ってそのまま意識を失った。彼が父親を起こす事を諦めてキッチンに戻ると、ちょうど七海が温め終わった雑煮の椀に焼き上がった角餅を投入した所だった。
「やっぱり無理そう?」
「うん、寝かせとく。食べて出ようぜ」
そう言って七海に渡された椀を受け取り、ダイニングまで運んだ。
七海は簡単に台所を片付ける間に、黛は二人分の箸を用意する。
今日はこれから婚姻届を区役所に提出して、そのまま江島家に向かうつもりだ。
それから夕飯を一緒に食べた後、瀬田のマンションに戻って来る事になっている。今日は北海道から帰省した七海の兄も待ち構えているらしい。平均的なマンションに、更に大人二人が泊まる余裕は無いのだ。
「いただきまーす」
「はい、召し上がれ」
元気良く言う黛に、七海は微笑んだ。
出汁の良い香りを吸い込んで、透き通った液体を湛える椀に口を付けると……彼の口いっぱいに旨味が拡がって行く。
ゴクリと飲み込み、感想を口にする間も無く大根とニンジンを頬張って、メインの御餅に齧り付いた。爽やかな香りの元は三つ葉だろう。
黛はそのままハフハフと、無言で全てペロリと胃に収めてしまった。
そしてフーッと満足気に息を吐いて、椀の上に箸を重ねる。
「ごっそさん。旨かった!」
素直な感想に、七海の頬も思わず緩む。
「良かった、好みに合ったみたいで。実家と一緒のすまし汁にしたけど―――お家ごとに白味噌仕立てとか醤油仕立てとか味が違うから、口に合うかちょっと心配だったけど」
「七海が作るモン、何でも美味しいけど。別に違う味だって気にならないし。でも、本田んちもこういう透き通った雑煮だったから、違和感全く無かったぞ」
幼い頃は玲子か龍一と一緒に、少し大きくなってからは一人でも、元日になると本田家に遊びに行っていた黛にとって、正月の味とは―――そのまま本田家の味だった。
「お正月から、本田家に?」
高校の頃、本田家に入り浸り我が物顔に振る舞う黛に反感を抱いていた七海だが、徐々に黛家の複雑な事情を知るにつけ、自分の常識で一刀両断するのは間違いだと思うようになっていた。今では、血の繋がりは無くとも、黛は本田家の親戚の子供みたいな位置づけなのだと言う認識に至っている。
それでも、家族で過ごす筈の正月から本田家で過ごしていると聞いて、つい尋ねてしまった。
「ああ、もともと玲子と茉莉花さんは高校の同級生なんだ。だから昔っから家族ぐるみで付き合ってた」
「『まつりか』さん?って誰?」
「本田のかーちゃん」
「へー、本田君のお母さんって『茉莉花』さんって言うんだ。ジャスミンだっけ?綺麗な名前だねえ」
一度か二度、本田家へ遊びに行った時に七海も顔を合わせた記憶がある。三兄弟の母親は気さくな女性で銀縁眼鏡にジーパンの背の高い美女だった。玲子と茉莉花が高校の同級生だったと言う情報は七海にとって初めてのものだったが、玲子に限っては聞くたびに驚くような情報ばかり飛び出して来るので、それぐらいではもう驚かなくなってしまった。
お雑煮を食べ終わった椀を洗い終わり、手を拭きがらダイニングに戻ると黛が記入済みの婚姻届をテーブルに広げ、タブレットと見比べているのが目に入る。
「何か足りなかった?」
「んー? 大丈夫。七海の戸籍謄本と婚姻届があればOK。あとは念のため印鑑だな」
「元日も婚姻届って出せるんだね。自分が届け出る側になって初めて知ったよ」
「ああ、厳密には受理してくれるだけだけどな。書類の不備があれば日にちはズレるらしい……ん?」
黛がタブレットを触る指を止めた。
「本籍って、住んでる場所以外でも良いのか。皇居にしている人もいるらしいぞ」
「えっそうなの?」
「極端な事言うと、沖縄でも北海道でも良いらしい」
「へー、面白いね」
「あんまり離れてると、必要な時大変そうだな。いちいち飛行機乗らなきゃならないのか?」
「郵送とかでも対応してくれるんじゃない? でも、時間掛かりそうだね」
そんな他愛無い話をしてから、出掛ける準備を整えて二人は家を出た。
それから区役所の時間外窓口にいる守衛に婚姻届を提出し、晴れて黛と七海は夫婦(仮)になったのだった。
「なんかあっけないねぇ」
区役所の裏口を出て、駅を目指して歩いていると七海がポソリと呟いた。
「やっぱ、本籍くらいドカンと変えれば良かったか?」
「ドカンと?」
「スカイツリーとか、富士山とか。本籍が富士山に変わったら、『あっけない』って気しないだろ?」
明らかに冗談だと分かるニヤニヤしながら彼女を見下ろす悪戯めいた笑い。
「普通で良いよ!」
「遠慮しなくて良いぞ?」
七海は彼の後ろにタっと回り込み、力を籠めて両手で黛を背を押して言った。
「ハイハイ、冗談はその辺にして、帰ろー」
「へーい」
気の抜けた返事に、七海は苦笑した。
何だかこの先も彼と一緒なら楽しくなりそうだ―――と思ったのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
思ったより話数が掛かりましたが、やっと二人は結婚しました。
あまり盛り上がりませんが、まったりのんびり楽しい、新婚生活の始まりです。
お読みいただき、有難うございました。
※なろう版とは一部表現に変更があります。
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大晦日、二人で夜更かしした翌日。
黛がゆっくりと起き上がると隣で丸まっていた七海も目を覚ました。
「おはよ」
ベッドに寝転がったまま、彼女は大きく猫のように伸びをする。
「ん~~おはよ……あ、あけましておめでとうゴザイマス」
「昨日言ったのに」
黛は笑った。
年越し蕎麦を食べ終わるとすぐに時計の針が十二時を回った。その時お互いに元日の挨拶を交わして、改めて乾杯したのだった。
「なんとなく?」
七海も笑って首を傾げた。
その様子が愛らしくて、黛は口元に笑いを浮かべたまま顔を近づけ額に唇を落とした。
そして顔を離してから改めて言った。
「あけまして、おめでとう」
** ** **
龍一は既に帰宅していたが、寝室を覗いた黛が声を掛けると「寝る」と言ってそのまま意識を失った。彼が父親を起こす事を諦めてキッチンに戻ると、ちょうど七海が温め終わった雑煮の椀に焼き上がった角餅を投入した所だった。
「やっぱり無理そう?」
「うん、寝かせとく。食べて出ようぜ」
そう言って七海に渡された椀を受け取り、ダイニングまで運んだ。
七海は簡単に台所を片付ける間に、黛は二人分の箸を用意する。
今日はこれから婚姻届を区役所に提出して、そのまま江島家に向かうつもりだ。
それから夕飯を一緒に食べた後、瀬田のマンションに戻って来る事になっている。今日は北海道から帰省した七海の兄も待ち構えているらしい。平均的なマンションに、更に大人二人が泊まる余裕は無いのだ。
「いただきまーす」
「はい、召し上がれ」
元気良く言う黛に、七海は微笑んだ。
出汁の良い香りを吸い込んで、透き通った液体を湛える椀に口を付けると……彼の口いっぱいに旨味が拡がって行く。
ゴクリと飲み込み、感想を口にする間も無く大根とニンジンを頬張って、メインの御餅に齧り付いた。爽やかな香りの元は三つ葉だろう。
黛はそのままハフハフと、無言で全てペロリと胃に収めてしまった。
そしてフーッと満足気に息を吐いて、椀の上に箸を重ねる。
「ごっそさん。旨かった!」
素直な感想に、七海の頬も思わず緩む。
「良かった、好みに合ったみたいで。実家と一緒のすまし汁にしたけど―――お家ごとに白味噌仕立てとか醤油仕立てとか味が違うから、口に合うかちょっと心配だったけど」
「七海が作るモン、何でも美味しいけど。別に違う味だって気にならないし。でも、本田んちもこういう透き通った雑煮だったから、違和感全く無かったぞ」
幼い頃は玲子か龍一と一緒に、少し大きくなってからは一人でも、元日になると本田家に遊びに行っていた黛にとって、正月の味とは―――そのまま本田家の味だった。
「お正月から、本田家に?」
高校の頃、本田家に入り浸り我が物顔に振る舞う黛に反感を抱いていた七海だが、徐々に黛家の複雑な事情を知るにつけ、自分の常識で一刀両断するのは間違いだと思うようになっていた。今では、血の繋がりは無くとも、黛は本田家の親戚の子供みたいな位置づけなのだと言う認識に至っている。
それでも、家族で過ごす筈の正月から本田家で過ごしていると聞いて、つい尋ねてしまった。
「ああ、もともと玲子と茉莉花さんは高校の同級生なんだ。だから昔っから家族ぐるみで付き合ってた」
「『まつりか』さん?って誰?」
「本田のかーちゃん」
「へー、本田君のお母さんって『茉莉花』さんって言うんだ。ジャスミンだっけ?綺麗な名前だねえ」
一度か二度、本田家へ遊びに行った時に七海も顔を合わせた記憶がある。三兄弟の母親は気さくな女性で銀縁眼鏡にジーパンの背の高い美女だった。玲子と茉莉花が高校の同級生だったと言う情報は七海にとって初めてのものだったが、玲子に限っては聞くたびに驚くような情報ばかり飛び出して来るので、それぐらいではもう驚かなくなってしまった。
お雑煮を食べ終わった椀を洗い終わり、手を拭きがらダイニングに戻ると黛が記入済みの婚姻届をテーブルに広げ、タブレットと見比べているのが目に入る。
「何か足りなかった?」
「んー? 大丈夫。七海の戸籍謄本と婚姻届があればOK。あとは念のため印鑑だな」
「元日も婚姻届って出せるんだね。自分が届け出る側になって初めて知ったよ」
「ああ、厳密には受理してくれるだけだけどな。書類の不備があれば日にちはズレるらしい……ん?」
黛がタブレットを触る指を止めた。
「本籍って、住んでる場所以外でも良いのか。皇居にしている人もいるらしいぞ」
「えっそうなの?」
「極端な事言うと、沖縄でも北海道でも良いらしい」
「へー、面白いね」
「あんまり離れてると、必要な時大変そうだな。いちいち飛行機乗らなきゃならないのか?」
「郵送とかでも対応してくれるんじゃない? でも、時間掛かりそうだね」
そんな他愛無い話をしてから、出掛ける準備を整えて二人は家を出た。
それから区役所の時間外窓口にいる守衛に婚姻届を提出し、晴れて黛と七海は夫婦(仮)になったのだった。
「なんかあっけないねぇ」
区役所の裏口を出て、駅を目指して歩いていると七海がポソリと呟いた。
「やっぱ、本籍くらいドカンと変えれば良かったか?」
「ドカンと?」
「スカイツリーとか、富士山とか。本籍が富士山に変わったら、『あっけない』って気しないだろ?」
明らかに冗談だと分かるニヤニヤしながら彼女を見下ろす悪戯めいた笑い。
「普通で良いよ!」
「遠慮しなくて良いぞ?」
七海は彼の後ろにタっと回り込み、力を籠めて両手で黛を背を押して言った。
「ハイハイ、冗談はその辺にして、帰ろー」
「へーい」
気の抜けた返事に、七海は苦笑した。
何だかこの先も彼と一緒なら楽しくなりそうだ―――と思ったのだった。
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思ったより話数が掛かりましたが、やっと二人は結婚しました。
あまり盛り上がりませんが、まったりのんびり楽しい、新婚生活の始まりです。
お読みいただき、有難うございました。
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