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番外編 シンデレラの忘れ物
真昼間の再会
しおりを挟む夢のような目まぐるしい一日の後、何度か彼女に会ったバーへ信は足繁く通った。
顔見知りのマスターに尋ねてみても、信とその彼女が飲みながら語らっている様子は把握していたが―――それ以来、その彼女は現れていないと言う。
お礼を言いたい。せめて宿泊費や飲食代を払わせて貰いたいと思い、マスターに彼女が現れたら連絡して欲しいと伝えたが、トンと音沙汰が無い。
いつしか信はふと、彼女の事ばかり考えている自分に気が付く。
激しい嵐のようなインパクトを残して去った彼女は、失恋の傷跡も分からないほど、彼の気持ちをすっかり掻き乱して消えてしまった。
『不動産王子』と悪友にフザケて呼称されたことがある。
いっそ本当に王子であれば、お触れを出してあの女性の居所を突き止めることが出来るのにと、考える。
その時はこうとでも言えば良いのだろうか?
『このストッキングにピッタリのガーターベルトを持つ女性を余の妃に迎える』
―――と。
クスリと自嘲的に笑う。
いけない、今は仕事中だったと……ハンドルを握りながら首を振る。
物件内覧の案内の為、マンションが建っている敷地側の歩道に車を寄せた。
待合わせ場所に現れない客が、建物の反対の角にいるのでは……とビルを回り込んで確認し、やはり見当たらなかったので問い合わせの電話を掛けた。相手は待合わせ時刻を、一時間間違って覚えていた。
ビルの角を曲がって車を停めた側に出ると、信は目を瞠って―――慌てて駆けだした。
ミニパトが自分の車の後ろにピッタリと停まっている。
制服を纏った婦警がガラス窓から中を覗き込み、何やら頷いたかと思うとチョークを取り出し車と道路に白線を引こうとしゃがみ込むところだった。
「スイマセン!―――今、どけるところです!」
慌てて駆け寄ると、タイヤの元に屈み込んでいたその婦警が立ち上がり―――信に向かって振り返って冷たい視線を投げ掛けた。
「あっ……!」
信は言葉を失って、立ち竦む。
其処にいたのは―――信がずっと探していた、あの朝ストッキングだけ残して消えてしまった女性、その人だったのだ。
「あら」
彼女もすぐに信に気が付いたようだ。
「大丈夫だった?……飲み過ぎたようだけど」
「婦警さん……だったんですか」
彼女はニコリと笑って頷いた。
「良い車ね。お金持ちなのね」
「あっ……あの、ホテル代とか……立て替えて下さってありがとうございます。お支払いさせていただきたいのですが……」
あまりの事に声が擦れたが、何とか要件を絞り出す。
もっと言いたい事はたくさんあった筈なのに、お金に関する事務的な言葉しか絞り出せない自分の体にうんざりした。
「ああ……」
そう言って背の高い彼女は笑った。
「こちらがお礼にお支払いしたのだから、気にしないでください」
そう言って、冷たい瞳を細めた。
「お礼……?」
首を傾げる信に彼女はそっと顔を近づけ口元を手で隠しながら、呟くように言った。
「ご馳走様……貴方とっても美味しかったわ」
「は……」
彼女がそしてフッと距離を取った時、漸く言っている意味を理解して信は頭の天辺まで真っ赤になってしまった。
彼女は嫣然と微笑むと「じゃあね」と言ってミニパトの助手席に乗り込み―――同僚の運転でその場所をアッサリと去って行ったのだった。
信はその場にポカンと立ち尽くしたまま、暫くその場を動けずミニパトの去った方向を見つめ続けたのだった―――。
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次話、最終話です。
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