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後日談 黛先生の婚約者
(6)新居探し
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婚約中の二人の会話です。
※本編掲載の後日談より一部改稿致しました。
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「なあ、これは?どう思う?」
黛がタブレットで表示した不動産情報を七海に向けた。
「『どう』って何が?」
「新居に決まっているだろ」
「『新居』って誰の?」
七海の抑揚の無い受け答えに黛はアングリと口を開いて―――それからジロリと愛しい婚約者を睨みつけた。
「俺と七海のに決まっているだろ?何で忙しい時間を割いて他人の物件探ししなきゃいけないんだ」
色々と話し合った末、結婚式は先送りする事になった。
七海はそれほど結婚式に夢を抱いていなかったし、あまり無駄遣いをするのは嫌だと常々思っていた。しかも披露宴の招待客が際限が無くなる恐れがあり、悪くすると相当大規模にするか、二~三回に分けて行わなければならないかもしれないと言う事が判明し、更に二の足を踏むようになった。
親族、友人、職場の同僚くらいの範囲でも何処まで招待するか悩む七海と違い、黛側は黛本人の職場の大学病院の同僚、友人のほか、著名な外科医である黛の父、龍一に関わりのある医療関係者の数が半端では無いらしい。そこに世界を飛び回るジャズ・ピアニストである玲子の仕事仲間やレコード会社、友人知人……まで考慮すると容易に大混乱に陥る事が予想された。
第一まず、多忙な黛、龍一、玲子のスケジュールを合わせる事が至難の業だった。
しかしどうしても黛は七海との結婚を急ぎたがった。
何故そこまで焦るのかとピンと来ない様子の七海を、黛は得意の理屈を駆使し根気よく説得した。そして二人はおよそ半年後、元旦に入籍する事になったのだ。納得ずくでは無かったが、何だか黛の説得に鬼気迫るものを感じて七海はまたしても流されるように頷いてしまったのだった。
黛は着々と隙間時間で結婚についての準備を進めているらしい。
この間は婚約指輪を選ぶために宝飾店を連れて行かれた。
七海は不安になった。研修医の給料はOL三年目の七海よりお安い筈では無かったのか……?と訝しく思う。今まで友人である黛にそんな印象を抱いた事は無かったが、お金に頓着せずに高い指輪を勧める黛を見て、金銭感覚の違いを感じたのだ。七海はシンプルな値の張らない結婚指輪を買いさえすれば、後は結婚式も婚約指輪も必要ない―――くらいに考えていたのだ。
黛が楽しそうにしているので宝飾店でもあまり無下に断るのもどうかと思い、ウインドウショッピング感覚で商品を楽しみ、選択は曖昧にして購入を先送りにしたばかりだった。
これはハッキリ言わなければならない、と七海は考えた。何より結婚後の住まいについては、七海の中にも譲れない考えがある。
「ここで良いでしょ?部屋が余ってるじゃない」
「え?ここ?」
七海の提案は黛には思いも寄らなかったようで、目を丸くしている。
「黛君が出て行っちゃったら、お義父さん一人になっちゃうじゃない。そんなの寂しいでしょ?」
黛にはそんな七海の主張は全く引っ掛かる物が無いようで、首を捻りながら反論した。
「もともと同じマンションに帰っているってだけで、接点なんか無いぞ。俺が出て行って親父が寂しがるなんて有り得ない」
徐々に七海にも黛家の事情が呑み込めるようになって来ている。
仕事で忙しい両親と、黛は一緒に暮らしていると言う実感をあまり持っていないらしい。両親の方もアッサリしていて黛に対する執着や干渉は全くと言って良いほどない。三人がそれぞれ別々に生活していて重大な決断をする時も各々当人が決定した後、他の家族に報告する―――と言った手法で調整を図っており、それで存外上手くやっているのだと言う事も―――最近何となく理解できるようになって来た。
「黛君の職場、地方になるかもしれないんでしょ?その時まではせめて此処で一緒に暮らしても良いんじゃない?お金も勿体無いし―――研修医のお給料は安いって言ってたじゃない、将来の為にも節約しなきゃ」
「確かに研修医の給料は安いが、俺の個人資産があるから金には困らないぞ?」
「―――は?」
七海は思わず聞き返した。
そんな話は初耳だった。
「『個人資産』ってナニ?」
「あるだろ、株とか投信とか、国債とか金(きん)とか」
「えっ……無いけど……」
「そうなのか?何も持ってなくて将来、不安にならないのか?お前、時々変に潔ぎ良すぎるな」
逆に感心されてしまった。
庶民庶民と、事ある毎に黛に馬鹿にされてきた七海だった。結局それは黛の照れ隠しだった―――と言う事を告白されて、驚いたものだが。
黛の言っていた事は真実だった。
庶民の七海は個人資産なんて言う大したものは持っていない。せいぜいが、やりくりして毎月細々と貯めている定期預金くらい。
「すぐ引っ越すかもしれないから、賃貸になるが―――」
「必要ないです。荷物持ってここに来るから。お義父さん一人でこんな広い家に置いておけないよ」
大家族に生まれ育った七海にとって、それは有り得ない選択だった。
「ええー?新婚だぞ?親と同居なんてあんまりだ」
「何で?いいじゃない。それこそ忙しくて接点がないんだったら、同居ってほど顔を合わせる機会も少ないんでしょ?それに、お義父さんが調子壊して倒れた時とか―――一人にしとくの心配じゃない?」
医者なんだから本人が何とかするだろ―――と黛は言い掛けたが優しい七海に嫌われるのは本意では無い。それ以上黛は強く主張する事が出来無くなってしまった。
(まあ、今までも滅多に顔を合わす事も無かったしな)
龍一も黛も食事はほぼ外食で家には寝に帰って来るだけだった。それほど龍一の存在を気にする必要も無いだろうと、黛は気を取り直した。
最近覚えた、上から目線では無いお願い口調で宥めすかしてもみたが―――七海の決意は固く結局黛が折れて、籍を入れると同時に黛家のマンションに引っ越してくるという事で新居の話は一件落着となったのであった。
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お読みいただき、有難うございました。
※本編掲載の後日談より一部改稿致しました。
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「なあ、これは?どう思う?」
黛がタブレットで表示した不動産情報を七海に向けた。
「『どう』って何が?」
「新居に決まっているだろ」
「『新居』って誰の?」
七海の抑揚の無い受け答えに黛はアングリと口を開いて―――それからジロリと愛しい婚約者を睨みつけた。
「俺と七海のに決まっているだろ?何で忙しい時間を割いて他人の物件探ししなきゃいけないんだ」
色々と話し合った末、結婚式は先送りする事になった。
七海はそれほど結婚式に夢を抱いていなかったし、あまり無駄遣いをするのは嫌だと常々思っていた。しかも披露宴の招待客が際限が無くなる恐れがあり、悪くすると相当大規模にするか、二~三回に分けて行わなければならないかもしれないと言う事が判明し、更に二の足を踏むようになった。
親族、友人、職場の同僚くらいの範囲でも何処まで招待するか悩む七海と違い、黛側は黛本人の職場の大学病院の同僚、友人のほか、著名な外科医である黛の父、龍一に関わりのある医療関係者の数が半端では無いらしい。そこに世界を飛び回るジャズ・ピアニストである玲子の仕事仲間やレコード会社、友人知人……まで考慮すると容易に大混乱に陥る事が予想された。
第一まず、多忙な黛、龍一、玲子のスケジュールを合わせる事が至難の業だった。
しかしどうしても黛は七海との結婚を急ぎたがった。
何故そこまで焦るのかとピンと来ない様子の七海を、黛は得意の理屈を駆使し根気よく説得した。そして二人はおよそ半年後、元旦に入籍する事になったのだ。納得ずくでは無かったが、何だか黛の説得に鬼気迫るものを感じて七海はまたしても流されるように頷いてしまったのだった。
黛は着々と隙間時間で結婚についての準備を進めているらしい。
この間は婚約指輪を選ぶために宝飾店を連れて行かれた。
七海は不安になった。研修医の給料はOL三年目の七海よりお安い筈では無かったのか……?と訝しく思う。今まで友人である黛にそんな印象を抱いた事は無かったが、お金に頓着せずに高い指輪を勧める黛を見て、金銭感覚の違いを感じたのだ。七海はシンプルな値の張らない結婚指輪を買いさえすれば、後は結婚式も婚約指輪も必要ない―――くらいに考えていたのだ。
黛が楽しそうにしているので宝飾店でもあまり無下に断るのもどうかと思い、ウインドウショッピング感覚で商品を楽しみ、選択は曖昧にして購入を先送りにしたばかりだった。
これはハッキリ言わなければならない、と七海は考えた。何より結婚後の住まいについては、七海の中にも譲れない考えがある。
「ここで良いでしょ?部屋が余ってるじゃない」
「え?ここ?」
七海の提案は黛には思いも寄らなかったようで、目を丸くしている。
「黛君が出て行っちゃったら、お義父さん一人になっちゃうじゃない。そんなの寂しいでしょ?」
黛にはそんな七海の主張は全く引っ掛かる物が無いようで、首を捻りながら反論した。
「もともと同じマンションに帰っているってだけで、接点なんか無いぞ。俺が出て行って親父が寂しがるなんて有り得ない」
徐々に七海にも黛家の事情が呑み込めるようになって来ている。
仕事で忙しい両親と、黛は一緒に暮らしていると言う実感をあまり持っていないらしい。両親の方もアッサリしていて黛に対する執着や干渉は全くと言って良いほどない。三人がそれぞれ別々に生活していて重大な決断をする時も各々当人が決定した後、他の家族に報告する―――と言った手法で調整を図っており、それで存外上手くやっているのだと言う事も―――最近何となく理解できるようになって来た。
「黛君の職場、地方になるかもしれないんでしょ?その時まではせめて此処で一緒に暮らしても良いんじゃない?お金も勿体無いし―――研修医のお給料は安いって言ってたじゃない、将来の為にも節約しなきゃ」
「確かに研修医の給料は安いが、俺の個人資産があるから金には困らないぞ?」
「―――は?」
七海は思わず聞き返した。
そんな話は初耳だった。
「『個人資産』ってナニ?」
「あるだろ、株とか投信とか、国債とか金(きん)とか」
「えっ……無いけど……」
「そうなのか?何も持ってなくて将来、不安にならないのか?お前、時々変に潔ぎ良すぎるな」
逆に感心されてしまった。
庶民庶民と、事ある毎に黛に馬鹿にされてきた七海だった。結局それは黛の照れ隠しだった―――と言う事を告白されて、驚いたものだが。
黛の言っていた事は真実だった。
庶民の七海は個人資産なんて言う大したものは持っていない。せいぜいが、やりくりして毎月細々と貯めている定期預金くらい。
「すぐ引っ越すかもしれないから、賃貸になるが―――」
「必要ないです。荷物持ってここに来るから。お義父さん一人でこんな広い家に置いておけないよ」
大家族に生まれ育った七海にとって、それは有り得ない選択だった。
「ええー?新婚だぞ?親と同居なんてあんまりだ」
「何で?いいじゃない。それこそ忙しくて接点がないんだったら、同居ってほど顔を合わせる機会も少ないんでしょ?それに、お義父さんが調子壊して倒れた時とか―――一人にしとくの心配じゃない?」
医者なんだから本人が何とかするだろ―――と黛は言い掛けたが優しい七海に嫌われるのは本意では無い。それ以上黛は強く主張する事が出来無くなってしまった。
(まあ、今までも滅多に顔を合わす事も無かったしな)
龍一も黛も食事はほぼ外食で家には寝に帰って来るだけだった。それほど龍一の存在を気にする必要も無いだろうと、黛は気を取り直した。
最近覚えた、上から目線では無いお願い口調で宥めすかしてもみたが―――七海の決意は固く結局黛が折れて、籍を入れると同時に黛家のマンションに引っ越してくるという事で新居の話は一件落着となったのであった。
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