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本編 平凡地味子ですが『魔性の女』と呼ばれています。

77.大事な人です

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 思わず頓狂な声を上げそうになったが……七海は、グリンと勢いよく自分の肩を抱く男の顔を見上げ視線で問いかけるに留めた。ここまで自信たっぷりに言うのは、黛に何か考えがあるからでは―――と思ったからだ。

 戸惑う様子を見せながらも加藤は自分を立て直し、口をグッと引き結び胸を張った。胸の下で腕を組んでいるので、自然とその大きさが協調される。黛は全く気にしていなさそうだが、七海は目を見開いて……明らかに常人より大きいソコをガン見してしまう。



(う、羨ましい……)



 つい俗な事に頭を囚われてしまう七海だった。
 が、その視線には全く気付かず、相変わらず頑なに七海に視線を向けようとしない加藤は、まるで彼女が其処にいないかのように振る舞い続ける。

 たった今、紹介されたばかりだと言うのに。

 だからつい―――七海も彼女の胸から目が離せなくなってしまう。彼女の顔を見てその厳しい目付きに晒されるよりは、ずっとマシな気がしたのだ。



 黛の言葉に一瞬動揺を示したものの、加藤は強気の姿勢を崩さず決然と彼にこう指摘した。

「その人は『自分は彼の友人だ』って言っていたわ」

 『ストーカー』扱いした事には触れずに加藤は言い放った。黛の態度から少なくとも親しい相手であることは直ぐに理解したらしい。
 すると黛は眉一つ動かさずに頷いた。

「ああ。ずっと『友達』だったけど、ついこの間付き合う事になったんだ。―――コイツ恥ずかしがりやだから、そう言うの知らない相手に言い辛かったんだろ。なぁ?そうだよな、七海?」
「え?えっと……」

 黛に強い視線を向けられ―――七海は思わず言葉を飲み込んだ。
 そして歯切れ悪く、ゆっくりと頷いた。

「あっとその、えっと……うん。そ、そうなの」

 傍目はために見れば、照れているように見えなくも無い。
 七海はある事を思い出し、やっと黛の不可解な行動の意図に検討をつけたのだった。



(そっか……!黛君にも『彼女役』が必要なんだ……!)



 当然と言えば当然かもしれない。
 七海が立川の誘いを断ったように、いやその何倍も、もしかしたら何十倍も黛は断らなければならないのだ。
そして加藤の態度を見ていて鈍い七海もようやく彼女が黛を憎からず思っている事に気が付いた。彼女は同僚に同情してストーカーを追い払いに来たのでは無く―――自分が好意を抱いているあいてに付き纏う女を牽制しに来たのだ。

 そしておそらく彼の態度から見て―――黛は加藤に興味を持ってはいないのだろう。

 すると加藤はフッと余裕の笑みを浮かべて、七海にやっと視線を向けた。



「……無理があるのよねぇ……」



 そうして七海を上から下まで眺め、そしてまた下から上までジットリと見上げた。



(ね、値踏みされている……!)



 鈍い七海にも、加藤のこの視線の意味は直ぐに理解できた。

 勿論容姿で比べられたら、七海に勝ち目なんか無い。
 背中に嫌な汗が滲むのを感じて、七海は体をキュッと固くした。

 「黛の彼女って、綺麗でスタイルの良い子ばっかりじゃ無かったっけ?その子も言ってたけど、平凡だの地味だの、結婚できないだの馬鹿にしていたんでしょう?―――そんな相手と付き合ってるなんて―――無理があるわよね」



(あ、ちょっと違うのに)と七海は思った。大学時代は偶々たまたま綺麗な子が彼女だったかもしれない。

 だけど本来黛は(七海と違って)面食いでは無い。
 その証拠に黛がずっと一番に思っている唯は、可愛らしい癒し系だが目立つ美人と言う訳では無い。黛がおざなりに相手をしていた歴代の『彼女』達の方がよっぽど綺麗な顔をしていた。

 黛はいつも付き合う彼女あいてを『勘』で選んでいた筈。顔や見た目では無く『イイ奴』だからと言っていた。……それならもっと大事にすれば良かったのにと思うが、もう今更なのでこの件に関してはこれ以上追及するつもりは無い……無いってば!と七海は孤独に突っ込みを入れた。



 そんな思いもあってつい黛を見上げると、ニヤついていた表情がスッと消えて無表情になっていた。
 そうだ。加藤の指摘は細かく言うと正しくは無いが、今の問題は其処では無い。七海が彼女の『振り』をしているだけと―――見抜かれている事が問題なのだ。



(ぴ、ピンチかも……!嘘がバレちゃった……?!)



 フフフ……と加藤は余裕の笑みを浮かべて黛に艶やかな視線を送った。

「私に焼かせようったって、そうは行かないわよ。そんな面倒な事しないで正直に―――ハッキリ言ってくれれば良いのに」

 七海の肩に置かれた黛の指に力が籠った。七海は緊張から―――ゴクリと唾を飲み込んだのだった。

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