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本編 平凡地味子ですが『魔性の女』と呼ばれています。
30.怪しい男に声を掛けられました
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暫く待ってみたが黛からの返信は無い。
電話を掛ける暇もないくらい忙しくなってしまったのかもしれない、と七海は考えベッドに潜り込む。そして嵐のように現れて、すぐに去って行った黛の電波越しの声を思い出していた。
テスト間近の唯の時間を削る事はしたくない。今彼女に相談する訳にはいかないと、お風呂上りにベッドに腰掛けた七海はモヤモヤした気持ちを持て余していた。頭の中では岬のドスのきいた声や鋭い視線、立川の楽し気な声と気味の悪い台詞が何度も蘇り、不安に胸が締め付けられるようだ。七海は今夜は眠れないかもしれないと、暗い気持ちになっていた。
それが黛の電話を受け、声を耳にすると幾分軽くなった。
違う次元から掛かって来たような電話。今七海が巻き込まれつつある渦中と全く違う高い所から声がしたような気がして、スイッと泥沼から掬い上げられたような気分になった。
少なくとも黛は。
岬のように勝手なイメージを七海に押し付け自分の怒りをぶつけたりしないし、立川のように七海を自分の思う通りの何かに教育しようなどと目論む事は無い。
七海の気持ちを理解しないし、思った事をそのまま口にするデリカシーの欠片も無い男だが―――七海が望まない処へ彼女を貶めるような事は絶対無い。だから今まで安心して友達でいられたのだ。
掛け布団を肩まで掛け直し暫くすると、意識がスッと空気に溶けて。
七海は深い眠りの世界に旅立ったのだった。
翌日割とスッキリと目覚めた七海は大きく伸びをした。
しかしその直後昨日の事を思い出し、彼女は肩をガクンと落とす。
ひとまず眠る事はできたが、未だ何一つ解決していないという事実に気が付いたからだ。
重い気持ちで仕度を整え、スヤスヤと眠る翔太の可愛い寝顔を見て自分を鼓舞し、玄関を出る。
エレベーターに乗って一階ロビーから共用エントランスを出たところで、こちらを見ているボサボサの髪の髭面の男が目に入った。咄嗟に視線を逸らしてその男から一番離れたルートを自然に歩くよう心掛けた。その男は何かトラブルを抱えているように見えた。誰かを待ち伏せしているような雰囲気が伝わって来たからだ。
出来るだけ気配を消しつつ目を逸らしたまま歩いていたのに―――何故かその怪しい男がツカツカと大股に歩み寄って来て七海の肩をガシッと掴んだので、彼女は小さく悲鳴を発した。
「ひっ!」
「俺だ」
「あ……」
声でやっとわかった。
そのボサボサ頭の髭面の男は黛だったのだ。
「ま、黛君……」
「おはよ」
「あっ……お、おはよう……」
茫然としつつも、七海は今度はジロジロと遠慮なく髭面を眺めた。よくよく見るとその怪しい男は確かに黛だった。いつも彼は身だしなみをキチンとしていたから、そんな風貌の彼を目にしたのは七海には初めての事だった。
電話を掛ける暇もないくらい忙しくなってしまったのかもしれない、と七海は考えベッドに潜り込む。そして嵐のように現れて、すぐに去って行った黛の電波越しの声を思い出していた。
テスト間近の唯の時間を削る事はしたくない。今彼女に相談する訳にはいかないと、お風呂上りにベッドに腰掛けた七海はモヤモヤした気持ちを持て余していた。頭の中では岬のドスのきいた声や鋭い視線、立川の楽し気な声と気味の悪い台詞が何度も蘇り、不安に胸が締め付けられるようだ。七海は今夜は眠れないかもしれないと、暗い気持ちになっていた。
それが黛の電話を受け、声を耳にすると幾分軽くなった。
違う次元から掛かって来たような電話。今七海が巻き込まれつつある渦中と全く違う高い所から声がしたような気がして、スイッと泥沼から掬い上げられたような気分になった。
少なくとも黛は。
岬のように勝手なイメージを七海に押し付け自分の怒りをぶつけたりしないし、立川のように七海を自分の思う通りの何かに教育しようなどと目論む事は無い。
七海の気持ちを理解しないし、思った事をそのまま口にするデリカシーの欠片も無い男だが―――七海が望まない処へ彼女を貶めるような事は絶対無い。だから今まで安心して友達でいられたのだ。
掛け布団を肩まで掛け直し暫くすると、意識がスッと空気に溶けて。
七海は深い眠りの世界に旅立ったのだった。
翌日割とスッキリと目覚めた七海は大きく伸びをした。
しかしその直後昨日の事を思い出し、彼女は肩をガクンと落とす。
ひとまず眠る事はできたが、未だ何一つ解決していないという事実に気が付いたからだ。
重い気持ちで仕度を整え、スヤスヤと眠る翔太の可愛い寝顔を見て自分を鼓舞し、玄関を出る。
エレベーターに乗って一階ロビーから共用エントランスを出たところで、こちらを見ているボサボサの髪の髭面の男が目に入った。咄嗟に視線を逸らしてその男から一番離れたルートを自然に歩くよう心掛けた。その男は何かトラブルを抱えているように見えた。誰かを待ち伏せしているような雰囲気が伝わって来たからだ。
出来るだけ気配を消しつつ目を逸らしたまま歩いていたのに―――何故かその怪しい男がツカツカと大股に歩み寄って来て七海の肩をガシッと掴んだので、彼女は小さく悲鳴を発した。
「ひっ!」
「俺だ」
「あ……」
声でやっとわかった。
そのボサボサ頭の髭面の男は黛だったのだ。
「ま、黛君……」
「おはよ」
「あっ……お、おはよう……」
茫然としつつも、七海は今度はジロジロと遠慮なく髭面を眺めた。よくよく見るとその怪しい男は確かに黛だった。いつも彼は身だしなみをキチンとしていたから、そんな風貌の彼を目にしたのは七海には初めての事だった。
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