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本編 平凡地味子ですが『魔性の女』と呼ばれています。
29.宿題はやっていませんが
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インフルエンザに掛かってしまった同僚の研修医の代わりに、黛は個人病院の当直のバイトに来ていた。外科病院で通常であれば夜中に命に関わるような処置を必要とする患者はいない。比較的他のバイト先より余裕のある当直先である筈だった。
大学病院の仕事の後バイト先にやってきた黛は、当直室で独りになってから鞄からスマホを取り出し手に取り、液晶画面を見つめ暫く思案してから机の上に置いた。そして立ち上がり部屋の中を歩き回って―――また机の前に戻りスマホを手に取った。
七海に蹴られ気絶するように寝落ちした日、黛は仕事の疲れと寝不足が重なったところにアルコールの追い討ちがかかり、判断力が極端に低下していた。翌朝目覚めたとき、自分がやった事と七海が怒っていた事はかろうじて覚えていたが、彼は七海が何に怒ったのかサッパリ理解できていなかった。
しかし微妙に不安な気持ちが湧いて来て、七海にメッセージを何度か送ってみれば返答が無い。そのうち『絶交』と言われた記憶が蘇り(あれ?なんかヤバいかも)という焦りに急かされて、七海の事に一番詳しい筈の唯に電話で相談したのだ。
七海が怒っているようで返信をしてくれない、と伝えると『絶対黛君が悪いから謝って。ちゃんと本気で謝るんだよ。適当な態度で謝るのは最悪だからね!かえって拗れるよ』と問答無用で言い渡された。
そしてやはり自分が悪いのかもしれない……とそこまでは認識できた黛が謝ると―――途中から何故か七海がまた怒り出し『絶交継続』を言い渡されたのだ。それも『何故自分が怒ったのかを理解するまで、一緒に遊ばない』と言う小学生の喧嘩のような捨て台詞を残して、アッと言う間に目の前から消えてしまった。
暫くして我に返った黛は、仕方なくヨモギ大福でも購入して帰ろうと目の前の大福屋の引き戸を開いたが―――既に限定品のヨモギ大福は売り切れた後だった。
黛は今度こそ、本当にかなりマズイ状況のような気がして来た。
と言うわけで久々得た休日であるその日、七海が何故怒ったか改めて考え始めたが―――やはり今いち的を射てない気がした。その内連日のハードな仕事の疲れからまたしても寝落ちしてしまう。気付いた時には真夜中を過ぎていた。これでは唯を頼る訳にもいかない。結局翌日からまた、物思いに耽る時間も無いほど忙しい日々が戻って来て―――やっと息を吐いたのは、バイト先の当直室だった。
勿論、宿題の答えは出ていない。
しかしこのまま連絡しなければ、一生解決せず(もう答えを見つけられる気がしない)七海と会う機会も無くなるような気がして―――黛はダメ元で電話してみようと考えた。
また無視されるかもしれない。だけどヒントくらい貰えるかもしれない。
黛はウジウジ悩むタイプでは無く、迷う前に即行動を起こすタイプだ。
しかし今回は連絡するのにかなり躊躇してしまった。
悩んだ末勇気を出して電話をした。するとコール音が十回もしない内に七海が電話を取ってくれ、更に普通に名前を呼ばれた事に驚きつつも口を開こうとすると、切羽詰まったような七海の声が黛の鼓膜を震わせたのだった。
『黛君!助けて!』
「へ?……あ?」
『もう私どうしたら良いか分からないよ~~!!』
取り敢えず七海が怒っていない事に胸を撫で下ろす。
どうやら黛への怒りなど吹っ飛ぶほどの問題が生じてパニックに陥っているらしい。黛はまず先を促す事にした。
「えっと……そっか。どうした?」
『それが……』
七海が口を開きかけた時、当直室の内線が鳴った。診察室からのようだ。
「ん?……あっ!」
と言う事は、このバイトでは珍しい事だが急患が入ったようだ。
「スマン!当直室なんだ。今急患が入ったらしい。またかける!』
黛は受話器を取って看護婦から要件を確認すると、白衣を掴んで当直室を飛び出したのだった。
大学病院の仕事の後バイト先にやってきた黛は、当直室で独りになってから鞄からスマホを取り出し手に取り、液晶画面を見つめ暫く思案してから机の上に置いた。そして立ち上がり部屋の中を歩き回って―――また机の前に戻りスマホを手に取った。
七海に蹴られ気絶するように寝落ちした日、黛は仕事の疲れと寝不足が重なったところにアルコールの追い討ちがかかり、判断力が極端に低下していた。翌朝目覚めたとき、自分がやった事と七海が怒っていた事はかろうじて覚えていたが、彼は七海が何に怒ったのかサッパリ理解できていなかった。
しかし微妙に不安な気持ちが湧いて来て、七海にメッセージを何度か送ってみれば返答が無い。そのうち『絶交』と言われた記憶が蘇り(あれ?なんかヤバいかも)という焦りに急かされて、七海の事に一番詳しい筈の唯に電話で相談したのだ。
七海が怒っているようで返信をしてくれない、と伝えると『絶対黛君が悪いから謝って。ちゃんと本気で謝るんだよ。適当な態度で謝るのは最悪だからね!かえって拗れるよ』と問答無用で言い渡された。
そしてやはり自分が悪いのかもしれない……とそこまでは認識できた黛が謝ると―――途中から何故か七海がまた怒り出し『絶交継続』を言い渡されたのだ。それも『何故自分が怒ったのかを理解するまで、一緒に遊ばない』と言う小学生の喧嘩のような捨て台詞を残して、アッと言う間に目の前から消えてしまった。
暫くして我に返った黛は、仕方なくヨモギ大福でも購入して帰ろうと目の前の大福屋の引き戸を開いたが―――既に限定品のヨモギ大福は売り切れた後だった。
黛は今度こそ、本当にかなりマズイ状況のような気がして来た。
と言うわけで久々得た休日であるその日、七海が何故怒ったか改めて考え始めたが―――やはり今いち的を射てない気がした。その内連日のハードな仕事の疲れからまたしても寝落ちしてしまう。気付いた時には真夜中を過ぎていた。これでは唯を頼る訳にもいかない。結局翌日からまた、物思いに耽る時間も無いほど忙しい日々が戻って来て―――やっと息を吐いたのは、バイト先の当直室だった。
勿論、宿題の答えは出ていない。
しかしこのまま連絡しなければ、一生解決せず(もう答えを見つけられる気がしない)七海と会う機会も無くなるような気がして―――黛はダメ元で電話してみようと考えた。
また無視されるかもしれない。だけどヒントくらい貰えるかもしれない。
黛はウジウジ悩むタイプでは無く、迷う前に即行動を起こすタイプだ。
しかし今回は連絡するのにかなり躊躇してしまった。
悩んだ末勇気を出して電話をした。するとコール音が十回もしない内に七海が電話を取ってくれ、更に普通に名前を呼ばれた事に驚きつつも口を開こうとすると、切羽詰まったような七海の声が黛の鼓膜を震わせたのだった。
『黛君!助けて!』
「へ?……あ?」
『もう私どうしたら良いか分からないよ~~!!』
取り敢えず七海が怒っていない事に胸を撫で下ろす。
どうやら黛への怒りなど吹っ飛ぶほどの問題が生じてパニックに陥っているらしい。黛はまず先を促す事にした。
「えっと……そっか。どうした?」
『それが……』
七海が口を開きかけた時、当直室の内線が鳴った。診察室からのようだ。
「ん?……あっ!」
と言う事は、このバイトでは珍しい事だが急患が入ったようだ。
「スマン!当直室なんだ。今急患が入ったらしい。またかける!』
黛は受話器を取って看護婦から要件を確認すると、白衣を掴んで当直室を飛び出したのだった。
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