上 下
42 / 363
本編 平凡地味子ですが『魔性の女』と呼ばれています。

29.宿題はやっていませんが

しおりを挟む
 インフルエンザに掛かってしまった同僚の研修医の代わりに、まゆずみは個人病院の当直のバイトに来ていた。外科病院で通常であれば夜中に命に関わるような処置を必要とする患者はいない。比較的他のバイト先より余裕のある当直先である筈だった。

 大学病院の仕事の後バイト先にやってきた黛は、当直室で独りになってから鞄からスマホを取り出し手に取り、液晶画面を見つめ暫く思案してから机の上に置いた。そして立ち上がり部屋の中を歩き回って―――また机の前に戻りスマホを手に取った。



 七海に蹴られ気絶するように寝落ちした日、黛は仕事の疲れと寝不足が重なったところにアルコールの追い討ちがかかり、判断力が極端に低下していた。翌朝目覚めたとき、自分がやった事と七海が怒っていた事はかろうじて覚えていたが、彼は七海が何に怒ったのかサッパリ理解できていなかった。
 しかし微妙に不安な気持ちが湧いて来て、七海にメッセージを何度か送ってみれば返答が無い。そのうち『絶交』と言われた記憶が蘇り(あれ?なんかヤバいかも)という焦りに急かされて、七海の事に一番詳しい筈の唯に電話で相談したのだ。

 七海が怒っているようで返信をしてくれない、と伝えると『絶対黛君が悪いから謝って。ちゃんと本気で謝るんだよ。適当な態度で謝るのは最悪だからね!かえって拗れるよ』と問答無用で言い渡された。

 そしてやはり自分が悪いのかもしれない……とそこまでは認識できた黛が謝ると―――途中から何故か七海がまた怒り出し『絶交継続』を言い渡されたのだ。それも『何故自分が怒ったのかを理解するまで、一緒に遊ばない』と言う小学生の喧嘩のような捨て台詞を残して、アッと言う間に目の前から消えてしまった。

 暫くして我に返った黛は、仕方なくヨモギ大福でも購入して帰ろうと目の前の大福屋の引き戸を開いたが―――既に限定品のヨモギ大福は売り切れた後だった。

 黛は今度こそ、本当にかなりマズイ状況のような気がして来た。

 と言うわけで久々得た休日であるその日、七海が何故怒ったか改めて考え始めたが―――やはり今いち的を射てない気がした。その内連日のハードな仕事の疲れからまたしても寝落ちしてしまう。気付いた時には真夜中を過ぎていた。これでは唯を頼る訳にもいかない。結局翌日からまた、物思いに耽る時間も無いほど忙しい日々が戻って来て―――やっと息を吐いたのは、バイト先の当直室だった。

 勿論、宿題の答えは出ていない。

 しかしこのまま連絡しなければ、一生解決せず(もう答えを見つけられる気がしない)七海と会う機会も無くなるような気がして―――黛はダメ元で電話してみようと考えた。

 また無視されるかもしれない。だけどヒントくらい貰えるかもしれない。

 黛はウジウジ悩むタイプでは無く、迷う前に即行動を起こすタイプだ。
 しかし今回は連絡するのにかなり躊躇してしまった。

 悩んだ末勇気を出して電話をした。するとコール音が十回もしない内に七海が電話を取ってくれ、更に普通に名前を呼ばれた事に驚きつつも口を開こうとすると、切羽詰まったような七海の声が黛の鼓膜を震わせたのだった。

『黛君!助けて!』
「へ?……あ?」
『もう私どうしたら良いか分からないよ~~!!』

 取り敢えず七海が怒っていない事に胸を撫で下ろす。
 どうやら黛への怒りなど吹っ飛ぶほどの問題が生じてパニックに陥っているらしい。黛はまず先を促す事にした。

「えっと……そっか。どうした?」
『それが……』

 七海が口を開きかけた時、当直室の内線が鳴った。診察室からのようだ。

「ん?……あっ!」

 と言う事は、このバイトでは珍しい事だが急患が入ったようだ。

「スマン!当直室なんだ。今急患が入ったらしい。またかける!』

 黛は受話器を取って看護婦から要件を確認すると、白衣を掴んで当直室を飛び出したのだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

王太子の子を孕まされてました

杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。 ※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。

妹がいなくなった

アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。 メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。 お父様とお母様の泣き声が聞こえる。 「うるさくて寝ていられないわ」 妹は我が家の宝。 お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。 妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?

【完結】婚約者に忘れられていた私

稲垣桜
恋愛
「やっぱり帰ってきてた」  「そのようだね。あれが問題の彼女?アシュリーの方が綺麗なのにな」  私は夜会の会場で、間違うことなく自身の婚約者が、栗毛の令嬢を愛しそうな瞳で見つめながら腰を抱き寄せて、それはそれは親しそうに見つめ合ってダンスをする姿を視線の先にとらえていた。  エスコートを申し出てくれた令息は私の横に立って、そんな冗談を口にしながら二人に視線を向けていた。  ここはベイモント侯爵家の夜会の会場。  私はとある方から国境の騎士団に所属している婚約者が『もう二か月前に帰ってきてる』という話を聞いて、ちょっとは驚いたけど「やっぱりか」と思った。  あれだけ出し続けた手紙の返事がないんだもん。そう思っても仕方ないよでしょ?    まあ、帰ってきているのはいいけど、女も一緒?  誰?  あれ?  せめて婚約者の私に『もうすぐ戻れる』とか、『もう帰ってきた』の一言ぐらいあってもいいんじゃない?  もうあなたなんてポイよポイッ。  ※ゆる~い設定です。  ※ご都合主義です。そんなものかと思ってください。  ※視点が一話一話変わる場面もあります。

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

処理中です...