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本編 平凡地味子ですが『魔性の女』と呼ばれています。

6.忙しそうだね

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 ゴチャゴチャした路地に入るとたくさん看板が並んでいる。まゆずみが気に入って通っている焼き鳥屋はその内の一つだ。狭い階段を上って扉を潜ると外の喧騒とギャップのある木目調の落ち着いた内装が目に入る。

 カウンターメインでテーブル席がいくつか。三十席ほどでこじんまりとしている。
 黛は迷うことなくカウンター席に向かう。テーブル席に座るのは顔をジロジロ見られるのがうっとうしいのかもしれない、と七海は思った。

 超絶マイペースの黛も大学に入学する辺りから少し周りの目を気にするようになって来た。

 それまでは顔見知りばかりの空間だったから、いくら黛の顔が好かろうが、サッカーが上手かろうが、成績が良かろうが、扱いにくい性格とガサツな物言いのために遠巻きにされる事が多かった。隠れファンは多かったが。

 しかし外に出ると、黛の事を良く知っている者は少なく、見た目だけで絡まれたり医学生と言うブランドで擦り寄られたりする機会が多くなり、さすがに彼も面倒事を避けるようになったのだ。
 ちなみにのぶは擦り寄られてもニコニコ対応するのでいつの間にかテーブルに知らない女の人が加わっている、と言う状態になっていたりする。






「忙しそうだね」

 馴染みの店員に「「生!」」と伝えた後、七海は隣の黛の顔を覗き込んだ。

「まあなー、新人だからね。失敗ばかりだよ……だいたいは看護師さんがフォローしてくれるけど。今はどっちが先生か分からん状態だ」

 目の下のクマが苦労と寝不足を物語っている。

「珍しい!黛君が愚痴るなんて」
「んー……さすがに厳しい」
「メッセージも寝惚けてた」
「そう、寝入りばなに入れて、そのまま寝落ち」

 七海は首を傾げた。

「そんな無理して連絡くれなくても良いのに。ちゃんと休んだら?」

 そんな七海を黛はジットリと睨んだ。

「冷てーなー、七海は」
「そんな事ないけど……健康のほうが大事じゃない?」

 絡み方が今までに無いパターンなので、七海は戸惑った。
 何だか甘えられているようでソワソワしてしまう。
 それだけ疲れていると言う事なのだろうか……と彼女は推測した。

「生、二丁です!」

 そこへ店員のハキハキした声が響いた。
 二人はペコリと会釈して、馴染みの彼からジョッキを受け取った。

「乾杯しよ。就職おめでと―!これでやっと社会人一年生だね!!」

 先輩ぶって満面の笑顔になった七海の呑気な顔を見て、黛は苦笑した。

「乾杯」

 ジョッキを合わせると、ガチンと分厚いガラスがぶつかる音がした。

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