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後日談 黛家の妊婦さん3

(175)スイーツ男子2

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前話の続きです。今回ちょっと長めです。


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 無事写真を撮り終えた後は実食だ。スコーンを食べる前にあらたの勧めで七海もプリン・ア・ラモードを試食させて貰う事になった。まずはプリンと生クリームを皿の空いている処に取り分け、確認する。

「葡萄も一つずつ味見して良い?」
「もちろん。一つと言わずもっと食べてよ」
「一つで十分だよ。食べ過ぎないように気を付けてるの。味見出来れば満足だよ」
「そう?」

 取り分けたそれを一口、舌に乗せる。焼きプリンの所為か、意外としっかりした硬さがある。以前唯に振る舞って貰ったトロトロと蕩ける冷しプリンとはまた違った美味しさだ。

「安心感って言うか、食べ応えがある感じだね。葡萄も甘くて香りが濃い!」

 皮はプツッと難なく歯が通るほど柔らかい。口の中に拡がる果汁を、七海は楽しんだ。新もその様子に目を細めてから、生クリームと一緒にざっくりとプリンを掬って口に運ぶ。

「ん、カラメルが思ったよりほろ苦いね。でもこのプリンには合ってるかも」

 やっぱり新ってスイーツ好きだよね?と七海は思う。黛ならスイーツ一つをこのように詳細に描写しないだろう。黙々と平らげるのが、美味しかったという彼のサインだと言うことを承知するまで、少々時間が掛かった。
 言葉に出す時は、すっかり平らげてから『ウマい』と一言漏らすくらい。食べ終わるまで何も言わない事もあるので、最初の内は作った料理が口に合っているのか、それほど気に入らないけれども我慢して食べているのか判断が付かなくてハラハラしたものだ。

 本田も黛ほど端的では無いが、食材について細かく描写する性格では無い。美味しい物に拘りがある人と言えば、七海は信を思い出す。やはりどちらかと言うと新は信に似てるかもしれない……などと頭の片隅で考えたが、彼の反発心を考慮して口には出さずに目の前のスイーツに集中する事にする。手に取ったスコーンを割りブルーベリーのコンフィチュールを乗せ、パクリと口に入れた。

「ん、こっちも結構歯ごたえある。ちょっと甘め?」
「バニラの香り、する?」

 スコーンの表面にプツプツと黒い点のように見えるのはバニラビーンズだそうだ。

「うん、するよ。甘い香りが。あ、新はこっちの食べて良いからね」
「ありがと!」

 ニコリと無邪気に微笑む新に満足気に頷いてみせ、七海はふと窓の方に目を移した。するとテラス席に座っている女の子達と目が合い、パッと逸らされる。無論彼女等の視線の先にあったのは新である。プリンに目を奪われている新の角度からは首を回さないと見られない場所の為、見られている本人は気が付いていないようだった。こういう事は黛や本田と行動を一緒にしていればよくあることだ。少し気にはなったものの、七海も特に気に留めずテーブルに視線を戻しスコーンを味わうことに集中した。






**  **  **






 すっかりスイーツを平らげた二人は、満足して会計を終えて外に出た。家路を辿ろうと歩き出した所で、新が佇んだままジッと何処かを見ているのに気が付いた。

「新?」
「アイツ……写真撮った」

 新が見ているのはテラス席。その視線の先には先ほど新を見ていた女の子達がいる。ただ新たにジッと鋭い視線を向けられている為か偶然なのか、顔を俯かせて目を逸らしている。一方新の表情は硬い。いつも表情豊かな新が能面のように表情を無くしていた。下手に整っているだけに迫力が出てしまうらしい。新は怒りを湛えた能面のような顔のまま、グッと大きく一歩踏み出した。

「待って!」

 七海は慌てて新の腕を掴む。それから重いお腹のバランスを取りながら、精一杯の早さで新の前に回り込んだ。

「ストーップ新!顔、こわいよ!」
「……」

 顔が怖いと言われて反論しそうになった新だったが、大きなお腹を揺すりながら必死でピョコピョコ飛び出して来た七海の動きに気を削がれる。そのちょっとユーモラスに見える動作を目にして、今まず彼が気にしなければならないのは彼女の体調だと思い出した。しかし新の前に飛び出して来た七海は、真面目な表情で妙な事を言い出した。

「まずね、その頬の辺り、マッサージして!」

 自分の頬をグニッと押しながら新に同じことを促す。しぶしぶ新は同じように少しおざなりに頬に指を当てた。

「はい、そしたら深呼吸!吸ってー吐いてー」

 気が向かないまま、言われる通りに息を吸って吐く。深呼吸を終えた新をまっすぐ見上げ、七海はニコリと微笑んだ。

「……うん、力抜けたね。スマイルとは言わなくてもリラックスして。新に怖い顔は似合わないからね!」

 そう言われてから漸く、かなり頭に血が上っていたことに気が付いた。インスタの画像で追い回されたのはかなり前のことだ。アプリを削除した後、自分を追い回していたストーカーも新の拒絶を理解したのか暫くして話しかけて来なくなった。その他のトラブルも友人の協力のもと、色々気を配るようになると徐々に減って行った。だけどその嫌な体験を通して、少しナーバスになっていたのかもしれない。

「さっきもあの人達、新のこと見てたけど―――知合い?」
「いや。でもきっと写真撮られたと思う。消して貰わないと」

 今回は黛の大事な女性、七海が一緒なのだ。何かあったらと思うと気が気じゃ無かったのも確かで、珍しくカッとなってしまった。だからと言って気持ちを泡立たせたまま事に当たって事態が好転する訳ではない。その事を七海に気付かされた新は努めて平常心を取り戻し、テラス席に座るさきほどの二人組の方へ歩み寄った。
 近付いて来る気配に気づいた片方がもう一方の女の子に焦った様子で「だから言ったでしょ!」と低い声で批難している。どうやら盗撮を窘められたのに、もう一方の子が強引にシャッターを切ったようだ。

「ちょっと、いいかな」
「あっ……は、はい!」

 写真を撮ったと思われるのはセンター分けの、レイヤーを入れた肩までの髪を明るくしたフェミニンな雰囲気の女子だ。近付いて来る新をポカンと口を開けて見上げていたが、声を掛けられて我に返った。たちまちその頬が真っ赤に染まる。向かいに座っている、彼女を窘めていた前髪付きのリップラインボブの女子も、背の高い新を見上げて緊張を滲ませつつも食い入るようにその容貌に見入っていた。

「もしかして今、俺の写真撮った?」
「え……と、はい」

 存外素直に頷くセンター分け女子に、新は溜息を吐いて屈みこんだ。

「消して欲しいんだけど。俺勝手に写真撮られるのものすごく、嫌いなんだ」
「あ、う……」

 すると彼女はスマホをギュッと握りしめて、見るからに色を失くした。

紗良さら!」

 前髪あり女子の方が彼女の腕を触り低い声で促すと、のろのろとセンター分けはスマホの画面を晒し写真を表示する。そして震える指で写真を削除した。一斉表示の画面でパッと見る限りその他に新の写真は無かったように見える。出来心だったのかもしれない。あまり悪質ではなさそうな雰囲気を見て取った新は、内心胸を撫でおろし背を伸ばした。

「有難う」

 そう一言だけ言ってクルリと踵を返す。ちょうど七海が大きいお腹を抱えながら、新の所まで追い付いて来た所だった。

「ゴメンね、七海。帰ろうか?」
「うん」

 そうして並んで歩きだそうとした背中に「あ、あの!」と震える声が掛けられた。

 その場を通り過ぎようとしていた七海と新は顔を見合わせ、ゆっくりと振り返る。両手をギュッと握りしめて立ち上がったセンター分け女子が、顔を真っ赤にして必死な視線を向けている。前髪女子の方は明らかに困惑した表情で、友人の行動を見守っていた。

「わ、私!王子の……スイーツ王子のファンなんです!」

 七海と新はもう一度顔を見合わせた。それから一拍置いて、両手を握りしめ頬を染める彼女に同時に視線を戻す。

「は?なにその『王子』って」
「今年のミスタコンに出るんですよね?私、絶対投票します!」

 興奮気味に宣言する彼女を目の前に、パチクリと瞬きを繰り返す新。

「新、何かのコンテストに出るの?」
「いや?」

 実のところ大学のそう言ったイベントに勧誘された経験はあるが、ストーカーの一件以来凝りて、一切断る事に決めている。

「え?だって……」

 目の前で威勢よく立ち上がったセンター分け女子は戸惑ったように視線を彷徨わせた。するとそれまで不安気に見守っていた友人らしき前髪女子が自分のスマホで何やら探し始める。目的の画面を見つけてから、立ち上がって新達にをれを示してくれた。それはあるインスタログの投稿画面だった。

「あの、インスタで公開されているページが今結構広まっていて……これ、貴方ですよね?」

 見覚えのある写真に新は目を丸くした。写っているのは皆大学友人ばかり、このうち一人の友人の誕生日パーティをした時のモノだ。新も写真だけは送ってもらったのだが、インスタログを退会していた事もあり、この投稿にはこれまで知らないままだった。
 投稿には皆で撮った写真と、新お手製のちょっと小洒落たデコレーションを施したシフォンケーキが写っていて『K大のスイーツ王子!次のミスタコン優勝間違いなし?!』などとコメントが付けられている。

「え……何だコレ?」
「うわぁ……」

 驚く新の横から画面を覗き込み、七海は気の毒そうな声を上げた。何かの間違いなのか、それとも気にせず掲載してしまったのか、新の友人がふざけたコメントを付きで写真を公開してしまったらしい。コメントの写真には新だけが写っているわけではないが、明らかに王子っぽい容貌なので目立ってしまっている。

「くそ~何だよ『王子』って。ぜってぇ面白がってる!ミスタコン出ないって分かってるくせに!……ちょっと、七海待っててくれる?あ、申し訳ないけどこの席、借りて良い?この人、見ての通り身重だから立たせて置けないんだ」
「あっはい、どうぞ!」

 新の剣幕に前髪女子は素早く空いている椅子から鞄を避けて、七海に勧めてくれた。七海は(え、いいのかな?)と思いつつ初対面の女の子の椅子に有難くも腰を下ろす。立ったままではやはり少し辛いからだ。新はスマホを取り出し、少し距離を取った所で相手を呼び出し話し始めた。おそらく黙って写真を投稿した友人に抗議するためであろう。

 七海と前髪女子が腰を下ろした後、ボンヤリと新の背中を眺めていたセンター分け女子が遅れてポスンと席に着いた。沈黙に耐えられない七海は、恐る恐る口を開く。

「あの……写真、すぐ消してくれて有難う」
「えっ……?」

 話しかけられた事に驚いたように、漸く彼女は七海を目に映した。七海は出来る限りフォローになるような言葉を探す。

「あの子ね、以前SNSの写真を元にストーカーされて嫌な思いしたらしいんだ。だから余計にナーバスになってるのかも」
「あっ……」

 初めて新の剣幕の理由に合点が行ったのかもしれない。目をまん丸く見開いて、それから彼女はショボンと肩を落とした。

「私、ストーカーのつもりじゃなくて……あの、アイドルを街で見かけたような気分になって、つい」
「だから止めろって言ったのに……」

 どうやら彼女はあまり深い考えも無く写真を撮ってしまったようだ。一緒にいる友人は常識人で一応止めてくれたらしい。これなら逆ギレとか妙な展開にならずに済みそうだと、七海は内心胸を撫でおろした。

 そこに新が手早く電話を終えて戻って来た。晴れやかな顔をしているのは、ある程度問題が解決したからだろう。

「七海ごめんね!あの写真間違って友達限定じゃないアカウントに投稿しちゃったらしい。すぐ消してくれるって」
「そっか、良かったね」
「じゃあ、帰ろうか」

 杖替わりのバイト精神を発揮して、七海に手を差し出す新。その仕草によどみは無いが、センター分け女子の注視を受けつつ手を借りるのは妙に気恥ずかしい気がした。何とか新の手を借りて立ち上がった後、席を貸してくれた二人に「有難う」と七海は会釈する。「いいえ」と首を振る前髪女子と、同意を示すように頷くセンター分け女子。
 すると七海に寄り添った新が、二人を見下ろし一転してニコッと屈託のない笑顔を向けた。



「席、有難う。助かったよ」



 その笑顔に動転したセンター分け女子は慌てて首を振った。

「い、いいえ!こちらこそスイマ……ひぇン!!」

 ブンブン首を振りながら返事をした彼女の声が、妙な感じに裏返った。先ほど以上に真っ赤になってしまい、センター分け女子は羞恥に両手で顔を覆う。新はその慌てぶりを目にして、慰めるように微笑んだ。

「こちらこそ怖がらせてゴメンね。ミスタコン俺は出ないけど、もっとカッコイイ奴一杯出ると思うから投票してやってね」
「あっ……は、はい!」

 その微笑みを目にしてしまった彼女は返事のあと―――うっとりと目を潤ませた。

 その一連の遣り取りを目の当たりにした七海は、思った。サッパリして切り替えが良い所は新の長所だ。でもそれは逆に言うと、あまり自分の影響力に頓着していないと言うか、考えが浅……いや、あまり深く考えていない、と言うことなのかもしれない。



(新って……やっぱ信さんに似てる?!)



 自覚は無いようだが、天然で『女たらし』の素質があるのでは?と、七海は思う。悩み事が解消されて一転ご機嫌になった新にエスコートされながら、彼女は再びソワソワせずにはいられなかったのだった。


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新の背を見送った後、ほうっと溜息を吐いたセンター分け女子が一言。

「『王子』よりカッコイイ男なんて、きっといるワケいないよ~!!」

焦点の合わないまま、ホワンとしてしまった友人を心配した前髪女子が冷静に突っ込み。

「紗良、大丈夫?」
「大丈夫じゃない!ますますファンになっちゃった!!好き!!」
「……でもさ、あの妊婦さん、もしかして奥さんじゃない?」
「え……?」
「姉弟とか血縁にしては全然似て無かったし、すっごく大事にしてる感じだし……」
「ええ!でも『王子』ってまだ学生でしょ?」
「学生結婚とか。だからミスタコンとか浮ついたイベント出ないんじゃない?本当にストーカー対策でもあるんだと思うけど……」
「そんなぁ~!」
「良い男は早くに売れるってね」
「ううう……でも結婚していてもあの人が一番カッコイイと思う……」

となおも諦め切れない様子のセンター分け女子に、前髪女子が再び冷静な分析をビシリ。

「……よしんば何かの間違いで上手く行ったとしてもコブ付きの略奪って良い事ないよ。あんな優しい感じの人だと、子供とも奥さんとも一生縁切れないだろうし。養育費払うのってかなり大変だよ?お姉ちゃんの知合いでそう言う人がいてスッゴく愚痴ってたって。養育費の支払いの所為で仕事辞められないし、元の奥さんと子供に申し訳ないからって、彼女が子供欲しいって言っても旦那さんが嫌がる……って。って言うか、そもそも仲良さそうだしさっきの様子だと他に目は向けないんじゃない?実際」
「ううっ……優子、名前と違って優しくない……厳しい……」
「いやいや……優しいでしょ?」

面白がって不倫の恋を焚きつけたり見過ごす友達は、本気で相手のことを思い遣っていない可能性もあるでしょう。優子ちゃんの気持ちが紗良ちゃんに通じる事を祈りつつ…(ー_ー)!!

お読みいただき、有難うございました!
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