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後日談 黛家の妊婦さん3
(169)車の中で
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前話の続きのおまけ話です。
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『Beste』『DMW』は、どちらも車に疎い七海でも知っているくらい有名なドイツ車メーカーだ。まず黛が向かったのが『Beste』のショールーム。一緒に乗り心地を試すよう誘われたが、自家用車に特に要望の無い七海は同乗を遠慮してショールームで休憩させて貰うことにした。
黛を送り出した後、ツルッとした立派な新車がポコポコ並ぶ不思議な空間の中で椅子に座っていると、受付にいた髪を一つに纏めた涼し気な女性が飲み物を運んでくれた。
「ソファがあれば良いのですけど……苦しくないですか?」
「あ、はい!大丈夫です」
「座面、堅いですよね?よろしければこちらをお敷き下さい」
と、ブランケットまで差し出してくれる。至れり尽くせりだ。座れないと言う事も無いのだが、確かに座り心地は少し気になったので有難く受け取る事にする。女性に勧められた雑誌に目を通しつつ顔を上げると、誇らしげに胸を張っているようなピカピカの新車達が目に入った。特に車好きではない七海にも明らかにカッコ良く見える。当り前か、ショールームに並んでいるくらいだから自信作ばかりだよね?なんて、相手がいないので心の中で独り言を言う。
しかし新しい車の購入を検討する時に先ず外車から試す、と言うのは七海にはない思考回路だ。そして大きい車が良い、と言う理由も彼女にはよく分からない。七海が子育ての時に使う車と聞いて思い付くのは―――CMでよく目にする可愛らしい四角い国産車だ。天井が高くてドアが引き戸みたいにスライドするタイプは使い易そうだなぁ、なんて想像する。しかし車を運転しない七海には、そう強く主張するほどの根拠もない。ただ外車って高そうだなぁ、自分がチャイルドシートを買いたいと言い出した所為で大きな出費をさせてしまうようで申し訳ないなぁ……と言う罪悪感はそこはかとなく残っている。
一通り車を乗り回して満足した様子の黛に次のショールームへ向かう道すがら、ついその意見を吐露してしまった。彼の選択肢への批判に聞こえるかも?と気が付いて七海は言い訳を口にしようとしたが、すると意外にも黛は、彼女の言葉に素直に頷いたのだった。
「確かにそう言う車も便利だろうな。燃費も良いし、狭い道でも小回りが利くし良いんじゃないか?」
「じゃあ、何で大きい外車しか試乗しないの?近くに国産車のショールームもあるのに」
赤信号で車を停止した黛が、フーッと溜息を吐いてハンドルに腕を預けた。まるで『なんでなんで?』と繰り返し疑問を口にする子供に諭すかのような態度だ。
「『Beste』のスローガンを知っているか?」
「え?」
重々しい口調で唐突に尋ねられて、七海は戸惑った。いきなりそんなこと尋ねられても……と返答に窮していると、ニコッと微笑んだ黛が突然理解不能の横文字を口にした。
「『Das Beste oder nichts』!」
「―――は?」
いったい我が夫は何を言い出したのだろうか?と、七海はポカンと口を開けてしまう。
「『最善か無か』……!『Beste』はその理念の元に妥協のない車造りを目指しているんだ。つまり最高級の品質と安全性を追求している訳で、例えば小回りが利く軽自動車は便利で使い勝手はいいが、事故に遭った場合どうしてもボディの耐久性に差が……」
「あの、まっ……りゅうのすけ!信号っ!信号、青になったよ!」
「おっと」
熱く語り始めた黛に、七海は慌てて注意を促した。慌てるあまり再び苗字呼びしそうになったが咄嗟に回避することが出来、そっと胸を撫でおろす。
「『Beste』は世界で最も古い自動車会社と言われていてな……」
しかし前を向いて大人しく車を発進させたかに見えた黛は、再び語り始めた。どうやら一旦発熱した『語りたい欲』はなかなか収まるものではないらしい。
「……で、一時期コストダウンを目指した所為で性能を疑問視されて評判が下がった事もあったんだが、今は元の理念を大事にする姿勢に戻っていて……」
その熱弁は次のショールームに辿り着くまで続いた。途中から七海の左耳から入った黛のアツい語りは脳を通過せずに右耳へ抜けて行くだけになってしまったが……。
逃げる事の出来ない空間で黛の主張をたっぷり、十分に聞かされる事となった七海は改めて思った―――どうせ車のお金を出すのも選ぶのも黛なのだ。もうこの件については全面的にお任せして、疑問を呈したり口を挟むような真似は決してするまい、と。
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なかなか書こうと思っているネタまで辿り着けません…(>_<)
おそらく黛の理屈っぽさが原因だと思われます。(と、キャラクターに責任を押し付ける)
お読みいただき、有難うございます。
と、言うわけでこのネタはもう少し続きます!
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『Beste』『DMW』は、どちらも車に疎い七海でも知っているくらい有名なドイツ車メーカーだ。まず黛が向かったのが『Beste』のショールーム。一緒に乗り心地を試すよう誘われたが、自家用車に特に要望の無い七海は同乗を遠慮してショールームで休憩させて貰うことにした。
黛を送り出した後、ツルッとした立派な新車がポコポコ並ぶ不思議な空間の中で椅子に座っていると、受付にいた髪を一つに纏めた涼し気な女性が飲み物を運んでくれた。
「ソファがあれば良いのですけど……苦しくないですか?」
「あ、はい!大丈夫です」
「座面、堅いですよね?よろしければこちらをお敷き下さい」
と、ブランケットまで差し出してくれる。至れり尽くせりだ。座れないと言う事も無いのだが、確かに座り心地は少し気になったので有難く受け取る事にする。女性に勧められた雑誌に目を通しつつ顔を上げると、誇らしげに胸を張っているようなピカピカの新車達が目に入った。特に車好きではない七海にも明らかにカッコ良く見える。当り前か、ショールームに並んでいるくらいだから自信作ばかりだよね?なんて、相手がいないので心の中で独り言を言う。
しかし新しい車の購入を検討する時に先ず外車から試す、と言うのは七海にはない思考回路だ。そして大きい車が良い、と言う理由も彼女にはよく分からない。七海が子育ての時に使う車と聞いて思い付くのは―――CMでよく目にする可愛らしい四角い国産車だ。天井が高くてドアが引き戸みたいにスライドするタイプは使い易そうだなぁ、なんて想像する。しかし車を運転しない七海には、そう強く主張するほどの根拠もない。ただ外車って高そうだなぁ、自分がチャイルドシートを買いたいと言い出した所為で大きな出費をさせてしまうようで申し訳ないなぁ……と言う罪悪感はそこはかとなく残っている。
一通り車を乗り回して満足した様子の黛に次のショールームへ向かう道すがら、ついその意見を吐露してしまった。彼の選択肢への批判に聞こえるかも?と気が付いて七海は言い訳を口にしようとしたが、すると意外にも黛は、彼女の言葉に素直に頷いたのだった。
「確かにそう言う車も便利だろうな。燃費も良いし、狭い道でも小回りが利くし良いんじゃないか?」
「じゃあ、何で大きい外車しか試乗しないの?近くに国産車のショールームもあるのに」
赤信号で車を停止した黛が、フーッと溜息を吐いてハンドルに腕を預けた。まるで『なんでなんで?』と繰り返し疑問を口にする子供に諭すかのような態度だ。
「『Beste』のスローガンを知っているか?」
「え?」
重々しい口調で唐突に尋ねられて、七海は戸惑った。いきなりそんなこと尋ねられても……と返答に窮していると、ニコッと微笑んだ黛が突然理解不能の横文字を口にした。
「『Das Beste oder nichts』!」
「―――は?」
いったい我が夫は何を言い出したのだろうか?と、七海はポカンと口を開けてしまう。
「『最善か無か』……!『Beste』はその理念の元に妥協のない車造りを目指しているんだ。つまり最高級の品質と安全性を追求している訳で、例えば小回りが利く軽自動車は便利で使い勝手はいいが、事故に遭った場合どうしてもボディの耐久性に差が……」
「あの、まっ……りゅうのすけ!信号っ!信号、青になったよ!」
「おっと」
熱く語り始めた黛に、七海は慌てて注意を促した。慌てるあまり再び苗字呼びしそうになったが咄嗟に回避することが出来、そっと胸を撫でおろす。
「『Beste』は世界で最も古い自動車会社と言われていてな……」
しかし前を向いて大人しく車を発進させたかに見えた黛は、再び語り始めた。どうやら一旦発熱した『語りたい欲』はなかなか収まるものではないらしい。
「……で、一時期コストダウンを目指した所為で性能を疑問視されて評判が下がった事もあったんだが、今は元の理念を大事にする姿勢に戻っていて……」
その熱弁は次のショールームに辿り着くまで続いた。途中から七海の左耳から入った黛のアツい語りは脳を通過せずに右耳へ抜けて行くだけになってしまったが……。
逃げる事の出来ない空間で黛の主張をたっぷり、十分に聞かされる事となった七海は改めて思った―――どうせ車のお金を出すのも選ぶのも黛なのだ。もうこの件については全面的にお任せして、疑問を呈したり口を挟むような真似は決してするまい、と。
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なかなか書こうと思っているネタまで辿り着けません…(>_<)
おそらく黛の理屈っぽさが原因だと思われます。(と、キャラクターに責任を押し付ける)
お読みいただき、有難うございます。
と、言うわけでこのネタはもう少し続きます!
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