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「ねぇ、ルーツ様ってお兄様が居たわよね?」
「えっ、兄?」
「うん。黒髪で、褐色系の人――」

 愛人とベッドで二人きり。王が僕のために用意してくれた豪華な部屋で、聞きたくもない話が飛んでくる。
 僕は咄嗟に「兄なんて居ないよ」と答えた。

 何故なら僕の中で、二年前に兄の存在を消したから。それは彼と縁を切った年。
 
 もう二度と、会うことはないだろうと思っていたのに……。
 
 


***



 僕は兄が大嫌いだった。

 僕らは兄弟揃って父が率いるカルミア盗賊団の一員だった。小さい頃から盗みや戦術を覚えさせられ、人を見抜く方法を叩き込まされた。僕は兄よりも容量が良かったみたいで、父の教えを良く吸収し、柔軟に覚えることができた。それに対して兄は何をしても空回りして失敗する。父さんからも怒られてばかりで、剣術は愚か、魔術の使い方も上手くいかない。 

 なのに、父は僕よりも出来損ないの兄を贔屓するように、夜遅くまで兄を教育した。僕に対しては「ルーツは何でもできるから」と相手をしてくれなかった。物の受け取り方は人それぞれだけれど、僕にとってはそれが放ったらかしだと思っていた。それの所為でかな、僕は昔から兄の事を好きになれなかった。

 そんなある日、僕が六歳の頃、父が僕に向けてこう言った。

「ルーツ、いや……ルーツリア。ベルナードの事をどう思う?」

 二人で夜景を見ながら何気ない会話の中で出てきた、兄に対する思いの問いであった。

「うん? 興味ないよ。あんな出来損ないに相手する暇ないし」

 と、即答した。

 だけど、兄はどんなに失敗しても、父に泣かされて悔しい思いをしても。僕より不出来であろうと、そして僕に相手されなくとも、兄は自分より僕を優先して気にかけた。僕が弟だからか? 特に困った事もないのに、ルーツを助けなきゃ、そばにいてあげなきゃって気持ちが常に兄の中ではあったようだ。 
 それが僕にとっては邪魔で、不快でしかなかった。


 でも、残酷なのはここからだった。

 兄は齢十二にして、父の推薦で盗賊団の代理団長に成り上がった。僕の十の脳には理解が追いつかない話だった。
 なんで僕じゃないんだ? 僕より弱いのに? 何故?
 父に聞いた、何故僕じゃないのか。「ルーツはまだ十歳になったばかりだし、まだまだこれから覚えることが沢山ある」と。それってある意味、遠回しに兄の方が有能だと言ってるようなもんじゃないか。

 ――おかしい。納得がいかない。
 正直、兄が強くなったような跡が見られない。
 何かがあるんだ。僕はそう自分に言い聞かせた。

 まあ最初からおかしいと思っていたさ、なんか怪しいって。僕は父が病気で他界した後、六年の月日を経て盗賊団を抜けた。長かったが兄から離れる為、そして盗賊ではなく別の人生を送りたかった。正当評価してくれる場所へと移るために。

 暫くの間、兄とは顔を合わさずグロキシニア城という金持ちが大量に住んでいる娯楽街に入り浸り、盗んだ金で女と遊んだ。
 有難い事に、僕の容姿は他の人よりも優れているようで、女性から見ると、僕は王子様のようだと言う人が多い。死んだ母から貰った血筋のおかげで、海のような蒼いサラサラとした髪と、艶のある色白な肌を得た。目尻が垂れ下がった赤眼は父譲りなのか、笑みを零すと爽やかな笑顔だと女の人は喜んでくれる。

 大山猫リンクスの血を引く僕には、一時的に人の身も心も操る事ができた。これを使って上手いこと金をくすねる事も可能だった。

 更に盗んだ金のおかげで、僕はこの国の中で上級に値する貴族と勘違いされ、国民の話題となった。

 トントン拍子に事は進み、金の羽振りからこの国の王にまで目をつけられるようになってしまった。金はどこから湧いてくるのか? と問われれば、酒場で受注できる役割クエストをこなしたと根も葉もない実績を披露した。腕に自信はあったので、一時期は王に嘘をついてるのではと追求されたけれど、王から何か頼みを受けても文句無しの結果を出してみせた。

 僕ははれて国王のおかげで、十八にして盗賊から足を洗う事ができ、国の兵士として成り上がり、次期兵長に推薦された。仕事で忙しくなってきたおかげで、兄との記憶もどんどん薄れていき、消し去ることができたと思う。

 ――はずだった。


 それはある日の事。
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