【完結】聖女様と盗賊の二人だけの秘密。

ロマネスコ葵

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 聖女に守られ生きる村、ラクリマ。
 聖女が神に祈りを捧げて平和を保っているおかげで、村人は少数でありながらも廃れる事なく生き延び続けている。
 その聖女の名は、トア。この村に来て二年、齢二十にしてこの村の重責を担っている。
 彼女は実は、この世界の者ではなかった。ただそれを知る人は居ないし、彼女自ら明かす事もなかった。
 けれど――その真実を暴かれるのも時間の問題なのかもしれない。

 さて、そろそろトアも目を覚ます頃だろうか。日差しがトアの自室の窓へと通っていき、彼女の顔を撫でるように差し込んでいく。
 自然豊かで、農作業に力を入れているラクリマ。畑を耕す音と、鳥のさえずりをキッカケにトアは重い瞼を開けた。

「朝、か……」

 トアが呟いた直後に、上半身を起こす。彼女の無垢で白く長い髪は、毛先が跳ねていた。朝の光がトアの白い肌を更に光らせ、マイルドな紫の瞳をぱちくりと瞬きさせる。
 するとトアの後ろにある扉が、キィと錆びたような音を立てた。その音を聞き、トアはひくりと肩を揺らす。
 

「おはよう、トア」
「ナハト様……!!」

 トアに挨拶をしたのは、トアの事をよく知る青年、ナハトだった。だが、トアは彼の挨拶を嬉しく思わなかったようだ。
 ナハトはトアの助手――というべきか、トアにとって唯一の親しい存在。そして世話してくれる。
 ただ、彼は盗賊だった。村にとっては天敵である。だからこそ、堂々と外からこの小屋に入ってくるという彼の行動にトアは許せなかった。

「もう、そんな堂々と入ってこられたら怪しまれるじゃない!」

 村人だって極僅かしかいないのだから、見知らぬ人が誰かなんてすぐに分かる事であろうとトアは振り返ってナハトに注意する。
 ましてや、ナハトの姿は朝だと少し目立ちやすいかもしれないのに。真夜中に来るものならあまり気づかれないかもしれないが……。彼は黒髪である故に、肌も色濃く、服装までも黒で埋め尽くしている。黒のノースリーブの上から長袖のジャケットを羽織っており、黒のジーンズに腰巻き、そして剥き出しになった短剣を二つ、ベルトに引っ掛けている。この通り、あからさまな格好をしているのだ。
 
「でもトアに会うにはここから入ってくるしかないだろ? それとも窓から忍び込めって?」

 ナハトはビビットな紅い目をトアに向けて、睨んだ。
 トアは言い返すのが難しく、目を泳がせながら自信無さそうに「それも困るけど……」と呟いた。
 少し間が空いたが、ナハトが自らトアのベッドへと土足で向かう。ベッドに座り、トアのふんわりとした髪に指をかける。

「と、とにかく、私がナハト様と絡んでる事を他の村人に知られたくないの。バレたらもう二度と会えなくなっちゃうかもしれないんだから」
「……気をつけるよ。それは俺も嫌だから」
「うん。分かってくれたら、それでいいの……」
「けど俺は、トアを連れ出すのもありかなって」
「そ、それはダメ!!」

 トアの断わりに、ナハトは顔に合わないしゅんとした表情を見せた。まるで子犬が飼い主に叱られて不貞腐れたような表情に、トアの心は揺さぶられる。
 夢のような話だけど、トアにとってこの村は命を救ってくれた大事な存在。だからこそ、そんな事はできるはずもない。
 
「……にしても、珍しいね。こんな朝早くに来てくれるなんて」
 
 トアが話を逸らすと、ナハトも「今日は特に仕事が無かったから」と話に乗ってくれた。

「そうなんだ、ありがとう。……ちょっと嬉しい」

 丸々とした頬を赤く染めて礼を言うトア。ナハトはトアに耳打ちするような距離で、

「トアは今日忙しくなるって言ってたよな」

 そう言い放つと、トアは心をくすぐられたのか恥ずかし気にコクリと頷いた。

「……少しだけ、でいい、から」

 トアは小刻みに言葉を返すと、ナハトは何も言わずにトアの小さな唇に口づけをする。
 柔らかな唇が重なり合い、ナハトの舌が隙間から入っていく。

「んっ……」

 これは愛情表現である他に、トアの暴走を止めるものでもあった。
 トアは聖女なのに、実はサキュバスの能力も持っている。何故そのような能力を持っているかというと、この世界に転移する為に神から与えられた力だった。人生をやり直す為に……といっても、ノーリスクで願いは叶えてもらえず。そしてこのナハトという男は唯一、彼女が転移者だということは知らないが、サキュバスの能力を持っている事は知っていた。
 そして二人の関係は恋人ですらない、いわば取引での関係である。
 トアはサキュバスの能力を持っている為、空腹状態になると食料では満腹にならず人の性欲で満たすことができる。最悪なことに、空腹状態が続くと餓死してしまうのだ。だから彼女はナハトに協力をしてもらい、何とか生活できている状態。そして人から性欲を味わうことさえできれば食料は必要ないので、村人が育てた農作物をナハトに渡しているのだ。これで取引が成り立っている。

 ああ、これがいつまで続くことか。

 トアはナハトに優しいキスを与えてもらっているのにも関わらず、不安を抱いている。何故かというと、彼女はナハトと取引するようになってから徐々に心を奪われつつあったからだ。もしも村で作物が採れなくなっていって、ナハトに渡すものがなくなってしまったらと。トアがこの村に居続けて、聖女の力を覆すものが現れなければ一生続くものなのに、どうしても不安になってしまうようだ。

 未来の事はいい、今この時間をかみ締めようとトアは前向きに考え、目を瞑った。

「んっ……んんっ」
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