1 / 3
1
しおりを挟む聖女に守られ生きる村、ラクリマ。
聖女が神に祈りを捧げて平和を保っているおかげで、村人は少数でありながらも廃れる事なく生き延び続けている。
その聖女の名は、トア。この村に来て二年、齢二十にしてこの村の重責を担っている。
彼女は実は、この世界の者ではなかった。ただそれを知る人は居ないし、彼女自ら明かす事もなかった。
けれど――その真実を暴かれるのも時間の問題なのかもしれない。
さて、そろそろトアも目を覚ます頃だろうか。日差しがトアの自室の窓へと通っていき、彼女の顔を撫でるように差し込んでいく。
自然豊かで、農作業に力を入れているラクリマ。畑を耕す音と、鳥のさえずりをキッカケにトアは重い瞼を開けた。
「朝、か……」
トアが呟いた直後に、上半身を起こす。彼女の無垢で白く長い髪は、毛先が跳ねていた。朝の光がトアの白い肌を更に光らせ、マイルドな紫の瞳をぱちくりと瞬きさせる。
するとトアの後ろにある扉が、キィと錆びたような音を立てた。その音を聞き、トアはひくりと肩を揺らす。
「おはよう、トア」
「ナハト様……!!」
トアに挨拶をしたのは、トアの事をよく知る青年、ナハトだった。だが、トアは彼の挨拶を嬉しく思わなかったようだ。
ナハトはトアの助手――というべきか、トアにとって唯一の親しい存在。そして世話してくれる。
ただ、彼は盗賊だった。村にとっては天敵である。だからこそ、堂々と外からこの小屋に入ってくるという彼の行動にトアは許せなかった。
「もう、そんな堂々と入ってこられたら怪しまれるじゃない!」
村人だって極僅かしかいないのだから、見知らぬ人が誰かなんてすぐに分かる事であろうとトアは振り返ってナハトに注意する。
ましてや、ナハトの姿は朝だと少し目立ちやすいかもしれないのに。真夜中に来るものならあまり気づかれないかもしれないが……。彼は黒髪である故に、肌も色濃く、服装までも黒で埋め尽くしている。黒のノースリーブの上から長袖のジャケットを羽織っており、黒のジーンズに腰巻き、そして剥き出しになった短剣を二つ、ベルトに引っ掛けている。この通り、あからさまな格好をしているのだ。
「でもトアに会うにはここから入ってくるしかないだろ? それとも窓から忍び込めって?」
ナハトはビビットな紅い目をトアに向けて、睨んだ。
トアは言い返すのが難しく、目を泳がせながら自信無さそうに「それも困るけど……」と呟いた。
少し間が空いたが、ナハトが自らトアのベッドへと土足で向かう。ベッドに座り、トアのふんわりとした髪に指をかける。
「と、とにかく、私がナハト様と絡んでる事を他の村人に知られたくないの。バレたらもう二度と会えなくなっちゃうかもしれないんだから」
「……気をつけるよ。それは俺も嫌だから」
「うん。分かってくれたら、それでいいの……」
「けど俺は、トアを連れ出すのもありかなって」
「そ、それはダメ!!」
トアの断わりに、ナハトは顔に合わないしゅんとした表情を見せた。まるで子犬が飼い主に叱られて不貞腐れたような表情に、トアの心は揺さぶられる。
夢のような話だけど、トアにとってこの村は命を救ってくれた大事な存在。だからこそ、そんな事はできるはずもない。
「……にしても、珍しいね。こんな朝早くに来てくれるなんて」
トアが話を逸らすと、ナハトも「今日は特に仕事が無かったから」と話に乗ってくれた。
「そうなんだ、ありがとう。……ちょっと嬉しい」
丸々とした頬を赤く染めて礼を言うトア。ナハトはトアに耳打ちするような距離で、
「トアは今日忙しくなるって言ってたよな」
そう言い放つと、トアは心をくすぐられたのか恥ずかし気にコクリと頷いた。
「……少しだけ、でいい、から」
トアは小刻みに言葉を返すと、ナハトは何も言わずにトアの小さな唇に口づけをする。
柔らかな唇が重なり合い、ナハトの舌が隙間から入っていく。
「んっ……」
これは愛情表現である他に、トアの暴走を止めるものでもあった。
トアは聖女なのに、実はサキュバスの能力も持っている。何故そのような能力を持っているかというと、この世界に転移する為に神から与えられた力だった。人生をやり直す為に……といっても、ノーリスクで願いは叶えてもらえず。そしてこのナハトという男は唯一、彼女が転移者だということは知らないが、サキュバスの能力を持っている事は知っていた。
そして二人の関係は恋人ですらない、いわば取引での関係である。
トアはサキュバスの能力を持っている為、空腹状態になると食料では満腹にならず人の性欲で満たすことができる。最悪なことに、空腹状態が続くと餓死してしまうのだ。だから彼女はナハトに協力をしてもらい、何とか生活できている状態。そして人から性欲を味わうことさえできれば食料は必要ないので、村人が育てた農作物をナハトに渡しているのだ。これで取引が成り立っている。
ああ、これがいつまで続くことか。
トアはナハトに優しいキスを与えてもらっているのにも関わらず、不安を抱いている。何故かというと、彼女はナハトと取引するようになってから徐々に心を奪われつつあったからだ。もしも村で作物が採れなくなっていって、ナハトに渡すものがなくなってしまったらと。トアがこの村に居続けて、聖女の力を覆すものが現れなければ一生続くものなのに、どうしても不安になってしまうようだ。
未来の事はいい、今この時間をかみ締めようとトアは前向きに考え、目を瞑った。
「んっ……んんっ」
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら
夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。
それは極度の面食いということ。
そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。
「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ!
だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」
朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい?
「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」
あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?
それをわたしにつける??
じょ、冗談ですよね──!?!?

【完結】婚約破棄寸前の悪役令嬢に転生したはずなのに!?
21時完結
恋愛
現代日本の普通一般人だった主人公は、突然異世界の豪華なベッドで目を覚ます。鏡に映るのは見たこともない美しい少女、アリシア・フォン・ルーベンス。悪役令嬢として知られるアリシアは、王子レオンハルトとの婚約破棄寸前にあるという。彼女は、王子の恋人に嫌がらせをしたとされていた。
王子との初対面で冷たく婚約破棄を告げられるが、美咲はアリシアとして無実を訴える。彼女の誠実な態度に次第に心を開くレオンハルト
悪役令嬢としてのレッテルを払拭し、彼と共に幸せな日々を歩もうと試みるアリシア。

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

束縛婚
水無瀬雨音
恋愛
幼なじみの優しい伯爵子息、ウィルフレッドと婚約している男爵令嬢ベルティーユは、結婚を控え幸せだった。ところが社交界デビューの日、ウィルフレッドをライバル視している辺境伯のオースティンに出会う。翌日ベルティーユの屋敷を訪れたオースティンは、彼女を手に入れようと画策し……。
清白妙様、砂月美乃様の「最愛アンソロ」に参加しています。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる