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1 人間になりたい。

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 地上から差し込む小さな光。
 
 その光に向けて手を差し伸べる。
 ーーすると、ふと昔話を思い出した。
 人の精を体内に取り込めば、自分は理想の人間に生まれ変われる。

 柔らかく腰まである長い髪、そして浮腫のないシュッとした理想の輪郭。ふくよかな胸に、きゅっと絞ったウエストに反するように、肉付きのあるヒップと、バランスの良いムチッとした太ももを。精を与えてくれた人間が望む理想と織り交ぜながら……。

 ーーあたしも、人間になりたい。そして、いつしかあの人と…………。

 そう思い続けて何年もの時を渡ってきた。


***



「おはよう。リベラ姫! 今日も綺麗だね」
「おっ! リベラ様~おはようございます」
「リベラ姫!」

 あたしとすれ違えば、男達は欠かさずに声をかけてくる。そして挨拶に軽いキスを唇同士を合わせて交わしていく。
 軽いキスだというのに、何度も舌を滑り込ませようとしてくる男には本当にうんざりしている。

「姫、もっと……」

 そうやって再びキスを求める人も。周りからの視線を感じながら、彼に胸を触れられた時は勢いで手を振り払った。

「や、やめて!!」
「っえ?? わ、私は……ただ貴女の綺麗な体に触れたくて」

 落ち着いた声であたしを宥めようとする。あたしの胸は男が触れば手に収まるくらいの大きさしかなくて、人魚界ではそれが美しいとされているけれど、人間界ではそうでない場合もあるとあたしは知っている。

 胸に触れられると、どうしても地上に上がった時の事を思い出してしまう。人間があたしの顔や全体を見て罵倒し、あたしは苦しみ泣き喚きながら戻ったあの日の事を。

 ーー悔しい。


「こぉら。皆、リベラ様に求め過ぎだ。さ、姫? 僕と挨拶しましょう」
 
 ーーああ、この人は。
 あたしの歩む道を周りが囲って隙間一つ作らなかったところを、軽やかに抜けてきたのはあたしのだった。
 お気に入りと言ってもキスが上手いだけで。他は皆と一緒。名前なんて覚えてやらない。
 顔だけは覚えてる。サラサラな金髪を肩までおろしていて、背も高く筋肉もあって女性からは人気を得ている人だ。

 ……そうやって、周りにいる男を品定めするような目で見るようになったのは、きっと初めて地上へ行った時からの話。


「ーーおはよう」

 あたしが彼に挨拶をしてから、ゆっくりと唇を近づけていった。お気に入りはまるで勝ち誇ったような表情で周りに目をやった後に、あたしとキスをする。
 調子づいた彼は舌を滑り込ませてくる。上唇から、下唇にかけてゆっくりと。ーーそれでも、いい。あたしも返事をするように舌を出した。
 溶けるような生暖かい感触が入り混じる。人間達は海の中でもキスができるのか? と驚くかもしれない。


「……やっぱりリベラ様は彼と」
「そうかもなぁ……」
「ショックが大きい……」

 瞬く間に周りから声が。
 ゆいの話だろうと感じつつも、あたしはお気に入りとのキスを止めなかった。

 ……気持ちいい。

 絡み合う事によって溜まる唾液を送り込むと、お気に入りは快く飲んでくれる。
 こくん……と喉の感覚も伝わってくる。

 すると、糸を引きながら唇が離れて……。

「リベラ様、僕は貴女とこんなに挨拶ができて嬉しいです」

 きゅっと抱き寄せて、周りにマーキングを見せつけようとする彼の行動は時々不快になるけれど、そんな事はもうどうでもよかった。

 ーー今日も、地上へ行くんだ。

 その事で頭がいっぱいになっていたあたしを誰も知る由もなく、将来はこのお気に入りとあたしがくっつくとしか思っていないだろう。







 挨拶が終わると、あたしは皆から逃げるように尾びれを大きく揺らして地上の方へと駆け上がった。

「また地上の方へ」
「何を考えているのでしょう」
「まさか掟を破るなどは」
「それは無い。きっと他の海族に会いに行かれるのでしょう」

 掟を破る。ーーそれは、人間に深入りすること。そうよ。あたしは掟を破ってでも地上へ出る。

 地上は海よりも広い。
 両親もあたしを置いて地上へ出て、どこかへと行ってしまった。あたしを捨てるなんて……と恨む事はあるけれど、まるで躾けるように地上は良いと何度も教えてくれた親に、今は感謝をしている。

 ーーーーそして、彼との出会い。

 彼に会うべく、あたしは地上へと向かい続ける。
 
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