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こぼれ話 カトリーナのクリスマス
しおりを挟む市民学校一年目の冬のお話です。
***
12の月、24の日。
この国にクリスマスは存在しない。
今日はいたってなんでもない冬の日だ。
しかし、加藤里菜だった記憶を思い出してしまったカトリーナには、胸が弾む日付だった。
(『きれいになあれ』)
さっと身支度をして、中綿入りのコートを着てブーツを履いて、玄関から外に出た。
冬の朝の冷たい空気を胸いっぱいに吸い込む。
気持ちいい!
「ジングルベールジングルベール、すっずっがーなるぅー♫」
昨夜新たに雪が降り積もった、足跡一つないまっしろな道を、歌いながら進む。
カトリーナの足跡しかないのがなんだか嬉しい。
目的地はエミリーちゃんのおじいちゃんのおうちだ。
玄関のノッカーをコンコン、と叩く。
「おはよう! おじいちゃん!」
すぐにがちゃりと扉が押し開かれた。
「おやカトリーナ。おはよう。ずいぶん早いね。どうしたんだい? まぁはいりなさい」
「おじゃまします!」
居間に通されソファに座る。
すると暖かいミルクのカップを渡してくれた。
おじいちゃんは朝ごはんを食べるところだったみたいだ。
「朝ごはんのお邪魔をしてごめんなさい」
「いいんだよ、カトリーナの顔を見て食べられるなんて嬉しいよ。カトリーナも食べるかい? カトリーナとベッソン夫人が焼いてくれたパンだけどね」
昨日はお隣のおばあちゃんとたくさんパンを焼いたのだ。
エミリーちゃんのおじいちゃんも頼んでたのね!
「じゃあちょっとだけ!」
「さあどうぞ」
おじいちゃんは丸いパンに焼いたウィンナーを挟んだのを一つくれた。
「いただきまーす! んーおいしい!」
「カトリーナが焼いてくれたからね」
「えへへ! エミリーちゃんのミルクもおいしい!」
朝食をごちそうになってから、おじいちゃんから話しかけてくれた。
「さぁ今日はどうしたんだい? 牛乳かい?」
「ううん、あのね生クリームってある?」
「生クリームか、あるが……少しだがいいかい?」
「そうなんだ、うん、大丈夫! あとたまごを、3つほしいの」
「はいよ、たまごはカトリーナが取ってきてくれるかい?」
「まかせて! こっこちゃんたちにも会いたいもの」
カトリーナは籠を受け取って、鶏小屋に向かう。
鶏たちはもう元気にあたりに足跡をつけていた。
「おはようこっこちゃんたち! 朝ごはんはおじいちゃんを待っててね」
小屋に入りたまごを探し、『きれいになあれ』をして外に出ると、鶏たちがぴしりと縦に整列していた。
恒例のごあいさつだ。
「こっこちゃんたち、たまごをありがとう」
カトリーナが手を伸ばすと、一番前の鶏がすっと頭を下げるのをなでてやる。
(『げんきになあれ』)
さっと身を引き、次の鶏がまた頭を下げる。
3羽、4羽、5羽。
今日もみんな元気ね!
「みんなまたね!」
カトリーナが手を振って去るのをみんなでこけこけばさばさ見送ってくれた。
居間に戻り、おじいちゃんに籠を渡し、3つ分けてもらう。
おじいちゃんも生クリームを用意してくれていた。
「これでいいかい?」
「わぁ、じゅうぶんだよ、ありがとう!」
コップ一杯はありそうだ。
牛乳もバターもまだおうちにあったし!
「おじいちゃんありがとう、またね!」
ハンカチに包んだたまごと生クリームを抱えたカトリーナのため、おじいちゃんが扉を押さえてくれた。
手が離せないので背伸びして、おじいちゃんの頬ににさよならのキスをした。
(『げんきになあれ』)
「おや嬉しい。気をつけてお帰り」
「うん!」
さくさく雪を踏みしめて、家路を急ぐ。
クリスマスケーキをつくるんだ!
おうちに帰ると、パパとじいちゃんが朝ごはんを食べていた。
「おはようカトリーナ。お寝坊だと思ったら外にいたのか」
「おはよう! エミリーちゃんのおじいちゃんのおうちに行ってたの。たまごと生クリームをもらってきたの。朝ごはんもごちそうになっちゃったよ!」
キッチンの作業台に荷物をそっと置く。
よし! たまご無事!
「何を作るんだい? パンケーキ?」
「今日はケーキを焼くの!」
「すごい! ケーキ! 帰ってきたらケーキが食べられるのかい? カトリーナすごい!」
パパがすごく喜んだ。
パパは甘いの好きね!
「じょうずにできるといいけど。楽しみにしててね!」
お仕事に行くパパとポーラをお見送りして、ケーキ作りを開始した。
加藤里菜のおばあちゃんと、何回かクリスマスケーキを焼いた。
だいたいわかる、はず!
たまごをよーくまぜまぜして、お砂糖を入れて、ひたすらまぜまぜ!!
ハンドミキサーなんてないから、人力!
でも腕が痛くなったら『いたいのとんでけ』をすればずーっとまぜまぜできちゃうの!
魔法ってほんとうに便利!
がしゃがしゃ混ぜ続けて、しろっぽくもったりしたところで、粉をふるってヘラで混ぜていく。
そして少量の牛乳を火の魔法で軽く温め、バターを混ぜ溶かす。
それを生地に混ぜ込んで行く。
そう、こんなかんじだった!
いいかんじ!
そして型に……
「あ」
型がない……。うちには型がない! ケーキ初めて焼くもん!
どうしようかな?
お隣のおばあちゃんなら持ってるかな?
いや待て!
カトリーナの脳裏に加藤里菜がマイマイと読んだ数々の雑誌のお料理ページが浮かんだ。
ケーキ……ケーキのレシピ……
そうだ!
部屋に戻って、お絵かき用にもらった大きな紙をひっぱりだす。
表面つるつる!
これでいいんじゃないかな?
キッチンに戻り、天板に紙を敷き込んで、生地を流し入れた。
ロールケーキにしよう!
ブッシュドノエル!
天板を釜にセットし、火を入れる。
(『おいしくやいて』)
ケーキもおまかせでいいよね? 頼むよ、火の魔法!
「ジングルベールジングルベールすっずがーなるぅー♫」
歌っている間に焼きあがった。
早い!
そっと天板を取り出すと、いい色に焼けている。
いいにおいー!
紙ごと作業台に取り出して冷ましておく。
その間にデコレーションの準備!
生クリームに砂糖を入れて、『いたいのとんでけ』しまくって泡立てる。
つの! つのがたつまで!
「カトリーナ、そろそろ昼にしないか。ケーキはどうだい?」
「あとは飾るだけ。今冷ましてるの。もうお昼なのね」
じいちゃんが裏口から入ってきた。
あちこち雪かきしてきたみたい。
さっと雪をはたいて、手を水の魔法で洗っている。
カトリーナはコーヒーを淹れるためお湯を沸かす。
お湯が沸くまでの間に、朝の残りの丸いパンをスライスし、チーズをのせて火の魔法で軽く炙った。
「はしっこあじみしよう!」
形を整えるため、4辺を少し切り落とす。
それを一口大に切って、泡だてた生クリームと和えグラスに盛った。
生クリームをいったん貯蔵室に置いて戻ると、じいちゃんがコーヒーを淹れてくれていた。
「あっありがとう!」
「いいさ、カトリーナこそありがとうな。おいしそうだ」
チーズをのせたパンも、ミルクたっぷりのコーヒーもおいしかった。
そして切り落としロールケーキのはしっこがおいしかった! 上手に焼けてる!
「こりゃすごい。カトリーナはケーキ屋さんになれるぞ」
「えへへ、そんなにおいしいー?」
じいちゃんと仲良く食べ終えたら、さぁデコレーション開始だ!
まずは生地に手作りいちごジャムをぬる。
それから生クリームをうすくのばして、紙ごと巻いていく。
ていねいに……優しく……きっとこれでいいはず……!
(なかなかいいんじゃない!? きれいに巻けてる!!)
紙を外すと、なかなかいい巻き具合に見えた。
カトリーナは満足げに頷く。
そして生クリームを表面にたっぷりとぬり、フォークで線をつけた。
あとはどうしようかな?
ちょっとさびしいけど果物はないし…チョコがいいかな?
貯蔵室の保存食に分厚い大きなチョコレートがある。
雪に降り込められて食べ物がなくなった時の非常用だ。
カトリーナはその包みをそっと開き、ひとかけらへし折り、チーズ削りではらはらとケーキにけずりかけた。
(すごくきれいじゃない?! いいんじゃない?! 私、パティシエの才能があったんじゃない?!)
本当はちょっと切って枝部分を作るつもりだったがもう余計なことはしないことにした。
完成!
ブッシュドノエル(風のロールケーキ)!
きれいにできたけど、クリスマス感も切り株感もなくブッシュドノエルとは名乗れないから(風のロールケーキ)をつけてみました!
ていねいに一切れ分を切りわけ、お気に入りのいちご柄のお皿にのせてフォークを添える。
あとは貯蔵室にしまっておく。夜のお楽しみだ。
(『おでかけ』ヒューのとこ!)
「カトリーナ! いらっしゃい」
ヒューは今日もすてきな笑顔で迎えてくれた。
「ヒュー! 今日ね、ケーキを焼いてたの! これどうぞ!」
にこっといちごのお皿にのせたケーキを差し出す。
「カトリーナが作ったの? すごいや、食べていいの?」
「もちろんだよ! どうぞ!」
ちょっと頬を染め嬉しそうなヒューがそっとお皿を受け取った。
お口に合うといいな!
「珍しい形だね。僕こんなくるくるのケーキ初めて見たよ」
勉強机に座り、あちこちから眺めたあと、フォークで一口ぱくりと食べた。
「おいしい!」
とたんにヒューの黒い瞳が輝いた。
「ふわふわ! すっごくおいしいよカトリーナ!」
「よかった! 中身のジャムも作ったんだよ!」
ぱくぱく食べてくれるヒュー。嬉しい! これはお世辞じゃないね!
「……もう食べちゃったよ。すごくおいしかった、ありがとうカトリーナ」
「ふふっまた作るね!」
空のお皿にちょっとがっかりしたヒューに、そう告げるととっても嬉しそうに笑ってくれた。
「カトリーナ」
さっと立ち上がりカトリーナの腰を抱き寄せ、ヒューのくちびるが近づいてくる。
ちゅ、ちゅ。
くちびるを優しくついばまれ、舌が潜り込んでくるとふわりと甘い味がする。
「ヒュー、甘くておいしいね」
くすくす笑うとヒューがもっともっと深くキスをする。
舌を絡めて、くすぐって、ちゅっと吸う。
「んん」
「おいしい? カトリーナ」
口の中だけじゃなく、体中があまくなった気がした。
「おいしい! すごい! ふわふわ! こんなの食べたことないよ! うちのカトリーナは天才なのかい?!」
夕飯の後にブッシュドノエル(風のロールケーキ)を出すとパパがすごく喜んで、2切れ食べてもまだ食べたがった。
明日の朝食べようね、と言って残りは手頃な箱に入れて貯蔵室にしまった。
みんなで一切れ食べるくらいはあるはずだ。
加藤里菜が小さい頃、イブにみんなでケーキを囲んで、クリスマスの朝、残りのケーキを兄たちと食べながら枕元に置かれたプレゼントの箱を持ち寄り開けたのを思い出した。
とっても楽しかったなぁ。
ケーキを焼いただけでもなんとなくクリスマスっぽかったかも。
来年はチキンも焼こうかな?
そうだ、来年はヒューの枕元にプレゼントを置きに行こうかな?
12の月、24の日。
なんでもない冬の日は、この国ではカトリーナにとってだけ、なんとなくわくわくする日だ。
25の日、クリスマスの朝。
みんなで食べようと開けたブッシュドノエル(風ロールケーキ)の箱は空だった。
犯人はパパだった。
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