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アルトゥールと聖女カトリーナ

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 アルトゥールは生まれてすぐに教会に売られた。


 親兄弟に似ていないまっしろな髪と肌、それに盲目。

 邪魔にしかならない赤子だった彼を、たまたま産院を訪れていた神官が教会に引き取りたいと願った。
 光の適性がとても高かったのだ。


 謝礼金を渡すと両親は高く売れたと喜んで、我が子を振り返りもせずに去ったそうだ。



 名すらもらえなかった。
 アルトゥールというのは育ての親とも言える聖女ガブリエラ様がつけて下さった名だ。


 ガブリエラ様は神官が連れ帰った赤子を慈しみ、我が子のように大切に育ててくれた。

 教会の人間はガブリエラ様が可愛がる、聖女に次ぐ強い癒しを使えるアルトゥールを丁重に扱った。
 光の適性のある者の動きはわかるので、光の適性の神官だらけの教会はとても住みやすい。

 アルトゥールは教会に差し出されたことを幸運と思っている。
 市井では盲目のアルトゥールは親に蔑ろにされ、大人になるまえに死んでいただろう。


 敬愛するガブリエラ様に、育ててくれた教会に、生涯を捧げたい。

 その一心で自身を高め、13歳で大神官の地位を得た。
 乙女だったら聖女としたのに、と教皇様は仰った。




 大神官となり、5年。
 高齢のガブリエラ様は足が不自由になり、寝たきりの日が多くなった。
 アルトゥールが癒しを使っても、気分が良くなる程度で体は回復しない。

 老衰なのだろう。

 わかっているが、わかりたくなかった。

「アルトゥール。そんな顔をしないで。自然の摂理よ。わたくしはもうおばあちゃんだもの」

 ガブリエラ様は幼き日のように、アルトゥールの髪を優しく撫でてくださった。





 ガブリエラ様の後継となる聖女が見つからない。
 わずかながら癒しを持つ、教皇様の孫クリスティアの名が上がるようになった。

 アルトゥールはガブリエラ様の後継にあの程度の力の、教皇の孫であることを鼻にかけた小娘がつくなど許し難かった。



 ……私が乙女だったら、ガブリエラ様の後継を務めさせていただくのに。

 クリスティアの聖女襲名はアルトゥールの他にも多数の神官の反対でなされていないが、他に癒しの乙女がいない以上、決まったも同然だった。


 そんな中、神の愛し子カトリーナ・ユールが教会本部に現れたのだ。



 カトリーナの放つ光の清らかさは尋常ではなかった。
 そばにいるだけで清められてしまいそうだ。
 あんなに近くにいて、悪態をつけるクリスティアが信じられない。

 ガブリエラ様すら、ここまで清らかではなかった。
 神官教師として地方に赴任していたハーランの、カトリーナこそ聖女という主張がよくわかる。


 すでにこんなにも清らかな光に包まれているのに、清めを使うと、もしやさらに光るのか……?




 翌日、清めを見ることになり、アルトゥールは手を差し出した。

 スプーンや、ハンカチでもよかった。

 しかしあの光に触れてみたかったのだ。



 カトリーナの指先が触れたとたん、清めの光が溢れ彼女の全身を包み込み、纏わりつき、弾けた。
 アルトゥールの手も、彼女の清らかな光に包まれた。


 あたたかな光。
 なんて、熱い指先。

 それになんて、美しいんだ。


 アルトゥールの光魔法の光しか映らないはずのまぶたを閉じた瞳に、たしかに、髪をふたつに結んだ美しい乙女が映っていた。


 生まれたときから盲目のアルトゥールが、初めて瞳に映したもの、だった。


 しあわせだ。
 この方のお側にあれたら、しあわせだ。
 どうか、お側に……



 ふわ、と光の残滓が弾け、乙女の姿が消えた。

 清めが終わったのだろう。




 癒しを使えないというのは、聖女にされないための嘘だ。
 彼女の光はまだまだたっぷりと、彼女の身の内を回っている。
 あれだけ余力が有り余っていて癒しが使えないわけがない。



 まちがいない、彼女こそ聖女だ。


 しかし聖女にならないという彼女の望みも叶えなくてはならない。




 アルトゥールの脳裏に、ガブリエラ様が朗読してくださった、初代聖女の夫の日記の一節が浮かんだ。

『エリー様に会うと彼女の願いは叶えなくてはならない、とどうしようもなく思えるが、エリー様の望むことは教会のためにはならない。
 願いを叶えてはならないと強く心を決め、厳しく冷たくし続けた。エリー様は心を痛め弱っていってしまった。』


 最高位の教会幹部しか読めない、秘匿文書だ。
 ガブリエラ様はこの夫は愚かね、エリー様がおかわいそうだわ。と冷たく言い放った。


 彼女の願いを叶えなくてはならない。
 この衝動は、まるであの日記の記述のようではないか。

 ハーランの言うとおり、ほんとうに、初代聖女の生まれ変わりではないか。



 部屋を出ていくカトリーナとその父の光を、アルトゥールは思考の迷路に入りながら見送った。




 それからなぜか、彼女がアルトゥールを呼ぶ声が聞こえるようになった。



『アルトゥール様』

『アルトゥール様』



 名を呼ばれるたび、そばに行きたくてたまらない。
 カトリーナ様が聖女ならば、私を伴侶としてくださるならば、彼女の願いを叶えるためいくらでも働くというのに。



『私の婚約者は神官でも騎士でもないです』


 カトリーナ様の願いは叶えなくてはならない。
 私の出る幕などどこにもない。



 胸に湧き上がる焦げ付くような愛しさを、アルトゥールは必死に押し殺した。


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