上 下
11 / 92

パトリック・ユールの悩み 2

しおりを挟む

 市民学校に通い始めて数ヶ月。
 カトリーナは毎日楽しく通っている。

 恐れていた教会からの接触もない。
 家ではよく、市民学校で出会いずいぶんと仲が良くなった美少年、ヒュー・セルペンスとその家族の話を嬉しそうにしている。

 カトリーナは面食いだったようだ。ヒューに会うといつもデレデレしている。

 ヒューとイチャイチャしては目立っているようだが、魔法で目立つことはしていないようだ。
 カトリーナの魔法は人より強いから集落の外ではあまり使わないように、と言い含めたのをよく聞いているのだろう。




 勤めている事務所に、カトリーナがいつもお世話になっているセルペンス夫人がやってきた。
 金髪碧眼のふくよかな美女の登場に、男だらけの事務所がどよめいた。
 子供達のいないあいだに話をしたいと言う。



「セルペンス夫人、いつもカトリーナがお世話になっております。それで、お話とは?」


 セルペンス夫人に誘われたのは、近所のコーヒーショップの、人払いをしたテラスだった。
 人に聞かれたくない話なのかもしれない。

 コーヒーに口をつけて問いかける。
 セルペンス夫人もホットミルクに口をつけた。



「私、赤子を授かったのです」

「えっ! 俺の子!?」

 思わず大声で言ってしまい、セルペンス夫人にぎろりと睨みつけられる。
 なんというか、言わずにいられないシチュエーションだった。



「そ、そんなわけないですよねー、ははは。あの、なぜわざわざこんな場で?」

 子供達のいる場で話しても構わないだろうに。
 
 夫人はカップに視線を落とし、声をひそめた。


「夫は……怪我をしてから子作りのできない体でした。もう子は諦めていたのですが、カトリーナちゃんが初めて来た日に、突然あの……大変元気になりまして……それで授かったのです」



 パトリックはさっと青褪めた。
 使ったのだ。癒しの魔法を。


「隠したいと思ってらっしゃる? ならなぜきちんと、知られると危険であると教えておかないのです。ヒューが知らない人の前で使わないよう約束したそうですが……」

 市民学校には教会の目がありますよ。とごく小さな声で囁いた。
 明言しないが、わかっているのだ。

 カトリーナが教会の目に止まるだろう癒しの魔法を持つ、と。



 まさか登校初日から、勃起不全を治すほどの癒しを使っていたとは……。

 カトリーナのアホ!
 と叫びたい反面、怪我と知ると治すカトリーナの心が誇らしかった。
 ひどく悲しむと天変地異を起こしかねない。
 それもあって強くは言わなかった。
 しかし、なにより、


「使ってはいけないと言って、苦しむ人を見て見ぬふりをさせるのが、嫌だったのです。カトリーナに、人を救うのをためらってほしくなかった」


 声が震えた。
 涙がこみあげてきて、慌てて手で目元を覆った。


「ヒューがついています。目立つことはさせないでしょう。私も夫も、カトリーナちゃんを大切に思っています。お手伝いしますわ」

 声を和らげてセルペンス夫人が言った。


「ずいぶんヒューを信頼していますね。まだ10歳ですよ? なぜ迂闊なことはしないと思うんです? 俺は10歳の頃なんていつも衝動的でした。それに協力して本当にいいんですか?」


 聖女を隠すのは罪深い。
 パトリックの実感だ。


「……ヒューもまた特別な子です。ごく小さな頃からとても冷静で思慮深いのです。そして生まれて初めて執着を見せたのがカトリーナちゃんです。
 大切な子を奪われないよううまく立ち回るでしょう。私たちもお嫁さんになる子を守るだけですわ」

 カトリーナ、ヒューのお嫁さんになる約束してるのか? パパは聞いてないぞ!


 相談しあってカトリーナを守ると約束して、後回しにしてしまった祝いの言葉に礼をして、セルペンス夫人は去っていった。
 すっかり冷めたコーヒーを一気に飲み干す。


 何も解決していないが、町に相談できる人間ができてものすごくほっとした。

 まさか泣いてしまうとは……張りつめて限界だったんだな、俺……。
 涙を押さえていた手で、おもいきり鼻をかんだ。

「『光よ、我が身を清め給え』」


 さっと汚れた手が清められる。
 うん、光魔法は便利だ。




 後日、俺の子と大声で言ったのが聞こえてしまった奴により、パトリックが人妻を妊娠させたと噂になった。


 誤解だ!






あとがき

この時まだカトリーナはヒューのママの妊娠を知りません。
そしてヒューと結婚の約束もしてません。
そしてパパは実はけっこうアホです。


このパパ視点を入れるかどうか、すごく迷いました。

お気に入り登録ありがとうございます!嬉しいです!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

【R-18】悪役令嬢ですが、罠に嵌まって張型つき木馬に跨がる事になりました!

臣桜
恋愛
悪役令嬢エトラは、王女と聖女とお茶会をしたあと、真っ白な空間にいた。 そこには張型のついた木馬があり『ご自由に跨がってください。絶頂すれば元の世界に戻れます』の文字が……。 ※ムーンライトノベルズ様にも重複投稿しています ※表紙はニジジャーニーで生成しました

【R18】殿下!そこは舐めてイイところじゃありません! 〜悪役令嬢に転生したけど元潔癖症の王子に溺愛されてます〜

茅野ガク
恋愛
予想外に起きたイベントでなんとか王太子を救おうとしたら、彼に執着されることになった悪役令嬢の話。 ☆他サイトにも投稿しています

伯爵令嬢のユリアは時間停止の魔法で凌辱される。【完結】

ちゃむにい
恋愛
その時ユリアは、ただ教室で座っていただけのはずだった。 「……っ!!?」 気がついた時には制服の着衣は乱れ、股から白い粘液がこぼれ落ち、体の奥に鈍く感じる違和感があった。 ※ムーンライトノベルズにも投稿しています。

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

完結 R18 媚薬を飲んだ好きな人に名前も告げずに性的に介抱して処女を捧げて逃げたら、権力使って見つけられ甘やかされて迫ってくる

シェルビビ
恋愛
 ランキング32位ありがとうございます!!!  遠くから王国騎士団を見ていた平民サラは、第3騎士団のユリウス・バルナムに伯爵令息に惚れていた。平民が騎士団に近づくことも近づく機会もないので話したことがない。  ある日帰り道で倒れているユリウスを助けたサラは、ユリウスを彼の屋敷に連れて行くと自室に連れて行かれてセックスをする。  ユリウスが目覚める前に使用人に事情を話して、屋敷の裏口から出て行ってなかったことに彼女はした。  この日で全てが終わるはずなのだが、ユリウスの様子が何故かおかしい。 「やっと見つけた、俺の女神」  隠れながら生活しているのに何故か見つかって迫られる。  サラはどうやらユリウスを幸福にしているらしい

【R18】騎士たちの監視対象になりました

ぴぃ
恋愛
異世界トリップしたヒロインが騎士や執事や貴族に愛されるお話。 *R18は告知無しです。 *複数プレイ有り。 *逆ハー *倫理感緩めです。 *作者の都合の良いように作っています。

処理中です...