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最終話
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その日は特に変わったことのない一日だった。朝は寝すぎてしまってジョアンに優しく起こされ、最近王都の周辺をうろついているという魔物を狩りに出かけ、日が落ちた頃に仕事を終えて家に帰ってきた。
そこまでは完全にいつも通りの一日だった。しかし、帰宅時に出迎えてくれたジョアンの表情だけが、普段よりも暗かった。
何があったのか気にはなったものの、性急に聞きだすのはよくないと思いタイミングをうかがう。すると、彼女から話題を切り出してきた。
「そういえば今日噂で聞いたんだけど、あの町……私の故郷ね。ドラゴンの襲撃を受けて今大変らしいって」
精一杯さりげなさを装いながらも、どことなく暗い表情が隠せていない。
僕はそんな彼女を安心させるようににっこり笑った。
「ああ、そんな風に噂になってるね。でも仕事仲間から聞いたところによると、確かに建物とかは大きく損害を受けたところもあるけど、怪我した人とかはそんなに多くなかったらしいよ。多分噂に尾ひれがついているんだろうね」
「そうだったんだ」
安堵したような表情の彼女を見て、僕は思った。
──ああ、やっぱりあの時、追い返しておいてよかった。
数ヶ月前だろうか、ジョアンが働いていた食堂の店主が王都まで訪ねてきたのは。
ちょうどあの時彼女は訪問治療のため患者の家を訪れており、診療所にはいなかった。そのため、たまたま家にいた僕が今彼女がいないことを伝えるため扉を開けたのだが、そこに立っている人物を見て驚いた。
彼は、ジョアンが昔働いていた食堂の店主。彼女をあの町から追い出した人間の一人だったのだ。
あんなことをしておいて、よくもこんなところに平気で顔を出せたものだ。僕はあからさまに顔をしかめたが、それに気づいているのかいないのか、男は必死の形相でジョアンの居場所を聞いてきた。彼女にそのまま会わせるわけもなく、ひとまず僕が事情を聞けば、あの町がドラゴンの襲撃にあったのだという。それも僕たちが以前が倒したよりも大きな種のドラゴンで、町の被害は甚大、怪我人も大勢いる。
そして男は、傷ついた町の人々の治癒をジョアンに行って欲しいと口にした。
「一体今更何を。彼女を化け物呼ばわりして追い出したのはあなた方でしょうに。恥という概念はないんですか?」
「確かにあの時はジョアンを危険な存在だと思ったし、町から排除すべきだと思った。仕方がなかったんだ、町の脅威になる人間を置いておくわけにはいかない。だが今はあの子の能力が危険ではなく有益なものだとわかっているし、俺たちにはあの子の力が必要なんだ。わかるだろう」
「彼女がどれだけ傷ついたと思っているんですか! あなた方に会えば彼女はあの時の記憶を思い出してきっと苦しむ。治癒魔法士は珍しいとはいえ、彼女しかいないわけじゃない。他をあたってください」
もしも彼女が直接頼まれれば、苦しみながらも絶対に引き受けようとするだろうという確信があった。だから自分がここで彼を追い払わねばならないと考え、冷たく言い放った。
だが彼はそこで引き下がらない。
「治癒魔法の依頼相場は高すぎるし、俺たちにはそんな大金は払えない! ジョアンには色々世話を焼いてやった恩がある。俺たちが店で雇ってやらなかったらあの子は生きていけなかったはずだ。他にもあの町の人間は親を亡くしたジョアンによくしてやっていたんだ。俺たちが大変なことになっている今こそ、その恩を返すべきだろう!」
あまりの言い草に、僕は開いた口が塞がらなかった。
つまり、ジョアンに格安で、もしくは無料で町全体の治癒を行えと言っているのか。
両親を失ってからずっと支えてもらってきた人々への信頼を裏切られ、一人寒空の下に投げ出されたのだ、彼女は。僕がすぐに追いかけて運良く彼女を見つけることができなければ、それこそジョアンは今ここにはいなかった。そうなっていたら、彼女を殺したのは間違いなくこの男たちだ。
しばし呆然としていたが、じわじわと怒りが湧いてきた。これ以上、彼女をこいつらに傷つけさせてやるものか。
男の耳に口を近づけ、低い声で囁いた。
「……知っているでしょうが、僕は魔物ハンターなんです。魔物を殺すことも、解体も得意ですよ。もちろん魔物よりも小さく弱い生き物をを殺すのなんてお手の物、というわけです」
通行人に気づかれないよう、道に背を向けながら男の胸ぐらをつかむ。
「言ってる意味わかるよなぁ? おい。今度そのきたねえツラ見せたらただじゃすまさねえぞ」
それから、今後男が再びここを訪れた時の「対処法」を幾つか並べ立てて脅すと、男はすぐに顔を真っ青にして小走りで立ち去っていった。こちらを一切振り向くことなく。
あれから数ヶ月、町の人間が訪れていないということは僕の脅しは有効に機能していたと考えていいだろう。首尾よく追い払えて本当に良かった。
あの町は経済的に裕福ではなかったから、おそらく他の治癒魔法士に依頼をできた人間はそう多くはなかっただろう。数ヶ月経った今、どうなっているかはある程度予想できる。
だが、僕にとってはどうでもいいことだ。彼女を傷つけた奴らがどうなるかなど。
大事なのは、僕の隣で今日も愛しい人が微笑んでくれているという事実だ。
願わくば、こんな日々がずっと続きますように。
そこまでは完全にいつも通りの一日だった。しかし、帰宅時に出迎えてくれたジョアンの表情だけが、普段よりも暗かった。
何があったのか気にはなったものの、性急に聞きだすのはよくないと思いタイミングをうかがう。すると、彼女から話題を切り出してきた。
「そういえば今日噂で聞いたんだけど、あの町……私の故郷ね。ドラゴンの襲撃を受けて今大変らしいって」
精一杯さりげなさを装いながらも、どことなく暗い表情が隠せていない。
僕はそんな彼女を安心させるようににっこり笑った。
「ああ、そんな風に噂になってるね。でも仕事仲間から聞いたところによると、確かに建物とかは大きく損害を受けたところもあるけど、怪我した人とかはそんなに多くなかったらしいよ。多分噂に尾ひれがついているんだろうね」
「そうだったんだ」
安堵したような表情の彼女を見て、僕は思った。
──ああ、やっぱりあの時、追い返しておいてよかった。
数ヶ月前だろうか、ジョアンが働いていた食堂の店主が王都まで訪ねてきたのは。
ちょうどあの時彼女は訪問治療のため患者の家を訪れており、診療所にはいなかった。そのため、たまたま家にいた僕が今彼女がいないことを伝えるため扉を開けたのだが、そこに立っている人物を見て驚いた。
彼は、ジョアンが昔働いていた食堂の店主。彼女をあの町から追い出した人間の一人だったのだ。
あんなことをしておいて、よくもこんなところに平気で顔を出せたものだ。僕はあからさまに顔をしかめたが、それに気づいているのかいないのか、男は必死の形相でジョアンの居場所を聞いてきた。彼女にそのまま会わせるわけもなく、ひとまず僕が事情を聞けば、あの町がドラゴンの襲撃にあったのだという。それも僕たちが以前が倒したよりも大きな種のドラゴンで、町の被害は甚大、怪我人も大勢いる。
そして男は、傷ついた町の人々の治癒をジョアンに行って欲しいと口にした。
「一体今更何を。彼女を化け物呼ばわりして追い出したのはあなた方でしょうに。恥という概念はないんですか?」
「確かにあの時はジョアンを危険な存在だと思ったし、町から排除すべきだと思った。仕方がなかったんだ、町の脅威になる人間を置いておくわけにはいかない。だが今はあの子の能力が危険ではなく有益なものだとわかっているし、俺たちにはあの子の力が必要なんだ。わかるだろう」
「彼女がどれだけ傷ついたと思っているんですか! あなた方に会えば彼女はあの時の記憶を思い出してきっと苦しむ。治癒魔法士は珍しいとはいえ、彼女しかいないわけじゃない。他をあたってください」
もしも彼女が直接頼まれれば、苦しみながらも絶対に引き受けようとするだろうという確信があった。だから自分がここで彼を追い払わねばならないと考え、冷たく言い放った。
だが彼はそこで引き下がらない。
「治癒魔法の依頼相場は高すぎるし、俺たちにはそんな大金は払えない! ジョアンには色々世話を焼いてやった恩がある。俺たちが店で雇ってやらなかったらあの子は生きていけなかったはずだ。他にもあの町の人間は親を亡くしたジョアンによくしてやっていたんだ。俺たちが大変なことになっている今こそ、その恩を返すべきだろう!」
あまりの言い草に、僕は開いた口が塞がらなかった。
つまり、ジョアンに格安で、もしくは無料で町全体の治癒を行えと言っているのか。
両親を失ってからずっと支えてもらってきた人々への信頼を裏切られ、一人寒空の下に投げ出されたのだ、彼女は。僕がすぐに追いかけて運良く彼女を見つけることができなければ、それこそジョアンは今ここにはいなかった。そうなっていたら、彼女を殺したのは間違いなくこの男たちだ。
しばし呆然としていたが、じわじわと怒りが湧いてきた。これ以上、彼女をこいつらに傷つけさせてやるものか。
男の耳に口を近づけ、低い声で囁いた。
「……知っているでしょうが、僕は魔物ハンターなんです。魔物を殺すことも、解体も得意ですよ。もちろん魔物よりも小さく弱い生き物をを殺すのなんてお手の物、というわけです」
通行人に気づかれないよう、道に背を向けながら男の胸ぐらをつかむ。
「言ってる意味わかるよなぁ? おい。今度そのきたねえツラ見せたらただじゃすまさねえぞ」
それから、今後男が再びここを訪れた時の「対処法」を幾つか並べ立てて脅すと、男はすぐに顔を真っ青にして小走りで立ち去っていった。こちらを一切振り向くことなく。
あれから数ヶ月、町の人間が訪れていないということは僕の脅しは有効に機能していたと考えていいだろう。首尾よく追い払えて本当に良かった。
あの町は経済的に裕福ではなかったから、おそらく他の治癒魔法士に依頼をできた人間はそう多くはなかっただろう。数ヶ月経った今、どうなっているかはある程度予想できる。
だが、僕にとってはどうでもいいことだ。彼女を傷つけた奴らがどうなるかなど。
大事なのは、僕の隣で今日も愛しい人が微笑んでくれているという事実だ。
願わくば、こんな日々がずっと続きますように。
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いい作品に出会えて良かったです🎶
感想ありがとうございます!
いい作品と言っていただけて嬉しいです。