上 下
3 / 9

三話

しおりを挟む
 しばらくして落ち着いたのか、ハドリーが体を離した。

「傷は大丈夫、なの……? どうして急に」

 そう言いながらふと目線を下げた先、何か光るものが視界に入る。不思議に思ってじっと見ると、光を放っているそれは私の手だった。さっきまで彼の手にずっと触れていた私の左手が、弱い光を放っている。

「何、これ……」

 ハドリーの表情を見上げると、彼も動きを止めて私の左手を見ていた。そうして呆然としている間に、もともとかすかだった光はますます弱くなっていき、やがて消えた。
 一体何が起こったのだろうか。戸惑っているのは私や彼だけではないようで、周囲で様子を見ていた人々のざわめき出す声が聞こえた。今にも命の灯が消えそうだった男が一瞬にして回復し、そのそばにいた女の手が光る。常識では説明のつかない現象が連続して起こったのだから、この場にいる人間全て、何が起こったのか全く把握できていないだろう。
 周囲のざわめきが徐々に大きくなる中、彼がポツリとつぶやいた。

「もしかして、君の力で僕は助かったんだろうか」
「どういうこと? 私は何も……」
「さっき僕は確かに死ぬところだったのに、今は何ともない。たぶん傷もふさがっている。こんなこと、何か不思議な力がはたらいたとでも考えないと説明がつかない。その力は、もしかしたら君のものなんじゃないかと思ったんだ」

 つまり彼は、自分が助かったのは何か不思議な力が作用したからだと考えた。そしてその不思議な力は、同時に不思議なことが起こった人間、つまり私のものであると考えたのだろう。
 確かに、私も彼の立場ならそう考えるかもしれない。だけど、

「私、そんな不思議な力なんてないよ。知っているでしょう」

 魔法、というものが存在するとかしないとかいう話は聞いたことがあるが、都市伝説レベルの噂だ。当然、私もそんなものは使えない。
 私が彼の推測を否定すると、だが、彼はにっこりと嬉しそうに笑い、もう一度私に抱きついてきた。

「まあ、どっちでもいいよ。よかった、君の元に戻ってこれて。ただいま」

 私は胸がいっぱいになって、今度こそしっかり彼の体を抱きしめ返した。
 そうだ。何がどうなったのかさっぱりだけれど、ともかく彼は私のところに帰ってきてくれたのだ。

「おかえり」

 そうしてしばらく私たちは抱きしめ合っていたが、ハドリーの仲間の「おい、そろそろいいか」という呼びかけで体をゆっくりと離した。

「ん、どうした?」
「どうしたじゃねぇよ。事情はよくわからないが、体に問題がないならドラゴンを倒した報酬をもらって、牙や鱗も金に換えにいかなきゃなんないだろうが」
「ああ……そうか」

 仲間の男は彼の腕をつかんで強引に立たせ、他の仲間たちのところに引っ張っていった。
 そうして地面に跪いたままの私をチラッと振り返る。

「邪魔して悪いが、こっちもこういう作業は早く済ませたいんだ。イチャつくのは終わってからにしてくれ」
「えっと……すみません」

 確かに男の言う通り、いろいろ混乱していたとはいえ、私たちが彼らの仕事を滞らせてしまっていたようで申し訳ない。私は彼の後ろ姿に「じゃあ後でね」と呼びかけ、周囲で見ていた人の間を通り抜けて自分の家に帰った。未だ私の方を見て何か話している人々の様子にどこか不穏なものを感じたが、思い過ごしだろうと気にかけなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

聖女はただ微笑む ~聖女が嫌がらせをしていると言われたが、本物の聖女には絶対にそれができなかった~

アキナヌカ
恋愛
私はシュタルクという大神官で聖女ユエ様にお仕えしていた、だがある日聖女ユエ様は婚約者である第一王子から、本物の聖女に嫌がらせをする偽物だと言われて国外追放されることになった。私は聖女ユエ様が嫌がらせなどするお方でないと知っていた、彼女が潔白であり真の聖女であることを誰よりもよく分かっていた。

四度目の正直 ~ 一度目は追放され凍死、二度目は王太子のDVで撲殺、三度目は自害、今世は?

青の雀
恋愛
一度目の人生は、婚約破棄され断罪、国外追放になり野盗に輪姦され凍死。 二度目の人生は、15歳にループしていて、魅了魔法を解除する魔道具を発明し、王太子と結婚するもDVで撲殺。 三度目の人生は、卒業式の前日に前世の記憶を思い出し、手遅れで婚約破棄断罪で自害。 四度目の人生は、3歳で前世の記憶を思い出し、隣国へ留学して聖女覚醒…、というお話。

その断罪、三ヶ月後じゃダメですか?

荒瀬ヤヒロ
恋愛
ダメですか。 突然覚えのない罪をなすりつけられたアレクサンドルは兄と弟ともに深い溜め息を吐く。 「あと、三ヶ月だったのに…」 *「小説家になろう」にも掲載しています。

【完結】え?王太子妃になりたい?どうぞどうぞ。

櫻野くるみ
恋愛
10名の令嬢で3年もの間、争われてーーいや、押し付け合ってきた王太子妃の座。 ここバラン王国では、とある理由によって王太子妃のなり手がいなかった。 いよいよ決定しなければならないタイムリミットが訪れ、公爵令嬢のアイリーンは父親の爵位が一番高い自分が犠牲になるべきだと覚悟を決めた。 しかし、仲間意識が芽生え、アイリーンに押し付けるのが心苦しくなった令嬢たちが「だったら自分が王太子妃に」と主張し始め、今度は取り合う事態に。 そんな中、急に現れたピンク髪の男爵令嬢ユリア。 ユリアが「じゃあ私がなります」と言い出して……? 全6話で終わる短編です。 最後が長くなりました……。 ストレスフリーに、さらっと読んでいただければ嬉しいです。 ダ◯ョウ倶楽部さんの伝統芸から思い付いた話です。

伝える前に振られてしまった私の恋

メカ喜楽直人
恋愛
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。 そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。

無能と罵られた私だけど、どうやら聖女だったらしい。

冬吹せいら
恋愛
魔法学園に通っているケイト・ブロッサムは、最高学年になっても低級魔法しか使うことができず、いじめを受け、退学を決意した。 村に帰ったケイトは、両親の畑仕事を手伝うことになる。 幼いころから魔法学園の寮暮らしだったケイトは、これまで畑仕事をしたことがなく、畑に祈りを込め、豊作を願った経験もなかった。 人生で初めての祈り――。そこで彼女は、聖女として目覚めるのだった。

姉妹同然に育った幼馴染に裏切られて悪役令嬢にされた私、地方領主の嫁からやり直します

しろいるか
恋愛
第一王子との婚約が決まり、王室で暮らしていた私。でも、幼馴染で姉妹同然に育ってきた使用人に裏切られ、私は王子から婚約解消を叩きつけられ、王室からも追い出されてしまった。 失意のうち、私は遠い縁戚の地方領主に引き取られる。 そこで知らされたのは、裏切った使用人についての真実だった……! 悪役令嬢にされた少女が挑む、やり直しストーリー。

婚約破棄された私は、世間体が悪くなるからと家を追い出されました。そんな私を救ってくれたのは、隣国の王子様で、しかも初対面ではないようです。

冬吹せいら
恋愛
キャロ・ブリジットは、婚約者のライアン・オーゼフに、突如婚約を破棄された。 本来キャロの味方となって抗議するはずの父、カーセルは、婚約破棄をされた傷物令嬢に価値はないと冷たく言い放ち、キャロを家から追い出してしまう。 ありえないほど酷い仕打ちに、心を痛めていたキャロ。 隣国を訪れたところ、ひょんなことから、王子と顔を合わせることに。 「あの時のお礼を、今するべきだと。そう考えています」 どうやらキャロは、過去に王子を助けたことがあるらしく……?

処理中です...