4 / 6
四話
しおりを挟む
目が覚めると見えたのがいつもの部屋の天井ではなかったので焦った。慌てて体を起こそうとすると背中に痛みが走り、思わずうめき声を漏らす。
「うう……」
「おい動くな! まだ完全には治ってないんだ」
私が寝ているベッドの横に座っていたダニエルが言った。
「怪我の処置は既に済んで、治癒魔法もかけられた。だが今はまだ完治はしていないため安静にしていなければならないそうだ。それと……完治しても、もしかしたら傷は残るかもしれないらしい」
「そうですか」
彼は妙に気遣わしげだったが、私自身は傷が残ることは気にならなかった。誰に見せるわけでもないし特に問題があるとは思えない。
「そういえば、あなたは大丈夫だったんでしょうか?」
「俺? ……ああ、俺は切り傷ができたくらいで。というか、それよりも少し聞きたいことがあるんだがいいか」
真顔でそう問われ、私は頷いた。
「俺と君は、以前に……つまり君が俺のハンカチを拾ってくれたあの日以前に、会ったことがあるのだろうか」
私は少し考えてから答えた。
「あなたは覚えていないと思います。思い出す必要もありません」
「必要とかそういう話ではないだろう」
「私、恩を売るつもりもあなたに何か要求するつもりもありません。だからあなたがこれ以上私に関わる必要もありません。この話はここで終わりでいいんじゃないでしょうか」
私の言葉を聞いて彼は焦ったように言った。
「待て、そんな! いや、そんな話が信じられるわけがないだろう。君が俺に何か要求するつもりがないと主張しそれを俺に信じて欲しいならば、君が知っていることを話すべきだ。俺には事実を聞く権利がある!」
「私は話すつもりがないと言っているんです。あの時は頭がはたらかなくて口が滑っただけで……。ともかく、信じられないというならそれで構いません。別に私があなたの弱みを握っているとかでもないのですから、私が何を言っても無視すればいいだけの話でしょう。もし私が怪我をしたことで罪悪感があるなら、それは不必要です。私のことは気にしないでください」
彼は顔をしかめてしばらくは言葉を探していたように見えたが、やがて溜息を吐いた。
「安静にしろよ」
それからしばらくは学校から授業に出ることを許されず、一週間は寮の自室で休むことを命じられた。「安静に」とはいうものの、治癒魔法の効果もあり痛みは二、三日でかなりマシになったのでただ退屈なだけだった。
特にすることもないのでおそらく今頃授業で扱っているであろう内容の自習をして時間を潰すことにした。そうすればクラスに戻った時授業についていけなくて困ることもないだろう。
黙々と演習問題を解いていると、部屋のドアがノックされる音が聞こえた。
「エミリー、いるんでしょ? お見舞いに来たよ」
「……メアリー?」
警戒しながらドアに近づいた。
「どうしてここに?」
「え、やだなぁ、お見舞いに来たって言ったでしょ」
「どうしてあなたが私のお見舞いに来るの」
「どうしてって、姉妹なんだから怪我をしたら心配するに決まってるでしょ?とりあえず開けてよ」
怪しんだものの、ここで拒否したところで妹が大人しく引き下がるとは思えない。
そう言われて恐る恐るドアを開け、外を見た瞬間私は一瞬固まった。
「驚いた? ダニエルと一緒にお見舞いに来たんだよ!」
妹が勝手に部屋の中に入っていくのを私は苦い気持ちで見つめた。ドアを安易に開けるんじゃなかった……。
「ええと、悪いな。急に押しかけて」
珍しくバツの悪そうな顔で私に謝るダニエル。
どうもこの感じだと、彼は妹に強引に連れてこられたのかもしれない。だとしたら彼のせいではない。
「いえ、いいです。部屋に入られるのでしたらどうぞ」
そう言って促すとおずおずと中に入っていった。
私も続いて部屋に戻ると、妹がすでにソファーに座っていた。ダニエルを手招きで呼んで隣に座らせる。
私はベッドに腰掛けた。
「それで、怪我は大丈夫だったの?」
「まあ、医務室で治療してもらったから痛みもほとんどないよ」
妹に聞かれたことに答えると、彼女はふーん、と呟きながら頷いた。
「それならよかった。ダニエルをかばって怪我をしたっていうから心配してたんだよ。ね、ダニエル」
妹はダニエルの腕に自分の腕を絡ませぎゅっと引き寄せる。
彼はなぜか無反応で、妹はそれに不満げな顔をして指で彼の頬を突いた。
「ちょっと、聞いてる?」
「えっ。ああ、悪い」
「もう、しょうがないなあ」
妹は私ににこりと笑いかけた。
「そうだ、私からもお礼を言わないとね。怪我をしてまで彼をかばってくれたこと、本当に感謝してるの。ありがとう」
「……別に、お礼を言われることじゃないよ」
「ううん、だってダニエルは私の大切な人だから。大切な人を助けてくれた人に感謝するのは当たり前でしょ?」
妹はそう言って、「あっ」と何かに気がついたように口を押さえた。
「けが人の部屋にあんまり長居するのもよくないよね。ごめんね気がつかなくて。じゃあ私たちそろそろ帰ろうか、ねえダニエル」
やっと出ていくのか、と内心安堵した。見舞いというのは当然口実で、おそらくは私への牽制のために来たのだろう。眼の前でいちゃつく姿を見せられるのは気分のいいものではなかったので早く出て行ってもらいたい。
妹はダニエルの手を引いて部屋を出て行こうとした。さっきからずっと上の空な彼は特に抵抗することもなく妹に連れられていく。だが、「じゃあね」と笑って妹が扉を開けようとするその瞬間、
「待ってくれ」
彼は妹を引き止めた。
首をかしげる妹。私も何かあったのだろうかと不思議に思う。
「何か忘れ物ですか?」
「いや、少し聞きたいことがあって。ずっと考えていたことがあるんだ」
彼はそう言って、妹のほうを向いた。
「俺が二年前会った女の子は、本当にメアリー、君だったんだろうか」
「うう……」
「おい動くな! まだ完全には治ってないんだ」
私が寝ているベッドの横に座っていたダニエルが言った。
「怪我の処置は既に済んで、治癒魔法もかけられた。だが今はまだ完治はしていないため安静にしていなければならないそうだ。それと……完治しても、もしかしたら傷は残るかもしれないらしい」
「そうですか」
彼は妙に気遣わしげだったが、私自身は傷が残ることは気にならなかった。誰に見せるわけでもないし特に問題があるとは思えない。
「そういえば、あなたは大丈夫だったんでしょうか?」
「俺? ……ああ、俺は切り傷ができたくらいで。というか、それよりも少し聞きたいことがあるんだがいいか」
真顔でそう問われ、私は頷いた。
「俺と君は、以前に……つまり君が俺のハンカチを拾ってくれたあの日以前に、会ったことがあるのだろうか」
私は少し考えてから答えた。
「あなたは覚えていないと思います。思い出す必要もありません」
「必要とかそういう話ではないだろう」
「私、恩を売るつもりもあなたに何か要求するつもりもありません。だからあなたがこれ以上私に関わる必要もありません。この話はここで終わりでいいんじゃないでしょうか」
私の言葉を聞いて彼は焦ったように言った。
「待て、そんな! いや、そんな話が信じられるわけがないだろう。君が俺に何か要求するつもりがないと主張しそれを俺に信じて欲しいならば、君が知っていることを話すべきだ。俺には事実を聞く権利がある!」
「私は話すつもりがないと言っているんです。あの時は頭がはたらかなくて口が滑っただけで……。ともかく、信じられないというならそれで構いません。別に私があなたの弱みを握っているとかでもないのですから、私が何を言っても無視すればいいだけの話でしょう。もし私が怪我をしたことで罪悪感があるなら、それは不必要です。私のことは気にしないでください」
彼は顔をしかめてしばらくは言葉を探していたように見えたが、やがて溜息を吐いた。
「安静にしろよ」
それからしばらくは学校から授業に出ることを許されず、一週間は寮の自室で休むことを命じられた。「安静に」とはいうものの、治癒魔法の効果もあり痛みは二、三日でかなりマシになったのでただ退屈なだけだった。
特にすることもないのでおそらく今頃授業で扱っているであろう内容の自習をして時間を潰すことにした。そうすればクラスに戻った時授業についていけなくて困ることもないだろう。
黙々と演習問題を解いていると、部屋のドアがノックされる音が聞こえた。
「エミリー、いるんでしょ? お見舞いに来たよ」
「……メアリー?」
警戒しながらドアに近づいた。
「どうしてここに?」
「え、やだなぁ、お見舞いに来たって言ったでしょ」
「どうしてあなたが私のお見舞いに来るの」
「どうしてって、姉妹なんだから怪我をしたら心配するに決まってるでしょ?とりあえず開けてよ」
怪しんだものの、ここで拒否したところで妹が大人しく引き下がるとは思えない。
そう言われて恐る恐るドアを開け、外を見た瞬間私は一瞬固まった。
「驚いた? ダニエルと一緒にお見舞いに来たんだよ!」
妹が勝手に部屋の中に入っていくのを私は苦い気持ちで見つめた。ドアを安易に開けるんじゃなかった……。
「ええと、悪いな。急に押しかけて」
珍しくバツの悪そうな顔で私に謝るダニエル。
どうもこの感じだと、彼は妹に強引に連れてこられたのかもしれない。だとしたら彼のせいではない。
「いえ、いいです。部屋に入られるのでしたらどうぞ」
そう言って促すとおずおずと中に入っていった。
私も続いて部屋に戻ると、妹がすでにソファーに座っていた。ダニエルを手招きで呼んで隣に座らせる。
私はベッドに腰掛けた。
「それで、怪我は大丈夫だったの?」
「まあ、医務室で治療してもらったから痛みもほとんどないよ」
妹に聞かれたことに答えると、彼女はふーん、と呟きながら頷いた。
「それならよかった。ダニエルをかばって怪我をしたっていうから心配してたんだよ。ね、ダニエル」
妹はダニエルの腕に自分の腕を絡ませぎゅっと引き寄せる。
彼はなぜか無反応で、妹はそれに不満げな顔をして指で彼の頬を突いた。
「ちょっと、聞いてる?」
「えっ。ああ、悪い」
「もう、しょうがないなあ」
妹は私ににこりと笑いかけた。
「そうだ、私からもお礼を言わないとね。怪我をしてまで彼をかばってくれたこと、本当に感謝してるの。ありがとう」
「……別に、お礼を言われることじゃないよ」
「ううん、だってダニエルは私の大切な人だから。大切な人を助けてくれた人に感謝するのは当たり前でしょ?」
妹はそう言って、「あっ」と何かに気がついたように口を押さえた。
「けが人の部屋にあんまり長居するのもよくないよね。ごめんね気がつかなくて。じゃあ私たちそろそろ帰ろうか、ねえダニエル」
やっと出ていくのか、と内心安堵した。見舞いというのは当然口実で、おそらくは私への牽制のために来たのだろう。眼の前でいちゃつく姿を見せられるのは気分のいいものではなかったので早く出て行ってもらいたい。
妹はダニエルの手を引いて部屋を出て行こうとした。さっきからずっと上の空な彼は特に抵抗することもなく妹に連れられていく。だが、「じゃあね」と笑って妹が扉を開けようとするその瞬間、
「待ってくれ」
彼は妹を引き止めた。
首をかしげる妹。私も何かあったのだろうかと不思議に思う。
「何か忘れ物ですか?」
「いや、少し聞きたいことがあって。ずっと考えていたことがあるんだ」
彼はそう言って、妹のほうを向いた。
「俺が二年前会った女の子は、本当にメアリー、君だったんだろうか」
168
お気に入りに追加
1,117
あなたにおすすめの小説

結婚5年目の仮面夫婦ですが、そろそろ限界のようです!?
宮永レン
恋愛
没落したアルブレヒト伯爵家を援助すると声をかけてきたのは、成り上がり貴族と呼ばれるヴィルジール・シリングス子爵。援助の条件とは一人娘のミネットを妻にすること。
ミネットは形だけの結婚を申し出るが、ヴィルジールからは仕事に支障が出ると困るので外では仲の良い夫婦を演じてほしいと告げられる。
仮面夫婦としての生活を続けるうちに二人の心には変化が生まれるが……
旦那様、愛人を作ってもいいですか?
ひろか
恋愛
私には前世の記憶があります。ニホンでの四六年という。
「君の役目は魔力を多く持つ子供を産むこと。その後で君も自由にすればいい」
これ、旦那様から、初夜での言葉です。
んん?美筋肉イケオジな愛人を持っても良いと?
’18/10/21…おまけ小話追加

【完結】広間でドレスを脱ぎ捨てた公爵令嬢は優しい香りに包まれる【短編】
青波鳩子
恋愛
シャーリー・フォークナー公爵令嬢は、この国の第一王子であり婚約者であるゼブロン・メルレアンに呼び出されていた。
婚約破棄は皆の総意だと言われたシャーリーは、ゼブロンの友人たちの総意では受け入れられないと、王宮で働く者たちの意見を集めて欲しいと言う。
そんなことを言いだすシャーリーを小馬鹿にするゼブロンと取り巻きの生徒会役員たち。
それで納得してくれるのならと卒業パーティ会場から王宮へ向かう。
ゼブロンは自分が住まう王宮で集めた意見が自分と食い違っていることに茫然とする。
*別サイトにアップ済みで、加筆改稿しています。
*約2万字の短編です。
*完結しています。
*11月8日22時に1、2、3話、11月9日10時に4、5、最終話を投稿します。

【完結】小さなマリーは僕の物
miniko
恋愛
マリーは小柄で胸元も寂しい自分の容姿にコンプレックスを抱いていた。
彼女の子供の頃からの婚約者は、容姿端麗、性格も良く、とても大事にしてくれる完璧な人。
しかし、周囲からの圧力もあり、自分は彼に不釣り合いだと感じて、婚約解消を目指す。
※マリー視点とアラン視点、同じ内容を交互に書く予定です。(最終話はマリー視点のみ)

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後
空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。
魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。
そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。
すると、キースの態度が豹変して……?

私の以外の誰かを愛してしまった、って本当ですか?
樋口紗夕
恋愛
「すまない、エリザベス。どうか俺との婚約を解消して欲しい」
エリザベスは婚約者であるギルベルトから別れを切り出された。
他に好きな女ができた、と彼は言う。
でも、それって本当ですか?
エリザベス一筋なはずのギルベルトが愛した女性とは、いったい何者なのか?

[電子書籍化]好きな人が幸せならそれでいいと、そう思っていました。
はるきりょう
恋愛
『 好きな人が幸せならそれでいいと、そう思っていました。』がシーモアさんで、電子書籍化することになりました!!!!
本編(公開のものを加筆・校正)→後日談(公開のものを加筆・校正)→最新話→シーモア特典SSの時系列です。本編+後日談は約2万字弱加筆してあります!電子書籍読んでいただければ幸いです!!
※分かりずらいので、アダム視点もこちらに移しました!アダム視点のみは非公開にさせてもらいます。
オリビアは自分にできる一番の笑顔をジェイムズに見せる。それは本当の気持ちだった。強がりと言われればそうかもしれないけれど。でもオリビアは心から思うのだ。
好きな人が幸せであることが一番幸せだと。
「……そう。…君はこれからどうするの?」
「お伝えし忘れておりました。私、婚約者候補となりましたの。皇太子殿下の」
大好きな婚約者の幸せを願い、身を引いたオリビアが皇太子殿下の婚約者候補となり、新たな恋をする話。

メリザンドの幸福
下菊みこと
恋愛
ドアマット系ヒロインが避難先で甘やかされるだけ。
メリザンドはとある公爵家に嫁入りする。そのメリザンドのあまりの様子に、悪女だとの噂を聞いて警戒していた使用人たちは大慌てでパン粥を作って食べさせる。なんか聞いてたのと違うと思っていたら、当主でありメリザンドの旦那である公爵から事の次第を聞いてちゃんと保護しないとと庇護欲剥き出しになる使用人たち。
メリザンドは公爵家で幸せになれるのか?
小説家になろう様でも投稿しています。
蛇足かもしれませんが追加シナリオ投稿しました。よろしければお付き合いください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる