初恋の人と再会したら、妹の取り巻きになっていました

山科ひさき

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二話

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 13歳の春、私は魔法学校に入学した。
 一学年で10クラスもあるので妹とはもちろんクラスが離れたが、私を取り巻く状況は家で過ごしていた時とそんなに変わりはしなかった。もともと妹が入学前から友人たちに私の悪評を広めていたせいで入学当初から一部の人からは嫌な目で見られていた。持ち前の美しさと人の心をつかむ魅力をもって瞬く間に学校中の人気者になった妹が私のことを自分に意地悪ばかりしてくる性格の悪い姉だと喧伝するものだから、入学から一ヶ月もすれば私はすっかり学校中の嫌われ者になっていた。
 まあ、それは予想していたことなので特に問題はないのだ。

 それよりも私の今気にかかっている問題は、入学から三ヶ月が経った今もあの日の彼に再会できていないことである。なぜあの日名前を聞いておかなかったのかと悔やまれるが、それは今考えても仕方がないことだ。あの日から二年弱経っておそらく三年生になっているはずの彼。校舎を歩く時にはずっと探しているのだが、まだ見つけられていない。
 彼も、私のことを探してくれているのだろうか?

「三年生の教室に行くのも、視線が痛いしね……」

 ため息をつきながら廊下を歩いていると、妹を取り囲む人々の群れが行く先に見えてますます気分が落ち込む。回り道をしようと思って踵を返そうとした時、前を歩いていた男子生徒がハンカチを落としたのが見えた。
慌てて呼び止める。

「すみません、ハンカチ落としましたよ」
「ああ、ありがとう」

 こちらを振り返った彼の顔を見た瞬間、はっとした。柔らかなブラウンの髪、輝く緑色の瞳。間違いない、「彼」だ。
 やっと会えた!
 私は喜びを抑えきれず、ハンカチを渡しながら彼に話しかけた。

「あの! 私、一年生のエミリーと言います」

 私のこと、覚えてますか。そう続けようとした瞬間、彼の顔がしかめられて言葉が出なくなった。
 どうしてそんな目で見るの。

「君が、メアリーの姉か」
「え?そうですが……」

 思わず普通に答えてしまったが、彼はなぜ私をこのような憎々しげな目を向けてくるのだろうか。私のことを覚えてくれてはいないのか。
 「君はメアリーをいじめているらしいな」と、そう言われてようやく合点がいった。彼もまた学校中に広まっている私の悪評を信じ込んだ一人であるらしい。
 私の心は深く沈んだ。一度妹の言葉を信じ私を嫌った人間で、その後誤解を解いてくれた人は一人もいないのだから。
 でも、彼なら。あの日私にまっすぐな言葉を向けてくれた、彼なら。そう信じたくて、私は否定の言葉を発した。

「違います。私、妹をいじめてなんて」
「白々しい。やはりメアリーの言っていた通りだな」

 即座に厳しい言葉が返される。

「そんな……」
「言っておくが、俺の前でメアリーに変な真似をすれば容赦はしないぞ。覚えておけ」

 最後にきつく私を睨みつけ、彼は向こうに歩いて行ってしまった。
 私は呆然として、しばらくその場に立ちすくんでいた。
 初めて私を見てくれた彼も、結局私のことを嫌って離れて行ってしまった。やっぱり私は……そうなのだ。そうでしかありえないのだ。久しく感じていなかった絶望感。
 授業が終わり寮の部屋に戻ってから、少しだけ泣いた。

 それからしばらくして、私は彼を三ヶ月も見つけられなかった理由に気がついた。ダニエルという名前だったらしい彼は妹を囲む集団──取り巻きともいう──の一員で、その中心人物となっていたのだ。私は妹を見かけるとなるべく避け、絡まれてもエスカレートを恐れて妹以外とは目も合わせないようにしていたため、気付けなかったらしい。
 やはり、私が望むものは全て妹のもとに行くのだな、と思った。美しい妹と醜い姉ではどちらに好意を抱くかなんて、わかりきった話ではあるけれど。


「おいエミリー。君はまたメアリーにくだらない嫌がらせをしたらしいな。聞いたぞ、歩いているとき足を引っ掛けようとしたんだって?なんて卑劣な」

 ダニエルは私をメアリーの姉と認識したあの日以来、頻繁に私に妹への仕打ちについて注意をしてくるようになった。
 いつも人に囲まれているメアリーに、私がどうやって足を引っ掛けられるというのだろうか。

「そんなこと、していません」
「君はメアリーが嘘をついたとでも言いたいのか」

 その通りだ、と言いたいところだが、そのように答えてはまた余計な反感を買うだけだ。

「何か、勘違いでもしたのではないですか」
「白々しい言い逃れを」
「用がそれだけなら、失礼します」


 また別の日には、

「おいエミリー。君はメアリーの制服を切り刻んだらしいな。君のせいでメアリーは私服で授業を受けなければならなくなっているんだぞ。もう言い逃れは許されない。メアリーに謝るんだ」

 そう言い放って私の腕を掴み、どこかへ引きずっていこうとした。

「離してください。私ではありません」
「言い逃れは許されないと言っただろう。今回は証拠がある」
「証拠?」

 私が首をかしげると、ダニエルはポケットから髪飾りを出して私に見せた。それを見た瞬間、心臓がどくりと大きく波打つのがわかった。

「これが現場の近くに落ちていたらしい。君のもので間違いはないな?」

 そう、それは確かに私のもの「だった」。家に両親の客人が来た際に姉妹で違うデザインのものをもらったのだ。すぐに妹が自分のものにしてしまったため私のものであった期間はほんの少しだが、それを証言できる人はいない。両親でもこれは私のものだと言うだろう。

「それは確かに私のものでしたが……ずいぶん前に、なくしていたのです」
「苦しい言い逃れだ」

 私は妹のクラスにまで連れて行かれ、妹や妹の取り巻きたちの前に立たされた。
 多方向から、敵意の視線が突き刺さる。
 妹が目を潤ませながら、口を開いた。

「エミリー、私の制服を切ったの、あなたって本当? 私、すごく悲しかったんだよ……」

 それを皮切りに、口々から罵倒が飛んだ。

「最低!」
「気に入らないからって人の私物を壊すとか、おかしいと思わないの?」
「人を理不尽に傷つけておいて、心は痛まないのか」
「自分が醜いからって、妹に八つ当たりしても顔は変わらないぞ」

 ダニエルも私に言った。

「メアリーに謝るんだ」

 こうなれば仕方がない。こうした状況で意地でも謝らないという選択をすればますますひどいことになるというのは何度も経験済みだ。
 ただ、彼も私を糾弾する側の人間になってしまったという事実は悲しかった。

「制服を切り刻んだりしてごめんなさい。反省しています。もう二度としません」

 そう謝ると、「本当に反省しているのか」というような声も飛んだが、妹はにこりと笑った。そう、この美しい笑顔で妹は周りの人間をことごとく魅了するのだ。

「謝ってくれてありがとう。許してあげる」
「いいのかメアリー、この女は今までもずっと」
「いいの、エミリーは反省しているんだから」

 なんて心が広い!と口々に妹を賞賛する周りの人々。全く、とんだ茶番だ。
 実は妹の考えていることは昔からよくわからない。こうしてあえて私を貶めようとするのは何故なのだろう。自分の評価を高め立ち位置を盤石化するために私を利用しているのだろうか。ある人間をいじめるという遊びだろうか。単に私のことが嫌いなのだろうか。全部かもしれない。
 妹たちが盛り上がっている間に私は教室を出たが、ダニエルだけは私を睨みつけているのを感じていた。


 またまた別の日には、

「おいエミリー。君はさっき男子生徒に色目を使っていたな。魔法学校の生徒としての自覚を持ち、そうした慎みのない真似は控えろ」

 などと難癖をつけてきたりもした。もはやメアリーには関係がない事柄だ。
 もちろん「色目を使った」などという事実はないため、きちんと否定しておく。

「そんなことはしていません」
「いいや、俺は確かに見た。さっき男子生徒の体にベタベタと触っていただろう」
「……? ああ、多分それは彼の服にカナブンが付いていたので取っていたんです」

 この調子である。なんなら最近の彼は妹と話すことよりも私を注意することの方に時間を割いている節がある。私を気に入らない人間は学校中にいるが、このような振る舞いをするのは彼だけだ。
 再会した当初よりもますます完璧に私は彼に嫌われて行っている気がする。気がするというか、間違いない。入学前に会ったことがあると話せば思い出してくれないかな、とかたまに考えるのだが、話せるような雰囲気になったことがない。


 寮に帰ってベッドに寝転がりながら、私はダニエルのことを考えていた。
 どう考えても嫌われてしまっているし、以前あったことも覚えていないようだし、すっかり妹の言葉を盲目的に信じ込んでしまっているが、それでもどうしても私は彼のことを好きなままだ。声を聞くと、姿を見るとドキドキするし、罵倒されると悲しくなる。これが恋というものなのだろう、多分。
 私のこと、思い出してくれないかな。好きになってくれなくてもいいから、嫌いではなくなってくれないかな。
 なんてどうしようもないことを考えながら、いつも眠りにつく。


「おいエミリー。君は成績優秀だと聞いたが、課題をこなす能力よりも先に磨かなくてはならないところがあるんじゃないか?」

 今日は嫌味パターンのようだ。彼に日々絡まれ続けた私は、絡まれ方を類型化し分類することができるようになっていた。なんだか私、とてもかわいそう。

「なんのことでしょう。言いたいことがあるのならはっきり言ったらいかがですか」
「わかっているだろう、君のその性格だ! もっとモラルを重んじ、他人を尊重し、清く正しく生きるべきだと言っているんだ」
「そんなことを言われても、私は私なりに清く正しく生きているつもりでいますから」
「またそんなことを」

 彼は腹に据えかねたと言わんばかりにふんと鼻を鳴らし、吐き捨てるように言った。

「君は本当にどうしようもないな。見た目も醜ければ性格も醜い」


 ────醜い。


 その言葉を聞いた瞬間、私が自分の心の奥に大事にしまっていたものに、ヒビが入るのを確かに感じた。
 恥ずかしくないのか、とかよくも平然と、とか彼はそれからも色々話していたけれど、全く頭には入ってこなかった。

 妹は美しく、私は醜い。当然だ。自明だ。誰だって分かることだ。

 彼は確かに昔私のことをきれいだと言ってくれたけれど、それは妹を見たことがなかったからにすぎない。妹を見ればわかるはずだ。その言葉を向けるべき正しい相手が。自分が信じるべき相手が。
 彼はもう二年前の彼ではない。それだけのことだ。

 いつの間にか、さっきからずっと聞こえていた彼の声が聞こえなくなっていた。彼は無言になってこちらを凝視していた。どうしたんだろう。不思議に思ったが、自分の頬を水滴が伝う感触にはっとする。
 彼に背を向け、早足でその場を立ち去った。


 私が後生大事に持っていた思い出は、誰にも決して話さない。これまではいつか機会が巡ってきた時にあの日の話をして、もしも思い出してくれたなら少しは……私の言葉を聞く隙間を開けてくれるんじゃないかなんて、都合のいいことを考えたりもしていたけれど。馬鹿な幻想だ。大切に抱えていたのは私だけで、彼にとってはきっと取るに足らない出来事。
 誰にも話さなければ、誰にも傷つけられることはない。あの日の思い出は私だけのものだ。私の言葉を聞いてくれた、まっすぐに見つめてくれた、あの記憶を支えに私は生きていける。
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