上 下
12 / 16

12

しおりを挟む
 今、全力で叫べば人は来てくれるのだろうか?



 ここまで来る途中、人とすれ違った記憶はない。とはいえ、泣きながら歩いていたので周囲の様子なんてろくに見てはいなかったのだ。もしかしたら気づかなかっただけで、近くに人がいる可能性もある。

 一か八か、と、思い切り息を吸い込む。鋭い悲鳴が喉から漏れる、まさにその時だった。



「何をしてるんですか」



 よく知っている声が聞こえ、息を止めた。



 ——助かった?



 ついさっきまでは顔を合わせたくなかった相手だけれど、こういう状況になってしまっては話が違う。縋るように、声が聞こえた方に顔を向けた。



「ロイくん……!」



 そこには、アリシアが頭に思い描いた通りの人物の姿があった。こちらに向かって早足で歩いてくる彼は、よく見ると額に汗が滲んでおり、息が切れていた。もしかして、アリシアを探してくれていたのだろうか。

 嬉しいと思うと同時に、不安だった。ロイが来てくれたとはいえ、アリシアを囲んでいる男子生徒は五人で、しかも全員彼よりも体格がいい。どうやってここから逃げ出すことができるだろう。

 案の定、男子生徒たちは彼の登場に怖気付くでもなく、余裕の笑みを浮かべていた。



「何をしているんですか、と聞いています。彼女を離してください」



 厳しい口調で再度繰り返す。

 アリシアの腕を掴んでいるリーダー格の生徒が、馬鹿にしたように笑った。



「何だ、ヒーロー気取りか? ああわかった、お前もこの女の魅了にやられたんだろう。俺らの邪魔をしないなら、混ぜてやってもいいぞ」

「ふざけるな」



 空気がびり、と震えた。

 アリシアは何か不穏なものを感じて体を硬くしたが、男子生徒たちは変わらずヘラヘラとしている。その姿を一瞥し、ロイがゆっくりと右手を掲げる。やがてその手がじわりと光を放ち始めた。

 ——魔法を使おうとしているのだ。



 それを見てようやく、男子生徒たちは慌てた様子を見せた。



「まさか、冗談だろ? こんなところで魔法を使うなんて」

「女子生徒に暴行しようとしておいて、学校のルールには従順なんですね。生憎ですが、あなた方がこのまま彼女に危害を加えるつもりであれば、それを防ぐために手段を選ぶつもりはありません」



 ここまで彼らが魔法に対して怯むのは、魔法の圧倒的な力に肉体で抵抗することは不可能だから。そして攻撃魔法は未熟な魔法使いが使用すればコントロール不能に陥るリスクが極めて高く、また、一度でも魔法の暴走による事故を起こせば、生涯にわたって魔法の使用を禁じられてしまうからだ。

 つまり、ロイがここで攻撃魔法を使えば、男子生徒たちは魔法で抵抗するというわけにもいかず、一方的に攻撃を受けるしかなくなる。その上、ロイの魔法の暴走に巻き込まれるリスクさえある。



「正気か……? 退学になるぞ、お前」

「ええ、そうなりたくはありません。ですから、さあ。彼女を離してください」



 ロイの右手は、いまや眩しいほどに白く光り輝いていた。アリシアは見たことのない魔法だったが、これを喰らえば無事では済まないだろうということは想像がついた。

 彼らも同じように考えたようで、先ほどまでの舐めた態度からは考えられないくらい素早くアリシアの腕を離し、「頭おかしいんじゃねえの」と言い捨てて、さっさと校舎裏の奥へと消えていった。

 その様子を見届けて、ようやくロイは右手を下ろし、ゆっくりと息を吐いた。



「……助けてくれて、ありがとう。でも、よかったの? あんな風に魔法を使ったりして」

「あれはハッタリだよ。直撃しても目潰しにしかならない。アリシア、何もされなかった?」

「うん、腕を掴まれたくらい」



 アリシアが自分の腕を見ると、掴まれたところが赤くなっていた。それを見て、ロイが悔やむように目を伏せた。



「ごめん、僕がもっと早く追いかけていれば」

「ううん、平気」



 会話が途切れた。お互いに探り合うような沈黙の後、やがてロイが切り出した。



「一度、僕の部屋に戻らない?アリシアの荷物も置いたままだし」

「そうだね」



 アリシアは頷いた。
 それから、二人とも言葉を発することなく、黙って男子寮まで歩いた。



 ロイの部屋の前まで来ると、彼が扉を開いて「どうぞ」と中へ促す。



「お邪魔します」



 中に入り、私物を手に取ろうとしたが、そのまえにロイがこう切り出した。



「話がしたいんだ。少し、時間をもらえるかな」

「……うん」



 脈が速くなるのを感じた。

 きっとこれからずっと避け続けることはできない。どんなことを言われるとしても。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】私の大好きな人は、親友と結婚しました

紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
伯爵令嬢マリアンヌには物心ついた時からずっと大好きな人がいる。 その名は、伯爵令息のロベルト・バミール。 学園卒業を控え、成績優秀で隣国への留学を許可されたマリアンヌは、その報告のために ロベルトの元をこっそり訪れると・・・。 そこでは、同じく幼馴染で、親友のオリビアとベットで抱き合う二人がいた。 傷ついたマリアンヌは、何も告げぬまま隣国へ留学するがーーー。 2年後、ロベルトが突然隣国を訪れてきて?? 1話完結です 【作者よりみなさまへ】 *誤字脱字多数あるかと思います。 *初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ *ゆるふわ設定です

【完結】貴方が好きなのはあくまでも私のお姉様

すだもみぢ
恋愛
伯爵令嬢であるカリンは、隣の辺境伯の息子であるデュークが苦手だった。 彼の悪戯にひどく泣かされたことがあったから。 そんな彼が成長し、年の離れたカリンの姉、ヨーランダと付き合い始めてから彼は変わっていく。 ヨーランダは世紀の淑女と呼ばれた女性。 彼女の元でどんどんと洗練され、魅力に満ちていくデュークをカリンは傍らから見ていることしかできなかった。 しかしヨーランダはデュークではなく他の人を選び、結婚してしまう。 それからしばらくして、カリンの元にデュークから結婚の申し込みが届く。 私はお姉さまの代わりでしょうか。 貴方が私に優しくすればするほど悲しくなるし、みじめな気持ちになるのに……。 そう思いつつも、彼を思う気持ちは抑えられなくなっていく。 8/21 MAGI様より表紙イラストを、9/24にはMAGI様の作曲された この小説のイメージソング「意味のない空」をいただきました。 https://www.youtube.com/watch?v=L6C92gMQ_gE MAGI様、ありがとうございます! イメージが広がりますので聞きながらお話を読んでくださると嬉しいです。

君に愛は囁けない

しーしび
恋愛
姉が亡くなり、かつて姉の婚約者だったジルベールと婚約したセシル。 彼は社交界で引く手数多の美しい青年で、令嬢たちはこぞって彼に夢中。 愛らしいと噂の公爵令嬢だって彼への好意を隠そうとはしない。 けれど、彼はセシルに愛を囁く事はない。 セシルも彼に愛を囁けない。 だから、セシルは決めた。 ***** ※ゆるゆる設定 ※誤字脱字を何故か見つけられない病なので、ご容赦ください。努力はします。 ※日本語の勘違いもよくあります。方言もよく分かっていない田舎っぺです。

その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*

音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。 塩対応より下があるなんて……。 この婚約は間違っている? *2021年7月完結

忙しい男

菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。 「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」 「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」 すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。 ※ハッピーエンドです かなりやきもきさせてしまうと思います。 どうか温かい目でみてやってくださいね。 ※本編完結しました(2019/07/15) スピンオフ &番外編 【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19) 改稿 (2020/01/01) 本編のみカクヨムさんでも公開しました。

もう、愛はいりませんから

さくたろう
恋愛
 ローザリア王国公爵令嬢ルクレティア・フォルセティに、ある日突然、未来の記憶が蘇った。  王子リーヴァイの愛する人を殺害しようとした罪により投獄され、兄に差し出された毒を煽り死んだ記憶だ。それが未来の出来事だと確信したルクレティアは、そんな未来に怯えるが、その記憶のおかしさに気がつき、謎を探ることにする。そうしてやがて、ある人のひたむきな愛を知ることになる。

婚約者の心変わり? 〜愛する人ができて幸せになれると思っていました〜

冬野月子
恋愛
侯爵令嬢ルイーズは、婚約者であるジュノー大公国の太子アレクサンドが最近とある子爵令嬢と親しくしていることに悩んでいた。 そんなある時、ルイーズの乗った馬車が襲われてしまう。 死を覚悟した前に現れたのは婚約者とよく似た男で、彼に拐われたルイーズは……

【完結】お荷物王女は婚約解消を願う

miniko
恋愛
王家の瞳と呼ばれる色を持たずに生まれて来た王女アンジェリーナは、一部の貴族から『お荷物王女』と蔑まれる存在だった。 それがエスカレートするのを危惧した国王は、アンジェリーナの後ろ楯を強くする為、彼女の従兄弟でもある筆頭公爵家次男との婚約を整える。 アンジェリーナは八歳年上の優しい婚約者が大好きだった。 今は妹扱いでも、自分が大人になれば年の差も気にならなくなり、少しづつ愛情が育つ事もあるだろうと思っていた。 だが、彼女はある日聞いてしまう。 「お役御免になる迄は、しっかりアンジーを守る」と言う彼の宣言を。 ───そうか、彼は私を守る為に、一時的に婚約者になってくれただけなのね。 それなら出来るだけ早く、彼を解放してあげなくちゃ・・・・・・。 そして二人は盛大にすれ違って行くのだった。 ※設定ユルユルですが、笑って許してくださると嬉しいです。 ※感想欄、ネタバレ配慮しておりません。ご了承ください。

処理中です...