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ロイとの初対面は、魔法学園の入学式だ。
保護者は参加できない決まりのため、知り合いのいないアリシアは一人で会場に入ってきた。
魅了の力を封じるための首輪は会場で目立ったらしく、他の新入生からジロジロと見られたり、何か噂されているのを感じた。後から考えれば、「魅了持ち」が入ってくるという情報はすでに他の新入生たちに届いていたのだろう。
不躾な目線や噂されることには慣れていたつもりだったけれど、見知らぬ人ばかりの場所で、守ってくれる両親もいない状況では、強気に堂々としているのも難しくて、とても心細くて怖くなってしまった。
とにかく自分の席まで急ごう。そう思い足を早めたその瞬間、会場の敷物に足を取られ、その場で転んでしまった。
──痛い。
実際は地面しか見えていないのに、多くの人の目線を背中に感じた。嘲笑うような声は聞こえてこないけれど、きっと周りの生徒は声を出さずに笑ったり、驚いたり、呆れたり、または心配そうにしながらこちらを眺めているに違いない。そう想像すると、もう、居た堪れなくて仕方がなかった。
足が痛くて、恥ずかしくて、立ち上がれない。この場から消えてなくなりたいと願いながらじっと倒れ伏していたアリシアだったが、「大丈夫?」という優しい声に、ゆっくりと顔を上げる。そこには、心配そうな顔でこちらに手を差し伸べている男の子の姿があった。
これがアリシアとロイとの出会い。大切な思い出だけれど、同時に恥ずかしくてあまり思いだしたくない。──乙女心は複雑なのだ。
彼は、ほとんど泣き出しそうなアリシアの手を優しく引いて、彼女の席まで連れて行ってくれた。そしてお礼を言うアリシアに「気にしないで」と笑った。
男の子にそんな風に親切にされたのは生まれて初めてだったので、しばらく彼のことが頭から離れなかった。
人前で転んだ恥ずかしさが吹き飛ぶほど印象的な出来事だった。なにせそれまで同年代の異性には、無視や意地悪をされた思い出しかなかったのだから。
そして彼は入学式以降も、アリシアと顔を合わせるたびに声をかけてくれた。
一年生は受ける授業がほとんど固定なので必然的に彼とも同じ授業を受けることになる。何かと話しかけたり、色々と気にかけてくれる彼と自然に仲良くなり、気づけばいつも一緒に行動する様になっていた。
ところで、男女が仲良くしていれば、そこに色恋を期待されるのは世の常というもの。
アリシアも、周囲の女の子たちから「彼と付き合っているの?」とか「好きなの?」とか、聞かれることはよくあった。けれどもそういう時はこう答えることにしている。
「ううん、大事な友達だよ」と。
アリシアにとっては、そう答える以外の選択肢はなかったのだ。だって、間違っても彼を煩わせるようなことはしたくなかったから。
魅了持ちで周囲から浮いているアリシアに気を遣って、声をかけてくれた、優しいロイ。
勉強についていけなくて落ち込んだ時はつきっきりで教えてくれた。男子生徒に嫌なことを言われて泣いてしまった時は慰めてくれた。ロイは出会った時から今までずっと、いつだって優しかった。
だから、そんな彼を困らせるようなことはしたくない。周囲に私との仲を噂されたり、囃し立てられたりすればきっと彼も迷惑だろう。
魅了持ちと恋愛をしようとする人間など、いるはずがないのだから。
魅了の力を持つ人間であっても、首輪をつけていれば魅了の力は発動しない。それは何年もかけて実験で証明された事実だ。けれど、周囲の人間はその事実で完全に安心できるわけではない。
日常生活で関わる分にはいいだろう。けれど、恋愛になればどうか。首輪で力は制御されていると頭ではわかっていたとしても、本当に自分の心は自分のものだと信じられるだろうか。相手に惹かれる心は魔法によって作られたものではないかという疑念を、抱かずにいられるだろうか。
そんな疑念を抱いてしまう相手と、恋愛をしたいと思うだろうか?
答えは否だ。アリシアはそう思う。
だから、アリシアはきっと一生、恋愛をすることはないだろう。それでいいとも思っているし、受け入れている。だって恋人がいなくたって、優しい家族に大好きな友達がいるのだ。アリシアは決して不幸ではないし、恵まれている。
──今だって、十分に幸せだ。
保護者は参加できない決まりのため、知り合いのいないアリシアは一人で会場に入ってきた。
魅了の力を封じるための首輪は会場で目立ったらしく、他の新入生からジロジロと見られたり、何か噂されているのを感じた。後から考えれば、「魅了持ち」が入ってくるという情報はすでに他の新入生たちに届いていたのだろう。
不躾な目線や噂されることには慣れていたつもりだったけれど、見知らぬ人ばかりの場所で、守ってくれる両親もいない状況では、強気に堂々としているのも難しくて、とても心細くて怖くなってしまった。
とにかく自分の席まで急ごう。そう思い足を早めたその瞬間、会場の敷物に足を取られ、その場で転んでしまった。
──痛い。
実際は地面しか見えていないのに、多くの人の目線を背中に感じた。嘲笑うような声は聞こえてこないけれど、きっと周りの生徒は声を出さずに笑ったり、驚いたり、呆れたり、または心配そうにしながらこちらを眺めているに違いない。そう想像すると、もう、居た堪れなくて仕方がなかった。
足が痛くて、恥ずかしくて、立ち上がれない。この場から消えてなくなりたいと願いながらじっと倒れ伏していたアリシアだったが、「大丈夫?」という優しい声に、ゆっくりと顔を上げる。そこには、心配そうな顔でこちらに手を差し伸べている男の子の姿があった。
これがアリシアとロイとの出会い。大切な思い出だけれど、同時に恥ずかしくてあまり思いだしたくない。──乙女心は複雑なのだ。
彼は、ほとんど泣き出しそうなアリシアの手を優しく引いて、彼女の席まで連れて行ってくれた。そしてお礼を言うアリシアに「気にしないで」と笑った。
男の子にそんな風に親切にされたのは生まれて初めてだったので、しばらく彼のことが頭から離れなかった。
人前で転んだ恥ずかしさが吹き飛ぶほど印象的な出来事だった。なにせそれまで同年代の異性には、無視や意地悪をされた思い出しかなかったのだから。
そして彼は入学式以降も、アリシアと顔を合わせるたびに声をかけてくれた。
一年生は受ける授業がほとんど固定なので必然的に彼とも同じ授業を受けることになる。何かと話しかけたり、色々と気にかけてくれる彼と自然に仲良くなり、気づけばいつも一緒に行動する様になっていた。
ところで、男女が仲良くしていれば、そこに色恋を期待されるのは世の常というもの。
アリシアも、周囲の女の子たちから「彼と付き合っているの?」とか「好きなの?」とか、聞かれることはよくあった。けれどもそういう時はこう答えることにしている。
「ううん、大事な友達だよ」と。
アリシアにとっては、そう答える以外の選択肢はなかったのだ。だって、間違っても彼を煩わせるようなことはしたくなかったから。
魅了持ちで周囲から浮いているアリシアに気を遣って、声をかけてくれた、優しいロイ。
勉強についていけなくて落ち込んだ時はつきっきりで教えてくれた。男子生徒に嫌なことを言われて泣いてしまった時は慰めてくれた。ロイは出会った時から今までずっと、いつだって優しかった。
だから、そんな彼を困らせるようなことはしたくない。周囲に私との仲を噂されたり、囃し立てられたりすればきっと彼も迷惑だろう。
魅了持ちと恋愛をしようとする人間など、いるはずがないのだから。
魅了の力を持つ人間であっても、首輪をつけていれば魅了の力は発動しない。それは何年もかけて実験で証明された事実だ。けれど、周囲の人間はその事実で完全に安心できるわけではない。
日常生活で関わる分にはいいだろう。けれど、恋愛になればどうか。首輪で力は制御されていると頭ではわかっていたとしても、本当に自分の心は自分のものだと信じられるだろうか。相手に惹かれる心は魔法によって作られたものではないかという疑念を、抱かずにいられるだろうか。
そんな疑念を抱いてしまう相手と、恋愛をしたいと思うだろうか?
答えは否だ。アリシアはそう思う。
だから、アリシアはきっと一生、恋愛をすることはないだろう。それでいいとも思っているし、受け入れている。だって恋人がいなくたって、優しい家族に大好きな友達がいるのだ。アリシアは決して不幸ではないし、恵まれている。
──今だって、十分に幸せだ。
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