上 下
2 / 16

2

しおりを挟む
 ロイとの初対面は、魔法学園の入学式だ。

 保護者は参加できない決まりのため、知り合いのいないアリシアは一人で会場に入ってきた。

 魅了の力を封じるための首輪は会場で目立ったらしく、他の新入生からジロジロと見られたり、何か噂されているのを感じた。後から考えれば、「魅了持ち」が入ってくるという情報はすでに他の新入生たちに届いていたのだろう。

 不躾な目線や噂されることには慣れていたつもりだったけれど、見知らぬ人ばかりの場所で、守ってくれる両親もいない状況では、強気に堂々としているのも難しくて、とても心細くて怖くなってしまった。



 とにかく自分の席まで急ごう。そう思い足を早めたその瞬間、会場の敷物に足を取られ、その場で転んでしまった。



 ──痛い。



 実際は地面しか見えていないのに、多くの人の目線を背中に感じた。嘲笑うような声は聞こえてこないけれど、きっと周りの生徒は声を出さずに笑ったり、驚いたり、呆れたり、または心配そうにしながらこちらを眺めているに違いない。そう想像すると、もう、居た堪れなくて仕方がなかった。

 足が痛くて、恥ずかしくて、立ち上がれない。この場から消えてなくなりたいと願いながらじっと倒れ伏していたアリシアだったが、「大丈夫?」という優しい声に、ゆっくりと顔を上げる。そこには、心配そうな顔でこちらに手を差し伸べている男の子の姿があった。

 これがアリシアとロイとの出会い。大切な思い出だけれど、同時に恥ずかしくてあまり思いだしたくない。──乙女心は複雑なのだ。







 彼は、ほとんど泣き出しそうなアリシアの手を優しく引いて、彼女の席まで連れて行ってくれた。そしてお礼を言うアリシアに「気にしないで」と笑った。

 男の子にそんな風に親切にされたのは生まれて初めてだったので、しばらく彼のことが頭から離れなかった。

 人前で転んだ恥ずかしさが吹き飛ぶほど印象的な出来事だった。なにせそれまで同年代の異性には、無視や意地悪をされた思い出しかなかったのだから。



 そして彼は入学式以降も、アリシアと顔を合わせるたびに声をかけてくれた。

 一年生は受ける授業がほとんど固定なので必然的に彼とも同じ授業を受けることになる。何かと話しかけたり、色々と気にかけてくれる彼と自然に仲良くなり、気づけばいつも一緒に行動する様になっていた。







 ところで、男女が仲良くしていれば、そこに色恋を期待されるのは世の常というもの。

 アリシアも、周囲の女の子たちから「彼と付き合っているの?」とか「好きなの?」とか、聞かれることはよくあった。けれどもそういう時はこう答えることにしている。



「ううん、大事な友達だよ」と。



 アリシアにとっては、そう答える以外の選択肢はなかったのだ。だって、間違っても彼を煩わせるようなことはしたくなかったから。



 魅了持ちで周囲から浮いているアリシアに気を遣って、声をかけてくれた、優しいロイ。

 勉強についていけなくて落ち込んだ時はつきっきりで教えてくれた。男子生徒に嫌なことを言われて泣いてしまった時は慰めてくれた。ロイは出会った時から今までずっと、いつだって優しかった。

 だから、そんな彼を困らせるようなことはしたくない。周囲に私との仲を噂されたり、囃し立てられたりすればきっと彼も迷惑だろう。



 魅了持ちと恋愛をしようとする人間など、いるはずがないのだから。







 魅了の力を持つ人間であっても、首輪をつけていれば魅了の力は発動しない。それは何年もかけて実験で証明された事実だ。けれど、周囲の人間はその事実で完全に安心できるわけではない。

 日常生活で関わる分にはいいだろう。けれど、恋愛になればどうか。首輪で力は制御されていると頭ではわかっていたとしても、本当に自分の心は自分のものだと信じられるだろうか。相手に惹かれる心は魔法によって作られたものではないかという疑念を、抱かずにいられるだろうか。

 そんな疑念を抱いてしまう相手と、恋愛をしたいと思うだろうか?



 答えは否だ。アリシアはそう思う。



 だから、アリシアはきっと一生、恋愛をすることはないだろう。それでいいとも思っているし、受け入れている。だって恋人がいなくたって、優しい家族に大好きな友達がいるのだ。アリシアは決して不幸ではないし、恵まれている。



 ──今だって、十分に幸せだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

好きな人が惚れ薬を飲んでしまった

山科ひさき
恋愛
惚れ薬を好きな人に「あなたに飲んで欲しくて作った」って馬鹿正直に渡したら、相手が普通に飲んじゃった、という話。なろうにも投稿しています。

王太子殿下が好きすぎてつきまとっていたら嫌われてしまったようなので、聖女もいることだし悪役令嬢の私は退散することにしました。

みゅー
恋愛
 王太子殿下が好きすぎるキャロライン。好きだけど嫌われたくはない。そんな彼女の日課は、王太子殿下を見つめること。  いつも王太子殿下の行く先々に出没して王太子殿下を見つめていたが、ついにそんな生活が終わるときが来る。  聖女が現れたのだ。そして、さらにショックなことに、自分が乙女ゲームの世界に転生していてそこで悪役令嬢だったことを思い出す。  王太子殿下に嫌われたくはないキャロラインは、王太子殿下の前から姿を消すことにした。そんなお話です。  ちょっと切ないお話です。

好きな人と友人が付き合い始め、しかも嫌われたのですが

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
ナターシャは以前から恋の相談をしていた友人が、自分の想い人ディーンと秘かに付き合うようになっていてショックを受ける。しかし諦めて二人の恋を応援しようと決める。だがディーンから「二度と僕達に話しかけないでくれ」とまで言われ、嫌われていたことにまたまたショック。どうしてこんなに嫌われてしまったのか?卒業パーティーのパートナーも決まっていないし、どうしたらいいの?

【完結】仕方がないので結婚しましょう

七瀬菜々
恋愛
『アメリア・サザーランド侯爵令嬢!今この瞬間を持って貴様との婚約は破棄させてもらう!』 アメリアは静かな部屋で、自分の名を呼び、そう高らかに宣言する。 そんな婚約者を怪訝な顔で見るのは、この国の王太子エドワード。 アメリアは過去、幾度のなくエドワードに、自身との婚約破棄の提案をしてきた。 そして、その度に正論で打ちのめされてきた。 本日は巷で話題の恋愛小説を参考に、新しい婚約破棄の案をプレゼンするらしい。 果たしてアメリアは、今日こそ無事に婚約を破棄できるのか!? *高低差がかなりあるお話です *小説家になろうでも掲載しています

初恋をこじらせたやさぐれメイドは、振られたはずの騎士さまに求婚されました。

石河 翠
恋愛
騎士団の寮でメイドとして働いている主人公。彼女にちょっかいをかけてくる騎士がいるものの、彼女は彼をあっさりといなしていた。それというのも、彼女は5年前に彼に振られてしまっていたからだ。ところが、彼女を振ったはずの騎士から突然求婚されてしまう。しかも彼は、「振ったつもりはなかった」のだと言い始めて……。 色気たっぷりのイケメンのくせに、大事な部分がポンコツなダメンズ騎士と、初恋をこじらせたあげくやさぐれてしまったメイドの恋物語。 *この作品のヒーローはダメンズ、ヒロインはダメンズ好きです。苦手な方はご注意ください この作品は、小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

【完結】婚約解消ですか?!分かりました!!

たまこ
恋愛
 大好きな婚約者ベンジャミンが、侯爵令嬢と想い合っていることを知った、猪突猛進系令嬢ルシルの婚約解消奮闘記。 2023.5.8 HOTランキング61位/24hランキング47位 ありがとうございました!

デートリヒは白い結婚をする

毛蟹葵葉
恋愛
デートリヒには婚約者がいる。 関係は最悪で「噂」によると恋人がいるらしい。 式が間近に迫ってくると、婚約者はデートリヒにこう言った。 「デートリヒ、お前とは白い結婚をする」 デートリヒは、微かな胸の痛みを見て見ぬふりをしてこう返した。 「望むところよ」 式当日、とんでもないことが起こった。

愛する義兄に憎まれています

ミカン♬
恋愛
自分と婚約予定の義兄が子爵令嬢の恋人を両親に紹介すると聞いたフィーナは、悲しくて辛くて、やがて心は闇に染まっていった。 義兄はフィーナと結婚して侯爵家を継ぐはずだった、なのにフィーナも両親も裏切って真実の愛を貫くと言う。 許せない!そんなフィーナがとった行動は愛する義兄に憎まれるものだった。 2023/12/27 ミモザと義兄の閑話を投稿しました。 ふわっと設定でサクっと終わります。 他サイトにも投稿。

処理中です...