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ロキの画策1
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フィリスの宿舎の一室で、リリスの目の前に現れた赤い龍。
ロキの使い魔がリリスの目の高さで動きを止めた。
「ロキ様。約束を破ってしまって申し訳ありません。」
リリスの哀願の言葉に、赤い龍はふんっと鼻息を吐いて口を開いた。
「リリス。お前は何時も成り行きで物事を進めるから、今回のような事が起きるのだ。」
「思慮という言葉を知らないのかねえ。」
ロキの言葉が胸に痛い。
リリスは神妙な思いで赤い龍を見つめた。
「まあ、時空の歪はお前の持つスキルで解消出来る程度のものであった。それはまだ良いとして、問題は世界樹の加護だな。」
そう言うと赤い龍はリリスのベッドの傍のテーブルの上に移動した。
「今回の事がきっかけで、世界樹の加護に統合された産土神体現スキルの発動に、制限を掛け難くなってしまったのだ。」
「異世界のスキルでありながら、完全にお前のスキルとして改良されてしまった。しかもこの世界の定理や法則の制限すら、無視するような結果を生み出しかねない。まったく困ったものだ。」
そう言われてもねえ。
私の一存で手に入れたスキルじゃないし・・・。
言葉もなく佇むリリスに赤い龍は改めて口を開いた。
「まあ、これ以上お前に文句を言っても仕方があるまい。それで管理者からの提案があった。産土神体現スキルを発動させる事で、新たに生み出される結果を精査してみたいという事だ。この世界の既存の生物に対する個別進化の促進が、どのような結果をもたらすのか? その結果によってはこの世界の破壊と再生のサイクルの見直しを検討するかも知れんという事なのだよ。」
随分仰々しい事になってきたわね。
でも亜神達本体の降臨によるこの世界の生態系の破壊再生のサイクルが見直されるのなら、それに越した事はないかも・・・。
「それで私にどうしろと・・・」
「うむ。周りに影響の及ばないように、孤島で実験してみようと言う事になった。その孤島の生物を全て個別進化させるとどうなるのか? その結果を見てみたいというのが管理者の意向だ。」
「孤島ですか? どこの?」
リリスの問い掛けに、赤い龍は再び宙に浮き、リリスの目の高さで静止した。
「お前が魔物の駆除で無双していたアブリル王国だよ。」
「えっ? アブリル王国って海がありましたっけ?」
「うむ。ワームホールの出現していた山脈の北側は、乾燥地帯を挟んで海に面している。その海岸線から沖合に50kmほど離れた場所に孤島があるのだ。近くに島は無く絶海の孤島と言って良いかもな。」
そんな場所があるのね。
「この島はその孤立した環境故に、アブリル王国の流刑地として利用されてきた過去がある。」
それって島流しの場所って事よね。
「それじゃあ、今も罪人達が住んでいるんですか?」
「いや、今は罪人は住んでおらん。だがそれでも数名の獣人が住んで居る。」
「それって普通の島民ですよね。そんな人達を今回の実験で巻き込んで良いのですか?」
リリスの疑問に赤い龍はふふふと笑った。
「普通の島民ではない。実は彼等はアブリル王国の王族だ。つまり・・・権力闘争の果てに幽閉されておるのだよ。外部との接触を魔法による結界で完全に断たれているので、何もしなければその孤島で一生を終えるだけだ。」
う~ん。
それだとしても、巻き込んじゃって良いのかしら?
リリスの疑問を無視するかのように、赤い龍はその身体に魔力を循環させ始めた。
「さあ、出発するぞ!」
「えっ! これからですか? もう夕方ですよ。メル達もこの宿舎に戻ってくるし・・・」
「そんな事は問題ではない。時空を止めておけば良いだけの事だ。」
それってそんなに簡単に言う事なの?
そう思ったのも束の間、龍は魔力を発動させリリスと共に宿舎の部屋から転移してしまった。
気が付くとリリスは空中に浮いていた。
眼下には真っ青な海と断崖絶壁に囲まれた小さな島がある。
日は傾き始めているが、日没までにはまだ時間がありそうだ。
潮の香りが鼻をくすぐる。
波が孤島の断崖を打つ音が聞こえ、白く泡立つ波頭が真っ青な海に映えて美しい。
ところどころで海面から飛び上がる魚のうろこが日を受けて光り、孤島周辺の魚影の濃さを示している。
リリスの傍に赤い龍が現われ、リリスと共に孤島の地面に降りていく。
「結界が張ってあるのではないですか?」
リリスの言葉に龍はふんっと鼻息を吐いた。
「そんなものは儂には何の邪魔にもならん。」
まあ、そうなのだろう。
リリスは直ぐに納得し、ほどなく龍と共に孤島の地面に降り立った。
広範囲に探知を掛けると、それなりに魔物の生息反応がある。
それに鳥や小動物も多数居るようだ。
島全体が緑で覆われ、植生も豊かに見えるので、一見すると自然の豊かな孤島である。
問題はその孤島に存在する獣人の反応だ。
探知してみると成人の反応が3人、子供の反応が1人。
どうして子供がここに居るのだろうか?
「ロキ様。子供の反応があるんですが、これって家族でしょうか?」
リリスの問い掛けに龍は意外な言葉を返してきた。
「家族ではない。その子供が幽閉されている王族で、大人はその従者達だ。」
「あまり詳しい事情は分からんが、おそらくその子供の一族を根絶やしにしたかったのだろう。ただ、さすがに子供の命まで奪うのは抵抗があって、孤島に幽閉したのだと推測するのだが・・・」
う~ん。
この世界では有り得ない事ではないけど、それが現実となると残酷よねえ。
一生この島から出られないなんて・・・。
「感慨に耽っている暇はない。早速世界樹の加護を発動させてくれ。その上で産土神体現スキルを活性化させるのだ。」
龍の言葉にリリスは若干躊躇いながらも世界樹の加護を発動させた。
それと共に産土神体現スキルの発動を意識すると、リリスの身体中の魔力が激しく体内を渦巻き、足元が激しく振動し始めた。
それと同時に身体全体から、細い糸の様な魔力の触手が無数に突出し始めた。
リリスの身体が金色に輝き始め、足元の大量の魔力の触手によって身体が上に押し上げられていく。
リリスの目線の高さは既に5m近くになっていた。
この一連の状況は以前に魔法学院の薬草園で発動させた時や、異世界で世界樹の代わりに発動させた時と同じだ。
リリスの身体中から更に大量の魔力の触手が伸びていく。
リリスの脳裏に次々と言葉が浮かび上がって来た。
『進捗率30%』
『産土神体現スキルの進捗を早める為、世界樹の加護が全てのスキルや加護を管理します。』
『魔力吸引スキルを発動させます。』
その言葉と共に魔力吸引スキルが発動し、大地や大気から魔力を吸引し始めた。
その事によってリリスの周りに魔力の渦が発生し、激しい流れとなってリリスの身体に流れ込んでくる。
流れ込んできた魔力によって更に魔力の触手が発生し、周囲に伸びて行った。
5mほどの高さに押し上げられたリリスの身体を中心に、大量の魔力の触手が生い茂り、まるで巨大な樹木の様な様相になって来た。
その触手の末端が全て仄かに光り始め、何かを探すように蠢き始めた。
『指定範囲内の生物の生体情報を把握します。』
細く長い魔力の触手の先端から最初に流れ込んできたのは、4人の獣人の生体情報だった。
健康面の状態と共に遺伝子レベルでの問題点が流れ込んでくる。
その情報を元にリリスの脳内で、その個体に対する進化促進の方向性が瞬時に浮かび上がり、その個体に対する是正の波動が細胞励起の放つ波動に重ねられて打ち出された。
細胞励起のレベルはマックスになっており、それによって強制的に進化の促進を図ろうとしているのだ。
『進捗率50%』
獣人以外の生物の生体情報が把握され始めた。
細い魔力の触手の一本一本が小型の魔物や鳥獣に連結され、それぞれの個体の生体情報がリリスの脳内に流れ込み、瞬時に個別の分析と進化促進のための処理が展開されていく。
『島内の2000体の生命体を掌握中。』
『脳内の処理を円滑に行なう為、覇竜の加護による脳内リミッターを解除し、未使用あるいは休眠中の脳細胞を全て活用します。』
う~ん。
覇竜の加護をないがしろにして大丈夫かなあ。
またキングドレイクさんの機嫌を損なうような気がする。
リリスの思いをスルーするように、脳内に別領域が切り開かれ、リリスの意識が幾つにも分割された様な感覚を得た。
それと同時に高速で大量の処理が展開される。
それによって魔力を更に費やし、それを補うべく魔力吸引スキルが頻繁に発動された。
リリスの身体から伸びている大量の細い魔力の触手から、マックスレベルの細胞励起の波動が激しく放たれていく。
この段階で世界樹の加護から問い合わせが来た。
『把握したすべての生命体に関して、この世界の基準での修正進化の余地はありません。世界樹の生育する世界での基準で個別進化させますか?』
ええ、そうして。
それが多分、今回の管理者の意向でもあるはずだから。
『植物の個別進化も行ないますか?』
それは今回は必要ないわ。
『了解しました。現在把握している生命体で個別進化を促進します。』
産土神体現スキルは淡々と作業を続けていく。
それによってリリスの脳や身体がじんじんと熱くなってきた。
高速の脳内作業によって加熱してしまっているようだ。
少し意識が朦朧とした状態ではあるが、リリスは木々の中に無数に点在する白い繭を目にした。
すでに個別進化は始まっている。
対象となるすべての繭が仄かに光を放ち、ぶるぶると振動し始めた。
それに伴い世界樹の加護はその機能を収束させていく。
身体中から伸びていた金色の魔力の触手が徐々に消え、僅かな数の触手がリリスの身体を支えながら地上に静かに降下させた。
だが身体の消耗は半端ではない。
眩暈と頭痛でふらつきながら、リリスはその場に立ち上がった。
自分自身に細胞励起を掛けて症状を緩和させると、赤い龍がその傍に近付いてきた。
「改めて見ると凄まじいスキルだな。対象とされた生命体には拒絶する余地がないのだからなあ。」
そう言われればそうね。
今のところ、修正進化や個別進化を対象から拒絶される事ってないものね。
この辺りが管理者の権限に抵触するのかも・・・。
改めて自分の周囲の森を見ると、無数に点在していた白い繭が徐々に消えていく。
それは個々の生命体に対する個別進化が完了しつつある事を意味する。
30分ほどで見える範囲のすべての白い繭が消えた。
森の中から飛び立つ鳥がやたらにカラフルだ。
もはや元の姿が何だったのか分からない。
その鳥が何者かにバチッと雷撃で仕留められた。
地面に落ちたその鳥を回収するために森から出てきたのは、体長1mほどの大きさのホーンラビットだった。
元の個体の倍以上の大きさだ。
そのホーンラビットは、雷撃で仕留めた鳥を咥えて森の中に消えていった。
ええっ!
ホーンラビットが肉食になっちゃったの?
冷静に考えれば、食料の確保のために草食から雑食性に変わったのかも知れない。
そう言えば、あの獣人達はどうなったのだろうか?
そう思った矢先、リリスの目の前に小さな光点が出現した。
その光点は徐々に大きくなり、その中から小さな人影が出てきた。
その人影は直ぐに実体化し、10歳ほどの小さな獣人の少女になった。
褐色の肌に栗色の髪を生やし、大きな目でこちらを見つめながら近寄ってくる。
少女はラフな格好をしているが、その全身から高貴なオーラが滲み出し、その出自が平民ではない事が直感的に分かった。
「世界樹の使いのリリス様ですね。私はローラ・ベル・アブリルです。よろしくお願いします。」
「まあ、家名が国名なのね。それにしてもどうして私の名前を知っているの?」
リリスの言葉に少女はウフフと笑った。
「直感的に分かるんです。リリス様から世界樹の指示を仰ぎなさいと言う言葉が頭に浮かんできて・・・」
ローラの言葉を聞き、龍がリリスの傍に寄り添った。
「これは驚きだな。個別進化させるとその主体となる存在に隷属するようになるのか?」
「隷属とまでは言えない関係性だと思いますよ。」
リリスがそう思ったのは、他の3人の大人の獣人達の存在が探知出来ないからだ。
隷属関係ならローラと一緒にここに来るだろう。
そう思いつつ、リリスはローラに問い掛けた。
「ねえ、ローラ。あなたの身の回りのお世話をしていた3人の獣人達は何処にいるの?」
「ああ、あの人達ならアブリル王国に戻りました。」
「ええっ! 戻ったってどうやって? この孤島から出られないんじゃないの?」
驚くリリスの様子を見て、ローラは平然と口を開いた。
「空間魔法で転移しました。ただそれだけですよ。でも・・・」
そう言ってローラは遠くを見つめるような仕草をした。
「今頃は王宮に乗り込んでいると思います。先ず王家を改革するんだって言ってましたから。」
うっ!
何だか厄介な事になってきたわね。
「でも3人で何が出来るの?」
リリスの言葉にローラは意外だと言わんばかりの表情を見せた。
「誰も彼等に歯向かえないですよ。リリス様が個別進化によってあらゆる能力を付与し、獣人としての限界を突破させてくれましたから・・・」
ローラの言葉にリリスはうっと呻き、しばらく言葉を失ってしまったのだった。
ロキの使い魔がリリスの目の高さで動きを止めた。
「ロキ様。約束を破ってしまって申し訳ありません。」
リリスの哀願の言葉に、赤い龍はふんっと鼻息を吐いて口を開いた。
「リリス。お前は何時も成り行きで物事を進めるから、今回のような事が起きるのだ。」
「思慮という言葉を知らないのかねえ。」
ロキの言葉が胸に痛い。
リリスは神妙な思いで赤い龍を見つめた。
「まあ、時空の歪はお前の持つスキルで解消出来る程度のものであった。それはまだ良いとして、問題は世界樹の加護だな。」
そう言うと赤い龍はリリスのベッドの傍のテーブルの上に移動した。
「今回の事がきっかけで、世界樹の加護に統合された産土神体現スキルの発動に、制限を掛け難くなってしまったのだ。」
「異世界のスキルでありながら、完全にお前のスキルとして改良されてしまった。しかもこの世界の定理や法則の制限すら、無視するような結果を生み出しかねない。まったく困ったものだ。」
そう言われてもねえ。
私の一存で手に入れたスキルじゃないし・・・。
言葉もなく佇むリリスに赤い龍は改めて口を開いた。
「まあ、これ以上お前に文句を言っても仕方があるまい。それで管理者からの提案があった。産土神体現スキルを発動させる事で、新たに生み出される結果を精査してみたいという事だ。この世界の既存の生物に対する個別進化の促進が、どのような結果をもたらすのか? その結果によってはこの世界の破壊と再生のサイクルの見直しを検討するかも知れんという事なのだよ。」
随分仰々しい事になってきたわね。
でも亜神達本体の降臨によるこの世界の生態系の破壊再生のサイクルが見直されるのなら、それに越した事はないかも・・・。
「それで私にどうしろと・・・」
「うむ。周りに影響の及ばないように、孤島で実験してみようと言う事になった。その孤島の生物を全て個別進化させるとどうなるのか? その結果を見てみたいというのが管理者の意向だ。」
「孤島ですか? どこの?」
リリスの問い掛けに、赤い龍は再び宙に浮き、リリスの目の高さで静止した。
「お前が魔物の駆除で無双していたアブリル王国だよ。」
「えっ? アブリル王国って海がありましたっけ?」
「うむ。ワームホールの出現していた山脈の北側は、乾燥地帯を挟んで海に面している。その海岸線から沖合に50kmほど離れた場所に孤島があるのだ。近くに島は無く絶海の孤島と言って良いかもな。」
そんな場所があるのね。
「この島はその孤立した環境故に、アブリル王国の流刑地として利用されてきた過去がある。」
それって島流しの場所って事よね。
「それじゃあ、今も罪人達が住んでいるんですか?」
「いや、今は罪人は住んでおらん。だがそれでも数名の獣人が住んで居る。」
「それって普通の島民ですよね。そんな人達を今回の実験で巻き込んで良いのですか?」
リリスの疑問に赤い龍はふふふと笑った。
「普通の島民ではない。実は彼等はアブリル王国の王族だ。つまり・・・権力闘争の果てに幽閉されておるのだよ。外部との接触を魔法による結界で完全に断たれているので、何もしなければその孤島で一生を終えるだけだ。」
う~ん。
それだとしても、巻き込んじゃって良いのかしら?
リリスの疑問を無視するかのように、赤い龍はその身体に魔力を循環させ始めた。
「さあ、出発するぞ!」
「えっ! これからですか? もう夕方ですよ。メル達もこの宿舎に戻ってくるし・・・」
「そんな事は問題ではない。時空を止めておけば良いだけの事だ。」
それってそんなに簡単に言う事なの?
そう思ったのも束の間、龍は魔力を発動させリリスと共に宿舎の部屋から転移してしまった。
気が付くとリリスは空中に浮いていた。
眼下には真っ青な海と断崖絶壁に囲まれた小さな島がある。
日は傾き始めているが、日没までにはまだ時間がありそうだ。
潮の香りが鼻をくすぐる。
波が孤島の断崖を打つ音が聞こえ、白く泡立つ波頭が真っ青な海に映えて美しい。
ところどころで海面から飛び上がる魚のうろこが日を受けて光り、孤島周辺の魚影の濃さを示している。
リリスの傍に赤い龍が現われ、リリスと共に孤島の地面に降りていく。
「結界が張ってあるのではないですか?」
リリスの言葉に龍はふんっと鼻息を吐いた。
「そんなものは儂には何の邪魔にもならん。」
まあ、そうなのだろう。
リリスは直ぐに納得し、ほどなく龍と共に孤島の地面に降り立った。
広範囲に探知を掛けると、それなりに魔物の生息反応がある。
それに鳥や小動物も多数居るようだ。
島全体が緑で覆われ、植生も豊かに見えるので、一見すると自然の豊かな孤島である。
問題はその孤島に存在する獣人の反応だ。
探知してみると成人の反応が3人、子供の反応が1人。
どうして子供がここに居るのだろうか?
「ロキ様。子供の反応があるんですが、これって家族でしょうか?」
リリスの問い掛けに龍は意外な言葉を返してきた。
「家族ではない。その子供が幽閉されている王族で、大人はその従者達だ。」
「あまり詳しい事情は分からんが、おそらくその子供の一族を根絶やしにしたかったのだろう。ただ、さすがに子供の命まで奪うのは抵抗があって、孤島に幽閉したのだと推測するのだが・・・」
う~ん。
この世界では有り得ない事ではないけど、それが現実となると残酷よねえ。
一生この島から出られないなんて・・・。
「感慨に耽っている暇はない。早速世界樹の加護を発動させてくれ。その上で産土神体現スキルを活性化させるのだ。」
龍の言葉にリリスは若干躊躇いながらも世界樹の加護を発動させた。
それと共に産土神体現スキルの発動を意識すると、リリスの身体中の魔力が激しく体内を渦巻き、足元が激しく振動し始めた。
それと同時に身体全体から、細い糸の様な魔力の触手が無数に突出し始めた。
リリスの身体が金色に輝き始め、足元の大量の魔力の触手によって身体が上に押し上げられていく。
リリスの目線の高さは既に5m近くになっていた。
この一連の状況は以前に魔法学院の薬草園で発動させた時や、異世界で世界樹の代わりに発動させた時と同じだ。
リリスの身体中から更に大量の魔力の触手が伸びていく。
リリスの脳裏に次々と言葉が浮かび上がって来た。
『進捗率30%』
『産土神体現スキルの進捗を早める為、世界樹の加護が全てのスキルや加護を管理します。』
『魔力吸引スキルを発動させます。』
その言葉と共に魔力吸引スキルが発動し、大地や大気から魔力を吸引し始めた。
その事によってリリスの周りに魔力の渦が発生し、激しい流れとなってリリスの身体に流れ込んでくる。
流れ込んできた魔力によって更に魔力の触手が発生し、周囲に伸びて行った。
5mほどの高さに押し上げられたリリスの身体を中心に、大量の魔力の触手が生い茂り、まるで巨大な樹木の様な様相になって来た。
その触手の末端が全て仄かに光り始め、何かを探すように蠢き始めた。
『指定範囲内の生物の生体情報を把握します。』
細く長い魔力の触手の先端から最初に流れ込んできたのは、4人の獣人の生体情報だった。
健康面の状態と共に遺伝子レベルでの問題点が流れ込んでくる。
その情報を元にリリスの脳内で、その個体に対する進化促進の方向性が瞬時に浮かび上がり、その個体に対する是正の波動が細胞励起の放つ波動に重ねられて打ち出された。
細胞励起のレベルはマックスになっており、それによって強制的に進化の促進を図ろうとしているのだ。
『進捗率50%』
獣人以外の生物の生体情報が把握され始めた。
細い魔力の触手の一本一本が小型の魔物や鳥獣に連結され、それぞれの個体の生体情報がリリスの脳内に流れ込み、瞬時に個別の分析と進化促進のための処理が展開されていく。
『島内の2000体の生命体を掌握中。』
『脳内の処理を円滑に行なう為、覇竜の加護による脳内リミッターを解除し、未使用あるいは休眠中の脳細胞を全て活用します。』
う~ん。
覇竜の加護をないがしろにして大丈夫かなあ。
またキングドレイクさんの機嫌を損なうような気がする。
リリスの思いをスルーするように、脳内に別領域が切り開かれ、リリスの意識が幾つにも分割された様な感覚を得た。
それと同時に高速で大量の処理が展開される。
それによって魔力を更に費やし、それを補うべく魔力吸引スキルが頻繁に発動された。
リリスの身体から伸びている大量の細い魔力の触手から、マックスレベルの細胞励起の波動が激しく放たれていく。
この段階で世界樹の加護から問い合わせが来た。
『把握したすべての生命体に関して、この世界の基準での修正進化の余地はありません。世界樹の生育する世界での基準で個別進化させますか?』
ええ、そうして。
それが多分、今回の管理者の意向でもあるはずだから。
『植物の個別進化も行ないますか?』
それは今回は必要ないわ。
『了解しました。現在把握している生命体で個別進化を促進します。』
産土神体現スキルは淡々と作業を続けていく。
それによってリリスの脳や身体がじんじんと熱くなってきた。
高速の脳内作業によって加熱してしまっているようだ。
少し意識が朦朧とした状態ではあるが、リリスは木々の中に無数に点在する白い繭を目にした。
すでに個別進化は始まっている。
対象となるすべての繭が仄かに光を放ち、ぶるぶると振動し始めた。
それに伴い世界樹の加護はその機能を収束させていく。
身体中から伸びていた金色の魔力の触手が徐々に消え、僅かな数の触手がリリスの身体を支えながら地上に静かに降下させた。
だが身体の消耗は半端ではない。
眩暈と頭痛でふらつきながら、リリスはその場に立ち上がった。
自分自身に細胞励起を掛けて症状を緩和させると、赤い龍がその傍に近付いてきた。
「改めて見ると凄まじいスキルだな。対象とされた生命体には拒絶する余地がないのだからなあ。」
そう言われればそうね。
今のところ、修正進化や個別進化を対象から拒絶される事ってないものね。
この辺りが管理者の権限に抵触するのかも・・・。
改めて自分の周囲の森を見ると、無数に点在していた白い繭が徐々に消えていく。
それは個々の生命体に対する個別進化が完了しつつある事を意味する。
30分ほどで見える範囲のすべての白い繭が消えた。
森の中から飛び立つ鳥がやたらにカラフルだ。
もはや元の姿が何だったのか分からない。
その鳥が何者かにバチッと雷撃で仕留められた。
地面に落ちたその鳥を回収するために森から出てきたのは、体長1mほどの大きさのホーンラビットだった。
元の個体の倍以上の大きさだ。
そのホーンラビットは、雷撃で仕留めた鳥を咥えて森の中に消えていった。
ええっ!
ホーンラビットが肉食になっちゃったの?
冷静に考えれば、食料の確保のために草食から雑食性に変わったのかも知れない。
そう言えば、あの獣人達はどうなったのだろうか?
そう思った矢先、リリスの目の前に小さな光点が出現した。
その光点は徐々に大きくなり、その中から小さな人影が出てきた。
その人影は直ぐに実体化し、10歳ほどの小さな獣人の少女になった。
褐色の肌に栗色の髪を生やし、大きな目でこちらを見つめながら近寄ってくる。
少女はラフな格好をしているが、その全身から高貴なオーラが滲み出し、その出自が平民ではない事が直感的に分かった。
「世界樹の使いのリリス様ですね。私はローラ・ベル・アブリルです。よろしくお願いします。」
「まあ、家名が国名なのね。それにしてもどうして私の名前を知っているの?」
リリスの言葉に少女はウフフと笑った。
「直感的に分かるんです。リリス様から世界樹の指示を仰ぎなさいと言う言葉が頭に浮かんできて・・・」
ローラの言葉を聞き、龍がリリスの傍に寄り添った。
「これは驚きだな。個別進化させるとその主体となる存在に隷属するようになるのか?」
「隷属とまでは言えない関係性だと思いますよ。」
リリスがそう思ったのは、他の3人の大人の獣人達の存在が探知出来ないからだ。
隷属関係ならローラと一緒にここに来るだろう。
そう思いつつ、リリスはローラに問い掛けた。
「ねえ、ローラ。あなたの身の回りのお世話をしていた3人の獣人達は何処にいるの?」
「ああ、あの人達ならアブリル王国に戻りました。」
「ええっ! 戻ったってどうやって? この孤島から出られないんじゃないの?」
驚くリリスの様子を見て、ローラは平然と口を開いた。
「空間魔法で転移しました。ただそれだけですよ。でも・・・」
そう言ってローラは遠くを見つめるような仕草をした。
「今頃は王宮に乗り込んでいると思います。先ず王家を改革するんだって言ってましたから。」
うっ!
何だか厄介な事になってきたわね。
「でも3人で何が出来るの?」
リリスの言葉にローラは意外だと言わんばかりの表情を見せた。
「誰も彼等に歯向かえないですよ。リリス様が個別進化によってあらゆる能力を付与し、獣人としての限界を突破させてくれましたから・・・」
ローラの言葉にリリスはうっと呻き、しばらく言葉を失ってしまったのだった。
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