落ちこぼれ子女の奮闘記

木島廉

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古都再生4

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伝染病の元凶の駆除を終えたリリス。

オルヴィスの居る施設に戻ると、オルヴィスはケネスと共にリリスを元の場所に転送してくれた。

リリスが修復していた宮殿のゲストルームである。

「私は夢を見ていたのだろうか?」

ケネスの言葉に天井から声が聞こえてきた。

「夢ではない。現実だよ。」

その声のする方向を見上げると、小さなカラスがリリスの肩の上に降りてきた。
その気配からカラスはオルヴィスの使い魔であることが分かる。

「オルヴィス様。どうしてここに?」

リリスの問い掛けにカラスはその顔をリリスの方に向けた。
カラスのくちばしがリリスの頬をかすめそうな動きだ。

「儂の大好きだったフィリスの街の現状を見たいのだよ。かなり荒れ果てているとは聞いていたのだが・・・」

カラスはそう言うと、リリスの肩の上から羽ばたき、ゲストルームの外に飛び出していった。

そのあとを目で追いながら、ケネスはリリスに問い掛けた。

「リリス君。この宮殿の修復作業を再開出来るかい? 伝染病の元凶の駆除で、かなり疲れているとは思うのだがね。」

「ああ、大丈夫ですよ。ここでの作業はどちらかと言えば単純作業ですからね。」

そう言ってリリスは再びゲストルームの修復に取り掛かった。
それほどに広い部屋ではないので、床や柱や天井の修復にはそれほど時間が掛からない。
それぞれの石材を硬化させ、表面部を光沢のある石質に変更させて、約10分ほどでゲストルームの修復を終えた。

そのままケネスの指示で他の部屋も修復し、リリスは外に出て外壁の修復に取り掛かり始めた。
大きな建物なので外壁の一点から硬化による修復をしていては効率が悪い。
リリスは魔力の触手を10本ほど伸ばし、それを目一杯広げ、その先端から土魔法の魔力を放つようにして修復を進めた。
外壁の表面も石質を変えることで光沢を増し、40分ほどで荒れ果てていた宮殿は白亜の宮殿に生まれ変わった。

「ここまで修復出来るとは思わなかったよ。驚くべき土魔法の技量だね。もしも土魔法を司る亜神がいたら君を弟子にしてくれるんじゃないか?」

ケネスの言葉にリリスは謙遜しながらも、心の中では鼻で笑っていた。

私はチャーリーの弟子なんかじゃないわよ!

リリスは直ぐに気持ちを切り替え、宮殿から続く広い街路の整備に取り掛かった。
街路を構成する石材もかなり朽ちている。埃やごみも散乱していて、それを清掃する者もいないのだろう。

リリスは闇魔法で闇を出現させ、それを街路を覆うように一気に伸張させた。
拡大された闇が街路の一面を覆い尽くす。
その闇は土台となっている石材以外の邪魔なものを魔素に分解し、それらを全て吸収していく。
ほんの数分で街路は埃一つもない状態になった。
だが土台となっている石材はごみや埃が取り払われ、その劣化状態が思いの外酷い事が分かる。
リリスは土魔法でそれを硬化修復し、本来の状態に戻していく。
街路なので表面の石質を化粧板のように変化させる必要はない。
数分で街路は整備されたばかりだとも思えるような状態になった。

その広い街路の先には広い空き地がある。
石材が乱雑に散乱しているので、何か大きな建物があったのだろう。

「ケネスさん。あの空き地は何なのですか?」

「ああ、あれは元の王城の跡地だよ。」

ケネスはそう言うとリリスを空地の方に案内した。

広い空き地の前には空になった大きな噴水の跡がある。
その空き地の奥の方には、高さが30mにも及ぶ巨木が立っている。
かなりの樹齢のようで巨木の上方に僅かに葉が茂っているが、その幹がかなり傷んでいるのは遠くから見ても分かった。
太い幹のあちらこちらに空洞があるのが見えるからだ。

「フィリスが王都であった頃は、ここに王城が建てられていたんだ。だが300年ほど前に今の王都に遷都したので、古い王城は解体され、その石材の多くが新しい王城の建設のために持ち出された。更に余った石材はこのフィリスの周囲の城壁にも流用された。ここに残されている石材はその残骸だよ。」

そうなのね。
古城の残骸と思うと、何となく憂愁を掻き立てられるリリスである。
これは日本人的な感性なのかも知れない。

「いずれここには大きな市場を設置する計画があるそうだ。」

市場ね。
これだけの広さがあれば、いろいろなものが設置出来るわ。

リリスは市場の設置を念頭にして空き地を歩き回りながら、残されていた石材を土魔法で土に還していった。
更に空地の土壌を固めの土質に変化させたが、今後の活用を考えると硬化させる必要はなさそうだ。

「ケネスさん。噴水はどうするのですか? 水が枯れちゃっていますけど・・・」

リリスの言葉にケネスはうんうんと頷いた。

「そうなんだよね。昔はとうとうと水が湧き出していたそうなんだがね。」

噴水は直径20mほどの円形で、中央には塔があり、その頂点に3つの吹き出し口が見えている。

まじまじとその噴水を見つめていると、上空から小さなカラスが降りてきた。
賢者オルヴィスの使い魔だ。

カラスはケネスの肩に留まり、ふうっと大きなため息をついた。

「思っていたよりも荒廃しているようだな。王城もなくなり、あの美しかった王都の姿などどこにも見当たらん。」

「だが、宮殿とその前の広い街路だけは綺麗だな。王国が整備したのか?」

オルヴィスの言葉にケネスは首を横に振った。

「整備したのはここにいるリリス君ですよ。両方で1時間ほどの作業でしたがね。」

ケネスの言葉にオルヴィスはほうっ!と驚きの声を上げた。

「土魔法の達人の手に掛かると、そう言う事になるのだな。」

オルヴィスの言葉が仰々しい。
若干それをスルーしながら、リリスはオルヴィスに尋ねた。

「オルヴィス様。この噴水の水源は枯れてしまったようですが、水源がどこにあるかが分かれば水を引いてくる事も出来ると思うんです。オルヴィス様はご存じないですか?」

「ああ、水源だな。」

オルヴィスはそう言うとケネスの肩から飛び立ち、噴水の縁に移動した。

「水源はこの地下だよ。このフィリスの街は地下にいくつもの水脈が走っている。そのうちの一つが枯れたに過ぎん。」

「リリス。この地下を探査してごらん。枯れた水脈の更に下層に別の水脈があるはずだ。」

オルヴィスの言葉に従って、リリスは噴水の地下を探査した。
確かにかなりの深度に水脈があることが分かる。
その更に下層にもいくつもの水脈がある事が分かった。

「確かに水脈がいくつもありますね。」

「そうだろう。それがこのフィリスが水の都と呼ばれていた証拠だ。」

「それなら更に深く掘り下げれば良いのですか?」

リリスの問い掛けにカラスはうんうんと頷いた。

その仕草を見たリリスは噴水の縁から地下を覗き込み、魔力の触手を数本伸ばして地下にそれを打ち込んだ。
枯れていない地下の水脈までは100mほどだ。
その上層は水を通さない粘土質である事が分かる。
リリスはそれを知った上で土魔法の魔力を魔力の触手に注ぎ込み、水脈までの土質を浸透性の高いものに変えると、僅か5分ほどで噴水の内部に水が貯まり始めた。それと共にブーンと言う何かの起動音が鳴り、噴水の縁の下部にいくつもの仄かな明かりが見え始めた。

「水が満ちてきたので、噴水の縁に仕込まれた魔道具が起動し始めたのだよ。その魔道具は夜のライトアップ用のものと、複数の水路に水を誘導する為のものだ。いずれも設置したのは儂だがね。」

ああ、そうだったのね。
それでオルヴィス様はこの噴水に詳しいんだわ。

「リリス、念のために魔道具の魔石にお前の魔力を注いでくれ。そうすれば当分の間は起動し続けるだろう。」

オルヴィスの言葉を受けて、リリスは噴水の周囲を歩きながら、ところどころに設置された魔道具の魔石に魔力を注ぎ込んだ。
リリスの魔力を注がれ、魔道具は安定した動きを見せている。

「フィリスが水の豊かな都市として蘇る第一歩だな。リリス、感謝するぞ。」

オルヴィスの言葉にリリスはハイと答えて笑顔で頷いた。

せっかくなので噴水の朽ちた石材も修復し、表面の石質を化粧板のように変化させると、噴水は一段とその存在感を増した。
これも都市再生のための足掛かりになる。
そう思ってリリスは噴水のそばを離れ、ケネスに近づいて尋ねた。

「先ほどから気になっていたんですが、あの大きな樹木は何かの記念樹ですか?」

リリスの目線を追うように、ケネスは空地の奥にある巨木に目を向けた。

「あれはドルキア帝国時代に、魔族の攻撃からこの街を守り抜いた戦勝記念の樹木だと聞いているよ。そうですよね?」

ケネスはそう言いながら、オルヴィスの使い魔のカラスに話を振った。
だがカラスは首を横に振った。

「あの樹木は戦勝記念のものではない。ドルキア帝国時代に召喚された勇者レッドが異世界から持ち込み、あそこに植えたと聞いているぞ。」

えっ?
勇者レッドが持ち込んだの?

オルヴィスの言葉に驚いて、リリスは巨木に向かって駆け出した。

近づいてみるとその大きさが目の前に迫ってくる。
だがどこかで見たような巨木だ。

これって…桜じゃないの?

数百年にわたって魔素を地中から吸い込み、その姿も変容しているはずだが、それでも桜の特徴が目に付く。
それは同じ世界の出身であるリリスでなければ分からない事なのだが。

今のこの世界に桜は見当たらない。
それゆえに一層この巨木の存在が奇異に見える。

勇者レッドがこの世界に持ち込んだと聞き、リリスは自分の小学生の頃のことを思い出した。
勇者レッド、すなわちリリスの幼馴染の亮一が中学校の入学式の直前に突然失踪した。
それがこの世界への召喚であったと分かったのは、新入生の時のサラの召喚術の暴走の際だ。

亮一の祖父は彼の実家の近くに住み、広い庭の手入れが趣味だった。
亮一もそんな祖父が好きで、祖父に頼まれて度々ホームセンターに苗木を買いに行っていた事をリリスは思い出した。

あの時、召喚時に、亮一は塾から帰る自転車のカゴに桜の苗木を積んでいたに違いないわ。
それで大好きだったおじいちゃんを思い出して、ここに植えたのかも知れない。

そう思うと目頭が熱くなってくる。

リリスは朽ちかけた幹の木肌に触れ、いつくしむように魔力を流した。
巨木はその魔力を受けて何か反応しようとしている。
それを受け止めたようにリリスの二の腕が熱くなってきた。
リリスの腕に刻まれた3つの小さな黒点が疼いている。

それを反射的に擦ると突然、前触れもなく世界樹の加護が発動し始めた。

えっ!
拙いわよ。
世界樹の加護にはロキ様から発動制限を掛けられていたはずなのに。


焦るリリスの目の前に小さな光点が現れた。それは徐々に姿を変え、人の姿に変わっていく。
目の前に現れたのは緑色の肌を持つドライアドだ。

これって世界樹の人族との接触用の端末じゃないの。
どうして世界樹が関与しようとしているの?

驚くリリスの目の前に、緑色のドライアドは静かに近づいてきたのだった。









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