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古都再生1
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ある日の夜。
リリスはメリンダ王女に呼び出された。
何時ものように学生寮の最上階に向かうと、メイド長のセラのチェックを受け、彼女の部下のメイドの案内で王女の部屋に向かう。
ドアを開けて貰い、挨拶をしながら中に入ると、メリンダ王女とフィリップ王子が仲良くソファに座っていた。
その目の前のテーブルの上に白いリスが居る。
ロイヤルガードの責任者のリノの使い魔だ。
どうしてリノが使い魔の状態でここに居るの?
不思議に思いながらも王女達の対面に座ると、リリスの目の前に白いリスが近付いて頭を下げた。
挨拶をしたつもりなのだろう。
「リノがリリスに聞きたい事があるって言うのよ。それでここに使い魔を召喚したんだけどね」
メリンダ王女の言葉に首を傾げつつ、リリスは白いリスに念話を送った。
(どうしたの? 聞きたい事があるのなら普通に念話で聞けば良いのに。)
(お手間を取らせて申し訳ありません。王族の方達にも私からの用件を知っていただきたかったものですから。)
随分大袈裟な事ね。
(それでどうしたって言うの?)
リリスの念話にリノは少し間を置いて尋ねてきた。
(実はリリス様から得体の知れない気配を感じて、ロイヤルガード達も首を傾げていたのです。)
(得体の知れない気配?)
(はい。以前にもリリス様から竜の気配を感じたり、高位の魔物の気配を感じたりする事はありました。ですが今回は私達にも判別が出来ず、王族に近づけて良いものか否かとの議論まで出てきてしまいまして・・・・・)
そんなに大事になっているの?
それにしても何の気配なのよ?
(私には何の自覚も無いんだけど、私から感じる得体の知れない気配って、覇竜や暗黒竜や魔物では無いのね?)
(はい。何かがリリス様の足首に纏わり付いているような気配なのですが・・・・・)
うっ!
それって眷属化しつつある、あの三毛猫の事?
確かに最適化スキルの奮闘で私のスキルになりつつあるけど、そもそもが元の世界から紐づけられた呪詛の様なものだったわよね。
それが実体化してきたので、気配を漂わせ始めたのかしら?
リリスはリノの念話にう~んと唸って考え込んだ。
その様子を見てメリンダ王女も少し心配そうな表情を見せた。
「リリス。リノからの用件はあらかじめ聞いたんだけど、もしかして呪いでも受けちゃったの?」
メリンダ王女の言葉にリリスは笑いながら首を横に振った。
「違うのよ、メル。心配しないで。このところ時空に歪に巻き込まれる事が数度あって、不思議な眷属を手に入れただけなのよ。」
リリスの返答にメリンダ王女は眉をひそめた。
「時空の歪って何度も巻き込まれるようなものなの? あんたって私達の知らないところで何をしているの?」
「それは成り行きでね。イオニアに行った時も闇の神殿の遺跡で体験したし・・・」
何とも説明の仕様の無い出来事である。
リリスとしても曖昧に、漠然と、話を纏めるしかない状況だ。
「まあ、何だか良く分からないけど、変な眷属を連れて来たって事なのね。」
「変な眷属って言うか、異世界の生物と言った方が良いかも。」
リリスの言葉に今度はフィリップ王子が眉をひそめた。
「危険なものじゃ無いだろうね。」
「ああ、それは大丈夫です。人に害は与えません。リノの使い魔より一回り大きいサイズで、ただゴロゴロと纏わりつくだけで何もしませんから・・・・・」
話の要領が掴めない。
リリスの返答にフィリップ王子は首を傾げるだけだ。
メリンダ王女も面倒臭く成って来た様で、これまでの話を纏めに掛かった。
「とりあえず危険なものじゃないのなら、ここで出して見せてよ。それでリノも安心するだろうしね。」
「うん。分かったわ。」
リリスはそう言うと、魔力を纏わらせた手で足首を軽く擦った。
その途端にリリスの足首から白い靄が立ち上がり、三毛猫がその姿を現わした。
三毛猫はソファに飛び乗り、リリスの横に密着し、身体を摺り寄せて来た。
ゴロゴロと喉を鳴らしながら、リリスの撫でる手に顔を摺り寄せている。
その仕草にメリンダ王女も頬を緩ませた。
「これって魔物? 随分可愛いじゃないの。」
「魔物じゃないのよね。猫って言うんだけど、愛玩動物って言うか、家畜みたいなものよ。」
愛玩動物と言う言葉はこの世界には無い。
その事にリリスは今になって気が付いた。
「魔物じゃないのなら火を吐いたり、雷撃を放つって事はしないのね?」
「ええ、ただ何もしないでいるだけよ。可愛がれば懐くけど、気まぐれで勝手気ままに生きているだけ。でも癒されるのよね。」
リリスはそう言いながら猫を自分の膝の上に移動させた。
猫はそのまま丸くなって眠そうにあくびを掻いている。
その猫の様子を見ながら、メリンダ王女はリリスの傍に近付いて来た。
「これって何だろう? 見ているだけで癒されるわ。」
「まあ、そう言う生物よ。メルも撫でてみる?」
リリスの言葉にメリンダ王女は恐る恐る手を伸ばし、猫の頭を軽く撫でた。
その柔らかな獣毛の感触が手に心地良い。
猫はその手をペロッと舐めた。
ヒヤッと嬌声を上げてメリンダ王女はその手を引っ込めたが、その表情には嫌がっている気配は無い。
メリンダ王女の目が笑っている。
「リノ。安心して良さそうよ。」
メリンダ王女の呼び掛けに、白いリスは頷き、猫の傍に近付いた。
猫は白いリスを見るとリリスの膝の上から降り、リスの傍に近付いてその前足をそっと伸ばした。
リスを襲うのかと一瞬驚いたリリスだが、猫は白いリスを抱きかかえ込み、ぺろぺろとリスの身体を舐め始めた。
親愛の情を示しているようだ。
白いリスは若干迷惑そうにしながらその姿を消していった。
リノも一安心したので通常の職務に戻ったのだろう。
猫はその場で身体を仰け反らせて伸びをし、大きなあくびを掻いてそのまま消えていった。
「実体化に時間制限があるのよね。今日はこれでお仕舞いなのよ。」
リリスの言葉にメリンダ王女はふうんと言いながらも、少し残念そうな表情を見せている。
そのメリンダ王女の表情がリリスには、おもちゃを取られた幼女のようにも思えた。
「それで、私を呼び出した用件って何なの?」
リリスの問い掛けに、そうそうと言いながらフィリップ王子が口を開いた。
「今回は僕の本国のドルキア王国へ君を招待しようと思ってね。」
フィリップ王子の言葉に何か含みがある。
「お兄様。リリスが不審に思っていそうだから、正直に話した方が良いわよ。」
メリンダ王女の言葉にフィリップ王子はそうだねと言いながら、ソファの上で姿勢を正した。
「単刀直入に話した方が良さそうだね。実はドルキアの古都フィリスの街並みの修復を父上から依頼されているんだ。それで君にも手伝って貰おうと思ってね。」
街並みの修復?
意外な言葉に眉をひそめるリリスである。
「古都フィリスはドルキアの南西部にあって、かつてはドルキア帝国の王都だった事もあるんだ。でも700年前に伝染病が蔓延して放棄されてしまった。その200後には伝染病の痕跡も無くなり、人が住み着くようにはなったんだけど、以前の繁栄は既に無くなり、小さな地方都市に転落してしまったままだ。建物も老朽化し、朽ち果てたものも多い。」
「ただ、国防上の要所に存在しているので、修復したいと言うのが現王家の意向でね。都市再生を願われているんだよ。」
フィリップ王子の話にリリスは自分との関連性が分からない。
「それで私に何をしろと言うんですか?」
率直に尋ねるリリスに、フィリップ王子は少し間を置いて口を開いた。
「建築関係の職人を多数動員して、街並みの修復はある程度進んでいる。だが帝国の王都だった頃の大きな建物を取り壊せなくて困っているんだ。」
「それを壊せって言うんですか?」
「いや。むしろ逆だよ。帝国当時の豪華な造りの建物が多く、出来れば修復したいと言うのが王家の意向だ。そこで君の出番なんだがね。」
建物を修復するの?
それこそ職人に任せれば良いのにとリリスは思った。
そのリリスの意思を見透かしたように、メリンダ王女が口を開いた。
「ドルキア王国には建築に携わる土魔法の達人が居るのよ。その人に任せても良い結果が出なかったの。その人の話では、ドルキア王家の要請に応じる為には、高度な土魔法の技量と豊富な魔力量が必要だって言うのよね。」
それで私に話を振って来たの?
意図をくみ取り呆れ顔のリリスに、フィリップ王子が申し訳なさそうな表情で口を開いた。
「まあとりあえず駄目元で良いから、やってみてくれないか? 褒賞ははずむよ。僕も引き受けた手前、後に引けなくてね。」
う~ん。
フィリップ殿下の尻拭いの様な気がする・・・。
若干暗鬱な気持ちになりながらも、リリスは一応承諾した。
凶悪な魔物退治よりはましだと思ったリリスである。
「ありがとう、リリス。日時は今度の休日ね。私も一緒に行くから。」
メリンダ王女の言葉にハイハイと生返事をして、リリスはその場を後にした。
そして迎えた休日。
リリスは王城の前の広場に迎えに来た軍用馬車に乗り込んだ。
その中にはフィリップ王子とメリンダ王女が座っている。
挨拶を交わして出発した馬車は転移門をくぐり、ドルキアの古都フィリスに転移した。
このフィリスに設置された転移門は仮設のもので、都市再生に向けての臨時の設備の一環だと言う。
軍用馬車から降りたリリスの目に映ったのは、古びた都市の姿である。
ここがかつての王都であったとは思えない衰退ぶりだ。
所々に朽ち果てて瓦礫になってしまっている建物も見える。
街路は広いが石畳も朽ちていて、馬車にとっては悪路としか言いようがない。
王都であった頃の中心街は人気も無く、大きな建物が不気味に立ち並んでいた。
そこに案内されたリリスは、まるで無人の街に来たような感覚さえ覚えた。
この都市に住んでいる人々は、都市の周縁部で細々と生計を立てているらしい。
都市の中心部にはあまり寄り付かないそうだ。
その話を聞きながらリリスは、街の中心部に人の寄り付かない理由が他にもありそうだと感じた。
若干不気味な気配を感じるからだ。
それが何かと断定は出来ないが、まるで呪いの様なものが微かに漂っている気がする。
普通の人では感知出来ないレベルだが、それでも忌避感を抱かせる要因にはなっていそうだ。
何となく違和感を感じる街だわね。
そう思いながらリリスはフィリップ王子達に従って、都市中央部の大きな建物の一つの前に案内された。
かなり古い建物だが、その造りは豪華である事が分かる。
四方の壁に壮大な装飾を施されたかまぼこ型の大きな建物で、その四隅には尖塔が建つ宮殿だ。
王都であった頃の名残とも言うべき建物なのだろう。
建物本体の高さは30mほどで、縦横が100m×40mほどの大きさだ。
これって取り壊す事自体が大変よね。
そう思いながらリリスはその建物を精査した。
建物内部に何か気になる反応がある。
これって何だろう?
微かな呪詛を感じたリリスであるが、魔装を発動させるほどのものではない。
周辺に居る人達にも影響を与えるようなレベルではないからだ。
フィリップ王子は、その建物の前で立っている一人の人物をリリスに紹介した。
それはケネスと言う名のドルキアの貴族で、都市建設に携わっている役職なのだと言う。
小太りで少しお腹が出ていて、チャーリーを思い出させるような風貌である。
フィリップ王子とメリンダ王女は別の用件があると言い、その場から去って行った。
午後には戻ってくるそうだ。
リリスは仕方なくケネスの指示を仰ぐことにした。
意外にもケネスは人当たりが良く腰の低い人物で、好感を持てる人物だと分かった。
土魔法に精通していると言うので、恐らくこの人物が高度な土魔法の技量と豊富な魔力量が必要だと、ドルキアの王家に吹き込んだ人物だろう。
だがケネスの人柄を見ていると、そこに悪意は無さそうだ。
純粋にそう感じたままを言葉にしたのだろう。
それに応じられそうな人物が居るとは思っていなかったに違いない。
厄介な事にならなければ良いんだけど・・・。
そう思いながら、リリスはケネスの案内で、古びた宮殿の内部に入っていったのだった。
リリスはメリンダ王女に呼び出された。
何時ものように学生寮の最上階に向かうと、メイド長のセラのチェックを受け、彼女の部下のメイドの案内で王女の部屋に向かう。
ドアを開けて貰い、挨拶をしながら中に入ると、メリンダ王女とフィリップ王子が仲良くソファに座っていた。
その目の前のテーブルの上に白いリスが居る。
ロイヤルガードの責任者のリノの使い魔だ。
どうしてリノが使い魔の状態でここに居るの?
不思議に思いながらも王女達の対面に座ると、リリスの目の前に白いリスが近付いて頭を下げた。
挨拶をしたつもりなのだろう。
「リノがリリスに聞きたい事があるって言うのよ。それでここに使い魔を召喚したんだけどね」
メリンダ王女の言葉に首を傾げつつ、リリスは白いリスに念話を送った。
(どうしたの? 聞きたい事があるのなら普通に念話で聞けば良いのに。)
(お手間を取らせて申し訳ありません。王族の方達にも私からの用件を知っていただきたかったものですから。)
随分大袈裟な事ね。
(それでどうしたって言うの?)
リリスの念話にリノは少し間を置いて尋ねてきた。
(実はリリス様から得体の知れない気配を感じて、ロイヤルガード達も首を傾げていたのです。)
(得体の知れない気配?)
(はい。以前にもリリス様から竜の気配を感じたり、高位の魔物の気配を感じたりする事はありました。ですが今回は私達にも判別が出来ず、王族に近づけて良いものか否かとの議論まで出てきてしまいまして・・・・・)
そんなに大事になっているの?
それにしても何の気配なのよ?
(私には何の自覚も無いんだけど、私から感じる得体の知れない気配って、覇竜や暗黒竜や魔物では無いのね?)
(はい。何かがリリス様の足首に纏わり付いているような気配なのですが・・・・・)
うっ!
それって眷属化しつつある、あの三毛猫の事?
確かに最適化スキルの奮闘で私のスキルになりつつあるけど、そもそもが元の世界から紐づけられた呪詛の様なものだったわよね。
それが実体化してきたので、気配を漂わせ始めたのかしら?
リリスはリノの念話にう~んと唸って考え込んだ。
その様子を見てメリンダ王女も少し心配そうな表情を見せた。
「リリス。リノからの用件はあらかじめ聞いたんだけど、もしかして呪いでも受けちゃったの?」
メリンダ王女の言葉にリリスは笑いながら首を横に振った。
「違うのよ、メル。心配しないで。このところ時空に歪に巻き込まれる事が数度あって、不思議な眷属を手に入れただけなのよ。」
リリスの返答にメリンダ王女は眉をひそめた。
「時空の歪って何度も巻き込まれるようなものなの? あんたって私達の知らないところで何をしているの?」
「それは成り行きでね。イオニアに行った時も闇の神殿の遺跡で体験したし・・・」
何とも説明の仕様の無い出来事である。
リリスとしても曖昧に、漠然と、話を纏めるしかない状況だ。
「まあ、何だか良く分からないけど、変な眷属を連れて来たって事なのね。」
「変な眷属って言うか、異世界の生物と言った方が良いかも。」
リリスの言葉に今度はフィリップ王子が眉をひそめた。
「危険なものじゃ無いだろうね。」
「ああ、それは大丈夫です。人に害は与えません。リノの使い魔より一回り大きいサイズで、ただゴロゴロと纏わりつくだけで何もしませんから・・・・・」
話の要領が掴めない。
リリスの返答にフィリップ王子は首を傾げるだけだ。
メリンダ王女も面倒臭く成って来た様で、これまでの話を纏めに掛かった。
「とりあえず危険なものじゃないのなら、ここで出して見せてよ。それでリノも安心するだろうしね。」
「うん。分かったわ。」
リリスはそう言うと、魔力を纏わらせた手で足首を軽く擦った。
その途端にリリスの足首から白い靄が立ち上がり、三毛猫がその姿を現わした。
三毛猫はソファに飛び乗り、リリスの横に密着し、身体を摺り寄せて来た。
ゴロゴロと喉を鳴らしながら、リリスの撫でる手に顔を摺り寄せている。
その仕草にメリンダ王女も頬を緩ませた。
「これって魔物? 随分可愛いじゃないの。」
「魔物じゃないのよね。猫って言うんだけど、愛玩動物って言うか、家畜みたいなものよ。」
愛玩動物と言う言葉はこの世界には無い。
その事にリリスは今になって気が付いた。
「魔物じゃないのなら火を吐いたり、雷撃を放つって事はしないのね?」
「ええ、ただ何もしないでいるだけよ。可愛がれば懐くけど、気まぐれで勝手気ままに生きているだけ。でも癒されるのよね。」
リリスはそう言いながら猫を自分の膝の上に移動させた。
猫はそのまま丸くなって眠そうにあくびを掻いている。
その猫の様子を見ながら、メリンダ王女はリリスの傍に近付いて来た。
「これって何だろう? 見ているだけで癒されるわ。」
「まあ、そう言う生物よ。メルも撫でてみる?」
リリスの言葉にメリンダ王女は恐る恐る手を伸ばし、猫の頭を軽く撫でた。
その柔らかな獣毛の感触が手に心地良い。
猫はその手をペロッと舐めた。
ヒヤッと嬌声を上げてメリンダ王女はその手を引っ込めたが、その表情には嫌がっている気配は無い。
メリンダ王女の目が笑っている。
「リノ。安心して良さそうよ。」
メリンダ王女の呼び掛けに、白いリスは頷き、猫の傍に近付いた。
猫は白いリスを見るとリリスの膝の上から降り、リスの傍に近付いてその前足をそっと伸ばした。
リスを襲うのかと一瞬驚いたリリスだが、猫は白いリスを抱きかかえ込み、ぺろぺろとリスの身体を舐め始めた。
親愛の情を示しているようだ。
白いリスは若干迷惑そうにしながらその姿を消していった。
リノも一安心したので通常の職務に戻ったのだろう。
猫はその場で身体を仰け反らせて伸びをし、大きなあくびを掻いてそのまま消えていった。
「実体化に時間制限があるのよね。今日はこれでお仕舞いなのよ。」
リリスの言葉にメリンダ王女はふうんと言いながらも、少し残念そうな表情を見せている。
そのメリンダ王女の表情がリリスには、おもちゃを取られた幼女のようにも思えた。
「それで、私を呼び出した用件って何なの?」
リリスの問い掛けに、そうそうと言いながらフィリップ王子が口を開いた。
「今回は僕の本国のドルキア王国へ君を招待しようと思ってね。」
フィリップ王子の言葉に何か含みがある。
「お兄様。リリスが不審に思っていそうだから、正直に話した方が良いわよ。」
メリンダ王女の言葉にフィリップ王子はそうだねと言いながら、ソファの上で姿勢を正した。
「単刀直入に話した方が良さそうだね。実はドルキアの古都フィリスの街並みの修復を父上から依頼されているんだ。それで君にも手伝って貰おうと思ってね。」
街並みの修復?
意外な言葉に眉をひそめるリリスである。
「古都フィリスはドルキアの南西部にあって、かつてはドルキア帝国の王都だった事もあるんだ。でも700年前に伝染病が蔓延して放棄されてしまった。その200後には伝染病の痕跡も無くなり、人が住み着くようにはなったんだけど、以前の繁栄は既に無くなり、小さな地方都市に転落してしまったままだ。建物も老朽化し、朽ち果てたものも多い。」
「ただ、国防上の要所に存在しているので、修復したいと言うのが現王家の意向でね。都市再生を願われているんだよ。」
フィリップ王子の話にリリスは自分との関連性が分からない。
「それで私に何をしろと言うんですか?」
率直に尋ねるリリスに、フィリップ王子は少し間を置いて口を開いた。
「建築関係の職人を多数動員して、街並みの修復はある程度進んでいる。だが帝国の王都だった頃の大きな建物を取り壊せなくて困っているんだ。」
「それを壊せって言うんですか?」
「いや。むしろ逆だよ。帝国当時の豪華な造りの建物が多く、出来れば修復したいと言うのが王家の意向だ。そこで君の出番なんだがね。」
建物を修復するの?
それこそ職人に任せれば良いのにとリリスは思った。
そのリリスの意思を見透かしたように、メリンダ王女が口を開いた。
「ドルキア王国には建築に携わる土魔法の達人が居るのよ。その人に任せても良い結果が出なかったの。その人の話では、ドルキア王家の要請に応じる為には、高度な土魔法の技量と豊富な魔力量が必要だって言うのよね。」
それで私に話を振って来たの?
意図をくみ取り呆れ顔のリリスに、フィリップ王子が申し訳なさそうな表情で口を開いた。
「まあとりあえず駄目元で良いから、やってみてくれないか? 褒賞ははずむよ。僕も引き受けた手前、後に引けなくてね。」
う~ん。
フィリップ殿下の尻拭いの様な気がする・・・。
若干暗鬱な気持ちになりながらも、リリスは一応承諾した。
凶悪な魔物退治よりはましだと思ったリリスである。
「ありがとう、リリス。日時は今度の休日ね。私も一緒に行くから。」
メリンダ王女の言葉にハイハイと生返事をして、リリスはその場を後にした。
そして迎えた休日。
リリスは王城の前の広場に迎えに来た軍用馬車に乗り込んだ。
その中にはフィリップ王子とメリンダ王女が座っている。
挨拶を交わして出発した馬車は転移門をくぐり、ドルキアの古都フィリスに転移した。
このフィリスに設置された転移門は仮設のもので、都市再生に向けての臨時の設備の一環だと言う。
軍用馬車から降りたリリスの目に映ったのは、古びた都市の姿である。
ここがかつての王都であったとは思えない衰退ぶりだ。
所々に朽ち果てて瓦礫になってしまっている建物も見える。
街路は広いが石畳も朽ちていて、馬車にとっては悪路としか言いようがない。
王都であった頃の中心街は人気も無く、大きな建物が不気味に立ち並んでいた。
そこに案内されたリリスは、まるで無人の街に来たような感覚さえ覚えた。
この都市に住んでいる人々は、都市の周縁部で細々と生計を立てているらしい。
都市の中心部にはあまり寄り付かないそうだ。
その話を聞きながらリリスは、街の中心部に人の寄り付かない理由が他にもありそうだと感じた。
若干不気味な気配を感じるからだ。
それが何かと断定は出来ないが、まるで呪いの様なものが微かに漂っている気がする。
普通の人では感知出来ないレベルだが、それでも忌避感を抱かせる要因にはなっていそうだ。
何となく違和感を感じる街だわね。
そう思いながらリリスはフィリップ王子達に従って、都市中央部の大きな建物の一つの前に案内された。
かなり古い建物だが、その造りは豪華である事が分かる。
四方の壁に壮大な装飾を施されたかまぼこ型の大きな建物で、その四隅には尖塔が建つ宮殿だ。
王都であった頃の名残とも言うべき建物なのだろう。
建物本体の高さは30mほどで、縦横が100m×40mほどの大きさだ。
これって取り壊す事自体が大変よね。
そう思いながらリリスはその建物を精査した。
建物内部に何か気になる反応がある。
これって何だろう?
微かな呪詛を感じたリリスであるが、魔装を発動させるほどのものではない。
周辺に居る人達にも影響を与えるようなレベルではないからだ。
フィリップ王子は、その建物の前で立っている一人の人物をリリスに紹介した。
それはケネスと言う名のドルキアの貴族で、都市建設に携わっている役職なのだと言う。
小太りで少しお腹が出ていて、チャーリーを思い出させるような風貌である。
フィリップ王子とメリンダ王女は別の用件があると言い、その場から去って行った。
午後には戻ってくるそうだ。
リリスは仕方なくケネスの指示を仰ぐことにした。
意外にもケネスは人当たりが良く腰の低い人物で、好感を持てる人物だと分かった。
土魔法に精通していると言うので、恐らくこの人物が高度な土魔法の技量と豊富な魔力量が必要だと、ドルキアの王家に吹き込んだ人物だろう。
だがケネスの人柄を見ていると、そこに悪意は無さそうだ。
純粋にそう感じたままを言葉にしたのだろう。
それに応じられそうな人物が居るとは思っていなかったに違いない。
厄介な事にならなければ良いんだけど・・・。
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