280 / 321
来年度の入学生2
しおりを挟む
来年度の新入生の学内見学。
サリナの実家の出自を聞いて、リリスはレイブン諸島の事が思い起こされた。
ラダムが引き起こした召喚儀式の事故の件は、サリナは聞かされていないかも知れない。
それに1000年も前の事だ。
その当時の事はサリナの実家のクロード家にしても、詳細には知らされていないだろう。
そのうちに話す機会もあるかもね。
そう思ってリリスはその件には言及しないようにした。
だが、レイブン諸島出身の行商人のキリルの事まで隠す必要は無い。
リリスはキリルがミラ王国内で取引を始めたフリックス家の事や、玉鋼や、見た目がどら焼きそのもののお菓子ドーラの事もサリナに伝えた。
リリスの言葉にサリナはええっ!と驚いて目を丸くした。
「ドーラをご存じなんですか! あのお菓子は私の実家でも食べる機会がほとんど無いんです。」
「レイブン諸島出身の行商人の方が、遠くミラ王国にまで取引に来ているとは知りませんでした。ぜひクロード領にも来て貰いたいですね。」
サリナの鼻息が荒い。
余程ドーラに思い入れがあるのだろう。
そのうちに紹介するわよと話しながら、リリスはサリナの学内見学を続けた。
見学は学舎内だけでなく、学生寮にまで及ぶ。
魔法学院に入学となれば、当然ながら寮生活になるからだ。
サリナを学生寮に案内したリリスは自分の部屋にサリナを通した。
部屋の中の設備を見せてあげようとしたのだが、ドアの前に立つと部屋の中から複数の人の気配が感じられる。
拙いわね。
でも亜神の気配はしないから大丈夫かしら?
おずおずと扉を開くと複数の声が聞こえて来た。
「「「お帰り!」」」
部屋の中に居たのはサラと2体の紫色の使い魔である。
紫色のガーゴイルはユリアスの使い魔であり、紫色のフクロウはラダムの使い魔だ。
「ラダム様に召喚術の事で相談していたのよ。」
サラはそう言うとリリスの後ろに居るサリナに目を向けた。
「その子は?」
「ああ、来年度の新入生の学内見学なのよ。」
リリスの言葉にサリナが続く。
「サリナ・パール・クロードです。よろしくお願いします。」
ぺこりと頭を下げるとサリナは2体の使い魔に目を向けた。
「この使い魔は誰なんですか? まさか魔法学院の先生じゃ無いですよね。自室で補講とか・・・」
「違うわよ。リリス、説明してあげてよ。」
サラの言葉に応じてリリスは口を開いた。
「ガーゴイルは私の先祖で賢者のユリアス様。フクロウはサラの先祖で賢者のラダム様なのよ。不審者扱いされると困るので使い魔の姿で来ているだけよ。」
そう言いながらリリスはサラに目を向けた。
「相談事があってラダム様を呼び出したのね。どうしたの?」
リリスの問い掛けにサラはバツの悪そうな表情を見せた。
「うん。実はまた変な物を召喚しちゃってね。どうしようかと迷って、ラダム様に聞いてみようと思ったの。」
サラの言葉に紫色のフクロウがうんうんと頷いた。
「そうなのだよ。だが儂の知る範疇にも収まらない妖魔を召喚したようだ。ユリアス殿も知らないと言うので、儂としてもどうしたら良いものかと困っていたところだ。それほど大したものでなければ、召喚を解除してしまう方が良いのかも知れん。」
ラダムの言葉を聞いてリリスはサラに問い掛けた。
「それで何を召喚したの?」
「それがねえ・・・」
サラは一呼吸間を置いた。
「見た目はさえない爺さんなのよ。自分にはたくさんの配下が居るって言うんだけどね。」
「その妖魔って何て名前なの?」
「それがまた変な名前でね。ぬらりひょんって名乗っていたわ。」
ぬらりひょん!
ちょっと待ってよ。
そんなものが現実に居るの?
ぬらりひょんと言えば、百鬼夜行の親玉の妖怪じゃないのよ。
サラったらデュラハンや死神を召喚しただけでなく、ぬらりひょんまで召喚したのね。
本気で死霊の親玉にでもなるつもりかしら?
リリスはふうっとため息をついて口を開いた。
「サラ。おめでとう。それって大当たりよ。ぬらりひょんと言えば、様々な能力を持つ妖魔100体の親玉だわ。」
「そうなの? それじゃあ眷属化した方が良いのかしら?」
「勿論よ。小さな軍団を手に入れたようなものだわ。アンデッド相手なら無双してくれるわよ。」
リリスの言葉にサラは嬉しそうにうんうんと頷いた。
「よくそんなものを知っておるな、リリス。」
紫色のガーゴイルが感心してリリスに話し掛けた。
まあ、まさか元の世界から召喚したんじゃ無いわよね。
元の世界に似た別の世界から召喚したとしか思えないんだけど・・・。
そう思いながらサリナに目を向けると、サリナは蚊帳の外に置かれた様な状態だ。
「あのう・・・。先輩の部屋には、賢者様が2人も出入りされているんですか?」
サリナの言葉に応えようとしたその時、コンコンとドアがノックされ、何者かが部屋に入って来た。
「リリス。お邪魔するよ。」
「リリス。お邪魔するわよ。」
入って来たのは肩に芋虫を生やした小人だった。
ちょっと待ってよ!
どうしてこのタイミングで入ってくるのよ。
若干眩暈を感じたリリスに構わず、小人はソファにドカッと座った。
「ああ、ユリアス様もラダム様も来ておられたのですね。」
小人の言葉に紫色のガーゴイルとフクロウは頭を下げて挨拶をした。
「あれっ? リリス。その子は誰?」
芋虫の言葉にサリナは即答した。
「来年度入学予定のサリナ・パール・クロードです。今日は学内見学でリリス先輩に案内していただいています。」
「よろしくお願いします。」
ハキハキと答えて頭を下げるサリナ。
その姿は好印象を与える。
サリナはリリスに向かって小声で問い掛けた。
「この使い魔はどなたですか? どこかの賢者様?」
「違うわよ。ここに居るのは・・・」
リリスが答えようとする矢先に小人と芋虫が声をあげた。
「僕はフィリップです。」
「私はメリンダよ。」
二人の言葉にサリナは首を傾げた。
「どこかで聞いた様なお名前なんですが・・・」
リリスに小声で問い掛けると、リリスはぷっと吹き出してしまった。
「小人はドルキア王国のフィリップ殿下、芋虫は我が国の王家のメリンダ王女なのよ。」
リリスの言葉にサリナはひええっ!と声をあげて驚き、リリスの後ろに引き下がってしまった。
その場でひれ伏してしまいそうな状況である。
「サリナって言ったわね。学内ではそんなに堅苦しくしなくても良いわよ。私もここの学生なんだからね。」
「それにリリスの部屋にはあんたが想像も出来ないような連中すら集まってくるからね。」
芋虫の言葉にサリナは意味が分からずキョトンとしていた。
「メル。そんな事を今、この子に言っても理解出来ないよ。」
小人の言葉に芋虫はそうねと言いながら、その単眼でサリナの顔を見つめた。
「クロード家の長女なのね。あんたのお兄さん達は軍でも活躍しているわよ。2人とも元々の身体能力がずば抜けている上に、強化魔法が得意で武術も達人レベルだからねえ。」
芋虫の言葉にサリナは恐縮して頭を下げた。
「ユリアス様はクロードの名をご存知ですか?」
小人の言葉にガーゴイルがうんうんと頷いた。
「クロードと言えばサイモン・クロードでしょうな。懐かしい名だ。ミラ王国の内乱の時のサイモンやその仲間の活躍は儂も良く覚えていますよ。諜報活動に長け、敵地侵入や破壊工作、要人の暗殺等、彼等の暗躍は守旧派の大きな力になった。その功績もあってサイモンは領地を賜ったのですな?」
ガーゴイルの言葉に芋虫が首を縦に振った。
「そのはずよ。でもかなりの僻地だけどね。」
「まあ、それはサイモン達の持つ力を恐れての事でしょうな。あまり王都には近付けておきたくないと、当時の王家が感じたのかも知れん。」
ガーゴイルの言葉にサリナが神妙な表情を見せた。
それを察して芋虫が口を開いた。
「内乱を平定したばかりの王家にしてみれば、そんな杞憂もあったのかもね。でもクロード家はそれ以降、王家に対しては余りあるほどに貢献してくれて来たわよ。」
芋虫の気遣いの言葉にサリナの表情は一瞬で明るくなった。
表情がコロコロと変わるのは、思春期の少女の特徴だと言っても良いだろう。
その様子を見てリリスも心を和ませた。
「ところで今日はどうしたの? わざわざ私の部屋に来るなんて。」
リリスの問い掛けに芋虫はスッと背を伸ばした。
「そうそう、忘れていたわ。リゾルタからの伝令が届いて、アイリスお姉様が第二子を懐妊されたそうよ。」
芋虫の言葉にその場の一同が慶祝の声をあげた。
「「「「おめでとうございます!」」」」
その雰囲気でメリンダ王女も気分を良くしたのだろう。
芋虫が小人の肩の上で身体を横に振りながら、感謝の言葉を発した。
「みんな、ありがとう。それでね、リゾルタにお祝いに行く事になったから、リリスにも伝えに来たのよ。」
「私も行くの?」
リリスの問い掛けに芋虫は即座に、
「当たり前でしょ! リゾルタの王家からリリスは名指しで招待されているわよ。」
そう言ってふん!と荒い息を吐いた。
その様子を見てハハハと笑いながら、小人が口を開いた。
「ライオネス国王もリリスには色々と恩義を感じているんだよ。」
「長らく子宝に恵まれなかったお二人の間に第二子まで授かったのは、リリスとユリアス様による呪いの解呪のお陰だと感謝しておられるからね。」
小人の言葉にガーゴイルが嬉しそうに翼を羽ばたかせた。
「そうでしたか。それは良かった。」
ガーゴイルの言葉を受けて小人が笑顔を向けた。
「その通りですよ、ユリアス様。特にリリスについては、『豊穣の神殿が送って来た女神』だと、ライオネス国王は認識していますからね。」
どうしてそうなるのよ?
買い被り過ぎだわ。
リリスの思いとは裏腹にユリアスも話に尾ひれを付け始めた。
「それならリリスを主宰神にして、大規模な祭祀を執り行ってみようかね。」
「以前から豊穣の神殿に主宰神を設けるのは得策だと思っていたんじゃよ。」
ガーゴイルの言葉に芋虫が問い掛けた。
「豊穣の神殿の主宰神って豊穣の女神って事ですか?」
「そうですな。まあ、生命の豊穣を司るのだから、産土神で良いのではないですかな。」
ちょっと待ってよ、ユリアス様!
何を言ってるのよ。
ガーゴイルの言葉にリリスは戸惑った。
それと同時に身体中が疼いて来るのを感じた。
まるで産土神のスキルの発動を準備しているかのような魔力の流れだ。
拙いわね。
産土神と言う言葉に敏感になっているのかしら?
こんなところで発動させるはずがないのに。
それにロキ様によって産土神のスキルは発動を制限されているはず・・・・。
困惑するリリス。
ユリアスはそのリリスの心中を知らず、メリンダ王女達とお喋りを始めた。
その間に身体の状態を落ち着かせる事が出来たのは、リリスにとってありがたい事だったと言えよう。
だがこのタイミングで何故か解析スキルが発動してしまった。
急にどうしたの?
『世界樹の加護に含まれている産土神関連のスキルが、何故か発動の気配を見せました。』
それは分かっているわよ。
私が産土神と言う言葉に敏感になっているからだと思うんだけど・・・。
『それはそれで止むを得ない事だと思います。発動記録が残ってしまっていますからね。』
ああ、それもシーナさんから聞いているわよ。向こうの世界で目一杯発動させちゃったからね。
『それだけなら良いのですが・・・』
どうしたのよ?
言葉の歯切れが悪いわね。
『実は産土神関連のスキルの発動の気配に紛れて、別のスキルがこっそりと発動の気配を窺っていたのです。』
えっ!
それって何のスキルなの?
こっそりと発動の気配を探るスキルなんてあったかしら?
あるとしたらまるでスパイウェアを埋め込まれた様なものじゃないの?
『その表現はあながち間違っていないかも知れません。そのスキルは・・・異世界通行手形です。』
うっ!
それってどうして・・・。
もしかして私とサリナの邂逅が要因なの?
『その可能性もあります。ただ、このスキルは入手経路から正体不明の要素がありましたので。スキルと言う形で収まっているものの、偽装されている可能性も全く無いとは言えませんからね。』
『とりあえず現在は一旦、発動停止状態にしておきました。』
ああ、ありがとう。それが良いわね。
発動停止状態には出来るのね?
『今のところ可能だとしか言いようがありません。』
分かったわ。何かあったらまた教えてね。
リリスは解析スキルを解除し、深呼吸をして気持ちを整えた。
その間、ガーゴイルと話し込んでいた芋虫と小人は用件が済んだので、そそくさと帰り支度をし始めた。
「リリス。日程が決まればまた連絡するからね。」
「以前と違ってイオニアに転移門があるから、リゾルタには日帰りでも行けるわよ。長旅にはならないからそのつもりでね。」
そう言いながら、芋虫と小人はソファの上から消えていった。
それに合わせるようにガーゴイルとフクロウも消えていった。
後に残っているのはこの部屋の住人であるリリスとサラ、そして再度蚊帳の外状態のサリナである。
「サリナは今夜は何処に泊まるの?」
サラの問い掛けにサリナはフッと笑みを漏らした。
「今夜は兄達の居る軍の宿舎で泊まる事になっています。迎えの馬車が来れば、教えてもらえる事になっているんです。」
兄達と会えるのが嬉しいのだろう。
サリナの表情が嬉々としている。
「それならそれまでの間、地下の食堂で待機していましょうか。この時間だから少しお腹が空いたでしょ?」
リリスの言葉にサリナは申し訳なさそうに頷き、二人は部屋の外に出た。
その時リリスはふと違和感を感じた。
何かが気配を消して自分の目の前を通り過ぎたような気がしたのだ。
えっ?
何だろう?
そう思った瞬間、目の前の光景が色を失い、モノクロの映画の様な情景になってしまった。
驚いてサリナの方を見ると、その動きが固まっている。
動いているのは自分だけなのか?
予期せぬ状況に、リリスは言葉も無く困惑していたのだった。
サリナの実家の出自を聞いて、リリスはレイブン諸島の事が思い起こされた。
ラダムが引き起こした召喚儀式の事故の件は、サリナは聞かされていないかも知れない。
それに1000年も前の事だ。
その当時の事はサリナの実家のクロード家にしても、詳細には知らされていないだろう。
そのうちに話す機会もあるかもね。
そう思ってリリスはその件には言及しないようにした。
だが、レイブン諸島出身の行商人のキリルの事まで隠す必要は無い。
リリスはキリルがミラ王国内で取引を始めたフリックス家の事や、玉鋼や、見た目がどら焼きそのもののお菓子ドーラの事もサリナに伝えた。
リリスの言葉にサリナはええっ!と驚いて目を丸くした。
「ドーラをご存じなんですか! あのお菓子は私の実家でも食べる機会がほとんど無いんです。」
「レイブン諸島出身の行商人の方が、遠くミラ王国にまで取引に来ているとは知りませんでした。ぜひクロード領にも来て貰いたいですね。」
サリナの鼻息が荒い。
余程ドーラに思い入れがあるのだろう。
そのうちに紹介するわよと話しながら、リリスはサリナの学内見学を続けた。
見学は学舎内だけでなく、学生寮にまで及ぶ。
魔法学院に入学となれば、当然ながら寮生活になるからだ。
サリナを学生寮に案内したリリスは自分の部屋にサリナを通した。
部屋の中の設備を見せてあげようとしたのだが、ドアの前に立つと部屋の中から複数の人の気配が感じられる。
拙いわね。
でも亜神の気配はしないから大丈夫かしら?
おずおずと扉を開くと複数の声が聞こえて来た。
「「「お帰り!」」」
部屋の中に居たのはサラと2体の紫色の使い魔である。
紫色のガーゴイルはユリアスの使い魔であり、紫色のフクロウはラダムの使い魔だ。
「ラダム様に召喚術の事で相談していたのよ。」
サラはそう言うとリリスの後ろに居るサリナに目を向けた。
「その子は?」
「ああ、来年度の新入生の学内見学なのよ。」
リリスの言葉にサリナが続く。
「サリナ・パール・クロードです。よろしくお願いします。」
ぺこりと頭を下げるとサリナは2体の使い魔に目を向けた。
「この使い魔は誰なんですか? まさか魔法学院の先生じゃ無いですよね。自室で補講とか・・・」
「違うわよ。リリス、説明してあげてよ。」
サラの言葉に応じてリリスは口を開いた。
「ガーゴイルは私の先祖で賢者のユリアス様。フクロウはサラの先祖で賢者のラダム様なのよ。不審者扱いされると困るので使い魔の姿で来ているだけよ。」
そう言いながらリリスはサラに目を向けた。
「相談事があってラダム様を呼び出したのね。どうしたの?」
リリスの問い掛けにサラはバツの悪そうな表情を見せた。
「うん。実はまた変な物を召喚しちゃってね。どうしようかと迷って、ラダム様に聞いてみようと思ったの。」
サラの言葉に紫色のフクロウがうんうんと頷いた。
「そうなのだよ。だが儂の知る範疇にも収まらない妖魔を召喚したようだ。ユリアス殿も知らないと言うので、儂としてもどうしたら良いものかと困っていたところだ。それほど大したものでなければ、召喚を解除してしまう方が良いのかも知れん。」
ラダムの言葉を聞いてリリスはサラに問い掛けた。
「それで何を召喚したの?」
「それがねえ・・・」
サラは一呼吸間を置いた。
「見た目はさえない爺さんなのよ。自分にはたくさんの配下が居るって言うんだけどね。」
「その妖魔って何て名前なの?」
「それがまた変な名前でね。ぬらりひょんって名乗っていたわ。」
ぬらりひょん!
ちょっと待ってよ。
そんなものが現実に居るの?
ぬらりひょんと言えば、百鬼夜行の親玉の妖怪じゃないのよ。
サラったらデュラハンや死神を召喚しただけでなく、ぬらりひょんまで召喚したのね。
本気で死霊の親玉にでもなるつもりかしら?
リリスはふうっとため息をついて口を開いた。
「サラ。おめでとう。それって大当たりよ。ぬらりひょんと言えば、様々な能力を持つ妖魔100体の親玉だわ。」
「そうなの? それじゃあ眷属化した方が良いのかしら?」
「勿論よ。小さな軍団を手に入れたようなものだわ。アンデッド相手なら無双してくれるわよ。」
リリスの言葉にサラは嬉しそうにうんうんと頷いた。
「よくそんなものを知っておるな、リリス。」
紫色のガーゴイルが感心してリリスに話し掛けた。
まあ、まさか元の世界から召喚したんじゃ無いわよね。
元の世界に似た別の世界から召喚したとしか思えないんだけど・・・。
そう思いながらサリナに目を向けると、サリナは蚊帳の外に置かれた様な状態だ。
「あのう・・・。先輩の部屋には、賢者様が2人も出入りされているんですか?」
サリナの言葉に応えようとしたその時、コンコンとドアがノックされ、何者かが部屋に入って来た。
「リリス。お邪魔するよ。」
「リリス。お邪魔するわよ。」
入って来たのは肩に芋虫を生やした小人だった。
ちょっと待ってよ!
どうしてこのタイミングで入ってくるのよ。
若干眩暈を感じたリリスに構わず、小人はソファにドカッと座った。
「ああ、ユリアス様もラダム様も来ておられたのですね。」
小人の言葉に紫色のガーゴイルとフクロウは頭を下げて挨拶をした。
「あれっ? リリス。その子は誰?」
芋虫の言葉にサリナは即答した。
「来年度入学予定のサリナ・パール・クロードです。今日は学内見学でリリス先輩に案内していただいています。」
「よろしくお願いします。」
ハキハキと答えて頭を下げるサリナ。
その姿は好印象を与える。
サリナはリリスに向かって小声で問い掛けた。
「この使い魔はどなたですか? どこかの賢者様?」
「違うわよ。ここに居るのは・・・」
リリスが答えようとする矢先に小人と芋虫が声をあげた。
「僕はフィリップです。」
「私はメリンダよ。」
二人の言葉にサリナは首を傾げた。
「どこかで聞いた様なお名前なんですが・・・」
リリスに小声で問い掛けると、リリスはぷっと吹き出してしまった。
「小人はドルキア王国のフィリップ殿下、芋虫は我が国の王家のメリンダ王女なのよ。」
リリスの言葉にサリナはひええっ!と声をあげて驚き、リリスの後ろに引き下がってしまった。
その場でひれ伏してしまいそうな状況である。
「サリナって言ったわね。学内ではそんなに堅苦しくしなくても良いわよ。私もここの学生なんだからね。」
「それにリリスの部屋にはあんたが想像も出来ないような連中すら集まってくるからね。」
芋虫の言葉にサリナは意味が分からずキョトンとしていた。
「メル。そんな事を今、この子に言っても理解出来ないよ。」
小人の言葉に芋虫はそうねと言いながら、その単眼でサリナの顔を見つめた。
「クロード家の長女なのね。あんたのお兄さん達は軍でも活躍しているわよ。2人とも元々の身体能力がずば抜けている上に、強化魔法が得意で武術も達人レベルだからねえ。」
芋虫の言葉にサリナは恐縮して頭を下げた。
「ユリアス様はクロードの名をご存知ですか?」
小人の言葉にガーゴイルがうんうんと頷いた。
「クロードと言えばサイモン・クロードでしょうな。懐かしい名だ。ミラ王国の内乱の時のサイモンやその仲間の活躍は儂も良く覚えていますよ。諜報活動に長け、敵地侵入や破壊工作、要人の暗殺等、彼等の暗躍は守旧派の大きな力になった。その功績もあってサイモンは領地を賜ったのですな?」
ガーゴイルの言葉に芋虫が首を縦に振った。
「そのはずよ。でもかなりの僻地だけどね。」
「まあ、それはサイモン達の持つ力を恐れての事でしょうな。あまり王都には近付けておきたくないと、当時の王家が感じたのかも知れん。」
ガーゴイルの言葉にサリナが神妙な表情を見せた。
それを察して芋虫が口を開いた。
「内乱を平定したばかりの王家にしてみれば、そんな杞憂もあったのかもね。でもクロード家はそれ以降、王家に対しては余りあるほどに貢献してくれて来たわよ。」
芋虫の気遣いの言葉にサリナの表情は一瞬で明るくなった。
表情がコロコロと変わるのは、思春期の少女の特徴だと言っても良いだろう。
その様子を見てリリスも心を和ませた。
「ところで今日はどうしたの? わざわざ私の部屋に来るなんて。」
リリスの問い掛けに芋虫はスッと背を伸ばした。
「そうそう、忘れていたわ。リゾルタからの伝令が届いて、アイリスお姉様が第二子を懐妊されたそうよ。」
芋虫の言葉にその場の一同が慶祝の声をあげた。
「「「「おめでとうございます!」」」」
その雰囲気でメリンダ王女も気分を良くしたのだろう。
芋虫が小人の肩の上で身体を横に振りながら、感謝の言葉を発した。
「みんな、ありがとう。それでね、リゾルタにお祝いに行く事になったから、リリスにも伝えに来たのよ。」
「私も行くの?」
リリスの問い掛けに芋虫は即座に、
「当たり前でしょ! リゾルタの王家からリリスは名指しで招待されているわよ。」
そう言ってふん!と荒い息を吐いた。
その様子を見てハハハと笑いながら、小人が口を開いた。
「ライオネス国王もリリスには色々と恩義を感じているんだよ。」
「長らく子宝に恵まれなかったお二人の間に第二子まで授かったのは、リリスとユリアス様による呪いの解呪のお陰だと感謝しておられるからね。」
小人の言葉にガーゴイルが嬉しそうに翼を羽ばたかせた。
「そうでしたか。それは良かった。」
ガーゴイルの言葉を受けて小人が笑顔を向けた。
「その通りですよ、ユリアス様。特にリリスについては、『豊穣の神殿が送って来た女神』だと、ライオネス国王は認識していますからね。」
どうしてそうなるのよ?
買い被り過ぎだわ。
リリスの思いとは裏腹にユリアスも話に尾ひれを付け始めた。
「それならリリスを主宰神にして、大規模な祭祀を執り行ってみようかね。」
「以前から豊穣の神殿に主宰神を設けるのは得策だと思っていたんじゃよ。」
ガーゴイルの言葉に芋虫が問い掛けた。
「豊穣の神殿の主宰神って豊穣の女神って事ですか?」
「そうですな。まあ、生命の豊穣を司るのだから、産土神で良いのではないですかな。」
ちょっと待ってよ、ユリアス様!
何を言ってるのよ。
ガーゴイルの言葉にリリスは戸惑った。
それと同時に身体中が疼いて来るのを感じた。
まるで産土神のスキルの発動を準備しているかのような魔力の流れだ。
拙いわね。
産土神と言う言葉に敏感になっているのかしら?
こんなところで発動させるはずがないのに。
それにロキ様によって産土神のスキルは発動を制限されているはず・・・・。
困惑するリリス。
ユリアスはそのリリスの心中を知らず、メリンダ王女達とお喋りを始めた。
その間に身体の状態を落ち着かせる事が出来たのは、リリスにとってありがたい事だったと言えよう。
だがこのタイミングで何故か解析スキルが発動してしまった。
急にどうしたの?
『世界樹の加護に含まれている産土神関連のスキルが、何故か発動の気配を見せました。』
それは分かっているわよ。
私が産土神と言う言葉に敏感になっているからだと思うんだけど・・・。
『それはそれで止むを得ない事だと思います。発動記録が残ってしまっていますからね。』
ああ、それもシーナさんから聞いているわよ。向こうの世界で目一杯発動させちゃったからね。
『それだけなら良いのですが・・・』
どうしたのよ?
言葉の歯切れが悪いわね。
『実は産土神関連のスキルの発動の気配に紛れて、別のスキルがこっそりと発動の気配を窺っていたのです。』
えっ!
それって何のスキルなの?
こっそりと発動の気配を探るスキルなんてあったかしら?
あるとしたらまるでスパイウェアを埋め込まれた様なものじゃないの?
『その表現はあながち間違っていないかも知れません。そのスキルは・・・異世界通行手形です。』
うっ!
それってどうして・・・。
もしかして私とサリナの邂逅が要因なの?
『その可能性もあります。ただ、このスキルは入手経路から正体不明の要素がありましたので。スキルと言う形で収まっているものの、偽装されている可能性も全く無いとは言えませんからね。』
『とりあえず現在は一旦、発動停止状態にしておきました。』
ああ、ありがとう。それが良いわね。
発動停止状態には出来るのね?
『今のところ可能だとしか言いようがありません。』
分かったわ。何かあったらまた教えてね。
リリスは解析スキルを解除し、深呼吸をして気持ちを整えた。
その間、ガーゴイルと話し込んでいた芋虫と小人は用件が済んだので、そそくさと帰り支度をし始めた。
「リリス。日程が決まればまた連絡するからね。」
「以前と違ってイオニアに転移門があるから、リゾルタには日帰りでも行けるわよ。長旅にはならないからそのつもりでね。」
そう言いながら、芋虫と小人はソファの上から消えていった。
それに合わせるようにガーゴイルとフクロウも消えていった。
後に残っているのはこの部屋の住人であるリリスとサラ、そして再度蚊帳の外状態のサリナである。
「サリナは今夜は何処に泊まるの?」
サラの問い掛けにサリナはフッと笑みを漏らした。
「今夜は兄達の居る軍の宿舎で泊まる事になっています。迎えの馬車が来れば、教えてもらえる事になっているんです。」
兄達と会えるのが嬉しいのだろう。
サリナの表情が嬉々としている。
「それならそれまでの間、地下の食堂で待機していましょうか。この時間だから少しお腹が空いたでしょ?」
リリスの言葉にサリナは申し訳なさそうに頷き、二人は部屋の外に出た。
その時リリスはふと違和感を感じた。
何かが気配を消して自分の目の前を通り過ぎたような気がしたのだ。
えっ?
何だろう?
そう思った瞬間、目の前の光景が色を失い、モノクロの映画の様な情景になってしまった。
驚いてサリナの方を見ると、その動きが固まっている。
動いているのは自分だけなのか?
予期せぬ状況に、リリスは言葉も無く困惑していたのだった。
10
お気に入りに追加
145
あなたにおすすめの小説
またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。
朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。
婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。
だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。
リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。
「なろう」「カクヨム」に投稿しています。
【完結】そして、誰もいなくなった
杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」
愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。
「触るな!」
だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。
「突き飛ばしたぞ」
「彼が手を上げた」
「誰か衛兵を呼べ!」
騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。
そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。
そして誰もいなくなった。
彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。
これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。
◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。
3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。
3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました!
4/1、完結しました。全14話。
はぁ?とりあえず寝てていい?
夕凪
ファンタジー
嫌いな両親と同級生から逃げて、アメリカ留学をした帰り道。帰国中の飛行機が事故を起こし、日本の女子高生だった私は墜落死した。特に未練もなかったが、強いて言えば、大好きなもふもふと一緒に暮らしたかった。しかし何故か、剣と魔法の異世界で、貴族の子として転生していた。しかも男の子で。今世の両親はとてもやさしくいい人たちで、さらには前世にはいなかった兄弟がいた。せっかくだから思いっきり、もふもふと戯れたい!惰眠を貪りたい!のんびり自由に生きたい!そう思っていたが、5歳の時に行われる判定の儀という、魔法属性を調べた日を境に、幸せな日常が崩れ去っていった・・・。その後、名を変え別の人物として、相棒のもふもふと共に旅に出る。相棒のもふもふであるズィーリオスの為の旅が、次第に自分自身の未来に深く関わっていき、仲間と共に逃れられない運命の荒波に飲み込まれていく。
※第二章は全体的に説明回が多いです。
<<<小説家になろうにて先行投稿しています>>>
私を裏切った相手とは関わるつもりはありません
みちこ
ファンタジー
幼なじみに嵌められて処刑された主人公、気が付いたら8年前に戻っていた。
未来を変えるために行動をする
1度裏切った相手とは関わらないように過ごす
1人生活なので自由な生き方を謳歌する
さっちさん
ファンタジー
大商会の娘。
出来損ないと家族から追い出された。
唯一の救いは祖父母が家族に内緒で譲ってくれた小さな町のお店だけ。
これからはひとりで生きていかなくては。
そんな少女も実は、、、
1人の方が気楽に出来るしラッキー
これ幸いと実家と絶縁。1人生活を満喫する。
後悔はなんだった?
木嶋うめ香
恋愛
目が覚めたら私は、妙な懐かしさを感じる部屋にいた。
「お嬢様、目を覚まされたのですねっ!」
怠い体を起こそうとしたのに力が上手く入らない。
何とか顔を動かそうとした瞬間、大きな声が部屋に響いた。
お嬢様?
私がそう呼ばれていたのは、遥か昔の筈。
結婚前、スフィール侯爵令嬢と呼ばれていた頃だ。
私はスフィール侯爵の長女として生まれ、亡くなった兄の代わりに婿をとりスフィール侯爵夫人となった。
その筈なのにどうしてあなたは私をお嬢様と呼ぶの?
疑問に感じながら、声の主を見ればそれは記憶よりもだいぶ若い侍女だった。
主人公三歳から始まりますので、恋愛話になるまで少し時間があります。
転生調理令嬢は諦めることを知らない
eggy
ファンタジー
リュシドール子爵の長女オリアーヌは七歳のとき事故で両親を失い、自分は片足が不自由になった。
それでも残された生まれたばかりの弟ランベールを、一人で立派に育てよう、と決心する。
子爵家跡継ぎのランベールが成人するまで、親戚から暫定爵位継承の夫婦を領地領主邸に迎えることになった。
最初愛想のよかった夫婦は、次第に家乗っ取りに向けた行動を始める。
八歳でオリアーヌは、『調理』の加護を得る。食材に限り刃物なしで切断ができる。細かい調味料などを離れたところに瞬間移動させられる。その他、調理の腕が向上する能力だ。
それを「貴族に相応しくない」と断じて、子爵はオリアーヌを厨房で働かせることにした。
また夫婦は、自分の息子をランベールと入れ替える画策を始めた。
オリアーヌが十三歳になったとき、子爵は隣領の伯爵に加護の実験台としてランベールを売り渡してしまう。
同時にオリアーヌを子爵家から追放する、と宣言した。
それを機に、オリアーヌは弟を取り戻す旅に出る。まず最初に、隣町まで少なくとも二日以上かかる危険な魔獣の出る街道を、杖つきの徒歩で、武器も護衛もなしに、不眠で、歩ききらなければならない。
弟を取り戻すまで絶対諦めない、ド根性令嬢の冒険が始まる。
主人公が酷く虐げられる描写が苦手な方は、回避をお薦めします。そういう意味もあって、R15指定をしています。
追放令嬢ものに分類されるのでしょうが、追放後の展開はあまり類を見ないものになっていると思います。
2章立てになりますが、1章終盤から2章にかけては、「令嬢」のイメージがぶち壊されるかもしれません。不快に思われる方にはご容赦いただければと存じます。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる