落ちこぼれ子女の奮闘記

木島廉

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ゲートシティ6

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リリスの目の前に世界樹がそびえ立っている。

そこから放たれる波動が弱々しい。

シーナの説明ではアギレラが世界樹から養分を吸い取っているので、世界樹の維持の為、その機能に制限を掛けているそうだ。

シーナからの要請である産土神体現スキルの発動に躊躇っているリリスに、リンディが興味深そうに呟いた。

「リリス先輩ってこの世界から来た人なんですか? そうでなければ世界樹に纏わるスキルを持っているなんて、考えられないんですけど・・・」

どうやら誤解をしているようだ。

「違うわよ。まあ、この世界と縁を持った経緯は複雑で、簡単に説明出来ないんだけどね。」

リンディにそう答えてリリスは世界樹に目を向けた。

その弱っている波動が自分に助けを求めている様に感じられて、切ない気持ちになってくる。
その情に流され、リリスはシーナに返答をした。

「仕方が無いわね。手伝ってあげますよ。」

リリスの返答にシーナは嬉しそうに頷いた。

「助かるわ。ありがとう、リリス。それじゃあ先ず産土神体現スキルを本来の状態に改変するわね。」

「本来の状態?」

リリスの疑問にシーナはふふふと笑った。

「そう。この世界ではスキルでは無く権能なのよ。あんたの世界では存在しない権能なので、スキルと言う形に纏め上げる他に処理の仕様が無かったのでしょうね。」

「でもここではその制限は無いわ。あんたの持つ権能として開放してあげるわね。」

そう言うとシーナはその両手から魔力を放ち、リリスの身体にそれを流し込んだ。
それと同時にリリスの脳内に異質な魔力が流れ込み、脳内を掻き回されるような感覚に襲われた。
若干の頭痛と眩暈を感じつつリリスはその場に立ち尽くしていた。
立ち尽くしていたと言うよりは、動けないと言うのが真実だ。
まるで足元に根が生えてしまったような感覚すらある。
それはリリスが世界樹の一部になってしまったような状態なのかも知れない。

「良いわよ、リリス。あんたの持っていた産土神体現スキルは一時的に、産土神降臨と言う名の権能になったわ。さあ、それを発動させるのよ。意識をそこに集中させれば発動出来るからね。」

そう言われてリリスはリンディの方に目を向けた。

「リンディ。これから見せる私の姿に驚かないでね。」

リリスの言葉にリンディは真剣な表情で強く頷いた。

リリスは身体中に魔力を循環させ、産土神降臨を強く意識した。
それと共に脳内にピンと言う音が走った。

リリスの身体が金色の光に包まれ、その身体全体から細い触手が無数に伸びていく。
下半身から出現した触手が伸びながらリリスの身体を押し上げ、5mほどの高さにまでリリスの頭部が上がった。

更に触手の分量が増え、リリスの身体全体を包み込み、あらゆる方向に向けて伸びていく。
それはまるで樹木のようだ。
全体が金色の光に包まれ、神々しくも見える。

そのリリスの姿を見て、リンディも言葉を失っていた。

産土神降臨が本格的に起動し始める。

『進捗率30%』

リリスの脳裏に言葉が浮かんだ。

『魔力の吸引を開始します。』

その言葉と共に魔力吸引スキルが発動され、大地や大気から魔力が吸い上げられていく。
その魔力の渦がリリスの体内に流れ込み、全身が熱くなってきた。

『進捗率50%』

この状態を把握した上で、シーナからの念話がリリスの脳内に届いた。

『リリス。私の言葉を聞き取れるわね? 修正進化を強く念じるのよ!』

リリスはシーナの指示通りに修正進化を強く念じた。
それに応じて脳裏に言葉が浮かび上がる。

『ターゲットは?』

アギレラよ。世界樹の周辺に棲息する全てのアギレラよ!

リリスがそう念じるとピンと言う音が脳裏に鳴った。

『世界樹の周辺を探知します。』

探知スキルが発動され、世界樹の周辺の様子がリリスの脳内に映し出されていく。

赤い点で示されるアギレラの数が半端ではない。
しかもかなり深い地中にまでその棲息範囲が広がっていた。

アギレラって地中に棲息している方が大半なのね。
これってどれだけの数が居るのかしら?

『全体数は約2000です。その全てを把握します。』

産土神降臨の権能がその言葉と共に魔力を激しく循環させ始めた。
リリスの全身から伸びる大量の触手のそれぞれの先端に、赤い光の球が生じ、その一つ一つがアギレラの一体一体を把握していく。
そのデータは全てリリスの脳内に流れ込み、その処理に目まぐるしく脳細胞が振り回される。
リリスの脳内はパニック状態に等しい。
リリスの口からうううっと言う呻き声が漏れ出した。
その様子をリンディも心配そうに見つめている。

『脳細胞の処理が滞っています。脳内リミッターを解除し、脳細胞を全て活性化させます。』

その言葉と共にリリスの脳内リミッターが解除され、リリスの脳細胞が全て産土神降臨の権能の管理下に置かれた。
膨大なアギレラの生体データがリリスの脳内に取り込まれていく。
もはや思考すら出来ない状態だ。
この時点で既にリリスの意思は束縛され、産土神降臨の権能の処理を見守るだけとなった。

『世界樹周辺に棲息する全てのアギレラのデータを把握しました。修正進化を開始します。』

リリスの全身から伸びた触手の先端の赤い球体が全て空中に解き放たれた。
それはまるで種子を撒き散らしているようにも見える。
リンディの目には、水中で一斉に放卵するサンゴの産卵のようにも映った。

その赤い球体がそれぞれ把握しているアギレラに向かって飛び、アギレラの身体を包み込むと、その場で白い繭を形成していく。

程なく全てのアギレラが白い繭の中に閉じ込められた。

『修正進化を促進します。』

リリスの身体から魔力が大量に放たれ、全ての繭に注がれていく。
その魔力の量があまりにも大量で、リリスの身体からほとんどの魔力が消失してしまった。
それを補う為に再度魔力の吸引が行われ、大地や大気から激しく魔力が流れ込んでくる。
リリスはその魔力の激しい増減で眩暈に襲われ朦朧としていた。

『リリス、大丈夫? ここまでの処理は順調よ。』

シーナの念話をリリスはかろうじて認識出来た。

『アギレラを全て修正進化に持ち込めたから、世界樹の機能制限を解除するわね。これで少しはあんたも楽になる筈よ。』

シーナはリリスに念話でそう伝えると、世界樹の機能制限を解除した。
その途端に世界樹がリリスの身体全体に向けて、細胞励起の強い波動を送り始めた。

そのお陰でリリスの身体もかなり楽になって来た。

世界樹が感謝してくれているのね。

リリスがそう思ったのは世界樹の意思が細胞励起の波動と共に伝わって来たからだ。
アギレラはその大半が地中で世界樹の根から養分や魔力を取り込んでいたようだ。
それが無くなったので世界樹も感謝しているのだろう。

30分ほど経って、アギレラを包み込んでいた白い繭が徐々に消え始めた。

『あらっ! 意外に早く修正進化が済んだのね。これもリリスの濃厚な魔力のお陰だわ。』

シーナはリリスに念話を送ると、繭から出て来たアギレラを精査し始めた。
その様子がリリスの脳裏に映像として浮かび上がった。

修正進化したアギレラは全身が淡い緑で、半透明の美しい羽根を持ち、念話でコミュニケーションを取り合っている様子だ。

更に彼等は集団となり、世界樹の周囲に新たにコロニーを建設し始めた。
そのうちのあるものは土地を耕し、あるものは住居を建てている。

これがアギレラの本来の姿なの?

リリスの思いがシーナに届いた。

『あんたの世界で言うと、魔族やレプタリアンの様な存在かもね。』

『いずれにしても感謝するわ。リリス、ありがとう。世界樹も感謝しているわよ。』

全てのアギレラが繭から抜け出し、他のアギレラとのコミュニケーションを取り始めた時点で、シーナは産土神降臨の権能を終了するようにリリスに指示を出した。

それに応じてリリスは権能の終了を強く念じた。

『了解しました。尚、今回の全ての発動状況と履歴は脳内の休眠細胞に格納します。何時でも参照出来るので、今後権能の再発動の際には活用してください。』

それはご丁寧にどうも。
でも再度発動する事って無いと思うわよ。

そう思いながらリリスは全身から伸びている触手の消失に身を委ねていた。
地面に近付くと最後に残っていた触手も消え、リリスの身体は静かに横たわった。
だが直ぐには起き上がれない。
全身の疲労感が残っている上に、脳内が掻き回されて眩暈と頭痛に襲われていたからだ。

そのリリスの身体をそっと包み込むように緑色の物体が抱きしめた。
良く見るとそれはドライアドだ。
世界樹がリリスと直接コンタクトを取るための端末である。

そのドライアドから細胞励起の波動が直接に流れ込み、リリスの身体全体が高揚感と清涼感に包み込まれた。

世界樹が癒してくれているのね。
ありがとう。

感謝の思いを強く念じながら、リリスはその場で立ち上がった。
ドライアドが消え去っていくと同時に、リンディがリリスの傍に駆け寄った。

「掛ける言葉が思いつきませんね。お疲れ様って言って良いんでしょうか。」

少し困惑気味のリンディに笑顔で応え、リリスはシーナの方に目を向けた。

「これで良いのね?」

「ええ、充分よ。思っていたよりも修正進化が早く済んだものね。」

シーナはそう答えると、嬉しそうな表情でアギレラのコロニーを見つめた。

「それで私達って元の世界に戻れるの?」

「ああ、それなら何とかするわよ。そっちの獣人の子のスキルを極限まで活性化させれば大丈夫だから。」

極限まで活性化させると言う言葉がリリスとリンディの心に不安を生む。
だがそれしか元の世界に戻る方法は無さそうだ。

リリスとリンディの手を繋がせ、シーナはその魔力をリンディの身体に激しく流し込んだ。
その魔力にリンディの表情も歪む。
脳内を掻き回されているような感覚なのだろう。

「この子の持つ空間魔法の特殊なスキルを5個、極限まで強化した上で開放するわね。」

「少し不快感があるけど我慢するのよ。」

シーナの言葉にリンディは無言で頷いた。

リンディの身体全体が光り始め、その不快感にリンディはうううっと呻き始めた。
それを見守りつつシーナが魔力を流し続けると、リンディの頭上にぽっかりと大きな穴が開いた。
その穴の中に吸い込まれる様にリリスとリンディは消えていったのだった。







真っ暗な視界が解けると、リリスとリンディはイオニアの宿舎のベッドの傍に立っていた。

無事に戻って来た様だ。

「良かった! 戻って来れたんですね!」

喜ぶリンディの表情に笑顔で応えながらも、リリスはふと不安を感じた。

これでまた私達だけ時空を進んでしまったんじゃないでしょうね。
この世界では何年も行方不明になっていたなんて、何度も体験したくないわよ。

そう思いながら、リリスは解析スキルを発動させた。

私達ってこの世界からどれだけの時間消えていたの?

『ああ、お帰りなさい。お久し振りですね。』

そんな持って回ったような返事は要らないわよ。

『そうですね。端的に言って1時間でしたね。』

1時間?
それだけで済んだのね。
それなら有難いわ。

『でもお土産まで持ってくるのは意外ですね。』

お土産?

何の事だろうと思ってリンディの方に目を向けると、リンディの肩に白い小鳥が留まっていた。

うっ!
これってシーナの使い魔だわ!

その放たれる魔力の波動からリリスは状況を理解した。
シーナがこの世界までついて来たのだ。

どう言うつもりなのよ?

リリスは困惑するリンディの肩をがっしりと掴んで留まっている小鳥を、じっと見つめていたのだった。














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