落ちこぼれ子女の奮闘記

木島廉

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リンディの時限監獄から逃げ出そうとしている魔物。

それは実に異様な光景だった。

頭部から生えている2本の触手を時限監獄の壁に埋め込ませ、頭部を壁に押し付けると、その部分から時限監獄の壁がひび割れ崩壊していく。

その崩壊した部分から魔物は頭部を外に出そうとしていた。

「う~ん。時限監獄の設定が甘いな。」

ロキの言葉にリンディは頷くだけだ。

「時限監獄は魔力の波動を暗号化するのが基本だからな。」

ロキはそう言うとリンディのスキルを活性化させ、リンディに時限監獄の再構築を促した。
リンディの両手から魔力が放たれると、魔物の周囲に再び半透明のシールドが生じた。それは元の時限監獄の壁を吸収し、壁の内部に金色の格子状の模様を浮かび上がらせている。
それはまるで呪詛のようだ。
暗号化された魔力の波動が可視化されているのだろう。

その新しい時限監獄の内部で、魔物はバタバタと蠢いている。
退路を断たれ焦っているのかも知れない。

だが、閉じ込めているだけでは事態の解決にならない。

「あの魔物はどうしたら良いのですか? 簡単には駆除出来なさそうですけど・・・」

リンディの問い掛けに龍は全身をぶるっと震わせた。

「元の世界に戻すしかあるまい。」

「そんな事が出来るのですか?」

「完全ではないが、こちらへ来た経路を逆に辿る事は出来る。まあ、それもお前の持っているスキルを活用しての事だがな。」

龍の言葉にリンディはええっ!と声をあげて驚いた。

「今更驚く事も無かろうに。勿論、今のお前のレベルでは到底活用出来ないが、いずれ活用出来るように成る事を見越して、エイヴィスが与えたのだろう。」

「空間魔法による時空を超えた転移は、予期せぬトラブルの元だ。特に元の時空に戻す作業は時空の捻じれを生む事も少なくない。今回は管理者の許可を得た特例だからな。」

龍はそう言うと一気にリンディの身体に魔力を流し込んだ。
リンディの持つスキルが瞬間的に極度にレベルアップされ、その魔力が亜空間内部の時限監獄に撃ち込まれていく。
時限監獄内の魔物は徐々にその姿が薄れ、ふっと消え去ってしまった。
それと共に時限監獄を包み込んでいた亜空間自体も消え、魔物の痕跡すら見えなくなった。

その様子を見ながら龍はリンディの身体を離れ、空中に浮かび上がった。

「これで終了だ。転移経路の混線の修復も完了した。今後は転移門を設置する際には、その周辺を良く精査する事だな。」

龍はジークにも聞こえるような大きな声で話しながら、ゆっくりと上空に消えていった。

「あれは・・・あの方は何者だったんだ?」

ジークの問い掛けにリリスは良く分からないと言った表情を見せた。

「賢者様である事だけは分かっているのですが、実物に会った事が無いので私にも良く分かりません。空間魔法絡みでトラブルがあった時に、時折あの使い魔の姿で現れて助けてくれるんですよ。」

それは大まかな説明であるが間違ってはいないし嘘でもない。
ロキの本当の姿やその出自は、リリスも全く知らないからだ。

「そうか・・・。まあ、助けてくれるのなら感謝するだけだな。転移門が元のように稼働出来るのなら、我々としてはそれだけで充分だ。」

ジークはそう言うとリリス達の元を離れ、転移門の周囲を取り囲んでいた兵士達の警戒態勢を解除させた。
その様子を見ながらリリスとリンディの元にべリアが笑顔で近付いた。

「お二人共、お疲れさまでした。今日は宿舎でゆっくりと身体を休めた方が良いですね。」

べリアはそう言うと、二人を誘導するように歩き始めた。

気が付くともう日が傾き始めている。
思えば中身の濃い一日だった。

リンディもロキに強度に憑依された上、強制的にレベルアップさせられた影響で身体がだるそうだ。
そのリンディの肩をポンポンと軽く叩きながら、リリスはべリアの後に付いて行った。

べリアに誘導され、リリスとリンディはミラ王国で準備してくれた宿舎の一室に案内された。
オアシス都市なので開放的な造りになっている宿舎だが、それでも広いエントランスにはシャンデリアが飾られ、品の良い雰囲気に包まれていた。
ふと見るとリンディはかなり辛そうな表情をしている。
身体の負担が余程大きかったようだ。
べリアがその肩を抱きかかえて用意された部屋に入ると、リンディはそのままベッドに横になった。

部屋の中は広く、ベッドルームの他にリビングとキッチンスペースが用意されている。
べリアがリンディの衣類を着替えさせている間に、リリスはリンディにヒールを施した。
だが、生活魔法程度のリリスのヒールではあまり効果が見られない。
べリアが手持ちのヒーリングポーションを飲ませてみたが、それでも少し顔色が良くなった程度だ。

リリスは止む無く細胞励起を発動させた。
細胞励起は基本的に魔力の消耗が大きいので、日頃は低レベルで発動させていたリリスだが、リンディの状態を見るとレベルを上げた方が良さそうだ。
リリスは対象をリンディに絞り込み、レベルを中程度に上げて細胞励起を発動させた。
リリスの手からその波動が強く放たれ、リンディの身体が小刻みに震え始めた。

その波動が溢れ出し、傍に居たべリアにも伝わっていく。

「リリス様。この癒しの波動ってヒールじゃ無いですよね。これって何だろう? 身体中が強く活性化されているのですが・・・」

驚くべリアにリリスはうんうんと頷いた。

「これは細胞励起と言うスキルなのよ。魔力の消耗が大きいので余程の事でもない限り、ここまでのレベルで発動させる事は無いんですけどね。」

リリスの言葉にべリアはう~んと唸った。

「リリス様って本当に不思議な方ですね。まるで精霊に癒されているみたいだわ。」

その表現は間違っていない。
本来、細胞励起はこの世界では、高位の精霊の持つスキルだからだ。

リリスの魔力量の20%ほどを消耗した段階で、リンディの表情も安らぎ、すやすやと眠り始めた。
これで大丈夫だろう。
べリアに礼を言ってリリスは自分もベッドに入る準備を始めた。


その日の疲れもあってリリスもベッドに横になると、あっという間に眠り込んでしまった。
だが真夜中に突然、解析スキルが発動され、リリスは無理矢理起こされてしまった。
眠い目を擦りながら、リリスは解析スキルに念話で尋ねた。

どうしたのよ?
こんな真夜中に・・・。

『起こしてしまって申し訳ありません。隣のベッドで眠っているリンディの様子が異常ですので・・・・・』

えっ!
どう言う事?

そう思いながらリリスは隣のベッドで眠っている筈のリンディの方に目を向けた。
リンディはベッドの端に腰掛け、虚空を見つめている。

どうしたって言うの?

『現状では夢遊病の様な状態ですが、彼女の意思に関係なく幾つものスキルが発動されようとしています。』

リリスは驚いてリンディの傍に近付いた。
リンディの顔を見ると目が開いているのだが、その瞳が金色に輝き始めた。
それと共にリンディの身体全体が仄かに光り始め、リンディの周りの空間がブルブルと震え始めている。

何が起きているの?

驚いている間も無くリンディの真横の空間に突然大きな穴が開き、リンディとリリスはその穴に吸い込まれる様に消えていった。






ふと気が付くと、リリスとリンディは広い草原の中に居た。
二人共パジャマのままだ。

「ここは・・・・・何処なの?」

リリスの言葉にリンディは首を傾げた。

「私・・・寝ていたはずなんですけど・・・・・」

全く様子の分からないリンディに、リリスはここまでの経緯を話した。
リンディはその言葉を聞きながら、う~んと唸るばかりだ。

「無意識に空間魔法のスキルを幾つも発動させちゃったんですかね?」

「そんなに簡単に言わないでよ。」

そう言いながらリリスは自分の着ているパジャマを軽く擦った。
二人共、裸足のままだ。

二人は身体に埋め込むタイプのマジックバッグを取り出し、その中から着替えやブーツを取り出してその場で着替えた。

少し落ち着いたので周りを見ると、何となく既視感のある光景だ。
広い草原の向こうに巨大な樹木が生い茂っているのが見える。

えっ?
あれって・・・世界樹じゃないの?

だが世界樹にしてはその波動が弱い。まるで何かの制限を受けているような状態だ。

「リンディ。あの世界樹の傍に行くわよ。」

リリスの言葉にリンディはえっ!と驚き、リリスの顔を覗き込んだ。

「あれって世界樹なんですか? どうしてそれが分かるんですか?」

リンディの驚く表情を見てふふふと笑いながら、リリスはその歩調を早めた。

しばらく歩いて近付くと、リリスはそれが世界樹であると確信出来た。
だがその周囲に見覚えのある異物が大量に見える。

黒いサイコロ状の塊が無造作に積み上げられ、それらが世界樹の前方に20以上の群れとなって存在しているのだ。
その黒いサイコロの壁からあの昆虫の様な頭部の魔物が頻繁に出入りしているのも見えた。

「どうしてあいつらがここに居るのよ!」

驚くリリスの傍にリンディがそっと寄り添った。

「リリス先輩。目の前の上空から何かが来ます! 空間が捻じれてるほどの大きな魔力の存在が近付いています。」

リンディの言葉の終わらないうちに、目の前の空間が捻じ曲げられるように開き、その奥から白い光の塊が出現した。
それは徐々に実体化し、白いドレスを着た女性の姿になった。

見覚えのある妖艶な女性がリリスに近付いて来た。

シーナだ。

この世界樹のある世界でロキの様な役割をしている存在だ。

シーナはニヤリと笑いながらリリスの傍に近付いた。

「どうしたのよ? あんたが実体でここに来るなんて。」

「それは私が聞きたいくらいですよ。」

そう言いながらリリスはリンディの顔を見た。
リンディは申し訳なさそうに俯いた。
その様子を見ながらシーナはリンディの身体を精査し始めた。

ふんふんと頷くシーナ。

少し間を置いてシーナは口を開いた。

「なるほどね。この世界と接点を持ったのはリリスじゃなくてこの子なのね。それにしても空間魔法関連の大量のスキルを持っているわねえ。これを全部最大限に活用出来れば、風の亜神にでもなれるわよ。」

そうなの?

リリスの驚く表情を見て、シーナは再度ニヤリと笑った。

「まあ、そうは言っても肉体の制限がある限り、難しいけどね。」

シーナの言葉に何故かリンディはホッとした表情を見せた。

リリスはシーナの背後に目を向けて、ふと尋ねてみた。

「シーナさん。世界樹の波動が弱っている様に感じるんですけど、何かありましたか?」

シーナはその言葉に顔をしかめて頷いた。

「世界樹の機能に少し制限を掛けているのよ。あれが一向に修復出来ないのでね。」

そう言いながらシーナは世界樹の前方に巣食う魔物の群生を指差した。

「あれはアギレラと言って、進化の過程で誤って生じた種族なのよ。本来は世界樹と共に生きる温厚な種族なんだけど、少し手違いがあってね・・・」

「管理者の居ない世界ってやはり困難が纏わりつくのよ。進化過程を把握しながら、リアルタイムで時々刻々と、この世界の存在を設定する色々なパラメータを修正するのって簡単じゃないのよ。更にそれに付随する様々な作業を同時に運行させるのって、至難の業なのよね。」

「それで仕方なく世界樹の機能に制限を掛けているのよ。アギレラを駆逐するのは簡単なのよ。でも本来は世界樹と共に生きる種族だと思うと、なんとか修正進化の道を開けないものかと思ってね。安易に駆逐出来ないのよ。」

シーナの顔に苦悩が見える。
そう言えばこの世界は管理者に見捨てられた世界だとシーナは言っていた。
その詳しい事情は分からないが、管理者の不在は世界樹だけでは難しいのかも知れない。

「ねえ、リリス。ここに来たのも何かの縁よ。もしかしたら世界樹が呼び寄せたのかも知れないわ。あんたの力を貸してよ。」

突然の言葉にリリスは大きく驚いた。

「私に何が出来るのよ。この私なんかに・・・・」

リリスの表情を見てシーナはニヤリと笑った。

「世界樹の機能に制限を掛けているって言ったでしょ? だからあんたがその代わりをして欲しいのよ。」

「世界樹から特殊なスキルを貰ったはずよ。世界樹がそう言っているもの。」

えっ!
それって・・・。

「もしかして・・・産土神体現スキルの事?」

リリスの問い掛けにシーナはうんうんと頷いた。

「でもあれって体験版って言うか、かなりの制限があってアップデート不能だし、そもそもロキ様に発動禁止されているわよ。」

リリスの言葉にシーナはふふんと鼻で笑った。

「ロキの制限なんてここでは無意味よ。あんたの世界で受けていた制限は一切無効だからね。産土神体現スキルを完全な状態で発動させれば、アギレラの修正進化の道も開かれるわ。」

「私にとっては渡りに船なのよ。リリス、お願い!」


あまりにも突然のシーナの申し出に、リリスはう~んと唸って黙り込んでしまったのだった。










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