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闇の神殿1
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オアシス都市アゴラの近くの荒野。
その一角に闇の神殿の遺跡があった。
既に放棄されて500年が経過し、石造りの神殿の外観はかなり朽ちてしまっている。
所々に石壁が壊れ、その隙間から低木が生えていた。
その低木も意外に青々としているので、地下には水脈があるのだろう。
その遺跡の出入り口の前にビーコンが埋められ、その位置座標を基にしてリリス達はデルフィの研究施設から転移してきた。
そこに現われたのはリリスとデルフィとチラだが、前日の夜とは異なる点が一つある。
リリスの肩に単眼の芋虫が生えていたのだ。
メリンダ王女の使い魔である。
前日の夜にデルフィを伴ってリリスはメリンダ王女に報告をした。
べリアの救出に向かう為に闇の神殿の遺跡に向かうと聞いて、メリンダ王女は身を乗り出して食いついて来た。
「私も連れて行きなさい! これは命令だからね!」
そう言われてリリスもデルフィも拒絶する事は出来なかったのだ。
闇の神殿があるのなら、私が行かなくてどうするの!
それがメリンダ王女の言い分だった。
闇魔法の使い手なのでその気持ちも分からないではないのだが、危険を伴うところに連れて行くわけにもいかない。
それ故にリリスと五感を共有した使い魔の出番である
リリスの肩に生えた芋虫をツンツンと突きながら、チラは大いに感心していた。
「闇魔法の憑依を使えるなんて、メリンダ王女様も相当な使い手ですね。」
そう言われてメリンダ王女もテンションが上がっていた。
それに加えて目の前に闇の神殿の遺跡がある。
「これが闇の神殿なのね! 早速中に入るわよ!」
ハイテンションな王女様である。
「メル。落ち着いてよ。中にどんな危険が待ち受けているか分からないんだからね。」
「そうは言ってもデルフィ様は訪れているんじゃないの?」
メリンダ王女の言葉にデルフィはうんうんと頷いた。
「確かに今まで2度探索しましたが今回は別ですよ、王女様。べリアが隔離されているであろう場所は未踏の場所ですからな。」
デルフィの言葉にチラが捕捉をした。
「そうなんですよ。遺跡の地下と言っても物理的に地下と言うわけでは無さそうなんです。亜空間が仕込まれている様に感じますので、そこに行く為の手段をまず探す必要があるのですよ。」
チラの説明に少し納得したのか、芋虫は頷くように身体を前屈させた。
その芋虫の目の前に突然数名の兵士が現われた。
転移してきたのは長剣を持つリゾルタの兵士達である。
「この兵士達は私達の護衛なの?」
芋虫の言葉にチラは首を横に振った。
「いいえ。彼等はこの遺跡の出入り口に待機します。私達の動きを感じ取って、邪魔をしようとする者達が居ますので・・・・・」
チラはそこまで言って言葉を濁した。
暗にべリアの叔母を匂わせているのはリリスにも分かる。
メリンダ王女もその詳細にまでは言及しようとしなかった。
「さあ、中に入ろう!」
デルフィの言葉でリリス達も遺跡の内部に足を踏み入れた。
遺跡の中は外観とは異なりそれなりに整備され、所々補修もされていた。
それでも石畳の床は苔生していて、ムッとした湿っぽい空気が漂っている。
内部探索用の魔道具で照らされ、内部はそれほどに暗くない。
通路の壁は触るとボロボロと崩れそうだが、今すぐに崩落してくるような気配はないので一安心だ。
チラが先頭を歩き、デルフィとリリスがそれに続く。
しばらく通路を歩くと広く大きな空間に出た。
「ここがこの神殿のホールだよ。あそこに大きな像があるのが見えるかい?」
デルフィの示す方向に目を向けると、ホールの壁に接するように直径5mほどの台座が置かれ、その上には既に半壊してしまった大きな像の身体の部分が置かれていた。
その頭部は既に無い。
蝙蝠の様な翼がある事で、これが恐らくガーゴイルであろうと想像出来る。
かぎ爪を生やした両手を胸の前でクロスして、何かを抱きかかえるような仕草をしているのは、闇のオーブを抱きかかえる為だったのだろう。
既に朽ち果て半壊した像だが、それでも闇魔法の波動が何となく伝わってくるのは不思議な事だ。
リリス達はその傍に近付き、その周囲を探索してみた。
だが地下に続く階段のようなものも無く、それを隠した扉のようなものも見当たらない。
「チラ。べリアの気配はこの地下で間違いないのか?」
デルフィの言葉にチラはうんうんと頷いた。
「地下にべリアの気配があるのは確かですし、彼女の生命反応も安定しています。ただ、どれほどの深さなのかは分かりません。」
「それは亜空間で封じられているから特定出来ないのか?」
デルフィの問い掛けにチラは無言で頷いた。
でもそれならどうやってべリアを助けるのだろうか?
リリスはそんな疑問を抱きつつ、台座の周囲を再度見回した。
そのリリスの後ろを歩いていたチラがアッと声をあげた。
「こんなものは無かったはず・・・・・」
チラの視線の先に会ったものは、台座の側壁から斜め上に突き出した30cmほどの2本の棒だった。
これってレミア族の遺跡にもあったわよね。
魔力を流せば何処かへ転送されるんじゃなかったっけ?
デルフィはその棒を握って動かそうとしたが、全く動かない。
「それって魔力を流せば・・・何かが起動するんじゃないですか?」
リリスの言葉にデルフィはう~んと唸り、試しに魔力を流してみた。
だが何の変化も見られない。
それでもチラはうん?と声をあげて首を傾げた。
そのまま何かを探索し始めたチラは、しばらくして口を開いた。
「今デルフィ様がこの棒に魔力を流した際に、僅かながらに地下の亜空間の外壁が接近してきたように感じたんです。やはりこれは何かの起動装置のようですね。」
「それならリリスの魔力ではどうだ?」
そう言われてリリスは2本の棒を握り、グッと魔力を流してみた。
その途端にブンッと鈍い音がして、台座の近くの壁に黒い扉が現われた。
良く見ると実体の扉ではない。
闇で形造られた扉だ。
「おおっ! これが地下の亜空間への入り口なのか?」
興奮気味のデルフィと対照的にメリンダ王女は冷静だった。
「安全確認もせずに直ぐに突入するのは危険だわ。使い魔を潜入させて、べリアの元に行きついたか否か確認した方が良いわよ。」
「そうですよね、王女様。試しに私の使い魔を潜入させてみますね。」
チラはそう言うと魔力を集中させ、自分の使い魔を召喚した。
黒い小さな烏だ。
やたらに目が大きいので、まるでアニメのキャラクターのようにも見える。
「あらっ! 可愛いわね。」
芋虫の言葉にチラはうふふと笑いながら、その使い魔を壁に出現した闇の扉に送り込んだ。
チラはそのまま魔力を循環させ、使い魔の位置を探知し始めた。
「アッ! 使い魔が消えちゃった!」
チラは驚きながらも、次の手段として空間魔法で気配を探り始めた。
しばらくの沈黙が続く。
その間チラは何度も首を動かしながら探知し続け、ふと目を見開いた。
「居ました! 確認出来ました! 使い魔がべリアと同じ場所に居ます!」
チラの言葉にリリスもデルフィもホッと安堵のため息をついた。
「どうやら正解に辿り着いたようだな。それでは闇の扉の向こうに潜入しよう。」
デルフィの合図でリリス達は闇の扉の向こう側に潜入した。
目の前が暗転する。
気が付くとリリス達は薄暗く広い空間の中に居た。
天井は高くドーム状で、巨大なホールの様な形状だ。
その外壁や床は金属の様な鈍い光沢を放ち、壁自体が仄かに光りを放っている。
空気はあるが、少し息苦しい。
少し頭痛や吐き気がするのは立ち込めている魔力のせいだろう。
闇魔法の魔力が濃厚に立ち込めているのだ。
その元凶はホールの中央に浮かんでいる闇のオーブだ。
直径3mもの大きな黒いオーブが空中に浮かんでいる。
そこから放たれる闇魔法の魔力がこの空間全体に充満してしまっているので、ここに留まっていれば確実に魔力酔いを起こし、意識すら失ってしまうだろう。
「これは・・・キツイな。」
そう言いながらデルフィが振り返ると、チラはポンポンと頭を叩いていた。
かなり堪えていそうだ。
リリスも魔力酔いを起こしそうなので、非表示で魔装を発動させた。
その途端に少し気分が楽になったのはリリスだけではなかったようだ。
「う~ん。少し楽になったわ。リリス、何をしたの?」
「ああ、酔い止めの薬を飲んだのよ。」
リリスの言葉に芋虫はふうんと声をあげた。
「はぐらかさなくても良いじゃないの。まあ、問い詰める気も無いけどね。それよりあそこに人影が見えるわよ。」
芋虫はそう言いながら、自分の身体をくねらせてリリスにその方向を示した。
芋虫が示す方向には確かに人影が見えている。
あれはべリアさんかしら?
魔力と共に闇が濃厚に漂っていて良く見えない。
リリスは芋虫が示す方向に駆け寄った。
闇魔法のオーブから少し離れた位置に人が臥している。
近付いて良く見ると、やはりべリアだ。
意識を失っているのだろうか?
リリスの合図でチラが駆け寄り、べリアの身体を抱き起し、その身体中を精査し始めた。
「特に健康上の異常は有りませんね。明らかに魔力酔いの症状で意識も混濁しているようです。」
そう言いながらチラはべリアとの念話を試みた。
言葉で会話が出来ないので、直接べリアの脳と交信しようとしたのだろう。
しばらくしてチラはふうっとため息をついた。
「大丈夫そうです。闇魔法の魔力でおなかが一杯だと言っています。」
「そんな冗談を言えるようなら大丈夫だな。」
デルフィはそう言いながらチラとリリスに小さな魔道具を手渡した。
「これは体密着型の亜空間シールドの魔道具だ。これを使えば楽になる。3時間ほど効果が得られるから、その間にここから脱出しよう。」
チラは礼を言いながら魔道具を起動させた。
リリスは現状では不要であったが、折角なので貰って懐に入れた。
「チラ。ここから地上に転移出来るか?」
「はい。やってみます。」
チラはそう言うと魔力を集中させ、空間魔法を発動させた。
だが何も変化が起こらない。
あれっ?と首を傾げ、今度は闇魔法の転移を試みるが、これも上手く発動出来ない様子だ。
「駄目か? それなら転移の魔石はどうだ?」
デルフィは懐から魔石を取り出し、その魔石にグッと魔力を注ぎ込んだ。
だがそれでも何も起こらない。
「どうやら儂らも閉じ込められてしまったのか?」
考え込むデルフィの姿を見ながら、ふとべリアの顔を見ると、顔色が悪くなってきている。
その容態が急変してきた様子だ。
魔力の過剰摂取がべリアの限度を超えて来ているのだろう。
拙いわね。
「とりあえず、べリアさんの身体の回復を急いだほうが良さそうですね。」
リリスはそう言うとべリアの身体から魔力を吸引し始めた。
闇魔法の魔力がリリスの身体に入ってくる。だがそれは何処かに吐き出さないとリリスの身体に支障をきたすだけだ。
リリスは強引にべリアの身体から闇魔法の魔力を吸引し、それを一気に吐き出す作業を繰り返した。
周りに闇魔法の魔力が充満しているので、べリアの身体には直ぐに魔力が入り込んでくる。
とにかく入り込んでくるよりも先に吸い出しちゃえば良いのよ!
そう思いながら強引に魔力吸引を繰り返していると、べリアの身体からかなりの魔力が無くなり、周りから魔力が入り込んでくるまでのタイムラグを稼ぐ事が出来た。それはべリアの意識が回復してきた様子を見ても分かる。
今だ!
リリスは自分が持っていた体密着型の亜空間シールドの魔道具を取り出し、べリアの身体に押し付けて即座にそれを作動させた。
べリアの身体が亜空間シールドによって包まれ、充満している闇魔法の魔力から隔絶された。
べリアはう~んと唸って背伸びをしながら、その場にフラフラと立ち上がったのだが、その視線が定まっていない。
夢遊病者のようにたどたどしく歩きながら、べリアはオーブの方に近付いて行った。
「べリア! どうしたの?」
チラの制止を振り切り、べリアはオーブに近付いて行く。
「・・・・・オーブが・・・・・私を呼んでいる。」
べリアがオーブにかなり接近したその時、オーブがカッと大きな光を放ち、周囲は何も見えなくなってしまった。
その光が消えた時、べリアの姿も消え去ってしまっていた。
「べリア!」
チラが叫ぶが何の反応も無い。
リリスとチラはその喪失感で力が抜け、その場に崩れ落ちてしまったのだった。
その一角に闇の神殿の遺跡があった。
既に放棄されて500年が経過し、石造りの神殿の外観はかなり朽ちてしまっている。
所々に石壁が壊れ、その隙間から低木が生えていた。
その低木も意外に青々としているので、地下には水脈があるのだろう。
その遺跡の出入り口の前にビーコンが埋められ、その位置座標を基にしてリリス達はデルフィの研究施設から転移してきた。
そこに現われたのはリリスとデルフィとチラだが、前日の夜とは異なる点が一つある。
リリスの肩に単眼の芋虫が生えていたのだ。
メリンダ王女の使い魔である。
前日の夜にデルフィを伴ってリリスはメリンダ王女に報告をした。
べリアの救出に向かう為に闇の神殿の遺跡に向かうと聞いて、メリンダ王女は身を乗り出して食いついて来た。
「私も連れて行きなさい! これは命令だからね!」
そう言われてリリスもデルフィも拒絶する事は出来なかったのだ。
闇の神殿があるのなら、私が行かなくてどうするの!
それがメリンダ王女の言い分だった。
闇魔法の使い手なのでその気持ちも分からないではないのだが、危険を伴うところに連れて行くわけにもいかない。
それ故にリリスと五感を共有した使い魔の出番である
リリスの肩に生えた芋虫をツンツンと突きながら、チラは大いに感心していた。
「闇魔法の憑依を使えるなんて、メリンダ王女様も相当な使い手ですね。」
そう言われてメリンダ王女もテンションが上がっていた。
それに加えて目の前に闇の神殿の遺跡がある。
「これが闇の神殿なのね! 早速中に入るわよ!」
ハイテンションな王女様である。
「メル。落ち着いてよ。中にどんな危険が待ち受けているか分からないんだからね。」
「そうは言ってもデルフィ様は訪れているんじゃないの?」
メリンダ王女の言葉にデルフィはうんうんと頷いた。
「確かに今まで2度探索しましたが今回は別ですよ、王女様。べリアが隔離されているであろう場所は未踏の場所ですからな。」
デルフィの言葉にチラが捕捉をした。
「そうなんですよ。遺跡の地下と言っても物理的に地下と言うわけでは無さそうなんです。亜空間が仕込まれている様に感じますので、そこに行く為の手段をまず探す必要があるのですよ。」
チラの説明に少し納得したのか、芋虫は頷くように身体を前屈させた。
その芋虫の目の前に突然数名の兵士が現われた。
転移してきたのは長剣を持つリゾルタの兵士達である。
「この兵士達は私達の護衛なの?」
芋虫の言葉にチラは首を横に振った。
「いいえ。彼等はこの遺跡の出入り口に待機します。私達の動きを感じ取って、邪魔をしようとする者達が居ますので・・・・・」
チラはそこまで言って言葉を濁した。
暗にべリアの叔母を匂わせているのはリリスにも分かる。
メリンダ王女もその詳細にまでは言及しようとしなかった。
「さあ、中に入ろう!」
デルフィの言葉でリリス達も遺跡の内部に足を踏み入れた。
遺跡の中は外観とは異なりそれなりに整備され、所々補修もされていた。
それでも石畳の床は苔生していて、ムッとした湿っぽい空気が漂っている。
内部探索用の魔道具で照らされ、内部はそれほどに暗くない。
通路の壁は触るとボロボロと崩れそうだが、今すぐに崩落してくるような気配はないので一安心だ。
チラが先頭を歩き、デルフィとリリスがそれに続く。
しばらく通路を歩くと広く大きな空間に出た。
「ここがこの神殿のホールだよ。あそこに大きな像があるのが見えるかい?」
デルフィの示す方向に目を向けると、ホールの壁に接するように直径5mほどの台座が置かれ、その上には既に半壊してしまった大きな像の身体の部分が置かれていた。
その頭部は既に無い。
蝙蝠の様な翼がある事で、これが恐らくガーゴイルであろうと想像出来る。
かぎ爪を生やした両手を胸の前でクロスして、何かを抱きかかえるような仕草をしているのは、闇のオーブを抱きかかえる為だったのだろう。
既に朽ち果て半壊した像だが、それでも闇魔法の波動が何となく伝わってくるのは不思議な事だ。
リリス達はその傍に近付き、その周囲を探索してみた。
だが地下に続く階段のようなものも無く、それを隠した扉のようなものも見当たらない。
「チラ。べリアの気配はこの地下で間違いないのか?」
デルフィの言葉にチラはうんうんと頷いた。
「地下にべリアの気配があるのは確かですし、彼女の生命反応も安定しています。ただ、どれほどの深さなのかは分かりません。」
「それは亜空間で封じられているから特定出来ないのか?」
デルフィの問い掛けにチラは無言で頷いた。
でもそれならどうやってべリアを助けるのだろうか?
リリスはそんな疑問を抱きつつ、台座の周囲を再度見回した。
そのリリスの後ろを歩いていたチラがアッと声をあげた。
「こんなものは無かったはず・・・・・」
チラの視線の先に会ったものは、台座の側壁から斜め上に突き出した30cmほどの2本の棒だった。
これってレミア族の遺跡にもあったわよね。
魔力を流せば何処かへ転送されるんじゃなかったっけ?
デルフィはその棒を握って動かそうとしたが、全く動かない。
「それって魔力を流せば・・・何かが起動するんじゃないですか?」
リリスの言葉にデルフィはう~んと唸り、試しに魔力を流してみた。
だが何の変化も見られない。
それでもチラはうん?と声をあげて首を傾げた。
そのまま何かを探索し始めたチラは、しばらくして口を開いた。
「今デルフィ様がこの棒に魔力を流した際に、僅かながらに地下の亜空間の外壁が接近してきたように感じたんです。やはりこれは何かの起動装置のようですね。」
「それならリリスの魔力ではどうだ?」
そう言われてリリスは2本の棒を握り、グッと魔力を流してみた。
その途端にブンッと鈍い音がして、台座の近くの壁に黒い扉が現われた。
良く見ると実体の扉ではない。
闇で形造られた扉だ。
「おおっ! これが地下の亜空間への入り口なのか?」
興奮気味のデルフィと対照的にメリンダ王女は冷静だった。
「安全確認もせずに直ぐに突入するのは危険だわ。使い魔を潜入させて、べリアの元に行きついたか否か確認した方が良いわよ。」
「そうですよね、王女様。試しに私の使い魔を潜入させてみますね。」
チラはそう言うと魔力を集中させ、自分の使い魔を召喚した。
黒い小さな烏だ。
やたらに目が大きいので、まるでアニメのキャラクターのようにも見える。
「あらっ! 可愛いわね。」
芋虫の言葉にチラはうふふと笑いながら、その使い魔を壁に出現した闇の扉に送り込んだ。
チラはそのまま魔力を循環させ、使い魔の位置を探知し始めた。
「アッ! 使い魔が消えちゃった!」
チラは驚きながらも、次の手段として空間魔法で気配を探り始めた。
しばらくの沈黙が続く。
その間チラは何度も首を動かしながら探知し続け、ふと目を見開いた。
「居ました! 確認出来ました! 使い魔がべリアと同じ場所に居ます!」
チラの言葉にリリスもデルフィもホッと安堵のため息をついた。
「どうやら正解に辿り着いたようだな。それでは闇の扉の向こうに潜入しよう。」
デルフィの合図でリリス達は闇の扉の向こう側に潜入した。
目の前が暗転する。
気が付くとリリス達は薄暗く広い空間の中に居た。
天井は高くドーム状で、巨大なホールの様な形状だ。
その外壁や床は金属の様な鈍い光沢を放ち、壁自体が仄かに光りを放っている。
空気はあるが、少し息苦しい。
少し頭痛や吐き気がするのは立ち込めている魔力のせいだろう。
闇魔法の魔力が濃厚に立ち込めているのだ。
その元凶はホールの中央に浮かんでいる闇のオーブだ。
直径3mもの大きな黒いオーブが空中に浮かんでいる。
そこから放たれる闇魔法の魔力がこの空間全体に充満してしまっているので、ここに留まっていれば確実に魔力酔いを起こし、意識すら失ってしまうだろう。
「これは・・・キツイな。」
そう言いながらデルフィが振り返ると、チラはポンポンと頭を叩いていた。
かなり堪えていそうだ。
リリスも魔力酔いを起こしそうなので、非表示で魔装を発動させた。
その途端に少し気分が楽になったのはリリスだけではなかったようだ。
「う~ん。少し楽になったわ。リリス、何をしたの?」
「ああ、酔い止めの薬を飲んだのよ。」
リリスの言葉に芋虫はふうんと声をあげた。
「はぐらかさなくても良いじゃないの。まあ、問い詰める気も無いけどね。それよりあそこに人影が見えるわよ。」
芋虫はそう言いながら、自分の身体をくねらせてリリスにその方向を示した。
芋虫が示す方向には確かに人影が見えている。
あれはべリアさんかしら?
魔力と共に闇が濃厚に漂っていて良く見えない。
リリスは芋虫が示す方向に駆け寄った。
闇魔法のオーブから少し離れた位置に人が臥している。
近付いて良く見ると、やはりべリアだ。
意識を失っているのだろうか?
リリスの合図でチラが駆け寄り、べリアの身体を抱き起し、その身体中を精査し始めた。
「特に健康上の異常は有りませんね。明らかに魔力酔いの症状で意識も混濁しているようです。」
そう言いながらチラはべリアとの念話を試みた。
言葉で会話が出来ないので、直接べリアの脳と交信しようとしたのだろう。
しばらくしてチラはふうっとため息をついた。
「大丈夫そうです。闇魔法の魔力でおなかが一杯だと言っています。」
「そんな冗談を言えるようなら大丈夫だな。」
デルフィはそう言いながらチラとリリスに小さな魔道具を手渡した。
「これは体密着型の亜空間シールドの魔道具だ。これを使えば楽になる。3時間ほど効果が得られるから、その間にここから脱出しよう。」
チラは礼を言いながら魔道具を起動させた。
リリスは現状では不要であったが、折角なので貰って懐に入れた。
「チラ。ここから地上に転移出来るか?」
「はい。やってみます。」
チラはそう言うと魔力を集中させ、空間魔法を発動させた。
だが何も変化が起こらない。
あれっ?と首を傾げ、今度は闇魔法の転移を試みるが、これも上手く発動出来ない様子だ。
「駄目か? それなら転移の魔石はどうだ?」
デルフィは懐から魔石を取り出し、その魔石にグッと魔力を注ぎ込んだ。
だがそれでも何も起こらない。
「どうやら儂らも閉じ込められてしまったのか?」
考え込むデルフィの姿を見ながら、ふとべリアの顔を見ると、顔色が悪くなってきている。
その容態が急変してきた様子だ。
魔力の過剰摂取がべリアの限度を超えて来ているのだろう。
拙いわね。
「とりあえず、べリアさんの身体の回復を急いだほうが良さそうですね。」
リリスはそう言うとべリアの身体から魔力を吸引し始めた。
闇魔法の魔力がリリスの身体に入ってくる。だがそれは何処かに吐き出さないとリリスの身体に支障をきたすだけだ。
リリスは強引にべリアの身体から闇魔法の魔力を吸引し、それを一気に吐き出す作業を繰り返した。
周りに闇魔法の魔力が充満しているので、べリアの身体には直ぐに魔力が入り込んでくる。
とにかく入り込んでくるよりも先に吸い出しちゃえば良いのよ!
そう思いながら強引に魔力吸引を繰り返していると、べリアの身体からかなりの魔力が無くなり、周りから魔力が入り込んでくるまでのタイムラグを稼ぐ事が出来た。それはべリアの意識が回復してきた様子を見ても分かる。
今だ!
リリスは自分が持っていた体密着型の亜空間シールドの魔道具を取り出し、べリアの身体に押し付けて即座にそれを作動させた。
べリアの身体が亜空間シールドによって包まれ、充満している闇魔法の魔力から隔絶された。
べリアはう~んと唸って背伸びをしながら、その場にフラフラと立ち上がったのだが、その視線が定まっていない。
夢遊病者のようにたどたどしく歩きながら、べリアはオーブの方に近付いて行った。
「べリア! どうしたの?」
チラの制止を振り切り、べリアはオーブに近付いて行く。
「・・・・・オーブが・・・・・私を呼んでいる。」
べリアがオーブにかなり接近したその時、オーブがカッと大きな光を放ち、周囲は何も見えなくなってしまった。
その光が消えた時、べリアの姿も消え去ってしまっていた。
「べリア!」
チラが叫ぶが何の反応も無い。
リリスとチラはその喪失感で力が抜け、その場に崩れ落ちてしまったのだった。
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ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
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