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リリアの迷走3
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リンとリリアが会った数日後。
放課後の生徒会の部屋で作業をしていると、隣の席でウィンディが幾度となく欠伸をして眠そうにしていた。
どうしたのかと聞くとウィンディは目を擦りながら、苦笑いを浮かべて口を開いた。
「このところ毎晩のように変な夢を見るんですよ。天にも届く様な巨大な木の枝葉の上で、横になってくつろいでいるんです。」
ウィンディの話を聞いて、リリスは内心ドキッとした。
その巨木ってまさか、世界樹じゃないでしょうね。
リリスは平然を装い、ウィンディに問い掛けた。
「でもそれなら睡眠の妨げにはならないわよね。」
「まあ、それだけなら良いんですけど。」
ウィンディはそう言うと困ったような表情を見せた。
「その夢の中で、私に似た女性が空中に浮かび上がって、話し掛けてくるんです。風魔法の上達のコツを教えてあげるよって・・・・」
う~ん。
増々怪しいわね。
ウィンディに似たその女性って、風の亜神のウィンディじゃないの?
でもあのウィンディの意識は世界樹に吸収されてしまったはず。
そうすると残留思念なのかしら?
「それで夜中に一度目が覚めるんです。その時に直ぐにもう一度寝ちゃえば寝不足にならないんですけど、忘れないうちにその女性からのアドバイスを試そうとしていると、高揚して眠れなくなっちゃって・・・。」
まあ、その気持ちは分からないでもないわね。
「それで具体的にはどんな事をアドバイスしてくれるの?」
「それは色々ですね。風魔法の発動の為のイメージの描き方とか、呼吸法に基づいた魔力量の増加の為のトレーニングだとか・・・」
随分詳細なアドバイスね。
リリスは嬉々として語るウィンディの仕草を微笑ましく感じた。
何かしらの手応えを感じているのだろう。
「その様子だと、風魔法がレベルアップ出来ているようね。」
「そうですね。魔法の発動時間が短縮されましたし、スキルの強化も少し進みました。今度、リリアとダンジョンチャレンジの補講を受けるので、そこで色々と試してみようと思っているんです。」
ウィンディの言葉にリリスは疑問を持った。
「補講を受けるの?」
リリスの問い掛けにウィンディはうんうんと頷いた。
「はい。実際には補講の名を借りた自主練ですね。私とリリアでロイド先生に申し込んだんです。」
「リリアも参加するの? そう言えば今日はリリアは来ていないのね?」
リリアがこの場に来ていない事を今更ながらにリリスは尋ねた。
リンとの邂逅の事もあって、リリアの体調が気になっていたリリスである。
「リリアならもう直ぐここに来ますよ。授業が終わった時にロイド先生に呼び出されたんです。多分、補講を受ける意志を確認されているんでしょうね。」
そう言いながらウィンディは生徒会の部屋の扉の方に目を向けた。
「そう言えば、上級貴族の子女には万が一の事を懸念して、一応確認を取る決まりが学院側にあるのよね。それにしてもリリアも積極的に成って来たのねえ。」
「そうなんですよ。今日は少し体調が悪いと言って午前中は自室で休んでいたんですけど、午後からは元気一杯で授業に出て、その授業の合間に私との補講の話を持ち出して来て・・・・・」
「何だか目まぐるしい子ね。」
13歳の少女ってコロコロと気分や体調が変わるのかしら?
そう思いながらもリリスは、リリアの午前中の体調の不調が気になった。
「そう言えばリリアがリリス先輩に相談があるって言っていました。ここに来てから話すって言っていましたけど。」
ウィンディがリリスにそう伝えたその時、生徒会の部屋のドアがノックと共に開かれ、リリアが笑顔で入室してきた。
「遅くなっちゃったわ。」
リリアはウィンディが用意した椅子にカバンを置き、リリスやエリス達に挨拶を交わすと、ウィンディの横に座ってその作業を当たり前のように手伝い始めた。
いつの間にか生徒会のスタッフのようになってしまったリリアである。
その作業の合間に補講の話をリリスに報告したリリアだが、その様子を見る限り、午前中に体調が悪かったようには思えない。
「リリア。体調はもう良いの?」
ふと気遣ったリリスの言葉にリリアは笑顔で頷き、呟く様な声でリリスに話し掛けた。
「体調は良好です。それでリリス先輩にお話があって、少しお時間をいただきたいんですけど・・・・・」
随分丁寧口調で話すわね。
またリンちゃん絡みで頼み事でもあるのかしら?
「後で地下の訓練場に付き合って貰えますか?」
「ああ、良いわよ。」
訓練場と聞いて魔法絡みの事だと感じたリリスは直ぐに快諾した。
「良かった。お願いします。」
深々と頭を下げるリリアにリリスは笑顔で応え、その日の作業を続けた。
その後、生徒会の部屋から退出する時刻になったので、リリスはリリアとウィンディを伴って地下の訓練場に足を運んだ。
使用許可を職員室で取り、階下へと進む。
生徒の誰かが訓練しているかもと思っていたが、この日は幸いに誰も居なかった。
誰も居ないがらんとした訓練場。
その中央に進み、木製の標的を目の前にして立つと、おもむろにリリアが神妙な表情で口を開いた。
「リリス先輩。見て貰いたいものがあるんですけど・・・・・」
そう言ってリリアはウィンディの方に目を向けた。
「ウィンディも今から見せるものは内緒にしていてね。」
ウィンディはその意図が分からず、うんうんと無言で頷くだけだ。
リリアはその様子を見ながら、自分の身体の中で魔力を軽く循環させた。
その途端に、リリアの頭の上に小さな赤い光の塊が浮かび上がった。
うん?
何?
疑問を抱きつつリリスとウィンディはリリアの傍ににじり寄った。
それを確認して、先に叫んだのはウィンディだった。
「竜だ! 竜だわ。」
だがリリスは違和感を感じた。
そのフォルムが違う。
「竜と言うより龍だわね。」
それは体長5cmほどで蛇の様な体つきだが、角や手足が生えていて明らかに東洋的な龍の姿だ。
しかも前足で小さな宝玉を掴んでいるのは、もはや定番の姿だと言って良いだろう。
「可愛い!」
ウィンディは目を輝かせながらその姿に見入ってしまった。
だがリリアは苦笑をして、バツが悪そうに口を開いた。
「今朝起きて洗面所で鏡を見たら、この龍が頭の上に現れていたんです。最初はどうやっても消せなかったので、どうしようかと悩んだんです。」
「このままじゃあ教室にも行けないし、仕方が無く仮病で休むことにしたんですけど、本当に泣きそうでしたよ。」
「でも、お昼前にこの龍を引っ込める要領をようやく掴んだんです。それでなんとか午後の授業に間に合いました。」
「一人部屋で良かったと思ったのは今回が初めてでした。ルームメイトが居たらどう説明していたかと思うと・・・・・」
訥々と、だが一気にリリアはその経緯を語った。
その間もリリアの頭上の龍はくねくねと身体を揺らしている。
ちなみに上級貴族の子女は基本的に一人部屋になっている。
普通は取り巻きの貴族の子女が従者のような立場で泊まる事が多い。
だが、リリアの場合は取り巻きが居ないので、入学当初から一人で寝泊まりしている。
その状況をリリアの両親も把握している筈だが、心配していないのだろうか?
放逐と言っても良いような環境だと思うと、リリスもリリアの両親に軽く憤りを感じていた。
それでも今はウィンディが友人として週に1~2度、リリアの部屋で寝泊まりしているそうで、リリスとしてもとりあえず安堵しているのだが・・・。
それにしてもこの龍は何なの?
リンちゃんから覇竜の魔力を取り込んだのが原因なのかしら?
「この龍って恐らく加護が形状化したものだと思うんです。この龍が出現した状態になると、身体が熱くなってくるので、火魔法のレベルが底上げされているのかも知れません。」
リリアの言葉にリリスもウィンディもうんうんと頷いた。
「それを確かめたかったのね。」
ウィンディの言葉にリリスは笑顔で頷いた。
「それじゃあ、リリア。とりあえず標的を火魔法で焼き払ってみて。」
リリスの言葉にハイと答えてリリアは魔力を集中させた。
その途端にリリアが前に突き出した両手の上に、ファイヤーニードルが出現した。
だが少し違和感がある。
ニードルと言うには太くて長い。
これってボルトって呼んでも良いんじゃないの?
そう思ったのも束の間、リリアの両肩の上にもファイヤーニードルが出現し、更にウエストの両側にも出現した。
5本のファイヤーニードルがそれぞれの場所でぐるぐると回転している。
リリアが気合を入れてファイヤーニードルを放つと、全弾がキーンと金切り音を立てて高速で滑空した。
総数30本のファイヤーニードルが3体の木製の標的に命中し、爆炎と共に跡形もなく焼き払われた。
勢い余って爆炎を擦り抜け、背後の防御壁にまで到達したものも数本あったようだ。
火魔法に耐性の無い魔物相手なら、これだけで明らかにオーバーキルだろう。
だがリリアの方に目を向けると、すでにリリアはファイヤーニードルを全弾リロードし、今にも放とうとしていた。
「リリア! もう良いわよ。落ち着いて!」
リリスの声にハッとしてリリアはファイヤーニードルを解除した。
我を忘れていたのだろうか?
リリアはえへへと照れ笑いをしながら、頭の上の龍を優しく撫でた。
龍はそのリリアの手に触れて、くねくねと身体を揺らしている。
喜んでいるようにも見えるのだが、表情が分からないので真意は確かめようが無い。
リリアの火魔法の現状が気になるので、リリスはこっそりとリリアを鑑定してみた。
**************
リリア・エル・ウィンドフォース
種族:人族 レベル14
年齢:13
体力:700
魔力:1500(+500)
属性:風・火
魔法:ファイヤーニードル レベル5++(高度補正有)
ファイヤーアロー レベル3++(高度補正有)
エアカッター レベル1
ファイヤーボール レベル1
スキル:探知 レベル2
毒耐性 レベル2
投擲スキル レベル2
火魔法操作 レベル3(+3)
魔力吸引 レベル1(機能制限有)
(秘匿領域:解析済み)
(業火の化身:機能制限20%解除済)
**************
魔力量の+500と火魔法操作のレベルの+3は、頭上に龍が出現した時のボーナスポイントなのだろう。
しかも、覇竜の魔力を無理矢理取り込んだおかげで、業火の化身の機能制限が20%解除されている。
いやむしろ、この20%の解除を急ぎたいが故に、リリアの気持ちを焚付けてリンと会う様に仕組んだのか?
そうだとしたら油断のならない加護だとリリスは改めて感じた。
だがリリアの成長は素直に誉めてあげたい。
「確かに火魔法がレベルアップされているようね。これなら木製の標的なんてあまりにも物足りないわよねえ。」
軽く手を叩きながらリリアに向けて放ったリリスの言葉に、ウィンディも嬉しそうな声で続いた。
「凄いわねえ、リリア。この威力なら早くダンジョンの魔物で試したいでしょうね。」
リリアは強く頷き、遠くを見るような目で思わず呟いた。
「どんな魔物だろうと、香ばしく焼き払ってあげたいわぁ。」
うっ!
まるでタミアの言いそうな発言だわね。
「リリア。お願いだから冷静になってね。」
「冗談ですよ、先輩。」
リリアは即座にそう答えたが、本当に冗談なのだろうか?
リリスの心配とは裏腹に、ウィンディは嬉々として喜んでいる様子だ。
「今度の補講が楽しみだわ。」
そう言いながらウィンディはリリアの頭上の龍に目を向けた。
「私もこんなのが欲しいなあ。」
ジトッとした視線で龍を見つめるウィンディ。
その目には羨望の気配が読み取れる。
「ウィンディ。あなたは夢の中で風魔法の上達のコツを教えて貰っているんじゃないの?」
リリスの言葉にウィンディは残念そうな表情を浮かべた。
「それはそうなんですけど・・・・・。実体で現れてくれるとテンションが上がりますよねえ。」
まあ、その気持ちは分かるけどねえ。
「リリアの頭上の龍が加護の形状化したものだと考えると、ウィンディの持つ加護も形状化出来そうよね。加護にお願いしてみたら?」
「そうですね。うん、そうしてみます!」
妙なところで力の入ったウィンディの言葉にリリスは苦笑いを浮かべた。
二人が話をしている間に、リリアは訓練場の片隅の倉庫に走り、台車を使って予備の標的を持ち出してきた。
三人で新たな標的を準備したところでリリアがウィンディを促した。
「次はウィンディの番だよ。」
ウィンディはうんと頷いて標的に正対し、魔力を集中し始めた。
ウィンディも少しレベルアップしているのかしら?
そう思ったリリスの思いの斜め上を行くように、訓練場に禍々しい気配が立ち込めて来た。
ウィンディの身体を中心に風が渦巻き、訓練場の空気全体が生き物のように蠢いているのが分かる。
それと共に、雷雨が来る前に感じる胸騒ぎの様なものがリリスの脳裏に過った。
ウィンディは何をしようとしているの?
ふと隣にいるリリアの顔を見ると、彼女もウィンディの放つ気配を感じて表情が強張っている。
二人は無言のまま、ウィンディの後姿を凝視していたのだった。
放課後の生徒会の部屋で作業をしていると、隣の席でウィンディが幾度となく欠伸をして眠そうにしていた。
どうしたのかと聞くとウィンディは目を擦りながら、苦笑いを浮かべて口を開いた。
「このところ毎晩のように変な夢を見るんですよ。天にも届く様な巨大な木の枝葉の上で、横になってくつろいでいるんです。」
ウィンディの話を聞いて、リリスは内心ドキッとした。
その巨木ってまさか、世界樹じゃないでしょうね。
リリスは平然を装い、ウィンディに問い掛けた。
「でもそれなら睡眠の妨げにはならないわよね。」
「まあ、それだけなら良いんですけど。」
ウィンディはそう言うと困ったような表情を見せた。
「その夢の中で、私に似た女性が空中に浮かび上がって、話し掛けてくるんです。風魔法の上達のコツを教えてあげるよって・・・・」
う~ん。
増々怪しいわね。
ウィンディに似たその女性って、風の亜神のウィンディじゃないの?
でもあのウィンディの意識は世界樹に吸収されてしまったはず。
そうすると残留思念なのかしら?
「それで夜中に一度目が覚めるんです。その時に直ぐにもう一度寝ちゃえば寝不足にならないんですけど、忘れないうちにその女性からのアドバイスを試そうとしていると、高揚して眠れなくなっちゃって・・・。」
まあ、その気持ちは分からないでもないわね。
「それで具体的にはどんな事をアドバイスしてくれるの?」
「それは色々ですね。風魔法の発動の為のイメージの描き方とか、呼吸法に基づいた魔力量の増加の為のトレーニングだとか・・・」
随分詳細なアドバイスね。
リリスは嬉々として語るウィンディの仕草を微笑ましく感じた。
何かしらの手応えを感じているのだろう。
「その様子だと、風魔法がレベルアップ出来ているようね。」
「そうですね。魔法の発動時間が短縮されましたし、スキルの強化も少し進みました。今度、リリアとダンジョンチャレンジの補講を受けるので、そこで色々と試してみようと思っているんです。」
ウィンディの言葉にリリスは疑問を持った。
「補講を受けるの?」
リリスの問い掛けにウィンディはうんうんと頷いた。
「はい。実際には補講の名を借りた自主練ですね。私とリリアでロイド先生に申し込んだんです。」
「リリアも参加するの? そう言えば今日はリリアは来ていないのね?」
リリアがこの場に来ていない事を今更ながらにリリスは尋ねた。
リンとの邂逅の事もあって、リリアの体調が気になっていたリリスである。
「リリアならもう直ぐここに来ますよ。授業が終わった時にロイド先生に呼び出されたんです。多分、補講を受ける意志を確認されているんでしょうね。」
そう言いながらウィンディは生徒会の部屋の扉の方に目を向けた。
「そう言えば、上級貴族の子女には万が一の事を懸念して、一応確認を取る決まりが学院側にあるのよね。それにしてもリリアも積極的に成って来たのねえ。」
「そうなんですよ。今日は少し体調が悪いと言って午前中は自室で休んでいたんですけど、午後からは元気一杯で授業に出て、その授業の合間に私との補講の話を持ち出して来て・・・・・」
「何だか目まぐるしい子ね。」
13歳の少女ってコロコロと気分や体調が変わるのかしら?
そう思いながらもリリスは、リリアの午前中の体調の不調が気になった。
「そう言えばリリアがリリス先輩に相談があるって言っていました。ここに来てから話すって言っていましたけど。」
ウィンディがリリスにそう伝えたその時、生徒会の部屋のドアがノックと共に開かれ、リリアが笑顔で入室してきた。
「遅くなっちゃったわ。」
リリアはウィンディが用意した椅子にカバンを置き、リリスやエリス達に挨拶を交わすと、ウィンディの横に座ってその作業を当たり前のように手伝い始めた。
いつの間にか生徒会のスタッフのようになってしまったリリアである。
その作業の合間に補講の話をリリスに報告したリリアだが、その様子を見る限り、午前中に体調が悪かったようには思えない。
「リリア。体調はもう良いの?」
ふと気遣ったリリスの言葉にリリアは笑顔で頷き、呟く様な声でリリスに話し掛けた。
「体調は良好です。それでリリス先輩にお話があって、少しお時間をいただきたいんですけど・・・・・」
随分丁寧口調で話すわね。
またリンちゃん絡みで頼み事でもあるのかしら?
「後で地下の訓練場に付き合って貰えますか?」
「ああ、良いわよ。」
訓練場と聞いて魔法絡みの事だと感じたリリスは直ぐに快諾した。
「良かった。お願いします。」
深々と頭を下げるリリアにリリスは笑顔で応え、その日の作業を続けた。
その後、生徒会の部屋から退出する時刻になったので、リリスはリリアとウィンディを伴って地下の訓練場に足を運んだ。
使用許可を職員室で取り、階下へと進む。
生徒の誰かが訓練しているかもと思っていたが、この日は幸いに誰も居なかった。
誰も居ないがらんとした訓練場。
その中央に進み、木製の標的を目の前にして立つと、おもむろにリリアが神妙な表情で口を開いた。
「リリス先輩。見て貰いたいものがあるんですけど・・・・・」
そう言ってリリアはウィンディの方に目を向けた。
「ウィンディも今から見せるものは内緒にしていてね。」
ウィンディはその意図が分からず、うんうんと無言で頷くだけだ。
リリアはその様子を見ながら、自分の身体の中で魔力を軽く循環させた。
その途端に、リリアの頭の上に小さな赤い光の塊が浮かび上がった。
うん?
何?
疑問を抱きつつリリスとウィンディはリリアの傍ににじり寄った。
それを確認して、先に叫んだのはウィンディだった。
「竜だ! 竜だわ。」
だがリリスは違和感を感じた。
そのフォルムが違う。
「竜と言うより龍だわね。」
それは体長5cmほどで蛇の様な体つきだが、角や手足が生えていて明らかに東洋的な龍の姿だ。
しかも前足で小さな宝玉を掴んでいるのは、もはや定番の姿だと言って良いだろう。
「可愛い!」
ウィンディは目を輝かせながらその姿に見入ってしまった。
だがリリアは苦笑をして、バツが悪そうに口を開いた。
「今朝起きて洗面所で鏡を見たら、この龍が頭の上に現れていたんです。最初はどうやっても消せなかったので、どうしようかと悩んだんです。」
「このままじゃあ教室にも行けないし、仕方が無く仮病で休むことにしたんですけど、本当に泣きそうでしたよ。」
「でも、お昼前にこの龍を引っ込める要領をようやく掴んだんです。それでなんとか午後の授業に間に合いました。」
「一人部屋で良かったと思ったのは今回が初めてでした。ルームメイトが居たらどう説明していたかと思うと・・・・・」
訥々と、だが一気にリリアはその経緯を語った。
その間もリリアの頭上の龍はくねくねと身体を揺らしている。
ちなみに上級貴族の子女は基本的に一人部屋になっている。
普通は取り巻きの貴族の子女が従者のような立場で泊まる事が多い。
だが、リリアの場合は取り巻きが居ないので、入学当初から一人で寝泊まりしている。
その状況をリリアの両親も把握している筈だが、心配していないのだろうか?
放逐と言っても良いような環境だと思うと、リリスもリリアの両親に軽く憤りを感じていた。
それでも今はウィンディが友人として週に1~2度、リリアの部屋で寝泊まりしているそうで、リリスとしてもとりあえず安堵しているのだが・・・。
それにしてもこの龍は何なの?
リンちゃんから覇竜の魔力を取り込んだのが原因なのかしら?
「この龍って恐らく加護が形状化したものだと思うんです。この龍が出現した状態になると、身体が熱くなってくるので、火魔法のレベルが底上げされているのかも知れません。」
リリアの言葉にリリスもウィンディもうんうんと頷いた。
「それを確かめたかったのね。」
ウィンディの言葉にリリスは笑顔で頷いた。
「それじゃあ、リリア。とりあえず標的を火魔法で焼き払ってみて。」
リリスの言葉にハイと答えてリリアは魔力を集中させた。
その途端にリリアが前に突き出した両手の上に、ファイヤーニードルが出現した。
だが少し違和感がある。
ニードルと言うには太くて長い。
これってボルトって呼んでも良いんじゃないの?
そう思ったのも束の間、リリアの両肩の上にもファイヤーニードルが出現し、更にウエストの両側にも出現した。
5本のファイヤーニードルがそれぞれの場所でぐるぐると回転している。
リリアが気合を入れてファイヤーニードルを放つと、全弾がキーンと金切り音を立てて高速で滑空した。
総数30本のファイヤーニードルが3体の木製の標的に命中し、爆炎と共に跡形もなく焼き払われた。
勢い余って爆炎を擦り抜け、背後の防御壁にまで到達したものも数本あったようだ。
火魔法に耐性の無い魔物相手なら、これだけで明らかにオーバーキルだろう。
だがリリアの方に目を向けると、すでにリリアはファイヤーニードルを全弾リロードし、今にも放とうとしていた。
「リリア! もう良いわよ。落ち着いて!」
リリスの声にハッとしてリリアはファイヤーニードルを解除した。
我を忘れていたのだろうか?
リリアはえへへと照れ笑いをしながら、頭の上の龍を優しく撫でた。
龍はそのリリアの手に触れて、くねくねと身体を揺らしている。
喜んでいるようにも見えるのだが、表情が分からないので真意は確かめようが無い。
リリアの火魔法の現状が気になるので、リリスはこっそりとリリアを鑑定してみた。
**************
リリア・エル・ウィンドフォース
種族:人族 レベル14
年齢:13
体力:700
魔力:1500(+500)
属性:風・火
魔法:ファイヤーニードル レベル5++(高度補正有)
ファイヤーアロー レベル3++(高度補正有)
エアカッター レベル1
ファイヤーボール レベル1
スキル:探知 レベル2
毒耐性 レベル2
投擲スキル レベル2
火魔法操作 レベル3(+3)
魔力吸引 レベル1(機能制限有)
(秘匿領域:解析済み)
(業火の化身:機能制限20%解除済)
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魔力量の+500と火魔法操作のレベルの+3は、頭上に龍が出現した時のボーナスポイントなのだろう。
しかも、覇竜の魔力を無理矢理取り込んだおかげで、業火の化身の機能制限が20%解除されている。
いやむしろ、この20%の解除を急ぎたいが故に、リリアの気持ちを焚付けてリンと会う様に仕組んだのか?
そうだとしたら油断のならない加護だとリリスは改めて感じた。
だがリリアの成長は素直に誉めてあげたい。
「確かに火魔法がレベルアップされているようね。これなら木製の標的なんてあまりにも物足りないわよねえ。」
軽く手を叩きながらリリアに向けて放ったリリスの言葉に、ウィンディも嬉しそうな声で続いた。
「凄いわねえ、リリア。この威力なら早くダンジョンの魔物で試したいでしょうね。」
リリアは強く頷き、遠くを見るような目で思わず呟いた。
「どんな魔物だろうと、香ばしく焼き払ってあげたいわぁ。」
うっ!
まるでタミアの言いそうな発言だわね。
「リリア。お願いだから冷静になってね。」
「冗談ですよ、先輩。」
リリアは即座にそう答えたが、本当に冗談なのだろうか?
リリスの心配とは裏腹に、ウィンディは嬉々として喜んでいる様子だ。
「今度の補講が楽しみだわ。」
そう言いながらウィンディはリリアの頭上の龍に目を向けた。
「私もこんなのが欲しいなあ。」
ジトッとした視線で龍を見つめるウィンディ。
その目には羨望の気配が読み取れる。
「ウィンディ。あなたは夢の中で風魔法の上達のコツを教えて貰っているんじゃないの?」
リリスの言葉にウィンディは残念そうな表情を浮かべた。
「それはそうなんですけど・・・・・。実体で現れてくれるとテンションが上がりますよねえ。」
まあ、その気持ちは分かるけどねえ。
「リリアの頭上の龍が加護の形状化したものだと考えると、ウィンディの持つ加護も形状化出来そうよね。加護にお願いしてみたら?」
「そうですね。うん、そうしてみます!」
妙なところで力の入ったウィンディの言葉にリリスは苦笑いを浮かべた。
二人が話をしている間に、リリアは訓練場の片隅の倉庫に走り、台車を使って予備の標的を持ち出してきた。
三人で新たな標的を準備したところでリリアがウィンディを促した。
「次はウィンディの番だよ。」
ウィンディはうんと頷いて標的に正対し、魔力を集中し始めた。
ウィンディも少しレベルアップしているのかしら?
そう思ったリリスの思いの斜め上を行くように、訓練場に禍々しい気配が立ち込めて来た。
ウィンディの身体を中心に風が渦巻き、訓練場の空気全体が生き物のように蠢いているのが分かる。
それと共に、雷雨が来る前に感じる胸騒ぎの様なものがリリスの脳裏に過った。
ウィンディは何をしようとしているの?
ふと隣にいるリリアの顔を見ると、彼女もウィンディの放つ気配を感じて表情が強張っている。
二人は無言のまま、ウィンディの後姿を凝視していたのだった。
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「お黙りなさい! この泥棒猫が!」
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