226 / 317
兄と妹のダンジョン探索5
しおりを挟む
リリス達の前に突然現れた黒い人影。
だがその気配にリリスは警戒心を解いた。
この気配は明らかにヒックスだ。
魔族の姿で現れなかったのは、マーティンに過度に警戒させないためだろう。
「心配するな。敵ではない。」
そう言ってリリスの傍に近付いた黒い人影に、リリスは冷静に問い掛けた。
「ヒックス様・・・ですね。」
リリスの言葉に黒い人影はそうだと言って頷いた。
ヒックスがこのギースのダンジョンのダンジョンマスターだと教えると、マーティンは信じられないと言いながら黒い人影を精査し始めた。
だが当然ながらその正体は容易には解析出来ない。
気持ちを切り替えてマーティンはヒックスに問い掛けた。
「ダンジョンマスターと言う存在は架空のものだと思っていました。」
「それであなたはリリスとはどう言う関係なのですか?」
マーティンの言葉にヒックスはハハハと笑った。
「君はミラ王国の軍人なら、ハイエルフの移住の件を知っているだろう?」
「ええ、その件ならメリンダ王女様から直接聞きました。」
マーティンの返答にヒックスはうんうんと頷いた。
「それなら話は早い。その際にリリスには色々と手伝って貰ったんだよ。他にもリリスとは縁があるのだが、この子は基本的に面倒見の良い子だからね。勿論その裏付けとなる稀有な能力とスキルを持ち合わせているのだが。」
そう言いながらヒックスは顔の向きを変え、唐突にリリスに話し掛けた。
「このリリアと言う娘の持つ加護は・・・・・『業火の化身』だな?」
うっ!
見抜かれている。
ヒックスの言葉にリリスは無言で頷いた。
その様子を見てヒックスはふうっと大きくため息をついた。
「儂の知る限りではこの2000年の間で、この加護を持つ人族に会うのは初めてだ。この加護はダークエルフに稀に現れる加護だが、この加護を持ったまま成人する者は極稀なのだよ。90%以上の確率で闇落ちして一族を全て焼き払ってしまい、最終的には自滅するか掃討されてしまう。」
「それ故にこの加護を持つ者が生まれてきた際には絶対に生かしておくなと、ダークエルフの長老が言っておったのを思い出したよ。」
ヒックスの言葉にマーティンは驚いて、思わずリリアの身体を抱きしめた。
「リリアを・・・どうするつもりですか?」
ヒックスを睨みつけ、呟くように発したマーティンの言葉にヒックスはうんうんと頷いた。
「心配しなくても良い。人族であれば打つ手もある。」
「打つ手って?」
「それは高位の聖魔法だよ。」
ヒックスはそう言うとリリアの顔を覗き込んだ。
「ダークエルフは聖魔法とは相性が悪い。だが人族ならば聖魔法との相性も良いだろう。」
「聖女クラスの祭司の持つ魂魄浄化や胎内回帰を用いれば、この子が闇に取り込まれる事を防げるはずだ。」
「だが問題はそのような聖女並みのスキルと技量を持つ人物を、探さなくてはならない事だよなあ。」
ヒックスの言葉にリリスはニヤッと笑った。
マキの存在が直ぐに思い浮かんだからだ。
その笑顔にヒックスは違和感を持った様子で、軽く首を傾げた。
「それなら大丈夫です、ヒックス様。ミラ王国の神殿の祭司で、高位の聖魔法の使い手が居ますから。」
「おお!そうなのか! それなら直ぐに手を打つが良い。闇落ちしそうだった際の余韻が残っているうちに、なるべく早く施術した方が良いのだ。」
「分かりました。このダンジョンから出たら、直ぐに連絡を取ってみます。」
そう言いながら、リリスは後方で倒れているジークの方に目を向けた。
その視線にヒックスも気付いたようで、
「そうだったな。この男の後始末をしなければならん。」
「そこに倒れている男は記憶を改ざんしておこう。大きな毒蛇が出て来て、君達が倒して終了したと言う筋書きで良いな?」
ヒックスはそう言うとマーティンの方に目を向けた。
「君もそう言う筋書きで話を合わせておけ。加護の事は・・・・・まあ、誰に話しても分からんだろう。この子のステータスにも出て来ないから、内緒にしておくのが得策だな。」
ヒックスの言葉にマーティンはうんうんと頷いた。
「うむ。それではダンジョンの入り口の待機所の近くに戻してやろう。マーティンと言ったな。儂の存在は忘れてくれ。君とはおそらく二度と会う事もあるまい。」
そう言うとヒックスはパチンと指を鳴らした。
その途端にリリス達の視界が暗転し、気が付くとダンジョンの入り口の傍に待機所に戻っていた。
リリスの傍らにはジークが立っている。
「今日は収穫の多い日だったね。」
ジークは嬉しそうな表情でマーティンに話し掛けた。
「え、ええ、・・・・・そうですね。」
話を合わせろと言うヒックスの言葉を思い出し、マーティンは無理に話を合わせようとした。その様子を見てリリスも失笑してしまった。
一方、リリアはまだ朦朧としている。
初めて訪れたギースのダンジョンの探索で疲れ果てたと言う事にしたのだが、実際には過度な加護の発動により魔力も体力も消耗してしまったのだろう。
ジークの持つ転移の魔石でミラ王国の魔法学院に戻ると、リリス達はその場で解散となった。リリアの様子が心配だと言う事でマーティンはジークと別行動を取り、リリスを伴って馬車で王都の屋敷に向かった。
馬車の中ではリリスが早速、懐からマキとの連絡用の魔道具を取り出した。
それを作動させて連絡を取ると、マキは夕食前の休憩時間だった。
リリアの事を簡略に話すとマキはしばらく考え込んでいた。
「そうねえ。明日の夕方の祭祀の前なら1時間ほど時間を作れるわ。それで良いかしら?」
マキの言葉にリリスは礼を言った。
「ありがとう、マキちゃん。それでお願いします。」
「ああ、良いのよ。王族や上級貴族の方の緊急の用件なら最優先だからね。」
マキはそう言うとリリスに別れを告げ、魔道具での連絡を断ち切った。マキもマキなりに多忙なようだ。
話の内容を聞き、マーティンは改めてリリスに礼を言った。
「リリス、色々とありがとう。リリアの事は今後ともよろしくお願いするよ。」
「それは勿論です。それにリリアの加護の件はステータスには現われないので、私達が黙って居れば大丈夫ですよ。」
リリスはそう言うと、優しげな表情でリリアの様子を見た。疲れ切って眠っているようだ。
大丈夫よと心の中で呟きながら、リリスはリリアの頬をしばらく撫でていたのだった。
その数日後。
リリスは昼休みに早めに食事を済ませ、学舎の横の公園スペースで寛いでいた。
最近、生徒会関係の配布物の作成に追われており、少しリラックスする時間も必要だと感じて、あの若木の傍でベンチに漫然と座っていたのだ。
若木から漂って来る波動が心地良い。
身体を伸ばしながら、ふと学舎の方に目を向けると、ウィンディが笑顔で近付いてくるのが見えた。
「リリス先輩。ここに居たんですね。」
ウィンディはリリスの隣に座り、手に持っていた配布物のサンプルをリリスに手渡した。
「こんな感じで良いですかね? 昨晩、学生寮の自室で手直ししたんですよ。」
手渡された配布物のサンプルに目を通しながら、リリスは幾度も頷いた。
「うん。これで良いわよ。ご苦労様。でもあまり無理をしないでね。」
リリスはそう言うと、休み時間の残りを確認した。
そろそろ学舎に戻らなければ・・・。
そう思ってベンチから立ち上がり、ウィンディを促して学舎に向かおうとしたその時、背後から付いて来たウィンディがきゃあっ!と可愛い悲鳴を上げた。
何だろうかと思って振り返ると、ウィンディは若木の幹に寄りかかっていた。
「どうしたの?」
「それが・・・・・」
ウィンディは腕をさすりながら若木の傍から離れた。
「急に足を引っ張られたように感じたんです。それでこの木の幹に腕をぶつけてしまって・・・・・」
うん?
何かに引っ張られた?
石ころに躓いたのかも知れない。
そう思いながらリリスは地面に目を向けたが、それらしいものは無い。
「嫌だぁ。小さな痣が付いちゃったわ。」
ウィンディの声に反応してリリスが目を向けると、ウィンディが二の腕を擦っていた。
その手のひらの擦っている場所に、リリスは異様なものを見つけた。
ウィンディの二の腕に小さな黒点が三つ、しかも三角形を形作っている。
これって偶然じゃなさそうね。
若木と意識の世界で繋がっているのは異世界の世界樹であり、そこは風の亜神の本体のかけらであるウィンディの意識が、大半吸収されてしまった場所でもある。
世界樹の仕業?
それともあのウィンディの残留意識の仕業?
色々と思い巡らせても、今ここで応えは出ない。
だが、今ここに居る新入生のウィンディと世界樹が接点を結んでしまった事だけは確かだ。
それがこのウィンディにどの様な影響を与えるのかは不明だが。
リリスはウィンディを気遣いながら、一緒に学舎に戻っていった。
更にその数日後。
放課後の生徒会の部屋で、リリスは久し振りにリリアの顔を見た。
かれこれ10日ほど、王都の屋敷に戻り静養していたようだ。
ウィンディと共に元気そうに挨拶をしてくるリリアは、以前よりも活気にあふれている様に感じられる。
それはマキの魂魄浄化や胎内回帰を受けたからなのだろう。
更に火魔法の上達と共に、自分に自信が持てるようになってきた事もあるのかも知れない。
そう思ったリリスの推測はほぼ正解だったようだ。
「屋敷で家族が揃った時に、兄上が私の火魔法の上達ぶりを詳細に話してくれたんです。両親も喜んでくれましたし、姉達も最初は怪訝そうにしていましたけど、兄上の言葉に嘘や誇張は無いので、私の事を少しは見直してくれたようです。」
リリスにそう話しながらも、リリアはウィンディにちらっと微笑みかけた。
その目配せにウィンディも嬉しそうな表情を見せた。
「私も微力ながらリリアの成長に関与させてもらっているんですよ。」
ウィンディの言葉に何か含みを感じて、リリスはうん?と唸って首を傾げた。
その様子を見ながらウィンディは話を続けた。
「最近1日に1~2回の頻度で3分ほど、リリアと魔力の循環をしているんです。少しでもリリアが元気になればと思って、何となく思いついたんですけどね。」
「でもそれをしていると、リリアの火魔法が刺激を受けているのが分かるんです。魔力循環をした後10分ほど、リリアの火魔法のレベルが上がっているんですよね。」
ウィンディの言葉にリリアが口を挟んだ。
「10分過ぎると元に戻っちゃうんですけどね。」
アハハと笑うリリアの笑顔を見ながら、リリスは火の亜神の本体のかけらであったウィンディの言葉を思い出した。
風は火を煽るのね。
目の前にいるウィンディは、あのウィンディの意識を若木から取り込んだのかも知れない。
そんな思いがリリスの頭を過る。
その話を聞いていたエリスが話に加わって来た。
「ウィンディはリリアのブースターみたいな役割なのね。それで魔力循環の後では、どの程度レベルが上がるの?」
エリスの言葉にリリアはう~んと唸って首を傾げた。
それを補足するようにウィンディが説明に入る。
「リリアのファイヤーニードルを例にとると、ニードルの束が倍以上に出現するんですよ。しかも次々に放てるので、魔力量もそれなりに上がっているんだと思うんです。」
う~ん。
それって火の針の濃密な弾幕を張れるって事よね。
それだったらハービーの群れでも充分対応出来るんじゃないの?
思わず対空管制を思い浮かべたリリスである。
結果的には、稀有な加護が稀有な加護を刺激しているようにも思えるのだが。
この二人の関係性って必然性があったのかも知れないわね。
そう思いながらリリスはリリア達としばらくの間、和気あいあいと歓談していたのだった。
だがその気配にリリスは警戒心を解いた。
この気配は明らかにヒックスだ。
魔族の姿で現れなかったのは、マーティンに過度に警戒させないためだろう。
「心配するな。敵ではない。」
そう言ってリリスの傍に近付いた黒い人影に、リリスは冷静に問い掛けた。
「ヒックス様・・・ですね。」
リリスの言葉に黒い人影はそうだと言って頷いた。
ヒックスがこのギースのダンジョンのダンジョンマスターだと教えると、マーティンは信じられないと言いながら黒い人影を精査し始めた。
だが当然ながらその正体は容易には解析出来ない。
気持ちを切り替えてマーティンはヒックスに問い掛けた。
「ダンジョンマスターと言う存在は架空のものだと思っていました。」
「それであなたはリリスとはどう言う関係なのですか?」
マーティンの言葉にヒックスはハハハと笑った。
「君はミラ王国の軍人なら、ハイエルフの移住の件を知っているだろう?」
「ええ、その件ならメリンダ王女様から直接聞きました。」
マーティンの返答にヒックスはうんうんと頷いた。
「それなら話は早い。その際にリリスには色々と手伝って貰ったんだよ。他にもリリスとは縁があるのだが、この子は基本的に面倒見の良い子だからね。勿論その裏付けとなる稀有な能力とスキルを持ち合わせているのだが。」
そう言いながらヒックスは顔の向きを変え、唐突にリリスに話し掛けた。
「このリリアと言う娘の持つ加護は・・・・・『業火の化身』だな?」
うっ!
見抜かれている。
ヒックスの言葉にリリスは無言で頷いた。
その様子を見てヒックスはふうっと大きくため息をついた。
「儂の知る限りではこの2000年の間で、この加護を持つ人族に会うのは初めてだ。この加護はダークエルフに稀に現れる加護だが、この加護を持ったまま成人する者は極稀なのだよ。90%以上の確率で闇落ちして一族を全て焼き払ってしまい、最終的には自滅するか掃討されてしまう。」
「それ故にこの加護を持つ者が生まれてきた際には絶対に生かしておくなと、ダークエルフの長老が言っておったのを思い出したよ。」
ヒックスの言葉にマーティンは驚いて、思わずリリアの身体を抱きしめた。
「リリアを・・・どうするつもりですか?」
ヒックスを睨みつけ、呟くように発したマーティンの言葉にヒックスはうんうんと頷いた。
「心配しなくても良い。人族であれば打つ手もある。」
「打つ手って?」
「それは高位の聖魔法だよ。」
ヒックスはそう言うとリリアの顔を覗き込んだ。
「ダークエルフは聖魔法とは相性が悪い。だが人族ならば聖魔法との相性も良いだろう。」
「聖女クラスの祭司の持つ魂魄浄化や胎内回帰を用いれば、この子が闇に取り込まれる事を防げるはずだ。」
「だが問題はそのような聖女並みのスキルと技量を持つ人物を、探さなくてはならない事だよなあ。」
ヒックスの言葉にリリスはニヤッと笑った。
マキの存在が直ぐに思い浮かんだからだ。
その笑顔にヒックスは違和感を持った様子で、軽く首を傾げた。
「それなら大丈夫です、ヒックス様。ミラ王国の神殿の祭司で、高位の聖魔法の使い手が居ますから。」
「おお!そうなのか! それなら直ぐに手を打つが良い。闇落ちしそうだった際の余韻が残っているうちに、なるべく早く施術した方が良いのだ。」
「分かりました。このダンジョンから出たら、直ぐに連絡を取ってみます。」
そう言いながら、リリスは後方で倒れているジークの方に目を向けた。
その視線にヒックスも気付いたようで、
「そうだったな。この男の後始末をしなければならん。」
「そこに倒れている男は記憶を改ざんしておこう。大きな毒蛇が出て来て、君達が倒して終了したと言う筋書きで良いな?」
ヒックスはそう言うとマーティンの方に目を向けた。
「君もそう言う筋書きで話を合わせておけ。加護の事は・・・・・まあ、誰に話しても分からんだろう。この子のステータスにも出て来ないから、内緒にしておくのが得策だな。」
ヒックスの言葉にマーティンはうんうんと頷いた。
「うむ。それではダンジョンの入り口の待機所の近くに戻してやろう。マーティンと言ったな。儂の存在は忘れてくれ。君とはおそらく二度と会う事もあるまい。」
そう言うとヒックスはパチンと指を鳴らした。
その途端にリリス達の視界が暗転し、気が付くとダンジョンの入り口の傍に待機所に戻っていた。
リリスの傍らにはジークが立っている。
「今日は収穫の多い日だったね。」
ジークは嬉しそうな表情でマーティンに話し掛けた。
「え、ええ、・・・・・そうですね。」
話を合わせろと言うヒックスの言葉を思い出し、マーティンは無理に話を合わせようとした。その様子を見てリリスも失笑してしまった。
一方、リリアはまだ朦朧としている。
初めて訪れたギースのダンジョンの探索で疲れ果てたと言う事にしたのだが、実際には過度な加護の発動により魔力も体力も消耗してしまったのだろう。
ジークの持つ転移の魔石でミラ王国の魔法学院に戻ると、リリス達はその場で解散となった。リリアの様子が心配だと言う事でマーティンはジークと別行動を取り、リリスを伴って馬車で王都の屋敷に向かった。
馬車の中ではリリスが早速、懐からマキとの連絡用の魔道具を取り出した。
それを作動させて連絡を取ると、マキは夕食前の休憩時間だった。
リリアの事を簡略に話すとマキはしばらく考え込んでいた。
「そうねえ。明日の夕方の祭祀の前なら1時間ほど時間を作れるわ。それで良いかしら?」
マキの言葉にリリスは礼を言った。
「ありがとう、マキちゃん。それでお願いします。」
「ああ、良いのよ。王族や上級貴族の方の緊急の用件なら最優先だからね。」
マキはそう言うとリリスに別れを告げ、魔道具での連絡を断ち切った。マキもマキなりに多忙なようだ。
話の内容を聞き、マーティンは改めてリリスに礼を言った。
「リリス、色々とありがとう。リリアの事は今後ともよろしくお願いするよ。」
「それは勿論です。それにリリアの加護の件はステータスには現われないので、私達が黙って居れば大丈夫ですよ。」
リリスはそう言うと、優しげな表情でリリアの様子を見た。疲れ切って眠っているようだ。
大丈夫よと心の中で呟きながら、リリスはリリアの頬をしばらく撫でていたのだった。
その数日後。
リリスは昼休みに早めに食事を済ませ、学舎の横の公園スペースで寛いでいた。
最近、生徒会関係の配布物の作成に追われており、少しリラックスする時間も必要だと感じて、あの若木の傍でベンチに漫然と座っていたのだ。
若木から漂って来る波動が心地良い。
身体を伸ばしながら、ふと学舎の方に目を向けると、ウィンディが笑顔で近付いてくるのが見えた。
「リリス先輩。ここに居たんですね。」
ウィンディはリリスの隣に座り、手に持っていた配布物のサンプルをリリスに手渡した。
「こんな感じで良いですかね? 昨晩、学生寮の自室で手直ししたんですよ。」
手渡された配布物のサンプルに目を通しながら、リリスは幾度も頷いた。
「うん。これで良いわよ。ご苦労様。でもあまり無理をしないでね。」
リリスはそう言うと、休み時間の残りを確認した。
そろそろ学舎に戻らなければ・・・。
そう思ってベンチから立ち上がり、ウィンディを促して学舎に向かおうとしたその時、背後から付いて来たウィンディがきゃあっ!と可愛い悲鳴を上げた。
何だろうかと思って振り返ると、ウィンディは若木の幹に寄りかかっていた。
「どうしたの?」
「それが・・・・・」
ウィンディは腕をさすりながら若木の傍から離れた。
「急に足を引っ張られたように感じたんです。それでこの木の幹に腕をぶつけてしまって・・・・・」
うん?
何かに引っ張られた?
石ころに躓いたのかも知れない。
そう思いながらリリスは地面に目を向けたが、それらしいものは無い。
「嫌だぁ。小さな痣が付いちゃったわ。」
ウィンディの声に反応してリリスが目を向けると、ウィンディが二の腕を擦っていた。
その手のひらの擦っている場所に、リリスは異様なものを見つけた。
ウィンディの二の腕に小さな黒点が三つ、しかも三角形を形作っている。
これって偶然じゃなさそうね。
若木と意識の世界で繋がっているのは異世界の世界樹であり、そこは風の亜神の本体のかけらであるウィンディの意識が、大半吸収されてしまった場所でもある。
世界樹の仕業?
それともあのウィンディの残留意識の仕業?
色々と思い巡らせても、今ここで応えは出ない。
だが、今ここに居る新入生のウィンディと世界樹が接点を結んでしまった事だけは確かだ。
それがこのウィンディにどの様な影響を与えるのかは不明だが。
リリスはウィンディを気遣いながら、一緒に学舎に戻っていった。
更にその数日後。
放課後の生徒会の部屋で、リリスは久し振りにリリアの顔を見た。
かれこれ10日ほど、王都の屋敷に戻り静養していたようだ。
ウィンディと共に元気そうに挨拶をしてくるリリアは、以前よりも活気にあふれている様に感じられる。
それはマキの魂魄浄化や胎内回帰を受けたからなのだろう。
更に火魔法の上達と共に、自分に自信が持てるようになってきた事もあるのかも知れない。
そう思ったリリスの推測はほぼ正解だったようだ。
「屋敷で家族が揃った時に、兄上が私の火魔法の上達ぶりを詳細に話してくれたんです。両親も喜んでくれましたし、姉達も最初は怪訝そうにしていましたけど、兄上の言葉に嘘や誇張は無いので、私の事を少しは見直してくれたようです。」
リリスにそう話しながらも、リリアはウィンディにちらっと微笑みかけた。
その目配せにウィンディも嬉しそうな表情を見せた。
「私も微力ながらリリアの成長に関与させてもらっているんですよ。」
ウィンディの言葉に何か含みを感じて、リリスはうん?と唸って首を傾げた。
その様子を見ながらウィンディは話を続けた。
「最近1日に1~2回の頻度で3分ほど、リリアと魔力の循環をしているんです。少しでもリリアが元気になればと思って、何となく思いついたんですけどね。」
「でもそれをしていると、リリアの火魔法が刺激を受けているのが分かるんです。魔力循環をした後10分ほど、リリアの火魔法のレベルが上がっているんですよね。」
ウィンディの言葉にリリアが口を挟んだ。
「10分過ぎると元に戻っちゃうんですけどね。」
アハハと笑うリリアの笑顔を見ながら、リリスは火の亜神の本体のかけらであったウィンディの言葉を思い出した。
風は火を煽るのね。
目の前にいるウィンディは、あのウィンディの意識を若木から取り込んだのかも知れない。
そんな思いがリリスの頭を過る。
その話を聞いていたエリスが話に加わって来た。
「ウィンディはリリアのブースターみたいな役割なのね。それで魔力循環の後では、どの程度レベルが上がるの?」
エリスの言葉にリリアはう~んと唸って首を傾げた。
それを補足するようにウィンディが説明に入る。
「リリアのファイヤーニードルを例にとると、ニードルの束が倍以上に出現するんですよ。しかも次々に放てるので、魔力量もそれなりに上がっているんだと思うんです。」
う~ん。
それって火の針の濃密な弾幕を張れるって事よね。
それだったらハービーの群れでも充分対応出来るんじゃないの?
思わず対空管制を思い浮かべたリリスである。
結果的には、稀有な加護が稀有な加護を刺激しているようにも思えるのだが。
この二人の関係性って必然性があったのかも知れないわね。
そう思いながらリリスはリリア達としばらくの間、和気あいあいと歓談していたのだった。
10
お気に入りに追加
141
あなたにおすすめの小説
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが……
アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。
そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。
実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。
剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。
アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜
犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。
馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。
大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。
精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。
人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。
のほほん異世界暮らし
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。
それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。
転生したら、伯爵家の嫡子で勝ち組!だけど脳内に神様ぽいのが囁いて、色々依頼する。これって異世界ブラック企業?それとも社畜?誰か助けて
ゆうた
ファンタジー
森の国編 ヴェルトゥール王国戦記
大学2年生の誠一は、大学生活をまったりと過ごしていた。
それが何の因果か、異世界に突然、転生してしまった。
生まれも育ちも恵まれた環境の伯爵家の嫡男に転生したから、
まったりのんびりライフを楽しもうとしていた。
しかし、なぜか脳に直接、神様ぽいのから、四六時中、依頼がくる。
無視すると、身体中がキリキリと痛むし、うるさいしで、依頼をこなす。
これって異世界ブラック企業?神様の社畜的な感じ?
依頼をこなしてると、いつの間か英雄扱いで、
いろんな所から依頼がひっきりなし舞い込む。
誰かこの悪循環、何とかして!
まったりどころか、ヘロヘロな毎日!誰か助けて
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる