落ちこぼれ子女の奮闘記

木島廉

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兄と妹のダンジョン探索5

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リリス達の前に突然現れた黒い人影。

だがその気配にリリスは警戒心を解いた。
この気配は明らかにヒックスだ。
魔族の姿で現れなかったのは、マーティンに過度に警戒させないためだろう。

「心配するな。敵ではない。」

そう言ってリリスの傍に近付いた黒い人影に、リリスは冷静に問い掛けた。

「ヒックス様・・・ですね。」

リリスの言葉に黒い人影はそうだと言って頷いた。
ヒックスがこのギースのダンジョンのダンジョンマスターだと教えると、マーティンは信じられないと言いながら黒い人影を精査し始めた。
だが当然ながらその正体は容易には解析出来ない。
気持ちを切り替えてマーティンはヒックスに問い掛けた。

「ダンジョンマスターと言う存在は架空のものだと思っていました。」

「それであなたはリリスとはどう言う関係なのですか?」

マーティンの言葉にヒックスはハハハと笑った。

「君はミラ王国の軍人なら、ハイエルフの移住の件を知っているだろう?」

「ええ、その件ならメリンダ王女様から直接聞きました。」

マーティンの返答にヒックスはうんうんと頷いた。

「それなら話は早い。その際にリリスには色々と手伝って貰ったんだよ。他にもリリスとは縁があるのだが、この子は基本的に面倒見の良い子だからね。勿論その裏付けとなる稀有な能力とスキルを持ち合わせているのだが。」

そう言いながらヒックスは顔の向きを変え、唐突にリリスに話し掛けた。

「このリリアと言う娘の持つ加護は・・・・・『業火の化身』だな?」

うっ!
見抜かれている。

ヒックスの言葉にリリスは無言で頷いた。
その様子を見てヒックスはふうっと大きくため息をついた。

「儂の知る限りではこの2000年の間で、この加護を持つ人族に会うのは初めてだ。この加護はダークエルフに稀に現れる加護だが、この加護を持ったまま成人する者は極稀なのだよ。90%以上の確率で闇落ちして一族を全て焼き払ってしまい、最終的には自滅するか掃討されてしまう。」

「それ故にこの加護を持つ者が生まれてきた際には絶対に生かしておくなと、ダークエルフの長老が言っておったのを思い出したよ。」

ヒックスの言葉にマーティンは驚いて、思わずリリアの身体を抱きしめた。

「リリアを・・・どうするつもりですか?」

ヒックスを睨みつけ、呟くように発したマーティンの言葉にヒックスはうんうんと頷いた。

「心配しなくても良い。人族であれば打つ手もある。」

「打つ手って?」

「それは高位の聖魔法だよ。」

ヒックスはそう言うとリリアの顔を覗き込んだ。

「ダークエルフは聖魔法とは相性が悪い。だが人族ならば聖魔法との相性も良いだろう。」

「聖女クラスの祭司の持つ魂魄浄化や胎内回帰を用いれば、この子が闇に取り込まれる事を防げるはずだ。」

「だが問題はそのような聖女並みのスキルと技量を持つ人物を、探さなくてはならない事だよなあ。」

ヒックスの言葉にリリスはニヤッと笑った。
マキの存在が直ぐに思い浮かんだからだ。
その笑顔にヒックスは違和感を持った様子で、軽く首を傾げた。

「それなら大丈夫です、ヒックス様。ミラ王国の神殿の祭司で、高位の聖魔法の使い手が居ますから。」

「おお!そうなのか! それなら直ぐに手を打つが良い。闇落ちしそうだった際の余韻が残っているうちに、なるべく早く施術した方が良いのだ。」

「分かりました。このダンジョンから出たら、直ぐに連絡を取ってみます。」

そう言いながら、リリスは後方で倒れているジークの方に目を向けた。

その視線にヒックスも気付いたようで、

「そうだったな。この男の後始末をしなければならん。」

「そこに倒れている男は記憶を改ざんしておこう。大きな毒蛇が出て来て、君達が倒して終了したと言う筋書きで良いな?」

ヒックスはそう言うとマーティンの方に目を向けた。

「君もそう言う筋書きで話を合わせておけ。加護の事は・・・・・まあ、誰に話しても分からんだろう。この子のステータスにも出て来ないから、内緒にしておくのが得策だな。」

ヒックスの言葉にマーティンはうんうんと頷いた。

「うむ。それではダンジョンの入り口の待機所の近くに戻してやろう。マーティンと言ったな。儂の存在は忘れてくれ。君とはおそらく二度と会う事もあるまい。」

そう言うとヒックスはパチンと指を鳴らした。
その途端にリリス達の視界が暗転し、気が付くとダンジョンの入り口の傍に待機所に戻っていた。

リリスの傍らにはジークが立っている。

「今日は収穫の多い日だったね。」

ジークは嬉しそうな表情でマーティンに話し掛けた。

「え、ええ、・・・・・そうですね。」

話を合わせろと言うヒックスの言葉を思い出し、マーティンは無理に話を合わせようとした。その様子を見てリリスも失笑してしまった。
一方、リリアはまだ朦朧としている。
初めて訪れたギースのダンジョンの探索で疲れ果てたと言う事にしたのだが、実際には過度な加護の発動により魔力も体力も消耗してしまったのだろう。

ジークの持つ転移の魔石でミラ王国の魔法学院に戻ると、リリス達はその場で解散となった。リリアの様子が心配だと言う事でマーティンはジークと別行動を取り、リリスを伴って馬車で王都の屋敷に向かった。
馬車の中ではリリスが早速、懐からマキとの連絡用の魔道具を取り出した。
それを作動させて連絡を取ると、マキは夕食前の休憩時間だった。

リリアの事を簡略に話すとマキはしばらく考え込んでいた。

「そうねえ。明日の夕方の祭祀の前なら1時間ほど時間を作れるわ。それで良いかしら?」

マキの言葉にリリスは礼を言った。

「ありがとう、マキちゃん。それでお願いします。」

「ああ、良いのよ。王族や上級貴族の方の緊急の用件なら最優先だからね。」

マキはそう言うとリリスに別れを告げ、魔道具での連絡を断ち切った。マキもマキなりに多忙なようだ。
話の内容を聞き、マーティンは改めてリリスに礼を言った。

「リリス、色々とありがとう。リリアの事は今後ともよろしくお願いするよ。」

「それは勿論です。それにリリアの加護の件はステータスには現われないので、私達が黙って居れば大丈夫ですよ。」

リリスはそう言うと、優しげな表情でリリアの様子を見た。疲れ切って眠っているようだ。
大丈夫よと心の中で呟きながら、リリスはリリアの頬をしばらく撫でていたのだった。




その数日後。

リリスは昼休みに早めに食事を済ませ、学舎の横の公園スペースで寛いでいた。

最近、生徒会関係の配布物の作成に追われており、少しリラックスする時間も必要だと感じて、あの若木の傍でベンチに漫然と座っていたのだ。
若木から漂って来る波動が心地良い。
身体を伸ばしながら、ふと学舎の方に目を向けると、ウィンディが笑顔で近付いてくるのが見えた。

「リリス先輩。ここに居たんですね。」

ウィンディはリリスの隣に座り、手に持っていた配布物のサンプルをリリスに手渡した。

「こんな感じで良いですかね? 昨晩、学生寮の自室で手直ししたんですよ。」

手渡された配布物のサンプルに目を通しながら、リリスは幾度も頷いた。

「うん。これで良いわよ。ご苦労様。でもあまり無理をしないでね。」

リリスはそう言うと、休み時間の残りを確認した。

そろそろ学舎に戻らなければ・・・。

そう思ってベンチから立ち上がり、ウィンディを促して学舎に向かおうとしたその時、背後から付いて来たウィンディがきゃあっ!と可愛い悲鳴を上げた。
何だろうかと思って振り返ると、ウィンディは若木の幹に寄りかかっていた。

「どうしたの?」

「それが・・・・・」

ウィンディは腕をさすりながら若木の傍から離れた。

「急に足を引っ張られたように感じたんです。それでこの木の幹に腕をぶつけてしまって・・・・・」

うん?
何かに引っ張られた?

石ころに躓いたのかも知れない。
そう思いながらリリスは地面に目を向けたが、それらしいものは無い。

「嫌だぁ。小さな痣が付いちゃったわ。」

ウィンディの声に反応してリリスが目を向けると、ウィンディが二の腕を擦っていた。
その手のひらの擦っている場所に、リリスは異様なものを見つけた。

ウィンディの二の腕に小さな黒点が三つ、しかも三角形を形作っている。

これって偶然じゃなさそうね。
若木と意識の世界で繋がっているのは異世界の世界樹であり、そこは風の亜神の本体のかけらであるウィンディの意識が、大半吸収されてしまった場所でもある。

世界樹の仕業?
それともあのウィンディの残留意識の仕業?

色々と思い巡らせても、今ここで応えは出ない。
だが、今ここに居る新入生のウィンディと世界樹が接点を結んでしまった事だけは確かだ。
それがこのウィンディにどの様な影響を与えるのかは不明だが。

リリスはウィンディを気遣いながら、一緒に学舎に戻っていった。



更にその数日後。

放課後の生徒会の部屋で、リリスは久し振りにリリアの顔を見た。
かれこれ10日ほど、王都の屋敷に戻り静養していたようだ。

ウィンディと共に元気そうに挨拶をしてくるリリアは、以前よりも活気にあふれている様に感じられる。
それはマキの魂魄浄化や胎内回帰を受けたからなのだろう。
更に火魔法の上達と共に、自分に自信が持てるようになってきた事もあるのかも知れない。
そう思ったリリスの推測はほぼ正解だったようだ。

「屋敷で家族が揃った時に、兄上が私の火魔法の上達ぶりを詳細に話してくれたんです。両親も喜んでくれましたし、姉達も最初は怪訝そうにしていましたけど、兄上の言葉に嘘や誇張は無いので、私の事を少しは見直してくれたようです。」

リリスにそう話しながらも、リリアはウィンディにちらっと微笑みかけた。
その目配せにウィンディも嬉しそうな表情を見せた。

「私も微力ながらリリアの成長に関与させてもらっているんですよ。」

ウィンディの言葉に何か含みを感じて、リリスはうん?と唸って首を傾げた。
その様子を見ながらウィンディは話を続けた。

「最近1日に1~2回の頻度で3分ほど、リリアと魔力の循環をしているんです。少しでもリリアが元気になればと思って、何となく思いついたんですけどね。」

「でもそれをしていると、リリアの火魔法が刺激を受けているのが分かるんです。魔力循環をした後10分ほど、リリアの火魔法のレベルが上がっているんですよね。」

ウィンディの言葉にリリアが口を挟んだ。

「10分過ぎると元に戻っちゃうんですけどね。」

アハハと笑うリリアの笑顔を見ながら、リリスは火の亜神の本体のかけらであったウィンディの言葉を思い出した。

風は火を煽るのね。

目の前にいるウィンディは、あのウィンディの意識を若木から取り込んだのかも知れない。
そんな思いがリリスの頭を過る。

その話を聞いていたエリスが話に加わって来た。

「ウィンディはリリアのブースターみたいな役割なのね。それで魔力循環の後では、どの程度レベルが上がるの?」

エリスの言葉にリリアはう~んと唸って首を傾げた。
それを補足するようにウィンディが説明に入る。

「リリアのファイヤーニードルを例にとると、ニードルの束が倍以上に出現するんですよ。しかも次々に放てるので、魔力量もそれなりに上がっているんだと思うんです。」

う~ん。
それって火の針の濃密な弾幕を張れるって事よね。
それだったらハービーの群れでも充分対応出来るんじゃないの?

思わず対空管制を思い浮かべたリリスである。
結果的には、稀有な加護が稀有な加護を刺激しているようにも思えるのだが。

この二人の関係性って必然性があったのかも知れないわね。

そう思いながらリリスはリリア達としばらくの間、和気あいあいと歓談していたのだった。








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