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兄と妹のダンジョン探索2
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ギースのダンジョン。
その第1階層の奥へとリリス達は向かった。
そう言えばこの辺りに薬草の群生があったわよね。
そう思って脳内の俯瞰図を探ると、確かに俯瞰図にそれらしきマーキングが施されている。
だがその地点を実際に見ると、明らかに広範囲に採取された痕跡があった。
採取されてまだそれほどに時間が経っていないのだろう。
ダンジョン内なので、薬草の生育のサイクルも自然界とは異なると思うのだが・・・。
最初からのハードな戦闘を乗り越えてでも、採取する価値のある薬草だったのだろうか?
余程薬草の品質が良いのだろう。
そんな事を思いながら歩く事10分。
リリス達の周辺に再び霧が発生してきた。
マーティンが再び探知を掛け、ファイヤーボールで石像を破壊する。
それと共に霧が晴れてきた。
そして前方の藪から駆けつけてくるのは、メタルアーマーを装備した3体のゴブリンファイター。
この流れも前回と同じだ。
「リリア。とりあえずやってみるかい?」
マーティンの言葉にリリアはうんと頷き、両手から10本のファイヤーニードルを素早く放った。
火の針は斜め上空に飛び出し、弧を描いてゴブリンファイターの左右の斜め上空から見事に着弾した。
ゴウッと爆音が立ち、爆炎が巻き上がる。
だがそれらはゴブリンファイターのメタルアーマーによって阻まれたようだ。
ゴブリンファイター達は一瞬立ち止まったが、何事も無かったように再びこちらに向かってきた。
ドドドドドッと疾走してくる敵の様子を見ながら、マーティンは失笑していた。
「まあ、あの敵にはファイヤーニードルは対応出来ないようだね。おそらく奴らは火魔法の耐性も持っているだろうな。」
そう言ってマーティンは魔力を集中させ、青白い小さなファイヤーボールを数発放った。
それらは直径10cmほどの大きさだが、見るからに高温のファイヤーボールだ。
ゴウッと音を立てて高温のファイヤーボールが滑空する。
一直線にゴブリンファイターに向かった火球は全弾確実に敵に着弾した。
ドゥンと言う地響きのような爆音と爆炎が立ち上がり、草原を掛けて来たゴブリンファイター達は激しい炎に包まれた。
高温のファイヤーボールはメタルアーマーをも破壊し、地面を大きく抉るほどの威力だ。
その火力にリリスもう~んと唸った。
マーティンに対するリリスの評価が嫌でも上がる。
彼は火魔法のスペシャリストと言って間違いないだろう。
そう思っているとマーティンがリリスに言葉を掛けた。
「今見せた僕のファイヤーボールの火力を、リリスはファイヤーボルトで出せるそうじゃないか。後で是非とも見せて貰いたいね。」
誰がそんな事を言ったの?
そう思って振り返るリリスの視線を、ジークはふっと逸らした。
どうやらリリスの事を色々とマーティンに吹き込んでいるらしい。
困ったものだと思いながらリリスは前進し、ゴブリンファイター達の炭化した遺骸の傍を通過した。
大きく抉れた地面からは、まだブスブスと白煙が立ち昇っている。
まだ残る熱気を感じながら進むと、藪の近くの一角に下層に向かう階段があった。
リリス達はその階段を降り、第2階層に足を運んだ。
次の第2階層は第1階層と全く同じ仕様であった。
これはジークの持つ探索マニュアルにも、その様に記されていた。
更にリリスの脳内に浮かぶ俯瞰図も、第1階層と全く同じだ。
だがそれでもリリス達は油断する事なく、着実にゴブリンファイター達を葬った。
だが続く第3階層は少し様相が変わる。
出現する魔物は雷撃性のジャイアントエイプの群れだ。
ジークの持つ探索マニュアルによると、最近の出現数は30体で固定されているとの記載である。
そう言えば第3階層の入り口の手前に、冒険者の為の待機所があったわよね。
リリスはそれを脳内の俯瞰図で確認しながら、第3階層への階段を降りた。
この場所にある待機所は、これからの戦闘の為に装備を整えると共に、第3階層で戦闘不能になった者達の救出の為の場所でもあるのだ。
待機所に人の気配がする。
リリス達がそこを訪れると、3人の冒険者が装備を整えていた。
だがその中の一人は足に負傷しているようだ。
ヒーリングポーションをがぶ飲みしているが、純度の低いポーションなのだろう。
あまり効果が得られず、顔をしかめているのが痛々しい。
「油断していたよ。メタルアーマーを装備したゴブリンファイターが、倒れ際に魔剣を投げつけて来たんだ。避ける余裕が無くてね。御覧の通り無様な有様だ。」
そう話す負傷者は魔弓を持つマークと言う名のアーチャーだった。その傍で仲間が心配そうに様子を見ている。
その傍にマーティンが近付き、右手をそのアーチャーの足にかざした。
驚く事にその右手から、聖魔法の波動が放たれ始めた。
「おお、あんたはヒーラーだったのか。ありがたい。恩に着るぞ。」
マークの感謝の言葉が終わらないうちに、傷痕が見事に癒されていく。
それはかなり高レベルのヒールだ。
しかも放たれている聖魔法の魔力の純度が高い。
それなりの負傷だったが、マークの傷は跡形もなく完治してしまった。
マーティンさんってヒーラーだったの?
驚くリリスにジークが声を掛けた。
「驚くのも無理も無い。彼は上級貴族でなかったら、間違いなく高位のパラディンを目指していた人物なんだよ。」
そうだったのね。
火魔法と聖魔法のスペシャリストだなんて・・・。
ジーク先生が彼を連れて来た理由が分かったわ。
「あんた達、子供連れかい? この先のジャイアントエイプには気を付けろよ。仲間の話だと、最近魔物同士の連携が高度になっていて、攻撃のパターンが複雑になってきているそうだ。
マークはそう言いながら、懐からカラフルなミサンガを取り出した。
「これは雷撃除けのお守りだ。2~3度なら雷撃を受けても軽度で済む。そこに居る小さな女の子に渡してやってくれ。ヒールを掛けて貰ったお礼だよ。」
指差されたリリアはお礼を言ってミサンガを腕に装着した。
確かに魔力がミサンガから放たれている。
それなりの価値のものだろう。
もうしばらく休息していると言うマーク達に別れを告げ、リリス達は待機所の奥に向かった。
半透明のエアカーテンの様な扉を通過して、いよいよ第3階層に入る。
低木の森が広がる第3階層。
そのあちらこちらからキキキキキッという甲高い獣の声が聞こえてきた。
「あれはジャイアントエイプ同士の連絡だね。もうすでに我々は奴らから捕捉されているようだ。」
ジークの言葉にリリスも気合が入る。
警戒しながら森の中の小径を歩き続けると、その獣の声が更に頻度を増してきた。
広範囲に探知すると既に20体以上の魔物の反応がある。
この先に少し開けた草むらがあったはず・・・・。
そう思いながらリリスは脳内に浮かぶ俯瞰図を確かめた。
うんうん。
ここがジャイアントエイプとの遭遇点だったわよね。
以前の記憶を呼び起こしながら草むらに出ると、早速近くの藪から1体のジャイアントエイプが出現した。
灰白色の毛に覆われた、手足の長い猿。
その身長は2m以上あって、初見のリリアはその威圧感に圧されてしまった。
「リリア。あれは斥候だ。こちらの様子を見に来ただけだよ。」
マーティンの声にハッとしてリリアは身構えた。
その様子を睨みながらジャイアントエイプは両腕にバチバチッと稲光を走らせた。
雷撃の準備は出来ているぞと言う宣告とも思える敵のパフォーマンスである。
接触性の雷撃なので、接近戦にならなければ問題は無いのだが、それでも細心の注意は当然必要だ。
ジャイアントエイプはこちらを睨みながら、後ろに大きくジャンプを繰り返し、100mほど奥の草むらの縁の藪に消えていった。
それと入れ替わるように、藪から20体以上のジャイアントエイプが出現した。
キイーッ、キイーッ、キイーッとやり取りをした後に、20体のジャイアントエイプは横に大きく散開してこちらに向かってきた。
「リリス君。足止めの土魔法を頼むよ。」
ジークの言葉にリリスは無言で頷き、魔力を集中させ、横幅20mほどの泥沼を出現させた。更に泥沼の向こう側に幅5m高さ3mほどの土壁を2m程の間隔を開けて3枚設置した。
リリスにとっては何時もの手慣れた作業である。
だが突然出現した泥沼と土壁に、リリアはえっと驚きリリスの顔を見つめた。
「まるで魔法みたい・・・」
いやいや。
魔法だからね。
「ほう。これがジーク先生の言っておられた土魔法なのですね。」
感心しながら泥沼を見つめているマーティンだが、ジャイアントエイプの群れは既に近くまで来ている。
それを察してリリアもマーティンも魔力集中し始めた。
キキキキキッと言う叫び声が重なり合って行き交う。
さらにバチバチバチッと言う雷鳴があちらこちらから聞こえて来た。
相手は散開し、あちらこちらの方向から土埃を立て、疾走してくるジャイアントエイプの群れだ。
油断出来ない相手だが、それでもリリス達の迎撃態勢は整っている。
「リリス君の造り上げた土壁を活用して仕留めてくれ!」
ジークの言葉にマーティンも強く頷いた。
程なく土壁のあちらこちらからジャイアントエイプが飛び出してきた。
ジャンプして乗り越えようとしているのだが、それはリリス達の思うつぼだ。
飛び上がり、無防備な態勢になったところにリリアのファイヤーニードルが放たれ、マーティンもファイヤーボールで確実に仕留めていく。
土壁の随所で炎が巻き上がり、低い爆音がボンボンボンッと鳴り響いた。
それでもこちらの攻撃をアクロバットの様な動作で掻い潜る敵も居る。
だがそれもリリスが造り上げた深さ1mほどの泥沼に嵌り、俊敏に動けずもがいていた。
そこにリリスのファイヤーボルトが襲い掛かる。
リリア達が居るので、泥沼に毒は散布していない。
その必要も無いだろう。
この時リリスは少し油断していた。
最近ジャイアントエイプ同士の連携が高度になってきていると言う、マークの言葉は嘘でも憶測でもなかった。
右端の土壁の背後に、気配を殺して待機しているジャイアントエイプが2体居たのだ。
そうとは知らず、リリアは泥沼の右側から土壁に近付こうとしていた。
土壁の背後の様子を確かめようとしていたのだろう。
リリアが土壁から1mほどの距離に近付いた時、背後に待機していた2体のジャイアントエイプがジャンプして飛び掛かって来た。
キャアッと叫ぶリリア。
咄嗟の事でファイヤーニードルを放つ余裕も無かった。
リリアの叫び声を聞き、リリスは反射的にファイヤーボルトを放った。
速度重視の小振りな2本のファイヤーボルトが高速で滑空し、リリアに襲い掛かろうとしていた2体のジャイアントエイプに着弾した。
ドンッと言う衝撃音と共に爆炎が上がり、火に包まれた2体のジャイアントエイプが土壁の向こう側に吹き飛ばされていく。
その様子がスローモーションのようにリリスの目に映った。
「リリア! 大丈夫か?」
マーティンの叫び声に反応して、リリアは無言でうんうんと頷いた。
突然の事で声も出ないのだろう。
「危ない所だった。リリス、ありがとう。」
マーティンの言葉にリリスも黙って頷いた。
リリスを挟んでマーティンとリリアが一直線に立っている。
この位置関係で考えると、マーティンの視線はリリスによって遮られていたのだろう。
それ故にマーティンも最初、何が起きたのか分からなかったようだ。
ジークによって個人的にシールドが張られているので、ジャイアントエイプの鋭いかぎ爪で襲われたとしても、リリア自身は直接的な傷を負う事は無い。だが物理的な衝撃は避けられないので、吹き飛ばされて地面に叩きつけられることもあるだろう。
そうなると大怪我をする事も有り得るのだ。
危ない所をリリスによって助けられた。
誰もがそう思っていたが、リリス自身は若干の違和感を覚えていた。
放ったファイヤーボルトの発火のタイミングがずれていたのだ。
それは僅かな時間のずれだが、まるで着弾直前にジャイアントエイプから炎が上がった様にリリスは感じていた。
勿論それは普通の人には分からない。
日頃から火魔法に精通し、更に魔装を非表示で発動させていたリリスだからこそ感じた違和感だったのだ。
それに加えてリリスには、リリアの背中から二本の触手のようなものが一瞬出現したのが見えていた。
これもほんの一瞬の出来事で、魔装によって魔力の流れに敏感になっているリリスだからこそ見逃さなかったのだろう。
「リリス先輩、ありがとうございました。」
頭を下げて礼を言うリリアにリリスは油断しちゃダメよと言いながら、その目をジッと見つめた。
リリスの視線をリリアはふっと逸らし、バツの悪そうな表情をしている。
「ねえ、リリア。私のファイヤーボルトって本当に必要だったの?」
リリアの耳元で呟いたリリスに向けて、リリアはウインクをしてえへへと笑った。
「私も咄嗟の事で何が起きたのか分からなかったんです。私の意志とは関係なくあんな事に・・・・・。」
「リリス先輩には見えていましたか?」
そう小声で聞き返したリリアの表情からは笑顔が消えていた。
「うん。一瞬だけどね。触手が背中から飛び出したような・・・・・」
そこまで口にしてリリスはリリアの反応を見た。
リリアは無言で頷きリリスの顔を見つめた。
「加護のお陰なのでしょうね。私の背中から触手が伸びて、小さなファイヤーボールを放ったようです。私には全く自覚が無いんですけどね。」
「でも兄上には黙っていてくださいね。」
「勿論よ。そんな事、誰にも喋らないわよ。」
リリスはそう言ってリリアの手を握り締めた。
リリアはそれで安心したのか、急に表情を緩めた。
今回の事は、リリアの緊急事態を察知して加護が反応したのだろう。リリアの持つ火魔法操作スキルが連動していたのかも知れない。
マーティンの元に走り寄って安心させようとしているリリアの様子を見つめながら、リリスはリリアの持つ加護の力を改めて感じていたのだった。
その第1階層の奥へとリリス達は向かった。
そう言えばこの辺りに薬草の群生があったわよね。
そう思って脳内の俯瞰図を探ると、確かに俯瞰図にそれらしきマーキングが施されている。
だがその地点を実際に見ると、明らかに広範囲に採取された痕跡があった。
採取されてまだそれほどに時間が経っていないのだろう。
ダンジョン内なので、薬草の生育のサイクルも自然界とは異なると思うのだが・・・。
最初からのハードな戦闘を乗り越えてでも、採取する価値のある薬草だったのだろうか?
余程薬草の品質が良いのだろう。
そんな事を思いながら歩く事10分。
リリス達の周辺に再び霧が発生してきた。
マーティンが再び探知を掛け、ファイヤーボールで石像を破壊する。
それと共に霧が晴れてきた。
そして前方の藪から駆けつけてくるのは、メタルアーマーを装備した3体のゴブリンファイター。
この流れも前回と同じだ。
「リリア。とりあえずやってみるかい?」
マーティンの言葉にリリアはうんと頷き、両手から10本のファイヤーニードルを素早く放った。
火の針は斜め上空に飛び出し、弧を描いてゴブリンファイターの左右の斜め上空から見事に着弾した。
ゴウッと爆音が立ち、爆炎が巻き上がる。
だがそれらはゴブリンファイターのメタルアーマーによって阻まれたようだ。
ゴブリンファイター達は一瞬立ち止まったが、何事も無かったように再びこちらに向かってきた。
ドドドドドッと疾走してくる敵の様子を見ながら、マーティンは失笑していた。
「まあ、あの敵にはファイヤーニードルは対応出来ないようだね。おそらく奴らは火魔法の耐性も持っているだろうな。」
そう言ってマーティンは魔力を集中させ、青白い小さなファイヤーボールを数発放った。
それらは直径10cmほどの大きさだが、見るからに高温のファイヤーボールだ。
ゴウッと音を立てて高温のファイヤーボールが滑空する。
一直線にゴブリンファイターに向かった火球は全弾確実に敵に着弾した。
ドゥンと言う地響きのような爆音と爆炎が立ち上がり、草原を掛けて来たゴブリンファイター達は激しい炎に包まれた。
高温のファイヤーボールはメタルアーマーをも破壊し、地面を大きく抉るほどの威力だ。
その火力にリリスもう~んと唸った。
マーティンに対するリリスの評価が嫌でも上がる。
彼は火魔法のスペシャリストと言って間違いないだろう。
そう思っているとマーティンがリリスに言葉を掛けた。
「今見せた僕のファイヤーボールの火力を、リリスはファイヤーボルトで出せるそうじゃないか。後で是非とも見せて貰いたいね。」
誰がそんな事を言ったの?
そう思って振り返るリリスの視線を、ジークはふっと逸らした。
どうやらリリスの事を色々とマーティンに吹き込んでいるらしい。
困ったものだと思いながらリリスは前進し、ゴブリンファイター達の炭化した遺骸の傍を通過した。
大きく抉れた地面からは、まだブスブスと白煙が立ち昇っている。
まだ残る熱気を感じながら進むと、藪の近くの一角に下層に向かう階段があった。
リリス達はその階段を降り、第2階層に足を運んだ。
次の第2階層は第1階層と全く同じ仕様であった。
これはジークの持つ探索マニュアルにも、その様に記されていた。
更にリリスの脳内に浮かぶ俯瞰図も、第1階層と全く同じだ。
だがそれでもリリス達は油断する事なく、着実にゴブリンファイター達を葬った。
だが続く第3階層は少し様相が変わる。
出現する魔物は雷撃性のジャイアントエイプの群れだ。
ジークの持つ探索マニュアルによると、最近の出現数は30体で固定されているとの記載である。
そう言えば第3階層の入り口の手前に、冒険者の為の待機所があったわよね。
リリスはそれを脳内の俯瞰図で確認しながら、第3階層への階段を降りた。
この場所にある待機所は、これからの戦闘の為に装備を整えると共に、第3階層で戦闘不能になった者達の救出の為の場所でもあるのだ。
待機所に人の気配がする。
リリス達がそこを訪れると、3人の冒険者が装備を整えていた。
だがその中の一人は足に負傷しているようだ。
ヒーリングポーションをがぶ飲みしているが、純度の低いポーションなのだろう。
あまり効果が得られず、顔をしかめているのが痛々しい。
「油断していたよ。メタルアーマーを装備したゴブリンファイターが、倒れ際に魔剣を投げつけて来たんだ。避ける余裕が無くてね。御覧の通り無様な有様だ。」
そう話す負傷者は魔弓を持つマークと言う名のアーチャーだった。その傍で仲間が心配そうに様子を見ている。
その傍にマーティンが近付き、右手をそのアーチャーの足にかざした。
驚く事にその右手から、聖魔法の波動が放たれ始めた。
「おお、あんたはヒーラーだったのか。ありがたい。恩に着るぞ。」
マークの感謝の言葉が終わらないうちに、傷痕が見事に癒されていく。
それはかなり高レベルのヒールだ。
しかも放たれている聖魔法の魔力の純度が高い。
それなりの負傷だったが、マークの傷は跡形もなく完治してしまった。
マーティンさんってヒーラーだったの?
驚くリリスにジークが声を掛けた。
「驚くのも無理も無い。彼は上級貴族でなかったら、間違いなく高位のパラディンを目指していた人物なんだよ。」
そうだったのね。
火魔法と聖魔法のスペシャリストだなんて・・・。
ジーク先生が彼を連れて来た理由が分かったわ。
「あんた達、子供連れかい? この先のジャイアントエイプには気を付けろよ。仲間の話だと、最近魔物同士の連携が高度になっていて、攻撃のパターンが複雑になってきているそうだ。
マークはそう言いながら、懐からカラフルなミサンガを取り出した。
「これは雷撃除けのお守りだ。2~3度なら雷撃を受けても軽度で済む。そこに居る小さな女の子に渡してやってくれ。ヒールを掛けて貰ったお礼だよ。」
指差されたリリアはお礼を言ってミサンガを腕に装着した。
確かに魔力がミサンガから放たれている。
それなりの価値のものだろう。
もうしばらく休息していると言うマーク達に別れを告げ、リリス達は待機所の奥に向かった。
半透明のエアカーテンの様な扉を通過して、いよいよ第3階層に入る。
低木の森が広がる第3階層。
そのあちらこちらからキキキキキッという甲高い獣の声が聞こえてきた。
「あれはジャイアントエイプ同士の連絡だね。もうすでに我々は奴らから捕捉されているようだ。」
ジークの言葉にリリスも気合が入る。
警戒しながら森の中の小径を歩き続けると、その獣の声が更に頻度を増してきた。
広範囲に探知すると既に20体以上の魔物の反応がある。
この先に少し開けた草むらがあったはず・・・・。
そう思いながらリリスは脳内に浮かぶ俯瞰図を確かめた。
うんうん。
ここがジャイアントエイプとの遭遇点だったわよね。
以前の記憶を呼び起こしながら草むらに出ると、早速近くの藪から1体のジャイアントエイプが出現した。
灰白色の毛に覆われた、手足の長い猿。
その身長は2m以上あって、初見のリリアはその威圧感に圧されてしまった。
「リリア。あれは斥候だ。こちらの様子を見に来ただけだよ。」
マーティンの声にハッとしてリリアは身構えた。
その様子を睨みながらジャイアントエイプは両腕にバチバチッと稲光を走らせた。
雷撃の準備は出来ているぞと言う宣告とも思える敵のパフォーマンスである。
接触性の雷撃なので、接近戦にならなければ問題は無いのだが、それでも細心の注意は当然必要だ。
ジャイアントエイプはこちらを睨みながら、後ろに大きくジャンプを繰り返し、100mほど奥の草むらの縁の藪に消えていった。
それと入れ替わるように、藪から20体以上のジャイアントエイプが出現した。
キイーッ、キイーッ、キイーッとやり取りをした後に、20体のジャイアントエイプは横に大きく散開してこちらに向かってきた。
「リリス君。足止めの土魔法を頼むよ。」
ジークの言葉にリリスは無言で頷き、魔力を集中させ、横幅20mほどの泥沼を出現させた。更に泥沼の向こう側に幅5m高さ3mほどの土壁を2m程の間隔を開けて3枚設置した。
リリスにとっては何時もの手慣れた作業である。
だが突然出現した泥沼と土壁に、リリアはえっと驚きリリスの顔を見つめた。
「まるで魔法みたい・・・」
いやいや。
魔法だからね。
「ほう。これがジーク先生の言っておられた土魔法なのですね。」
感心しながら泥沼を見つめているマーティンだが、ジャイアントエイプの群れは既に近くまで来ている。
それを察してリリアもマーティンも魔力集中し始めた。
キキキキキッと言う叫び声が重なり合って行き交う。
さらにバチバチバチッと言う雷鳴があちらこちらから聞こえて来た。
相手は散開し、あちらこちらの方向から土埃を立て、疾走してくるジャイアントエイプの群れだ。
油断出来ない相手だが、それでもリリス達の迎撃態勢は整っている。
「リリス君の造り上げた土壁を活用して仕留めてくれ!」
ジークの言葉にマーティンも強く頷いた。
程なく土壁のあちらこちらからジャイアントエイプが飛び出してきた。
ジャンプして乗り越えようとしているのだが、それはリリス達の思うつぼだ。
飛び上がり、無防備な態勢になったところにリリアのファイヤーニードルが放たれ、マーティンもファイヤーボールで確実に仕留めていく。
土壁の随所で炎が巻き上がり、低い爆音がボンボンボンッと鳴り響いた。
それでもこちらの攻撃をアクロバットの様な動作で掻い潜る敵も居る。
だがそれもリリスが造り上げた深さ1mほどの泥沼に嵌り、俊敏に動けずもがいていた。
そこにリリスのファイヤーボルトが襲い掛かる。
リリア達が居るので、泥沼に毒は散布していない。
その必要も無いだろう。
この時リリスは少し油断していた。
最近ジャイアントエイプ同士の連携が高度になってきていると言う、マークの言葉は嘘でも憶測でもなかった。
右端の土壁の背後に、気配を殺して待機しているジャイアントエイプが2体居たのだ。
そうとは知らず、リリアは泥沼の右側から土壁に近付こうとしていた。
土壁の背後の様子を確かめようとしていたのだろう。
リリアが土壁から1mほどの距離に近付いた時、背後に待機していた2体のジャイアントエイプがジャンプして飛び掛かって来た。
キャアッと叫ぶリリア。
咄嗟の事でファイヤーニードルを放つ余裕も無かった。
リリアの叫び声を聞き、リリスは反射的にファイヤーボルトを放った。
速度重視の小振りな2本のファイヤーボルトが高速で滑空し、リリアに襲い掛かろうとしていた2体のジャイアントエイプに着弾した。
ドンッと言う衝撃音と共に爆炎が上がり、火に包まれた2体のジャイアントエイプが土壁の向こう側に吹き飛ばされていく。
その様子がスローモーションのようにリリスの目に映った。
「リリア! 大丈夫か?」
マーティンの叫び声に反応して、リリアは無言でうんうんと頷いた。
突然の事で声も出ないのだろう。
「危ない所だった。リリス、ありがとう。」
マーティンの言葉にリリスも黙って頷いた。
リリスを挟んでマーティンとリリアが一直線に立っている。
この位置関係で考えると、マーティンの視線はリリスによって遮られていたのだろう。
それ故にマーティンも最初、何が起きたのか分からなかったようだ。
ジークによって個人的にシールドが張られているので、ジャイアントエイプの鋭いかぎ爪で襲われたとしても、リリア自身は直接的な傷を負う事は無い。だが物理的な衝撃は避けられないので、吹き飛ばされて地面に叩きつけられることもあるだろう。
そうなると大怪我をする事も有り得るのだ。
危ない所をリリスによって助けられた。
誰もがそう思っていたが、リリス自身は若干の違和感を覚えていた。
放ったファイヤーボルトの発火のタイミングがずれていたのだ。
それは僅かな時間のずれだが、まるで着弾直前にジャイアントエイプから炎が上がった様にリリスは感じていた。
勿論それは普通の人には分からない。
日頃から火魔法に精通し、更に魔装を非表示で発動させていたリリスだからこそ感じた違和感だったのだ。
それに加えてリリスには、リリアの背中から二本の触手のようなものが一瞬出現したのが見えていた。
これもほんの一瞬の出来事で、魔装によって魔力の流れに敏感になっているリリスだからこそ見逃さなかったのだろう。
「リリス先輩、ありがとうございました。」
頭を下げて礼を言うリリアにリリスは油断しちゃダメよと言いながら、その目をジッと見つめた。
リリスの視線をリリアはふっと逸らし、バツの悪そうな表情をしている。
「ねえ、リリア。私のファイヤーボルトって本当に必要だったの?」
リリアの耳元で呟いたリリスに向けて、リリアはウインクをしてえへへと笑った。
「私も咄嗟の事で何が起きたのか分からなかったんです。私の意志とは関係なくあんな事に・・・・・。」
「リリス先輩には見えていましたか?」
そう小声で聞き返したリリアの表情からは笑顔が消えていた。
「うん。一瞬だけどね。触手が背中から飛び出したような・・・・・」
そこまで口にしてリリスはリリアの反応を見た。
リリアは無言で頷きリリスの顔を見つめた。
「加護のお陰なのでしょうね。私の背中から触手が伸びて、小さなファイヤーボールを放ったようです。私には全く自覚が無いんですけどね。」
「でも兄上には黙っていてくださいね。」
「勿論よ。そんな事、誰にも喋らないわよ。」
リリスはそう言ってリリアの手を握り締めた。
リリアはそれで安心したのか、急に表情を緩めた。
今回の事は、リリアの緊急事態を察知して加護が反応したのだろう。リリアの持つ火魔法操作スキルが連動していたのかも知れない。
マーティンの元に走り寄って安心させようとしているリリアの様子を見つめながら、リリスはリリアの持つ加護の力を改めて感じていたのだった。
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辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました
okiraku
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地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。
転生貴族の魔石魔法~魔法のスキルが無いので家を追い出されました
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僕はトワ・ウィンザー15歳の異世界転生者だ。貴族に生まれたけど、魔力無しの為家を出ることになった。家を出た僕は呪いを解呪出来ないか探すことにした。解呪出来れば魔法が使えるようになるからだ。町でウェンディを助け、共に行動をしていく。ひょんなことから魔石を手に入れて魔法が使えるようになったのだが・・。
転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。
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〈あらすじ〉
信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。
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食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに……
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誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。
やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。
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