落ちこぼれ子女の奮闘記

木島廉

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召喚者の痕跡1

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アストレア神聖王国から帰還して数日後。

リリスは昼の休み時間に校内放送で呼び出された。

ゲストルームでノイマン卿が待っていると言う。

ノイマン様が何の用なの?

首を傾げながらリリスはゲストルームに入った。

ソファの座っているのはノイマンだが、その隣に見慣れた使い魔が座っている。

芋虫を肩に憑依させた小人、すなわちフィリップ王子とメリンダ王女である。

要するにメルが呼び出したのね。

リリスはそう思いながら挨拶をかわし、ノイマンの対面のソファに座った。
リリスの表情を見ながら芋虫が口を開いた。

「ごめんね、リリス。頼み事があってね。」

やはりそうか。
回りくどい事をするのはメルのやり方だ。

リリスの思いを知らずに、芋虫は話し始めた。

「実はアストレア神聖王国からの依頼なんだけど、それほどに急ぎじゃないからね。安心して。」

急ぎの用事ばかり持ち込んできた自覚はあるのね。

リリスは心の中で嫌味を呟いた。
勿論顔には出さない。
そこは貴族の子女の気配りである。

「ノイマンから説明して貰うわね。」

芋虫から話を振られたノイマンは、その温厚そうな表情を変える事なく、穏やかに話し始めた。

「リリスさん。用件はこれなんですよ。」

ノイマンはそう言いながら懐から、大人の手のひらほどの大きさの金属の塊を取り出した。
それは重そうな金属塊で微かに魔力を帯びているのが分かる。

「これは聖剣アリアリーゼの一部なのですよ。アストレア神聖王国での祭祀の翌日に、祭司達の見ている目の前で突然、パリンと音を立てて粉々に壊れてしまったそうです。」

「勿論アストレア神聖王国は修復の為に、あちらこちらの名を馳せた鍛冶職人に依頼しました。しかしその特殊な魔金属の構成の為に、容易に請け負う者が居なかったと聞いています。」

ノイマンの言葉を聞きながら、リリスは魔金属の塊を軽く撫でてみた。
その冷たい金属感が伝わってくるのだが、同時に魔金属の放つ魔力の温か味も伝わって来た。
まるで、まだ死んでいないぞと言わんばかりだ。

「だからと言ってリリスに全面的に依頼してきたわけじゃないのよ。」

芋虫がリリスの様子を見ながら話し掛けてきた。

「自分達の近辺で依頼を受ける者が居なかったので、大陸の遠方にまで使者を飛ばして複数の依頼を掛けているだけなのよ。」

「でもリリスがホーリースタリオンの修復を請け負った事実もあるからね。一縷の望みを託したんじゃないの。」

「勿論、あんたが何とかしてくれれば、ミラ王国としても良い交渉材料になる。だから、急ぎじゃないけど是非検討してみてよ。」

相変わらず勝手な依頼だなと思いつつ、リリスは静かに頷いた。急ぎじゃない用件だと言う言葉に誘導されたのかも知れない。

「とりあえずマキちゃんにも連絡してみるわね。剣聖アリアが何か知っているかも知れないから・・・」

リリスの意外な言葉に芋虫はう~んと唸った。

「あの剣聖を呼び出しても大丈夫なの? 気難しいって聞いていたし、アリアリーゼが壊れてしまって激怒するんじゃないの?」

「それは大丈夫よ、メル。あれでも意外に気さくな面を持つ剣聖だから。」

「そうなの?」

リリスの言葉を信じられず、芋虫は再び考え込んだ。

「まあ、そこのところは任せるわね。」

結局丸投げだ。だがその方がリリスも気楽に対応出来る。

用件が済んだので、リリスはノイマンにも挨拶をしてゲストルームを出た。

結局、フィリップ殿下は一言も話さなかった。
使い魔と五感を共有していなかったのだろう。

要するにフィリップ殿下はメルの単なるアッシーで、更にノイマン様は魔金属の運び屋だったのね。
何処までも人遣いの荒い王女様だわ。

リリスはそう思いながら現時刻を確かめた。
この時間ならマキは休憩中だ。
まだ時間があるので先にマキに連絡してみよう。

そう考えたリリスは学生食堂に向かわず、学舎を出て薬草園に急ぎ足で向かった。

預かった魔金属の組成が気になる。

焦る必要は無いのだが、リリスは歩きながら解析スキルを発動させた。

この金属塊の組成を教えて。

『これは魔金属の合金ですね。剣の破片ですか?』

そう。
聖剣アリアリーゼの破片なのよ。
かなり無理な組成だったので、先日の剣技で限界が来たみたいね。

『なるほど。それで変質してしまっているのですね。魔金属の組成はオリハルコン60%とヒイロカネ20%、それと魔銀が10%です。』

それだと90%ね。
残りの10%は何なの?

『これが問題ですね。おそらく魔金属化した特殊な玉鋼に魔力の誘導体を吸着させたものだと思います。』

『但し、この玉鋼と言うのはあくまでも類推です。その類推の根拠になるのは鍛冶職人シューサックの残した書物に拠るものです。ちなみにこの書物は魔法学院の図書館にも所蔵されていますよ。魔金属大全と言う名の書物です。』

やはりシューサックさんが関わってくるのね。
分かったわ。
ありがとう。

リリスは解析スキルを解除しつつ歩を早め、程なく薬草園に辿り着いた。
薬草園の端の小屋に入り、リリスが取り出したのはマキとの連絡用の魔道具である。
以前は緊急連絡用であったが、今ではスマホの代わりの様なものだ。
ソファに座って魔道具を作動させ、マキからの反応を確かめると、直ぐにOKのサインが出た。
その位置座標に使い魔を送り、五感を共有させる。
リリスの視界が暗転し、程なく見えて来たのはマキの姿と神殿のゲストルームの様子だ。

「リリスちゃんから連絡がきたから、急いでゲストルームに飛び込んだのよ。」

マキはにこやかに話し始めた。

「それでどうしたの?」

マキの言葉を受け、リリスはノイマンから聞いた話を大まかに説明した。
マキはその話を聞きながらも、そんな事もあるのねと言い、その反応は薄かった。
だがそのマキの意志に反して、マキの耳に付けていたピアスがチカチカと光り始めた。
どうやらアリアが反応しているようだ。

「マキちゃん。アリアを呼び出して。」

「ええっ? アリアを呼び出すの?」

怪訝そうな表情でマキはその手をピアスに添え、魔力を流してアリアを呼び出した。
その途端にマキの横に、プラチナ色のメタルアーマーを装着したアリアが現われた。
その表情は穏やかだが眼光は鋭い。

「その使い魔の気配はやはりリリスね。多分来るだろうと思って待っていたわよ。」

どうやらリリスの用件をお見通しのようだ。

「アリアリーゼの事ね?」

「ええ、その通りよ。」

アリアとリリスの会話にマキは首を傾げた。

「アリア。リリスの用件が分かっていたの?」

マキの言葉にアリアはうふふと含み笑いをした。

「まあ、伏線を張っておいたからねえ。」

確かに伏線だ。
リリスはうんうんと頷きながらアリアに問い掛けた。

「アリア。このアリアリーゼの破片なんだけど、アリアの知る範囲でその組成や成り立ちを教えて。」

リリスの問い掛けにアリアはニヤッと笑った。

「私に聞くのは確認の為かしら? どうせ自分である程度分析しているんでしょ?」

妙に勘の良いアリアだ。

「まあ良いわ。先日話したように、このアリアリーゼは鍛冶職人シューサックが造り上げ、私の息吹を吹き込んでアリアドーネと連携出来るようにした剣よ。その組成でシューサックに聞いたのは特殊な玉鋼の存在で、大陸最西方の離島で手に入れたと聞いたわ。」

「その玉鋼なんだけど、シューサックの話ではもしかすると、異世界から持ち込まれたものかも知れないって言っていたわよ。」

異世界?

その言葉にリリスもマキも反応した。
シューサックの言う異世界とは・・・・・元の世界の事だろうか?
そう言えばあのどら焼きも大陸西方の離島のものだった。

何かがある。
探ってみたいが、正確な情報も無くそこまで行くのはまず無理だ。
そうなるとまず思い浮かぶのは、エリスの領地に来る行商人の存在・・・・・。

「アリア、ありがとう。色々と話が繋がって来たわ。その玉鋼を手に入れる手段を考えてみるわね。」

リリスの言葉にアリアはうんうんと頷いた。

「リリス、頼むわよ。アリアリーゼは私の分身のようなものだから、是非復元して頂戴。」

「だからと言って急がなくても大丈夫よ。何年掛かっても構わないからね。」

そう言われるとありがたいわね。

リリスはアリアに礼を言ってマキにも別れを告げ、使い魔の召喚を解除した。
小屋のソファの上で時刻を確かめると、まだ昼の休憩時間が40分ほど残っている。
リリスは急いで薬草園を離れ、学生食堂に向かって駆け出した。



午後の授業を終えたリリスは、生徒会の部屋に赴くのが日課である。
だがこの日はその前にどうしても図書館に行きたかった。
シューサックの残した書物を探し、玉鋼について調べておきたかったからである。

急ぎの用件じゃないと言われると、逆に手早く進めたくなるのよね。

そう思いつつリリスは図書館のエントランスに到着した。
司書のケリー女史に尋ねると、鍛冶や魔金属関連の書物は地下にあると言う。

図書館の片隅にある階段を降りると、地下とは思えないほどに明るく広い。
これは照明用の魔道具のみならず、至る所に設置された開口部から内部に届く自然光のお陰である。

地上階と同様に地下も天井が高く、巨大な書架が整然と並んでいる。
その中を探し回る事、約10分。
リリスは目的の書物のある書架の前に辿り着いた。

高さ5m横幅15mもある書架にびっしりと魔金属や鍛冶関連の書物が並んでいる。
だがその中でも、シューサックの残した魔金属大全と言う書物は直ぐに見つかった。
百科事典の様な分厚い装丁で、全10巻の大作だったからである。
その各巻の目次から探すと、最後の第10巻に玉鋼の記述があった。
そこにしおりを挟んで近くのデスクに向かい、椅子の座ってその第10巻を広げたリリスは、改めてその項を精読した。


****************

玉鋼(たまはがね)

この玉鋼と言う名称は、著者シューサックが名付けたものである。

元来、我が大陸では砂鉄を原料とするたたら製鉄の歴史は無かった。それ故にこの玉鋼と名付けられた鋼材も、存在しないものと思われていた。
だが、大陸西方のレイブン諸島で著者が現地の人族の部落で複数の刀剣を発見し、その分析と用途を確認した上で玉鋼と呼称するにふさわしいものとしたのである。

主に刀剣の素材として用いられ、現地では短刀あるいは小刀の形で先祖代々伝わって来たものが大半である。
その特徴としては鋼材でありながら柔軟性に富み、他の地金と重ねて鍛造するにおいても相性が良い。
これは恐らく製鉄過程での様々な工夫によるものとみられるが、その製鉄方法は既に現地の人族でも散逸しており、現時点では不明である。
更に時間の経過と共にこれらの玉鋼及びその刀剣類は魔力を帯び、魔金属化して比類なき鋼材となった。

この魔金属化した玉鋼は魔力の伝導率が高く、いかなる魔力誘導体とも相反しない。
剣の心部に組み入れる事で様々な特性を持つ魔剣が出来ると思われる。

現時点では短刀などの形状のまま手に入れる事になるが、加熱し鍛造し直す際にも劣化せず、魔金属としての特徴も全く減衰しない。
従って魔剣製造の際に用いる心材としては最適の素材となる。

但し前述の事情により市場での流通はなく、幻の鋼材と言っても良いだろう。


****************


玉鋼に関する記述はこれだけであった。

この刀剣と言う記述が気になるわね。
剣じゃないんだ。

この辺りからも召喚者の匂いがする。

リリスはその書物を書架に戻し、そのまま図書館を後にした。

いずれシューサックさんに直に聞いてみる必要があるわね。

そう思いながらリリスは生徒会の部屋に向かったのだった。





生徒会の部屋のドアを開けると、既にエリスとニーナ、更にリンディも加わり、賑やかに騒いでいた。
3人はリリスの顔を見てもテンションが下がらず、嬌声をあげている。

「どうしたのよ? そんなに騒いで・・・」

そう言いながらエリス達が遊んでいる玩具を見て、リリスは息を呑んでしまった。

小さな端布を縫い合わせた手のひらサイズの塊。

それはどう見てもお手玉だ。

そのお手玉を両手で空中に上げながら、くるくると回していたエリスだが、数回でしくじって落としてしまう。
エリスはお手玉をニーナに手渡し、ニーナも試してみるが、やはり数回で落としてしまった。
ニーナは悔しそうな表情でお手玉をリンディに手渡し、リンディも試みてみるが、やはり数回で落としてしまう。
その繰り返しで嬌声を上げるほどにテンションが高まっていたそうだ。

そう言えばお手玉って、この世界では見なかったわね。
何処にでもありそうな子供の玩具なんだけど・・・・・。

「エリス。それって誰が作ったの?」

リリスの問い掛けにエリスは小さく首を傾げた。

「う~ん。誰が作ったかと言われても、答えようが無いですね。これは先日お話しした行商人がくれたんです。先日のお菓子を仕入れた大陸西方の離島で手に入れたと聞いています。これって小さな子供のおもちゃですよね。」

「でも誰が何回落とさずに回せるか競争しているうちに、テンションが高まってきちゃって・・・・・」

エリスの言葉に同意するようにニーナが頷き、そのお手玉をリリスに手渡した。

「この中に入っているのは豆なのかな?」

ニーナの言葉にリリスはハッとした。

まさかと思いながらお手玉を触ってみる。確かに小さな粒がぎっしりと詰まっているのだが、外側から触れて感じるその粒の大きさと感触は、ニーナの言う通り豆類に違いない。
しかも何故か懐かしい感触が伝わってくる。

これって多分・・・小豆だ。
小豆を入れて作ったお手玉だ。

顔には出さないものの、リリスは大いに興奮していた。

やはり大陸西方の離島には、召喚者の遺産が残っているようだ。

その行商人に会ってみる必要がある。
上手く行けば玉鋼も手に入るかも知れない。

リリスはお手玉をまじまじと見つめながら、行商人との交渉を頭の中に描いていたのだった。








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