落ちこぼれ子女の奮闘記

木島廉

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聖剣による祭祀1

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マキに小荷物を送った翌日の放課後。

生徒会の部屋に向かうリリスのカバンの中から、ピンピンと緊急連絡用の魔道具の警告音がなり始めた。

マキちゃんね。

リリスは向きを変え、学舎を出ると、少し離れた場所にある薬草園まで足早に向かった。

薬草園に辿り着き、周囲に誰も居ない事を確認した上で、薬草園の端にある小屋の中に入ったリリスは、椅子にもたれ掛かって魔道具の示す位置座標を確かめた。
やはり神殿からだ。
その位置座標に使い魔を召喚させ、五感を共有すると、目の前にマキの顔があった。
周囲を見回すと、どうやら神殿のゲストルームの中である。

「マキちゃん。どうしたの?」

白々しいと思いながら、リリスは平然と問い掛けた。

「どうしたって、これ!」

マキの手には案の定、半分残されたどら焼きがあった。

「このお菓子ってどう見ても・・・・・アレですよね。」

若干狼狽しているマキの表情が可愛い。
リリスはゲストルームの中を再度見回した上で、マキに小声で呟いた。

「私の周囲には誰も居ないから、回りくどい言い方をしなくても良いわよ。」

リリスの言葉を聞き、マキは焦るように口を開いた。

「これってどう見てもどら焼きですよね。どこでこんなものを手に入れたんですか? いや、そもそもこの世界に小豆ってあったんですか?」

早口でまくし立てるマキを落ち着かせ、リリスはエリスから貰った物だと説明した。

「大陸西方の離島ですか。この外側の生地はまだありふれたものですけど、この粒あんは秀逸ですねえ。元の世界で食べていたものと遜色ないですから。」

「これって明らかに日本人が召喚されてきた証拠ですよ。」

周囲に誰も居ないのでマキの口調が後輩の口調になっている。

「マキちゃんもそう思う?」

「だって、紗季さん。この焼き印! これを見ればやはりそう思いますよ。」

マキはそう言いながら、どら焼きの端に付けられた焼き印を、リリスの使い魔の目の前に突き出した。

「2枚の鳥の羽の焼き印でしょ? 確かにそう言う焼き印を生地に付けるわよね。」

リリスの言葉にマキはふうっとため息をついた。

「紗季さん。これって家紋ですよ。重ね鷹の羽と言って私の実家の家紋がこれだったんです。」

「これは間違いなく召喚者の仕事ですよ。」

マキは確信を持った目でリリスの使い魔を見つめた。

「その召喚者が今生きているか否かは分からないわよ。数世代前から製造技術を受け継いできたのかも知れないしね。」

「そうかあ。そうですよね。同じ時代に召喚される確率なんて低いですものね。むしろこのどら焼きの完成度を見ると、数世代前から受け継いできたと考えた方が良いのかも知れません。」

マキはそう言いながら、どら焼きの粒あんを少し指に付けて口に運んだ。

「このどら焼きを大量に仕入れたいですね。いや、それよりも小豆を手に入れたいなあ。紗季さん、何とかなりませんか? 私って元々豆を煮るのが得意だったんですよ。OLの時も夜食で煮豆を時々作っていたんですから。」

「そうねえ。どら焼きを仕入れて来た行商人について、エリスにもう一度聞いてみるわね。」

リリスの言葉にマキはうんうんと強く頷いた。

「もうアストレア神聖王国の事なんて、頭の中から吹き飛んじゃいましたよ。」

「まあ、そんな事は言わないでよ。王家からの依頼なんだからさ。」

「それはそうなんですけどねえ。」

マキの様子に苦笑いをしながら、リリスはマキに別れを告げ、使い魔の召喚を解除した。





そして日は経ち、メリンダ王女からアストレア神聖王国に行く事を要請された日から9日後。

リリスはメリンダ王女の使い魔を肩の上に憑依させ、マキと共に軍用馬車に乗り、ミラ王国から東に続く街道をひたすらに進んでいた。
この日の夕刻にはアストレア神聖王国に到着する。
ミラ王国からの2日に及ぶ馬車の旅は決して快適なものではない。
軍用馬車は頑丈ではあるが、それ故に居住性に乏しく、座席のクッションもあまり良くないからだ。
それでもマキと共に乗り込んでいるので、何かと気が楽である。

「リリスちゃん。メリンダ王女様の使い魔はまだ覚醒していないの?」

マキはそう言いながらリリスの肩の上に生えた芋虫を見つめた。

「そうね。明日の祭祀の始まる前には五感を共有する予定よ。それまでは単なる飾りのようなものだからね。」

「それにしても趣味の悪い飾りだわ。」

マキの言葉にリリスはハハハと笑った。

「それでもこうしてミラ王国の王女様が同行していると言う状況だからこそ、アストレア神聖王国も国賓扱いをしてくれるのよ。まあ、お守りだと思っていれば良いわ。」

マキはリリスの言葉を聞きながら、馬車の中に軽くヒールの波動を流した。
その波動を受けてリリスはう~んと唸りながらシートの背にもたれ掛かり、腰を伸ばすような動作を繰り返した。
軍用馬車の固いシートのせいで、腰が痛くなっていたからだ。

「マキちゃん、ありがとう。お陰で腰回りがすっきりしたわ。」

トントンと腰を軽く叩くリリスの仕草が老婆のそれに見え、マキは思わず吹き出してしまった。

マキちゃんと一緒で良かったわ。
精神的にも肉体的にも癒されちゃう。

車窓の外から流れ込む爽やかな風を感じながら、リリスはマキに心の中で感謝していた。

しばらく走ると、和やかな馬車の中に御者を務める兵士から、間も無くアストレア神聖王国の領地内に入るとの連絡があった。
ようやくここまで来たのだと思うとホッとする。
リリスは先行するもう一台の軍用馬車が、関所の手前で速度を落とすのを何げなく眺めていた。
先行する軍用馬車には文官のノイマンと警護の責任者としてジークが乗り込んでいる。
ノイマンは上級貴族でありながらも物腰が柔らかい好人物なので、リリスとしても気を遣わなくて済む。
今回のアストレア神聖王国の祭祀を機会にして、ミラ王国とアストレア神聖王国との貿易交渉を更に優位に進めたいと言う、王家の意向を一身に背負っているノイマンである。
だがその気負いは全く感じさせない。
常に自然体のノイマンだからこそ、他国の文官や王族なども心を開くのだろう。

ジークに関しては好印象は無い。
それでもメリンダ王女のように嫌っているほどではないが・・・。

マキもジークに関してはあまり好印象を持っていないようだ。

「ジークさんって・・・・・何を考えているのか分からない部分が少なからずありますよね。」

マキは出発の際にそう話していた。

「そうね。見た目がチャラい上に、行動も怪しいからね。」

二人からの印象は最悪である。
それでも軍の魔導士としては優秀なので、ジークが対外交渉などの際に警備の責任者に就くケースは多い。
おそらく王族との太いコネクションがあるのだろう。


関所を越えて、馬車はしばらく街道を進み、アストレア神聖王国の王都に入った。
賓客用の豪華なホテルに馬車が到着したのはその日の夕方の5時頃だった。

シャンデリアが輝き華麗な装飾が施されたエントランスに入ると、アストレア神聖王国の大神殿の祭司が笑顔で歩み寄って来た。
ミゲルと言う名のこの初老の男性は、王族とも懇意な大祭司の一人であるそうだ。
互いに挨拶を交わした上で、ミゲルはおもむろに口を開いた。

「申し訳ありませんが、チェックインの後に明日の祭祀の予行演習に同行していただきます。聖剣アリアドーネの確認もしておかなければなりませんので。」

ミゲルの言葉にジークはうんうんと頷いた。

「私とリリス君とマキ殿の3人で構いませんか?」

「ええ、それで結構です。勿論そちらの方も。」

そう言いながらミゲルはリリスの肩に生えている芋虫を指差した。
まだメリンダ王女本人と芋虫は五感を共有していないので、ぐったりしたままになっているのだが、ミゲルにとってその存在感は到底無視出来るものではない。

手早くチェックインを済ませた3人は、ミゲルの案内でホテルを出発し、幅の広い参道を歩き始めた。
その幅は20mほどもあるだろうか。
参道の真ん中を時折馬車が通り、その両側を参詣者達が歩いている。
人々の服装もまちまちで、民族衣装のようなものを着ている人も居た。
明日の祭祀に向けて多くの人が集まってきているのだろう。

高さ100mにも及ぶ巨大な大神殿は、近付くにつれてその威容に圧倒される。
その周囲にもたくさんの参詣客が集まっていた。

その人々をかき分けるように進み、エントランスから内部に入ると、マキの表情が強張っているように見えた。

マキちゃん、緊張しているのね。

マキもこの本神殿には色々と思い出もあるだろう。

「マキちゃん。緊張しているの?」

「色々と嫌な事を思い出しているの?」

マキを案じるリリスの問い掛けに、マキは笑顔で首を横に振った。

「大丈夫よ、リリスちゃん。ここでは聖女を目指して色々な修業を行なったので、それも良い思い出になっているわ。」

そう答えたマキの言葉にミゲルが敏感に反応した。

「そうですか。マキ殿は聖女を目指しておられたのですか。それなら気難しいと言われる剣聖にも受け入れられるはずですね。」

うっ!
拙いわね。
余計な事をマキちゃんに言わせちゃったかしら?

マキの素性がバレては拙い。リリスのその思いをマキも察していた。

「もうずっと以前の話です。途中で挫折して、聖女になる事は諦めちゃいましたからね。」

マキが咄嗟に口にした言葉に、ミゲルはうんうんと頷いた。

「そうですねえ。聖女に求められるスキルや能力は半端じゃないですからねえ。」

ミゲルの言葉にリリスは安堵した。
色々とマキの事を詮索されては困るからだ。

リリス達は神殿内部の広いホールに入り、明日の祭祀の準備で祭司達の行き交う中央の舞台に案内された。
直径30mほどの円形の舞台中央に剣架台があり、そこには一振りの聖剣が架けられていた。

「これは聖剣アリアリーゼと言い、聖剣アリアドーネに反応するように、何種類もの魔金属を配合して造られた剣です。我が神聖王国の国史には伝説の鍛冶職人シューサックが造り上げたと記録されています。」

ミゲルはそう言うと、聖剣アリアリーゼの前にマキを立たせた。

まあ、シューサックさんったら。
こんなところでも良い仕事をしていたのね。

シューサック作の聖剣だと聞いて、何気に親しみを感じてしまうリリスである。

「このアリアリーゼの前で、アリアドーネを取り出してください。」

ミゲルの言葉を聞き、マキは耳に付けていたピアスを外し、手のひらにおいて魔力を放った。
ピアスは仄かに光りを放ち、即座にショートソードの形態に戻った。

そのアリアドーネに対してアリアリーゼから幾つもの光の筋が放たれ、アリアドーネの剣身に絡みついた。
アリアドーネからもそれに答えるように光の筋が放たれ、アリアリーゼの剣身に絡みついていく。

これは単なる魔力のやり取りではなさそうだ。
まるで聖剣同士の記憶と記録を同調させているようにも思える。

「うむ。間違いなくアリアドーネですね。」

そう言うとミゲルはマキを後ろに下がらせた。
聖剣同士の光の筋のやり取りは、マキが後ろに下がる事で途切れてしまった。

「それではマキ殿。アリアドーネを構えて実戦用に装備してください。明日の祭祀では、このアリアリーゼを構えた女性のパラディンと剣技を行なっていただきますので。」

ミゲルの言葉にマキは戸惑った。
何を言っているのか分からない。

「実戦用の装備って・・・・・。それに私は剣術を習った事も無いので、剣技など出来ませんよ。」

困った表情のマキを見て、ミゲルはハハハと笑った。

「そうでしたか。まだ実戦用に装備された事が無かったのですね。それなら知らないのも無理も無い。」

ミゲルはにこやかな表情でマキに話し掛けた。

「アリアドーネを構えて、実践を意識しながら魔力を一気に流してみてください。そうすれば分かりますよ。」

マキはミゲルの言葉の意味も分からぬままに、言われる通りの動作を行った。
実践を意識してアリアドーネに一気に魔力を流すと、アリアドーネは眩い光を放ち、その剣身が3mほどにまで伸びた。
それは青白く光る魔力の剣となったのだ。

それと同時にリリスは驚くべきものを見た。
マキの頭頂部からプラチナ色のアーマーがマキの身体に装着されていく。
頭部から耳と首を覆い、喉から胸部、胴部を覆い、手や脚までも覆い尽くしていった。

まるで変身ものの特撮のようだ。

マキちゃん、カッコいい!

元々偽装によって多少なりとも美形になっていたマキではあるが、アリアのアドバイスでメイクを改善していた。
その上に細身でスタイルも良いマキなので、身体にぴったりとフィットしたプラチナ色のメタルアーマーがやたらに似合う。
等身大の美人戦士のフィギュアと言っても良い出来だ。
そのシルエットが実に美しい。

「おお、これは凄い。見惚れますなあ。」

背後から聞こえるジークの言葉が妙に生々しい。

マキちゃんに手を出しちゃダメよ!

リリスは心の中でそう叫んだ。

一方、ミゲルはマキの姿をにこやかに見つめながら、剣を振る動作をして口を開いた。

「少し剣を振ってみてください。そうすれば分かるはずです。」

何が分かるのかと言いたげな表情で、マキはアリアドーネを数度振ってみた。
だがその動作は驚く事に俊敏で無駄がない。
ヒュン、ヒュンと風を切る音が舞台に響く。
マキの所作が、剣術初心者とは思えないほどに板についているのが実に不思議だ。

「身体が・・・・身体が勝手に動いちゃうわ。」

マキも驚きの表情でアリアドーネを見つめた。

「お判りいただけましたか? 聖剣アリアドーネは憑依型の剣なのです。剣聖が持ち主に憑依して剣を操ると記録されています。」

「しかも相対するアリアリーゼもアリアドーネに反応して剣技を行ないます。アリアリーゼはその為に造られた剣なのですよ。マキ殿がアリアドーネに剣技を示すように指示すれば、2本の聖剣はそのごとくに剣技を行なってくれます。これは国史にはっきりと記録されているので間違いありません。」

ああ、そう言う事なのね。
憑依型の剣だから、持ち主のスキルのみならず容貌にまでこだわるのね。

リリスは納得してマキに笑顔を向けた。

「マキちゃん。かっこいいわよ。」

リリスの言葉にマキは照れ笑いをしてアリアドーネを高く突き上げた。
その気になってポーズをとっているようだ。

その後、ミゲルの指示でマキはアリアドーネの憑依を解除して、ショートソードの形態に戻した。
確認事項は終了したと言うので、更にピアスの形態に戻して耳に装着すると、マキはふうっと大きくため息をついた。
マキもマキなりに気疲れしたのだろう。

「マキちゃん、お疲れ様。これなら明日の本番も大丈夫そうね。」

リリスのねぎらいの言葉にマキはうんうんと頷いた。

「こんなところでコスプレのイベントの主役を張れるなんて、考えただけでウキウキしちゃうわ。」

あれっ?
マキちゃんのテンションがおかしいぞ。
確かにアリアドーネを実戦用に装備した際の姿はコスプレのようにも思えた。

マキちゃんったら、元々コスプレが大好きだったけど、どこかで変なスイッチが入っちゃったのかしら?

妙に高揚しているマキの表情を見ながら、リリスは若干の不安を覚えていたのだった。

























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