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久し振りの帰省5
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豊穣の神殿を訪れた翌日。
マキはこの日の午後の祭祀を主宰するため、早朝に馬車で王都に帰っていった。
リリスはマキを送り出した後、午後になるのを待ってメイドのフィナを伴ない、ギドの両親の所有する農地の片隅に馬車で向かった。
昨日のギドとの約束を果たすためだ。
フィナが馬を操り、一頭立ての小さな馬車で約束の場所まで辿り着くと、既にギドが農地の傍らで座って待っていた。
リリスの馬車を見つけると、嬉しそうに手を振って迎えてくれたギドである。
早速馬車を降りて挨拶を交わし、リリスはその農地を俯瞰するように眺めた。
村の農地の中でも山に近い端の方に位置している。かなり広いのだがその半分ほどしか手が入っていない。
「俺一人の作業だと、あの程度までしか耕せていないんだよ。村の人達も最低限の作業は手伝ってくれるんだけど、自分達の農地の事で精一杯なんだよね。」
そう言いながらギドは馬をねぎらっているフィナの方に目を向けた。
「そう言えばリリスのお屋敷のダンさんにも、たまに手伝って貰っているんだ。あの人は俺の兄貴の様な存在だからな。」
「うんうん。そうよね。ダンさんってギドの叔父にあたるんだっけ?」
「そうだよ。俺の母親の姉の息子になるんだ。でも兄貴って呼べって言われているんだ。叔父さんなんて呼ぶと殴られちゃうよ。」
ギドの話にリリスは頬を緩めた。二人の間の年齢差は10歳ほどだろうか?
ダンにとってはギドは可愛い弟なのかも知れない。
リリスはまだ荒れたままの農地の中に足を踏み入れた。
ほぼ長方形の形の農地で100m×400mほどはある。約2ヘクタールほどだろうか。
その半分は何とか耕したと言うが、良く見るとかなり雑だ。そのままの状態で作物を植えても収穫量が充分には見込めないかも知れない。
未耕作地はかなり荒れている。ギドの話では2年ほど放置したままだと言う。
これは手が掛かるわね。
そう思いながらリリスは腕まくりをして魔力を集中させ始めた。
「リリス。土魔法で手伝ってくれるって言うのはありがたいんだけど、俺の知る限りでは30cmほどの畝を作るだけじゃなかったか?」
確かに魔法学院に入学する以前のリリスはそうだった。
リリスはそれを思い出してニヤッと笑い、
「まあ見ててよ。」
そう言うと一気に土魔法の魔力を放ち始めた。
土魔法で農地を耕しながら土の品質も改良していく。解析スキルを発動させて肥料を生成し、ウォータースプラッシュで噴霧して土に配合しながら耕していくと、小さな枝や草の根が浮き上がって来た。それを農地の端に土をうねらせて運んでいく。
それなりに積みあがった枝や根の塊にファイヤーボルトを放って燃やしてしまう。
耕した農地には畝を作って先へと伸ばしていく。
魔法学院の薬草園で培った経験もあり、未耕作の1ヘクタールの農地は10分ほどで整備された耕作地となった。
それでもリリスの魔力量はまだまだ余裕がある。
「おいおい、なんだよこれは! 土が生き物のように動いていくじゃないか!」
ギドの驚きが止まらない。
「俺がダンさん達にも手伝って貰って、農地を耕すために費やしたあの時間と労苦は何だったんだ?」
「まあ、そう言わないでよギド。土魔法ってこう言うものなのよ。」
「そうは言うけど、村にも土魔法の使い手は居るんだ。でも少し耕しただけで魔力が枯渇しちゃってたぜ。」
ギドは唖然とした表情でリリスを見つめた。
「その珍しいものを見るような視線は止めてよね。」
リリスはそう言うとギドの傍を離れ、彼が耕したと言う耕作地に足を踏み入れた。
土が粗いわね。
肥料も足りないだろうな。
リリスは足元の土をつまんで確かめながら、ギドに話し掛けた。
「こっちの耕作地も少し土地改良してあげるわね。収穫量を上げたいのよ。」
リリスは怪訝そうに見つめるギドの視線を気にせず、先ほどと同じように肥料を散布しながら、その耕作地の土壌をより細かいものに変え、不揃いな畝を整えていった。
こちらも念入りに作業を施し、約10分で全てを終えた。
農地の傍らを見ると、古い井戸がある。
この農地の作物の為に掘った井戸のようだ。
「この井戸って充分に水を確保出来ているの?」
リリスの問い掛けにギドは残念そうな表情で首を横に振った。
「以前はそれなりに水が湧き出ていたんだけど、2年ほど前から枯れてきちゃってね。」
「それなら少し掘り下げてみようか?」
ギドに問い掛けながらもリリスは井戸の朽ちた木の枠に手を置き、その底の周辺の状態を探知してみた。
井戸の深さは10mほどだが、あと10mも掘れば水脈に届きそうだ。
だが井戸の周囲の土は大きめの岩石を多く含み、手堀りでは相当な重労働になるだろう。
リリスは魔力を集中させ、土魔法で井戸の底の土を柔らかい土壌に変化させた。
その上で掘り出し、その周囲の壁となる土を固めていく。
急ぐ必要はないのでじっくりと作業を進めると、5分ほどで水脈に到達した。
更に掘り続けると井戸の底から水が湧きあがり、地表から5mほどの高さまで水位が上がってきている。
これで充分だろう。
だが手を置いている井戸の木の枠が崩れそうだ。
リリスは土壁を造り上げる要領で、木の枠を包み込むように、井戸の周囲に高さ1mほどの円筒を造った。
それを硬化させて頑丈なものにすると、ついでに井戸の内部の壁も若干硬化させた。
一連の作業にギドは驚くばかりである。
耕作地の周辺の水路も確認し、若干手を加えた上でギドに終わったよと告げると、ギドは反射的にリリスに頭を下げた。
「リリス、ありがとう。俺やダンさんだけでここまでやったら何か月掛かっていたか分からないよ。」
ギドの屈託のない笑顔がリリスの気分を高揚させてくれる。
リリスはギドに問い掛けた。
「それで・・・・・親戚から譲り受けた休耕地って何処なの?」
「ああ、それならあそこだよ。」
ギドが指差したのは、今リリスが手掛けた耕作地から少し離れた場所にある丘陵だった。
「何処に休耕地があるの?」
「だからあそこだってば。丘陵の斜面なんだよ。」
斜面?
それって作物を育てられないんじゃないの?
ギドはリリスを案内して丘陵の斜面に向かった。
近付いてみると、確かに手を掛けた痕跡はある。
雑草が生えているが、ところどころに果樹らしきものが生えているからだ。
「果物を育てていたのね。」
「そうなんだよ。でも全て枯れちゃったけどね。それに斜面とは言っても裾のなだらかな部分には作物を育てていたんだよ。」
まあ、正直に言って良い農地ではない。
それでもギドの親戚は何とか活用しようとしていたのだろう。
若いうちなら多少の作業も苦にはならない。
だが老齢になるとこの斜面での農作業は酷だろうなとリリスは感じた。
斜面に近付くとそのところどころから、僅かに水が流れ出しているのが分かる。
丘陵の上に振った雨水が滲み出してくるのだろう。
水はけは良さそうなのだが・・・。
斜面の上の方に目を向けると小さな井戸がある。
その木枠の上は板が張られて閉ざされていて、長年使用されていないようだ。
「あの井戸は使っていないの?」
「ああ、あれは駄目なんだよ。親戚はかなり掘ったらしい。少し水が出たけど、良い水が出てこなかったって言っていたよ。」
良い水ではない?
多少濁っていても耕作用になら使えるだろうと思うのだが・・・。
「褐色で変な臭いがするんだってさ。」
ギドの言葉に疑問を持ちながら、リリスはその井戸の傍に立ち、その底の方を探知した。
ギドの耕作地と近いのに、水脈は別のようだ。
それにその水脈はかなり深い場所にあり、たまたま地表に近い部分に井戸が行き当たったようだ。
この位置にあるからには、ここに井戸がある事が便利なのだろう。
少し掘り下がってみようか?
リリスは木の枠の上に貼られた板を取り外し、井戸の底に土魔法の魔力を放ち始めた。
井戸の底までは10mほどだが、先ほどの要領で徐々に深く掘っていく。
それでも思うほどに水が湧いてこない。
やはり深部の水脈まで届かないと、豊富に水が湧き出してこないようだ。
「ここから良い水が湧いてくれば、斜面全体を潤せるんだけどね。」
そう言って残念そうな表情をするギドの目を意識しながら、リリスは土魔法による作業を継続した。
土魔法の効果を加速させると、約30分ほどで深さは300mを超えた。
流石に掘り過ぎだろう。
そろそろ終えようとしていると、井戸の底から水が湧き出してくるのが分かった。
それは吹き出るほどの勢いではない。
じわじわと水面が上がってきて、井戸の口の近くまで上昇してきた。
それを手ですくってみると、確かに褐色で少し薬っぽい臭いがする。
少し生温いので、多分30度ほどの温度だろう。
これってもしかして・・・・・。
リリスはその場で解析スキルを発動させた。
これってもしかして・・・?
『予想の通りですよ。温泉水ですね。』
『地下の粘土層の下に豊富に蓄えられているようです。』
近くに火山があるの?
『少し離れた場所に休火山があります。恐らく地下では繋がっているのでしょうね。』
『生温いのが難点ですが、泉質は炭酸泉のようです。褐色なのは朽ちた植物などから溶け込んだ成分の影響でしょう。』
温めるのは魔法や魔石で何とでもなるわよ。
リリスは解析スキルを解除して、斜面の下で待機していたギドの方を見た。
そこにはいつの間にかダンも待機している。
弟分のギドの事を案じて、休憩時間に駆けつけて来た様だ。
リリスが温泉の事を伝えると、ギドもダンも驚いて井戸の傍まで駆け寄って来た。
「お嬢様。温泉を掘り当てたんですか!」
ダンは汗を拭きながら湧き出て来た温泉水を手ですくい上げた。
「生温いですね。でも火魔法や魔石で温めれば、逆に適温に出来ますよね。」
そうそう。
そう言う事なのよ。
「この褐色の水が温泉だって言うのかい?」
半信半疑のギドに、ダンは呆れ顔を向けた。
「お前は物知らずだな。見た目や臭いがここから少し離れた山奥にある温泉と同じだ。」
ダンは目を輝かせながらリリスの顔を見た。
「こんな離れたところまで、地下で繋がっていたんですね。」
「そうなんでしょうね。うん、そうとしか思えないわ。」
これはギドにとっても宝物を掘り当てたようなものだ。
リリスは気を良くして井戸の周囲を見回した。
とりあえず湯治場を造ろう。
そうすればギドにもその価値が分かるだろう。
リリスはダンとギドを少し離れた場所に移動させ、井戸の周囲を土魔法で掘り始めた。
縦が5m横が10mほどで深さは1mとした。
これは浴槽だ。
もちろん掘り下げた部分の表面を硬化させるのも忘れていない。
これを横に二つ造り上げ、その間に井戸が位置している状態になっている。
井戸の側面から土魔法で水路を造り、二つの浴槽に湧き出て来た温泉水を流し始めると、10分ほどで浴槽は満タンになった。
更に若干溢れているので、これを下に流す水路も造る。
その水路の先には直径5mほどの貯水槽を造った。
更に二つの浴槽の周りに土魔法で高さ3mほどの壁を造り、その一部に窓を造る。その天井部分を少し斜めに角度を付けて土魔法で覆い、とりあえず湯治場の形が出来上がった。
壁や天井を硬化し、特に床の部分は念入りに硬化してタイル状に仕上げ、更に細い筋を入れて水はけを良くした。
「ここまで造り上げれば大丈夫よね。後は木材で内装を整えて、魔道具で灯を付ければ良いわよ。」
唖然として見ていたギドは、リリスの言葉にハッとして我に返り、うんうんと頷きながらその硬化された壁をドンドンと叩いた。
「どうして紙細工みたいに土が変化するんだ?」
「それがお嬢様の土魔法なんだよ、ギド。」
ダンはそう言うとギドの背をトントンと叩いた。
ダンは以前にリリスが土魔法で野盗を捕縛した際にその場に居たので、リリスの土魔法の巧みさを良く理解していたのだ。
「お嬢様、ありがとうございます。これを上手く使えばギドの負担も少なくなる。いや、それどころか豊かになりますよ。」
「そうよね。入湯料を取れるように成れば上出来だわ。」
リリスの言葉にギドとダンは心から感謝した。
「私に感謝するなら、たまたまこの場所に井戸を掘った親戚に感謝した方が良いと思うわよ。」
そう言って謙遜するリリスの心に達成感が込み上げてくる。彼女はギドの喜ぶ表情に充分満足していたのだった。
その後リリスは屋敷に戻り、家族と今回の帰省の最後の夜を楽しく過ごした。
家族との団らんの時間はリリスの元気の源だ。
何時までもこの時間が続いて欲しいと思うリリスである。
翌日になって、リリスを乗せた馬車は早朝にクレメンス領を出発し、昼過ぎには魔法学院の学生寮に到着した。
同行してきたフィナに別れを告げ、馬車は帰途に就く。
馬車が見えなくなるまで見送った後、エントランスに入ったリリスは事務職員に呼び止められた。
学生寮内での連絡事項があると言う。
学生寮の職員から連絡用の手紙を受け取り、何だろうかと思いながら自室に戻ると、人の気配は無い。
サラはまだ帰っていないようだ。
クセの強い使い魔達に出迎えられるのも嫌よね。
勝手に部屋に入り込む亜神達の使い魔を思い浮かべながら、リリスはドアを開け、荷物を床に置き、早速受け取った手紙を広げてみた。
それは・・・メリンダ王女からだった。
今晩、最上階に来いと言う内容だ。
何となく嫌な予感がする。
リリスはその思いを拭いきれぬまま、荷物の整理に取り掛かったのだった。
マキはこの日の午後の祭祀を主宰するため、早朝に馬車で王都に帰っていった。
リリスはマキを送り出した後、午後になるのを待ってメイドのフィナを伴ない、ギドの両親の所有する農地の片隅に馬車で向かった。
昨日のギドとの約束を果たすためだ。
フィナが馬を操り、一頭立ての小さな馬車で約束の場所まで辿り着くと、既にギドが農地の傍らで座って待っていた。
リリスの馬車を見つけると、嬉しそうに手を振って迎えてくれたギドである。
早速馬車を降りて挨拶を交わし、リリスはその農地を俯瞰するように眺めた。
村の農地の中でも山に近い端の方に位置している。かなり広いのだがその半分ほどしか手が入っていない。
「俺一人の作業だと、あの程度までしか耕せていないんだよ。村の人達も最低限の作業は手伝ってくれるんだけど、自分達の農地の事で精一杯なんだよね。」
そう言いながらギドは馬をねぎらっているフィナの方に目を向けた。
「そう言えばリリスのお屋敷のダンさんにも、たまに手伝って貰っているんだ。あの人は俺の兄貴の様な存在だからな。」
「うんうん。そうよね。ダンさんってギドの叔父にあたるんだっけ?」
「そうだよ。俺の母親の姉の息子になるんだ。でも兄貴って呼べって言われているんだ。叔父さんなんて呼ぶと殴られちゃうよ。」
ギドの話にリリスは頬を緩めた。二人の間の年齢差は10歳ほどだろうか?
ダンにとってはギドは可愛い弟なのかも知れない。
リリスはまだ荒れたままの農地の中に足を踏み入れた。
ほぼ長方形の形の農地で100m×400mほどはある。約2ヘクタールほどだろうか。
その半分は何とか耕したと言うが、良く見るとかなり雑だ。そのままの状態で作物を植えても収穫量が充分には見込めないかも知れない。
未耕作地はかなり荒れている。ギドの話では2年ほど放置したままだと言う。
これは手が掛かるわね。
そう思いながらリリスは腕まくりをして魔力を集中させ始めた。
「リリス。土魔法で手伝ってくれるって言うのはありがたいんだけど、俺の知る限りでは30cmほどの畝を作るだけじゃなかったか?」
確かに魔法学院に入学する以前のリリスはそうだった。
リリスはそれを思い出してニヤッと笑い、
「まあ見ててよ。」
そう言うと一気に土魔法の魔力を放ち始めた。
土魔法で農地を耕しながら土の品質も改良していく。解析スキルを発動させて肥料を生成し、ウォータースプラッシュで噴霧して土に配合しながら耕していくと、小さな枝や草の根が浮き上がって来た。それを農地の端に土をうねらせて運んでいく。
それなりに積みあがった枝や根の塊にファイヤーボルトを放って燃やしてしまう。
耕した農地には畝を作って先へと伸ばしていく。
魔法学院の薬草園で培った経験もあり、未耕作の1ヘクタールの農地は10分ほどで整備された耕作地となった。
それでもリリスの魔力量はまだまだ余裕がある。
「おいおい、なんだよこれは! 土が生き物のように動いていくじゃないか!」
ギドの驚きが止まらない。
「俺がダンさん達にも手伝って貰って、農地を耕すために費やしたあの時間と労苦は何だったんだ?」
「まあ、そう言わないでよギド。土魔法ってこう言うものなのよ。」
「そうは言うけど、村にも土魔法の使い手は居るんだ。でも少し耕しただけで魔力が枯渇しちゃってたぜ。」
ギドは唖然とした表情でリリスを見つめた。
「その珍しいものを見るような視線は止めてよね。」
リリスはそう言うとギドの傍を離れ、彼が耕したと言う耕作地に足を踏み入れた。
土が粗いわね。
肥料も足りないだろうな。
リリスは足元の土をつまんで確かめながら、ギドに話し掛けた。
「こっちの耕作地も少し土地改良してあげるわね。収穫量を上げたいのよ。」
リリスは怪訝そうに見つめるギドの視線を気にせず、先ほどと同じように肥料を散布しながら、その耕作地の土壌をより細かいものに変え、不揃いな畝を整えていった。
こちらも念入りに作業を施し、約10分で全てを終えた。
農地の傍らを見ると、古い井戸がある。
この農地の作物の為に掘った井戸のようだ。
「この井戸って充分に水を確保出来ているの?」
リリスの問い掛けにギドは残念そうな表情で首を横に振った。
「以前はそれなりに水が湧き出ていたんだけど、2年ほど前から枯れてきちゃってね。」
「それなら少し掘り下げてみようか?」
ギドに問い掛けながらもリリスは井戸の朽ちた木の枠に手を置き、その底の周辺の状態を探知してみた。
井戸の深さは10mほどだが、あと10mも掘れば水脈に届きそうだ。
だが井戸の周囲の土は大きめの岩石を多く含み、手堀りでは相当な重労働になるだろう。
リリスは魔力を集中させ、土魔法で井戸の底の土を柔らかい土壌に変化させた。
その上で掘り出し、その周囲の壁となる土を固めていく。
急ぐ必要はないのでじっくりと作業を進めると、5分ほどで水脈に到達した。
更に掘り続けると井戸の底から水が湧きあがり、地表から5mほどの高さまで水位が上がってきている。
これで充分だろう。
だが手を置いている井戸の木の枠が崩れそうだ。
リリスは土壁を造り上げる要領で、木の枠を包み込むように、井戸の周囲に高さ1mほどの円筒を造った。
それを硬化させて頑丈なものにすると、ついでに井戸の内部の壁も若干硬化させた。
一連の作業にギドは驚くばかりである。
耕作地の周辺の水路も確認し、若干手を加えた上でギドに終わったよと告げると、ギドは反射的にリリスに頭を下げた。
「リリス、ありがとう。俺やダンさんだけでここまでやったら何か月掛かっていたか分からないよ。」
ギドの屈託のない笑顔がリリスの気分を高揚させてくれる。
リリスはギドに問い掛けた。
「それで・・・・・親戚から譲り受けた休耕地って何処なの?」
「ああ、それならあそこだよ。」
ギドが指差したのは、今リリスが手掛けた耕作地から少し離れた場所にある丘陵だった。
「何処に休耕地があるの?」
「だからあそこだってば。丘陵の斜面なんだよ。」
斜面?
それって作物を育てられないんじゃないの?
ギドはリリスを案内して丘陵の斜面に向かった。
近付いてみると、確かに手を掛けた痕跡はある。
雑草が生えているが、ところどころに果樹らしきものが生えているからだ。
「果物を育てていたのね。」
「そうなんだよ。でも全て枯れちゃったけどね。それに斜面とは言っても裾のなだらかな部分には作物を育てていたんだよ。」
まあ、正直に言って良い農地ではない。
それでもギドの親戚は何とか活用しようとしていたのだろう。
若いうちなら多少の作業も苦にはならない。
だが老齢になるとこの斜面での農作業は酷だろうなとリリスは感じた。
斜面に近付くとそのところどころから、僅かに水が流れ出しているのが分かる。
丘陵の上に振った雨水が滲み出してくるのだろう。
水はけは良さそうなのだが・・・。
斜面の上の方に目を向けると小さな井戸がある。
その木枠の上は板が張られて閉ざされていて、長年使用されていないようだ。
「あの井戸は使っていないの?」
「ああ、あれは駄目なんだよ。親戚はかなり掘ったらしい。少し水が出たけど、良い水が出てこなかったって言っていたよ。」
良い水ではない?
多少濁っていても耕作用になら使えるだろうと思うのだが・・・。
「褐色で変な臭いがするんだってさ。」
ギドの言葉に疑問を持ちながら、リリスはその井戸の傍に立ち、その底の方を探知した。
ギドの耕作地と近いのに、水脈は別のようだ。
それにその水脈はかなり深い場所にあり、たまたま地表に近い部分に井戸が行き当たったようだ。
この位置にあるからには、ここに井戸がある事が便利なのだろう。
少し掘り下がってみようか?
リリスは木の枠の上に貼られた板を取り外し、井戸の底に土魔法の魔力を放ち始めた。
井戸の底までは10mほどだが、先ほどの要領で徐々に深く掘っていく。
それでも思うほどに水が湧いてこない。
やはり深部の水脈まで届かないと、豊富に水が湧き出してこないようだ。
「ここから良い水が湧いてくれば、斜面全体を潤せるんだけどね。」
そう言って残念そうな表情をするギドの目を意識しながら、リリスは土魔法による作業を継続した。
土魔法の効果を加速させると、約30分ほどで深さは300mを超えた。
流石に掘り過ぎだろう。
そろそろ終えようとしていると、井戸の底から水が湧き出してくるのが分かった。
それは吹き出るほどの勢いではない。
じわじわと水面が上がってきて、井戸の口の近くまで上昇してきた。
それを手ですくってみると、確かに褐色で少し薬っぽい臭いがする。
少し生温いので、多分30度ほどの温度だろう。
これってもしかして・・・・・。
リリスはその場で解析スキルを発動させた。
これってもしかして・・・?
『予想の通りですよ。温泉水ですね。』
『地下の粘土層の下に豊富に蓄えられているようです。』
近くに火山があるの?
『少し離れた場所に休火山があります。恐らく地下では繋がっているのでしょうね。』
『生温いのが難点ですが、泉質は炭酸泉のようです。褐色なのは朽ちた植物などから溶け込んだ成分の影響でしょう。』
温めるのは魔法や魔石で何とでもなるわよ。
リリスは解析スキルを解除して、斜面の下で待機していたギドの方を見た。
そこにはいつの間にかダンも待機している。
弟分のギドの事を案じて、休憩時間に駆けつけて来た様だ。
リリスが温泉の事を伝えると、ギドもダンも驚いて井戸の傍まで駆け寄って来た。
「お嬢様。温泉を掘り当てたんですか!」
ダンは汗を拭きながら湧き出て来た温泉水を手ですくい上げた。
「生温いですね。でも火魔法や魔石で温めれば、逆に適温に出来ますよね。」
そうそう。
そう言う事なのよ。
「この褐色の水が温泉だって言うのかい?」
半信半疑のギドに、ダンは呆れ顔を向けた。
「お前は物知らずだな。見た目や臭いがここから少し離れた山奥にある温泉と同じだ。」
ダンは目を輝かせながらリリスの顔を見た。
「こんな離れたところまで、地下で繋がっていたんですね。」
「そうなんでしょうね。うん、そうとしか思えないわ。」
これはギドにとっても宝物を掘り当てたようなものだ。
リリスは気を良くして井戸の周囲を見回した。
とりあえず湯治場を造ろう。
そうすればギドにもその価値が分かるだろう。
リリスはダンとギドを少し離れた場所に移動させ、井戸の周囲を土魔法で掘り始めた。
縦が5m横が10mほどで深さは1mとした。
これは浴槽だ。
もちろん掘り下げた部分の表面を硬化させるのも忘れていない。
これを横に二つ造り上げ、その間に井戸が位置している状態になっている。
井戸の側面から土魔法で水路を造り、二つの浴槽に湧き出て来た温泉水を流し始めると、10分ほどで浴槽は満タンになった。
更に若干溢れているので、これを下に流す水路も造る。
その水路の先には直径5mほどの貯水槽を造った。
更に二つの浴槽の周りに土魔法で高さ3mほどの壁を造り、その一部に窓を造る。その天井部分を少し斜めに角度を付けて土魔法で覆い、とりあえず湯治場の形が出来上がった。
壁や天井を硬化し、特に床の部分は念入りに硬化してタイル状に仕上げ、更に細い筋を入れて水はけを良くした。
「ここまで造り上げれば大丈夫よね。後は木材で内装を整えて、魔道具で灯を付ければ良いわよ。」
唖然として見ていたギドは、リリスの言葉にハッとして我に返り、うんうんと頷きながらその硬化された壁をドンドンと叩いた。
「どうして紙細工みたいに土が変化するんだ?」
「それがお嬢様の土魔法なんだよ、ギド。」
ダンはそう言うとギドの背をトントンと叩いた。
ダンは以前にリリスが土魔法で野盗を捕縛した際にその場に居たので、リリスの土魔法の巧みさを良く理解していたのだ。
「お嬢様、ありがとうございます。これを上手く使えばギドの負担も少なくなる。いや、それどころか豊かになりますよ。」
「そうよね。入湯料を取れるように成れば上出来だわ。」
リリスの言葉にギドとダンは心から感謝した。
「私に感謝するなら、たまたまこの場所に井戸を掘った親戚に感謝した方が良いと思うわよ。」
そう言って謙遜するリリスの心に達成感が込み上げてくる。彼女はギドの喜ぶ表情に充分満足していたのだった。
その後リリスは屋敷に戻り、家族と今回の帰省の最後の夜を楽しく過ごした。
家族との団らんの時間はリリスの元気の源だ。
何時までもこの時間が続いて欲しいと思うリリスである。
翌日になって、リリスを乗せた馬車は早朝にクレメンス領を出発し、昼過ぎには魔法学院の学生寮に到着した。
同行してきたフィナに別れを告げ、馬車は帰途に就く。
馬車が見えなくなるまで見送った後、エントランスに入ったリリスは事務職員に呼び止められた。
学生寮内での連絡事項があると言う。
学生寮の職員から連絡用の手紙を受け取り、何だろうかと思いながら自室に戻ると、人の気配は無い。
サラはまだ帰っていないようだ。
クセの強い使い魔達に出迎えられるのも嫌よね。
勝手に部屋に入り込む亜神達の使い魔を思い浮かべながら、リリスはドアを開け、荷物を床に置き、早速受け取った手紙を広げてみた。
それは・・・メリンダ王女からだった。
今晩、最上階に来いと言う内容だ。
何となく嫌な予感がする。
リリスはその思いを拭いきれぬまま、荷物の整理に取り掛かったのだった。
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