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久し振りの帰省4
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屋敷の自室でアルバの使い魔の突然の訪問を受けた日の深夜。
マキはリリスの部屋を出て、ゲストルームに向かった。
既にアルバの使い魔は去り、ユリアスの使い魔はリリスと少し話があると言っていた。
マキはゲストルームに入ると、ベッドの傍らに聖剣アリアドーネを置き、その仄かな輝きを見つめていた。
淡いブルーの光が気持ちを落ち着かせてくれる。
思わぬところで聖剣を手に入れてしまった。
それはマキにとっても驚きであり、有難い事でもある。
マキは聖女であった頃、聖剣ホーリースタリオンの事をよく耳にしていた。
それは伝説の聖剣だ。
ホーリースタリオンに纏わる冒険譚も数多くある。
その価値を知れば知るほどに、目の前の聖剣アリアドーネの存在が気になってしまう。
小ぶりなショートソードだから、お守りの様なものなのかな?
剣聖アリアも儚げな少女だったし・・・・・。
そんな気持ちでマキはアリアドーネをそっと撫でた。
その時、マキの脳内に念話が届いて来た。
(マキ。お願いがあるの・・・)
剣聖アリアからだ。
どうしたの?
私が聞いてあげられるようなお願いなら良いわよ。
(マキと常時接触していたいのよ。そうすれば何時でも魔力をやり取り出来るから。)
常時接触?
常に聖剣を帯刀して居ろって事なの?
マキの思いにアリアはアハハと笑った。
(そうじゃないのよ。何がしたいのか教えてあげるわね。)
アリアからの念話が終わると、聖剣がふっと輝きを増し、小さな光の球が飛び出してきた。
その光の球はマキの前で浮かび、そのまま姿を変えてアリアの容貌になった。
儚げな雰囲気の少女がマキの目の前に立っている。
マキは手を伸ばしてアリアの手を握った。
その優し気な仕草を嬉しそうに受け止め、アリアはマキの傍にくっ付くように座った。
「聖剣アリアドーネは女性の為に創られた剣なの。だから常に身につけられるように形を変える事が出来る。幾つかのパターンがあるんだけど、マキにはこの形態で身につけて欲しい。」
そう言って、アリアは聖剣にふっと魔力を放った。
それに応じて聖剣が光を放ちながら形状を変えていく。
それは驚くべき光景だ。
1分ほどで聖剣は小さなブルーのピアスになってしまった。
濃いブルーの小さな石が金の台座に付けられたピアスだ。
驚きのあまり言葉の無いマキに、アリアはそのピアスを取って手渡した。
「この形なら何時でも魔力をやり取り出来るわ。是非これを付けて貰いたいの。」
そう言われてマキはう~んと唸った。
良く見ると穴に通して固定するタイプのピアスだ。
「私って耳にピアスの穴を開けていないのよ。」
「それなら今開ければ良い。」
アリアは手の伸ばしてマキの耳を掴んだ。
「ちょっと待ってよ、アリア。私は痛いのは嫌だから・・・・・」
マキの言葉にアリアは不満そうな表情を見せた。
「痛くないわよ・・・多分ね。」
その多分って何なのよ!
そう思ったマキの隙をついて、アリアは魔力を操作し、細い針状に形成した魔力でマキの耳たぶに小さな穴を刺した。
チクリと微かな痛みをマキは感じたが、声を出すほどのものでは無かった。
それでも耳に手を伸ばし、触ろうとするマキ。
その様子を見てアリアは声を荒げた。
「マキ! ヒールを掛けないでね! 穴が塞がっちゃう。」
アリアは手早くピアスを取り、マキの耳たぶに装着した。
「マキ。穴を塞がないようにイメージしてヒールを掛けて。」
言われるままにマキはヒールを掛けたが、僅かな出血も消え、穴も上手く維持出来ているようだ。
「そう、それで良いのよ。」
アリアはうふふと笑いながら、ピアスのブルーの石の中に吸い込まれるように消えていった。
再びマキの脳内に念話が届く。
(今はピアスの状態だけど、聖剣の姿に戻れと意識すれば戻るからね。それで・・・・・)
(マキ。あなたの魔力を少し多い目に吸わせて貰って良いかしら? しばらくしてから循環させて返すから・・・)
うん。良いわよ。
マキはそう言いながらベッドに横たわった。
程なくマキの身体から耳のピアスに魔力が流れ始めた。
それは最初は少しづつだった。
だがそのうち徐々にその分量が多くなっていく。
ええっ! これって大丈夫なの?
マキの身体が小刻みに震え始めている。
既にマキの魔力量の半分以上が吸い出されてしまったからだ。
その後更に吸い出され、マキの魔力量は既に3割を切ってしまった。
(ごめんね、マキ。少し無理をさせちゃったわね。)
(でもマキの魔力って不思議。私の身体が半分以上復活出来そうよ。)
(そろそろ魔力を循環させるわね。)
アリアの言葉と場と共に、突然魔力の循環が始まった。
ゴウッと音を立てるように魔力が流れ込んでくる。
その感覚でマキの身体が熱くなってきた。
魔力がピアスを中心に渦巻き、身体の中を駆け巡っている。
それはマキにとっても強烈な高揚感をもたらした。
しばらくその状態が続いた後、魔力の循環がようやく終わった。
(マキ。ありがとう。お陰でかなり復活出来たわ。)
(でも本当にマキの魔力って特殊ね。まるでこの世のものとは思えない。あなたってもしかしてこの世界の者では無いのかしら?)
う~ん。
まあ、そんなところよ。
マキの思いにアリアはう~んと唸って黙り込んだ。
程なくピアスから小さな光の球が飛び出し、そのまま人の形になっていく。
だが、マキの目の前に現れたアリアは、あの儚げな少女の姿では無かった。
マキと同じくらいの背丈の大人の女性だ。
しかもプラチナの様な光沢のメタルブレードを装着している。
その表情は聡明で活気に満ち、目力も強い。
それでも冷たい印象は無く、優しさを感じさせる顔つきだ。
「・・・・アリアなの?」
「そうよ。マキのお陰で元の本来の状態の60%程度まで回復出来たわ。根幹部分は回復したのだけれど、これからの残りの回復には時間が掛かるのよね。」
アリアの声は優しげだが張りがある。
もはやあの儚げな少女の声ではない。
アリアは思いを巡らすような仕草をした。
「それでもマキが生きている間には、多分回復出来るわ。」
そう言ってアリアはマキの傍に座った。その目でじっとマキの顔を見つめている。
マキは何気に気恥ずかしく感じたが、アリアはおもむろにマキの髪を撫で、少し怪訝そうな表情をした。
「マキ。髪が傷んでいるわね。祭祀って大概髪を束ねてポニーテールにしているけど、手入れをしないと痛んじゃうわよ。」
「ヒールで治せって事?」
マキの言葉にアリアは首を横に振った。
「ヒールだけじゃダメよ。水魔法や生活魔法で水分を供給しながら、丁寧にヒールを掛けるの。一本一本の髪を意識しながらね。毛根も意識してヒールを掛けるのを忘れちゃダメだからね。」
アリアって美意識が高そうね。
そう思ったマキの頬をアリアは両手で包み込むように触れた。
「う~ん。どうも野暮ったいわね。眉の形をもう少し細めに整えた方が良いのかな?」
アリアは右手の先に魔力で細いピンセットの様な形を創った。それをマキの眉に当てながら、跳ねた眉毛を抜き始めた。
「じっとしていてね。マキナにもこんな事をしていたのよ。あの子も容姿に無頓着だったから・・・」
マキはアリアの成すがままに身を委ねていた。
アリアはマキの眉を整えると、少し離れてマキの顔を見つめた。
「マキ。少し前髪を作れば良いわよ。それと短めのおくれ毛も欲しいわね。」
アリアの作業が止まらない。両手に魔力で櫛と鋏を形成し、マキの髪を弄り始めた。
少し編み込みながら髪を束ねていく。
更に短めに前髪を作り、少し前に垂れたおくれ毛はペンに巻き付け、熱風を吹きかけながらカールを付けた。
まるで美容師の様な剣聖である。
あっけにとられて言葉の無いマキに、アリアは手鏡を取り出してマキに見せた。
手鏡の中にマキの顔が写っている。
それはマキ自身も満足出来る仕上がりだった。
これって元の世界でOLだった時でも通用するわよ。
ポニテのアレンジね。
マキの嬉しそうな表情を見てアリアも満足げだ。
「これでマキも少しはあか抜けたかしら。私の契約者なんだから、常に美しくあって頂戴ね。」
「まあ、今後とも何かあったらよろしくお願いします。」
マキの言葉にアリアはうふふと笑い、その場からピアスの中へ消えていったのだった。
その翌日。
リリスはマキを連れて豊穣の神殿を訪れる事にした。
マキは豊穣の神殿に関心があると言うのだが、リリスの目的はその周辺の街の散策である。
リリスが魔法学院で学んでいる間に、豊穣の神殿の周辺もかなり開発が進んだらしい。
勿論そこには豊穣の神殿に対する王家のお墨付きが大きな後押しとなっている。
馬車を用意して貰い、メイドのフィナを連れて、リリスはマキと共に出発した。
リリスは魔法学院の制服を着用し、マキは祭祀の装束しか持ってきていないので、母親のマリアのお古のワンピースを借りている。
馬車の中でリリスはマキの耳のブルーの小さなピアスに目を止めた。
「マキちゃん。そのピアスって以前から持っていたの?」
マキはピアスに触れながら笑顔を向けた。
「これは聖剣アリアドーネの仮の姿なのよ。意識すれば元の姿に戻るわよ。」
「そうなの? それにしても随分便利な機能ね。」
そう言いながらもリリスはマキの顔やヘアスタイルも気になっていた。
随分あか抜けちゃったわね。
これも聖剣を持った事の恩恵なのかしら?
それはあながち間違ってはいない。
マキが剣聖に髪を整えて貰ったとは思いもよらなかったのだが。
屋敷から豊穣の神殿まで、馬車で20分ほどの道のりだ。
豊穣の神殿に続く整備された街路に入ると、馬車の車窓に小綺麗な宿泊施設が幾つも見えて来た。
いずれもおしゃれなペンションの様な造りで、頻繁に人の出入りが見えるので、それなりにお客も居るようだ。
更に飲食店やお土産屋が立ち並び、街路を歩く人も増えて来た。
豊穣の神殿なので、当然の事ながらカップルも多い。
それ故に華やかで和やかな雰囲気が漂っている。
ダンジョンの周囲の街とは大違いだわ。
それは当たり前と言えば当たり前なのだが、それだけリリスが殺伐とした街を見て来たからだろう。
飲食店の食べ物の匂いに惹かれて立ち寄ろうと言うリリスを笑顔で窘め、メイドのフィナは御者のダンに指示を出し、神殿の近くの賓客用のスペースに馬車を止めさせた。
リリスとマキの目の前に高さ10mほどの神殿が建っている。その正面の高さ5mほどの開放された三角形の入り口には参詣客が立ち並んでいる。
その傍に立っている私兵に声を掛け、領主の家族の特権でリリスとマキは列に並ぶ事なく神殿内部に入った。
エントランスの奥の丸い台座に魔力を寄進するために、大勢の参詣者が立ち並んでいる。
護符を貰える者も居れば、そのまま帰る者も居る。
その様子を見ながら、マキは不思議そうにリリスに問い掛けた。
「魔力を寄進しても護符を貰えない人も居るのね。その違いって何?」
「それは3日間連続で寄進しないと護符が貰えないようになっているからよ。」
「それって誰が確かめるの?」
「神殿が台座に流された魔力を確認するそうよ。詳しい事は私にも分からないわ。」
マキはリリスの返事を聞き、ふうんと唸ったまま参詣客の様子に見入っていた。
何か少し考えていたようなマキだが、少し間をおいて再び口を開いた。
「やっぱり具体的なご褒美が無いと、人って神殿には通い詰めないわよね。私も神殿により多くの参詣者を迎える為の方法を考えてみるわ。」
うんうん。
そうよね。
ご褒美って大事よ。
護符を貰って嬉しそうなカップルのほほえましい様子を見ながら、リリスとマキは神殿を後にした。
フィナの勧めで神殿から少し離れた喫茶店に入ると、そこには馴染みの深い香りが漂っていた。
この店は屋敷で愛飲しているのと同じ茶葉の紅茶を振舞っているそうだ。
白を基調にして造られた瀟洒な喫茶店の内部には、20ほどのテーブルがあり、その半数が客で埋まっている。
窓の片隅の広いテーブル席が賓客用だそうで、そこに店主から案内されて座ると、窓の外には神殿を少し遠めに眺める景色が広がっていた。
クレメンス領の南側のなだらかな丘陵地は、元々それほどに土壌の豊かな土地ではなかった。
だが豊穣の神殿から放たれる土地改良の土魔法の波動のお陰で、この一帯も緑豊かな大地となり、作物の収穫量も格段に増えたと言う。
窓の外に広がる緑豊かな景色を見ながら、リリスとマキは香り豊かな紅茶と茶菓子を口にした。
「ここって良いわねえ。王都の喧騒を忘れてしまいそうよ。」
ソファで寛ぐマキの言葉にリリスはふっと笑った。
王都の喧騒が都会の喧騒のように聞こえてしまうのは、二人の境遇によるものだろう。
元の世界での二人の関係性を思い出して含み笑いをするリリスの顔を見て、マキは不思議そうな表情をしながら紅茶を啜った。
馥郁とした香りに癒されながら、マキは心の中でリリスに感謝した。
この人って異世界でも頼りになる先輩なのよね。
そう思いながら心の中でリリスに手を合わせるマキの思いを、リリスは分からなかった。ただ、何となく暖かい波動がマキから伝わってくるのを感じて、喜んでくれているのかなと思っていたリリスである。
喫茶店を出て馬車に戻る途中で、リリスは土産物屋の店頭に懐かしい顔を見つけた。
少し大人の顔つきになっているが、幼少時から良く遊んでいた仲間である。
思わず駆け寄ってリリスは声を掛けた。
「ギド! 久し振りね!」
リリスの声に青年はえっ!と声をあげて驚いた。
「リリスじゃないか。久し振りだね。」
久し振りに会ったギドは背も高く、体格の良い青年になっていた。だがその顔つきはリリスにとっても馴染み深いものである。魔法学院に入学する前に、投擲スキルをコピーさせてもらったのも、このギドからであった。
ギドは農作業の合間にアルバイトでこの店で働いているらしい。
話を聞くと両親は病気を患ってあまり働けず、農地の耕作も今はギドに頼りっぱなしだと言う。
相当無理をしているようだ。
それでも若いので何とか出来ていると言うのだが・・・。
リリスは昔のよしみで何か手助けをしてやりたいと思った。だが無闇に施しを与えようとするのはかえって失礼だ。
それに自分のしてあげられる事にも限度がある。
そう考えていると、ギドはふと呟いた。
「うちの農地の傍に、親戚の老夫婦から譲り受けた休耕地があるんだよ。うちの農地とその休耕地を今のうちに耕して、今月中に作物の植え付けが出来れば、かなり楽になるんだけどねえ。」
ギドの言葉にリリスは閃いた。
土地を耕すのなら任せてよ!
マキは明日の朝には王都の神殿に戻らなければならないが、リリスは明後日のうちに魔法学院に戻れば良い。
明日の午後にでも手伝ってやろう。
そう思ってリリスはギドと明日の午後に会う約束を取り付け、鼻歌交じりで馬車に戻っていったのだった。
マキはリリスの部屋を出て、ゲストルームに向かった。
既にアルバの使い魔は去り、ユリアスの使い魔はリリスと少し話があると言っていた。
マキはゲストルームに入ると、ベッドの傍らに聖剣アリアドーネを置き、その仄かな輝きを見つめていた。
淡いブルーの光が気持ちを落ち着かせてくれる。
思わぬところで聖剣を手に入れてしまった。
それはマキにとっても驚きであり、有難い事でもある。
マキは聖女であった頃、聖剣ホーリースタリオンの事をよく耳にしていた。
それは伝説の聖剣だ。
ホーリースタリオンに纏わる冒険譚も数多くある。
その価値を知れば知るほどに、目の前の聖剣アリアドーネの存在が気になってしまう。
小ぶりなショートソードだから、お守りの様なものなのかな?
剣聖アリアも儚げな少女だったし・・・・・。
そんな気持ちでマキはアリアドーネをそっと撫でた。
その時、マキの脳内に念話が届いて来た。
(マキ。お願いがあるの・・・)
剣聖アリアからだ。
どうしたの?
私が聞いてあげられるようなお願いなら良いわよ。
(マキと常時接触していたいのよ。そうすれば何時でも魔力をやり取り出来るから。)
常時接触?
常に聖剣を帯刀して居ろって事なの?
マキの思いにアリアはアハハと笑った。
(そうじゃないのよ。何がしたいのか教えてあげるわね。)
アリアからの念話が終わると、聖剣がふっと輝きを増し、小さな光の球が飛び出してきた。
その光の球はマキの前で浮かび、そのまま姿を変えてアリアの容貌になった。
儚げな雰囲気の少女がマキの目の前に立っている。
マキは手を伸ばしてアリアの手を握った。
その優し気な仕草を嬉しそうに受け止め、アリアはマキの傍にくっ付くように座った。
「聖剣アリアドーネは女性の為に創られた剣なの。だから常に身につけられるように形を変える事が出来る。幾つかのパターンがあるんだけど、マキにはこの形態で身につけて欲しい。」
そう言って、アリアは聖剣にふっと魔力を放った。
それに応じて聖剣が光を放ちながら形状を変えていく。
それは驚くべき光景だ。
1分ほどで聖剣は小さなブルーのピアスになってしまった。
濃いブルーの小さな石が金の台座に付けられたピアスだ。
驚きのあまり言葉の無いマキに、アリアはそのピアスを取って手渡した。
「この形なら何時でも魔力をやり取り出来るわ。是非これを付けて貰いたいの。」
そう言われてマキはう~んと唸った。
良く見ると穴に通して固定するタイプのピアスだ。
「私って耳にピアスの穴を開けていないのよ。」
「それなら今開ければ良い。」
アリアは手の伸ばしてマキの耳を掴んだ。
「ちょっと待ってよ、アリア。私は痛いのは嫌だから・・・・・」
マキの言葉にアリアは不満そうな表情を見せた。
「痛くないわよ・・・多分ね。」
その多分って何なのよ!
そう思ったマキの隙をついて、アリアは魔力を操作し、細い針状に形成した魔力でマキの耳たぶに小さな穴を刺した。
チクリと微かな痛みをマキは感じたが、声を出すほどのものでは無かった。
それでも耳に手を伸ばし、触ろうとするマキ。
その様子を見てアリアは声を荒げた。
「マキ! ヒールを掛けないでね! 穴が塞がっちゃう。」
アリアは手早くピアスを取り、マキの耳たぶに装着した。
「マキ。穴を塞がないようにイメージしてヒールを掛けて。」
言われるままにマキはヒールを掛けたが、僅かな出血も消え、穴も上手く維持出来ているようだ。
「そう、それで良いのよ。」
アリアはうふふと笑いながら、ピアスのブルーの石の中に吸い込まれるように消えていった。
再びマキの脳内に念話が届く。
(今はピアスの状態だけど、聖剣の姿に戻れと意識すれば戻るからね。それで・・・・・)
(マキ。あなたの魔力を少し多い目に吸わせて貰って良いかしら? しばらくしてから循環させて返すから・・・)
うん。良いわよ。
マキはそう言いながらベッドに横たわった。
程なくマキの身体から耳のピアスに魔力が流れ始めた。
それは最初は少しづつだった。
だがそのうち徐々にその分量が多くなっていく。
ええっ! これって大丈夫なの?
マキの身体が小刻みに震え始めている。
既にマキの魔力量の半分以上が吸い出されてしまったからだ。
その後更に吸い出され、マキの魔力量は既に3割を切ってしまった。
(ごめんね、マキ。少し無理をさせちゃったわね。)
(でもマキの魔力って不思議。私の身体が半分以上復活出来そうよ。)
(そろそろ魔力を循環させるわね。)
アリアの言葉と場と共に、突然魔力の循環が始まった。
ゴウッと音を立てるように魔力が流れ込んでくる。
その感覚でマキの身体が熱くなってきた。
魔力がピアスを中心に渦巻き、身体の中を駆け巡っている。
それはマキにとっても強烈な高揚感をもたらした。
しばらくその状態が続いた後、魔力の循環がようやく終わった。
(マキ。ありがとう。お陰でかなり復活出来たわ。)
(でも本当にマキの魔力って特殊ね。まるでこの世のものとは思えない。あなたってもしかしてこの世界の者では無いのかしら?)
う~ん。
まあ、そんなところよ。
マキの思いにアリアはう~んと唸って黙り込んだ。
程なくピアスから小さな光の球が飛び出し、そのまま人の形になっていく。
だが、マキの目の前に現れたアリアは、あの儚げな少女の姿では無かった。
マキと同じくらいの背丈の大人の女性だ。
しかもプラチナの様な光沢のメタルブレードを装着している。
その表情は聡明で活気に満ち、目力も強い。
それでも冷たい印象は無く、優しさを感じさせる顔つきだ。
「・・・・アリアなの?」
「そうよ。マキのお陰で元の本来の状態の60%程度まで回復出来たわ。根幹部分は回復したのだけれど、これからの残りの回復には時間が掛かるのよね。」
アリアの声は優しげだが張りがある。
もはやあの儚げな少女の声ではない。
アリアは思いを巡らすような仕草をした。
「それでもマキが生きている間には、多分回復出来るわ。」
そう言ってアリアはマキの傍に座った。その目でじっとマキの顔を見つめている。
マキは何気に気恥ずかしく感じたが、アリアはおもむろにマキの髪を撫で、少し怪訝そうな表情をした。
「マキ。髪が傷んでいるわね。祭祀って大概髪を束ねてポニーテールにしているけど、手入れをしないと痛んじゃうわよ。」
「ヒールで治せって事?」
マキの言葉にアリアは首を横に振った。
「ヒールだけじゃダメよ。水魔法や生活魔法で水分を供給しながら、丁寧にヒールを掛けるの。一本一本の髪を意識しながらね。毛根も意識してヒールを掛けるのを忘れちゃダメだからね。」
アリアって美意識が高そうね。
そう思ったマキの頬をアリアは両手で包み込むように触れた。
「う~ん。どうも野暮ったいわね。眉の形をもう少し細めに整えた方が良いのかな?」
アリアは右手の先に魔力で細いピンセットの様な形を創った。それをマキの眉に当てながら、跳ねた眉毛を抜き始めた。
「じっとしていてね。マキナにもこんな事をしていたのよ。あの子も容姿に無頓着だったから・・・」
マキはアリアの成すがままに身を委ねていた。
アリアはマキの眉を整えると、少し離れてマキの顔を見つめた。
「マキ。少し前髪を作れば良いわよ。それと短めのおくれ毛も欲しいわね。」
アリアの作業が止まらない。両手に魔力で櫛と鋏を形成し、マキの髪を弄り始めた。
少し編み込みながら髪を束ねていく。
更に短めに前髪を作り、少し前に垂れたおくれ毛はペンに巻き付け、熱風を吹きかけながらカールを付けた。
まるで美容師の様な剣聖である。
あっけにとられて言葉の無いマキに、アリアは手鏡を取り出してマキに見せた。
手鏡の中にマキの顔が写っている。
それはマキ自身も満足出来る仕上がりだった。
これって元の世界でOLだった時でも通用するわよ。
ポニテのアレンジね。
マキの嬉しそうな表情を見てアリアも満足げだ。
「これでマキも少しはあか抜けたかしら。私の契約者なんだから、常に美しくあって頂戴ね。」
「まあ、今後とも何かあったらよろしくお願いします。」
マキの言葉にアリアはうふふと笑い、その場からピアスの中へ消えていったのだった。
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馬車を用意して貰い、メイドのフィナを連れて、リリスはマキと共に出発した。
リリスは魔法学院の制服を着用し、マキは祭祀の装束しか持ってきていないので、母親のマリアのお古のワンピースを借りている。
馬車の中でリリスはマキの耳のブルーの小さなピアスに目を止めた。
「マキちゃん。そのピアスって以前から持っていたの?」
マキはピアスに触れながら笑顔を向けた。
「これは聖剣アリアドーネの仮の姿なのよ。意識すれば元の姿に戻るわよ。」
「そうなの? それにしても随分便利な機能ね。」
そう言いながらもリリスはマキの顔やヘアスタイルも気になっていた。
随分あか抜けちゃったわね。
これも聖剣を持った事の恩恵なのかしら?
それはあながち間違ってはいない。
マキが剣聖に髪を整えて貰ったとは思いもよらなかったのだが。
屋敷から豊穣の神殿まで、馬車で20分ほどの道のりだ。
豊穣の神殿に続く整備された街路に入ると、馬車の車窓に小綺麗な宿泊施設が幾つも見えて来た。
いずれもおしゃれなペンションの様な造りで、頻繁に人の出入りが見えるので、それなりにお客も居るようだ。
更に飲食店やお土産屋が立ち並び、街路を歩く人も増えて来た。
豊穣の神殿なので、当然の事ながらカップルも多い。
それ故に華やかで和やかな雰囲気が漂っている。
ダンジョンの周囲の街とは大違いだわ。
それは当たり前と言えば当たり前なのだが、それだけリリスが殺伐とした街を見て来たからだろう。
飲食店の食べ物の匂いに惹かれて立ち寄ろうと言うリリスを笑顔で窘め、メイドのフィナは御者のダンに指示を出し、神殿の近くの賓客用のスペースに馬車を止めさせた。
リリスとマキの目の前に高さ10mほどの神殿が建っている。その正面の高さ5mほどの開放された三角形の入り口には参詣客が立ち並んでいる。
その傍に立っている私兵に声を掛け、領主の家族の特権でリリスとマキは列に並ぶ事なく神殿内部に入った。
エントランスの奥の丸い台座に魔力を寄進するために、大勢の参詣者が立ち並んでいる。
護符を貰える者も居れば、そのまま帰る者も居る。
その様子を見ながら、マキは不思議そうにリリスに問い掛けた。
「魔力を寄進しても護符を貰えない人も居るのね。その違いって何?」
「それは3日間連続で寄進しないと護符が貰えないようになっているからよ。」
「それって誰が確かめるの?」
「神殿が台座に流された魔力を確認するそうよ。詳しい事は私にも分からないわ。」
マキはリリスの返事を聞き、ふうんと唸ったまま参詣客の様子に見入っていた。
何か少し考えていたようなマキだが、少し間をおいて再び口を開いた。
「やっぱり具体的なご褒美が無いと、人って神殿には通い詰めないわよね。私も神殿により多くの参詣者を迎える為の方法を考えてみるわ。」
うんうん。
そうよね。
ご褒美って大事よ。
護符を貰って嬉しそうなカップルのほほえましい様子を見ながら、リリスとマキは神殿を後にした。
フィナの勧めで神殿から少し離れた喫茶店に入ると、そこには馴染みの深い香りが漂っていた。
この店は屋敷で愛飲しているのと同じ茶葉の紅茶を振舞っているそうだ。
白を基調にして造られた瀟洒な喫茶店の内部には、20ほどのテーブルがあり、その半数が客で埋まっている。
窓の片隅の広いテーブル席が賓客用だそうで、そこに店主から案内されて座ると、窓の外には神殿を少し遠めに眺める景色が広がっていた。
クレメンス領の南側のなだらかな丘陵地は、元々それほどに土壌の豊かな土地ではなかった。
だが豊穣の神殿から放たれる土地改良の土魔法の波動のお陰で、この一帯も緑豊かな大地となり、作物の収穫量も格段に増えたと言う。
窓の外に広がる緑豊かな景色を見ながら、リリスとマキは香り豊かな紅茶と茶菓子を口にした。
「ここって良いわねえ。王都の喧騒を忘れてしまいそうよ。」
ソファで寛ぐマキの言葉にリリスはふっと笑った。
王都の喧騒が都会の喧騒のように聞こえてしまうのは、二人の境遇によるものだろう。
元の世界での二人の関係性を思い出して含み笑いをするリリスの顔を見て、マキは不思議そうな表情をしながら紅茶を啜った。
馥郁とした香りに癒されながら、マキは心の中でリリスに感謝した。
この人って異世界でも頼りになる先輩なのよね。
そう思いながら心の中でリリスに手を合わせるマキの思いを、リリスは分からなかった。ただ、何となく暖かい波動がマキから伝わってくるのを感じて、喜んでくれているのかなと思っていたリリスである。
喫茶店を出て馬車に戻る途中で、リリスは土産物屋の店頭に懐かしい顔を見つけた。
少し大人の顔つきになっているが、幼少時から良く遊んでいた仲間である。
思わず駆け寄ってリリスは声を掛けた。
「ギド! 久し振りね!」
リリスの声に青年はえっ!と声をあげて驚いた。
「リリスじゃないか。久し振りだね。」
久し振りに会ったギドは背も高く、体格の良い青年になっていた。だがその顔つきはリリスにとっても馴染み深いものである。魔法学院に入学する前に、投擲スキルをコピーさせてもらったのも、このギドからであった。
ギドは農作業の合間にアルバイトでこの店で働いているらしい。
話を聞くと両親は病気を患ってあまり働けず、農地の耕作も今はギドに頼りっぱなしだと言う。
相当無理をしているようだ。
それでも若いので何とか出来ていると言うのだが・・・。
リリスは昔のよしみで何か手助けをしてやりたいと思った。だが無闇に施しを与えようとするのはかえって失礼だ。
それに自分のしてあげられる事にも限度がある。
そう考えていると、ギドはふと呟いた。
「うちの農地の傍に、親戚の老夫婦から譲り受けた休耕地があるんだよ。うちの農地とその休耕地を今のうちに耕して、今月中に作物の植え付けが出来れば、かなり楽になるんだけどねえ。」
ギドの言葉にリリスは閃いた。
土地を耕すのなら任せてよ!
マキは明日の朝には王都の神殿に戻らなければならないが、リリスは明後日のうちに魔法学院に戻れば良い。
明日の午後にでも手伝ってやろう。
そう思ってリリスはギドと明日の午後に会う約束を取り付け、鼻歌交じりで馬車に戻っていったのだった。
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アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
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変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
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アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
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悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。
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この物語は「カクヨム様」にも同時投稿します。
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