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仮装ダンスパーティーの混迷5
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リリスの前に現われた半透明の人物。
その日の学院での時間の最後まで、リリスの視界の片隅にダークリリスの姿がちらちらと動いていた。
放課後は生徒会の部屋で、仮装ダンスパーティーの反省と仮装用の衣装の整理をしていたリリスである。盛況で終えた今回の仮装ダンスパーティーのだったが、それなりに反省点もある。生徒会長のロナルドを中心に一応の反省会を行った後、ロナルドは用事があると言って何処かへ行ってしまった。
「どうせまた女子絡みの用件ですよ。」
そう言って笑うエリスの呟きが聞こえたようで、ロナルドはへへへと笑って部屋の外に消えていった。
その後は仮装用の衣装の整理と片付けである。今回の使用で傷んだり綻びの出た衣装を分別しなければならない。
その上で学院に出入りしている業者に預ければ、全ての衣装の洗濯などを請け負ってくれる段取りだ。
エリスやアンソニーをその作業をしている時も、生徒会の部屋の窓の外には時折半透明の人影が見えた。
その際もエリスやアンソニーには全く見えない様子である。
一体何なの?
訳も分からないままにリリスはその日の作業を終えて、学生寮の自室に戻った。
だが自室の部屋のドアノブを握ると、部屋の中に複数の気配がある。
またユリア達なのかしら?
そう思ってドアを開くと一斉に声が聞こえて来た。
「「「「お帰り!」」」」
4種類の声がリリスを出迎える。
「お帰りじゃないわよ。勝手に私の部屋に入り込んで・・・」
そう呟きながらもリリスは見慣れない使い魔の姿を目にした。
何時ものピクシーやノームの傍に、タキシードを着たコオロギが立っている。
これってディ●ニーアニメに出てくるキャラじゃないの!
蝶ネクタイまでしてまるっきしパクリだわ。
まあ、あの会社って異世界にまで著作権を主張してくるほどの、時空を超えた会社じゃないと思うけどね・・・。
ジッと見つめるリリスの前でコオロギが手を振って口を開いた。
「やあ、お邪魔してるよ。」
その声と気配でリリスは直ぐに理解した。
アルバだ。
だが何故に使い魔で現われたのだろうか?
疑問を抱くリリスを気にせず、ノームがうんざりとした口調で口を開いた。
「確かに邪魔やなあ。あんたにはうんざりしてるでぇ。」
それを皮切りに赤い衣装のピクシーとブルーの衣装のピクシーが続いた。
「そうよね。こいつってこの世界にとっても邪魔だわよ。」
「もしかして向こうの世界でも、邪魔者扱いされているんじゃないの?」
散々な言われ方である。
コオロギはううんと咳払いをして白い手袋をした両手を広げた。
「そんな事を言わないでくれよ。これでもここのしきたりに合わせて、使い魔の姿で来たのだから。」
ここのしきたりって何なのよ?
私の部屋に潜入する時には使い魔でって事になっているの?
誰がそんなしきたりを作ったのよ!
そんなリリスの思いを気にもせず、亜神の使い魔達の言葉が続く。
「しきたりがどうのこうのじゃなくて、使い魔の姿でしか来れなかったんでしょ?」
「たぶんそうよ。以前に遭遇した時とは空間での位相が違うもの。」
「そうやね。何かしらの制限が掛かっているとしか思えんね。他所の世界で余計な干渉をして、そのお咎めでも受けたんやろな。」
三者三様の言葉にコオロギはフンッと顔を背けて口を開いた。
「言いたい事を言いおって。だが、制限が掛かっているのは事実だ。何せここは私にとって異世界なのだからな。何時までも無制限の行動が出来るはずも無いし、またそれをこの世界で許可されないのも当然の事だ。」
そう言ってコオロギは姿勢を正してリリスの方に顔を向けた。
「リリス。当面、この使い魔の姿で君の前には現われる事になる。よろしくな。」
「それで、現在君の周辺に感知される時空の歪みについてなんだが・・・」
コオロギの言葉にリリスはふと首を傾げた。
時空の歪み?
また何か起きているの?
もしかしてあのダークリリスの半透明の姿もその影響なの?
あれこれと考えるリリスの様子を見て、コオロギは静かにうんうんと頷いた。
「何か身に覚えがありそうだね。」
「そう。そうなんですよ。」
リリスはそう答えて、今朝から目にしているダークリリスの半透明の姿の話をした。
「それって幽霊やな。もしかして魔法学院の七不思議か?」
ノームの言葉にピクシー達が突っ込む。
「そんな訳ないわよ。200万年も彷徨っているの? しかも異世界にまで憑りつきに来るの?」
「有り得ないわよ、そんなの。」
ノームはピクシー達の言葉にたじたじになって、ソファの片隅に身を寄せた。
「でもここでは見えないわね。」
リリスはそう言いながら窓の外を見た。確かに学生寮に入ってからは目にしていない。
「それはここに居る亜神達の邪悪な波動が強烈だから、寄り付いてこないんだよ。」
コオロギがニヤッと笑いながら発した言葉に、ピクシー達がまた騒ぎ出した。
「誰が邪悪なのよ! そのまま燃やしちゃうわよ!」
「その前にこの世界との接点にまで遡って、ルートを消滅させてやろうかしら。」
コオロギはまあまあとピクシー達を手なずけるように声を掛け、再びリリスの方に顔を向けた。
「おそらくそれは・・・ダークリリスの思念だね。それが偶然にも時空の歪みに乗じて、こちらに流れ込んできたのだろう。」
「目的は君との邂逅なのだろうが、君を認識出来ない状態にあるのは位相にずれがあるためだ。」
う~ん。
私に何の用件なのかしら?
首を傾げるリリスにコオロギは提案した。
「君はその思念に対応出来るスキルを持っている筈だ。君が良ければ私が発動させて、両者の位相を合わせてあげよう。」
そう言われて、リリスは少し考え込んだ。
「対応出来るスキル?」
思い当たるスキルなど無い。
そう思いつつも気になるものがある事を思い出した。
非表示にしている正体不明のスキル・・・・・『異世界通行手形』だ。
アルバが言っているのは、おそらくこのスキルの事だろう。
このままの状態が続くのも気味が悪い。
正面から出会ってどうなるかは分からないが、このままの状態が続くよりはましだろう。
それにダークリリスの思念だとしても、それが悪意のあるものとも思えない。
「やってみたら良いよ。」
ノームの気軽な言葉に後押しされて、リリスはコオロギの申し出を受け入れる事にした。
「アルバ様、お願いします。このまま付き纏われるのも嫌なので。」
リリスの言葉にコオロギはうんと頷き、手袋を脱いでパチンと指を鳴らした。
その途端にリリスの脳裏にスキルの発動が感知され、ドアから半透明のダークリリスが入って来た。
それはリリスの存在を認めると、意外にも満面の笑みで抱きついて来た。
だが肉体的な感触は無い。
擦り抜けていくのかと思いきや、そのままリリスの身体の中に吸い込まれていった。
「あらあら、リリスったら憑りつかれるどころか、取り込んじゃったわ。」
赤い衣装のピクシーがそう言いながらケラケラと笑った。
「タミア。私を悪霊の親玉みたいに言わないでよ。」
そう言いながら、リリスは自分の胸のあたりを軽く撫でた。
何か熱いものが胸に入って来た感覚がある。
それはしばらくの間、その存在感を示していたが、程なく何事も無かったように消えていった。
「うむ。ダークリリスの思念の目的が叶ったようだ。」
「まあ、そもそもが思念なのだから、君への実体的な影響は無い筈だ。また、君の思考に何らかの影響はあるかも知れないが、それも微々たるものだろう。」
そう。
それなら良いのだけど・・・。
これでダークリリスの姿を見る事も無いだろう。そう思うと少しホッとしたリリスである。
その後しばらく使い魔達と談笑し、サラが部屋に戻ってくる頃には全員解散となっていた。
その日の夜。
眠ていたリリスは急にピンクの部屋の中に呼び出された。
これも夢の中の事だろう。
何時ものシューサックやキングドレイク達に呼び出される空間とは、また違った様相である。
これは女子の部屋だ。
窓には落ち着いたパステルカラーのピンクのカーテンが掛けられ、その縁には白いフリルがあしらわれている。
床は薄いピンクのクッションフロアだ。
壁紙はパステルカラーのピンクの濃淡の異なる縦縞で、小さな花の絵柄があちらこちらに描かれている。
白いテーブルと椅子が2つ。
その一方の椅子にダークリリスが座っていた。
端正な顔立ちで褐色の肌の少女だが、まさかのパジャマ姿である。
笑顔で手招きしているので、リリスはつられて対面の椅子に座った。
「会いたかったわよ、リリス。」
ダークリリスの言葉にリリスは失笑した。
「あんたもリリスなんでしょ?」
「そうなのよねえ。だから私の事はダークリリスと呼んで良いわよ。」
意外なダークリリスの申し出である。
「本当にその呼び名で良いの? ダークなイメージが付きそうだけど・・・」
リリスの言葉にダークリリスはふふふと笑った。
「良いのよ。元々私の出身がダークカイザー家だからね。違和感も無いし、特に問題は無いわ。」
ダークリリスの言葉にリリスは頷き、改めて問い掛けた。
「それでどうしてここまで来たの? 私に何の用件があるの?」
ダークリリスはニヤッと笑った。
「用件って言うほどじゃないのよ。会ってみたかっただけ。だってリリスの存在が私の人生を大きく変えたんだもの。」
「それって・・・・・もしかして人族を裏切って魔王軍に寝返るのを私が止めたって事?」
リリスの言葉にダークリリスはほうっと声をあげて驚いた。
「良く知っているわね。そうよ。リリスが私と入れ替わって魔人や魔獣の軍団を滅ぼしてしまったんだから、私が交渉する相手が居なくなってしまったのよ。それにリリスが呼び込んだ光球が魔大陸レムリアを焼き尽くして、魔王様や魔族まで滅ぼしてしまったし・・・」
「あの光球は私が呼び込んだわけじゃないわよ。私を探しに来てくれた事は事実だけど。」
ダークリリスはふうんと頷いてテーブルの上を指差した。
そこには今までなかったはずなのに、かごに入ったクッキーが現われていた。
勧められるままに口にすると、懐かしい味が口に広がった。
夢の中でも味覚があるようだ。
「あの光球って何なの?」
口をもぐもぐと動かしながら、ダークリリスが問い掛けた。
「あれって亜神なのよ。亜神本体ではなくその一部なんだけどね。」
「そんなものが居るの? 大陸全土を燃やし尽くすなんて・・・」
信じられないのも無理はない。
リリスは亜神の存在に関して、自分の知る事をかいつまんで説明した。
「そんなものが私の世界に居なくて良かったわ。気まぐれで焼き尽くされたら堪らないからね。」
ダークリリスはそう言うと、リリスの前にグッと身を乗り出した。その勢いにリリスは少し後ろに引いてしまった。
「それでお願いなんだけど、あの時のリリスの闘いっぷりを見せて欲しいのよ。」
奇妙な事を言い出すダークリリスにリリスは困惑した。
「・・・・・見せろって言われてもねえ。どうやって見せるの?」
リリスの言葉にダークリリスはうんうんと頷いた。その表情は何か秘策がありそうな気配である。
「アルバ様からリリスの記憶を辿る方法を教えて貰ったのよ。額と額をくっ付ければ良いってね。」
う~ん。
それってコピースキルの発動と同じ仕組みなのかしら?
しかも記憶の一部をコピーするって事?
「あんたって特殊なスキルを幾つも持っているそうね。アルバ様から聞いたわよ。」
ダークリリスはそう言いながら、不敵な笑顔をリリスに向けた。
何を聞いて来たんだろうか?
リリスの心に疑問が残るのだが、所詮ここは夢の中だ。
コピースキルが発動したとしても、思念から何かがコピー出来るとも思えない。
あれこれと心配する必要も無いだろう。
リリスは良いわよと言いながら額を前に突き出した。
ダークリリスも額を突き出し、リリスの額を接触した。
その瞬間に、リリスの脳裏に3倍速ほどのスピードで、ヒーラーのマキナと共に対峙した魔人や魔物の軍団との闘いが映画のように展開された。
高速で記憶を共有している!
その感覚にリリスは驚きの声をあげたが、一方のダークリリスはまた違った驚きの声をあげた。
「あの溶岩の沼って、土魔法と火魔法の連係なのね。それでようやく理解出来たわ。でもそんな事が出来るなんて・・・」
「それに創り出す毒の強さも量も半端じゃないわね。あんたの方が魔人のようだわ。」
ダークリリスの言葉にとげがある。
「それは誉め言葉として受け止めておくわね。」
リリスの言葉にダークリリスはうふふと笑いながら後ろに下がり、う~んと言いながら椅子の背もたれで身を反らせた。
「ところでリリス・・・・」
ダークリリスが急に神妙な表情を見せた。
「私ってこれからどうしたら良いと思う?」
「それを私に聞くの?」
リリスは少し考えたが、結論は一つしか思い浮かばない。
「人族と一緒にやっていくしかないんじゃないの?」
リリスの言葉にダークリリスは、そうよねえと言いながら考え込んでしまった。
しばらくの沈黙の後、ダークリリスは決心がついたようで、少し明るい表情で立ち上がった。
「そうね。あんたの言う通り、それしかないわよね。」
「ありがとう、リリス。また何かあったら、私の話し相手になってね。」
そう言ってダークリリスは部屋から出て行った。
後に残されたリリスは呆然としていたが、部屋の扉の向こうからダークリリスの声が微かに聞こえて来た。
「・・・・・しばらくそこで、寛いでいて良いわよ。」
そう言われてもねえ。
リリスは何をするでもなくその場に座っていた。
程なく部屋の明かりが消え、リリスの視界も真っ暗になり、そのまま闇の中に吸い込まれていった。
翌朝。
まだ日が昇ったばかりの時間にリリスは目が覚めた。
思い返しても不思議な夢だった。
リリスはふと思いつき、ベッドに寝たまま解析スキルを発動させた。
『早朝からどうかしましたか?』
非表示になっているスキル、異世界通行手形って昨夜発動していたの?
『そうですね。深夜に1時間ほど発動していた形跡があります。』
やっぱりね。
このスキルって異世界の特定の人物と、夢や思念で交流出来るのかしら?
『詳細は分かりませんが、そう感じるのならそうなのかも知れません。』
う~ん。
消化不良の返答ね。
でもそれだけ未知のスキルって事なのね。
『ちなみにこのスキルにログが発生しています。』
ログ?
何て表示されているの?
『01:15~02:12 ですね。これはおそらく発動時間の記録でしょう。』
なるほどね。
機会があればアルバ様にも聞いてみるわね。
ありがとう。
リリスは解析スキルを解除し、再び眠りに就いたのだった。
その日の学院での時間の最後まで、リリスの視界の片隅にダークリリスの姿がちらちらと動いていた。
放課後は生徒会の部屋で、仮装ダンスパーティーの反省と仮装用の衣装の整理をしていたリリスである。盛況で終えた今回の仮装ダンスパーティーのだったが、それなりに反省点もある。生徒会長のロナルドを中心に一応の反省会を行った後、ロナルドは用事があると言って何処かへ行ってしまった。
「どうせまた女子絡みの用件ですよ。」
そう言って笑うエリスの呟きが聞こえたようで、ロナルドはへへへと笑って部屋の外に消えていった。
その後は仮装用の衣装の整理と片付けである。今回の使用で傷んだり綻びの出た衣装を分別しなければならない。
その上で学院に出入りしている業者に預ければ、全ての衣装の洗濯などを請け負ってくれる段取りだ。
エリスやアンソニーをその作業をしている時も、生徒会の部屋の窓の外には時折半透明の人影が見えた。
その際もエリスやアンソニーには全く見えない様子である。
一体何なの?
訳も分からないままにリリスはその日の作業を終えて、学生寮の自室に戻った。
だが自室の部屋のドアノブを握ると、部屋の中に複数の気配がある。
またユリア達なのかしら?
そう思ってドアを開くと一斉に声が聞こえて来た。
「「「「お帰り!」」」」
4種類の声がリリスを出迎える。
「お帰りじゃないわよ。勝手に私の部屋に入り込んで・・・」
そう呟きながらもリリスは見慣れない使い魔の姿を目にした。
何時ものピクシーやノームの傍に、タキシードを着たコオロギが立っている。
これってディ●ニーアニメに出てくるキャラじゃないの!
蝶ネクタイまでしてまるっきしパクリだわ。
まあ、あの会社って異世界にまで著作権を主張してくるほどの、時空を超えた会社じゃないと思うけどね・・・。
ジッと見つめるリリスの前でコオロギが手を振って口を開いた。
「やあ、お邪魔してるよ。」
その声と気配でリリスは直ぐに理解した。
アルバだ。
だが何故に使い魔で現われたのだろうか?
疑問を抱くリリスを気にせず、ノームがうんざりとした口調で口を開いた。
「確かに邪魔やなあ。あんたにはうんざりしてるでぇ。」
それを皮切りに赤い衣装のピクシーとブルーの衣装のピクシーが続いた。
「そうよね。こいつってこの世界にとっても邪魔だわよ。」
「もしかして向こうの世界でも、邪魔者扱いされているんじゃないの?」
散々な言われ方である。
コオロギはううんと咳払いをして白い手袋をした両手を広げた。
「そんな事を言わないでくれよ。これでもここのしきたりに合わせて、使い魔の姿で来たのだから。」
ここのしきたりって何なのよ?
私の部屋に潜入する時には使い魔でって事になっているの?
誰がそんなしきたりを作ったのよ!
そんなリリスの思いを気にもせず、亜神の使い魔達の言葉が続く。
「しきたりがどうのこうのじゃなくて、使い魔の姿でしか来れなかったんでしょ?」
「たぶんそうよ。以前に遭遇した時とは空間での位相が違うもの。」
「そうやね。何かしらの制限が掛かっているとしか思えんね。他所の世界で余計な干渉をして、そのお咎めでも受けたんやろな。」
三者三様の言葉にコオロギはフンッと顔を背けて口を開いた。
「言いたい事を言いおって。だが、制限が掛かっているのは事実だ。何せここは私にとって異世界なのだからな。何時までも無制限の行動が出来るはずも無いし、またそれをこの世界で許可されないのも当然の事だ。」
そう言ってコオロギは姿勢を正してリリスの方に顔を向けた。
「リリス。当面、この使い魔の姿で君の前には現われる事になる。よろしくな。」
「それで、現在君の周辺に感知される時空の歪みについてなんだが・・・」
コオロギの言葉にリリスはふと首を傾げた。
時空の歪み?
また何か起きているの?
もしかしてあのダークリリスの半透明の姿もその影響なの?
あれこれと考えるリリスの様子を見て、コオロギは静かにうんうんと頷いた。
「何か身に覚えがありそうだね。」
「そう。そうなんですよ。」
リリスはそう答えて、今朝から目にしているダークリリスの半透明の姿の話をした。
「それって幽霊やな。もしかして魔法学院の七不思議か?」
ノームの言葉にピクシー達が突っ込む。
「そんな訳ないわよ。200万年も彷徨っているの? しかも異世界にまで憑りつきに来るの?」
「有り得ないわよ、そんなの。」
ノームはピクシー達の言葉にたじたじになって、ソファの片隅に身を寄せた。
「でもここでは見えないわね。」
リリスはそう言いながら窓の外を見た。確かに学生寮に入ってからは目にしていない。
「それはここに居る亜神達の邪悪な波動が強烈だから、寄り付いてこないんだよ。」
コオロギがニヤッと笑いながら発した言葉に、ピクシー達がまた騒ぎ出した。
「誰が邪悪なのよ! そのまま燃やしちゃうわよ!」
「その前にこの世界との接点にまで遡って、ルートを消滅させてやろうかしら。」
コオロギはまあまあとピクシー達を手なずけるように声を掛け、再びリリスの方に顔を向けた。
「おそらくそれは・・・ダークリリスの思念だね。それが偶然にも時空の歪みに乗じて、こちらに流れ込んできたのだろう。」
「目的は君との邂逅なのだろうが、君を認識出来ない状態にあるのは位相にずれがあるためだ。」
う~ん。
私に何の用件なのかしら?
首を傾げるリリスにコオロギは提案した。
「君はその思念に対応出来るスキルを持っている筈だ。君が良ければ私が発動させて、両者の位相を合わせてあげよう。」
そう言われて、リリスは少し考え込んだ。
「対応出来るスキル?」
思い当たるスキルなど無い。
そう思いつつも気になるものがある事を思い出した。
非表示にしている正体不明のスキル・・・・・『異世界通行手形』だ。
アルバが言っているのは、おそらくこのスキルの事だろう。
このままの状態が続くのも気味が悪い。
正面から出会ってどうなるかは分からないが、このままの状態が続くよりはましだろう。
それにダークリリスの思念だとしても、それが悪意のあるものとも思えない。
「やってみたら良いよ。」
ノームの気軽な言葉に後押しされて、リリスはコオロギの申し出を受け入れる事にした。
「アルバ様、お願いします。このまま付き纏われるのも嫌なので。」
リリスの言葉にコオロギはうんと頷き、手袋を脱いでパチンと指を鳴らした。
その途端にリリスの脳裏にスキルの発動が感知され、ドアから半透明のダークリリスが入って来た。
それはリリスの存在を認めると、意外にも満面の笑みで抱きついて来た。
だが肉体的な感触は無い。
擦り抜けていくのかと思いきや、そのままリリスの身体の中に吸い込まれていった。
「あらあら、リリスったら憑りつかれるどころか、取り込んじゃったわ。」
赤い衣装のピクシーがそう言いながらケラケラと笑った。
「タミア。私を悪霊の親玉みたいに言わないでよ。」
そう言いながら、リリスは自分の胸のあたりを軽く撫でた。
何か熱いものが胸に入って来た感覚がある。
それはしばらくの間、その存在感を示していたが、程なく何事も無かったように消えていった。
「うむ。ダークリリスの思念の目的が叶ったようだ。」
「まあ、そもそもが思念なのだから、君への実体的な影響は無い筈だ。また、君の思考に何らかの影響はあるかも知れないが、それも微々たるものだろう。」
そう。
それなら良いのだけど・・・。
これでダークリリスの姿を見る事も無いだろう。そう思うと少しホッとしたリリスである。
その後しばらく使い魔達と談笑し、サラが部屋に戻ってくる頃には全員解散となっていた。
その日の夜。
眠ていたリリスは急にピンクの部屋の中に呼び出された。
これも夢の中の事だろう。
何時ものシューサックやキングドレイク達に呼び出される空間とは、また違った様相である。
これは女子の部屋だ。
窓には落ち着いたパステルカラーのピンクのカーテンが掛けられ、その縁には白いフリルがあしらわれている。
床は薄いピンクのクッションフロアだ。
壁紙はパステルカラーのピンクの濃淡の異なる縦縞で、小さな花の絵柄があちらこちらに描かれている。
白いテーブルと椅子が2つ。
その一方の椅子にダークリリスが座っていた。
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笑顔で手招きしているので、リリスはつられて対面の椅子に座った。
「会いたかったわよ、リリス。」
ダークリリスの言葉にリリスは失笑した。
「あんたもリリスなんでしょ?」
「そうなのよねえ。だから私の事はダークリリスと呼んで良いわよ。」
意外なダークリリスの申し出である。
「本当にその呼び名で良いの? ダークなイメージが付きそうだけど・・・」
リリスの言葉にダークリリスはふふふと笑った。
「良いのよ。元々私の出身がダークカイザー家だからね。違和感も無いし、特に問題は無いわ。」
ダークリリスの言葉にリリスは頷き、改めて問い掛けた。
「それでどうしてここまで来たの? 私に何の用件があるの?」
ダークリリスはニヤッと笑った。
「用件って言うほどじゃないのよ。会ってみたかっただけ。だってリリスの存在が私の人生を大きく変えたんだもの。」
「それって・・・・・もしかして人族を裏切って魔王軍に寝返るのを私が止めたって事?」
リリスの言葉にダークリリスはほうっと声をあげて驚いた。
「良く知っているわね。そうよ。リリスが私と入れ替わって魔人や魔獣の軍団を滅ぼしてしまったんだから、私が交渉する相手が居なくなってしまったのよ。それにリリスが呼び込んだ光球が魔大陸レムリアを焼き尽くして、魔王様や魔族まで滅ぼしてしまったし・・・」
「あの光球は私が呼び込んだわけじゃないわよ。私を探しに来てくれた事は事実だけど。」
ダークリリスはふうんと頷いてテーブルの上を指差した。
そこには今までなかったはずなのに、かごに入ったクッキーが現われていた。
勧められるままに口にすると、懐かしい味が口に広がった。
夢の中でも味覚があるようだ。
「あの光球って何なの?」
口をもぐもぐと動かしながら、ダークリリスが問い掛けた。
「あれって亜神なのよ。亜神本体ではなくその一部なんだけどね。」
「そんなものが居るの? 大陸全土を燃やし尽くすなんて・・・」
信じられないのも無理はない。
リリスは亜神の存在に関して、自分の知る事をかいつまんで説明した。
「そんなものが私の世界に居なくて良かったわ。気まぐれで焼き尽くされたら堪らないからね。」
ダークリリスはそう言うと、リリスの前にグッと身を乗り出した。その勢いにリリスは少し後ろに引いてしまった。
「それでお願いなんだけど、あの時のリリスの闘いっぷりを見せて欲しいのよ。」
奇妙な事を言い出すダークリリスにリリスは困惑した。
「・・・・・見せろって言われてもねえ。どうやって見せるの?」
リリスの言葉にダークリリスはうんうんと頷いた。その表情は何か秘策がありそうな気配である。
「アルバ様からリリスの記憶を辿る方法を教えて貰ったのよ。額と額をくっ付ければ良いってね。」
う~ん。
それってコピースキルの発動と同じ仕組みなのかしら?
しかも記憶の一部をコピーするって事?
「あんたって特殊なスキルを幾つも持っているそうね。アルバ様から聞いたわよ。」
ダークリリスはそう言いながら、不敵な笑顔をリリスに向けた。
何を聞いて来たんだろうか?
リリスの心に疑問が残るのだが、所詮ここは夢の中だ。
コピースキルが発動したとしても、思念から何かがコピー出来るとも思えない。
あれこれと心配する必要も無いだろう。
リリスは良いわよと言いながら額を前に突き出した。
ダークリリスも額を突き出し、リリスの額を接触した。
その瞬間に、リリスの脳裏に3倍速ほどのスピードで、ヒーラーのマキナと共に対峙した魔人や魔物の軍団との闘いが映画のように展開された。
高速で記憶を共有している!
その感覚にリリスは驚きの声をあげたが、一方のダークリリスはまた違った驚きの声をあげた。
「あの溶岩の沼って、土魔法と火魔法の連係なのね。それでようやく理解出来たわ。でもそんな事が出来るなんて・・・」
「それに創り出す毒の強さも量も半端じゃないわね。あんたの方が魔人のようだわ。」
ダークリリスの言葉にとげがある。
「それは誉め言葉として受け止めておくわね。」
リリスの言葉にダークリリスはうふふと笑いながら後ろに下がり、う~んと言いながら椅子の背もたれで身を反らせた。
「ところでリリス・・・・」
ダークリリスが急に神妙な表情を見せた。
「私ってこれからどうしたら良いと思う?」
「それを私に聞くの?」
リリスは少し考えたが、結論は一つしか思い浮かばない。
「人族と一緒にやっていくしかないんじゃないの?」
リリスの言葉にダークリリスは、そうよねえと言いながら考え込んでしまった。
しばらくの沈黙の後、ダークリリスは決心がついたようで、少し明るい表情で立ち上がった。
「そうね。あんたの言う通り、それしかないわよね。」
「ありがとう、リリス。また何かあったら、私の話し相手になってね。」
そう言ってダークリリスは部屋から出て行った。
後に残されたリリスは呆然としていたが、部屋の扉の向こうからダークリリスの声が微かに聞こえて来た。
「・・・・・しばらくそこで、寛いでいて良いわよ。」
そう言われてもねえ。
リリスは何をするでもなくその場に座っていた。
程なく部屋の明かりが消え、リリスの視界も真っ暗になり、そのまま闇の中に吸い込まれていった。
翌朝。
まだ日が昇ったばかりの時間にリリスは目が覚めた。
思い返しても不思議な夢だった。
リリスはふと思いつき、ベッドに寝たまま解析スキルを発動させた。
『早朝からどうかしましたか?』
非表示になっているスキル、異世界通行手形って昨夜発動していたの?
『そうですね。深夜に1時間ほど発動していた形跡があります。』
やっぱりね。
このスキルって異世界の特定の人物と、夢や思念で交流出来るのかしら?
『詳細は分かりませんが、そう感じるのならそうなのかも知れません。』
う~ん。
消化不良の返答ね。
でもそれだけ未知のスキルって事なのね。
『ちなみにこのスキルにログが発生しています。』
ログ?
何て表示されているの?
『01:15~02:12 ですね。これはおそらく発動時間の記録でしょう。』
なるほどね。
機会があればアルバ様にも聞いてみるわね。
ありがとう。
リリスは解析スキルを解除し、再び眠りに就いたのだった。
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小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
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お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
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注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
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これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。
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