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仮装ダンスパーティーの混迷1
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仮装ダンスパーティーの数日前。
リリスは放課後に生徒会の部屋で、エリス達と仮装用の衣装のチェックをしていた。
貴族の子弟達が着用するので、生地も上質で縫製もしっかりしている。
だがそれでも毎年着回すので傷んできているものもある。それを排除し、更に今年業者から学院が仕入れた新しい仮装用の衣装を確認する。
100着以上の衣装のチェックは大変だ。
それでも今回はニーナやリンディも手伝ってくれているので、思っていたよりは作業がはかどっている。
作業の合間にリリスは黒のゴスロリの衣装を手に取った。
これってウィンディが着そうだわ。でも自前で用意してくるつもりかしら?
そう思いながらその衣装の裾のフリルやリボンの状態をチェックしていると、リンディがニヤニヤしながら近づいて来た。
「その衣装って去年私が着たんですよ。」
「ええっ、そうだったの?」
記憶にないなあと思いながらも、リリスはゴスロリの衣装を持ち上げ、リンディの姿に合わせてみた。
「うんうん。確かにリンディなら似合いそうね。」
リリスの言葉にエリスが続いた。
「そうなんですよね。リンディって幼げな顔つきですからね。それに猫耳も自前で用意出来るから・・・」
それはそうよね。
獣人なんだから。
「それで今年もこの衣装を選ぶの?」
リリスの問い掛けにリンディは首を横に振った。
「今年は少し大人っぽいものを選びたいんですよね。背中のざっくりと開いたドレスとか・・・・」
うっ!
以前にサラが選んだ衣装ね。
「少し背伸びしてみたいなあっと思って・・・」
まあ、その気持ちは分かるわよ。
「今のうちに幾つか選んでおいても構わないわよ。」
リリスの言葉にリンディはハイと答えて嬉しそうに作業を続けた。
「自分で選べるって羨ましいですよね。」
そう言ったのはエリスである。
生徒会のメンバーはスタッフとして仮想ダンスパーティーの裏方に徹する。それ故に例年、黒にオレンジのアクセントの入ったメイド服で例年参加しているのだが、今年は生徒会長のロナルドの提案で、生徒会のメンバーにもダンスの時間が割り振られた。
そこでは決められた衣装を着る事になったのだ。
その決められた衣装と言うのがロナルド直々の見立てで、かなり派手な衣装がラインアップされている。
部屋の片隅にハンガーで吊るされた衣装を見ながら、エリスとリリスは深いため息をついた。
エリスはブルーのドレスで背中に大きなリボンが付いている。一見可愛い衣装だが、横に深いスリットが入っていて、チャイナドレスのように太ももがあらわになってしまう。かなり大人っぽい雰囲気になりそうだ。
一方リリスにあてがわれている衣装は真紅のドレスで、背中が腰の下までぱっくりと開いている。ところどころに金糸が縫い込まれていてキラキラと光り、如何にも派手な造りだ。更にドレスの裾には羽根が大量にあしらわれている。
まるでバブルの頃のディスコで、お立ち台に立つような衣装じゃないの。
そう思いたくなるような、若干悪趣味な衣装だ。
しかも生徒会のメンバーにも、ダンスを踊る機会が与えられている。
これらすべてがロナルドの配慮だと言うのだが、リリス達にとっては有難迷惑としか言いようのないものである。
その上に今年は亜神達が勝手に増員されて加わってくる。
ウィンディやチャーリーまで来ると言うのだから、リリスの苦悩も半端ではない。
勿論、来るなと言っても来るので、いくら案じても仕方が無いのだが。
いざとなったら時空を捻じ曲げてでも来る連中だから、何を言っても無駄よね。
そう思ってリリスは淡々と作業を進めた。
だがふと視線をニーナに向けると、ニーナが少し悩んでいるような仕草をしていた。
衣装の生地に傷みでもあったのだろうか?
「ニーナ、どうしたの?」
リリスの問い掛けにニーナはハッと顔を上げ、静かにえへへと笑った。
「珍しい衣装があったから、今年はこれを選ぼうかなっと思ってね。」
そう言ってニーナは、茜色の地に鮮やかな彩りが施された衣装をリリスの目の前に出した。
えっ?
リリスの心に違和感が沸き上がる。
その厚手の生地は絹糸で縫製されているようだが・・・・・どう見ても着物だ。
しかも長襦袢、足袋、草履や帯まで付属していて、着付けの仕方を示すイラストまで添えられている。
本格的な衣装ではなく、舞台衣装のようにワンタッチで装着出来るもののようだが・・・。
こんなもの何処にあったの?
今年届けられた衣装なの?
そう思いながら生地に触れると、着物の懐かしい感触が手に伝わってくる。成人式にレンタルで借りた着物を思い出したリリスではあるが、それよりも格段に上質なものであることは明らかだ。
「ねえ、リリス。これって試しに着てみても良い?」
ニーナがやたらに乗り気だ。
「ええ、良いわよ。隣の父兄用のゲストルームを着替えに使って構わないわ。」
リリスの提案にニーナはありがとうと礼を言って衣装を持ち、ゲストルームに消えていった。
数分後、ゲストルームから出て来たニーナの姿にエリスやリンディも歓声を上げた。
「可愛いですよ。」
「でも大人っぽくも見えますね。」
ニーナの傍に駆け寄り、口々に褒めるエリスとリンディに、ニーナも上機嫌ではにかんでいた。
だがリリスは笑顔でニーナを可愛いと褒めつつも、やはり違和感を拭えない。
ニーナの着物姿はどうしても元の世界を彷彿とさせてしまう。
意図的に用意されたものなのだろうか?
だがもしそうだとして、誰が何のために?
もやもやとした思いを抱きながら、リリスはその日の作業に徹した。
そして迎えた仮装ダンスパーティーの当日。
真紅のドレスを着る事を想定したリリスは、それに見合った少し強めのメイクをして会場の多目的ホールに早めに入った。
今はまだ黒にオレンジのアクセントの入ったメイド服姿である。
このメイド服のままで良いんだけどねえ。
そう思いながら割り振られた準備を整えると、エリスと共に会場に入場してくる生徒達や父兄などの出迎えをし、会場の奥で演奏をする楽団のメンバーにも挨拶をして回る。
天井のシャンデリアが輝きを増し、BGMとなる軽い演奏が始まり、生徒会長のロナルドが黒のタキシード姿で挨拶をすると、華やかな仮装ダンスパーティの開始となった。
会場内のチェックの最中、参加者に提供されるドリンクのスタンドに足を運ぶと、そこには見慣れない中肉中背の男性がドリンクを片手に、スタッフと賑やかに談笑していた。
その男性の口から甲高い関西弁の声が聞こえてくる。
しかもその衣装が明らかに警備員の制服なので、チャーリーが仮装している事は明白だ。
何処でこんな衣装を探し出してきたのよ。
ビルの警備員そのものじゃないの。
「やあ、リリス。」
顔は若干違っているが声はチャーリー本人だ。
「やあじゃないわよ、チャーリー。どこでそんな衣装を探し出したのよ。」
「ああ、これか? 君の記憶の奥底から見つけ出したんや。」
「そんなに簡単に人の記憶を探らないでよね。」
リリスの苦情にチャーリーはへへへと笑うだけだ。
だがその顔が一瞬真顔に変わった。
「少し違和感を感じるんやけど、何か良く分からん。この会場の片隅に時空に歪を生じさせているような気配を感じるんや。」
そう言いながらもチャーリーの表情が再び笑顔に戻った。
「まあ、ユリア達の影響かも知れんけどね。」
そうあって欲しいわよね。
厄介事は御免だわ。
リリスは気を取り直してチャーリーの元を離れ、会場内を見回した。舞台の奥に並ぶ椅子に座る生徒達は実にカラフルだ。思い思いの仮装を施しメイクをして談笑している。目や鼻を隠す仮面を装着している者も少なくない。
程なく本格的なダンス曲の演奏が始まった。
それはリリスにとっても馴染み深い曲目だ。
曲に合わせてシャンデリアの光が揺れ動き、ホール内の壁の間接照明が時折点滅を繰り返す。
それらは全て魔道具による操作なのだろう。
参加者は生徒の父兄や親族も含めると、300人以上は居るだろうか。そのほとんどが貴族であるので、ダンスは日常から嗜んでいる。
相手が誰であれ、ごく普通にダンスに誘い、ごく普通に踊り始めるのだ。
近くで踊っている父兄の中に、赤いドレスを身に纏ったスタイルの良い女性が見える。その放つオーラが明らかにタミアだ。更にその近くに踊っているユリアらしき女性も見えた。ブルーのドレス姿が水の女神を彷彿とさせる。
普通の人にはその正体は分からない。
だが例え姿形を変えて人族に偽装していても、リリスには直感的に分かってしまう。
それは亜神との関りが増してきた影響なのだろうか?
更に、亜神が僅かに放つ魔力の質でも分かってしまうのだ。
妙な縁を持ってしまったものだ。
そう思っていたリリスの傍に、エリスとリンディが近寄って来た。
エリスはスタッフなので黒のメイド服だが、リンディはピンクのドレスを着ている。
割と上品な仕立てのドレスだ。
だがリンディはリリスの目の前でくるりと身体をターンさせた。
その背中が大きく開き、腰の下まで肌が見えている。
「随分大胆な衣装ね、リンディ。あなたの雰囲気だから正面から見れば清楚なドレスに見えるけど、背中はまるで別人ね。」
「そう、そうなんです。そう言うコンセプトなんですよ。」
リンディは嬉しそうにはにかんだ。その隣に立っていたエリスがリリスの側方に指を向けた。
「リリス先輩。あそこにニーナ先輩が・・・」
そう言われてリリスが視線を変えると、華やかな着物姿のニーナがスローテンポな曲調に合わせて、器用にステップを踏みながら踊っていた。相手は生徒の父兄のようだが、着物姿にも関わらず、ステップに無理や無駄が無い。楽し気に談笑しながら踊っているのが実に不思議だ。
着物姿でダンスを踊るなんて・・・。
もしかして鹿鳴館ってこんな雰囲気だったのかしら?
ふと書物で見た明治期の記述に思いを馳せたリリスである。
衣装の物珍しさもあって、次々にダンスの誘いが掛かってくる。それを笑顔で受け、ダンスを楽しむニーナ。
「ニーナ先輩ってあんなに社交的だったかしら?」
エリスの言葉にリリスも同意するだけだ。
あの姿はニーナの本性の表れなのかもしれない。
商人の枷を排除してからのニーナは、自分達の知らないうちに加速的に変わっていたのだろう。
「私も踊ってきますね。」
そう言ってリンディはリリスとエリスの傍を離れ、舞台の隅に足を運んでいった。直ぐに座っている男性にオファーを掛け、ダンスが始まった。
踊り始めたリンディも楽しそうだ。
「リンディって男性のウケが良いんですよね。天性の妹キャラって言うか・・・」
エリスが他意も無く呟いた。
「そうよね。自然体であざとくないのが好印象なんでしょうね。」
リリスの言葉にエリスもうんうんと頷いた。
そのエリスがあれっと声をあげ、リンディの背後に視線を送った。
「リリス先輩。あそこで踊っている女性は、もしかして神殿の・・・・・」
リリスも視線を送り、それが誰であるのかを確認した。
「うん。間違いない。マキちゃんだわ。」
スレンダーで真っ赤なドレスを着て踊っている女性。それは紛れもなくマキだった。
胸元のざっくりと割れたドレスは胸を強調し、やたらとなまめかしい。しかもタイトなサイズのドレスで身体のラインがはっきりと分かる。
随分大胆な衣装を用意したのね。
そう思ったリリスはその時点で、自分が後ほど着用するドレスと被っている事を忘れていた。
マキはリリスの視線に気が付いたのだろう。
こちら側に顔を向けた際にニヤッと笑い、リリスに向かってギャルピースを送って来た。
マキちゃんったら。
ギャルピースなんてこの世界では認知されていないわよ。
そう思いながら会場内を見ているうちに時間が経ち、リリス達生徒会のメンバーのドレスアップの時間が来た。
あまり乗り気ではないリリスとエリスが着替えの為に控室に行くと、既に着替え終わった生徒会書記のルイーズとばったりと出くわした。
ショッキングピンクのドレスだ。
ゴスロリ風で背中に一対の羽までついている。
えへへと笑いながらその場から立ち去るルイーズの表情は、まんざらでもないと言う雰囲気だった。
彼女の意外な一面が見えたのかも知れない。
そんな事を考えながら、リリスとエリスは手際良く着替えを済ませた。
まあ、今日一日だけのイベントだから・・・。
そう思うと、姿見に映る大胆な衣装姿もあまり気にならなくなってきた。しかも肉体的には2年成熟したリリスである。
スタイルも良くなり、若干大人の女性に近付いた顔が強めのメイクで更に華やかに見える。
思い切って控室から出ると、ほおっと言う声が周囲から上がった。
どうやら二人共、男性達の注目を浴びたようだ。
早速エリスにダンスのオファーが掛かり、20代の貴族の青年と舞台の中央に向かって行った。
はにかむエリスの表情が可愛い。
相手の青年は恐らく生徒の兄なのだろう。
直ぐにリリスにもダンスのオファーが掛かった。
相手は背の高い初老の男性だった。
こちらは生徒の親族と言ったところだろうか。
この時、どこかで聞いた事があるような声だとリリスは思った。
ダンスのオファーを受け、手を取り合って舞台の中央に進む。
作法に従って貴族風に挨拶をし、お決まりのフォームから曲に合わせてステップを踏む。
その流れの中で笑顔を交わし、会話を交わす。
それは幼い頃から習った社交ダンスのルーティーンだ。
曲に合わせて男性がリリスを優雅にリードする。
その流れの中で男性がふと呟いた。
「私は以前にリリスさんとお会いした事があるのですよ。」
「その時はまだ幼げな少女だったのですが、随分大人っぽくなられましたね。」
あれっ?
誰だろうか?
生徒の父兄と言う事は・・・授業参観で会っていたのかしら?
そう思いつつ相槌を打つリリス。
だが、その耳に思いも掛けない言葉が聞こえて来た。
「あなただけ2年も時間軸を進んでしまったのですねえ。」
えっ!
驚いて男性の顔を見ると、その男性はニヤッと笑って白い歯を見せた。
その瞬間にリリスの周囲の風景が円を描くように歪んでいく。
それと共にリリスの意識も薄れていった。
その渦中で朦朧としながらもリリスは気が付いた。
この男性は、そしてこの声は、ギースのダンジョンの第3階層の最奥部で出会った、ダンジョンマスターを名乗るアルバだと言う事を・・・。
リリスは放課後に生徒会の部屋で、エリス達と仮装用の衣装のチェックをしていた。
貴族の子弟達が着用するので、生地も上質で縫製もしっかりしている。
だがそれでも毎年着回すので傷んできているものもある。それを排除し、更に今年業者から学院が仕入れた新しい仮装用の衣装を確認する。
100着以上の衣装のチェックは大変だ。
それでも今回はニーナやリンディも手伝ってくれているので、思っていたよりは作業がはかどっている。
作業の合間にリリスは黒のゴスロリの衣装を手に取った。
これってウィンディが着そうだわ。でも自前で用意してくるつもりかしら?
そう思いながらその衣装の裾のフリルやリボンの状態をチェックしていると、リンディがニヤニヤしながら近づいて来た。
「その衣装って去年私が着たんですよ。」
「ええっ、そうだったの?」
記憶にないなあと思いながらも、リリスはゴスロリの衣装を持ち上げ、リンディの姿に合わせてみた。
「うんうん。確かにリンディなら似合いそうね。」
リリスの言葉にエリスが続いた。
「そうなんですよね。リンディって幼げな顔つきですからね。それに猫耳も自前で用意出来るから・・・」
それはそうよね。
獣人なんだから。
「それで今年もこの衣装を選ぶの?」
リリスの問い掛けにリンディは首を横に振った。
「今年は少し大人っぽいものを選びたいんですよね。背中のざっくりと開いたドレスとか・・・・」
うっ!
以前にサラが選んだ衣装ね。
「少し背伸びしてみたいなあっと思って・・・」
まあ、その気持ちは分かるわよ。
「今のうちに幾つか選んでおいても構わないわよ。」
リリスの言葉にリンディはハイと答えて嬉しそうに作業を続けた。
「自分で選べるって羨ましいですよね。」
そう言ったのはエリスである。
生徒会のメンバーはスタッフとして仮想ダンスパーティーの裏方に徹する。それ故に例年、黒にオレンジのアクセントの入ったメイド服で例年参加しているのだが、今年は生徒会長のロナルドの提案で、生徒会のメンバーにもダンスの時間が割り振られた。
そこでは決められた衣装を着る事になったのだ。
その決められた衣装と言うのがロナルド直々の見立てで、かなり派手な衣装がラインアップされている。
部屋の片隅にハンガーで吊るされた衣装を見ながら、エリスとリリスは深いため息をついた。
エリスはブルーのドレスで背中に大きなリボンが付いている。一見可愛い衣装だが、横に深いスリットが入っていて、チャイナドレスのように太ももがあらわになってしまう。かなり大人っぽい雰囲気になりそうだ。
一方リリスにあてがわれている衣装は真紅のドレスで、背中が腰の下までぱっくりと開いている。ところどころに金糸が縫い込まれていてキラキラと光り、如何にも派手な造りだ。更にドレスの裾には羽根が大量にあしらわれている。
まるでバブルの頃のディスコで、お立ち台に立つような衣装じゃないの。
そう思いたくなるような、若干悪趣味な衣装だ。
しかも生徒会のメンバーにも、ダンスを踊る機会が与えられている。
これらすべてがロナルドの配慮だと言うのだが、リリス達にとっては有難迷惑としか言いようのないものである。
その上に今年は亜神達が勝手に増員されて加わってくる。
ウィンディやチャーリーまで来ると言うのだから、リリスの苦悩も半端ではない。
勿論、来るなと言っても来るので、いくら案じても仕方が無いのだが。
いざとなったら時空を捻じ曲げてでも来る連中だから、何を言っても無駄よね。
そう思ってリリスは淡々と作業を進めた。
だがふと視線をニーナに向けると、ニーナが少し悩んでいるような仕草をしていた。
衣装の生地に傷みでもあったのだろうか?
「ニーナ、どうしたの?」
リリスの問い掛けにニーナはハッと顔を上げ、静かにえへへと笑った。
「珍しい衣装があったから、今年はこれを選ぼうかなっと思ってね。」
そう言ってニーナは、茜色の地に鮮やかな彩りが施された衣装をリリスの目の前に出した。
えっ?
リリスの心に違和感が沸き上がる。
その厚手の生地は絹糸で縫製されているようだが・・・・・どう見ても着物だ。
しかも長襦袢、足袋、草履や帯まで付属していて、着付けの仕方を示すイラストまで添えられている。
本格的な衣装ではなく、舞台衣装のようにワンタッチで装着出来るもののようだが・・・。
こんなもの何処にあったの?
今年届けられた衣装なの?
そう思いながら生地に触れると、着物の懐かしい感触が手に伝わってくる。成人式にレンタルで借りた着物を思い出したリリスではあるが、それよりも格段に上質なものであることは明らかだ。
「ねえ、リリス。これって試しに着てみても良い?」
ニーナがやたらに乗り気だ。
「ええ、良いわよ。隣の父兄用のゲストルームを着替えに使って構わないわ。」
リリスの提案にニーナはありがとうと礼を言って衣装を持ち、ゲストルームに消えていった。
数分後、ゲストルームから出て来たニーナの姿にエリスやリンディも歓声を上げた。
「可愛いですよ。」
「でも大人っぽくも見えますね。」
ニーナの傍に駆け寄り、口々に褒めるエリスとリンディに、ニーナも上機嫌ではにかんでいた。
だがリリスは笑顔でニーナを可愛いと褒めつつも、やはり違和感を拭えない。
ニーナの着物姿はどうしても元の世界を彷彿とさせてしまう。
意図的に用意されたものなのだろうか?
だがもしそうだとして、誰が何のために?
もやもやとした思いを抱きながら、リリスはその日の作業に徹した。
そして迎えた仮装ダンスパーティーの当日。
真紅のドレスを着る事を想定したリリスは、それに見合った少し強めのメイクをして会場の多目的ホールに早めに入った。
今はまだ黒にオレンジのアクセントの入ったメイド服姿である。
このメイド服のままで良いんだけどねえ。
そう思いながら割り振られた準備を整えると、エリスと共に会場に入場してくる生徒達や父兄などの出迎えをし、会場の奥で演奏をする楽団のメンバーにも挨拶をして回る。
天井のシャンデリアが輝きを増し、BGMとなる軽い演奏が始まり、生徒会長のロナルドが黒のタキシード姿で挨拶をすると、華やかな仮装ダンスパーティの開始となった。
会場内のチェックの最中、参加者に提供されるドリンクのスタンドに足を運ぶと、そこには見慣れない中肉中背の男性がドリンクを片手に、スタッフと賑やかに談笑していた。
その男性の口から甲高い関西弁の声が聞こえてくる。
しかもその衣装が明らかに警備員の制服なので、チャーリーが仮装している事は明白だ。
何処でこんな衣装を探し出してきたのよ。
ビルの警備員そのものじゃないの。
「やあ、リリス。」
顔は若干違っているが声はチャーリー本人だ。
「やあじゃないわよ、チャーリー。どこでそんな衣装を探し出したのよ。」
「ああ、これか? 君の記憶の奥底から見つけ出したんや。」
「そんなに簡単に人の記憶を探らないでよね。」
リリスの苦情にチャーリーはへへへと笑うだけだ。
だがその顔が一瞬真顔に変わった。
「少し違和感を感じるんやけど、何か良く分からん。この会場の片隅に時空に歪を生じさせているような気配を感じるんや。」
そう言いながらもチャーリーの表情が再び笑顔に戻った。
「まあ、ユリア達の影響かも知れんけどね。」
そうあって欲しいわよね。
厄介事は御免だわ。
リリスは気を取り直してチャーリーの元を離れ、会場内を見回した。舞台の奥に並ぶ椅子に座る生徒達は実にカラフルだ。思い思いの仮装を施しメイクをして談笑している。目や鼻を隠す仮面を装着している者も少なくない。
程なく本格的なダンス曲の演奏が始まった。
それはリリスにとっても馴染み深い曲目だ。
曲に合わせてシャンデリアの光が揺れ動き、ホール内の壁の間接照明が時折点滅を繰り返す。
それらは全て魔道具による操作なのだろう。
参加者は生徒の父兄や親族も含めると、300人以上は居るだろうか。そのほとんどが貴族であるので、ダンスは日常から嗜んでいる。
相手が誰であれ、ごく普通にダンスに誘い、ごく普通に踊り始めるのだ。
近くで踊っている父兄の中に、赤いドレスを身に纏ったスタイルの良い女性が見える。その放つオーラが明らかにタミアだ。更にその近くに踊っているユリアらしき女性も見えた。ブルーのドレス姿が水の女神を彷彿とさせる。
普通の人にはその正体は分からない。
だが例え姿形を変えて人族に偽装していても、リリスには直感的に分かってしまう。
それは亜神との関りが増してきた影響なのだろうか?
更に、亜神が僅かに放つ魔力の質でも分かってしまうのだ。
妙な縁を持ってしまったものだ。
そう思っていたリリスの傍に、エリスとリンディが近寄って来た。
エリスはスタッフなので黒のメイド服だが、リンディはピンクのドレスを着ている。
割と上品な仕立てのドレスだ。
だがリンディはリリスの目の前でくるりと身体をターンさせた。
その背中が大きく開き、腰の下まで肌が見えている。
「随分大胆な衣装ね、リンディ。あなたの雰囲気だから正面から見れば清楚なドレスに見えるけど、背中はまるで別人ね。」
「そう、そうなんです。そう言うコンセプトなんですよ。」
リンディは嬉しそうにはにかんだ。その隣に立っていたエリスがリリスの側方に指を向けた。
「リリス先輩。あそこにニーナ先輩が・・・」
そう言われてリリスが視線を変えると、華やかな着物姿のニーナがスローテンポな曲調に合わせて、器用にステップを踏みながら踊っていた。相手は生徒の父兄のようだが、着物姿にも関わらず、ステップに無理や無駄が無い。楽し気に談笑しながら踊っているのが実に不思議だ。
着物姿でダンスを踊るなんて・・・。
もしかして鹿鳴館ってこんな雰囲気だったのかしら?
ふと書物で見た明治期の記述に思いを馳せたリリスである。
衣装の物珍しさもあって、次々にダンスの誘いが掛かってくる。それを笑顔で受け、ダンスを楽しむニーナ。
「ニーナ先輩ってあんなに社交的だったかしら?」
エリスの言葉にリリスも同意するだけだ。
あの姿はニーナの本性の表れなのかもしれない。
商人の枷を排除してからのニーナは、自分達の知らないうちに加速的に変わっていたのだろう。
「私も踊ってきますね。」
そう言ってリンディはリリスとエリスの傍を離れ、舞台の隅に足を運んでいった。直ぐに座っている男性にオファーを掛け、ダンスが始まった。
踊り始めたリンディも楽しそうだ。
「リンディって男性のウケが良いんですよね。天性の妹キャラって言うか・・・」
エリスが他意も無く呟いた。
「そうよね。自然体であざとくないのが好印象なんでしょうね。」
リリスの言葉にエリスもうんうんと頷いた。
そのエリスがあれっと声をあげ、リンディの背後に視線を送った。
「リリス先輩。あそこで踊っている女性は、もしかして神殿の・・・・・」
リリスも視線を送り、それが誰であるのかを確認した。
「うん。間違いない。マキちゃんだわ。」
スレンダーで真っ赤なドレスを着て踊っている女性。それは紛れもなくマキだった。
胸元のざっくりと割れたドレスは胸を強調し、やたらとなまめかしい。しかもタイトなサイズのドレスで身体のラインがはっきりと分かる。
随分大胆な衣装を用意したのね。
そう思ったリリスはその時点で、自分が後ほど着用するドレスと被っている事を忘れていた。
マキはリリスの視線に気が付いたのだろう。
こちら側に顔を向けた際にニヤッと笑い、リリスに向かってギャルピースを送って来た。
マキちゃんったら。
ギャルピースなんてこの世界では認知されていないわよ。
そう思いながら会場内を見ているうちに時間が経ち、リリス達生徒会のメンバーのドレスアップの時間が来た。
あまり乗り気ではないリリスとエリスが着替えの為に控室に行くと、既に着替え終わった生徒会書記のルイーズとばったりと出くわした。
ショッキングピンクのドレスだ。
ゴスロリ風で背中に一対の羽までついている。
えへへと笑いながらその場から立ち去るルイーズの表情は、まんざらでもないと言う雰囲気だった。
彼女の意外な一面が見えたのかも知れない。
そんな事を考えながら、リリスとエリスは手際良く着替えを済ませた。
まあ、今日一日だけのイベントだから・・・。
そう思うと、姿見に映る大胆な衣装姿もあまり気にならなくなってきた。しかも肉体的には2年成熟したリリスである。
スタイルも良くなり、若干大人の女性に近付いた顔が強めのメイクで更に華やかに見える。
思い切って控室から出ると、ほおっと言う声が周囲から上がった。
どうやら二人共、男性達の注目を浴びたようだ。
早速エリスにダンスのオファーが掛かり、20代の貴族の青年と舞台の中央に向かって行った。
はにかむエリスの表情が可愛い。
相手の青年は恐らく生徒の兄なのだろう。
直ぐにリリスにもダンスのオファーが掛かった。
相手は背の高い初老の男性だった。
こちらは生徒の親族と言ったところだろうか。
この時、どこかで聞いた事があるような声だとリリスは思った。
ダンスのオファーを受け、手を取り合って舞台の中央に進む。
作法に従って貴族風に挨拶をし、お決まりのフォームから曲に合わせてステップを踏む。
その流れの中で笑顔を交わし、会話を交わす。
それは幼い頃から習った社交ダンスのルーティーンだ。
曲に合わせて男性がリリスを優雅にリードする。
その流れの中で男性がふと呟いた。
「私は以前にリリスさんとお会いした事があるのですよ。」
「その時はまだ幼げな少女だったのですが、随分大人っぽくなられましたね。」
あれっ?
誰だろうか?
生徒の父兄と言う事は・・・授業参観で会っていたのかしら?
そう思いつつ相槌を打つリリス。
だが、その耳に思いも掛けない言葉が聞こえて来た。
「あなただけ2年も時間軸を進んでしまったのですねえ。」
えっ!
驚いて男性の顔を見ると、その男性はニヤッと笑って白い歯を見せた。
その瞬間にリリスの周囲の風景が円を描くように歪んでいく。
それと共にリリスの意識も薄れていった。
その渦中で朦朧としながらもリリスは気が付いた。
この男性は、そしてこの声は、ギースのダンジョンの第3階層の最奥部で出会った、ダンジョンマスターを名乗るアルバだと言う事を・・・。
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馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。
大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。
精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。
人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
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この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
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そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
悪役令嬢の慟哭
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前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。
だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。
※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。
※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。
「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。
「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。
転生したら、伯爵家の嫡子で勝ち組!だけど脳内に神様ぽいのが囁いて、色々依頼する。これって異世界ブラック企業?それとも社畜?誰か助けて
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森の国編 ヴェルトゥール王国戦記
大学2年生の誠一は、大学生活をまったりと過ごしていた。
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これって異世界ブラック企業?神様の社畜的な感じ?
依頼をこなしてると、いつの間か英雄扱いで、
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誰かこの悪循環、何とかして!
まったりどころか、ヘロヘロな毎日!誰か助けて
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