落ちこぼれ子女の奮闘記

木島廉

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リリスの周囲の喧騒

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ギースのダンジョンから戻って来た日の翌日。

時系列の食い違いに違和感はあるが、一応そう言う事になっている。

リリスは内心ではおどおどしながらも、いつもと変わらない雰囲気を装って授業に出た。

当初は周りの同級生の目が何となく違和感を感じている様に感じられたが、時間が経つに連れて落ち着いて来た様だ。

「リリス。いつもと雰囲気が違うわね。」

そんな言葉を掛けられる事もあったが、メイクを少し変えたと答えるとそれ以上は問い掛けられなかった。
その雰囲気の収束の仕方にも若干の違和感を感じてしまう。
まるで誰かが背後で意図して収束を図っているようにも思える。

そんなのは気のせいよね。

そう思って授業に集中しているうちに、内外共に何時もの学生生活に戻っていた。
その状況は放課後も同じである。

放課後に生徒会の部屋を訪ねると、先に部屋の中で談笑していたのはエリスとニーナだった。

「リリス先輩。昨日はお疲れ様でした。」

エリスが満面の笑みでリリスを迎えてくれた。

そう言えばギースのダンジョンでダンジョンマスターのアルバと話をしてから、どうなっていたのだろうか?
ジークが同行していたので、帰りは転移の魔石で戻って来た筈なのだが・・・。
記憶にない部分を何とか探ろうとしてリリスは言葉を選んだ。

「第3階層って結構ハードだったわよね。エリスもニーナも疲れが残っていないの?」

リリスの言葉にニーナが口を開いた。

「私達は大丈夫だよ。でも急に体調を崩したジーク先生が心配だけどね。」

えっ?

リリスは心の中で小さく驚いた。
その心の動揺を知る事も無く、ニーナの言葉にエリスが続いた。

「そうですよね。でも今日、職員室で聞いて話ではもう回復しておられるそうですよ。まあ、止む無く第3階層の最奥部で帰途に就いたのは残念だったですけどね。」

う~ん。
そう言う事になっているのね。
無難と言えば無難な収束の仕方だわ。
一応矛盾は無いようだけど・・・・・。

そう思って広いデスクの片隅に目をやると、そこには仮装ダンスパーティーのパンフレットの原稿が山積みされていた。
そろそろそう言う季節なのだと思いながら、リリスはその原稿に手を伸ばし、その内容を目で追った。

「今年も私達は裏方だわね。たまにはドレスアップしてみたいけどねえ。」

何気に呟いたリリスの言葉をエリスは聞き逃さなかった。

真顔でリリスの全身に目を向けながら、エリスは口を開いた。

「そう言えばリリス先輩って随分スタイルが良くなりましたよね。真っ赤なドレスが似合いそう・・・」

ジトッとしたエリスの視線が気になる。

「そう言って貰えると嬉しいわ。でもドレスアップするのはまた別の機会があるわよ。」

リリスはそう答えてお茶を濁した。ニーナもエリス同様に若干訝し気な表情をしていたが、程なく何時もの表情に戻った。

この雰囲気は何?

若干の違和感を残しつつも、リリスは仮装ダンスパーティーのパンフレットの原稿の校正を始めた。
リリスの様子を目にして、エリスもニーナと談笑しながらその作業に取り掛かった。



その後の作業を進めているうちに時間が経ち、全員学生寮に戻る時間になった。

まあ、何時も通りの日常生活よね。

そう思いながら学生寮の自室に戻ったリリスは、予想外に亜神の使い魔達の歓待を受ける事になる。

自室のドアを開けると、赤い衣装を着たピクシーとブルーの衣装を着たピクシーとノームがソファの上に座り、一斉に叫んだ。

「「「お帰り!!!」」」

相変わらず勝手に入り込んでいるわね。

リリスはただいまと返事をしながらカバンを自分の机の上に置いた。
そのリリスにノームが声を掛けた。

「リリス。・・・・・1年間も何処に行ってたんや?」

ええっ!
どうしてそれを・・・・・。

驚いて声を詰まらせたリリスの様子を見て、ブルーの衣装のピクシーが怪訝そうに口を開いた。

「その様子だと、リリスの周辺の時空は辻褄を合わせているようね。でも私達亜神はその管轄外だから・・・」

この連中は1年間何をしていたのだろうか?
リリスは心を落ち着かせて尋ねた。

「ねえ、ユリア。私ってこの世界から消えていたの?」

リリスの言葉にブルーの衣装のピクシーは無言で頷いた。
やはりそう言う事のようだ。
その様子を見て赤い衣装のピクシーが話し始めた。

「そうよ。あんたは1年間行方不明だったのよ。でもチャーリーとウィンディが捜索して、時空の歪を彷徨っていた事は推測出来たわ。」

「チャーリーとウィンディが?」

リリスの言葉にノームが反応した。

「そうや。ウィンディはあれでも空間魔法を管理しているからね。アイツの能力を駆使して貰ったんや。」

そうだったのね。

リリスは何となく状況が掴めたので、ふうっと深いため息をついてソファの背にもたれ掛かった。

亜神の使い魔達にギースのダンジョンの第3階層での出来事を簡単に説明すると、使い魔達は三者三様にうんうんと頷いていた。

「リリス。そのアルバって言うダンジョンマスターは、君に埋め込まれた特殊な部位の発動の引き金になったようやね。そやけどそのアルバがそもそも実体の存在だったか否かも分からんけどね。」

「実体じゃないってどう言う事?」

「つまりそのアルバもホログラムで、君に埋め込まれた部位の一部やったのかも知れん。」

「それじゃあ、何が発動の引き金だったの?」

リリスの問い掛けにノームは少し間を置いて話を続けた。

「それは良く分からんね。君の年齢と月齢が引き金になっていたのかも知れん。はたまた6属性を揃えた事が引き金やったかも知れん。まあ、考えられる事はそんなところやけどね。」

う~ん。
やっぱり良く分からないわね。

「でも1年間会わなかったにしては、リリスの雰囲気が随分変わったわね。」

赤い衣装のピクシーがリリスの顔をまじまじを見ながら呟いた。それを聞いてノームが再び口を開いた。

「それは・・・・・リリス自身の時間軸では2年の経過が生じているからや。」

ノームの言葉に赤い衣装のピクシーが怪訝そうな表情を見せた。

「ええっ! それって一機に2年老けたって事?」

「ちょっと、タミア! その老けたって表現は止めてよ。」

リリスの抗議に赤い衣装のピクシーがケラケラケラっと笑い飛ばした。

「リリス。あんたって自分の寿命をそれほどに気にする必要は無いわよ。既に6属性を備えた魔力のお陰で、通常の人族を遥かに超える生命力を手に入れているんだからね。生物として立つステージが大幅にレベルアップしてしまっているのよ。だから2年老けたくらいで騒がなくても・・・・・」

そう言う問題じゃないわよ。

リリスは苛立ちを隠せなかった。

「その老けたって表現は止めてって言ってるでしょ!」

「それに高々2年って言うけど、青春の時期は短いんだからね。」

それはリリスの本音である。
元の世界で味気ない青春の時期を過ごしたリリスにとって、この世界で再度味わえる青春の時期は貴重なのだ。
だが、そのリリスにノームがふと呟いた。

「花の命は短くて・・・・・って事やな。そやけど心にトキメキがあったら、幾つになっても青春だと言えるんやけどね。」

「チャーリー。あんた、何時から自己啓発のセミナーの講師になったのよ。今の私にそんな言葉は響かないわよ。」

そう言ってリリスはノームの身体に軽くジャブを浴びせた。ジャブと言ってもくすぐる程度のパンチである。
ノームはへへへと笑いながら手でそのパンチを受け止めた。

「あら、リリスったら拗ねちゃったわ。」

ブルーの衣装のピクシーがリリスの様子を見てクスクスと笑った。

「それにしてもリリスを取り巻く環境が不安定ね。何が原因なの?」

赤い衣装のピクシーがノームに尋ねた。タミアなりにリリスを心配しているのだろうか?

「そうやね。まるでリリスを奪い合う様に、二つの世界がせめぎ合っているのを僕は感じるんや。」

へえ~と声をあげて赤い衣装のピクシーがパタパタと羽ばたいた。その仕草がわざとらしい。

「リリスって人気者なのね。」

「いやいや、そう言う事じゃないわよ。」

呆れるリリスの言葉にノームが持論の続きを説明し始めた。

「人気者と言うよりは、それぞれの世界にとって必要な要素やから、その帰属を主張しようとしているって言うべきなんかなあ。」

「リリスが元の世界の構成要素を遺伝子レベルで引き継いでいた事は確かなようやね。でもこの世界に来たリリスは、6属性を備えた稀有な存在になってしまった。こうなるとこっちの世界も簡単には手放せないと思えるね。」

普段はリリスにとって迷惑な存在である亜神達であるが、リリスの置かれている状況を違う側面から説明してくれるのはありがたい。
だがリリスとしては容易には納得し難い事でもある。

う~ん。
それって本当の事だったとしても、私にとっては迷惑な話よね。
当人の意志って尊重して貰えないのかしら?

リリスは神妙な気分になり、しばらく黙り込んでしまった。
使い魔達を含めてしばらく沈黙が続く。

その空気を切り替えるように、ブルーの衣装のピクシーが口を開いた。

「まあ、リリスはリリスで変わらないから、そんなに気にしないで良いわよ。それよりもう直ぐ、魔法学院の仮装ダンスパーティーの時期だったわよね。私達もまた参加するからね。それと・・・・・」

「今年はウィンディも参加したいって言っていたわ。」

ええっ!

リリスの心が再びざわめいた。

「ウィンディも来るの? ダンスパーティーの雰囲気を掻き乱さなければ良いんだけど・・・・・」

リリスの心配を他所に、ピクシー達はケラケラと笑い飛ばした。

「大丈夫よ。アイツもダンスパーティーの雰囲気を楽しみたいって言っていたからね。ダンスパーティーに出るのって200年振りだって言っていたわよ。」

そうなの?
そんなに張り切って参加されても困るんだけどねえ。

「当日は僕が監視しているから大丈夫やで。」

ノームの言葉に今度はピクシー達がざわめいた。

「ちょっと! チャーリー! あんたって参加するつもりなの?」

赤い衣装のピクシーの言葉にノームはうんうんと頷いた。

「警備員の格好でもして末席に居るつもりや。」

「う~ん。仮装ダンスパーティーだからそれもアリなのかなあ?」

そう言って考え込むリリスにノームはへへへと意味深な笑顔を見せた。
当日の喧騒が思いやられる。

その後使い魔達は三々五々に消えていった。
自分達の用件が済めば勝手に消えていく。
身勝手な連中だと思いながらも、リリスは亜神達との関りに安堵感を持ってしまっている自分に気が付いた。

心の奥底のどこかであの連中を頼りにしているのかも知れない。
そう思うと自分が滑稽に思えて、思わず失笑してしまったリリスである。




翌日になって、リリスは昼休みにマキの訪問を受けた。

ケイト先生からの伝言で、マキは職員室の隣のゲストルームで待っていると言う。

急いで昼食を済ませ、リリスはゲストルームに向かった。

だが、ゲストルームに入った途端に、マキの顔から笑顔が消えた。

「・・・リリスちゃん。どうしたの? 何となく雰囲気が違う・・・・・」

訝し気な表情でリリスを見つめて立ち尽くすマキ。
そのマキを座らせて、リリスはマキの隣に座った。

「まあ、色々とあったのよ。説明し難いんだけどね。」

そう言ってリリスは簡略にリリスの置かれた状況を説明した。

その話を聞きながらマキは軽く驚き、再びリリスの全身をじっと見つめた。

「要するに・・・私の目の前のリリスちゃんは16歳の姿だって事ね。道理で顔つきもスタイルも大人っぽくなった訳だわ。」

「まあ、そう言う事なのよ。」

「でもそれなら周囲の人にも違和感を感じさせているんでしょうね。」

「それがねえ。最初は違和感を感じるみたいだけど、直ぐにその雰囲気も収束するのよね。不思議なんだけど・・・・・」

リリスの言葉にマキはう~んと唸って考え込んだ。

「例えそう言う風に物事が運ばれているとしても、元聖女の私の目は誤魔化せませんよ。」

そうだ。
マキちゃんも尋常なスペックの人じゃ無かったのよね。

「紗季さん!」

急にマキが後輩の言葉遣いに戻った。

マキはガシッとリリスの両手を握り締め、

「この場で軽く、魂魄浄化を施しても良いですか? 紗季さんの身体や魔力に何か異様なものが紐づけされている様に感じるんです。」

そう言って真顔でリリスの目を見つめた。

「ああ、それって私に組み込まれていた特殊な部位の事ね。別に構わないわよ。」

それは多分、ロスティアの言っていた事なのだろう。
そう思って深くは考えず答えたリリスの言葉に、マキは意外にも強く頷いた。
その目が真剣だ。

ゲストルームに誰も入ってこれない様に鍵をかけ、マキはリリスの隣に再び座った。

「それでは始めます。」

マキの身体に魔力が満ちてくる。その魔力の流れが身体からほとばしるようだ。
リリスの両手を握り、マキは目を瞑って魔力を流していく。
更に頃合いを見て、魂魄浄化のスキルを発動させると、マキの身体が大きく光り始めた。
それと同時にリリスの心の奥底にまで、熱い魔力の流れが流れ込み、負の感情を奇麗に洗い流していくような感覚を得た。
至福の時が訪れる。
リリスはその魔力の流れに身を任せた。
まるで魔力で創られたゆりかごに居るような感覚だ。

だがしばらくして突然ウっとマキが呻き、リリスも正気に戻ってしまった。

「駄目ですね。魂魄浄化でも切り離せません。それに・・・抵抗されちゃった。」

そう言ってマキは自分の手の甲をリリスに見せた。
そこには小動物の爪で引っ掻かれた様な痕が3本残っていた。
まるで猫の爪で引っ掻かれたように・・・・・。

猫の姿に偽装した特殊な部位。
ロスティアが見せた猫を思い出し、リリスは何故か納得してしまった。

「この切り離せない物って、いったい何なんですか?」

そう言いながらマキはヒールで手の甲の傷痕を消した。

「それが私にも良く分からないのよ。元の世界からの召喚時に組み込まれたものらしいんだけどね。」

「今のところ害は無いわ。」

リリスの言葉にマキはう~んと唸って考え込み、再び顔を上げた。

「でもそれのせいで紗季さんの時間軸が2年進んでしまったんですよね。それでこんなにスタイルが良くなった紗季さんを見せつけられるなんて、どう考えても理不尽だわ。」

あれっ?
話の観点がずれているわよ。

「マキちゃん。話が脱線しているわよ。」

「だって・・・元々着せ替え人形みたいな可愛い容姿だったのに、急に大人の女性のスタイルと美貌になっちゃうんだもの。」

「やっぱり紗季さんってズルい・・・」

いやいや。
そう言う話じゃないから。
マキちゃんってこう言うところがあるのよね。

ジトッとした目でリリスを見つめるマキを宥めて、リリスはマキに問い尋ねた。

「それで今日、私を呼び出した用件は何だったの?」

リリスの言葉にマキはハッとして表情を変えた。

「そうそう。そうだったわ。魔法学院の仮装ダンスパーティーに私も出たいと思って・・・・・」

「ええっ? だってマキちゃん、仕事があるんじゃないの?」

「ああ、それは良いんです。何とでも都合が付きますから。」

平然と笑顔で話すマキにリリスは唖然とした。

「だってコスプレイベントじゃないですか。それって私の大好物ですよ。」

ああ、そうだったわねえ。
マキちゃんにはそう言う趣味もあったわね。

マキの鼻息が荒い。
その本気度が窺える。

マキの申し出を了承しながらもリリスの心の中には、今年の仮装ダンスパーティーを平穏に開催出来るのだろうかと言う疑問が大きく渦巻いていたのだった。




















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