落ちこぼれ子女の奮闘記

木島廉

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復活したダンジョン3

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ギースのダンジョンの第3階層の最奥部。

リリスを前にして、アルバは語り始めた。

「儂は聖女マルタの魔力の波動を精査した事がある。まだ彼女が幼女だった頃だ。その際に感じ取ったのは、お前達の居た元の世界が、魔力の存在をある時点から否定した世界であると言う事だ。」

「それって、元々は魔法を使える世界だったと言う事ですか?」

リリスの問い掛けにアルバは無言で頷いた。

「長い年月の間に多くの文明が興り滅びていく。そのどこかの時点で魔力や魔素の存在を否定して、世界を再構築したと思われる。」

「そんな事を誰が?」

アルバはリリスの問い掛けに答えず、うんうんと唸りながらあごを撫でた。

「生物において、魔力や魔素を否定した世界としてのパラメータを維持する最適の方法は遺伝子情報だ。だが万民が同じレベルでそれを持っているのではない。核となる情報を持つ限られた者が居たとしよう。そのうちの一人がお前だったとすれば、お前が居なくなってしまう事で予測不能な事態を招く事も考えられる。」

「つまり・・・・・お前の召喚を妨げたかったのだよ。」

「だから、誰が?」

「お前の居た元の世界の管理者だよ。」

そう言ってアルバはフッと薄ら笑いを見せた。

「それだけお前が重要な存在だったと言うわけだ。」

「私が?」

リリスは急に元の世界での自分の記憶を蘇らせた。

「私なんて取るに足りない存在でしたよ。親兄弟とも縁が薄かったし、引き籠りに近い生活だったのに・・・」

リリスの言葉にアルバは理解を示すような表情を見せた。

「それはお前の生活環境の問題であって、遺伝子情報の根幹部分とは関係が無いのだ。お前の姿形や知力や体力や性格などを構築する遺伝的要素とは別の部分で、お前の居た世界の根本的な設定情報が格納されていたのだと思えば良い。」

「勿論それはお前だけではない。だがそれほどに根幹的な情報を維持する者となると、本当に限られた人数しかいなかった筈だ。」

う~ん。
そんな事を言われてもねえ。
私は私、元の世界では冴えないアラサーのOLだったわよ。

リリスはアルバの言葉を理解出来ず、しばらく黙り込んでしまった。

そのリリスの反応を見ながら、アルバは再び口を開いた。

「ところでリリス。お前の元の身体は召喚時の事故で回復不能なまでに損傷したと言ったな。」

「はい。ロスティア様からそう聞きました。」

「ロスティア? それは何者だ?」

アルバの言葉にリリスは簡略に、光の亜神の一部だと説明した。
リリス自身も光の亜神が本当に実在しているのか否かも分からないのだが・・・。

アルバはその説明に首を傾げていたが、その疑問をスルーしてリリスに再度問い掛けた。

「とりあえずそのロスティアと言う者に関しては、今は詳しく聞かないでおこう。それでリリス、お前の今の身体についての事なのだが、元の身体の痕跡が僅かに残っているのは何故だ?」

ええっ?
そんなものが残っているの?

リリスは自分の身体を撫でながら、

「そんな事ってあるんですか? そんな事って有り得るんですか?」

そう聞いてアルバの返答を待った。

「うむ。普通なら気が付かないのだが、痕跡と言うよりは異物感とも言うべきレベルだからな。」

アルバはそう言うとリリスの身体を精査するように見つめた。

「今のお前の身体を構成する魔素や魔力と反応しない部位が、僅かに残されているのを感じるのだ。それが儂にも不思議でならないのだが・・・」

「それって何処ですか?」

「うむ。お前の足首だ。まるで足を掴んで召喚させまいと足掻いた様な痕跡にも思える。」

アルバの視線がリリスの足首に注がれた。
如何にも不思議そうな表情である。
だがそんな事を言われても、リリスにはどのように理解して良いものか分からない。 

「リリス。儂の感覚が正しいのか否か、少し確かめさせてもらうぞ。」

そのリリスの表情を見ながら、アルバは魔力の触手を伸ばし、リリスの足首にそれを撃ち込んだ。
直に手で触れていないとは言え、これはセクハラだとリリスは思ったのだが、アルバの魔力には悪意や邪念は全く感じられなかった。
それは言わば純粋な探求心の塊のような魔力の波動である。

「ふむ。これだな。」

そう呟いてアルバは魔力を流したまま、特殊な探知を掛けた。
それはリリスの足首を揺さぶるような波動である。

「うん? 反応しているぞ。この反応は何だ?」

アルバは少し動揺した様子で魔力の触手を消滅させた。
だがリリスの足首がじんじんと熱く疼き、次の瞬間に足首から小さな白い光球が飛び出て来た。
それはリリスの身体の周囲をゆっくりと周回し始め、徐々にその光を増してきた。

「うっ! これは・・・・・。」

アルバの言葉から深刻な響きが伝わってくる。

「リリス。すまん。儂は余計な事をしたかも知れぬ。」

ちょっと待ってよ!
そんな事を言わないでよ!

アルバの言葉に焦りを感じたリリスだが、そのリリスの気持ちなど無視するように、光球の放つ光が眩しいほどになって来た。
もはや眩しくて何も見えない。

目を開く事さえも出来ないまま、リリスは光が収まるのを待った。



しばらくして目を開けると、目の前にアルバの姿は無く、ただ真っ白な空間が見えるだけだった。

これってロスティアさん達が現われる時空の歪なのかしら?

そう思ったものの、誰かが現れる気配は無い。
ふと前方を見ると、そこにうっすらと扉が現われた。

扉を開けろって言う事なの?

その場にいてもらちが明かないので、リリスはその扉に近付き、思い切ってその扉を開けた。

その扉の向こうには・・・・・どこかで見たような街並みが広がっていた。
何処で見た街並みだろうか?
特定は出来ないが、何故か懐かしさを感じてしまう。

広い街路の両側に商店や住宅が並び、車や自転車が往来している。
それは紛れもなく元の世界の風景だ。

その街並みの何処かに自分の目的地があるような気がして、リリスは当てもなく街路を歩いた。
ふと、リリスの脳裏に過去の記憶が蘇る。

これって・・・これって私が良く見ていた夢の中の風景だ!

リリスは元の世界での生活を思い出した。
学生の頃から時折夢の中でこの街を彷徨い歩いていた。
この街の何処かに目的地がある筈なのだが、何時もそこに行き当たらないで夢から覚めてしまう。
そんな夢を月に2~3回は見ていたのだった。

何時も彷徨い歩きながら、最終的には目的地に辿り着けないのよね。

そう思いながらも、その目的地が何処であったかも分からない。
何処かに行こうとしているのは確かなのだが・・・。

人は大勢歩いている。
あちらこちらから話し声も聞こえてくる。
だが行き交う人の表情はぼんやりしていて良く見えない。

しばらく歩いていると、小さな喫茶店の扉が目の前で少し開き、白い腕がその扉から出て来て手招きをしている。
その腕の位置がリリスよりも低いので子供の腕のようだ。

引き寄せられるようにリリスはその喫茶店の扉を大きく開き、その店内に入った。

店内は少し薄暗い照明で、仄かに珈琲の香りが漂っている。
アンティーク調の家具や調度品の並び、何処か懐かしい雰囲気が満ちていた。
今直ぐ座ってくつろぎたい。
そんな気持ちにさせてくれる店だ。

その店内にマスターと思われる初老の男性がカウンターの内側に立ち、カウンターの前に赤いワンピースを着た少女が立っていた。
手招きをしていたのはその少女なのだろう。
見た目は小学校の高学年で黒髪のポニーテールが可愛い少女だ。

二人は笑顔でリリスを迎えてくれた。

「やあ、珍しいお客さんだね。遠くに行ってしまったから、もう二度とここには来ないと思っていたんだよ。」

マスターはそう言ってリリスをカウンターの席に案内し、リリスが座ると少女がその隣の席に座った。

「向こうの世界での生活はどうなの? お姉ちゃんの事だから、元気に暮らしているとは思うけど・・・」

少女はそう言いながらリリスの手を握り、如何にも心配そうな表情でリリスの目を見つめて来た。
面識は無いのだが、少女の手が柔らかくて暖かい。
この二人はリリスの事情を知っているようだ。

「ここは・・・ここは何処なの?」

「それにあなた達は・・・・」

リリスの疑問に二人はしばらくニヤニヤと笑っていた。
マスターは珈琲をカップに注ぎ、白磁のソーサーに乗せてリリスの前に静かに出した。

「ここは時空の歪だよ。しかも僕達の共有部分でもある。ここにアクセスする権限を持つ者はひと握りの数しかいない。君もそのうちの一人だったんだけどね。」

そう言ってマスターはミルクと砂糖を用意し、リリスに珈琲を飲む様に勧めた。
馥郁とした珈琲の香りに、リリスの気持ちが癒される。
そう言えばミラ王国に珈琲は無かった。
似たような飲み物はあるのだが、焙煎の技術が無かったように思われる。
それ故に暖かい飲み物と言えば、紅茶がメインだった。

一口珈琲を飲むと、懐かしい気持ちに満たされていく。
リリスはそれを堪能してくつろぎ、椅子の背にもたれてふと呟いた。

「私・・・夢の中でこの街に何度も来ていたのよね。」

リリスの言葉に隣の席の少女がうんうんと頷いた。

「ここに来るためには、お姉ちゃんが先祖から受け継いできた記憶の奥底から、無意識下でアクセスしなければならないからね。」

そう言いながら少女はふと困ったような表情を見せた。

「えっと・・・、勿論ご先祖と言っても、お姉ちゃんの今の身体のご先祖じゃないからね。」

何となく分かるようで分からない話だ。
そのリリスの表情を読み取って、マスターが言葉をつないだ。

「君が向こうの世界に行ってしまった時に、管理者が引き留めようとしたんだけど無駄だったと聞いているよ。それでも君の存在を忘れられないので、君の記憶領域の奥底にここに繋がるアクセスキーを埋め込ませたそうだ。」

「それは特殊な設定になっているので、余程の条件が整わないとここにアクセス出来ない仕組みだ。しかもアクセス回数もアクセス出来る時間もかなり制限があって、今の君では全く制御出来ないだろうね。」

う~ん。
良く分からないけど、これってアルバさんの話と繋がっているわね。
でも、もしかしてこれって私の幻想なのかしら?

困惑を隠せないリリスの表情を見て、マスターは口を開いた。

「ここは時空の歪なので現実ではない。だがその背景には揺るがない現実があるんだよ。そうでなければ君の異世界への転移そのものも、単なる妄想で終わってしまう。それを望む者も居るかも知れないがね。」

マスターの言葉が終わると、床がゆらゆらと揺れ、店内の様子が若干ぼやけて来た。

「この時空の歪を維持するのも、そろそろ限界だね。今度君と何時会えることになるか・・・」

マスターの悲しげな表情に釣られて、隣に座っていた少女も寂しそうな表情を見せた。

「君がここから戻ると、時空の歪の存在を嫌でも感じる出来事が起きるはずだ。だから・・・・・その為の対処をしておこう。」

そう言ってマスターは少女に目配せをした。
少女はうんと頷いて、リリスの手を再び握った。

「お姉ちゃん。これを手の甲に貼ってあげるね。お姉ちゃんが小さい頃に大好きだったものだよ。」

「これはお姉ちゃんの魔力で起動するからね。」

少女はそう言うと、リリスの手の甲に透明なシールを貼り付けた。
それをよく見るとアニメのキャラの転写シールだった。

まあ、懐かしいわね。

確かに幼い頃、テレビでよく見ていたアニメのキャラだ。
少女はそれをリリスの手の甲に貼り、上から擦って転写させた。
リリスはその手をまじまじと見つめ、

これって・・・・・少し恥ずかしいわね。

そう思いながらも、とりあえず少女に礼を言った。
少女はニコッと笑いながらリリスの手を強く握った。

「お姉ちゃん。また何時か会えると良いね。」

少女は寂し気に呟くと、スッと席を立ち、カウンターを擦り抜けるように移動してマスターの隣に立った。

既に言葉が聞こえない。
笑顔で手を振るマスターと少女の輪郭が徐々にぼやけてくる。
それに連れて店内の様子も次第にぼやけて来た。

程なく真っ白になってしまって、もはや何も見えない。


そのホワイトアウトが収まると・・・・・リリスは魔法学院の学舎の前に居た。

どうして私はこんなところに居るの?
ギースのダンジョンに居たはずなのに・・・・・。

戸惑うリリスを遠くから見つけた学生達が、我先に学舎から出て来て騒ぎ始めた。

「リリス先輩! どこに行っていたんですか? あれだけ探したのに!」

「本当にリリスなの?」

「魔物じゃないでしょうね!」

散々な言われ方である。

駆け寄って来たケイト先生が涙ぐみながら叫んだ。

「リリスさん! あなた、1年間もどこに言っていたの?」

1年間?
どう言う事なのよ?

訳が分からないままに、リリスの周囲に人が群がる。

そのタイミングで解析スキルが突然起動した。

『お久し振りです。1年振りに起動しましたね。』

ええっ?
どう言う事なの?

『1年間、何の反応も無かったのですよ。生死すら不明な状態でしたからね。』

う~ん。
これって時空の歪の影響なの?
マスターの言っていた事ってこの事なの?
1年間もこの世界から消えていたって事?

リリスは戸惑いながらも周囲に集まってくる学生達や先生に、どう説明して良いものかと思案していたのだった。


















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