落ちこぼれ子女の奮闘記

木島廉

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風の女神5

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風の神殿の霊廟。

そこで遭遇した突然の状況にリリスとマキは周囲を見回しながら警戒した。

紫色の空間に包み込まれ、当初見えていたグルブの姿も今は見えない。
紫色の霧の中に消えていったのだ。

その紫色の空間が次第に淡い色合いに変わっていく。それと同時に霊廟の様子がうっすらと見えるように成って来た。

リリス達の目の前にアリサの霊廟が見えている。
その霊廟の周囲に小さな光の球が幾つも現れた。
赤や青や黄や緑のカラフルな球体だ。

それらは霊廟の周りをぐるぐると回り出し、それに連れてその球体の数もどんどん増えて来た。

「あれって・・・精霊?」

マキがそう呟いた。
マキの目にも見えると言う事なのだろう。
リリスは無言でうんうんと頷いた。

その気配からして明らかに精霊だとリリスは気付いていた。
だがどうして精霊がこんなに大量に現われたのだろう。

リリスは警戒を解き、霊廟の周りを乱舞する精霊達を見つめていた。

精霊は次第に密集し、集合して人の形になっていく。

程なくリリス達の目の前に出現したのは、若い女性の姿だった。
その表情は神殿の女神像の表情と瓜二つだ。

「アリサさん・・・なのね?」

リリスの言葉に女性は嬉しそうな表情で頷いた。

「驚かせてごめんなさい。でも、こんなところで転移者と会うなんて思ってもみなかったので・・・」

こちらの出自もバレているようだ。
リリスは自分の名を名乗り、その女性の目の前に進み出た。

「あなたの事はウィンディから聞きました。あなたの召喚から神殿の神官になられた経緯までですけどね。」

アリサは嬉しそうに声をあげた。

「ウィンディ! 懐かしい名前ですね。もう数百年は会っていないかしら?」

アリサの言葉に反応したのはマキである。
マキは咄嗟にアリサに問い尋ねた。

「アリサさん。あなたは今現在は何者なの? もはや人族では無さそうだけど・・・」

マキの言葉にアリサはうふふと笑った。

「そうね。もはや人族ではありません。結論から言うと私は精霊界に居るのです。風の大精霊を構成する要素の一つと言えば良いのかしらね。」

「・・・そうするとアリサさんは精霊になったって事なの?」

リリスはそう尋ねながらも半信半疑だった。

人間が精霊になるなんて・・・。

だがよく考えるとフィリップ殿下の妹君のエミリア王女の件もある。精霊の加護を持ち、人並外れて精霊との親和性が高いエミリア王女は、精霊界に片足を突っ込んだような立場だと聞いていたからだ。

リリスの疑問にアリサはゆっくりと話を始めた。

「私が持っていたスキル『風神の止まり木』が原因なのよ。このスキルは風の亜神だけでなく、風属性の精霊とも親和性が高いの。それでウィンディが私の元を去ってからは風属性の精霊が常に宿るように成ったわ。」

「それで私が50歳になった時に風の大精霊が宿るようになって、そのまま取り込まれていったのよ。」

「ええっ! 取り込まれちゃったの?」

マキの驚きの叫びにアリサは苦笑した。

「取り込まれたと言う表現は誤解を生むわね。招聘されたとでも言えば良いのかしら? 人族であることを捨てて、こちらに来て欲しいと願われたのよ。それが私にとっても幸せになる道だと説得もされたわ。」

「それでその願いに応じたのね。」

「そう。それが今となってはベストな選択だったと思えるわ。」

アリサの言葉に嘘は無さそうだ。
リリスは改めて問い尋ねた。

「アリサさんは今、幸せなのね?」

リリスの問い掛けにアリサは強く頷いた。

「ええ、その通りよ。今の私は風の大精霊の構成要素の一つとなっているの。それ故に私にも使命と責任が付与されている。」

「まあ、言葉では表現し難いんだけどね。精霊界は属性魔法の発動と安定化に多大な影響を及ぼしているのよ。精霊は存在する事だけで属性魔法に寄与していると言えば良いのかな。」

そう言いながらアリサはふと真顔になった。

「勿論、人族であった時も私は幸せだったのよ。」

「ウィンディの使い魔を宿らせたまま、冒険者達とダンジョンに潜った事もあったからね。」

「イシュタルトの民からはいつも好意的に接して貰えたし・・・・・」

そうなのね。
それなら良かったわ。

リリスはアリサの言葉に安堵した。
だがアリサにはまだ言い残している用件がありそうな気配がする。
リリスのその気持ちを察したように、アリサは少し申し訳なさそうな表情で口を開いた。

「初対面のあなた達にこんな事をお願いして申し訳ないのですが・・・・・」

「私の霊廟の中に秘匿されている宝玉を、神殿の女神像の手元に戻して欲しいのです。」

それってどう言う事なのかしら?

リリスの疑問を読み取ってアリサは話を続けた。

「その宝玉は私が魔人と魔人に操られたイナゴの大群を駆逐した褒賞として、当時のイシュタルト二世が私に与えたものなの。風属性を纏った大きな宝玉なんだけど、その後の200年間に幾度かの災厄の際に多用され、宝玉としての力を失ってしまった。」

「それで力を失った宝玉を私の霊廟に安置すれば、元に戻るのではないかと考えたのでしょうね。一人の神官が私の霊廟に持ち込んだのよ。」

アリサの言葉を聞いてマキは疑問を感じた。
力を失った宝玉を元に戻しても意味が無いのではないかと。

リリスも同じ思いを感じて口を開いた。

「その宝玉を元の位置に戻して意味があるの?」

アリサは静かに頷いた。

「実は宝玉は力を失ったのではないの。悪意ある魔人達の画策で、その存在の位相をずらされているだけなのよ。」

「位相をずらすって・・・?」

リリスもマキもアリサの言っている意味が分からず、二人そろって首を傾げた。
その様子にアリサはうふふと笑いながら、

「そう。この世界での存在の位相をずらされているので、宝玉はあたかも存在しない物の様に見え、周辺には何の影響も与えない状態になってしまっているのよ。でもそれはそこに厳然と存在しているわ。」

そう言ってリリスを見つめるアリサに、リリスは再度疑問を投げ返した。

「そうだとしたら、やはり戻しても意味が無いのでは?」

「だから・・・・・・だからあなた達二人にお願いしているのですよ。」

アリサはそう言うと一呼吸置いた。

「私も含めて異世界からの転移者は、この世界とは存在の位相が若干ずれているの。それは異世界から突然召喚されてきたから無理もない事なんだけどね。そのずれている程度の差は人によって異なるわ。でもそのずれによってチートと呼べるようなスキルや能力が出現し、そのずれによって魔力の波動にも特異な変化が生じるのよ。」

「あなた達は自分の魔力の波動が特異だと言われた事は無い?」

アリサの言葉にリリスはうんうんと頷いた。
それは亜神達からも度々言われた事であったからだ。

「位相が若干ずれているあなた達の魔力を宝玉に流す事で、位相のずれた宝玉を元に戻せる筈なのよ。」

「それってアリサさんには出来ないの?」

マキの問い掛けにアリサは苦笑しながら頷いた。

「人族であった時なら出来たでしょうね。でも今の私はこの世界との位相のずれは完全に無くなっているのよ。」

まあ、そうでしょうね。
既に精霊界に存在しているのだから、この世界の存在として完全に位相が一致している筈よね。

「分かったわ。やってみるわね。」

リリスはそう言って快諾し、マキの同意を促した。マキもそれに応じて頷いた。

「ありがとう。それなら私の霊廟の前に飾られている小さな球体に手を触れて頂戴。」

そう言ってアリサが指さした場所には小さな石造りの球体が置かれていた。
とても宝玉には見えないのだが・・・・・。

「これって単なる石の球じゃないの?」

「だから位相がずれているって言ってるでしょ。二人で手を触れて魔力を流せば分かるわよ。」

アリサの言葉に疑問を感じつつも、リリスとマキは手を伸ばし、霊廟の前に置かれていた小さな球体に触れ、軽く魔力を流してみた。

その途端に石造りの球体がブンブンと震え出し、その表面に幾つものひびが入った。それと共に表面が粉々に砕け散っていく。
薄いブルーの光の球が中から現れると、それは振動しながら徐々に大きくなり、直径1mほどの大きな球体となった。
更にその球体から薄いブルーの光が四方八方に放たれ、風魔法の波動がリリス達にも伝わって来た。
だがそれほどに強烈な波動ではない。
むしろ春のそよ風のような、爽やかで心地良い波動だ。

「元の状態に戻ったようね。良かったわ。先ほど言ったように神殿の女神像にそれを持たせてね。」

アリサはそう言って微笑むと、リリス達に軽く頭を下げた。

「あなた達に会えて本当に良かったわ。神殿の女神像は元々、その手に宝玉を持つように造られているの。女神像が手に持った段階で、宝玉はその真価を発揮する仕様だからね。」

「私はこれで精霊界に戻ります。あなた達にまた会う機会があれば良いのだけど、これは確約出来ないのよね。」

そういってアリサは手を振りながら、霧のように消えていった。

周囲の空間も元に戻り、リリス達の目の前には神官のグルブが呆然として立っていた。

そのグルブが我に戻ってリリス達を見た途端に、あっと声を上げて驚いた。
無理もない。
リリスの両手の上に大きな宝玉があったからである。

「どうして・・・・・どうして、それを・・・」

言葉を飲み込むグルブにリリスはアリサの事を簡略に話した。
アリサが突然現われ、霊廟に隠されていた風魔法の宝玉を取り出すように指示したのだと言う事にしたのだが、グルブは疑いも無くその言葉を真実として受け止めた。
グルブの目の前に伝説の風魔法の宝玉があるのだから、あえて疑う余地も無い。

「ありがたい事だ。」

そう言ってグルブは宝玉に近付き、感極まって目頭を熱くした。


そのグルブに促され、リリスは神殿のホール中央の女神像まで宝玉を運び、脚立を使って女神像の手にその宝玉を置いた。
女神像は左手の手のひらが上に向いていて、宝玉を安置するのに丁度良い設計になっている。

女神像がその左手に宝玉を持つと、その表情が少し明るくなったように感じられる。
それは気のせいではなく、宝玉が清らかな光を放ち始めたからだ。

リリスがその場から少し離れると、グルブや他の神官が女神像を取り囲んで感謝の祈りを捧げ始めた。

その数分後。

神殿の床がゴゴゴゴゴッと振動し、宝玉が突然眩い光を放ち始めた。それに応じて神殿の床に放たれた光が生き物のように四方八方に走り、様々な文様を浮かび上がらせている。
壁に放たれた光は天井へと伸び上がりながら、壁全体がパネルのように光り始め、色とりどりの花や木々、昆虫や鳥までもが映し出されていく。
宝玉からは爽やかな風が周囲に流れて来た。

その様子に神官達も目を奪われ、立ち尽くすのみだ。
たまたま訪れていた参詣者達も突然の事に驚き、言葉も無く女神像を見つめていた。

宝玉から壁に放たれた光は伸び上がりながら天井に到達し、ドーム状の天井の周囲の光取り用の小窓から出て上空に向かった。

それと共に神殿の周囲からおおっ!と言う驚きの声が幾度も聞こえて来た。
それは一人二人の声ではない。
数百人単位の声が波のように繰り返し聞こえてくる。

「何事だ?」

驚くグルブの傍に、外に居た若い見習いの神官が駆け寄って来た。

「グルブ様! 神殿の上空に半透明の巨大な魔方陣が出現しました!」

「何! 魔方陣だと?」

驚くグルブはリリスとマキも促し、急いで神殿の外に出た。

神殿前の広場には数百人もの人々が上空に目を向け、それぞれに歓声を上げながら叫んでいる。

そこでリリスが見たのは異様な光景だった。

確かに神殿の上空に、まるで帽子をかぶった様に半透明の巨大な魔方陣が現われていた。それは緩やかに明滅を繰り返し、周辺に柔らかな風魔法の波動を放ち続けている。

その波動は柔らかだが決して弱いものではない。
時折魔方陣から遠くの山並みに向けて、ランダムに強烈に放たれているのがリリスにも分かる。
どうやらイシュタルト公国全体に放たれているようだ。

「風の女神のご加護だ!」

人々が歓声を上げながらそう叫ぶ。神殿の周囲は異様な熱気に包まれた。
人々の歓声が次々に伝播し、都市全体に広がっていく。

グルブは涙を流しながらリリスとマキの手を握り、幾度も感謝の言葉を口にしたのだった。






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