179 / 327
風の女神3
しおりを挟む
刻々と近付くイナゴの群れ。
100万匹に及ぶ巨大なイナゴの群れの羽音が騒音となって遠くから聞こえて来た。
『あまり近づけない方が良いわね。アリサ、エアストームに目一杯のエアカッターを包み込んで、全方位に放ちなさい!』
『とりあえず100本程度放つのよ。』
ウィンディの指示を受けてアリサはエアカッターを内包したエアストームを前方の上空に撃ち出した。
だがその大きさと威力が半端じゃない。
直径が10mもあるエアストームが爆音を上げて放たれていく。
その勢いに放ったアリサも驚いてしまった。
『アリサ、驚いている場合じゃないわよ。あなたの風魔法は今レベル75まで上がっているんだからね。普通に放ってもとんでもない威力になっているわよ。』
そう言われてアリサも気が落ち着いた。
確かにエアストームの内部に詰め込んだエアカッターも、大量に魔力を纏って青白く輝いている。
『風の女神の恩寵の発動中は大気から魔力を充填出来るの。だから遠慮なく大量に放ちなさい。』
それならと言う事で、アリサは次々に巨大なエアストームを放ち始めた。
巨大なエアストームは大気を切り裂き、黒い雲のように見えるイナゴの群れに突入していく。
そのエアストームの内部では無数のエアカッターが激しく回転していて、それに巻き込まれたイナゴは微塵に切り刻まれていくのだ。
20本、30本、40本と撃ち込まれていくエアストーム。
その数が70本を超えた時点で、黒い雲のようになっていたイナゴの群れはかなり減っているのが分かった。
だがまだまだ敵の数は多い。
100本のエアストームが放たれるとウィンディは次の指示を出した。
『アリサ。次はエアストームを縦に立てて回転させるのよ。今のあなたのレベルなら風魔法の高位魔法のトルネードも発動できるはず。』
それってどうやって発動させるの?
『だから、エアストームを立てるイメージよ。竜巻を思い浮かべてやってみて!』
そう言われてもねえと思いながら、アリサは竜巻をイメージしてエアストームを放った。
放たれたエアストームが地面に落ちて消えていく。
だが数回繰り返しているうちに、アリサはコツを掴んだ。
結局は魔力をイメージで操作するって事なのよね。
最初から竜巻のイメージを思い浮かべて魔力を放ち、大気の渦を造ってエアストームで巻き込んでいく。その内部にはまた大量のエアカッターを忍ばせて、前方へと送り出していく。
エアカッターを大量に含んだ竜巻は高度500mほどまで伸び上がり、ゴウッと音を立てて勢いよく前方に走り出した。
これを更に100本近く放っていく。
流石に魔力が大量に費やされるのだが、不足になってしまう直前でその都度、魔力が周囲の大気から奔流となって流れ込んできた。
その魔力の流れに身体を激しく揺さぶられながら、アリサはトルネードを放ち続けた。
数十本の巨大な竜巻が轟音を立てながら大地を駆け抜けていく。その有様はまるでこの世の終わりを見ているようだ。
100本近い竜巻が黒い雲のように見えていたイナゴの群れに襲い掛かり、周囲に分散して逃れようとしていたイナゴをも逃さず巻き込んでいく様子がアリサにも見えた。
もはやイナゴに逃れるすべはない。
地に臥しても竜巻に巻き込まれて、内包するエアカッターに粉砕されてしまう。
だが竜巻であるが故に、地上に生えている木々や作物や建物までも粉砕してしまうのは止むを得まい。
その通り過ぎた跡は何も残されていない無残な状態だ。
『多少の犠牲は止むを得ないわよ。』
沈痛なアリサの気持ちを慰めるようにウィンディが念話を送って来た。
アリサの前方の視界が晴れて来た。
もはやイナゴは全滅したのだろうと思って油断していたアリサに、ウィンディが釘を刺してきた。
『まだ終わっていないわよ、アリサ。今のは第1陣だからね。直ぐに第2陣が来るわよ。』
ええっ!
あれで全てじゃないの?
『あれでもせいぜい20万匹程度だと思うわよ。』
ちょっと待ってよ。
それじゃあ、最低でもあと4回は繰り返さなけれなならないって言うの?
『そう言う事よ。ほらっ! 第2陣が来たわよ!』
ウィンディの念話に驚いて前方を見ると、雲の向こうの方から黒い塊りが徐々に近づいて来ているのが確認出来た。
また繰り返すの?
うんざりするわねえ。
そう思いながらもアリサは急いで魔力を充填させ、気を引き締めて迎撃態勢を整えた。
結局4回繰り返して、全てのイナゴは駆逐された。
アリサはその疲労のあまりその場に座り込んでしまった。
全身から汗が噴き出している。
その汗を拭き、傍らに置いていたポーション類をがぶ飲みしてアリサはふうっと深くため息をついた。
今まで体験した事も無い激しい魔力の出入りに、身体が耐えてくれたのが不思議なほどだ。
アリサはよろよろと立ち上がってテラスの外を見た。
アリサの目の前には、無数のトルネードに破壊され、無残に荒れ果てた荒野が広がっている。
その地面に微塵となったイナゴの身体が粉体となって積もっていた。
あれって肥料になるのかしら?
『そうね。魔素を大量に含んでいるから、良い肥料になるんじゃないの。』
『でもそんな悠長な事を言っている場合じゃないわよ。イナゴを巨大化させて操っていた魔人がまだ残っているからね。』
そうだ!
魔人が残っていたんだ。
アリサがそう思って遠くの空に目をやったその時、ウィンディが念話でアリサに警告を発した。
『アリサ! 空間魔法で亜空間シールドを張りなさい! 前方の広範囲に張るのよ!』
言われるままにアリサは亜空間シールドを神殿の前方に張り巡らせた。
その途端にドンッと言う衝撃音が激しい爆炎と共にシールドにぶつかり、その衝撃がビリビリとシールドを揺らしている。
前方に黒い人影が現われたかと思うと、それは矢継ぎ早にファイヤーボールを撃ち込んできた。
魔人だ!
シールドの前面に激しい爆炎が広がり、その衝撃音で大地がドドドドドッと震動している。
アリサは慌てて亜空間シールドを多重に張り巡らせた。
「お前は何者だ?」
「これほどまでの事が出来るなんて、お前は人族ではあるまい。」
魔人は赤く光る眼を異様に輝かせながら、アリサを睨んで問い掛けて来た。
「私は風の女神の使いです。」
魔人はアリサの返答に、
「いい加減な事を言うな!」
と叫んで、再びファイヤーボールや黒炎を放ってきた。
これってどうしたら良いの?
『慌てる事は無いわよ。あんなの、亜空間に閉じ込めて粉砕すれば良いのよ。』
亜空間に?
アリサはとりあえず言われるままに空間魔法を発動させ、魔人とその周囲の空間を亜空間に切り離した。
魔人は1辺が10mほどの亜空間に閉じ込められた。
「こんなものは直ぐに壊してやる!」
魔人はそう言うと、魔力で自分の周囲の空間を捻じ曲げ始めた。
魔人を閉じ込めた亜空間がその動きに応じて捻じ曲げられていく。
抜け出しちゃうわよ!
『そう簡単に抜け出せないわよ。それよりもあの亜空間の中に、エアストームと大量のエアカッターを発動させなさい。』
『あいつを微塵切りにするのよ!』
うん。
分かったわ!
アリサは即座に亜空間の中にエアストームと大量のエアカッターを出現させ、それらを激しく回転させた。
普通のエアカッターなら魔人の身体を切り裂く事も出来ないだろう。
だが風の女神の恩寵により極度にレベルアップされたアリサの放つエアカッターは、尋常ではないほどの威力を持っていた。
魔人が身体に纏っていたシールドをものともせず、あっという間に微塵切りにしていく。
魔人は悲鳴を上げるだけの時間の余裕も無かった。
1辺10mほどの亜空間の中は高速で回転するミキサーとなった。
ほんの数秒で魔人の身体は細かなかけらと化してしまった。
だがそれでも良く見るとそのかけらが動き、ところどころで塊りになろうとしている。
『しぶとい奴ね。まだ再生しようとしているなんて。』
ウィンディはアリサに次の指示を出した。
『アリサ。あの亜空間から魔力を吸い上げるのよ。二度と再生出来ないようにね。』
そう言われても、どうやって吸い上げるの?
『中空の麦わらをイメージするのよ。魔力でそれを造り上げてあの亜空間から吸い出すイメージね。』
『まあ、やってごらんなさい。今のアリサのレベルなら魔力操作なんて容易に出来るはずよ。』
アリサは少し戸惑ったが、言われるままに魔力操作を試してみた。
要するに魔力でストローを造るイメージよね。
吸い上げれば良いんでしょ。
アリサのイメージに反応して、魔力が触手のように伸び、魔人を閉じ込めている亜空間に接続した。
反射的に魔力を吸い上げたのだが、その途端にアリサは強烈な頭痛と吐き気に襲われた。
ううっ!
吐きそう・・・。
眩暈がして吸い上げ続けるのが困難だ。
魔人の魔力があまりにも邪悪で粗悪だからなのだろう。
『アリサ! 大丈夫?』
大丈夫じゃないわよ!
『吐き出しても良いけど、その辺りに撒き散らしちゃ駄目よ。周辺の魔物が凶悪化しちゃうからね。』
『別な亜空間を造り上げてその中に吐き出しなさい。』
アリサは頭痛と吐き気に耐えながら小さな亜空間を造り上げ、そこに魔力の触手を伸ばして連結すると、その中に魔人から吸い上げた魔力を一気に吐き出した。
1辺1mほどの亜空間は見る見るうちに真っ黒になっていく。
魔人の残骸から全ての魔力を吸い上げ、それを全て吐き出したアリサはその場にぺたんと座り込んでしまった。
身体にはまだ邪悪な魔力の感触が残っていて気持ちが悪い。
お酒を飲み過ぎて吐いた後ってこんな感じよね。
ハアハアと肩で息をしながらアリサは立ち上がり、上空に浮かぶ真っ黒な亜空間を見つめた。
これってどうするの?
『海にでも沈めれば良いわよ。ここから海までどれくらいあるの?』
う~ん。
確か北の山脈を越えれば隣国は海に面しているから・・・100kmほどかしら?
『そう。それならエアストームで飛ばせば海に放出出来そうね。全力で放てば今のアリサのレベルなら出来るわよ、多分。』
多分って・・・。
届かなかったらどうするのよ!
そう思いながらもアリサは残っている魔力を大きく投入し、エアストームで真っ黒な亜空間を包み込み、一気に斜め上空へと放った。
エアストームはミサイルのようにキーンと金切り音を立て、斜め上空に消えていった。
これで終わったのね。
やれやれと深く息を吐き、アリサは魔人を閉じ込めた亜空間を消滅させたのだった。
*****************************
「そんな事があったのね。」
リリスはウィンディの話を聞き、アリサの事が気になって仕方が無かった。
恐らくは日本からの転移者なのだろう。
転移した時代はリリスとはかなりの時間のずれがある。
だが500年前なら、シューサックと同じ時間軸の中に居たはずだ。
彼女はシューサックとは接点が無かったのだろうか?
色々と思いを巡らせながら、リリスはウィンディに尋ねてみた。
「それでアリサさんはその後どうしたの? それだけ活躍すれば、イシュタルト公国に呼び戻されたんじゃないの?」
「それがそうでもないのよ。」
ウィンディは一呼吸置いて話を続けた。
「そもそもアリサの活躍を直に見ていた人はほとんど居ないのよ。みんな地下深くに退避していたからね。」
「イナゴの群れが消滅した事実と強烈な風魔法の痕跡で、アリサの功績が認められたのは少し後の事なのよ。」
「それでもアリサを公国は呼び戻さなかった。それは一旦放逐してしまった手前、為政者のメンツもあるんだと思うわ。それにアリサに対する人々の認識は、風の神殿の管理者として既に定着していたからね。」
ウィンディの言葉にイライザもうんうんと頷いた。
「我が国の国史では、イシュタルト2世の時代に風の神殿が国の管理下に置かれたとあります。その時の神官がアリサと言う名前でしたね。」
なるほどね。
召喚時の事情はどうであれ、公国としてはアリサさんをそのまま野に放っておく事は出来ないわね。
アリサさんが公国に不満を持っているのも分かっている筈。
どこかで反旗を翻されたら国の存亡にも関わるわ。
結局は公国の管理下に置く事でアリサさんに地位を与え、事を穏便に済ませたって事なのね。
「アリサの事をもっと知りたければ、風の神殿を訪れなさい。リリスにとっても、思いがけないような経験が出来るわよ。」
ウィンディの言葉が妙に気になる。
それはさておき、リリスには別に気掛かりな事があった。
「ところで、ウィンディ。どうしてあんたがアリサさんの服を着ているの?」
リリスの突然の問い掛けにウィンディは、ウっと唸ってポリポリと頭を掻いた。
「まあ・・・アリサの事を忘れたくないのよね。この服を着ていればいつでも思い出せるから・・・」
ウィンディの意外な言葉にリリスは驚いた。
自由気ままで気紛れな奴だと思っていたが、情に厚い意外な一面も持っているようだ。
リリスの思いを察したのか、ウィンディはバツが悪そうな表情を見せた。
「それで・・・最初にウィンディが言っていた頼まれ事って何なの?」
リリスの問い掛けにウィンディはハッとして口を開いた。
「そうそう。それを忘れていたわ。リリスに用件があるのよ。」
「リリスに風属性を持たせて欲しいって頼まれてね。」
えっ!
それってどう言う事?
驚くリリスの耳元に近付き、ウィンディは誰にも聞こえない様に小声で囁いた。
「風属性を持てば、6属性が揃うんでしょ?」
「それは・・・・・」
リリスは返す言葉を失った。
「依頼者はあんたの背後に居る奴よ。」
そう言いながらウィンディはリリスの額に手を置き、ふっと魔力を送り込んだ。
その途端に何故かコピースキルが発動し、何かがリリスの脳内に流れ込んできた。
ウィンディはうふふと笑いながらその場を離れ、
「あとで確かめれば良いわよ。」
そう言ってふっと消えてしまった。
「ちょっと待ちなさいよ!」
ユリアが咄嗟に叫んだが既にウィンディの姿は無い。
「ねえ、リリス。あんたの背後に居る奴って誰なのよ。」
「さあ・・・」
リリスも大まかな見当はついているが、正確には分からない。
『さあ・・・』と答えるしかなかったのだ。
不審がるユリアの視線と訝し気なイライザの視線を浴びながら、リリスは呆然としてその場に立ち尽くしていたのだった。
100万匹に及ぶ巨大なイナゴの群れの羽音が騒音となって遠くから聞こえて来た。
『あまり近づけない方が良いわね。アリサ、エアストームに目一杯のエアカッターを包み込んで、全方位に放ちなさい!』
『とりあえず100本程度放つのよ。』
ウィンディの指示を受けてアリサはエアカッターを内包したエアストームを前方の上空に撃ち出した。
だがその大きさと威力が半端じゃない。
直径が10mもあるエアストームが爆音を上げて放たれていく。
その勢いに放ったアリサも驚いてしまった。
『アリサ、驚いている場合じゃないわよ。あなたの風魔法は今レベル75まで上がっているんだからね。普通に放ってもとんでもない威力になっているわよ。』
そう言われてアリサも気が落ち着いた。
確かにエアストームの内部に詰め込んだエアカッターも、大量に魔力を纏って青白く輝いている。
『風の女神の恩寵の発動中は大気から魔力を充填出来るの。だから遠慮なく大量に放ちなさい。』
それならと言う事で、アリサは次々に巨大なエアストームを放ち始めた。
巨大なエアストームは大気を切り裂き、黒い雲のように見えるイナゴの群れに突入していく。
そのエアストームの内部では無数のエアカッターが激しく回転していて、それに巻き込まれたイナゴは微塵に切り刻まれていくのだ。
20本、30本、40本と撃ち込まれていくエアストーム。
その数が70本を超えた時点で、黒い雲のようになっていたイナゴの群れはかなり減っているのが分かった。
だがまだまだ敵の数は多い。
100本のエアストームが放たれるとウィンディは次の指示を出した。
『アリサ。次はエアストームを縦に立てて回転させるのよ。今のあなたのレベルなら風魔法の高位魔法のトルネードも発動できるはず。』
それってどうやって発動させるの?
『だから、エアストームを立てるイメージよ。竜巻を思い浮かべてやってみて!』
そう言われてもねえと思いながら、アリサは竜巻をイメージしてエアストームを放った。
放たれたエアストームが地面に落ちて消えていく。
だが数回繰り返しているうちに、アリサはコツを掴んだ。
結局は魔力をイメージで操作するって事なのよね。
最初から竜巻のイメージを思い浮かべて魔力を放ち、大気の渦を造ってエアストームで巻き込んでいく。その内部にはまた大量のエアカッターを忍ばせて、前方へと送り出していく。
エアカッターを大量に含んだ竜巻は高度500mほどまで伸び上がり、ゴウッと音を立てて勢いよく前方に走り出した。
これを更に100本近く放っていく。
流石に魔力が大量に費やされるのだが、不足になってしまう直前でその都度、魔力が周囲の大気から奔流となって流れ込んできた。
その魔力の流れに身体を激しく揺さぶられながら、アリサはトルネードを放ち続けた。
数十本の巨大な竜巻が轟音を立てながら大地を駆け抜けていく。その有様はまるでこの世の終わりを見ているようだ。
100本近い竜巻が黒い雲のように見えていたイナゴの群れに襲い掛かり、周囲に分散して逃れようとしていたイナゴをも逃さず巻き込んでいく様子がアリサにも見えた。
もはやイナゴに逃れるすべはない。
地に臥しても竜巻に巻き込まれて、内包するエアカッターに粉砕されてしまう。
だが竜巻であるが故に、地上に生えている木々や作物や建物までも粉砕してしまうのは止むを得まい。
その通り過ぎた跡は何も残されていない無残な状態だ。
『多少の犠牲は止むを得ないわよ。』
沈痛なアリサの気持ちを慰めるようにウィンディが念話を送って来た。
アリサの前方の視界が晴れて来た。
もはやイナゴは全滅したのだろうと思って油断していたアリサに、ウィンディが釘を刺してきた。
『まだ終わっていないわよ、アリサ。今のは第1陣だからね。直ぐに第2陣が来るわよ。』
ええっ!
あれで全てじゃないの?
『あれでもせいぜい20万匹程度だと思うわよ。』
ちょっと待ってよ。
それじゃあ、最低でもあと4回は繰り返さなけれなならないって言うの?
『そう言う事よ。ほらっ! 第2陣が来たわよ!』
ウィンディの念話に驚いて前方を見ると、雲の向こうの方から黒い塊りが徐々に近づいて来ているのが確認出来た。
また繰り返すの?
うんざりするわねえ。
そう思いながらもアリサは急いで魔力を充填させ、気を引き締めて迎撃態勢を整えた。
結局4回繰り返して、全てのイナゴは駆逐された。
アリサはその疲労のあまりその場に座り込んでしまった。
全身から汗が噴き出している。
その汗を拭き、傍らに置いていたポーション類をがぶ飲みしてアリサはふうっと深くため息をついた。
今まで体験した事も無い激しい魔力の出入りに、身体が耐えてくれたのが不思議なほどだ。
アリサはよろよろと立ち上がってテラスの外を見た。
アリサの目の前には、無数のトルネードに破壊され、無残に荒れ果てた荒野が広がっている。
その地面に微塵となったイナゴの身体が粉体となって積もっていた。
あれって肥料になるのかしら?
『そうね。魔素を大量に含んでいるから、良い肥料になるんじゃないの。』
『でもそんな悠長な事を言っている場合じゃないわよ。イナゴを巨大化させて操っていた魔人がまだ残っているからね。』
そうだ!
魔人が残っていたんだ。
アリサがそう思って遠くの空に目をやったその時、ウィンディが念話でアリサに警告を発した。
『アリサ! 空間魔法で亜空間シールドを張りなさい! 前方の広範囲に張るのよ!』
言われるままにアリサは亜空間シールドを神殿の前方に張り巡らせた。
その途端にドンッと言う衝撃音が激しい爆炎と共にシールドにぶつかり、その衝撃がビリビリとシールドを揺らしている。
前方に黒い人影が現われたかと思うと、それは矢継ぎ早にファイヤーボールを撃ち込んできた。
魔人だ!
シールドの前面に激しい爆炎が広がり、その衝撃音で大地がドドドドドッと震動している。
アリサは慌てて亜空間シールドを多重に張り巡らせた。
「お前は何者だ?」
「これほどまでの事が出来るなんて、お前は人族ではあるまい。」
魔人は赤く光る眼を異様に輝かせながら、アリサを睨んで問い掛けて来た。
「私は風の女神の使いです。」
魔人はアリサの返答に、
「いい加減な事を言うな!」
と叫んで、再びファイヤーボールや黒炎を放ってきた。
これってどうしたら良いの?
『慌てる事は無いわよ。あんなの、亜空間に閉じ込めて粉砕すれば良いのよ。』
亜空間に?
アリサはとりあえず言われるままに空間魔法を発動させ、魔人とその周囲の空間を亜空間に切り離した。
魔人は1辺が10mほどの亜空間に閉じ込められた。
「こんなものは直ぐに壊してやる!」
魔人はそう言うと、魔力で自分の周囲の空間を捻じ曲げ始めた。
魔人を閉じ込めた亜空間がその動きに応じて捻じ曲げられていく。
抜け出しちゃうわよ!
『そう簡単に抜け出せないわよ。それよりもあの亜空間の中に、エアストームと大量のエアカッターを発動させなさい。』
『あいつを微塵切りにするのよ!』
うん。
分かったわ!
アリサは即座に亜空間の中にエアストームと大量のエアカッターを出現させ、それらを激しく回転させた。
普通のエアカッターなら魔人の身体を切り裂く事も出来ないだろう。
だが風の女神の恩寵により極度にレベルアップされたアリサの放つエアカッターは、尋常ではないほどの威力を持っていた。
魔人が身体に纏っていたシールドをものともせず、あっという間に微塵切りにしていく。
魔人は悲鳴を上げるだけの時間の余裕も無かった。
1辺10mほどの亜空間の中は高速で回転するミキサーとなった。
ほんの数秒で魔人の身体は細かなかけらと化してしまった。
だがそれでも良く見るとそのかけらが動き、ところどころで塊りになろうとしている。
『しぶとい奴ね。まだ再生しようとしているなんて。』
ウィンディはアリサに次の指示を出した。
『アリサ。あの亜空間から魔力を吸い上げるのよ。二度と再生出来ないようにね。』
そう言われても、どうやって吸い上げるの?
『中空の麦わらをイメージするのよ。魔力でそれを造り上げてあの亜空間から吸い出すイメージね。』
『まあ、やってごらんなさい。今のアリサのレベルなら魔力操作なんて容易に出来るはずよ。』
アリサは少し戸惑ったが、言われるままに魔力操作を試してみた。
要するに魔力でストローを造るイメージよね。
吸い上げれば良いんでしょ。
アリサのイメージに反応して、魔力が触手のように伸び、魔人を閉じ込めている亜空間に接続した。
反射的に魔力を吸い上げたのだが、その途端にアリサは強烈な頭痛と吐き気に襲われた。
ううっ!
吐きそう・・・。
眩暈がして吸い上げ続けるのが困難だ。
魔人の魔力があまりにも邪悪で粗悪だからなのだろう。
『アリサ! 大丈夫?』
大丈夫じゃないわよ!
『吐き出しても良いけど、その辺りに撒き散らしちゃ駄目よ。周辺の魔物が凶悪化しちゃうからね。』
『別な亜空間を造り上げてその中に吐き出しなさい。』
アリサは頭痛と吐き気に耐えながら小さな亜空間を造り上げ、そこに魔力の触手を伸ばして連結すると、その中に魔人から吸い上げた魔力を一気に吐き出した。
1辺1mほどの亜空間は見る見るうちに真っ黒になっていく。
魔人の残骸から全ての魔力を吸い上げ、それを全て吐き出したアリサはその場にぺたんと座り込んでしまった。
身体にはまだ邪悪な魔力の感触が残っていて気持ちが悪い。
お酒を飲み過ぎて吐いた後ってこんな感じよね。
ハアハアと肩で息をしながらアリサは立ち上がり、上空に浮かぶ真っ黒な亜空間を見つめた。
これってどうするの?
『海にでも沈めれば良いわよ。ここから海までどれくらいあるの?』
う~ん。
確か北の山脈を越えれば隣国は海に面しているから・・・100kmほどかしら?
『そう。それならエアストームで飛ばせば海に放出出来そうね。全力で放てば今のアリサのレベルなら出来るわよ、多分。』
多分って・・・。
届かなかったらどうするのよ!
そう思いながらもアリサは残っている魔力を大きく投入し、エアストームで真っ黒な亜空間を包み込み、一気に斜め上空へと放った。
エアストームはミサイルのようにキーンと金切り音を立て、斜め上空に消えていった。
これで終わったのね。
やれやれと深く息を吐き、アリサは魔人を閉じ込めた亜空間を消滅させたのだった。
*****************************
「そんな事があったのね。」
リリスはウィンディの話を聞き、アリサの事が気になって仕方が無かった。
恐らくは日本からの転移者なのだろう。
転移した時代はリリスとはかなりの時間のずれがある。
だが500年前なら、シューサックと同じ時間軸の中に居たはずだ。
彼女はシューサックとは接点が無かったのだろうか?
色々と思いを巡らせながら、リリスはウィンディに尋ねてみた。
「それでアリサさんはその後どうしたの? それだけ活躍すれば、イシュタルト公国に呼び戻されたんじゃないの?」
「それがそうでもないのよ。」
ウィンディは一呼吸置いて話を続けた。
「そもそもアリサの活躍を直に見ていた人はほとんど居ないのよ。みんな地下深くに退避していたからね。」
「イナゴの群れが消滅した事実と強烈な風魔法の痕跡で、アリサの功績が認められたのは少し後の事なのよ。」
「それでもアリサを公国は呼び戻さなかった。それは一旦放逐してしまった手前、為政者のメンツもあるんだと思うわ。それにアリサに対する人々の認識は、風の神殿の管理者として既に定着していたからね。」
ウィンディの言葉にイライザもうんうんと頷いた。
「我が国の国史では、イシュタルト2世の時代に風の神殿が国の管理下に置かれたとあります。その時の神官がアリサと言う名前でしたね。」
なるほどね。
召喚時の事情はどうであれ、公国としてはアリサさんをそのまま野に放っておく事は出来ないわね。
アリサさんが公国に不満を持っているのも分かっている筈。
どこかで反旗を翻されたら国の存亡にも関わるわ。
結局は公国の管理下に置く事でアリサさんに地位を与え、事を穏便に済ませたって事なのね。
「アリサの事をもっと知りたければ、風の神殿を訪れなさい。リリスにとっても、思いがけないような経験が出来るわよ。」
ウィンディの言葉が妙に気になる。
それはさておき、リリスには別に気掛かりな事があった。
「ところで、ウィンディ。どうしてあんたがアリサさんの服を着ているの?」
リリスの突然の問い掛けにウィンディは、ウっと唸ってポリポリと頭を掻いた。
「まあ・・・アリサの事を忘れたくないのよね。この服を着ていればいつでも思い出せるから・・・」
ウィンディの意外な言葉にリリスは驚いた。
自由気ままで気紛れな奴だと思っていたが、情に厚い意外な一面も持っているようだ。
リリスの思いを察したのか、ウィンディはバツが悪そうな表情を見せた。
「それで・・・最初にウィンディが言っていた頼まれ事って何なの?」
リリスの問い掛けにウィンディはハッとして口を開いた。
「そうそう。それを忘れていたわ。リリスに用件があるのよ。」
「リリスに風属性を持たせて欲しいって頼まれてね。」
えっ!
それってどう言う事?
驚くリリスの耳元に近付き、ウィンディは誰にも聞こえない様に小声で囁いた。
「風属性を持てば、6属性が揃うんでしょ?」
「それは・・・・・」
リリスは返す言葉を失った。
「依頼者はあんたの背後に居る奴よ。」
そう言いながらウィンディはリリスの額に手を置き、ふっと魔力を送り込んだ。
その途端に何故かコピースキルが発動し、何かがリリスの脳内に流れ込んできた。
ウィンディはうふふと笑いながらその場を離れ、
「あとで確かめれば良いわよ。」
そう言ってふっと消えてしまった。
「ちょっと待ちなさいよ!」
ユリアが咄嗟に叫んだが既にウィンディの姿は無い。
「ねえ、リリス。あんたの背後に居る奴って誰なのよ。」
「さあ・・・」
リリスも大まかな見当はついているが、正確には分からない。
『さあ・・・』と答えるしかなかったのだ。
不審がるユリアの視線と訝し気なイライザの視線を浴びながら、リリスは呆然としてその場に立ち尽くしていたのだった。
10
お気に入りに追加
144
あなたにおすすめの小説


悪役令嬢、資産運用で学園を掌握する 〜王太子?興味ない、私は経済で無双する〜
言諮 アイ
ファンタジー
異世界貴族社会の名門・ローデリア学園。そこに通う公爵令嬢リリアーナは、婚約者である王太子エドワルドから一方的に婚約破棄を宣言される。理由は「平民の聖女をいじめた悪役だから」?——はっ、笑わせないで。
しかし、リリアーナには王太子も知らない"切り札"があった。
それは、前世の知識を活かした「資産運用」。株式、事業投資、不動産売買……全てを駆使し、わずか数日で貴族社会の経済を掌握する。
「王太子?聖女?その程度の茶番に構っている暇はないわ。私は"資産"でこの学園を支配するのだから。」
破滅フラグ?なら経済で粉砕するだけ。
気づけば、学園も貴族もすべてが彼女の手中に——。
「お前は……一体何者だ?」と動揺する王太子に、リリアーナは微笑む。
「私はただの投資家よ。負けたくないなら……資本主義のルールを学びなさい。」
学園を舞台に繰り広げられる異世界経済バトルロマンス!
"悪役令嬢"、ここに爆誕!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!
ペトラ
恋愛
ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。
戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。
前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。
悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。
他サイトに連載中の話の改訂版になります。

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます
かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール
けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・
だから、この世界での普通の令嬢になります!
↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

生活魔法は万能です
浜柔
ファンタジー
生活魔法は万能だ。何でもできる。だけど何にもできない。
それは何も特別なものではないから。人が歩いたり走ったりしても誰も不思議に思わないだろう。そんな魔法。
――そしてそんな魔法が人より少し上手く使えるだけのぼくは今日、旅に出る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる