落ちこぼれ子女の奮闘記

木島廉

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姉妹校にて1

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イシュタルト公国。
ドルキア王国の北に位置するこの小国は、ドルキア王国とは限定的な同盟関係にある。
両家の王家は元々同祖からの出自であるが、長い期間に渡って両国は対立してきた。その関係が改善されてきたのはこの10年ほどの事である。
人や物資の交流もそれなりに盛んになりつつあるが、未だに両国民の間には若干の確執があるようで、完全に両国民がわだかまりなく交流しあえるのはまだ先の事だろう。
その小国に数年前、王家が貴族の子弟を教育するための学校を創った。イシュタルト魔法学院と言う校名であり、ミラ王国の魔法学院とは姉妹校の関係にある。姉妹校と言っても生徒同士の交流は無い。
だが両校の生徒会役員は非定期的に交流の場を持つ事になっている。
今回、数か月ぶりにその機会があり、ミラ王国の魔法学院からイシュタルト魔法学院に訪問する事になった。
訪問するメンバーの代表は生徒会副会長のリリスであり、その補佐としてエリスも同行している。更に魔法学院の教職者の代表としてジークも同行しているのだが、彼の役割はリリス達の身の安全を守る事が一番の目的だ。

だが、リリスにはジークの役割がそれだけだとは思えない。
ジークが大きな黒塗りのカバンを持ち込んでいるからだ。
リリスも今まで外交使節に随伴して度々目にしてきたが、それは明らかに公文書の類の搬送用のものと思われる。
何か裏で国からの密命を受けているのだろう。

そんなリリスの疑念を受けつつも、ジークはいつも通りのチャラい格好で転移の魔石を発動させ、リリスとエリスを伴ってイシュタルト魔法学院の学舎の傍に転移した。




リリスの目の前に石造りの立派な学舎がその姿を現わした。見るからに豪華な造りだ。大理石のようなマーブル模様の石で化粧された入り口や装飾を施した太い円柱が、その堂々とした存在感を強く示している。
5階建てだろうか。
それほどに高くはないが横に広く、また奥行きもありそうだ。

学舎の周囲は広々とした芝生の庭園が広がり、少し離れた場所に学生寮らしき建物も見える。
芝生の庭園を流れる風は爽やかで心地良い。日差しもそれほどに強くなく、温暖な気候を思わせる。

リリス達を待ち受けていたのは、イシュタルト魔法学院の生徒会の男女の役員と顧問らしき黒装束の男性である。
リリス達の学生服とよく似たデザインながら、色違いのような雰囲気の学生服を着た男女がニコッと笑って近づいて来た。

互いに挨拶を交わして名前を聞くと、男子生徒は生徒会会長のルイ、女子生徒は副会長のイライザと名乗った。
長身で細身のルイは剣術に秀でており、色白で少し目が吊り上がった気の強そうな表情のイライザは火魔法と風魔法をこなすそうだ。

だがリリスが当初から気になっているのが顧問の先生である黒装束の男性だ。

ゴーグと名乗るこの30代半ばの男性は魔導士のようだが、自己紹介をした途端にジークの傍ににじり寄り、ひそひそと小声で話を始めた。

「このゴーグ先生は僕の古くからの知り合いなんだよ。」

そう言ってリリスとエリスに語り掛けたジークの言葉が、何となく白々しく聞こえるのは何故だろうか?
どことなく胡散臭そうな雰囲気のゴーグに若干の不信感を感じていたリリスとエリスに、ルイは学舎内を案内すると言って誘導してくれた。

ルイとイライザの先導で学舎内に足を踏み入れる。その背後に少し離れてジークとゴーグが小声で話しながらついて来た。

あの二人にはノータッチで良いわよね。

そう思ったリリスはジークの存在を気にせず、ルイの案内に従って歩いた。
広い通路の両側に幾つもの部屋があって、その雰囲気も何となくミラ王国の魔法学院に似通っている。

「僕達の学院は君たちの学院の事を常に意識しているからね。」

ルイの言葉が含みを感じさせている。
どうやら姉妹校と言うよりはライバル視しているようだ。

「この奥の広い階段を降りると、もっと驚くわよ。」

ニヤッと笑って言い放ったイライザの言葉が意味深だ。
確かに通路の奥に幅の広い階段が見えている。

だがルイはその階段を降りず階上に向かい、2階から5階までを足早に案内した。
このイシュタルト魔法学院は4年制で各学年に1クラスがあり、1クラスは7人で構成されている。生徒は勿論貴族の子弟なのだが、小国なのでこの程度の規模なのだろう。
逆に考えるとその程度の生徒の割には学舎が立派だ。
それだけ国が力を注いでいると言う事なのだろう。

最後に生徒会の部屋を案内された時点で、その場にジーク達も乗り込んできた。

「どうやら案内は済んだようだね。それならここからが今回の訪問のメインテーマだ。」

ジークは何を意図しているのだろうか?
そのリリスの疑問を読み取って、ジークはニヤリと笑った。

「これからこの学舎の地下の訓練場に行くんだ。まあ、行けば分かるよ。」

ジークの言葉にゴーグも頷き、今度は二人でリリス達を誘導し始めた。

ジーク達を先頭に、4人の生徒が付き従う。

辿り着いた地下の訓練場は、これもまたミラ王国の魔法学院の地下訓練場にそっくりな造りだ。

「リリス先輩。もしかして対戦でもやらせるつもりですかね?」

不信感に満ちた表情で口を開くエリスに、リリスは返す言葉も無くう~んと唸って首を傾げた。

「リリス君。この訓練場は僕達の魔法学院の物とよく似ているだろう?」

「そうですね。似せて造ったんでしょうかねえ。」

何気無く答えたリリスにジークは追い打ちを掛ける。

「似ているのは造りだけじゃないんだよ。学生達が授業で使用する初心者用のダンジョンまであるんだよ。」

ジークの言葉にリリスとエリスはええっ!と答えて目を丸くした。

「驚くのも無理はない。数年前にこのイシュタルト公国の北の山岳地帯で小さなダンジョンが発見されたんだ。そのダンジョンはオルトのダンジョンと呼ばれているのだが、地下3階層までしかなくて、成長していないのもシトのダンジョンに似ている。出現する魔物はほとんどゴブリンで宝物なども出てこない。それでイシュタルト公国がこのダンジョンを閉鎖してイシュタルト魔法学院の授業用に使うようになったんだよ。」

ジークが話し終えるとその背後からゴーグが大きな魔石を持って現われた。

「この魔石はオルトのダンジョンの入り口に転移する為のものだ。」

野太い声のゴーグはそう言うとルイとイライザに向かって話し掛けた。

「君達はいつも通り、軽装備と自分の武器で参加してくれ。それでリリス君とエリス君にはこちらで軽装備を用意させてもらった。訓練場の隅にある更衣室に用意されている筈だ。二人共魔法攻撃がメインだと聞いているので、特に武器は要らないね?」

ゴーグが話し終わらないうちに、ルイとイライザはその場を離れ、階上へと戻っていった。
リリスはその様子を見ながら、手際の良さを感じつつ、ゴーグの問い掛けに応じて口を開いた。

「私達は特に武器は持ちません。」

「それなら魔法発動の為の補助具はどうかね?」

ゴーグの言葉にエリスが聞き返した。

「それって魔法の杖の事ですか? それなら必要ありません。呪文を詠唱するタイプの魔法は身に着けていませんので。」

「ふむ。無詠唱と言う事だな。まあ、昨今の流行りのスタイルではあるが、無詠唱では魔法の効果が限られているし、高位の魔法もその発動が困難だ。」

そう言ってゴーグはその怪しげな顔つきでニヤッと笑った。

「まあ、オルトのダンジョンでは高位の魔法など全く必要ないのだがね。ゴブリン相手にこれと言った対策も必要あるまい。だが・・・・・」

ゴーグは少し間を置いて再び口を開いた。

「リリス君の存在には期待しているよ。君は稀有なダンジョンメイトだと聞いているぞ。その君の登場でオルトのダンジョンに刺激を与えれば、面白い効果が現れるのではないかと類推しているのだよ。」

ちょっと待ってよ。
どうしてそんな話がイシュタルト公国にまで伝わっているのよ。

「ジーク先生。バラしましたね?」

リリスが軽く睨むとジークは目線を逸らせ、

「さあて、何の事だかねえ。」

そう答えてゴーグの方を見た。

「ゴーグは地獄耳だからミラ王国の事は大抵知っているよ。」

それってあんたが教えているんでしょうに・・・。
それにしてもそんな意図があったなんて、腹立たしいわね。

面白半分に連れてこられたようなものだ。
リリスは怒りを禁じ得ないまま、エリスと共に更衣室に向かった。

だがその途中でエリスがふと呟いた。

「リリス先輩。その事だけでここに来たとは思えないですよ。」

冷静な判断だ。
エリスもジークが国からの何らかの密命を帯びて来ていると察したのだろう。
リリスは少し頭を冷やしてエリスに無言で頷き、ダンジョンに向かう準備に取り掛かった。


用意されたレザーアーマーやブーツなどの軽装備に着替えて出てくると、ルイとイライザもその場に戻って来た。
ルイは魔剣を持ち、肩に小さな盾を装着している。イライザは手に短い杖を持っているが、大概は無詠唱で魔法を発動させると言う。
念のために持ち込んできたのだろう。
ゴブリン相手なら必要ないとも思えるのだが。

「ところでリリスさんとエリスさんはどんな魔法を使えるの?」

イライザの問い掛けにリリスは、

「私は火魔法のファイヤーボルトがメインで、土魔法も使えます。エリスは水魔法のウォーターカッターやブリザードも使えます。」

そう答えるとイライザはふうんと鼻で笑うような仕草をした。

「ファイヤーボルトってそんなに役に立つの? 火魔法ならファイヤーボールがメインじゃないのかい?」

ルイの言葉も何となく馬鹿にしているように思える。
彼らの周囲にはその程度の技量の者しかいないのだろう。



ジークの指示でゴーグが転移の魔石を発動させ、リリス達はオルトのダンジョンの入り口に転移した。

そこは洞窟の入り口でムッとした湿っぽい空気が鼻を刺激する。
だが目の前の扉を開き数段の階段を降りると、そこは広大な草原だった。
ところどころに藪や茂みや樹木が点在し、一見サバンナのようにも見える。
遠くから鳥の鳴くチチチチチと言う声が聞こえて来た。
天井に架空の空があり日差しもある。

どう見ても普通のダンジョンだ。

ジークが参加者全員に個別にシールドを丹念に張り、ルイとイライザが先導してダンジョンに踏み出した。

草原の中の小径を歩きながら、リリスは魔力の流れを探知してみた。ダンジョンではありながら魔力の流れが弱々しい。
これもこのダンジョンが成長を止めている証左なのか?

リリスは探知能力を上げるため、非表示で魔装を発動させた。
魔力の流れがやはり弱い。大地から湧き上がる魔力の流れもあまり感じられない。

だが、ふとリリスは何者かの気配を感じた。それは魔物のそれではない。
実に曖昧な気配だが、どこからか誰かに見つめられているような気配を感じる。
気のせいかとも思ったが、研ぎ澄まされた魔装の感覚で感じ始めた気配なので、無碍に否定は出来ない。

しばらく様子を見てみよう。

リリスはそう思って気持ちを切り替え、草原の周辺を探知した。

前方の藪に小さな魔物の気配が数体。これはゴブリンのものだろう。
ルイもイライザも気が付いていないようだが、リリスの横に居たエリスは感じ取っていた。

「リリス先輩。あの薮に何か居ますね。ゴブリンでしょうか?」

「うん。多分そうね。3体隠れているわね。武器は小さな剣だけど弓持ちが1体居るわ。まあ、ゴブリンの持つ弓だから脅威にはならないと思うけどね。」

「う~ん。そこまで探知出来るんですか?」

そう言って唸るエリスの目に映り込んできたのは、藪から飛び出してきた3体のゴブリンだった。リリスの指摘通り弓持ちが後方に居る。
ギギギッギと気味の悪い声を上げて、ヨタヨタと2体が剣を持ち近付いてくる。その背後から弓を持ったゴブリンが矢を放ってきたのだが、相当に技量が下手なのだろう。放たれた矢は全く見当違いの方向に飛んでいった。

「リリス先輩って・・・藪の向こうが見えていたんですか?」

エリスの疑問にリリスは無言でニヤッと笑った。

ゴブリンのその出現に対応してルイが剣を振りかぶった。魔力を注ぎ魔剣を振り抜きソニックを放つと、その白く光る衝撃波が前方の2体のゴブリンを切り裂いた。一方、イライザは短い詠唱の後にファイヤーボールを弓持ちのゴブリンに向けて放った。
直径が50cmほどの火球がゴウッと音を立てて滑空する。
その速度はそれほどに早くないが、相手の動きが緩慢なので狙いを外す事は無さそうだ。
ドンッと着弾したファイヤーボールの炎熱に包み込まれ、ゴブリンは悲鳴を上げながら消し炭になっていった。

「なかなかお見事ですね。」

リリスがわざとらしく褒めると、ルイは魔剣を鞘に戻しながら得意そうな表情を見せた。

「このダンジョンの魔物はこの程度のものだよ。僕やイライザには物足りないので、ダンジョンメイトだと言うリリスさんの同行に期待しているんだよね。」

何気に嫌な事を言う奴だ。だがそれでもリリスは愛想笑いでルイの言葉をスルーした。

とんでもない魔物が出てきたら、どうするのよ!

心の中ではそう叫んでいるリリスであった。



それでもこの草原は心地良い。
時折吹き抜ける風も爽やかで、小鳥達の鳴き声も耳障りが良い。ダンジョンでなければ格好のピクニックだ。

リリス達は2度ほど同じようなゴブリンの襲撃を払い除けながら、第1階層の奥に辿り着いた。苔むした階段が目の前にあるのだが、その周辺にお決まりの魔物は存在しなかった。

あっけなくリリス達は階段を降りた。

第2階層もやはり草原で、第1階層をコピーしたかのようなパターンのゴブリンの襲撃だった。
その襲撃を同じようにルイのソニックとイライザのファイヤーボールで払い除ける。
聞けば第3階層も同じパターンだと言う。

これって飽きちゃうわよね。

リリスがそう思ったのも無理もない。

だが第2階層の奥の階段を降りると、そこは草原ではなく砂漠であった。

「おおっ! 様子が変わったぞ!」

ルイが嬉々とした表情で叫んだ。

目の前に広大な砂漠が広がり、ところどころに岩山が見えている。大気も汗ばむような暑さで熱風が砂塵を巻き上げていた。
上空からの日差しも暑い。

「さあ、何が出てくるのか楽しみだね。」

後方からゴーグが話し掛けて来た。だがイライザは黙ったままだ。未知のダンジョンに潜ったような緊張に満ちた表情をしている。
一方ルイは魔剣に魔力を注ぎ込み、出現してくる魔物に期待している様子だ。

「この階層は君達にも出番が来るかもしれないね。」

そう言いながらルイは慎重に前に進み始めた。
その背後にイライザが回り込み、少し離れてリリス達も付き従ったのだった。






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