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魔剣の返却 新たな展開4
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リリス達の頭上に現れた巨大な球体。
光を放ちながらそれは緩やかに回転し、青白い光を放ち始めた。
それは徐々に形を変えていく。
何事だと叫ぶドラゴニュート達が警戒する中、その形状は徐々に人の形になり、ローブを纏った女性の姿になった。
あれっ?
水の女神・・・ユリアだ。
上空20mに現れたのは薄いブルーの衣装を纏った半透明の女神。
ユリアの仮の姿だった。
身長は10mほどもあるだろう。
その表情は柔和で慈しみ深い眼差しを地上に向けている。
「水の女神様だ!」
ドラゴニュート達がそう叫び、その前に首を垂れた。
だがどうしてユリアがここに来たのだろうか?
リリスは水の女神に向けて念話を飛ばしてみた。
ユリア? どうしてここに?
リリスの脳裏に即座に返答が伝わって来た。
『どうしてじゃないわよ。あんたの為に来てあげたんだからね。私の芝居に付き合いなさい!』
う~ん。
良く分からないわねえ。
まあ、一応話を合わせれば良いのね?
『そう言う事よ。』
水の女神はその場に居る全ての者を見回した上でリリスに顔を向けた。
「リリス。アクアスフレアの封印を全て外してくれたのですね。ご苦労様でした。私からも感謝しますよ。」
「いいえ、女神様。私は私のやれることをやっただけです。」
白々しく謙虚に答えたリリスである。
「リリス。アクアスフレアを私の目の前に突き出しなさい。」
リリスは言われるままに、自分の腕にしがみついているアクアスフレアを突き出した。
女神はその剣をじっと見つめてう~んと唸った。
「どうやら完全に一体化してしまいましたね。元々この魔剣は使い手との親和性が極めて高いのです。」
そう言いながら女神はウバイド国王の方に顔を向けた。
「ウバイド。久し振りですね。」
「ハッ。お久し振りにお目にかかります。」
話を振られたウバイド国王は恐縮してたどたどしく答えた。
その様子に女神はふふふと微笑んだ。
「このアクアスフレアは1000年ほど前、私があなたの先祖であるイメルダに授けたものです。」
女神は過去を思い出すように遠くを見つめた。
その表情には哀愁が漂っている。
「イメルダは知性に溢れ魔法の才能も豊かな優れた女性でした。凄惨な部族間抗争に終止符を打ち、国家を建てたいと願う彼女の高尚な思いに感銘を受け、私はこの魔剣を授けたのです。イメルダはこの魔剣を活用して見事に国を建てました。」
女神の言葉にドラゴニュート達は一様にうんうんと頷いた。
「その際にあまりに多くの竜族を倒してしまった結果、闇落ちした竜族の残留思念がアンデッド化した上で魔金属になってこびりつき、封印を掛けたような状態になってしまっていたのです。ですがそれはこの魔剣の元々の仕様なので仕方が無いのです。」
「それが今日、リリスによって全て取り去られ、アクアスフレアは元の状態に戻ったのです。それ自体は喜ばしい事なのですが、リリスとアクアスフレアが一体化してしまった事は放置しておけません。」
「ウバイド。あなたはリリスがアクアスフレアを使って見せたパワーをどう思いますか?」
話を振られて、ウバイド国王はウっと唸って言葉に詰まった。
少し間を置いて、ウバイド国王は口を開いた。
「凄まじい力であったと思います。」
「そうですね。覇竜の加護の影響もあって、リリスが引き出したアクアスフレアの力は限界点を越えてしまいました。この魔剣は元々竜族が使う為のものなのです。このような魔剣が人族の手にある事を、あなたはどう思いますか?」
優し気ながら言葉の圧が強い。その圧に押されるようにウバイド国王は小声で返答した。
「竜族全体にとっての恐るべき脅威であると思います。」
その言葉はその場に居る全てのドラゴニュート達の総意でもあった。
ウバイド国王の言葉にリリスはウっと唸って唾を飲み込んだ。
今の自分はそう言う目で彼等から見られているのだ。
その思いがリリスに言い知れぬ緊張感を沸き立たせる。
女神はその様子を見て真剣な表情を見せ、
「そうでしょうね。それ故に私はリリスがこの魔剣アクアスフレアを二度と使えぬように、封印を掛けようと思います。」
そう言いながらリリスの顔をじっと見つめた。
「リリス。あなたはアクアスフレアによって凄まじい力を得てしまいました。それはこの世界のパワーバランスを崩してしまうほどです。放置すればこの世界全体が混乱に巻き込まれてしまう。それ故にあなたからこの魔剣を取り上げます。異存はないですね?」
「ハイ、女神様の仰せの通りに。」
リリスはそう答えて首を垂れた。
女神はその手をリリスにかざし、その魔力をリリスの身体全体に流し込んだ。その魔力がリリスの手に絡みついているアクアスフレアの魔力の触手を断ち切り、リリスの手からアクアスフレアを取り上げた。
リリスの腕に軽い痛みが走る。
アクアスフレアはそのまま地面にドサッと投げ出された。
「処理は済みました。さあ、リリス。その場に投げ出されたアクアスフレアを持ってみなさい。」
リリスは女神に言われるままにしゃがみ込み、アクアスフレアを地面から拾い上げた。
その柄を握った途端にアクアスフレアはその青白い光を放つのを止め、何の特徴も無い単なるショートソードになってしまった。
試しに少し魔力を注いでも、アクアスフレアは何の反応も示さない。
「封印が効いているようですね。この封印は私が存在している限り有効です。つまり半永久的に封印が掛かっているのです。」
女神はゆっくりとウバイド国王に顔を向けた。
「ウバイド。あなたの目で確認しましたね。リリスはこれでもう二度とアクアスフレアを活用出来ません。安心なさい。」
女神の言葉にウバイドはホッとした表情を見せた。
「女神様、ありがとうございます。」
「ウバイド。アクアスフレアを手に取ってごらんなさい。」
女神の言葉に応じてウバイド国王は、リリスの手からアクアスフレアを受け取った。ウバイドが柄を握った途端に、アクアスフレアはその青白い光を放ち、元の美しい姿に戻った。
その美しさにウバイド国王もう~んと唸り声をあげた。
「ウバイド。この魔剣アクアスフレアは、イメルダの子孫であるあなたが持つべきものです。この魔剣を活用して国を良く治めなさい。ですがイメルダの存命の頃とは時代も環境も違います。強力な武器としてではなく強大な抑止力として用いなさい。分かりましたね。」
「ハハッ。女神さまの仰せの通りに。」
ウバイド国王は深々と頭を下げて、アクアスフレアを近くに居た従者に手渡した。
女神は優しく頷くと、リリスに向かって話し掛けた。
「リリス。ドラゴニュート達の警戒心は解消されましたが、まだ警戒心を持ってあなたを脅威だと捉えている者達が居ます。それでその代表者をここに呼びました。まもなくここに到着するでしょう。」
えっ?
誰が来るのよ?
『まあ、あんたの知っている者よ。これは念押しだからね。』
念押し?
意味が分からないわねえ。
リリスの思いをせせら笑う様に女神は微笑み、上空に目を向けた。
女神が見つめる上空の彼方から小さな光が二つ、キーンと言う金切り音を立てて高速でこちらに近付いて来た。
その光はリリス達の上空で急激に下降し、リリスとウバイド国王の目の前に降り立った。
光が静かに消えていくと、そこに立っていたのはリンと護衛のハドルだった。
あれっ?
リンちゃんじゃないの。
リリスの見つめる中、リンは女神の前に進み出た。
「水の女神様。お呼びに応じて参りました。」
リンの言葉遣いがわざとらしい。
リンも芝居がかっているように感じられる。
「リン。あなたは遠くからリリスの様子を見ていたのでしょう? あなたの傍にいた竜達も大騒ぎをしていたようですね。」
「ハイ。リリスお姉様の圧倒的なパワーに驚き、このままではお姉様が全ての竜族の敵になってしまいかねないと案じていました。」
そう言ってリンは不安そうな表情をリリスに向けた。
これって演技なの?
リリスの思いに対応してリンの念話が伝わってくる。
『そうですよ、リリスお姉様。これは演技。でもこうでもしないと本当に全竜族の敵になってしまいますよ。それを心配してユリアさんが手を打ってくれたんです。』
そうなのね。
『そうよ! 感謝しなさいよ! これもあんたの為なんだからね!』
リリスに強く言い放つような念話とは裏腹に、女神は優しい微笑みをリンに向けた。
「リン。あなたの不安はもっともです。それでリリスが二度とアクアスフレアを使えぬように封印を掛けました。」
「リリス。リンの前でもう一度、アクアスフレアを手に取ってみなさい。」
女神の言葉に応じて、リリスは国王の従者が手にしていたアクアスフレアを受け取り、その柄を握り締めた。
その途端にアクアスフレアは青白い光を失い、単なるショートソードになってしまった。
何故か若干寂しさを感じるリリスである。
そのリリスの様子を見てリンもハドルもほう!と声を上げた。
リリスは再びアクアスフレアを国王の従者に手渡した。アクアスフレアは青白い光を放ち始め、その美しい姿を再び現わした。
「リン。見ての通りです。これで安心しましたか?」
女神の言葉にリンは嬉しそうにハイと答え、リリスに駆け寄るとその手を強く握りしめた。
「ああ、良かった! これでリリスお姉様が全竜族の敵にならなくて済みました。」
リンの目頭にうっすらと涙が見える。
役者だわねえ。
感心するリリスにリンの念話が届いた。
『リンは何時でも涙を流せますよ。』
ううっ!
ある意味、恐ろしい子ね。
これならリト君も騙されちゃうわね。
『リト君は別です!』
あらあら。
リンちゃんに怒られちゃったわ。
『そろそろ終わるわよ。』
ユリアが一連の芝居の区切りをつけるようだ。
女神は周囲のドラゴニュート達を優しく見回した。
「アクアスフレアが元の状態に戻ったのはリリスのお陰です。その事実は変わりません。」
「ウバイド。リリスを良く接待してあげなさい。少女なので大人のような接待は出来ないでしょうが、それなりに慰労してあげなさい。」
女神の言葉にウバイド国王はハッと答えて頷いた。
女神はその様子を確認し、上空に静かにゆっくりと昇り始めた。
「これで私の用件は全て済みました。またどこかで会いましょう。」
そう言って上空に消えていく女神の姿を、ドラゴニュート達は何時までも見つめていた。
その後リンはウバイド国王に挨拶をして、ハドルと共に飛び立っていった。後に残されたのはリリスである。
使い魔の状態で憑依していたメリンダ王女も消えてしまい、一人では心許無いリリスであったが、ユリアスがメリンダ王女の計らいで要人として紹介されていたので、ドラゴニュート達から雑な扱いを受けるような事は無かった。
リリスはその日はオアシス都市の国賓専用のホテルに宿泊し、翌日は朝から市場に買い物に出掛ける事になった。
使い魔状態のユリアスと共に向かったのは大きな市場だった。様々な国からの交易品が集まり、市場はリリスの予想以上に活況である。
狭い通路に様々な店舗がひしめき合い、通路は入り組んでいて、どこまで続いているのかもわからない。狭い通路を挟む建物同士を天蓋が覆って暑い日差しを阻み、天蓋から様々なカラフルな幕が垂れ下がって視界を阻んでいる。
そこに入り乱れるように動き回っているのはドラゴニュートだけではない。隣国リゾルタの人族の商人や観光客も目に付く。
更に獣人も時折視界に入ってくる。市場は様々な種族のるつぼだ。
雑踏が土埃を舞い上がらせ、乾燥した風がそれを吹き流していく。石畳の上をドラゴニュートの子供達が嬌声を上げながら駆け回っている。
活気のある市場だ。
店頭に並んでいる物は果実や野菜、肉や魚から衣料品、雑貨、宝石類など、あらゆる物が目に入る。
ユリアスが付いていても、リリスは迷子になってしまうのがオチだ。
それを案じてウバイド国王は案内人を用意してくれた。
リラと言う名前の、長身で若いドラゴニュートの女性兵士だった。
カラフルなローブを纏い、薄化粧をしたリラは清楚な美人である。小さな宝石を散りばめた上品なイヤリングが彼女の耳で揺れていた。
成人したばかりだと言うのでリリスが年齢を聞いてみると、リラは照れながらまだ50歳だと答えてくれた。
ウっと唸るリリス。
「人族とは寿命が違うからのう。」
ガーゴイルが苦笑いをしながらリリスに語り掛けた。
「そうですよねえ。でもドラゴニュートの女性って意外におしゃれなんですね。」
ふとリリスが小声で呟いたのを、リラは聞き逃していなかった。
「リリス様。買い物を済ませた後で、もっと意外なところへ案内してあげますよ。」
そう言ってニヤッと笑うリラはリリスを幾つかの雑貨店や衣料品店に案内した。お土産のアクセサリーやスカーフなどを買った後に、リラが案内してくれたのは女性専用のエステの店だった。
入り口の奥は間接照明で少し薄暗く、妖しい雰囲気でもあるのだが・・・。
「こんなものまであるんですね。」
リリスの驚きにリラはふふふと笑った。
「ユリアス様、申し訳ありません。この店は女性専用ですので、店の表で待機していただけますか?」
そう言われてユリアスは戸惑ってしまった。
「そうか。それなら儂はこのままデルフィ殿の研究施設に行く事にするよ。」
「使い魔ではなく実体で会って話をしたいと言ってくださっているのでな。」
デルフィ様に気に居られたのかしら?
ユリアス様は元々コミュニケーション能力が高いからねえ。
「あの研究施設で位置座標を教えてもらえれば、使い魔の召喚を解除して、直接転移するつもりだよ。形式的ではあるが、一応入国許可もいただいているぞ。後で知ったのだが、デルフィ殿は王族なのだな。それ故にデルフィ殿の取次で入国許可も容易に取得出来るようだ。」
ガーゴイルは饒舌に話し続けた。
リラはその話を聞き、うんうんと頷いた。
「デルフィ様は王位継承権を放棄した王族なのです。元々私心の無い賢者様ですからね。」
「そうですよねえ。私もデルフィ様には色々とお世話になりましたから・・・」
そう答えたリリスにガーゴイルが心配そうに声を掛けた。
「リリス。一人で帰れるのか?」
孫の心配をする祖父のような口調である。
「大丈夫ですよ。帰還の為の魔石は手元にありますからね。今日の夜には魔法学院に戻る予定です。」
「ほう! もう一泊すれば良いのに。」
「いえいえ。私は授業がありますからね。」
リリスは特別休暇と言う事でドラゴニュートの国に来ているが、魔法学院では授業中なのである。
「そうか。それではここで一旦お別れだ。リリス、気を付けて帰るんじゃよ。」
「ユリアス様もお気を付けて。」
「うむ。またミラ王国で会おう。」
ガーゴイルはそう言うと、パタパタと小さな翼を羽ばたかせて上空に消えていった。
リリスはその後リラとエステを堪能し、ユリアスに話したようにその日のうちに転移の魔石で王都に戻ったのだった。
光を放ちながらそれは緩やかに回転し、青白い光を放ち始めた。
それは徐々に形を変えていく。
何事だと叫ぶドラゴニュート達が警戒する中、その形状は徐々に人の形になり、ローブを纏った女性の姿になった。
あれっ?
水の女神・・・ユリアだ。
上空20mに現れたのは薄いブルーの衣装を纏った半透明の女神。
ユリアの仮の姿だった。
身長は10mほどもあるだろう。
その表情は柔和で慈しみ深い眼差しを地上に向けている。
「水の女神様だ!」
ドラゴニュート達がそう叫び、その前に首を垂れた。
だがどうしてユリアがここに来たのだろうか?
リリスは水の女神に向けて念話を飛ばしてみた。
ユリア? どうしてここに?
リリスの脳裏に即座に返答が伝わって来た。
『どうしてじゃないわよ。あんたの為に来てあげたんだからね。私の芝居に付き合いなさい!』
う~ん。
良く分からないわねえ。
まあ、一応話を合わせれば良いのね?
『そう言う事よ。』
水の女神はその場に居る全ての者を見回した上でリリスに顔を向けた。
「リリス。アクアスフレアの封印を全て外してくれたのですね。ご苦労様でした。私からも感謝しますよ。」
「いいえ、女神様。私は私のやれることをやっただけです。」
白々しく謙虚に答えたリリスである。
「リリス。アクアスフレアを私の目の前に突き出しなさい。」
リリスは言われるままに、自分の腕にしがみついているアクアスフレアを突き出した。
女神はその剣をじっと見つめてう~んと唸った。
「どうやら完全に一体化してしまいましたね。元々この魔剣は使い手との親和性が極めて高いのです。」
そう言いながら女神はウバイド国王の方に顔を向けた。
「ウバイド。久し振りですね。」
「ハッ。お久し振りにお目にかかります。」
話を振られたウバイド国王は恐縮してたどたどしく答えた。
その様子に女神はふふふと微笑んだ。
「このアクアスフレアは1000年ほど前、私があなたの先祖であるイメルダに授けたものです。」
女神は過去を思い出すように遠くを見つめた。
その表情には哀愁が漂っている。
「イメルダは知性に溢れ魔法の才能も豊かな優れた女性でした。凄惨な部族間抗争に終止符を打ち、国家を建てたいと願う彼女の高尚な思いに感銘を受け、私はこの魔剣を授けたのです。イメルダはこの魔剣を活用して見事に国を建てました。」
女神の言葉にドラゴニュート達は一様にうんうんと頷いた。
「その際にあまりに多くの竜族を倒してしまった結果、闇落ちした竜族の残留思念がアンデッド化した上で魔金属になってこびりつき、封印を掛けたような状態になってしまっていたのです。ですがそれはこの魔剣の元々の仕様なので仕方が無いのです。」
「それが今日、リリスによって全て取り去られ、アクアスフレアは元の状態に戻ったのです。それ自体は喜ばしい事なのですが、リリスとアクアスフレアが一体化してしまった事は放置しておけません。」
「ウバイド。あなたはリリスがアクアスフレアを使って見せたパワーをどう思いますか?」
話を振られて、ウバイド国王はウっと唸って言葉に詰まった。
少し間を置いて、ウバイド国王は口を開いた。
「凄まじい力であったと思います。」
「そうですね。覇竜の加護の影響もあって、リリスが引き出したアクアスフレアの力は限界点を越えてしまいました。この魔剣は元々竜族が使う為のものなのです。このような魔剣が人族の手にある事を、あなたはどう思いますか?」
優し気ながら言葉の圧が強い。その圧に押されるようにウバイド国王は小声で返答した。
「竜族全体にとっての恐るべき脅威であると思います。」
その言葉はその場に居る全てのドラゴニュート達の総意でもあった。
ウバイド国王の言葉にリリスはウっと唸って唾を飲み込んだ。
今の自分はそう言う目で彼等から見られているのだ。
その思いがリリスに言い知れぬ緊張感を沸き立たせる。
女神はその様子を見て真剣な表情を見せ、
「そうでしょうね。それ故に私はリリスがこの魔剣アクアスフレアを二度と使えぬように、封印を掛けようと思います。」
そう言いながらリリスの顔をじっと見つめた。
「リリス。あなたはアクアスフレアによって凄まじい力を得てしまいました。それはこの世界のパワーバランスを崩してしまうほどです。放置すればこの世界全体が混乱に巻き込まれてしまう。それ故にあなたからこの魔剣を取り上げます。異存はないですね?」
「ハイ、女神様の仰せの通りに。」
リリスはそう答えて首を垂れた。
女神はその手をリリスにかざし、その魔力をリリスの身体全体に流し込んだ。その魔力がリリスの手に絡みついているアクアスフレアの魔力の触手を断ち切り、リリスの手からアクアスフレアを取り上げた。
リリスの腕に軽い痛みが走る。
アクアスフレアはそのまま地面にドサッと投げ出された。
「処理は済みました。さあ、リリス。その場に投げ出されたアクアスフレアを持ってみなさい。」
リリスは女神に言われるままにしゃがみ込み、アクアスフレアを地面から拾い上げた。
その柄を握った途端にアクアスフレアはその青白い光を放つのを止め、何の特徴も無い単なるショートソードになってしまった。
試しに少し魔力を注いでも、アクアスフレアは何の反応も示さない。
「封印が効いているようですね。この封印は私が存在している限り有効です。つまり半永久的に封印が掛かっているのです。」
女神はゆっくりとウバイド国王に顔を向けた。
「ウバイド。あなたの目で確認しましたね。リリスはこれでもう二度とアクアスフレアを活用出来ません。安心なさい。」
女神の言葉にウバイドはホッとした表情を見せた。
「女神様、ありがとうございます。」
「ウバイド。アクアスフレアを手に取ってごらんなさい。」
女神の言葉に応じてウバイド国王は、リリスの手からアクアスフレアを受け取った。ウバイドが柄を握った途端に、アクアスフレアはその青白い光を放ち、元の美しい姿に戻った。
その美しさにウバイド国王もう~んと唸り声をあげた。
「ウバイド。この魔剣アクアスフレアは、イメルダの子孫であるあなたが持つべきものです。この魔剣を活用して国を良く治めなさい。ですがイメルダの存命の頃とは時代も環境も違います。強力な武器としてではなく強大な抑止力として用いなさい。分かりましたね。」
「ハハッ。女神さまの仰せの通りに。」
ウバイド国王は深々と頭を下げて、アクアスフレアを近くに居た従者に手渡した。
女神は優しく頷くと、リリスに向かって話し掛けた。
「リリス。ドラゴニュート達の警戒心は解消されましたが、まだ警戒心を持ってあなたを脅威だと捉えている者達が居ます。それでその代表者をここに呼びました。まもなくここに到着するでしょう。」
えっ?
誰が来るのよ?
『まあ、あんたの知っている者よ。これは念押しだからね。』
念押し?
意味が分からないわねえ。
リリスの思いをせせら笑う様に女神は微笑み、上空に目を向けた。
女神が見つめる上空の彼方から小さな光が二つ、キーンと言う金切り音を立てて高速でこちらに近付いて来た。
その光はリリス達の上空で急激に下降し、リリスとウバイド国王の目の前に降り立った。
光が静かに消えていくと、そこに立っていたのはリンと護衛のハドルだった。
あれっ?
リンちゃんじゃないの。
リリスの見つめる中、リンは女神の前に進み出た。
「水の女神様。お呼びに応じて参りました。」
リンの言葉遣いがわざとらしい。
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「リン。あなたは遠くからリリスの様子を見ていたのでしょう? あなたの傍にいた竜達も大騒ぎをしていたようですね。」
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『そうですよ、リリスお姉様。これは演技。でもこうでもしないと本当に全竜族の敵になってしまいますよ。それを心配してユリアさんが手を打ってくれたんです。』
そうなのね。
『そうよ! 感謝しなさいよ! これもあんたの為なんだからね!』
リリスに強く言い放つような念話とは裏腹に、女神は優しい微笑みをリンに向けた。
「リン。あなたの不安はもっともです。それでリリスが二度とアクアスフレアを使えぬように封印を掛けました。」
「リリス。リンの前でもう一度、アクアスフレアを手に取ってみなさい。」
女神の言葉に応じて、リリスは国王の従者が手にしていたアクアスフレアを受け取り、その柄を握り締めた。
その途端にアクアスフレアは青白い光を失い、単なるショートソードになってしまった。
何故か若干寂しさを感じるリリスである。
そのリリスの様子を見てリンもハドルもほう!と声を上げた。
リリスは再びアクアスフレアを国王の従者に手渡した。アクアスフレアは青白い光を放ち始め、その美しい姿を再び現わした。
「リン。見ての通りです。これで安心しましたか?」
女神の言葉にリンは嬉しそうにハイと答え、リリスに駆け寄るとその手を強く握りしめた。
「ああ、良かった! これでリリスお姉様が全竜族の敵にならなくて済みました。」
リンの目頭にうっすらと涙が見える。
役者だわねえ。
感心するリリスにリンの念話が届いた。
『リンは何時でも涙を流せますよ。』
ううっ!
ある意味、恐ろしい子ね。
これならリト君も騙されちゃうわね。
『リト君は別です!』
あらあら。
リンちゃんに怒られちゃったわ。
『そろそろ終わるわよ。』
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「アクアスフレアが元の状態に戻ったのはリリスのお陰です。その事実は変わりません。」
「ウバイド。リリスを良く接待してあげなさい。少女なので大人のような接待は出来ないでしょうが、それなりに慰労してあげなさい。」
女神の言葉にウバイド国王はハッと答えて頷いた。
女神はその様子を確認し、上空に静かにゆっくりと昇り始めた。
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そう言って上空に消えていく女神の姿を、ドラゴニュート達は何時までも見つめていた。
その後リンはウバイド国王に挨拶をして、ハドルと共に飛び立っていった。後に残されたのはリリスである。
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リリスはその日はオアシス都市の国賓専用のホテルに宿泊し、翌日は朝から市場に買い物に出掛ける事になった。
使い魔状態のユリアスと共に向かったのは大きな市場だった。様々な国からの交易品が集まり、市場はリリスの予想以上に活況である。
狭い通路に様々な店舗がひしめき合い、通路は入り組んでいて、どこまで続いているのかもわからない。狭い通路を挟む建物同士を天蓋が覆って暑い日差しを阻み、天蓋から様々なカラフルな幕が垂れ下がって視界を阻んでいる。
そこに入り乱れるように動き回っているのはドラゴニュートだけではない。隣国リゾルタの人族の商人や観光客も目に付く。
更に獣人も時折視界に入ってくる。市場は様々な種族のるつぼだ。
雑踏が土埃を舞い上がらせ、乾燥した風がそれを吹き流していく。石畳の上をドラゴニュートの子供達が嬌声を上げながら駆け回っている。
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成人したばかりだと言うのでリリスが年齢を聞いてみると、リラは照れながらまだ50歳だと答えてくれた。
ウっと唸るリリス。
「人族とは寿命が違うからのう。」
ガーゴイルが苦笑いをしながらリリスに語り掛けた。
「そうですよねえ。でもドラゴニュートの女性って意外におしゃれなんですね。」
ふとリリスが小声で呟いたのを、リラは聞き逃していなかった。
「リリス様。買い物を済ませた後で、もっと意外なところへ案内してあげますよ。」
そう言ってニヤッと笑うリラはリリスを幾つかの雑貨店や衣料品店に案内した。お土産のアクセサリーやスカーフなどを買った後に、リラが案内してくれたのは女性専用のエステの店だった。
入り口の奥は間接照明で少し薄暗く、妖しい雰囲気でもあるのだが・・・。
「こんなものまであるんですね。」
リリスの驚きにリラはふふふと笑った。
「ユリアス様、申し訳ありません。この店は女性専用ですので、店の表で待機していただけますか?」
そう言われてユリアスは戸惑ってしまった。
「そうか。それなら儂はこのままデルフィ殿の研究施設に行く事にするよ。」
「使い魔ではなく実体で会って話をしたいと言ってくださっているのでな。」
デルフィ様に気に居られたのかしら?
ユリアス様は元々コミュニケーション能力が高いからねえ。
「あの研究施設で位置座標を教えてもらえれば、使い魔の召喚を解除して、直接転移するつもりだよ。形式的ではあるが、一応入国許可もいただいているぞ。後で知ったのだが、デルフィ殿は王族なのだな。それ故にデルフィ殿の取次で入国許可も容易に取得出来るようだ。」
ガーゴイルは饒舌に話し続けた。
リラはその話を聞き、うんうんと頷いた。
「デルフィ様は王位継承権を放棄した王族なのです。元々私心の無い賢者様ですからね。」
「そうですよねえ。私もデルフィ様には色々とお世話になりましたから・・・」
そう答えたリリスにガーゴイルが心配そうに声を掛けた。
「リリス。一人で帰れるのか?」
孫の心配をする祖父のような口調である。
「大丈夫ですよ。帰還の為の魔石は手元にありますからね。今日の夜には魔法学院に戻る予定です。」
「ほう! もう一泊すれば良いのに。」
「いえいえ。私は授業がありますからね。」
リリスは特別休暇と言う事でドラゴニュートの国に来ているが、魔法学院では授業中なのである。
「そうか。それではここで一旦お別れだ。リリス、気を付けて帰るんじゃよ。」
「ユリアス様もお気を付けて。」
「うむ。またミラ王国で会おう。」
ガーゴイルはそう言うと、パタパタと小さな翼を羽ばたかせて上空に消えていった。
リリスはその後リラとエステを堪能し、ユリアスに話したようにその日のうちに転移の魔石で王都に戻ったのだった。
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