落ちこぼれ子女の奮闘記

木島廉

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演武会3

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演武会で正気を失ったロナルド。

それを放置しておく訳にもいかず、リトラスと初老の男性が会場に向かった。

リトラスがロイドと話をしながら、亜空間収納から聖剣ホーリースタリオンを取り出すと、突然初老の男性の姿が薄れ消え去ってしまった。
リリスも首を傾げるばかりだ。

リトラスは聖剣に魔力を流すと、静かに会場の中央に進み出て、魔剣エクリプスを振り回しているロナルドの目の前に立った。両者の間合いが少しづつ詰められていく。

ロナルドは目が赤く光り、鬼のような形相に変化した。その不気味な気配を振りまきながら魔剣を振りかぶり、リトラスに向かって走り出した。
対するリトラスも聖剣を正面に向けて迎え撃とうとする。
その間合いが3mほどになった時、ロナルドは飛び上がりながら魔剣を振り下ろした。
リトラスはその魔剣の剣身に聖剣の剣身をぶつけるように水平に振り抜いた。

ガキンッと言う鈍い金属音と共に激しく火花が走り、魔剣から黒い霧のようなものが吹き出した。剣と剣のぶつかる衝撃でロナルドは数歩後退したが、それでも怯む気配は無い。
再び魔剣を振りかぶりながらリトラスに向かって走り出す。それを同じようにリトラスが迎え撃つ。
このやり取りを数回繰り返すと、次第に魔剣エクリプスから噴き出す黒い霧が薄れて来た。
それはまるで魔剣に宿った邪気が晴れていくようである。

幾度かの繰り返しの後、聖剣にぶつけられた魔剣はロナルドの手を離れ、会場の片隅に放たれてしまった。それと同時にロナルドの目の赤い光も消え、静かにロナルドの身体はその場に崩れ落ちた。

その傍にリトラスが立ち、聖剣ホーリースタリオンを高く突き上げた。その剣身からは青白い聖なる光が激しく放出され、その場を清めるように聖魔法の魔力も放たれた。

それはこの演武会を終えるに相応しい演武だと思わせるような演出である。
観客席は大いに盛り上がり拍手と歓声が会場内に充満した。

リトラスは聖剣をくるくると大きく回しながら鞘に納め、四方の観客席に礼をしてその場から離れた。

観客席からは惜しみない拍手が鳴り響く。

結果としては自然に演武会のフィナーレに持ち込む事が出来たようである。
最後に出て来たのが新入生ではあるが、上級貴族の子弟なので文句を言う者は誰も居ない。

司会のロイドもほっと胸を撫で下ろし、倒れているロナルドを担架に乗せて退場させるように指示を出した。
それを見定めたうえでロイドが演武会の終了を宣言し、演武会は無事に終わる事となった。

その様子を見ていたリリスはエリスと共に急遽、会場の外にある仮設の救護施設に向かった。

賑やかに談笑する観客席の来賓達の横をすり抜けて救護施設に入ると、その奥のベッドでロナルドがうなされていた。
その傍にはリトラスが付き添っている。
ロナルドの口から幾度も、『許してくれ~』と言う言葉が聞こえてくるのは何故だろうか?

「うなされていますね。どうしたんだろう?」

そう言いながらベッドの傍に駆け寄ったエリスに、リトラスは困惑したような表情で口を開いた。

「どうやら浮気がバレて付き合っていた女性に剣で襲われる夢を見ているようなんですが・・・・・」

「幾度もその女性の名前を叫んでいますし、もう二度としないとか言って・・・・・」

う~ん。
やっぱりクズだわ、この先輩。
魔剣の邪気に取り込まれるのも無理ないわね。

「しばらく放置していれば目が覚めるわよ。」

そう言ってリリスはリトラスやエリスと共にその場を離れた。
だが気になるのは突如姿を消したあの初老の男性だ。

「リト君。君と一緒に居た初老の男性はどうしたの?」

リリスの言葉にリトラスはニヤッと笑い、

「ああ、師匠の事ですね。それなら元の場所に戻りました。」

「元の場所に戻ったって?」

リリスはリトラスの言葉の意味が分からない。
リトラスはえへへと笑いながら、救護施設の隅に置かれていた魔剣エクリプスの傍にリリスを誘った。
エクリプスは聖剣とぶつけ合って少し刃こぼれしてしまったようだ。全体的に薄汚れていて魔剣としての存在感も薄れているように感じられる。

リトラスはその魔剣を手に取り、少し悲し気な表情を見せた。

「聖剣とぶつけ合って、かなりダメージを与えてしまったようです。それで師匠がこの魔剣の修復のために、リリス先輩と打ち合わせをしたいと言うんです。」

「場所は王都の神殿のゲストルームで、出来れば祭司のマキさんにも同席して欲しいと言うのですが、お願い出来ますか?」

「王都の神殿のゲストルームと、祭司のマキさんの都合は僕の実家の方で押さえておきますので・・・」

そこまでして何をしようと言うの?

リリスは訳も分からぬままに了承してその場を離れた。明日は演武会の関係もあって休日になっているので、明日なら王都に出向くのも構わない。
リリスは若干腑に落ちない気分のまま、エリスと共に演武会の後片付けに向かった。






翌日。

王都の神殿のゲストルームに向かったリリスは、そこで待ち受けていたマキとリトラス、そしてあの初老の男性と顔を合わせた。
リトラスの実家は上級貴族なのでマキとは幾度も会っているらしい。それにリトラスも聖魔法に長けているので、マキから受けた聖魔法の影響でリトラス自身の聖魔法の感性も高まってきたと言う。

リトラス達と挨拶を交わしソファに座ると、初老の男性が魔剣エクリプスを取り出してテーブルの上に置いた。

「早速なのだが、この魔剣の修復をお願いしたい。」

そう言いながら初老の男性はリトラスに、しばらく席を外すように伝えた。

リトラスは分かりましたと言いながら、ゲストルームを出ていく。
どうも様子が変だ。
何か違和感を拭いきれないリリスに向かい、初老の男性はニヤッと笑って口を開いた。

「リリス。久し振りだな。この姿では分からんだろうが、儂だ。ジークフリートだよ。」

ええっとリリスは口を開いたが言葉が出てこない。

剣聖なの?
でも姿形が違うわよ。

リリスの表情を読み取って、ジークフリートは話を続けた。

「儂も元々はリトラスの身に、生死に関わるような危険が及んだ際にのみ現われるはずだったのだ。だがここにおる祭司マキの聖魔法の魔力の波動をリトラスが受けているうちに、何故か姿形を変えて随時出現出来るようになったのだよ。」

「なんなら、若い女性の姿形を取る事も出来るぞ。」

いやいや、それは止めてください。
気味悪いから。

「なんじゃ、嫌だと言うのか。つまらん。」

あらあら、心の中を読まれちゃったわ。

リリスは話題を変えようとした。

「それで魔剣エクリプスの修復を私にしろって言うんですか?」

リリスの言葉にジークフリートは姿勢を正した。

「お前でなければ誰がやるんだ。聖剣ホーリースタリオンですらお前が錬成して修復したではないか。」

「まあ、そう言われればそうなんですけど・・・」

リリスの言葉にマキは大きく目を開いた。

「リリスちゃんってそんな事まで出来たの? そんなスキルを持っていたっけ?」

「うん。マキちゃんも私のステータスを見たわよね。気が付かなかった?」

リリスの言葉にマキはふうっとため息をついた。

「だって、あまりにたくさんのスキルがあったから、そこまで気を留めていなかったわ。」

マキはそう言いながらケラケラと笑った。その様子を見てジークフリートは訝し気な視線を二人に向けた。

「以前から感じていたのだが、お前達二人の魔力の波動や味わいは稀有の物だな。この世のものとは思えん。」

「お前達は何処から来た? ・・・・・異世界からか?」

ジークフリートの言葉に二人は黙り込んだ。少し間を置いて、

「まあ、そんなところですね。」

そう答えたリリスにジークフリートはニヤッと笑い、

「無理に答えたくなければそれでも良いが、実はもう一人、お前達と同じような魔力の波動と味わいを持っていた者を儂は記憶している。聖剣ホーリースタリオンを錬成した伝説の鍛冶職人シューサックだ。」

リリスはジークフリートの言葉にドキッとした。隠しても意味がないようだ。

「シューサックさんとは・・・・・同郷ですね。」

「やはりな。」

ジークフリートは納得したようにうんうんと頷いた。
ここまでの話を聞いてマキの心に疑問が生じてくる。

「リリスちゃん。シューサックさんってもしかして・・・日本人?」

小声で聞いてくるマキだが、ジークフリートには筒抜けだろう。
そう感じてリリスは隠す事なく話した。

「そうなのよ。シューサックさんがここに来たのは500年前だけどね。」

「それって時空のずれ?」

「そうなんでしょうね。本人は終戦の年に生まれたって聞いたわ。生産職を極めたそうよ。」

そこまで聞いてマキは目を輝かせた。

「それって本当にRPGみたいね。私もスキルがあれば生産職になりたかったわ。」

そう言えばマキちゃんって、オンラインゲームで生産職にもこだわっていたわよね。

リリスはマキと二人で楽しんでいたオンラインゲームを思い出していた。

「でもそのシューサックさんからスキルを受け継いだの?」

「そうなのよ。思いがけないところから接点を持ったのよね。」

リリスの言葉にマキは残念そうな表情を見せた。

「良いなあ。そんなスキルがあるんだったら、私もリリスちゃんのステータスからコピーしちゃえば良かったわ。」

「何を言ってるのよ。マキちゃん、要らないって言ってたじゃないの。」

「うん。あの時はね。でも気が変わって・・・」

何を気紛れな事を言っているんだろう。
気紛れは精霊や亜神だけにして欲しいわね。

そう思って呆れているリリスにジークフリートが話し掛けた。

「そろそろ本題に入って良いか?」

「あっ、失礼しました。良いですよ。」

リリスの返答を聞き、ジークフリートは姿勢を正した。

「リリスはこの魔剣をどう思う?」

どう思うかと聞かれても返答に困ってしまう。

「優秀な魔剣だと言う人と、邪剣だと言う人に分かれますね。私には良く分かりません。」

リリスの返答にジークフリートはうんうんと頷いた。

「そうだな。確かにこの魔剣の評価は二分されておる。だが儂は間違いなく優秀な魔剣だと認識している。適応する所持者の手にあればかなり強力な魔剣だ。」

「だが惜しむらくはこの魔剣を構成する受容体の構成なのだよ。」

「お前も知っての通り、魔剣は異なる魔金属を合金状態にしてその特性を引き出す。その際異なる魔金属間の親和性を高め、魔力の通りを良くするために魔力の受容体を用いる。その受容体と魔金属との錬成段階でこのエクリプスの錬成者はかなりの邪念を込めてしまったようだ。」

「勿論鍛冶職人と言っても聖人ではない。多少の邪念や欲心はあるかも知れぬ。だがこのエクリプスを錬成した鍛冶職人は極度の自己顕示欲があったようだ。自分の腕をもっと広く世間に評価して貰いたいと言う一念で、このエクリプスを錬成したのだろう。」

ジークフリートは淀みなく語り続けた。それは剣聖である故に、剣に対する思い入れが人知を超えるレベルであるからなのかも知れない。

「実に惜しい。惜しいのだ。儂としてはこの剣をこのまま見過ごせんのだよ。」

その言葉にジークフリートの思いが強く滲み出ている。

「それでどうすれば良いの?」

リリスの疑問にジークフリートはマキの方に目を向けた。

「先ずこの剣の受容体を浄化して欲しいのだ。それも単純な浄化ではなく、魂魄浄化に近いレベルで浄化して欲しい。」

マキは突然話を振られて驚いた。

「魂魄浄化は一人では無理ですよ。それにそれなりの施設でなければ完全には発動しません。」

「そこまでのレベルでなくても良いのだ。今のお前の持つスキルのレベルであれば、お前一人で発動させるだけでも、通常の浄化とは比べ物にならないほどの効果があるだろうからな。」

どうやらジークフリートはマキのスキルをそれなりに把握しているらしい。リトラスやリトラスの実家との関りから接点があったのだろう。

「マキが入念に浄化した後に、リリスが錬成し直してくれれば良い。どうだ? 頼めるか?」

「ええ、それならやってみます。マキちゃんもそれで良いわね?」

リリスから問い掛けられたマキは無言で頷いた。
マキはエクリプスの剣身に手をあてがい、聖魔法の魔力を集中させた。清らかな聖魔法の魔力がマキの身体から部屋中に放出されていく。それは部屋中に充満し、渦を巻くように四方八方からエクリプスの剣身に吸い込まれていった。マキが更に魔力を集中させると、エクリプスを置いたテーブルの下から青白い光が揺らめきながら沸き立ち、エクリプスを包み込んでいく。

「魂魄浄化!」

小声ながら力強くマキが叫ぶと、エクリプスが小刻みに震え、その剣身から黒い霧のようなものが細い糸のように噴き出し、そのまま部屋の天井に消えていった。
どうやら上手くいったようだ。
ジークフリートも満足そうに頷いている。

「リリス。錬成を始めてくれ。それと剣身の魔金属の内部にも、広範囲にわたって小さな傷が大量に生じている。魔力を充満したホーリースタリオンとぶつけ合った為に損傷したのだろう。それも修復してくれ。」

お願い事が多いわね。

そう思ったもののリリスは躊躇いなく錬成に取り掛かった。
魔金属錬成のスキルを発動させ、その魔力を両手に集中させてエクリプスの剣身に強く当てた。リリスの両手のひらから魔力がエクリプスに流れていく。リリスはエクリプスの本来の姿をイメージしながら、形状を変えることなくその内部を錬成し直していく。時間をかけじっくりと錬成していくので全体の修復には20分以上の時間が掛かった。だがそれでも魔金属の内部の小さな傷は全て消え去っているので、剣としての使用に問題は無いだろう。

ふうっと大きなため息をつき、リリスはその作業を終えた。額からは汗が滲み出ている。それはそれだけ集中していた証しだ。

「これで良いですか?」

リリスの問い掛けにジークフリートは身を乗り出し、エクリプスの全体をゆっくり撫でまわした。その表情には満足感が窺える。
うんうんと無言で頷きながら、ジークフリートはリリスとマキに笑顔を見せた。

「上出来だよ。これなら儂の息吹を吹き込むことも出来る。」

そう言うとジークフリートはその指先に小さな光の玉を出現させた。それをエクリプスに向けてふうっと吹き飛ばすと、光の玉はそのままエクリプスの中に吸い込まれていった。

「それって何をしたんですか?」

興味津々に尋ねるリリスにジークフリートは得意そうな表情を見せ、

「儂の息吹を吹き込んだのだ。これでこのエクリプスも儂の意識の管理下に入った。」

「ええっ! 聖剣にしちゃったんですか?」

ジークフリートはリリスの言葉に首を横に振った。

「違う。この剣は元々風属性なので聖剣には不向きだ。儂の息吹を吹き込むことで、所持者の邪念を蓄積しないように仕向けただけだ」

「ああ、そうなんですね。でもそれって大切な事だと思います。絶対に必要です。」

リリスがくどいほどに念を押したのは、エクリプスの所有者であるロナルドの性癖を知っての事である。

「エクリプスの所有者が立派であれば良いのですが・・・」

そう呟くリリスにジークフリートは苦笑いを見せた。

「それは仕方があるまい。この剣はそう言う所有者と巡り合う様になっておるのだよ。相性と言っても良い。」

「相性ってあるんですか?」

リリスは不思議そうに尋ねた。
ジークフリートは強く頷き、

「勿論あるぞ。剣は所有者の命を委ねるものだからな。身体の一部分だと考えても良い。」

そう言ってエクリプスの剣身を優しく撫でた。

それは高名な剣だからこそなのでしょうね。
その辺に転がっている初心者用の剣に相性なんて考えられないものね。

リリスはそう思いながらジークフリートの姿を見つめた。
剣聖とは実に不思議な存在だ。
それがまた人の形を取って目の前に現れると言うのも、尋常な現象だとは思えない。
妙な縁を持ったものだとリリスは思った。

「儂の用事は全て終えた。二人共、感謝するぞ。」

そう言ってジークフリートはすっと消えていった。
その数秒後にゲストルームのドアが開き、リトラスが笑顔で中に入ってきた。

「終わったようですね。師匠から連絡が届きましたので・・・」

リトラスはテーブルの上に置かれていたエクリプスを鞘に戻し、持参したマジックバッグに収納した。

「ロイド先生の指示で、このエクリプスは一旦僕が預かり、ロナルド先輩が回復次第返す事になっているんです。」

そうなのね。
そう言えばロナルド先輩って昨日から半覚醒状態だって聞いたけど、大丈夫なのかしら?
精神的なダメージが残っているのかも・・・。
折角エクリプスが修復されたんだから、早く回復して欲しいわね。
そうでないと生徒会の会長の仕事まで、副会長の私に回ってくるじゃないの!
そうでなくても嫌々副会長の役目を請け負ったんだからね。
人間的にはクズでも、今の役職に居て貰わないと困るのよぉ。

ロナルドの不在のつけが自分に回ってこないかと、妙に案じるリリスであった。



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