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演武会1
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演武会の前日。
リリスは昼の休憩時間に理科室に足を運んだ。
薬学のケイト先生に許可を貰い、リリスがこの日生成を試みたのはマナポーションである。
翌日の演武会には裏方として、リリスの担任のバルザックが活躍して貰わなければならない。その得意の召喚術で幾度となくスケルトンの兵士を召喚して、剣技や魔法の攻撃対象を準備して貰う事になっている。
魔力量の豊富なバルザックではあるが、その魔力を費やされるのは申し訳ない。それで生徒会としてはせめてマナポーションを提供しようと言う事になり、リリスがその役目を請け負ったのだ。
リリスとしてもポーションの生成は幾度も経験しているので、差ほど手間ではない。若干良質な物が出来ればそれで良いと思いつつ、リリスは作業に取り掛かった。
薬草園から採取してきた薬草の葉を細かく千切って3本の薬瓶に入れる。その薬瓶の中に水魔法で水を出して注ぎ込む。水魔法で出現する水は精製水と変わらないので、井戸水や普通の飲料水よりもポーション生成には向いているそうだ。
これを火にかけて触媒を入れ、じっくり煎じるのが普通のやり方だが、その代わりに調合スキルを発動させ、両手に満ちた調合の魔力を薬瓶に注ぎ込む。触媒の薬品の代わりに魔力を注ぎ込むことで、生成の時間がかなり短縮されるのだ。
この際、リリスはより良質なポーションを得るために、特に念を込めて魔力を注ぎ込んだ。
薬瓶を挟むように握っている手が熱くなって、薬草があっという間に消えていく。これはエキスが抽出されている証拠だ。
熱くなってきたので机の上に置き、直に握らず少し手を離して更に魔力を注ぎ続けると、約5分で青く透明なポーションが出来上がった。
だが色味は青いと言うよりは濃紺に近く、時折キラッと光の粒がポーション内に生滅している。
何時ものマナポーションと違うわね。
久し振りに生成したからかしら?
首を傾げつつもリリスは3本のマナポーションを生成した。後はこれをしばらく放置して冷めるのを待てば良いだけだ。
試しに鑑定スキルを発動させると、
**************
マナポーション
ランク:上 +
効果:服用により魔力を500回復可能
付加効果:竜の息吹に基づく相乗効果が現れる
**************
うっ!
何故に竜の息吹が・・・。
魔力の回復量は想定通りなんだけど。
また変なものを造っちゃったのかしら?
リリスはそう思いながら、時折キラッと光るマナポーションを見つめていた。
そして迎えた演武会の当日。
学舎の地下の訓練場の周囲に仮設の客席が設置され、主に王都に近い領地の貴族の父兄達や軍関係者などが来賓として招待されていた。
だがあくまでも演武会であり、トーナメントではないので、雰囲気は比較的に和やかである。
参加する生徒達も殺伐とした雰囲気ではない。
ロイド先生の司会で演武会は始まった。
開始を告げる太鼓の音が会場内にドンドンと響き渡り、まずは魔法の部門で各学年から数名づつの参加者が登場する。
怪我があってはならないので、参加者達は入念に個別のシールドを張って貰い、防御のための魔道具も持たされた。
とりあえず新入生は前座だ。
まだ魔法の操作もままならない上に経験不足もあり、演武と言っても本格的な物にはならない。
新入生の中で魔法に一番長けていると思われる生徒が立ち、バルザックが召喚した3体のスケルトンの兵士を相手にファイヤーボールを放った。
充分な火力ではないが、案外コントロールが効いていて、火球は全て見ごとにスケルトンに着弾した。
ゴウッと爆炎が上がり、スケルトンは全てその場に燃え崩れた。
それに伴って会場から歓声が上がり拍手が鳴り響く。
新入生としては上出来だ。
「今年の新入生は期待出来ますよ!」
ロイドが場を盛り上げ、2年生の参加者の名を告げる。2年生の参加者はエリスだった。
クラス委員が参加者を務めるのはエリスとリリス、そして最上級生のロナルドの3名である。勿論ロナルドは剣技の部門での参加となるのだが。
ここからが本番だと言わんばかりに、バルザックは10体のスケルトンの兵士を召喚した。
だがエリスは怯まない。
瞬時にブリザードを放ち、スケルトン達の足元を凍結させて動きを封じ込め、間髪を入れず大きめのウォーターカッターで横一文字にスケルトンを一閃していく。
相手が身動き出来ないので、大きめのウォーターカッターを避けられない。その上にスケルトンの身体が見事に破壊され、演武としての見栄えも良いので会場も大いに盛り上がった。
流石は水魔法のスペシャリストだわ。
エリスを見つめるリリスも納得の演武である。
そしてロイドの口から3年生の参加者として、リリスの名が告げられた。
生徒会の席から会場に向かうリリスと、演武を終えたエリスが通路ですれ違う。その際にエリスはリリスに声を掛けた。
「リリス先輩。スケルトンを泥沼に生き埋めにしちゃうんですか?」
「それはしないわよ。土魔法だと見た目が地味だからねえ。」
リリスとしては何時ものように、ファイヤーボルトでスケルトンを殲滅するつもりだった。
だがこの時の会話がきっかけとなり、リリスの心に若干の欲が芽生えてしまった。
土魔法も極めれば武器になる事を周知させたい。
それはリリスがずっと心に抱いていたテーマでもある。
リリスが訓練場に立ち、バルザックが10体のスケルトンを召喚した。リリスは素早く太めのファイヤーボルトを数本出現させ、半数のスケルトンにそれを放った。
火力重視のファイヤーボルトはそれぞれ5体のスケルトンに命中し、ゴウッと爆炎を上げて派手に燃え上がった。ここまでは当初の予定通りだ。
だが残り5体のスケルトンに対して、リリスはその足元に直径5m深さ1mほどの泥沼を出現させ、更にその周囲に高さ30cmほどの土壁を出現させて泥沼を取り囲んだ。
スケルトンは粘度の高い泥沼で素早く動けず、もぞもぞと蠢きながらそこから脱出しようとしている。
その泥沼に対してリリスは火魔法を連携させて魔力を放ち続けた。
泥沼の温度が次第に上がっていく。比較的小さな泥沼なので温度の上昇も速い。
泥沼から熱い蒸気が沸き上がり、その熱が泥沼の周囲の空気をゆらゆらと揺らがせる。泥沼のところどころが赤くなってきた頃には、スケルトンも全て泥沼の中に崩れていった。
だがリリスは更に魔力を放つ。
泥沼はやがて真っ赤になり、灼熱の溶岩となってきた。その炎熱が会場内にも充満していく。炎熱のるつぼと化した泥沼はもはや灼熱の溶岩の沼となってしまった。
激しく沸き立つ蒸気と炎熱に会場内からはどよめきが起きている。
「リリス君。・・・・・そこまでにしてくれないか。」
躊躇いながらも声を掛けて来たロイドの制止で、リリスははっと我に返った。
やりすぎちゃったわね。
そう思って戻ろうとするリリスにロイドは再び声を掛けた。
「後片付けをしてくれないか?」
うんうん。
確かに溶岩の沼を放置するわけにはいかないわね。
リリスはロイドに軽く謝罪をしながら、灼熱の溶岩の沼の組成を普通の土に変え、その表面を硬化させて元の状態に戻した。
その淀みない土魔法の技の連続に会場はどよめき、拍手が鳴り響いた。
硬化させた表面が演武でも大丈夫な事を示すため、リリスはわざとらしく足でその表面をドンドンを踏みしめた。
そんな事をしなくても大丈夫なのだが、これはあくまでも原状復帰をアピールするリリスの演技である。
若干やり過ぎた感が否めない。
リリスは軽く頭を掻きながら訓練場を出て生徒会の席に戻った。
その場で目が合ったエリスがニヤッと笑って、
「さっきの言葉がリリス先輩の心に火を付けちゃいましたか?」
「まあね。」
リリスはそう返して椅子に座り汗を拭った。ステータスで確かめると魔力量は80%ほどに減っている。やはり溶岩流の魔力消耗は大きい。
今後はより少ない魔力で効果を上げるようになるのが課題ね。
そう思って椅子の背にもたれ掛かったリリスにエリスは再び声を掛けた。
「ニーナ先輩は出ないんですか?」
「それはねえ・・・」
リリスは若干間を置いた。
「本人は出ても良いと言っていたのよ。でもね、演武としては派手さが無いのよ。敵が気付かないうちに背後に回って一撃で倒すなんて、どう考えても玄人向きの技だわ。」
「う~ん。そう言われればそうですね。武器で倒すとなると剣技の部門ですけど、ダガーじゃ目立たないですものね。」
そう言ってエリスは自分自身を納得させた。
その様子を見てうんうんと頷くリリスの目に、大きなグリフォンが映り込んだ。4年生のモリスの召喚獣ギルである。
新入生の時のケフラのダンジョン以来ね。
久し振りに見るギルだが、その見た目は召喚獣なので変わらない。だが演武が始まるとギルの攻撃力は明らかに向上していた。
バルザックが召喚した10体のスケルトンの約半数が、ギルの放つ衝撃波で吹き飛ばされ、粉々に砕け散ってしまった。
ギルは瞬発力も増したようで、瞬時に残りのスケルトンの群れの中に飛び込み、その分厚い翼を振り回して敵を破壊した。
まるで丸太を振り回しているようだ。
その派手な攻撃に会場も盛り上がり、拍手が会場内に鳴り響いた。
うんうん。
これは確かに盛り上がるわね。
ギルの攻撃力の向上は、召喚主であるモリスの精進のお陰なのだろう。
それだけ召喚主と召喚獣の関係性は深い。
それを考えるとスケルトンを召喚し続けているバルザックの負担は、尋常ではないだろうとリリスは思った。
疲れてきたらマナポーションを飲んでくださいね。
そう思いながらリリスが会場に目を向けると、スケルトンの兵士達の前に小柄な男子生徒が立っていた。
この最上級生の男子生徒はハリスと言い、風魔法に習熟していると言う。
演武が始まるとハリスは風魔法で高さ5mほどの竜巻を幾つも出現させた。間髪を入れずその竜巻の中に無数のエアカッターを出現させる。その竜巻がスケルトン達の周囲から縦横無尽に駆け回った。
スケルトンの身体は竜巻内部の無数のエアカッターに切り刻まれ、粉々になって上空に舞い上がっていく。
その無数の破片が地上に振り注ぎ、バラバラバラッと音を立て、至る所に土埃が舞い上がった。
その派手な演武に会場内も大いに盛り上がった。
これも演武としては見ごたえがあるわね。
リリスは感心しながらも今日のプログラムを確認した。
次は剣技の部門だ。
司会のロイドが次は剣技部門の演武である事を会場内に伝え、若干の準備時間が入る事を広報した。
その間に会場内でも多少の人の動きが見られる。
他に用事のある来賓は席を立ち、この時間に間に合った来賓が席に着く。そんな人の動きに目を向けていると、生徒会の席のすぐ傍に色白の男子生徒と年配の男性が座るのが見えた。
男子生徒は新入生のリトラスだ。リリスと目が合って会釈をしている。だがその隣の男性はむすっとした表情で会場を見つめたままだ。あの男性はリトラスの親族なのだろうか?
演武会のように、多少なりとも怪我が付きまとう行事には、上級貴族は基本的に参加しない。それは公文化された決まりではなく慣例である。
リトラスも剣技の部門で参加したかったようだが、上級貴族なので見学するように家族から勧められたと言う。本人も渋々それに従ったと聞くのだが、この会場で聖剣を振り回されても、それはそれでどうなのだろうかとリリスは思った。
そんな事になればリトラスが今回の演武会の主人公になってしまう。
それはこの演武会で目立つ事を最重要視しているロナルドの意図を潰してしまう事にもなる。
リリスとしてもロナルドの肩を持つ気は全く無いのだが、定められたプログラムがある以上、それに沿った進行をしなければならないと思い込んでいた。それは生徒会のメンバーとしての思考回路と習慣性に依るのかも知れない。
リトラスが目立っても構わないのではあるが・・・。
そう思いながら会場の隅に目を向けると、バルザックが汗を拭きながら疲れた表情で懐からポーションを取り出しているのが見えた。
それは間違いなく昨日リリスが生成したマナポーションである。
時折キラッと光るポーションの中を不思議そうに見つめながら、バルザックはそれをグイッと飲み干した。
その瞬間にバルザックの体内に魔力と共に、竜の気配が駆け回った事をリリスは知る由もない。
程なく準備時間が終了し、司会のロイドが剣技の部門の開始を告げた。
新入生で剣技と言えばリトラスの名前が挙げられるのだが、上級貴族不参加の慣例により新入生の剣技の部門の参加者は居なかった。
その旨を告げたロイドは2年生の参加者を呼び出した。
ダルトンと名乗る男子生徒が両手剣を持ち会場に現れた。
その対面に10体のスケルトンが召喚されるのだが、その様子が少し異様だ。
白いもやが立ち上がり、その中から大きな剣と盾を持つ大柄なスケルトンが召喚された。背丈は2m近い。その手に持つ剣が異様な光を放ち、妖気を漂わせている。
それはどう見ても魔剣である。
どうしたの?
そう思ってバルザックに目を向けると、バルザックも驚きの表情を見せていた。自分の意図したものとは、明らかに違うものが召喚されたと言わんばかりの表情だ。
うっ!
これってあのマナポーションの影響なの?
「リリス先輩。あのスケルトンって強そうでワクワクしちゃいますねえ。」
そう言って無邪気に喜んでいるエリスの傍で、リリスは言い知れぬ不安を感じていた。
リリスは昼の休憩時間に理科室に足を運んだ。
薬学のケイト先生に許可を貰い、リリスがこの日生成を試みたのはマナポーションである。
翌日の演武会には裏方として、リリスの担任のバルザックが活躍して貰わなければならない。その得意の召喚術で幾度となくスケルトンの兵士を召喚して、剣技や魔法の攻撃対象を準備して貰う事になっている。
魔力量の豊富なバルザックではあるが、その魔力を費やされるのは申し訳ない。それで生徒会としてはせめてマナポーションを提供しようと言う事になり、リリスがその役目を請け負ったのだ。
リリスとしてもポーションの生成は幾度も経験しているので、差ほど手間ではない。若干良質な物が出来ればそれで良いと思いつつ、リリスは作業に取り掛かった。
薬草園から採取してきた薬草の葉を細かく千切って3本の薬瓶に入れる。その薬瓶の中に水魔法で水を出して注ぎ込む。水魔法で出現する水は精製水と変わらないので、井戸水や普通の飲料水よりもポーション生成には向いているそうだ。
これを火にかけて触媒を入れ、じっくり煎じるのが普通のやり方だが、その代わりに調合スキルを発動させ、両手に満ちた調合の魔力を薬瓶に注ぎ込む。触媒の薬品の代わりに魔力を注ぎ込むことで、生成の時間がかなり短縮されるのだ。
この際、リリスはより良質なポーションを得るために、特に念を込めて魔力を注ぎ込んだ。
薬瓶を挟むように握っている手が熱くなって、薬草があっという間に消えていく。これはエキスが抽出されている証拠だ。
熱くなってきたので机の上に置き、直に握らず少し手を離して更に魔力を注ぎ続けると、約5分で青く透明なポーションが出来上がった。
だが色味は青いと言うよりは濃紺に近く、時折キラッと光の粒がポーション内に生滅している。
何時ものマナポーションと違うわね。
久し振りに生成したからかしら?
首を傾げつつもリリスは3本のマナポーションを生成した。後はこれをしばらく放置して冷めるのを待てば良いだけだ。
試しに鑑定スキルを発動させると、
**************
マナポーション
ランク:上 +
効果:服用により魔力を500回復可能
付加効果:竜の息吹に基づく相乗効果が現れる
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うっ!
何故に竜の息吹が・・・。
魔力の回復量は想定通りなんだけど。
また変なものを造っちゃったのかしら?
リリスはそう思いながら、時折キラッと光るマナポーションを見つめていた。
そして迎えた演武会の当日。
学舎の地下の訓練場の周囲に仮設の客席が設置され、主に王都に近い領地の貴族の父兄達や軍関係者などが来賓として招待されていた。
だがあくまでも演武会であり、トーナメントではないので、雰囲気は比較的に和やかである。
参加する生徒達も殺伐とした雰囲気ではない。
ロイド先生の司会で演武会は始まった。
開始を告げる太鼓の音が会場内にドンドンと響き渡り、まずは魔法の部門で各学年から数名づつの参加者が登場する。
怪我があってはならないので、参加者達は入念に個別のシールドを張って貰い、防御のための魔道具も持たされた。
とりあえず新入生は前座だ。
まだ魔法の操作もままならない上に経験不足もあり、演武と言っても本格的な物にはならない。
新入生の中で魔法に一番長けていると思われる生徒が立ち、バルザックが召喚した3体のスケルトンの兵士を相手にファイヤーボールを放った。
充分な火力ではないが、案外コントロールが効いていて、火球は全て見ごとにスケルトンに着弾した。
ゴウッと爆炎が上がり、スケルトンは全てその場に燃え崩れた。
それに伴って会場から歓声が上がり拍手が鳴り響く。
新入生としては上出来だ。
「今年の新入生は期待出来ますよ!」
ロイドが場を盛り上げ、2年生の参加者の名を告げる。2年生の参加者はエリスだった。
クラス委員が参加者を務めるのはエリスとリリス、そして最上級生のロナルドの3名である。勿論ロナルドは剣技の部門での参加となるのだが。
ここからが本番だと言わんばかりに、バルザックは10体のスケルトンの兵士を召喚した。
だがエリスは怯まない。
瞬時にブリザードを放ち、スケルトン達の足元を凍結させて動きを封じ込め、間髪を入れず大きめのウォーターカッターで横一文字にスケルトンを一閃していく。
相手が身動き出来ないので、大きめのウォーターカッターを避けられない。その上にスケルトンの身体が見事に破壊され、演武としての見栄えも良いので会場も大いに盛り上がった。
流石は水魔法のスペシャリストだわ。
エリスを見つめるリリスも納得の演武である。
そしてロイドの口から3年生の参加者として、リリスの名が告げられた。
生徒会の席から会場に向かうリリスと、演武を終えたエリスが通路ですれ違う。その際にエリスはリリスに声を掛けた。
「リリス先輩。スケルトンを泥沼に生き埋めにしちゃうんですか?」
「それはしないわよ。土魔法だと見た目が地味だからねえ。」
リリスとしては何時ものように、ファイヤーボルトでスケルトンを殲滅するつもりだった。
だがこの時の会話がきっかけとなり、リリスの心に若干の欲が芽生えてしまった。
土魔法も極めれば武器になる事を周知させたい。
それはリリスがずっと心に抱いていたテーマでもある。
リリスが訓練場に立ち、バルザックが10体のスケルトンを召喚した。リリスは素早く太めのファイヤーボルトを数本出現させ、半数のスケルトンにそれを放った。
火力重視のファイヤーボルトはそれぞれ5体のスケルトンに命中し、ゴウッと爆炎を上げて派手に燃え上がった。ここまでは当初の予定通りだ。
だが残り5体のスケルトンに対して、リリスはその足元に直径5m深さ1mほどの泥沼を出現させ、更にその周囲に高さ30cmほどの土壁を出現させて泥沼を取り囲んだ。
スケルトンは粘度の高い泥沼で素早く動けず、もぞもぞと蠢きながらそこから脱出しようとしている。
その泥沼に対してリリスは火魔法を連携させて魔力を放ち続けた。
泥沼の温度が次第に上がっていく。比較的小さな泥沼なので温度の上昇も速い。
泥沼から熱い蒸気が沸き上がり、その熱が泥沼の周囲の空気をゆらゆらと揺らがせる。泥沼のところどころが赤くなってきた頃には、スケルトンも全て泥沼の中に崩れていった。
だがリリスは更に魔力を放つ。
泥沼はやがて真っ赤になり、灼熱の溶岩となってきた。その炎熱が会場内にも充満していく。炎熱のるつぼと化した泥沼はもはや灼熱の溶岩の沼となってしまった。
激しく沸き立つ蒸気と炎熱に会場内からはどよめきが起きている。
「リリス君。・・・・・そこまでにしてくれないか。」
躊躇いながらも声を掛けて来たロイドの制止で、リリスははっと我に返った。
やりすぎちゃったわね。
そう思って戻ろうとするリリスにロイドは再び声を掛けた。
「後片付けをしてくれないか?」
うんうん。
確かに溶岩の沼を放置するわけにはいかないわね。
リリスはロイドに軽く謝罪をしながら、灼熱の溶岩の沼の組成を普通の土に変え、その表面を硬化させて元の状態に戻した。
その淀みない土魔法の技の連続に会場はどよめき、拍手が鳴り響いた。
硬化させた表面が演武でも大丈夫な事を示すため、リリスはわざとらしく足でその表面をドンドンを踏みしめた。
そんな事をしなくても大丈夫なのだが、これはあくまでも原状復帰をアピールするリリスの演技である。
若干やり過ぎた感が否めない。
リリスは軽く頭を掻きながら訓練場を出て生徒会の席に戻った。
その場で目が合ったエリスがニヤッと笑って、
「さっきの言葉がリリス先輩の心に火を付けちゃいましたか?」
「まあね。」
リリスはそう返して椅子に座り汗を拭った。ステータスで確かめると魔力量は80%ほどに減っている。やはり溶岩流の魔力消耗は大きい。
今後はより少ない魔力で効果を上げるようになるのが課題ね。
そう思って椅子の背にもたれ掛かったリリスにエリスは再び声を掛けた。
「ニーナ先輩は出ないんですか?」
「それはねえ・・・」
リリスは若干間を置いた。
「本人は出ても良いと言っていたのよ。でもね、演武としては派手さが無いのよ。敵が気付かないうちに背後に回って一撃で倒すなんて、どう考えても玄人向きの技だわ。」
「う~ん。そう言われればそうですね。武器で倒すとなると剣技の部門ですけど、ダガーじゃ目立たないですものね。」
そう言ってエリスは自分自身を納得させた。
その様子を見てうんうんと頷くリリスの目に、大きなグリフォンが映り込んだ。4年生のモリスの召喚獣ギルである。
新入生の時のケフラのダンジョン以来ね。
久し振りに見るギルだが、その見た目は召喚獣なので変わらない。だが演武が始まるとギルの攻撃力は明らかに向上していた。
バルザックが召喚した10体のスケルトンの約半数が、ギルの放つ衝撃波で吹き飛ばされ、粉々に砕け散ってしまった。
ギルは瞬発力も増したようで、瞬時に残りのスケルトンの群れの中に飛び込み、その分厚い翼を振り回して敵を破壊した。
まるで丸太を振り回しているようだ。
その派手な攻撃に会場も盛り上がり、拍手が会場内に鳴り響いた。
うんうん。
これは確かに盛り上がるわね。
ギルの攻撃力の向上は、召喚主であるモリスの精進のお陰なのだろう。
それだけ召喚主と召喚獣の関係性は深い。
それを考えるとスケルトンを召喚し続けているバルザックの負担は、尋常ではないだろうとリリスは思った。
疲れてきたらマナポーションを飲んでくださいね。
そう思いながらリリスが会場に目を向けると、スケルトンの兵士達の前に小柄な男子生徒が立っていた。
この最上級生の男子生徒はハリスと言い、風魔法に習熟していると言う。
演武が始まるとハリスは風魔法で高さ5mほどの竜巻を幾つも出現させた。間髪を入れずその竜巻の中に無数のエアカッターを出現させる。その竜巻がスケルトン達の周囲から縦横無尽に駆け回った。
スケルトンの身体は竜巻内部の無数のエアカッターに切り刻まれ、粉々になって上空に舞い上がっていく。
その無数の破片が地上に振り注ぎ、バラバラバラッと音を立て、至る所に土埃が舞い上がった。
その派手な演武に会場内も大いに盛り上がった。
これも演武としては見ごたえがあるわね。
リリスは感心しながらも今日のプログラムを確認した。
次は剣技の部門だ。
司会のロイドが次は剣技部門の演武である事を会場内に伝え、若干の準備時間が入る事を広報した。
その間に会場内でも多少の人の動きが見られる。
他に用事のある来賓は席を立ち、この時間に間に合った来賓が席に着く。そんな人の動きに目を向けていると、生徒会の席のすぐ傍に色白の男子生徒と年配の男性が座るのが見えた。
男子生徒は新入生のリトラスだ。リリスと目が合って会釈をしている。だがその隣の男性はむすっとした表情で会場を見つめたままだ。あの男性はリトラスの親族なのだろうか?
演武会のように、多少なりとも怪我が付きまとう行事には、上級貴族は基本的に参加しない。それは公文化された決まりではなく慣例である。
リトラスも剣技の部門で参加したかったようだが、上級貴族なので見学するように家族から勧められたと言う。本人も渋々それに従ったと聞くのだが、この会場で聖剣を振り回されても、それはそれでどうなのだろうかとリリスは思った。
そんな事になればリトラスが今回の演武会の主人公になってしまう。
それはこの演武会で目立つ事を最重要視しているロナルドの意図を潰してしまう事にもなる。
リリスとしてもロナルドの肩を持つ気は全く無いのだが、定められたプログラムがある以上、それに沿った進行をしなければならないと思い込んでいた。それは生徒会のメンバーとしての思考回路と習慣性に依るのかも知れない。
リトラスが目立っても構わないのではあるが・・・。
そう思いながら会場の隅に目を向けると、バルザックが汗を拭きながら疲れた表情で懐からポーションを取り出しているのが見えた。
それは間違いなく昨日リリスが生成したマナポーションである。
時折キラッと光るポーションの中を不思議そうに見つめながら、バルザックはそれをグイッと飲み干した。
その瞬間にバルザックの体内に魔力と共に、竜の気配が駆け回った事をリリスは知る由もない。
程なく準備時間が終了し、司会のロイドが剣技の部門の開始を告げた。
新入生で剣技と言えばリトラスの名前が挙げられるのだが、上級貴族不参加の慣例により新入生の剣技の部門の参加者は居なかった。
その旨を告げたロイドは2年生の参加者を呼び出した。
ダルトンと名乗る男子生徒が両手剣を持ち会場に現れた。
その対面に10体のスケルトンが召喚されるのだが、その様子が少し異様だ。
白いもやが立ち上がり、その中から大きな剣と盾を持つ大柄なスケルトンが召喚された。背丈は2m近い。その手に持つ剣が異様な光を放ち、妖気を漂わせている。
それはどう見ても魔剣である。
どうしたの?
そう思ってバルザックに目を向けると、バルザックも驚きの表情を見せていた。自分の意図したものとは、明らかに違うものが召喚されたと言わんばかりの表情だ。
うっ!
これってあのマナポーションの影響なの?
「リリス先輩。あのスケルトンって強そうでワクワクしちゃいますねえ。」
そう言って無邪気に喜んでいるエリスの傍で、リリスは言い知れぬ不安を感じていた。
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反対に、後になってアリシアの想いに触れ、遅すぎる行動に出るマーク。
案外吹っ切れて楽しく過ごす女子と、どうしようもなく後悔する残念な男子のお話です。
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12話で完結します。
よろしくお願いします(´∀`)
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