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開祖の霊廟 後日談1
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それは突然、目が覚めた。
暗黒の闇の中に芽生えた意識は、自己を認識するところから全てを始めた。
自身は闇だ。
客観的に見れば直径5cmほどの真っ黒な球体に過ぎない。
鬱蒼とした森の中に忽然と置かれたその闇は、とりあえずその周囲を認識してみた。
目があるわけではないが、空間認識は出来る。
本能的に探知を試みると、自身の周囲が森であり、複数の生命反応がある事も分かった。
その生命反応に意識をフォーカスすると、小さな魔物や鳥の類である事も分かる。
だが、自分が何であるかと言う事はまだ良く分からない。
移動を試みると滑らかに転がる事が出来た。
何気に移動すると、木立が少し開けた場所に出て来た。その近くに小さな魔物が居る。
探知するとそれは角の生えた小さな狼だと分かった。
この森に棲むブラックウルフだが、その大きさから成獣ではないのだろう。
このブラックウルフは雷撃性の魔物のようで、その額の角の先に小さな火花が時折パチパチと音を立てている。
空腹のようで、若干いらだっているようにも見えるのは、その小さな身体に似つかわしくないほどに大きな口から涎を垂らしているからだ。
この時、ブラックウルフは自分の前方に転がってきた闇の存在に気が付いた。
相手が何かは分からない。
だが僅かに魔物のような気配もある。
食えるのか?
空腹に苛まれていたブラックウルフは直ぐに黒い球体に近付き、ためらいもなく口に咥えたのだが噛んでも食感が無い。
それなら飲み込むだけだ。
空腹に勝てず、ブラックウルフはその闇を飲み込んでしまった。
ブラックウルフに飲み込まれた闇は戸惑っていた。
魔物に食われたと言う感覚は無い。
飲み込まれたブラックウルフの胃袋に居ても、何の変化も起こらない。
そもそも消化される筈が無いのだ。
闇はブラックウルフの意図を探った。
消化して自分の栄養にすると言う本能的な行動が思い浮かぶ。
そう言う行動をして何の利益になるのだろうか?
疑問を感じた闇は、自分も試してみようと思った。
このブラックウルフを自分の身体の中に取り込めるのか?
そう思った闇の意識に、どこからか分からないが、やってみろと言う思いが伝わってきた。
でもどうやって?
その疑問に再びどこからか思念が伝わってきた。
お前は身体を自在に変化させる事が出来るはずだ・・・と。
そうなのかと思いつつ、闇はその身体を四方に伸ばしてみた。
案外スムーズに身体が伸びる。
それならばと思いつつ、闇は身体を思いっ切り伸ばしてみた。
瞬時にブラックウルフの体内から闇が周囲に飛び出し、悲鳴を上げて絶命したブラックウルフの身体を覆い尽くしていく。
闇で覆い尽くした上で取り込んでいくと、闇の意識を高揚させる満足感が得られた。
食べるとはこう言う事なのか。
闇はそれを理解してその身体を地面に広げた。
地表に無数の小さな生命反応がある。
それは雑草や昆虫類だ。
それを吸い込むように自身の身体に取り込んでいくと、それなりの満足感が得られた。
だがそれはあのブラックウルフから得られた満足感から比べれば、微々たるものに過ぎない。
闇はその場から転がって移動し、近くに生えていた樹木の根元にとりついた。
この樹木ならどうだろうか?
闇はその身体を精一杯引き延ばし、その樹木の幹の大半を覆い尽くした。
その状態で体内に取り込もうとすると、闇の内部で新たな機能が生じた。
自分の身体が樹木の体組織を魔素に分解している事が分かる。
魔素に分解した上で吸収しているのだ。
その樹木は根元から3mほどの高さまで分解されてしまい、その上部の枝や葉の生い茂った部分が、切り取られたように地面に落ちた。
吸収した魔素が闇に満足感を与えるとともに、その身体を少し大きくしてくれた。
魔素が身体を大きくしてくれるのか?
改めて球形になり自身を分析すると、その直径は30cmほどになっていた。
だが、身体が大きくなると、小さな満足感では飽き足らなくなってくる。
闇はそれならばと身体を引き延ばし、手当たり次第に樹木を取り込み始めた。
その渦中で闇は身体の一部分を触手のように伸ばして、物を掴む事も出来るようになった。
闇魔法で言えばシャドウバインドである。
その伸ばした触手で小さな魔物を掴み取り、それを体内に取り込んでいく。
その伸ばした触手で樹木を掴み、根元から引き倒す事が出来るまで、それほどの時間を要しなかった。
闇はその意識が充分な満足感を得られるまで、ためらいもなく全ての生命を取り込んでいった。
翌日になって、闇は初めて大きな魔物と遭遇した。
頭部に太く短い角を二本生やした大きな熊だ。口の周りにメラメラと小さな炎が揺れ動いている。
それは火属性のホーンベアだった。
体長5mに達する巨躯でありながら、機敏に動き回り、狙った獲物の足止めにファイヤーボールを放つ。更に前足の大きなかぎ爪と大きな牙で獲物にとどめを刺す。間違いなくこの森の生態系の頂点に位置する魔物のうちの一つだ。
ホーンベアは本能的に危険を感じて闇に先制攻撃を企てた。口から放たれたファイヤーボールはそれほどに大きくは無い。獲物の足止め程度のものだからだ。ソフトボールほどの大きさの火球がゴウッと音を立てて闇に着弾した。
だがその火球は闇に吸い込まれるように消えていった。
闇にとっては何の損傷も無い。むしろ火球を構成する魔力が魔素として吸収され、その満足感が闇の意識を充足させた。
この時点で闇は貪欲にその満足感を求めるようになっていた。それは食欲と言って良いものだろう。
自分の目の前で牙を剥いて威嚇している巨大なホーンベアも、闇にとっては単なる獲物に過ぎない。
闇は瞬時に触手を伸ばし、シャドウバインドでその巨体を縛り、軽々と持ち上げて闇の中に取り込んでしまった。
ホーンベアはグガッと言う微かな悲鳴を上げたまま闇の中に消え、暴れまわる間もなく魔素に分解されていく。
それと同時に闇の意識が満足感で満たされた。
この獲物をもっと食いたい。
そんな思いが闇の意識に沸き上がる。
闇は更に森の中を動き回った。
程なく闇が遭遇したのはトロールだった。
この森にトロールが出現するのは極稀な事だ。粗暴で人をすら食べてしまうトロールは発見され次第討伐されてしまう。
ミラ王国ではその方針が100年来続けられたので、トロールもさすがに人里には近づいてこなくなった。
このトロールは空腹に苛まれながら森の中を彷徨し、迷ってしまったのだろう。
だが闇に近付いてしまったのがこのトロールの運の尽きだった。
トロールも訝し気に闇を睨み、手に持っていた巨大なこん棒で殴り掛かった。だがこん棒は空を切り、闇に何の損傷をも与えなかった。
物理的な攻撃は闇には効かない。
闇はすぐさまシャドウバインドでトロールの胴体を縛り上げた。
だが体長5mほどのトロールではありながら、その力は強く、闇のシャドウバインドに必死に抵抗しながら後ずさりし、傍にあった巨木の幹にその触手を巻き付ける様に回り込んだ。
何をするつもりなのだろう?
闇の意識に疑問が沸き起こる。
トロールはそこから反動をつけて回転し、闇の本体に突進しながら殴り掛かってきた。
普通の相手なら吹き飛ばされるほどの攻撃だ。
空を切ったトロールのこん棒が傍に立っていた樹木を数本なぎ倒し、バキバキバキッと激しく音を立てて樹木の破片が散乱する。
そのトロールの身体から『怒り』が闇の意識に伝わってきた。
その『怒り』が闇の意識をも興奮させ、闇は一気にその身体を押し広げ、トロールの頭から上半身を覆い尽くした。
そのまま魔素に分解するだけで事は済んだはずだ。
だが『怒り』に興奮させられた闇は一気に身体を収縮させ、トロールの上半身を押し潰してしまった。
バキバキバキッと鈍い音を立ててトロールの上半身が潰され、そのまま魔素に分解されていく。
噛み砕いて分解すると言う過程を経る事で、闇の意識は更に大きな満足感を得た。
それはより凶悪になっていく過程なのかも知れない。
興奮状態のまま、闇は更に森の中を動き回った。
だが、闇の進撃は突然止まった。
否、止められたと言った方が良いのだろう。
闇が樹木や魔物を取り込みながらその身体を大きくしていく過程で、大きな壁にぶち当たってしまったのだ。
壁と言っても物理的な壁ではない。
魔力を絶縁するような障壁が存在している。
だがその内部には明らかに生命反応が豊かに存在している上に、そこには闇の意識を一気に高めてくれるほどの魔素が得られると判断出来た。
どうにかして取り込んでやろう。
闇にはそう言う欲が生まれていた。
その障壁を取り囲むように身体を引き延ばすのだが、その障壁は円形になっていて、途方もない広さであることが分かる。
それならもっと大きくなれば取り込めるかも知れない。
闇は継続的に周囲の魔物や樹木を取り込み、徐々に身体を大きくしながら、虎視眈々とその障壁の内部を狙っていた。
その頃、魔法学院でリリスは数日後に控えた演武会の最終的な準備に明け暮れていた。
そんな折に担任のバルザックから、またも職員室の傍のゲストルームに行くように指示を受けた。
またメルなのね。
この忙しい時に何の用事なの?
焦る思いで昼食を手早く済ませ、ゲストルームに駆け込んだリリスの目に入ってきたのは案の定、芋虫を両肩に生やした小人の姿だった。
また殿下がアッシーにされているのね。
そう言う同情の気持ちもあるものの、リリスの心にはあまり余裕がない。ドカッとソファに座ると直ぐに話を切り出した。
「メル。演武会の準備で忙しいのよね。それで何の用なの?」
ぶっきらぼうに問い尋ねるリリスの気持ちはメリンダ王女も分かっているようで、
「ごめん、ごめん。忙しいのは分かっているんだけど緊急の用件で・・・・・」
そう言って芋虫はもう一方の芋虫を見た。またもエミリア王女の関わる用件のようだ。
「リリスさん。3日前にレイさんから聖霊達を通して救難信号があったのです。助けてくれって・・・・・」
救難信号ですって?
リリスは予想もしなかった事態に首を傾げた。
「何があったの?」
「それがねえ。真っ黒な闇のような魔物に襲われているって言うのよ。」
メリンダ王女の言葉にリリスは疑問を抱いた。
「レイさんの造り上げた不可侵圏はどうしたの? 効果が無かったの?」
「効果はあるのよ。その中には入り込めないからね。」
メリンダ王女の言葉にエミリア王女が続いた。
「でも不可侵圏の周囲にへばりつくようにしながら、何とか中に入り込もうとしていると言うんです。その魔物の周囲の生命は全て食べ尽くされているとも言っています。」
まだ実害は起きていないと言う事のようだ。
だが魔物の正体が良く分からない。
「それでその魔物って何なの?」
「それがねえ。良く分からないのよ。それでね・・・」
芋虫が少し間を置いた。
「現場の調査はその日のうちにジークにお願いしておいたのよ。」
どうやらメリンダ王女はまたジークを酷使しているようだ。
ジークも恐らく陰では文句をたらたらと言いながら任務に就いた事だろう。
「それとは別に、真っ黒な闇のような魔物と言う言葉が気になって、ゲルに連絡をしてみたのよ。」
「ゲルってそんなに簡単に連絡が付くの?」
リリスの言葉に芋虫は全力で首を横に振った。
「何時もの事だけど、何度呼び出しても応答は無いわ。でも根気強く連絡し続けると、たまに嫌そうな顔をしながら出てくるのよ。如何にも不機嫌そうな口調で『何か用?』って言いながらね。」
「相変わらず暗い奴ね。」
「そうなんだけど、そんな事に構っていられないわよ。それで事情を話したの。そうしたら・・・」
メリンダ王女はヒートアップした気持ちを落ち着かせながら、ふうっと軽く息を吐いた。
「開祖の霊廟の宝物庫の中に、魔物化させた小さな闇が入った容器があったはずだって言うのよ。それが逃げ出して大きくなっちゃったのかも知れないって・・・」
メリンダ王女の言葉にリリスは首を傾げた。
「あそこにそんなものがあったの? いや、それ以前に、闇を魔物化させて何に使うのよ?」
「それがねえ・・・・・ペットなんだってさ。」
ペット?
いくら開祖が闇の属性の持ち主だったと言っても、闇を魔物化してペットにするの?
う~ん。
開祖の人間性が良く分からないわ。
単なる女好きだと思っていたけど、それだけじゃなさそうね。
「ミラ王妃と二人で可愛がっていたそうよ。」
王妃まで・・・。
リリスはう~んと唸って考え込んでしまった。
「リリス。そんなに呆れないでよ。エドワード王は仮にもこの国の開祖なんだからね。」
「呆れちゃいないわよ。でも・・・」
気を取り直してリリスは冷静に考えた。
「不可侵圏の周囲の生命を全て食べ尽くすなんて、ペットにしては狂暴よね。大きくなった原因は何なの? そもそも闇って魔法攻撃が効くの?」
「そこを調べるために、直ぐにジークを派遣したのよ。」
う~ん。
ジーク先生の嫌がる顔が目に浮かぶわね。
「それでどうなったの?」
リリスの問い掛けに、メリンダ王女はジーク達から受けた報告の内容を話し始めたのだった。
暗黒の闇の中に芽生えた意識は、自己を認識するところから全てを始めた。
自身は闇だ。
客観的に見れば直径5cmほどの真っ黒な球体に過ぎない。
鬱蒼とした森の中に忽然と置かれたその闇は、とりあえずその周囲を認識してみた。
目があるわけではないが、空間認識は出来る。
本能的に探知を試みると、自身の周囲が森であり、複数の生命反応がある事も分かった。
その生命反応に意識をフォーカスすると、小さな魔物や鳥の類である事も分かる。
だが、自分が何であるかと言う事はまだ良く分からない。
移動を試みると滑らかに転がる事が出来た。
何気に移動すると、木立が少し開けた場所に出て来た。その近くに小さな魔物が居る。
探知するとそれは角の生えた小さな狼だと分かった。
この森に棲むブラックウルフだが、その大きさから成獣ではないのだろう。
このブラックウルフは雷撃性の魔物のようで、その額の角の先に小さな火花が時折パチパチと音を立てている。
空腹のようで、若干いらだっているようにも見えるのは、その小さな身体に似つかわしくないほどに大きな口から涎を垂らしているからだ。
この時、ブラックウルフは自分の前方に転がってきた闇の存在に気が付いた。
相手が何かは分からない。
だが僅かに魔物のような気配もある。
食えるのか?
空腹に苛まれていたブラックウルフは直ぐに黒い球体に近付き、ためらいもなく口に咥えたのだが噛んでも食感が無い。
それなら飲み込むだけだ。
空腹に勝てず、ブラックウルフはその闇を飲み込んでしまった。
ブラックウルフに飲み込まれた闇は戸惑っていた。
魔物に食われたと言う感覚は無い。
飲み込まれたブラックウルフの胃袋に居ても、何の変化も起こらない。
そもそも消化される筈が無いのだ。
闇はブラックウルフの意図を探った。
消化して自分の栄養にすると言う本能的な行動が思い浮かぶ。
そう言う行動をして何の利益になるのだろうか?
疑問を感じた闇は、自分も試してみようと思った。
このブラックウルフを自分の身体の中に取り込めるのか?
そう思った闇の意識に、どこからか分からないが、やってみろと言う思いが伝わってきた。
でもどうやって?
その疑問に再びどこからか思念が伝わってきた。
お前は身体を自在に変化させる事が出来るはずだ・・・と。
そうなのかと思いつつ、闇はその身体を四方に伸ばしてみた。
案外スムーズに身体が伸びる。
それならばと思いつつ、闇は身体を思いっ切り伸ばしてみた。
瞬時にブラックウルフの体内から闇が周囲に飛び出し、悲鳴を上げて絶命したブラックウルフの身体を覆い尽くしていく。
闇で覆い尽くした上で取り込んでいくと、闇の意識を高揚させる満足感が得られた。
食べるとはこう言う事なのか。
闇はそれを理解してその身体を地面に広げた。
地表に無数の小さな生命反応がある。
それは雑草や昆虫類だ。
それを吸い込むように自身の身体に取り込んでいくと、それなりの満足感が得られた。
だがそれはあのブラックウルフから得られた満足感から比べれば、微々たるものに過ぎない。
闇はその場から転がって移動し、近くに生えていた樹木の根元にとりついた。
この樹木ならどうだろうか?
闇はその身体を精一杯引き延ばし、その樹木の幹の大半を覆い尽くした。
その状態で体内に取り込もうとすると、闇の内部で新たな機能が生じた。
自分の身体が樹木の体組織を魔素に分解している事が分かる。
魔素に分解した上で吸収しているのだ。
その樹木は根元から3mほどの高さまで分解されてしまい、その上部の枝や葉の生い茂った部分が、切り取られたように地面に落ちた。
吸収した魔素が闇に満足感を与えるとともに、その身体を少し大きくしてくれた。
魔素が身体を大きくしてくれるのか?
改めて球形になり自身を分析すると、その直径は30cmほどになっていた。
だが、身体が大きくなると、小さな満足感では飽き足らなくなってくる。
闇はそれならばと身体を引き延ばし、手当たり次第に樹木を取り込み始めた。
その渦中で闇は身体の一部分を触手のように伸ばして、物を掴む事も出来るようになった。
闇魔法で言えばシャドウバインドである。
その伸ばした触手で小さな魔物を掴み取り、それを体内に取り込んでいく。
その伸ばした触手で樹木を掴み、根元から引き倒す事が出来るまで、それほどの時間を要しなかった。
闇はその意識が充分な満足感を得られるまで、ためらいもなく全ての生命を取り込んでいった。
翌日になって、闇は初めて大きな魔物と遭遇した。
頭部に太く短い角を二本生やした大きな熊だ。口の周りにメラメラと小さな炎が揺れ動いている。
それは火属性のホーンベアだった。
体長5mに達する巨躯でありながら、機敏に動き回り、狙った獲物の足止めにファイヤーボールを放つ。更に前足の大きなかぎ爪と大きな牙で獲物にとどめを刺す。間違いなくこの森の生態系の頂点に位置する魔物のうちの一つだ。
ホーンベアは本能的に危険を感じて闇に先制攻撃を企てた。口から放たれたファイヤーボールはそれほどに大きくは無い。獲物の足止め程度のものだからだ。ソフトボールほどの大きさの火球がゴウッと音を立てて闇に着弾した。
だがその火球は闇に吸い込まれるように消えていった。
闇にとっては何の損傷も無い。むしろ火球を構成する魔力が魔素として吸収され、その満足感が闇の意識を充足させた。
この時点で闇は貪欲にその満足感を求めるようになっていた。それは食欲と言って良いものだろう。
自分の目の前で牙を剥いて威嚇している巨大なホーンベアも、闇にとっては単なる獲物に過ぎない。
闇は瞬時に触手を伸ばし、シャドウバインドでその巨体を縛り、軽々と持ち上げて闇の中に取り込んでしまった。
ホーンベアはグガッと言う微かな悲鳴を上げたまま闇の中に消え、暴れまわる間もなく魔素に分解されていく。
それと同時に闇の意識が満足感で満たされた。
この獲物をもっと食いたい。
そんな思いが闇の意識に沸き上がる。
闇は更に森の中を動き回った。
程なく闇が遭遇したのはトロールだった。
この森にトロールが出現するのは極稀な事だ。粗暴で人をすら食べてしまうトロールは発見され次第討伐されてしまう。
ミラ王国ではその方針が100年来続けられたので、トロールもさすがに人里には近づいてこなくなった。
このトロールは空腹に苛まれながら森の中を彷徨し、迷ってしまったのだろう。
だが闇に近付いてしまったのがこのトロールの運の尽きだった。
トロールも訝し気に闇を睨み、手に持っていた巨大なこん棒で殴り掛かった。だがこん棒は空を切り、闇に何の損傷をも与えなかった。
物理的な攻撃は闇には効かない。
闇はすぐさまシャドウバインドでトロールの胴体を縛り上げた。
だが体長5mほどのトロールではありながら、その力は強く、闇のシャドウバインドに必死に抵抗しながら後ずさりし、傍にあった巨木の幹にその触手を巻き付ける様に回り込んだ。
何をするつもりなのだろう?
闇の意識に疑問が沸き起こる。
トロールはそこから反動をつけて回転し、闇の本体に突進しながら殴り掛かってきた。
普通の相手なら吹き飛ばされるほどの攻撃だ。
空を切ったトロールのこん棒が傍に立っていた樹木を数本なぎ倒し、バキバキバキッと激しく音を立てて樹木の破片が散乱する。
そのトロールの身体から『怒り』が闇の意識に伝わってきた。
その『怒り』が闇の意識をも興奮させ、闇は一気にその身体を押し広げ、トロールの頭から上半身を覆い尽くした。
そのまま魔素に分解するだけで事は済んだはずだ。
だが『怒り』に興奮させられた闇は一気に身体を収縮させ、トロールの上半身を押し潰してしまった。
バキバキバキッと鈍い音を立ててトロールの上半身が潰され、そのまま魔素に分解されていく。
噛み砕いて分解すると言う過程を経る事で、闇の意識は更に大きな満足感を得た。
それはより凶悪になっていく過程なのかも知れない。
興奮状態のまま、闇は更に森の中を動き回った。
だが、闇の進撃は突然止まった。
否、止められたと言った方が良いのだろう。
闇が樹木や魔物を取り込みながらその身体を大きくしていく過程で、大きな壁にぶち当たってしまったのだ。
壁と言っても物理的な壁ではない。
魔力を絶縁するような障壁が存在している。
だがその内部には明らかに生命反応が豊かに存在している上に、そこには闇の意識を一気に高めてくれるほどの魔素が得られると判断出来た。
どうにかして取り込んでやろう。
闇にはそう言う欲が生まれていた。
その障壁を取り囲むように身体を引き延ばすのだが、その障壁は円形になっていて、途方もない広さであることが分かる。
それならもっと大きくなれば取り込めるかも知れない。
闇は継続的に周囲の魔物や樹木を取り込み、徐々に身体を大きくしながら、虎視眈々とその障壁の内部を狙っていた。
その頃、魔法学院でリリスは数日後に控えた演武会の最終的な準備に明け暮れていた。
そんな折に担任のバルザックから、またも職員室の傍のゲストルームに行くように指示を受けた。
またメルなのね。
この忙しい時に何の用事なの?
焦る思いで昼食を手早く済ませ、ゲストルームに駆け込んだリリスの目に入ってきたのは案の定、芋虫を両肩に生やした小人の姿だった。
また殿下がアッシーにされているのね。
そう言う同情の気持ちもあるものの、リリスの心にはあまり余裕がない。ドカッとソファに座ると直ぐに話を切り出した。
「メル。演武会の準備で忙しいのよね。それで何の用なの?」
ぶっきらぼうに問い尋ねるリリスの気持ちはメリンダ王女も分かっているようで、
「ごめん、ごめん。忙しいのは分かっているんだけど緊急の用件で・・・・・」
そう言って芋虫はもう一方の芋虫を見た。またもエミリア王女の関わる用件のようだ。
「リリスさん。3日前にレイさんから聖霊達を通して救難信号があったのです。助けてくれって・・・・・」
救難信号ですって?
リリスは予想もしなかった事態に首を傾げた。
「何があったの?」
「それがねえ。真っ黒な闇のような魔物に襲われているって言うのよ。」
メリンダ王女の言葉にリリスは疑問を抱いた。
「レイさんの造り上げた不可侵圏はどうしたの? 効果が無かったの?」
「効果はあるのよ。その中には入り込めないからね。」
メリンダ王女の言葉にエミリア王女が続いた。
「でも不可侵圏の周囲にへばりつくようにしながら、何とか中に入り込もうとしていると言うんです。その魔物の周囲の生命は全て食べ尽くされているとも言っています。」
まだ実害は起きていないと言う事のようだ。
だが魔物の正体が良く分からない。
「それでその魔物って何なの?」
「それがねえ。良く分からないのよ。それでね・・・」
芋虫が少し間を置いた。
「現場の調査はその日のうちにジークにお願いしておいたのよ。」
どうやらメリンダ王女はまたジークを酷使しているようだ。
ジークも恐らく陰では文句をたらたらと言いながら任務に就いた事だろう。
「それとは別に、真っ黒な闇のような魔物と言う言葉が気になって、ゲルに連絡をしてみたのよ。」
「ゲルってそんなに簡単に連絡が付くの?」
リリスの言葉に芋虫は全力で首を横に振った。
「何時もの事だけど、何度呼び出しても応答は無いわ。でも根気強く連絡し続けると、たまに嫌そうな顔をしながら出てくるのよ。如何にも不機嫌そうな口調で『何か用?』って言いながらね。」
「相変わらず暗い奴ね。」
「そうなんだけど、そんな事に構っていられないわよ。それで事情を話したの。そうしたら・・・」
メリンダ王女はヒートアップした気持ちを落ち着かせながら、ふうっと軽く息を吐いた。
「開祖の霊廟の宝物庫の中に、魔物化させた小さな闇が入った容器があったはずだって言うのよ。それが逃げ出して大きくなっちゃったのかも知れないって・・・」
メリンダ王女の言葉にリリスは首を傾げた。
「あそこにそんなものがあったの? いや、それ以前に、闇を魔物化させて何に使うのよ?」
「それがねえ・・・・・ペットなんだってさ。」
ペット?
いくら開祖が闇の属性の持ち主だったと言っても、闇を魔物化してペットにするの?
う~ん。
開祖の人間性が良く分からないわ。
単なる女好きだと思っていたけど、それだけじゃなさそうね。
「ミラ王妃と二人で可愛がっていたそうよ。」
王妃まで・・・。
リリスはう~んと唸って考え込んでしまった。
「リリス。そんなに呆れないでよ。エドワード王は仮にもこの国の開祖なんだからね。」
「呆れちゃいないわよ。でも・・・」
気を取り直してリリスは冷静に考えた。
「不可侵圏の周囲の生命を全て食べ尽くすなんて、ペットにしては狂暴よね。大きくなった原因は何なの? そもそも闇って魔法攻撃が効くの?」
「そこを調べるために、直ぐにジークを派遣したのよ。」
う~ん。
ジーク先生の嫌がる顔が目に浮かぶわね。
「それでどうなったの?」
リリスの問い掛けに、メリンダ王女はジーク達から受けた報告の内容を話し始めたのだった。
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