落ちこぼれ子女の奮闘記

木島廉

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開祖の霊廟2

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開祖に纏わる霊廟の地下スペース。

その奥に進むと大きな祭壇があり、その脇に金属製の古びたドアがあった。そのドアの内部が宝物庫らしい。

メリンダ王女の指示で兵士達がその中に入り、宝物や遺物の類を持ち出してきた。その分量はそれほどに多くなく、5名の兵士で持ち運べる程度の物だった。黒光りのする剣と盾とプレートは闇魔法の魔力を纏い、今でも怪しい気配を放っている。
だがどれも呪いが掛けられているような物ではなさそうだ。
その他には宝玉やアクセサリーなどが詰められた大きな宝箱と、鍵の掛かった小さな宝箱が取り出された。

「その小さな宝箱は何かしら?」

芋虫の言葉に兵士の一人が応じて、小さな宝箱を持ち上げて揺すり、強引に鍵を開けようとしたが、全く開く気配は無い。鍵を壊してしまうのが得策なのだろう。それはリリスが魔法学院で使っているカバンほどの大きさの宝箱で、その内部から微かに妖気が漂ってくる。

持ち帰って調べようと言う事になり、一人の兵士が持ち上げたその時、突然その宝箱がカッと眩しい光を放ち、驚いた兵士の手から床にずり落ちてしまった。

ガツンという音を立てて宝箱が床に落ち、その反動で鍵が掛かっていたはずの蓋が開いた。

ええっ!と驚きながらもその場にいた全員がその中を覗くと、直径20cmほどの種のようなものが見えた。それは見た目はクルミのような容貌で全体的に茶褐色をしているが、見ようによっては果実のようにも見える。

「これって何かの種なの?」

芋虫の言葉にも全員が首を傾げるばかりだ。

「ヤシの実のようにも見えるんだけど・・・」

リリスはそう言うとその種をツンツンと突いてみた。

その途端に種がぴょんと飛び出すと、転がるように霊廟の入り口に向かって走り去ってしまった。

リリスもマキや兵士達も突然の事で反応する事が出来ず、あっという間にその視界から消えてしまった種を目で追う事しか出来なかった。

「ちょっと! 逃げちゃったわよ。大丈夫なの? あれって魔物じゃなかったの?」

動揺する芋虫の言葉も虚しいだけだ。

「・・・・・魔物じゃないと思うわよ。そんな気配は・・・無かったもの。」

そう答えるのが精一杯のリリスだった。

その後、兵士達が霊廟内部を探索したが種は見つからなかった。アクシデントに備えて霊廟の扉を開けたままにしていたので、そこから外に逃げ出したようだ。

まあ所詮は種か果実なのだろうと思ってさほど気にも留めず、リリス達は宝物を分担して持ち運び、出発地の神殿前の広場に転移で帰っていった。








その後の一か月ほどの間に最上級生の卒業があり、リリスも3学年に進級した。

生徒会長は最上級生のロナルドである。

卒業していったセーラの画策もあってリリスが副会長になったのだが、1学年上のルイーズは書記のままで、しかも必要最低限しか生徒会の部屋にも来ないと言った状況だ。これで書記が務まるのかと思ったリリスの思いの斜め上を行くように、ロナルドは自分の独自色を出そうとして動き始めた。その最初のイベントが父兄や来賓を交えての演武会である。

そもそもミラ王国の魔法学院は、生徒の半数以上が地方貴族の子弟であり、彼らは卒業後は地元に帰って実家の跡継ぎになる者も多く、他の生徒より目立つ事で良い就職先を得ようとするものなどほとんどいない。王都の近くに領地を構える貴族の子弟達も、そのほとんどは軍や行政組織に勤める事になっている。基本的に安定志向なのだ。

それ故に演武会のようなものも、最近では行われなくなっていた。
特に対人戦闘となると、剣技を競うのなら優劣もつけ易いのだが、魔法での対戦となると優劣がつけにくい。
その辺りは観戦者に受けるような演出も必要となる。

色々と検討すべき点は多くあるのだが、発案者のロナルドはまるで人が変わったようにその実現に向けて走り回り、学院側の了承を取り付けてしまった。

その演武会の開催に向けて、リリス達も毎日生徒会の部屋で準備を行っていた。

「リリス先輩。演武会って何年振りに行われるんですか?」

資料作りに精を出すエリスからの問い掛けに、リリスはパンフレットの原稿書きの手を止めた。

「そうねえ。学院長から聞いた話では10年振りだって言っていたわよ。」

「へえ~。10年振りですかあ。」

そう言ってエリスの持つ資料の点検の手を止めたのは、新入生のクラス委員のアンソニーである。このニキビだらけの顔の長身の少年は、同じく新入生となったリトラスの幼馴染で、王都に屋敷を持つ貴族の子弟だ。元々は新入生のクラス委員としてリトラスが手を上げたのだが、上級貴族はクラス委員にはならないと言う不文律があった為、止むを得ず代わりに手を上げたと言う。
リトラスとしては、色々と世話になったリリスと一緒に生徒会の運営に関わりたかったようだ。それにリリスの近くに居ればリンと連絡も取りやすいと判断したのだろう。
リトラス自身も人の世話が好きな性格なので残念がっていたようだ。

「でも対人戦闘はしないんですよね?」

アンソニーの言葉にエリスは即座に口を開いた。

「それはそうよ。怪我をしたら大変じゃないの。剣技なら剣技、魔法なら魔法で技量を争うのよ。」

エリスの言葉にアンソニーは首を傾げた。

「それならどうやって競うんですか?」

アンソニーの疑問ももっともだ。リリスはペンを指でくるくると回しながらアンソニーの方に顔を向けた。

「ロナルド先輩から聞いた話では、バルザック先生の召喚術でスケルトンの兵士を召喚して、倒すスピードや数を競うって聞いたわよ。」

「勿論、剣技の部門と魔法の部門は分けて行われるのよ。でも・・・」

リリスはふっとため息をついて話を続けた。

「最後には剣技での対人戦闘を寸止めでやりたいんだってさ。」

リリスの呆れた口調にエリスも苦笑いを浮かべた。

「そんなの、相手になる人が居るんですか? ロナルド先輩って女性関係にはだらしないですけど、あれでも剣術の達人ですよ。」

エリスの問い掛けにアンソニーも同意して頷きながら、リリスの返答を待った。

「それがねえ。私のクラスのガイが相手をするって言い出したのよ。確かにガイも最近技量を磨き上げているからねえ。」

「ガイ先輩ってハルバートで対戦するんですか?」

「そうなるわね。でも剣とハルバートでどちらが優位なのかは、私達にも良く分からないのよ。アンソニー君はどう思う?」

問い掛けられたアンソニーは少し考え込んだ。彼も剣技を得意とする生徒なので、単純に考えれば剣が優位だと思うのだが、身体強化された使い手によるハルバートの間合いも侮れない。

「どちらが優位とも言えませんね。」

そう答えるのが精一杯だった。

その時、部屋の外に女子の会話の声が聞こえて来た。程なく生徒会の部屋の扉が開き、入ってきたのはニーナとリンディだった。どうやらエリスの手伝いとして呼ばれたらしい。
生徒会の部屋が一気に華やかになってしまった。新入生のアンソニーとしては若干肩身が狭そうである。

エリスの傍に座ったニーナとリンディにエリスが作業の一部を分け、それぞれに手際良く作業を始めた。

「生徒会の部屋の女子率が一気に上がっちゃったわね。ロナルド先輩がここに居たら、とても喜びそうよ。」

そう口走ったリリスにリンディが言葉を返した。

「別に何も感じないと思いますよ。ロナルド先輩ってセクシーな大人っぽい女性が好みだと言っていました。自分はロリじゃないと・・・」

「それに、今でも卒業した私の姉と連絡を取ろうとしているんですよ。」

リンディは呆れた表情でリリスの顔を見つめた。

「それってつまり、ここに居る女生徒はみんな子供だって言う事ね。ロリでなければ相手にもしないと言う事なのね。」

苦笑しながら話すリリスにエリスが頷きながら、

「そう言う事になりますよね。でもニーナ先輩って若干その線から外れつつあるように感じるんですけど・・・」

自分の名前が出て来た事にニーナはえっと驚き、首を傾げて口を開いた。

「そうかなあ。みんなと同じようなものだと思うんだけど。」

「まあ、そういう風に感じる人も居るって事よ。」

そう答えてリリスはふとニーナの表情を見た。

元々小柄で愛くるしい顔のニーナは小動物のようで、セクシーだとは言い難い。
だが、3学年に上がったからなのかも知れないが、確かに最近ニーナの表情や気配に妖しさが感じられる事がある。
リリスはそれを感じ取っていたものの、気のせいだと思って見過ごしていた。
だが、エリスも同じように感じていると知って改めて考えてみると、その要因としてはあの特殊なステータスが関わっているとしか思えない。
そう言えばニーナのステータスの秘匿領域にはチャームもあった。
ステータスが関与して、チャームを微量に発動させる可能性は無いだろうか?

ニーナって本当に目が離せないわね。

そう思いながら、リリスは手早く作業を進めた。





その翌日の昼休み。

リリスは担任になったバルザック先生から、職員室の隣のゲストルームに行くように言われた。特別なゲストがリリスを待っていると言う。

またメルなのね。
今度は何の用事なの?

また面倒事かもしれないと案じながらゲストルームに入ると、案の定、芋虫を憑依させた小人がソファに座っていた。だがいつもと違って単眼の芋虫が二匹居る。
一匹はメリンダ王女の使い魔だが、もう一匹は・・・・・。

そう思ったリリスに芋虫が声を掛けた。

「リリスさん。お久し振り。私、エミリアです。」

ああ、フィリップ殿下の妹君のエミリア王女だ。

そう思って芋虫の周辺を凝視すると空中に幾つもの小さな気配が漂っている。精霊の気配なのだろう。ここであえて魔装を発動して観察する必要も無いのだが・・・。

「リリス。ごめんね。急に呼び出しちゃって。」

もう片方の芋虫が頭を下げた。

「でもね。エミリアから昨日の晩に緊急の頼み事をされたのよ。それで止む無くこの時間にあんたを呼び出したの。」

「緊急の頼み事?」

リリスの疑問にメリンダ王女は用件を話し始めた。

一か月ほど前にリリスがマキ達と訪れた開祖の霊廟に近付けなくなってしまったと言う。

「霊廟の詳しい調査に向かった兵士が次々に行方不明になっているのよ。兵士だけじゃない。近隣の村人が盗掘目的で数人潜入しようとしたそうなんだけど、やはり村には戻ってこなかったって言うの。」

「それで、大群を派遣してやろうかと思っていたら、その日の夜にエミリアから連絡があって・・・・」

そこまで話すともう一方の芋虫が口を開いた。

「そうなんです。その日の夜、眠ろうとしていると精霊達が急に騒ぎ始めて、私に念話で話し掛けて来たんです。」

「ミラ王国の開祖の霊廟の傍に特殊な精霊が居て、私やメルと話したがっているって言うんです。」

霊廟の傍に精霊?
悪霊じゃないの?

リリスがそう思った途端に、芋虫の周囲がざわざわと騒々しくなったような気配がした。

「リリスさん。悪霊じゃないって言っています。」

まあ!
人の心を読まないで欲しいわね。

リリスは反射的に魔装を非表示で発動した。これで心の中まで読まれる事は無いのだが、逆に芋虫の周囲を飛び回る精霊がうっすらと見えてしまうので、どうしてもその動きが気になってしまう。

精霊の動きに合わせる様に芋虫が身体を動かしている。エミリア王女が精霊と念を通じさせているのだろうか?

「樹木に宿る精霊だと言っています。」

「ええっ! それって・・・」

そう叫んでもう片方の芋虫が少し考え込んだ。

「もしかするとそれって・・・ドライアド?」

「その可能性が高いと思うわ。」

芋虫同士の会話が小人の肩の上で交わされた。

「ドライアドなんて・・・現実に居るのかい? リリス、君は見た事があるか?」

フィリップ王子の言葉にリリスは首を横に振った。

「伝説や昔話には聞いた事がありますが、現実には見た事がありません。」

「まあ、普通はそうだろうね。」

そう言うと小人が両肩の芋虫に交互に目を合わせた。

「それでリリスに開祖の霊廟に行けって言うのかい? 危険じゃないのか? 行方不明の兵士達は魔法に長けていたそうじゃないか。」

「それに、ドライアドって近付く人間を魅了して取り込み、樹木の養分にしてしまうって聞いたよ。」

そう言えば昔話でもそんな事が書かれていたわね。

リリスは幼少の頃に読み聞かされた昔話を思い出し、ぶるっと肩を震わせた。その様子を見て芋虫がぷっと吹き出してしまった。

「その点は大丈夫ですよ、お兄様。話をしたいって言っているのは向こうの方ですし、私達よりも先に精霊が取り次いでくれますからね。」

エミリア王女の言葉にリリスはホッとして胸をなでおろした。

「リリス。そう言う事なんだよ。この両肩の芋虫を霊廟まで運んでくれるかい?」

「ええ、そうですね・・・この話の流れだと、私が行かなければならないようですね。」

そう答えてリリスは少し考え込んだ。

そう言えば霊廟の宝物庫から逃げ出した種のようなものは何だったのだろうか?
あれがドライアドではないと思うのだが・・・。
もしかしてあの種は、ドライアドの依り代になる樹木の種だったのだろうか?

色々な思いを巡らせながら、リリスは開祖の霊廟に再び向かう事を心に決めたのだった。







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