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ニーナの称号1
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沈黙のゲストルーム。
その中で芋虫がふっとため息をついた。
「尋問して見たくなってきちゃった。」
「ちょっと待ってよ。メル! 私のクラスメートを何だと思っているの?」
リリスはメリンダ王女の言葉に声を荒げた。
「ニーナは王家に縁の深い大商人の娘なのよ。怪しい人物じゃないんだからね。例え未知のスキルを持っていたとしても、王家に敵対するはずも無いんだから!」
リリスの勢いに芋虫もごめんごめんと謝りながら、小人に救済の視線を送った。
「まあ、そんなに怒らないでくれよ、リリス。メルも本気でそんな事はしないからね。」
フィリップ王子の言葉にリリスも少し落ち着いた。
「王族の近くで無闇な事はしないように、ニーナには言っておきます。それで良いわよね?」
そう言ってリリスは白いリスを見つめた。その視線を受けて白いリスが一歩後ろに引いた。
そんなに高圧的に話した覚えは無いのだが、リノはリリスから何かしらの圧を感じたのだろう。
「はい、それで結構です。あっ・・・いえっ・・・それでお願いします。」
ロイヤルガードのリノが動揺している。そんなつもりで言ったのではないとリリスは思い、取り繕う様に白いリスの首周りを優しく撫で始めた。
その所作に懐柔されるようにリノは小声で、
「私達も研鑽を積まないといけませんね。反省しています。」
そう言うと白いリスがふっと消えてしまった。
使い魔で出てくる用件は済んだと言う事なのだろう。それはフィリップ王子の指図だったのかも知れない。
「まあ、この件はこれで終わりにしよう。あまりあれこれと詮索しても、仕方が無いようだからね。」
「そうですね。そう言う事にしておいてください。クラス委員としてニーナには一言伝えておきますので。」
「うん。そうしてくれ。」
そう言って小人と芋虫もその場から消えてしまった。
何となく後味が悪いわねえ。
すっきりしない気持ちのまま、リリスもゲストルームを出て昼食に向かった。
学生食堂でビュッフェ形式の昼食をトレーに並べ、開いているテーブルを探して座ると、偶然にもその近くのテーブルにニーナが座っていた。
その傍で一緒に昼食を食べているのはエリスとリンディだ。
ニーナったら下級生の方が気が合うのかしら?
そうは思ったが、奥のテーブルで仲睦まじく食事をしているガイとエレンの姿を見ると、ニーナが少し気の毒にも思えてくる。
一番仲の良かった幼馴染があれじゃあねえ。
お互いの口に食事をフォークで運びながら照れているガイとエレン。そのバカップル振りはここでも健在だ。
リリスはニーナの隣のテーブルに座り、食事をしながらゲストルームでの出来事をごく簡単にニーナに話した。
「そうだったの? 私ってそんなに特殊なスキルを持っているとは思わないけど・・・」
小さな肉の塊を口に運びながら、ニーナは少し神妙な表情を見せた。
「まあ、誰がどんなスキルを持っているか・・・なんて、学院内では詮索する必要もありませんからね。」
リンディの言葉がやけに生々しい。
リンディもまた隠しスキルを幾つか持っているからだ。
それでもリンディなりにニーナを気遣っているのだろう。
「王族の近くで無闇な事はしないように・・・と言う事ですね。」
エリスが要点を纏め上げるとニーナはうんうんと頷いた。
「ニーナ。あまり気にしないでね。私もクラス委員の立場があるから伝えただけよ。ニーナを咎めているわけじゃないからね。」
そうよ。
ニーナを探知出来なかったロイヤルガードが悪いのよね。
そう自分に言い聞かせてリリスはニーナに笑顔を向けた。
その笑顔に釣られてニーナも笑顔を見せたが、少し引きつったような笑顔であった事をリリスは見逃さなかった。
一方、ニーナはリリスの言葉を少しは気にしていたが、それほど後を引きずる事もなく、いつも通りにその日の授業をこなした。
放課後は生徒会の部屋でエリスとおしゃべりをしながら時間を費やし、日が傾いてきた頃に学生寮に戻る。最近のニーナの日常だ。
だが自室に戻ると急に眠気に襲われる。これがこの数日続いている。
それについては、急に幾つものスキルが増えたから、身体がまだ制御出来ず、余計な体力や魔力を消耗しているからなのかも知れない。
ニーナは自分なりにそう考えていた。
王都の神殿で倒れて以来、突然自分のステータスに秘匿領域が増え、幾つものスキルが出現した。それはまだ良いとしても、この物騒な称号は何なのだろうか?
シーフマスター?
闇の暗殺者?
いくら何でも少女の持つ称号ではない。
その事に少なからずニーナをショックを受けていた。称号が人に与える影響については授業でも習った事がある。
だからと言って、自分がどんな影響を受けるのか、考えたくも無いのだが・・・。
ニーナはふうっとため息をついてソファに身を預けた。同室のエレンは今日も遅くに帰ってくるのだろう。エレンの彼氏のガイは同級生としては良い奴だと思うのだが、それ以上の魅力は自分には感じられない。
まあ、エレンが気に入っているんだから、それで良しとして暖かく見守ってあげるわよ。
そう思うと自然に頬が緩む。目を瞑って思いを巡らせているうちに、ニーナはそのまま眠ってしまった。
ふと気が付くと、そこは真っ白な空間だった。
あれっ?
私って眠っていたはずよね?
ニーナはそう思いながら周囲を見回した。白い空間の中央に白いテーブルがあり、白い椅子が2脚置かれている。その一つに真っ黒な装束の男性が座っていた。
誰だろうか?
不思議にも警戒心が起きてこない。これは夢の中だと思っているからなのだろう。座っているのが男性だと分かる要素は一つも無い。だがそれでも直感的に初老の男性だとニーナは感じた。
その男性がニーナを手招きしている。
それに応じてニーナはその男性の対面の椅子に座った。
「私の招請に応じてくれたんだね、ニーナ。」
低音ながら温かみのある声が伝わってきた。
「あなたは誰?」
「儂の名はビーツ。人は儂をシーフマスターと呼ぶ。」
ええっ!
あの称号そのものじゃないの。
ビーツと名乗る初老の男性はニヤッと笑った。
「禁呪に阻まれて表に出る事も出来なかったが、これでようやく動き回れるぞ。」
「ちょっと待ってよ! 私の中で暴れまわるのは迷惑だわ。」
焦る思いのニーナの表情を見て、ビーツはぶっと噴き出した。
「誤解を生んだようだな。機能を発揮出来ると言う事だ。君の秘匿領域にある幾つかのスキルを、必要に応じて連係出来ると言う事だよ。」
「ビーツさんって何者なの? 称号が人格化しているの?」
ニーナの言葉にビーツはほうっ!と軽く驚いた。
「なかなか勘の鋭い子だね。これは夢の中だと自分に言い聞かせながらも、分析は怠らないのだな。」
「大まかに言えば君の言う通りだよ、ニーナ。だが一つ違うのはその疑似人格の元になる実在の人物が居たと言う事だ。」
ビーツはそう言うと、遠くを見つめるような表情を浮かべた。
「儂が生存していたのは、今から200年ほど前の事だ。シーフとしてのスキルを研鑽し、シーフマスターと呼ばれるレベルにまで達した儂は、そのすべてのスキルを託す事の出来る後継者を探していた。」
「その渦中で見つけ出したのが君の先祖だ。その名はニキ。幼い頃からシーフとして必要なスキルに精通し、君と同じ年齢ですでにパーティーを組んで、あちらこちらのダンジョンを荒らしていた冒険者だった。」
ビーツの言葉にニーナは違和感を持った。
「そのニキって人は商人の娘じゃなかったの?」
「うむ。そこにはわけがあってな。」
ビーツはそう言うと一呼吸おいて口を開いた。
「ニキの母親はその当時の当主のメイドだったのだよ。それ故に当主の夫人がニキの母親を嫌ってニキとその母親を屋敷から追い出した。だが不憫に思った当主は屋敷から遠く離れた場所に小さな家を建て、そこにその母娘を住まわせておったのだ。」
「それでニキは冒険者に・・・」
「うむ。ニキは幼い頃から聡明な子だった。母親に楽をさせようとして冒険者になったと言っておった。だが冒険者として活動するうちに、そのシーフとしての才能に目を付けた者が隣国ドルキアにいたのだ。その国の貴族が闇の稼業にニキをスカウトしたのだよ。」
ニーナはウっと唸って息を?んだ。
「もしかして・・・暗殺とか?」
ニーナの言葉にビーツはふふふと笑った。
「そこがニキの甘いところではあるのだがね。ニキは暗殺はしなかった。それは彼女の信条でもあったのだろう。」
「強烈な麻痺毒で、再起不能な状態にしてしまうのがニキのやり方だ。」
「毒を扱うのが上手だったの?」
「いや。そもそも毒を生成するスキルをニキは持っていたのだよ。しかもかなり習熟していたようだ。」
それって暗殺者には違いないわね。
社会的な生命を奪うのだから。
そう思った途端にニーナはふと頭に閃いた。
「もしかして・・・闇の暗殺者って言う称号は・・・」
「うむ。君の想像の通りだ。その称号はニキの持つ称号だったのだよ。」
ビーツの言葉を聞いてニーナはう~んと唸った。
「私にも闇の暗殺者になれって言うの?」
「そんな事は言っておらんよ。」
そう言いながらビーツは穏やかな笑顔を見せた。
「君の人生は君が決めるものだ。儂が決めるものでもなければ、ニキが決めるものでもない。ただ、豊かな才能と豊富なスキルを活用して欲しいと願うだけだ。」
「それにニキだって30歳になる前には闇の稼業を捨て、商人の娘に戻っていたよ。」
ビーツの言葉にニーナは首を傾げた。そんなに簡単に抜け出せるものなのだろうか?
「ミラ王国の内乱に巻き込まれ、当主の夫人とその娘が亡くなったのだ。悲しみに暮れていた当主はニキとその母親を屋敷に呼び戻そうとした。ニキの母親は直ぐに戻ってきたのだが、ニキはまだ闇の稼業に取り込まれていた。それで内乱が収まってきたのを機に、当主がミラ王国の王家を動かしてドルキアの貴族に働きかけ、ニキの身柄を確保したのだ。」
そんな事があったのね。
200年ほど前のミラ王国の内乱はニーナも授業で習っている。
更にニーナの実家もその当時から、王家とは強いつながりを持っていたと両親から聞いている。
その当時の社会情勢の混乱の中、ニーナの実家もその混乱に巻き込まれていたようだ。
「それで、ニキなのだが・・・・・」
「ニキは最終的に称号に呪詛と魔力を残した。それは君に害をなすものではない。ただ、自分の戦闘経験を知ってスキルの活用の参考にして欲しいと願い、その称号の後継者に干渉するように儂に託したのだ。」
干渉って?
ニーナの疑問に満ちた表情を見て、ビーツはニヤリと笑い、
「まあ、とりあえず見てやってくれ。第三者目線でな。」
そう言うと、パチンと指を鳴らした。
その途端にニーナの視界が暗転していく。どこかに転送されていくような感覚だ。だが逃れようとしても、そもそもが夢の中だ。・・・多分。
何を見せるつもりなのだろうと思いながら、ニーナは成り行きに身を任せていたのだった。
その中で芋虫がふっとため息をついた。
「尋問して見たくなってきちゃった。」
「ちょっと待ってよ。メル! 私のクラスメートを何だと思っているの?」
リリスはメリンダ王女の言葉に声を荒げた。
「ニーナは王家に縁の深い大商人の娘なのよ。怪しい人物じゃないんだからね。例え未知のスキルを持っていたとしても、王家に敵対するはずも無いんだから!」
リリスの勢いに芋虫もごめんごめんと謝りながら、小人に救済の視線を送った。
「まあ、そんなに怒らないでくれよ、リリス。メルも本気でそんな事はしないからね。」
フィリップ王子の言葉にリリスも少し落ち着いた。
「王族の近くで無闇な事はしないように、ニーナには言っておきます。それで良いわよね?」
そう言ってリリスは白いリスを見つめた。その視線を受けて白いリスが一歩後ろに引いた。
そんなに高圧的に話した覚えは無いのだが、リノはリリスから何かしらの圧を感じたのだろう。
「はい、それで結構です。あっ・・・いえっ・・・それでお願いします。」
ロイヤルガードのリノが動揺している。そんなつもりで言ったのではないとリリスは思い、取り繕う様に白いリスの首周りを優しく撫で始めた。
その所作に懐柔されるようにリノは小声で、
「私達も研鑽を積まないといけませんね。反省しています。」
そう言うと白いリスがふっと消えてしまった。
使い魔で出てくる用件は済んだと言う事なのだろう。それはフィリップ王子の指図だったのかも知れない。
「まあ、この件はこれで終わりにしよう。あまりあれこれと詮索しても、仕方が無いようだからね。」
「そうですね。そう言う事にしておいてください。クラス委員としてニーナには一言伝えておきますので。」
「うん。そうしてくれ。」
そう言って小人と芋虫もその場から消えてしまった。
何となく後味が悪いわねえ。
すっきりしない気持ちのまま、リリスもゲストルームを出て昼食に向かった。
学生食堂でビュッフェ形式の昼食をトレーに並べ、開いているテーブルを探して座ると、偶然にもその近くのテーブルにニーナが座っていた。
その傍で一緒に昼食を食べているのはエリスとリンディだ。
ニーナったら下級生の方が気が合うのかしら?
そうは思ったが、奥のテーブルで仲睦まじく食事をしているガイとエレンの姿を見ると、ニーナが少し気の毒にも思えてくる。
一番仲の良かった幼馴染があれじゃあねえ。
お互いの口に食事をフォークで運びながら照れているガイとエレン。そのバカップル振りはここでも健在だ。
リリスはニーナの隣のテーブルに座り、食事をしながらゲストルームでの出来事をごく簡単にニーナに話した。
「そうだったの? 私ってそんなに特殊なスキルを持っているとは思わないけど・・・」
小さな肉の塊を口に運びながら、ニーナは少し神妙な表情を見せた。
「まあ、誰がどんなスキルを持っているか・・・なんて、学院内では詮索する必要もありませんからね。」
リンディの言葉がやけに生々しい。
リンディもまた隠しスキルを幾つか持っているからだ。
それでもリンディなりにニーナを気遣っているのだろう。
「王族の近くで無闇な事はしないように・・・と言う事ですね。」
エリスが要点を纏め上げるとニーナはうんうんと頷いた。
「ニーナ。あまり気にしないでね。私もクラス委員の立場があるから伝えただけよ。ニーナを咎めているわけじゃないからね。」
そうよ。
ニーナを探知出来なかったロイヤルガードが悪いのよね。
そう自分に言い聞かせてリリスはニーナに笑顔を向けた。
その笑顔に釣られてニーナも笑顔を見せたが、少し引きつったような笑顔であった事をリリスは見逃さなかった。
一方、ニーナはリリスの言葉を少しは気にしていたが、それほど後を引きずる事もなく、いつも通りにその日の授業をこなした。
放課後は生徒会の部屋でエリスとおしゃべりをしながら時間を費やし、日が傾いてきた頃に学生寮に戻る。最近のニーナの日常だ。
だが自室に戻ると急に眠気に襲われる。これがこの数日続いている。
それについては、急に幾つものスキルが増えたから、身体がまだ制御出来ず、余計な体力や魔力を消耗しているからなのかも知れない。
ニーナは自分なりにそう考えていた。
王都の神殿で倒れて以来、突然自分のステータスに秘匿領域が増え、幾つものスキルが出現した。それはまだ良いとしても、この物騒な称号は何なのだろうか?
シーフマスター?
闇の暗殺者?
いくら何でも少女の持つ称号ではない。
その事に少なからずニーナをショックを受けていた。称号が人に与える影響については授業でも習った事がある。
だからと言って、自分がどんな影響を受けるのか、考えたくも無いのだが・・・。
ニーナはふうっとため息をついてソファに身を預けた。同室のエレンは今日も遅くに帰ってくるのだろう。エレンの彼氏のガイは同級生としては良い奴だと思うのだが、それ以上の魅力は自分には感じられない。
まあ、エレンが気に入っているんだから、それで良しとして暖かく見守ってあげるわよ。
そう思うと自然に頬が緩む。目を瞑って思いを巡らせているうちに、ニーナはそのまま眠ってしまった。
ふと気が付くと、そこは真っ白な空間だった。
あれっ?
私って眠っていたはずよね?
ニーナはそう思いながら周囲を見回した。白い空間の中央に白いテーブルがあり、白い椅子が2脚置かれている。その一つに真っ黒な装束の男性が座っていた。
誰だろうか?
不思議にも警戒心が起きてこない。これは夢の中だと思っているからなのだろう。座っているのが男性だと分かる要素は一つも無い。だがそれでも直感的に初老の男性だとニーナは感じた。
その男性がニーナを手招きしている。
それに応じてニーナはその男性の対面の椅子に座った。
「私の招請に応じてくれたんだね、ニーナ。」
低音ながら温かみのある声が伝わってきた。
「あなたは誰?」
「儂の名はビーツ。人は儂をシーフマスターと呼ぶ。」
ええっ!
あの称号そのものじゃないの。
ビーツと名乗る初老の男性はニヤッと笑った。
「禁呪に阻まれて表に出る事も出来なかったが、これでようやく動き回れるぞ。」
「ちょっと待ってよ! 私の中で暴れまわるのは迷惑だわ。」
焦る思いのニーナの表情を見て、ビーツはぶっと噴き出した。
「誤解を生んだようだな。機能を発揮出来ると言う事だ。君の秘匿領域にある幾つかのスキルを、必要に応じて連係出来ると言う事だよ。」
「ビーツさんって何者なの? 称号が人格化しているの?」
ニーナの言葉にビーツはほうっ!と軽く驚いた。
「なかなか勘の鋭い子だね。これは夢の中だと自分に言い聞かせながらも、分析は怠らないのだな。」
「大まかに言えば君の言う通りだよ、ニーナ。だが一つ違うのはその疑似人格の元になる実在の人物が居たと言う事だ。」
ビーツはそう言うと、遠くを見つめるような表情を浮かべた。
「儂が生存していたのは、今から200年ほど前の事だ。シーフとしてのスキルを研鑽し、シーフマスターと呼ばれるレベルにまで達した儂は、そのすべてのスキルを託す事の出来る後継者を探していた。」
「その渦中で見つけ出したのが君の先祖だ。その名はニキ。幼い頃からシーフとして必要なスキルに精通し、君と同じ年齢ですでにパーティーを組んで、あちらこちらのダンジョンを荒らしていた冒険者だった。」
ビーツの言葉にニーナは違和感を持った。
「そのニキって人は商人の娘じゃなかったの?」
「うむ。そこにはわけがあってな。」
ビーツはそう言うと一呼吸おいて口を開いた。
「ニキの母親はその当時の当主のメイドだったのだよ。それ故に当主の夫人がニキの母親を嫌ってニキとその母親を屋敷から追い出した。だが不憫に思った当主は屋敷から遠く離れた場所に小さな家を建て、そこにその母娘を住まわせておったのだ。」
「それでニキは冒険者に・・・」
「うむ。ニキは幼い頃から聡明な子だった。母親に楽をさせようとして冒険者になったと言っておった。だが冒険者として活動するうちに、そのシーフとしての才能に目を付けた者が隣国ドルキアにいたのだ。その国の貴族が闇の稼業にニキをスカウトしたのだよ。」
ニーナはウっと唸って息を?んだ。
「もしかして・・・暗殺とか?」
ニーナの言葉にビーツはふふふと笑った。
「そこがニキの甘いところではあるのだがね。ニキは暗殺はしなかった。それは彼女の信条でもあったのだろう。」
「強烈な麻痺毒で、再起不能な状態にしてしまうのがニキのやり方だ。」
「毒を扱うのが上手だったの?」
「いや。そもそも毒を生成するスキルをニキは持っていたのだよ。しかもかなり習熟していたようだ。」
それって暗殺者には違いないわね。
社会的な生命を奪うのだから。
そう思った途端にニーナはふと頭に閃いた。
「もしかして・・・闇の暗殺者って言う称号は・・・」
「うむ。君の想像の通りだ。その称号はニキの持つ称号だったのだよ。」
ビーツの言葉を聞いてニーナはう~んと唸った。
「私にも闇の暗殺者になれって言うの?」
「そんな事は言っておらんよ。」
そう言いながらビーツは穏やかな笑顔を見せた。
「君の人生は君が決めるものだ。儂が決めるものでもなければ、ニキが決めるものでもない。ただ、豊かな才能と豊富なスキルを活用して欲しいと願うだけだ。」
「それにニキだって30歳になる前には闇の稼業を捨て、商人の娘に戻っていたよ。」
ビーツの言葉にニーナは首を傾げた。そんなに簡単に抜け出せるものなのだろうか?
「ミラ王国の内乱に巻き込まれ、当主の夫人とその娘が亡くなったのだ。悲しみに暮れていた当主はニキとその母親を屋敷に呼び戻そうとした。ニキの母親は直ぐに戻ってきたのだが、ニキはまだ闇の稼業に取り込まれていた。それで内乱が収まってきたのを機に、当主がミラ王国の王家を動かしてドルキアの貴族に働きかけ、ニキの身柄を確保したのだ。」
そんな事があったのね。
200年ほど前のミラ王国の内乱はニーナも授業で習っている。
更にニーナの実家もその当時から、王家とは強いつながりを持っていたと両親から聞いている。
その当時の社会情勢の混乱の中、ニーナの実家もその混乱に巻き込まれていたようだ。
「それで、ニキなのだが・・・・・」
「ニキは最終的に称号に呪詛と魔力を残した。それは君に害をなすものではない。ただ、自分の戦闘経験を知ってスキルの活用の参考にして欲しいと願い、その称号の後継者に干渉するように儂に託したのだ。」
干渉って?
ニーナの疑問に満ちた表情を見て、ビーツはニヤリと笑い、
「まあ、とりあえず見てやってくれ。第三者目線でな。」
そう言うと、パチンと指を鳴らした。
その途端にニーナの視界が暗転していく。どこかに転送されていくような感覚だ。だが逃れようとしても、そもそもが夢の中だ。・・・多分。
何を見せるつもりなのだろうと思いながら、ニーナは成り行きに身を任せていたのだった。
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