落ちこぼれ子女の奮闘記

木島廉

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獣人の国 再訪3

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ワームホールから出て来た魔人。

それはリリス達に近付くに連れて禍々しい妖気や邪気を放ち、気分が悪くなってその場に伏せてしまう兵士まで出て来た。
リリスとマキは目くばせをして意思を通じさせ、即座に魔装を非表示で発動させた。
周りを見るとジークは勿論耐性を持っているが、マリエルも平気なようなのでどうやら耐性を持っているようだ。
魔人の身体から黒い霧のようなものが沸き上がり、こちらにも漂ってくる。どうやら毒ではない。
だがその黒い霧からリリスの心に中に強い怨念が伝わってくる。

これって・・・前回の魔人が放っていたものと同じだわ。

そう思った途端にリリスの脳裏に微かな映像が浮かんできた。
それは前回出現した魔人の消滅寸前に見せられた情景と同じものだった。

魔人達が自分達のテリトリーを死守せんがために血で血を洗う抗争を続けている。更に異形の魔族まで参入して凄惨な戦いが展開していく。断末魔の絶叫と怨嗟の怒号が絶える事が無い。
激しい戦いを生き抜いてテリトリーを守り切った魔人達。束の間の平安が訪れたにもかかわらず、突如そのコロニーが業火で焼き尽くされていく。
抵抗も出来ないままに大地ごと吹き飛ばされ、コロニーのあった場所に大きなクレーターが幾つも出現した。

怒りに満ちた魔人の視線が上空に向かうと、そこには半透明の巨大な天女が浮かび上がっていた。その身体の周囲に数えきれないほどの巨大な火球を纏わらせ、薄いベールのような素材の衣をたなびかせ、不吉な笑顔を見せている。
その巨大な火球の一つが魔人の視線に向かってきて映像は消えた。

何故再びこの情景を見せられたのだろうか?
あの天女の姿が火の亜神の本体だとすれば、タミアと関りを持つ自分に対して、殊の外敵意を持っているのかも知れない。

リリスはそう考えると居たたまれない思いになってしまう。

私があんた達を滅ぼしたんじゃないんだからね!

そう思って魔人を睨みつけたリリスと魔人の視線がピタッと合ってしまった。その瞬間に魔人から放たれていた黒い霧が、色々な角度から矢のようにリリスの身体に向かってきた。
避ける事も出来ずその場で両手を顔の前で交差して耐えたリリスだが、直接的な被害は無く、魔装によって跳ね返された。

今のは何?

解析スキルに尋ねると、即座に返答が返ってきた。

『今のは精神攻撃の類ですが、耐性を持っていなければ狂気に駆られるでしょうね。』

拙いわね。
何とかしなければ。

リリスがそう思った直後、魔人から幾つもの火球が放たれ、こちらに向かってきた。それはジークが張ったシールドを突き破り、兵士達の手前に着弾した。ドンッと言う衝撃音と共に爆炎が上がる。
ジークは慌ててシールドを多重に張り直した。

防御に関してはジークに任せておけば時間を稼げる。
だが、リンディの時限監獄の代わりになるものが無いだろうか?

リリスは思いを巡らせ、闇魔法での対処を思いついた。

「メル! 闇魔法のシールドであの魔人を閉じ込められないかしら?」

問い掛けられた芋虫がリリスの方に身体を寄せながら、

「やってみる価値はあるわね。闇魔法のシールドなら簡単には破れないわよ。」

「闇魔法のシールドで四方八方から取り囲んでやるわ!」

芋虫はそう言いながらリリスの意識に侵食し、憑依状態を深めて来た。リリスの両手が前方に突き出され、両手の先に芋虫から闇魔法の魔力が流れ込んでくる。闇魔法の魔力があふれ出る様に放出されると、闇魔法のシールドが魔人の身体を取り囲むように四方八方から出現した。
そのシールドが徐々に距離を詰め、魔人の身体を圧迫していく。

だが、魔人がワハハハハと笑いながら魔力を集中させ、一気に魔力を放つと、闇魔法のシールドは全て吹き飛ばされてしまった。

「効果が無いの?」

少し残念そうなメリンダ王女にリリスは首を横に振り、

「効果はありそうよ。ただ、魔人をもう少し消耗させる事が出来れば良いんだけど・・・・」

そう口走ったリリスだが、その脳裏に魔人がアンデッド化していると言う解析スキルの報告が再び浮かび上がった。

そうだわ!
アンデッドなら浄化すれば・・・・・。

リリスは急いでマキを呼び寄せた。

「マキちゃん! あの魔人を浄化して!」

そう言われたマキも意味が分からず一瞬動きが止まった。

「あの魔人の構成要素の半分は残留思念や怨念なのよ。半分アンデッドだと思えば良いわ。」

アンデッドと聞いてマキはそれならと聖魔法の魔力を集中させた。マキの両手から放出される魔力が魔人の周囲の大地を覆い、白くドーム状に聖魔法の魔力が拡散されていく。それと同時に大地の至る所から黒い煙のようなものが舞い上がっていく。

「マキちゃん。あの黒い煙は何?」

リリスに問い掛けられて振り返ったマキは渋面で口を開いた。

「あれは大地に縛られていた残留思念なのよ。要するに地縛霊のようなものよ。」

マキの言葉にリリスはへえ~と感嘆の声を上げた。

流石はレベル10の浄化ねえ。
そんなものまで浄化出来るなんて・・・。
でも肝心の魔人の状態はどうなの?

浄化の魔力が消えると、魔人が大地に片膝をついていた。
ウググググッと唸り声を上げてこちらを睨んでいる。
少しは弱体化出来たようだ。

だが魔人は弱々しく立ち上がると、渾身の力を込めてガアアアアアッと叫び、幾つもの巨大な火球を放ってきた。ドドドドドッと激しい衝撃音がジークの張った多重のシールドに着弾し、その半分以上が破られてしまった。ジークは再びシールドを多重に張り直し、マキに再び浄化を試みる様に話し掛けた。

「魔人の実体化している部分には、浄化はあまり効かないと思います。」

マキはそう答えて少し考え込んだ。程なく何かを思いついた様子でマリエルを呼び寄せ、

「マリエルさん。少し手伝ってください。」

マキはマリエルの手を握って魔人に対峙した。

「魂魄浄化をやってみるわ。」

マキの言葉にマリエルはええっと驚いてマキの顔を見た。

「魂魄浄化なんて出来るんですか?」

マリエルの言葉はリリスが問い掛けたかった言葉でもある。マキのステータス上では魂魄浄化は発動不能となっていたからだ。
マキを見つめるリリスの視線を感じて、マキは振り返りながら、

「これはあくまでも不完全な形での発動なの。本来は神殿で数人の介助者を伴って発動させるのよ。それに私は権限をはく奪されているので正式な効果は出せないの。でも形だけなら何とか出来るはずよ。」

マキの表情に決意が見える。リリスはマキに任せる事にした。

「マキちゃん。マキちゃんの思う通りにやってみて!」

リリスの言葉にマキはうんと頷き、額にグッと魔力を集中させた。マキの額が眩く光り始め、次第に全身が白く光りだした。それと同時にマリエルがウウッと呻きだした。

「魔力が・・・吸い上げられちゃう・・・・」

介助者の聖魔法の魔力を吸い上げているのだろうか?
ふらふらとよろけるマリエルの手を握り締めながら、マキは一気に魔力を放った。

その直後、魔人の立つ大地に巨大な魔方陣が現われ、そこから青白い光が空に向かって柱のように伸び上がった。
その中で魔人の身体が硬直し、悲鳴を上げているようだが声が聞こえてこない。
次第に魔人の全身がブルブルと震え出し、ドサッとその場に崩れ落ちた。

魔方陣が消え去ると、マキとマリエルもその場に膝をついた。魔力を相当費やしたのだろう。ジークが駆け寄って軍の備品のマナポーションを二人に手渡し、それを飲み干すように勧めた。

「魔人は・・・どうなりましたか?」

マキの言葉にジークが視線を向けると、魔人はよろよろと立ち上がっているところだった。

「奴はまだ戦うつもりなのか?」

ジークの言葉にマキは首を横に振り、

「もう戦意は無い筈です。あの状態はすでに生きた屍のようなものですから。」

そう言いながらマキはリリスの方に振り向いた。

「リリスちゃん。後は任せたわ。」

その言葉にリリスはうんと頷き、メリンダ王女を促して再び闇魔法のシールドを出現させた。魔人の身体の四方八方を取り囲み、徐々にシールド間の距離を詰めていくと、魔人はすでに抵抗する力もなく、簡単にシールドに閉じ込められてしまった。

リリスはその傍まで駆け寄ると、魔力の触手を魔人の身体に撃ち込み、一気に魔力を吸い上げた。禍々しい魔力がリリスの身体に流れ込んでくる。
その禍々しさに吐きそうになるのを耐えながら、リリスは魔人の身体に残っていた魔力を全て吸い上げた。
それと同時に魔人の身体はフッと消え去ってしまった。

ううっ! 
吐きそう!

リリスはその場に両手をついてしゃがみ込んだ。立ち上がれない状態だと感じたマキは残っている魔力を集中させて、リリスの周りに浄化を発動させた。リリスが両手をついている大地から浄化の白い光が沸き上がってくる。それは温もりのある穏やかな光だ。
リリスの身体の中をその光が巡り、内部から浄化されていくのが分かった。
心が穏やかになっていく。
悪寒も消え、爽やかな波動が身体を駆け巡り、力が漲ってきた。

マキちゃんの浄化って凄いわねえ。
流石は元聖女様だわ。

リリスは感心しながら立ち上がった。すでに身体に異常はない。
むしろあらゆる箇所が活性化されているようにも感じる。

リリスはその場に座り込んでいるマキの元に駆け寄った。余力を尽くして浄化を掛けてくれたマキに感謝していると、背後からジークの他人事のような声が聞こえて来た。

「どうやら終わったようだね。」

終わったようだねじゃないわよ。
いつも私に丸投げするんだから。

心の中で舌打ちをしつつ、リリスはジークにわざとらしい愛想笑いを返した。

「何とか勝てたのはマキちゃんのお陰です。」

それは偽らざるリリスの本心だ。
特に不十分な状態だとは言いながら、魂魄浄化の力であの魔人を骨抜きにしてしまったのが決定打だった。

「私は最後に魔人の魔力の残りかすを吸い上げただけですから。」

そう言いながら自分の肩に目を配ると、肩に生えていた芋虫が生気なく肩からぶら下がっていた。どうしたのだろうか?

「メル、どうしたの? もしかしてマキちゃんの聖魔法で浄化されちゃったの?」

リリスの言葉に芋虫は急に起き上がった。

「人をアンデッド扱いするんじゃないわよ!」

芋虫は怒りの波動を撒き散らした。だが謝るリリスの言葉に急に大人しくなって、

「浄化を受けたのは事実よ。リリスに深く憑依していたから、リリスと一緒に浄化を受けたわ。それで・・・まるで雲の上に浮かんでいるような気分だったのよ。意識が飛んでしまって、しばらく夢見心地だったわ。」

やはり浄化されたようだ。
それで少しは毒気が取れたのだろうか?

そう思ったものの、不敬なので口には出さないリリスであった。

「今回の魔物の駆除で最大の収穫は、マキ殿の聖魔法の力を確認出来た事だね。今後とも軍に協力をお願いしますよ。」

ジークはそう言いながら薄ら笑いを浮かべた。

「神殿での仕事の片手間でしたら・・・」

マキは答え難そうに言葉を濁した。基本的には神殿の祭司職なので、そちらが最優先になる事はリリスにも分かる。だがそれでも何かと理由を付けて、マキを軍務で活用しようと言う意図がジークから感じられるのが煩わしい。
そのリリスの思いを察して、芋虫がリリスの顔を見つめて呟いた。

「リリス。あまり気にしなくて良いわよ。ジークの好きにはさせないからね。」

「メル。そう言ってくれると心強いわ。」

リリスは改めてメリンダ王女に感謝した。

その後、メリンダ王女は使い魔の召喚を解除し、新兵達は装備を点検し始めた。マキとマリエルのお陰で負傷者は居ない。
マリエルも歳の近いマキと仲良くなったようで、しきりに帰国後神殿に顔を出すから会ってねとお願いしていたのが印象的だ。
間近であれだけの聖魔法を見せられ、同じ聖魔法の術者としてマキに対する崇敬の念が生じたとしても不思議ではない。
マキが高評価を受ける事・・・それはリリスとしても誇らしい事だった。

兵士達の点検を終えたジークは隊列を整えさせ、帰り支度を始めた。兵士達の顔にはそれなりに達成感が見える。
彼等は彼等なりに頑張ったのだ。ブラックウルフを何とか駆除したではないか。
魔人の出現は想定外だったが・・・。

兵士達が転移の魔石でミラ王国の王都に向かったのを見届けると、ジークは別の魔石を取り出し、リリスとマキを連れてミラ王国の王都へと戻っていったのだった。









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