落ちこぼれ子女の奮闘記

木島廉

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マルタの帰還

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リリスの目の前の球体。

その中にマルタが居る事は分かっている。

ユリアスが手を付けられないと言うような状態だ。どうしたら良いものかとリリスは考え込んでいた。

「少し荒療治をしてみようかね?」

傍で見ていた賢者ドルネアがそう言いながら、ホムンクルスに小さな魔道具を持ってこさせた。円形で少し大きめのボタンのような形だ。
それをユリアスに手渡すと、ドルネアは球体を見つめ、

「その魔道具は強制的に人体に埋没するタイプのもので、対象の魔力を吸い取ってしまうと消滅する。魔力暴走を起こした際の対応に、レミア族が昔から使っていたものだ。」

ドルネアの言葉にユリアスも少し驚いた表情を見せた。

「使い方によっては物騒な代物ですな。これをマルタの位置座標に向けて転送すれば良いのですね。」

「うむ。ユリアス殿の力量なら、あれだけの亜空間シールドの多重層をかい潜って、闇魔法で転移させる事も可能だと思うのだが・・・」

ユリアスはドルネアの言葉に無言で頷いた。
すぐさま両手に魔力を集中させ、魔道具を突き出すように球体に向けた。ユリアスの両手がカッと激しく光り、握っていた魔道具が消えたかと思うと、球体の表面に小刻みに震えながらグッと深く入り込んでいった。
ユリアスは継続して魔力を送っている。そのユリアスの表情にも苦悩が見えた。
かなり困難な状況なのだろうか?

だがしばらくして球体の表面が半透明になってきた。その中央に人影が見える。

「なんとか上手くいったようだ。」

ユリアスはふうっとため息をつき、

「リリス。マルタが現れたら即座に魔力を補充してやってくれ。儂の魔力では相性が悪いだろうからな。」

そうねえ。
聖魔法の象徴のような真希ちゃんに闇魔法の魔力を注ぎ込んだら、かえって病気になっちゃうかもね。

リリスはそう思いながら球体をじっと見つめていた。
次第に球体の存在そのものが薄れていく。マルタの魔力が尽きてしまったのだろう。

球体が完全に消えると同時に、ドサッと人影がその場に崩れ落ちた。間違いなくマルタだ。
リリスは直ぐに駆け寄り、両手からマルタの身体に一気に魔力を流した。

だがマルタは一向に意識を取り戻す気配がない。

軽く頬を叩き身体をゆすっても反応がないままだ。
どうしたのだろうか?

ドルネアの指示でホムンクルスがマルタの身体を抱きかかえ、近くに用意された簡易ベッドの上に運んだ。
その間リリスがマルタに声を掛け続けたが、それでも反応はない。

「ユリアス様。もしかして脳に損傷を受けたのでしょうか?」

心配げに問いかけるリリスにユリアスは首を横に振り、

「肉体的に損傷がない事は精査して分かっている。これは精神的なものだな。余程恐ろしい目に遭ったのだろう。」

そうなの?
可哀そうに・・・。

悲し気な表情のリリスの肩をユリアスは軽くポンと叩いた。

「お前と信頼関係があるのなら、お前の言葉で目覚めるはずだ。マルタが閉ざしている心の中に入り込んで、安心させてやれば良い。」

そう言われてもリリスには何をしたら良いのか分からない。

「私はどうすれば・・・」

「お前は魔力操作が得意ではないか。魔力の触手でマルタの身体の中に入り込んでいけば良い。マルタの深層心理の中にまで入り込めるように、儂が手伝ってやろう。」

そう言うと、ユリアスはリリスの背中に両手を置いた。

「さあ、マルタの身体に魔力の触手を送り込みなさい。触手の先端に自分の五感を共有させるようにするんだ。」

ユリアスから言われるままに、リリスは魔力の触手をマルタの身体の奥に撃ち込み、その先端に自分の五感を共有する感覚で意識を集中させた。
同時に背中からユリアスの魔力が流れ込み、リリスの視界がふうっと暗転していく。

気が付くとリリスは小さな部屋の中に居た。その部屋の片隅にベッドがあり、その上に誰かが布団にくるまって横になっている。

ここはどこなの?

リリスの疑問に背後からユリアスの声がかすかに聞こえて来た。

「ここはマルタの心象風景だ。儂はこれ以上は入り込めないので、あとは任せたぞ。」

ユリアスの言葉は気配と共に消えていった。

ここがマルタの心象風景だとすれば、布団にくるまっているのはマルタに違いない。

リリスはベッドに近付き声を掛けた。

「真希ちゃん! 私だよ。紗季だよ。安心して布団から顔を出して。」

リリスの言葉に布団がピクッと動き、その奥からおびえた表情のマルタの顔が見えた。

「・・・・・紗季さん。私・・・・」

「大丈夫よ、真希ちゃん。あなたの身体はすでに魔法学院の地下に転移してもらったからね。もう安全だよ。」

「本当に?」

そう言いながらマルタは恐る恐る布団から顔を出した。その唇がまだ震えているようだ。

「可哀そうに。余程恐ろしい目に遭ったのね。」

リリスの言葉にマルタは泣き出しそうな表情を見せた。だがリリスが優しくその頬を擦ってやると少し落ち着きを見せた。

「私・・・・・ビストリア公国から来た二人の刺客に殺されかけたんです。前と後ろから同時に短剣で刺されて。」

そう言うとマルタは小刻みに身体を震わせた。リリスがマルタの身体を擦って落ち着かせると、マルタは再び口を開き、

「刺された瞬間に亜空間シールドが発動したんです。それと同時に頭の中に文字が浮かび上がって・・・」

「それは緊急事態なので強制的に自律進化を加速させると言う内容でした。そうしたら亜空間シールドが何重にも出現して、周りが全く見えなくなってしまって、パニックになってしまって・・・」

マルタはそこから言葉が出てこなくなってしまった。

「真希ちゃん。もう大丈夫よ。このまま目覚める事も出来るわよね。」

リリスの言葉にマルタは首を横に振った。

しばらくの間、沈黙が続く。

ふと、目を開いたマルタは自分に言い聞かせるように呟いた。

「まだ心が充分に癒えていないので、自分で自分にスキルを発動させますね。」

マルタの表情が少し明るくなってきた。話す口調も先程よりは冷静で明瞭だ。

「さすがは元聖女様。自分で自分を癒す術はいくらでも持つていそうね。それでスキルって何を使うの?」

リリスが問い掛けるとマルタの顔に赤味が差した。徐々に現実に戻ってきたように思われる。

「胎内回帰から至福の目覚めを連動させます。これって人の持つトラウマの除去にも使うんですよ。」

そう言いながらマルタは身体中の魔力を胸のあたりに集中させた。
それと同時に二人のいる小さな部屋が真っ暗な洞窟の内部に変わっていく。その中央に四方からスポットライトが点灯され、その中央に小さな物体が浮かび上がった。

それは・・・・胎児の姿だ。

母親の胎内にいる胎児の姿そのものだ。そこに向けて周りから暖かい魔力の波動が流れ込んでいく。それにつれて胎児が動き、徐々に大きくなってきた。次第に身体が出来上がり、出産直前の姿になっていく。それと同時に周りが明るくなってきた。

ハッと気が付くとリリスの周囲が草原になっている。これもマルタの心象風景なのか?

暖かい日差しを浴び、草原に爽やかな風が吹き抜ける。小鳥の鳴き声が遠くから聞こえ、吹く風にも命の息吹が感じられた。
その草原の中央に豪華な天蓋の掛かった、王侯貴族が使うようなベッドが置いてある。そのベッドの上にマルタが横になっていた。
う~んと唸りながら四肢を伸ばし、マルタは気持ち良さそうに上半身を起こした。

傍に駆け寄るリリスにマルタは笑顔を見せ、

「紗季さん。ありがとう。お陰で助かりました。紗季さんから亜空間シールドをコピーさせてもらってなかったら、今頃は死んでしまっていたのでしょうね。」

その言葉にリリスもうんうんと頷いた。だがリリスの脳裏に疑問が残っている。

「でもどうして刺客まで送り込んだのかしら? 他国内でそんな暴挙に出るなんて・・・」

「それは私がマルタではないと判断されたからでしょうね。本国からは、魔物が入れ替わったと思われていたようです。」

マルタはふうっとため息をついた。

「衰弱していたものが元気溌剌になり、毒も効かず、精神攻撃も跳ね返してしまう。その上に顔つきまで少し変わってしまったと思われて・・・」

「顔つきって・・・目を二重にしてぱっちりとさせた事?」

リリスの問い掛けにマルタはうんうんと頷いた。

「そうなんですよ。別人に見えちゃったみたいで・・・。神殿の参拝客を装った刺客の男が、神官の一人に話し掛けているのを偶然聞いてしまったんです。」

「マルタ様は細い目で優し気な視線を周囲に向けておられたのに、あのけばけばしい目はどうしたんだ? 別人じゃないのかって・・・」

う~ん。
上手くメイク出来なかったのかしらね?

「コスメグッズが豊富にあれば、上手に出来るんですけどね。」

いやいや。
そんな事をこの世界で求めても無理よ。

「それで、魔物が聖女様と入れ替わったと判断されたのね。」

リリスの言葉にマルタは悲し気な表情で頷いた。

「でも別人に見えるのなら追手もこないわよ。勿論ここで生活するとなるともう少し偽装する必要はあるけどね。魔力の波長を偽装する事だって出来るはずだから。」

「う~ん。微妙だなあ。せっかく二重でぱっちりとした目になったのに・・・」

容姿のトラウマはスキルでも拭えないのかしらね。

リリスは若干呆れながらもマルタに笑顔を向けた。

「真希ちゃん。もう現実には戻れるわよね。私はこれで魔力操作を切断するから、自力で起きてね。」

「うん。ありがとう。大丈夫よ。」

マルタの返事を聞いてリリスは魔力操作を断ち切った。
現実に戻り、ユリアスやドルネアが見守るベッドの中央で、マルタは伸びをしてゆっくりと起き上がった。

「マルタさん。お帰り。」

「ただいま、リリスちゃん。」

ベッドから立ち上がり、マルタはユリアスとドルネアに挨拶を交わし、自身の救出への礼を述べた。

「それでここは何処なの? 病院にしては構造が違うような・・・」

マルタの言葉に対して、リリスは返答に困ってしまった。

「ここは・・・賢者様達の研究施設なのよ。まあ、あまり深く考えないでね。それでマルタさんのこれからの生活なんだけど・・・」

リリスは自然な流れで話題を変えた。

「ミラ王国の神殿で、優秀な聖魔法の使い手が居れば紹介して欲しいって言ってたわ。」

神殿と聞いてマルタはう~んと唸ってしまった。

「神殿で働き始めると、見つかってまた刺客を送られるんじゃないの?」

「それは大丈夫・・・だと思うわよ。見た目をもう少し偽装すれば良いし、魔力の波長も偽装すれば他人になれるから。それにミラ王国の神殿と、アストレア神聖王国やビストリア公国の神殿とは、現在全く交流がない事も確認済みだからね。」

リリスはその日の昼休みに神殿の祭司ケルビンから聞いた内容を、包み隠さずマルタに全て話した。
その説明を聞き、マルタも表情が明るくなった。

「それで偽装ってどうするの?」

マルタの問い掛けにユリアスが応じた。

「それは埋め込み型の魔道具を使えば良い。儂も幾つか持っているので差し上げよう。それでついでに名前も変える必要があるな。」

名前と聞かれてマルタはう~んと考え込んだ。少し間を置いて、マルタはリリスの顔を見つめながら、

「どうせならマキで良いわよ。」

うっ!
本名に戻ると言うの?

「マキさんって呼べば良いの?」

「以前みたいにマキちゃんって呼んでよ。私もリリスちゃんって呼ぶから。」

「今の年齢差でおかしくない?」

「同郷で幼い頃からの知り合いだと言えば良いわよ。」

「そういう設定なのね。分かったわ。」

二人のやり取りにユリアスもドルネアも、何となく違和感を感じて首を傾げた。
その様子を見てもリリスは意に介さず、

「ユリアス様。そう言う事ですから。」

「何がそう言う事なのかね? 儂には分からんが、お前達はそれで通じ合えると言うのだな。また女の子には秘密が多いとか言い出すつもりか?」

「まあ、そんなところですよ。」

リリスはそう言うとマキの顔を見てニヤッと笑った。その表情でマキもリリスの思いを理解した。
確かに転移者と言う、二人でしか理解出来ない境遇でもある。その上に年齢差まで逆転してしまっている。
ユリアスやドルネアなら、詳しく説明すれば理解してもらえるかも知れない。
だがあえて説明する必要も無いだろう。
とにかくマキにはミラ王国で新しい人生を送って欲しい。
それがリリスの本心であった。













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